2016年08月14日

柔道ニッポン復活に貢献した石井教授の愛弟子・岡田隆日体大准教授

NHKの「クローズアップ現代」が久々にクリーンヒットを飛ばした。柔道ニッポン復活をオリンピック直前の番組で予言したのだ。

NHKクローズアップ現代






















リオオリンピック直前の8月4日に放映した「リオ五輪“最強伝説”への道 柔道・井上康生監督 再び頂点へ」がそれだ。
NHKのサイトで、番組の内容が詳しく紹介されているので、上記リンクをクリックしてみていただきたい。

井上康生監督のもと、新たな戦略で4年間取り組んだ成果が、リオオリンピックの男子全階級メダル獲得という輝かしい結果だ。その結果を予測させるような優れた構成のオリンピック直前番組だ。

井上康生監督は、「世界の柔道に対応していくためには、そのルーツから勉強しないと対応できない。」との考えで、ブラジリアン柔術や沖縄角力のトレーニングを取り入れた。

そして、もう一つ強化したのが筋力トレーニングだ。東大の石井教授の愛弟子の岡田隆日体大准教授をトレーナーに採用して、選手の筋力の強化に努めた。

ラグビージャパンのエディ・ジョーンズヘッドコーチのフィジカル強化を思いださせる手法だ。

岡田隆准教授は、現役のボディビルダーで、2014年の東京オープンボディビル選手権大会の70キロ級で優勝している。

今回のリオオリンピックのテレビ中継でも、常に井上康生監督の横に座っていたインテルの長友選手に似た人なので、気付いた人もいると思う。

筆者が岡田准教授の存在に気付いたのは、井上康生監督が出席した、東大スポーツ先端科学研究拠点の発足セミナーだった。石井教授が、東大スポーツ先端科学研究拠点の拠点長に就任したお披露目のセミナーで、このときも岡田准教授は井上康生監督と一緒に行動していた。

テレビの映像ではあまりわからないが、半そでシャツからのぞく腕の太さは相当なものだ。

その岡田准教授が書いたトレーニングの本がいくつかあるので、紹介しておく。

筋力トレーニングだと。



体脂肪減少だと。



筆者も筋力アップをめざしているので、「筋肥大メソッド」は参考になりそうだ。さっそく読んでみる。


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2016年08月07日

影響力の武器 カーネギーとは比較にならないと思うけど

影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか
ロバート・B・チャルディーニ
誠信書房
2014-07-10


現在アマゾンの本の売り上げランキングで205位につけているベストセラーだ。

京大客員准教授の瀧本哲史さんの「読書は格闘技」に、カーネギーの「人を動かす」と対比して紹介されていたので読んでみた。



瀧本さんによるとカーネギーの「人を動かす」は、「他者を味方につける」分野のチャンピオンだが、致命的な弱点があるという。

それは読みやすさを作り出しているエピソード中心の構成は、科学的な実証性に欠け、全部で30も原則があるというのは、体系性がないし、抽象度のレベルもそろっておらず、重なりもある。

チャレンジャーの「影響力の武器」はその弱点を正確についてきたという。著者は米国を代表する社会心理学者ロバート・B・チャルディーニで、この本で紹介されている人を動かすテクニックは、社会心理学上の実験によって証明されているものばかりで、実験には学術論文の出典が示されている。

とはいえ、筆者には「人を動かす」と「影響力の武器」は全く別物に思える。

「人を動かす」は科学的な実証性に欠けると瀧本さんは言うが、実証性があろうとなかろうと筆者には関係ない。自分で試してみて、それが役に立てば、それで良いのである。

多くの人が、カーネギーの本を推薦書に挙げるのは、その人に役に立ったからだろう。

第一、「人を動かす」は読んでいて、新たに感動を覚えることが毎回あるが、「影響力の武器」は、学術書であるからかもしれないが、感動が全くない。

ともあれ、「影響力の武器」は何かを他人に売ろうとするときには役立つ社会心理学の法則を集めた本なので、参考になる点も多い。法則のいくつかを紹介しておく。

1.カチッ・サー
この本で「カチッ・サー」という訳で紹介されている英語の"automaticity"とは、テープレコーダーに行動パターンが録音されているように、一定の条件で、スイッチが入って、同じ行動が現れることをいう。

実験として紹介されているのは、図書館のコピー機で、「すみません。5枚だけなんですが、先にコピー取らせてもらえませんか?」という実験だ。理由を言って頼む場合と、何も理由を言わずに頼む場合では、成功率が倍違ったという。

セールスに役立つ例としては、宝石店ですべての商品の値段を間違って倍にしたら、陳列ケースの商品がすべて売り切れたという。

「高価なもの=良いもの」というステレオタイプが、お客の心理にぴったり、はまったのだ。

2.コントラストの原理
洋品店では、客に高い商品を先に買わせるよう店員を指導しているという。(ちょっと半端な数字だが)275ドルのスーツを買った人には、75ドルのセーターは安く感じる。スーツと一緒に小物を買わせるのも同じだ。

車のディーラーも同じだ。数百万円の車を買った後は、数万円のアクセサリーやオプションは取りに足らないものに見えるが、最終価格はオプションで跳ね上がってしまうことがしばしば起こる。

不動産のセールスマンは、最初に魅力のない物件を紹介するという。「セットアップ」物件と呼んで、これらは客に売るためではなく、ただ他の住宅を魅力的に見せるために入れられる。

3.返報性
ちょっとしたギフトやおまけを受け取ることで、客は買うつもりがなかったものも喜んで買うようになる。スーパーマーケットの無料試供品や試食品がいい例だ。

アムウェイ社は、家具用クリーナー、洗剤、防臭スプレー、殺虫剤、窓ふきクリーナーなどを無料試供品としてひとまとめにして、2〜3日置いていくという。数日後に取りにきて、気に入ったものだけを買うシステムだ。客は少しでも使ったものは、注文しなければ悪いという気持ちになってしまう。

この本にはアメリカ退役身障者軍人協会の住所ラベルシート付の寄付要請のことが書いてある。米国に住んでいた時に、よく受け取ったものだ。

単に寄付を要請すると、成功率は18%だが、自分の名前と住所を印刷したラベルシートを同封して寄付を要請すると、成功率は倍の35%に跳ね上がったという。

4.ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック
最初に大きな要求を出して、それが拒否されたら小さい要求を出す。ボーイスカウトの大会チケットが例として挙げられている。まず、5ドルのチケットを買ってくれと頼み、それがダメなら1ドルのチョコバーを買ってくれと頼む。

5.コミットメントと一貫性
クリスマスシーズンには、決まってその時の人気ギフトが登場する。この本では、キャベッジバッチキッズ、ビニーベービーズなどが紹介されている。筆者が覚えているのは「たまごっち」、今だったらポケモンとかだろう。







クリスマス前に人気が沸騰して、手に入らなくなり、なんとか手に入れることができたのはクリスマスが終わってからというよくあるパターンだ。おもちゃメーカーは、クリスマスが過ぎても販売を持続することができる。

5.フット・イン・ゼ・ドア・テクニック
まず小さい要求で承諾をもらい、次に大きな要求を出す。この本の例は、最初に「安全運転」シールを貼ることをOKもらい、次に「安全運転をしよう」という大きな看板を設置することにOKをもらうというやりかただ。

看板を置くことを最初に要求された人は17%しか、看板設置にOKしなかったが、最初に「安全運転」シールを貼ることをOKしたグループは、実に74%が看板設置をOKした。シールを貼ることで、コミットメントが生まれ、看板設置までもOKしてしまうのだ。

筆者も最近この事例を経験した。

筆者の会社は普通の売り込みは一切シャットアウトだが、某生命会社のセールスレディはエレベーターホールまで行けるのだ。先日保険のセールスレディから、エレベーターホールでティッシュをもらったら、名前を聞かれたので、保険は間に合っていると言いながらも、名前を教えてしまった。

そうすると、次は生年月日を教えてくれという。これは拒否して、切り抜けたが、まさにフット・イン・ゼ・ドア・テクニックそのものだ。

6.ローボール・テクニック
最初にある条件で承諾を得て、あとからその条件をひっくり返して、もっと店に有利な条件で契約するやりかただ。

たとえば新車を500ドル安い値段を示して、客から買う約束を取り付けた後、ローン申し込み書などにサインしていると、計算上のミスとかが発見されたり、価格が安すぎてマネージャーのOKが取れないとかいった理由で、当初より高い値段で買わせる手口だ。

チャルディーニさんは、地元のシボレー販売店で、セール訓練生のふりをして紛れ込んでいた時に、この策略に接したという。

会員制リゾートで、アンケートと称して、旅好きだという証拠を挙げさせておいて一貫性に付け込んで、会員権を売り込むやり方は、一貫性を保ちたいという人の弱点を突いたやり方だ。

7.自殺報道は類似した人々の自殺を促してしまう
自殺報道は類似した人々の自殺を促してしまうという統計が示されている。

8.類似性を操作することによって、好意と承諾を得る
車のセールスマンは、類似点の手がかりを探すように訓練されている。旅行、ゴルフ、出身地、出身校など。

保険会社のセールス記録を調べたある研究者は、年齢、宗教、喫煙の習慣がセールスマンと似ている客は、保険契約をしやすいことがわかったという。

ギネスブックに載っている世界一の車のセールスマンは、毎月13,000人ものお客さんにメッセージを印刷したカードを送っていたという。あからさまな好意の表現が効果があったのだ。

9.希少性
不動産のセールスマンは、なかなか決断できない客に、別の買い手が現れたという話をでっちあげることがある。好んで用いられるのは、「税金対策として物件を物色している州外の投資家」や、「この町に移り住むことになった医者夫婦」だという。

チャルディーニさんの弟のリチャードの学生時代の金儲けの話が紹介されている。リチャードは週末に中古車を数台買っておいて、次の週の日曜版で広告を出す。広告を見て電話してきた見込み客にはすべて、車を下見する時間として、同じ時間を指定する。そうすると鉢合わせした客同士でライバル心から言い値で車が売れるのだという。

このような実際的なテクニックを紹介しているので、車や不動産、保険などを買おうとしている人は、セールスマンの手口に引っかからない様に読んでおくことをお勧めする。

もちろん自分がセールスを担当している人にも役に立つだろう。

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2016年07月08日

無名碑 曽野綾子さんの名著 文庫で復刊され手に入りやすくなった





曽野綾子さんの1969年(昭和44年)出版の作品が復刊された。

筆者の学生時代からの友人がやっているラミーズ六本木の常連・講談社文芸第二出版部鈴木副部長から本を頂いた。

この本は、高度成長時代を迎える昭和30年代の日本の土木業界を取り上げた小説で、主人公は大手ゼネコン・作並建設の土木技術者、三雲竜起(みくもりゅうき)だ。

27歳の三雲は福井県の五条方水力発電所の工事に携わった後、東京の本社への転勤辞令を受けた。

三雲は転勤の際に、鶴来(福井県)の祖母を見舞ってから、東京に行くことにした。三雲の父は、鶴来から列車で30分の金沢に住んでいるが、三雲は父のところには顔を出さなかった。

三雲の父親は元裁判官で、三雲が8歳の時に、ある理由で三雲の実母を離縁した。母は離縁されて、ほどなく結核で亡くなった。三雲は、母を結果的に死に追いやった父をずっと許せないでいた。

石川から東京行きの車中で、三雲は二人の若い女性と知り合いになる。金沢大学生の徳永容子と、神奈川県の三崎にいる親類を訪ねるという颯田善江(さったよしえ)だ。

この二人が小説の展開の弾み車になっている。

容子は恋人と同棲していた過去があり、今風に言うと容子の「元カレ」がいきなり、三雲の会社に容子と付き合うなと忠告に来る。

三雲はほどなく只見川水系の田子倉ダムの建設現場に配属される。日本最大規模の水力発電所を建設するのだ。

曽野綾子さんの人物や風景の描写は、女性作家らしく非常にきめ細かくて感心する。しかし、この小説の最大の魅力は、使われている重機等の説明も含めて、土木工事現場が、読む人にわかりやすく、ビビッドかつダイナミックに表現されていることだ。

ダム現場で使うケーブルクレーン、それから三雲の次の現場の名神高速道路の茨木付近のサンド・パイル工事、ドイツ製のペコ・ビーム、アメリカ製の舗装機械・アスファルト・フィニッシャー、マカダム・ローラーなどなど。

三雲の三番目の現場は、タイのチェンマイ近くのアジア・ハイウェイにつながる道路工事現場だ。

アジア・ハイウェイは東京の日本橋からイスタンブールまで至る道で、アジア32カ国を横断する現代のシルクロードだ。

アジア・ハイウェイを通って、ロンドンからカルカッタに行く定期便のバスが3カ月に一度出ていると、紹介されている。本当にそんなサービスがあったのかどうかわからないが、3台編成で、1台は乗客用、1台は食料等の輸送用、1台は修理工具運搬用だという。

アジア・ハイウェイの現在の全体図は次の通りだ。

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出典:国土交通省ホームページ

アジア・ハイウェイのアフガニスタン部分では、米国がアスファルト工法、ソ連はコンクリート工法で競って舗装工事をやっており、工法が違うまま堂々たるハイウェイができあがりかけていたという。

1989年に出張で行ったロシアのウラル地方の、エカテリンブルグからセーロフ・クロム工場までのコンクリート舗装の道を思いだす。フラットではあるが、乗り心地の悪い道だった。

この本では、袖の下なしでは動かない当時のタイのビジネスの実態と、タイの田舎での生活を描いている。

三雲の私生活は波乱万丈だ。田子倉ダム工事の時代に、徳永容子と結婚するが、生まれた長女は心臓に欠陥があった。筆者の長男も大動脈縮窄症で、1歳の時に米国で手術して、今はなんともないが、他人事に思えない。

颯田善江も、数回の結婚で苦労しながら、ところどころで登場する。

三雲がタイに駐在してからも、工事は様々な困難に直面し遅れに遅れる。それでも完工を目指す作並の技術者たち…。

上下巻で、約950ページのこの本を読み終えた後、読者は読み終えたという達成感と同時に喪失感にとらわれるだろう。

曽野さんの文章は超一流で、生きざまを生き生きと描いている。文庫で復刊して手に入りやすくなったので、ぜひ一度手に取ってもらいたい名著である。

なお、冒頭で紹介した筆者の友人・ラミーズオーナーの内田さんの息子の内田朝陽君は、現在金曜日の10時からNHKで放映中の「水族館ガール」に出演している。面白いドラマなので、こちらも紹介しておく。

水族館ガール






















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2016年06月26日

日本会議の研究 まるで謎解きのようなノンフィクション



大学の先輩から勧められて読んだ。

それまで日本会議なるものの存在すら知らなかったので、こんなに政治的にパワフルな右翼集団が、自民党を動かしているとは知らなかった。

日本の国会議員の4割が日本会議に参加しているという報道もある。

ちなみに、ともに就任直後に辞任した松島みどり元法相と小渕優子元経産相は日本会議議連のメンバーではなく、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」のメンバーでもなかった珍しい例だという

日本国憲法を改正しようという勢力は、2016年7月10日の参議院選挙で勝利して、参議院の2/3の議席を確保し、憲法改正ができる基盤を整備しようとしている。

それの中心が日本会議だ。

日本会議はホームページを開設している。日本会議のブログへのリンクなど、日本会議の現在の活動がわかるリンクもあるので、参照してほしい。

この本の著者の菅野完(すがのたもつ)さんは、サラリーマン時代にコツコツと日本会議の資料を集め、会社をやめて著述業に専念するようになったという経歴を持つ。Wikipediaでも菅野さんの経歴が紹介されているが、毀誉褒貶が多く、何が正しいのかよくわからない。

日本会議から出版元の扶桑社に対して、この本の出版停止要求が出されており、それもあってアマゾンでは本のベストセラーの17位(本稿執筆時点)となっている。

日本会議は、1960年代後半の長崎大学の学園紛争に勝利した椛島有三現日本会議事務総長らの右派学生を中心とした日本青年協議会が母体となっており、もともとは宗教団体の生長の家の信者の政治活動とも密接なつながりを持っていた。

安倍首相のブレーンの一人とされる日本政策研究センター所長の伊藤哲夫氏、政府の御用学者となっている百地章国士舘大学大学院客員教授などが日本会議の主要メンバーだ。

日本会議の動員力はすごい。現在も憲法改正を実現するために、1,000万人の署名を集めており、ホームページにも「憲法改正を実現する1,000万人ネットワーク」へのリンクが張ってある。菅野さんがこの本で紹介している「武道館1万人大会」の様子も紹介されている。

集客力こそ自民党が日本会議と切っても切れない絆を保っている理由だろう。

生長の家は、谷口雅春氏が創始者の宗教団体で、谷口氏の著書の「生命の実相」は全40巻で、通算1,900万部売れているという。

生命の実相―頭注版 (第1巻)
谷口 雅春
日本教文社
1962-05


生長の家は1980年代に政治活動をやめている。

生長の家の現総裁の谷口雅宣氏は、この本を推薦し、2016年7月10日の参議院選挙では、与党とその候補者を支持しないとブログで語っている

現在の生長の家は、元信者の多くがつくった日本会議を支持していないのだ。

この本は日本会議と主要な日本会議のメンバーの活動に関し謎解きのような展開で、大変興味深く読める。

詳しい内容については、ネタバレになるので詳しく紹介しないが、アマゾンで、なんと139件ものカスタマーレビューが寄せられており、カスタマーレビューをざっと見ただけでも大体の感じはわかると思う。

ベストセラーとなっているので、ぜひ本屋で手に取ってパラパラ見てほしい。新たな発見があるはずだ。


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2016年06月14日

技術大国幻想の終わり 日本産業界の生きる道は「価値」の追及



失敗学の権威・畑村洋太郎東大名誉教授の近著。

この本のカバーに結論が書いてある。

「技術では負けていない!」という思い込みを捨てよ。

「品質」、「機能」はもはや競争力にはならない。これからは人々の欲しがる「価値」を突き詰めろ。


まさにその通りだと思う。

畑村さんは、まずご自身が昔読んで感銘を受けたという「碧素(へきそ)・日本ペニシリン物語」を紹介する。



第2次世界大戦中にアメリカ・英国で実用化されて、多くの傷病兵を救うことになるペニシリンが開発されたという事実を、戦争中にドイツから戻った潜水艦が持ち帰った医学誌で知った日本の医学者が、非常な努力の末、10カ月という短期間で開発に成功する話だ。

戦後50年の日本は、次の絵のように、闇夜に光る灯台のように「答えは存在する」という事実があるだけで、人はその方向に向かって努力し続けられてきた。畑村さんは灯台に向けて和船で漕いでいる絵をシンボリックに掲載している。

ちなみに、この絵は西伊豆の戸田(へだ)で、和船を漕いだことがある人にはピンとくるはずだ。そう、戸田湾の湾口突破すると、左に灯台が見えるのだ。

畑村研究室(現在は中尾研究室)は、毎年研究室の夏合宿を戸田で行っているから、この和船の絵になったのだ。

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出典:本書20ページ

しかし、それに次ぐ20年は、「答え」を自分で探さなくてはいけなくなって努力の方向を見失った20年間なのだと畑村さんは語る。

日本の産業界が行き詰っている原因は日本の製品の品質が世界一だという品質幻想だ。品質幻想には次の3つがある。

1.「日本人がつくるものが優れている」という幻想。
 たとえば、日本でつくる日本車のほうが、海外でつくる日本車よりも品質は優れているというような幻想だ。実際には、日系自動車会社ではブラジルで作っている日本車と日本でつくっている日本車の品質は変わらないという。むしろブラジルのほうが、生産性が高いので、日本より良いという。

2.「職人の技幻想」
 たとえばアップルのiPodのステンレスケースは、当初新潟県の燕の金属加工業者が加工していた。ところが、そのうち中国でもできるようになり、燕への注文は来なくなった。職人の技がデジタル制御の加工機械に置き換えられているのだ。

3.品質という言葉に対する間違った理解
 品質とは、あくまで消費者の要求に応えているかどうかで決まってくる。「品質の良いものをつくれば売れる」というのは誤解だ。消費者が求めているのは、良い品質だけではない。「適切な品質」、「適切な価格」、「デザイン」、「必要な機能」、「使いやすさ」、「楽しさ」、「サービス」といった要素すべてで、これらを満たす製品が良い製品なのだ。

もう一度消費者と向き合い、市場を観察しないと、まさに闇夜に海図も持たないで漕ぎ出すことになってしまう。

消費者の求めているものをつくるということを徹底しているのが、韓国のサムスンだ。

この違いは、「価値」を考えることの重要性を理解しているかどうかだ。

畑村さんは、インドに出張した時に、現地企業の社長から、「日本の企業はたしかにどうやってつくるかという構造を考えるのはうまい。でもその土地や土地に住んでいる人々が大切にしている文化のことはあまり考えていません。これは日本企業が価値について真剣に考えてこなかったからではないですか」と言われたことを紹介している。

たとえばインドで売れている電気冷蔵庫は、鍵がかけられ、停電しても何時間は持たすように冷気が上から降りてくる構造だ。サムスンやLGなどの製品がよく売れているという。

畑村さんは、サムスンの元常務だった吉川良三さんとHY研という研究会をつくっている。

以前あらすじを紹介した「『タレント』の時代」の著者の酒井崇男さんはHY研のメンバーだ。



畑村さんは、酒井さんの本から、ある大手通信系の研究所は優秀な若者たちの就職先として知られているが、実際には市場で通用する研究成果がほとんど出てこないまま、毎年数千億円規模の研究費を消化し続けていることを紹介している。

まさに「価値」を考えていない結果である。

サムスンは毎年何百人かの地域専門家を海外各地域に送り出している。

語学研修を終えた後、現地の人と同じように生活することで、その現地の人の習慣や欲求、考え方を吸収していく。現地の文化を身につけた人間を養成することで、はじめて現地の人の価値観にあった商品をつくりだすことができると考えているからだ。

サムスンが変わったのは、1997年の韓国における通貨危機がきっかけだという。このとき韓国は国家の存亡の危機にさらされたが、そんな状況の中で社員の多くが危機意識を持ったことが当時進めていた様々な改革につながったという。

この本では、畑村さんが見聞した世界各地の事例が紹介されていて参考になる。

・中国では自転車はほとんど姿を消し、いまでは見た目はスクーターと変わらない電気自転車が主流だ。年間3,000万台生産しているという。原理的には電気自転車を2台組み合わせれば、電気自動車ができる。

電気自動車が主流になると、電気製品のように組み合わせ技術でつくられるようになる。製品のデジタル化・モジュール化・コモディティ化が進めば、世界のどこで生産しても同じものができるようになる。

・スティーブ・ジョッブスは、いままで機能を中心に考えられていた電化製品の見た目の格好良さ、肌触りといった五感のイメージに徹底的にこだわった。たとえば、iPhoneが入っている紙箱のコストに、600円かかっているという試算があるという。筆者も、他の電気製品の箱はすぐにリサイクルに出してしますが、アップル製品の箱は取っている。なるほどと思う。

・インドの自動車産業は2020年には1,000万台を超えるという予測があり、これは現在の日本の自動車生産台数と同じだ。中国はすでに日本の生産台数の2倍を超えて、2014年では2,400万台を生産した。

中国の自動車生産能力はすでに5,000万台を超えているという見方もあり、いずれ輸出市場に出てくることが予想される。すでに南米ペルーでは、中国車が日本車の半分の価格で売られているという。

・中国で成功している日中合弁の自動車会社は、車体は日本で高級車の部類に入る2,000CCクラスのものを基本にして、そのシートをレザー製にして高級感を出すが、エンジンは1,500CCのものを使ってコストを抑えており、それが市場のニーズに見事に合っているという。

・ホンダベトナムは、密輸された劣悪な中国製コピーバイクに席巻された市場を、コピーバイク修理用にホンダの純正部品を売るという商売で業績を回復し、さらにベトナムで製造した部品をつかったバイクを中国製の倍の価格で売り出して、いまは市場の7割を抑えている。

・インドのニューデリーの地下鉄は日本のJICAの技術援助で建設された。非接触ICカードトークンなどの技術を導入しているが、日本から買った電車は、わずか一編成のみで、その後は自分たちでつくっている。これは中国が日本から新幹線を買ったときとまったく同じやり方だ。日本は単なる製品輸出より、その後のメンテナンスや運用も含めたビジネスを考える必要がある。


畑村さんが経験した具体例が紹介されていて参考になる本である。


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2016年06月12日

読書は「アウトプット」が99% 週末起業の藤井孝一さんの読書活用術



リスクをミニマイズした「週末起業」で有名になった起業コンサルタント藤井孝一さんの読書活用術。

週末起業 (ちくま新書)
藤井 孝一
筑摩書房
2003-08-06



この本の要旨を簡単に紹介すると次の通りだ。筆者も、すべての論点に賛成である。

藤井さんのいう「アウトプット」とは「話す」、「書く」、「行動する」の3つだ。

「アウトプット」することによって、本がもっと役立ち、付加価値のあるものに変わる。つまり、「人に伝える」ことで、知識が知恵に変わるのだ。

できる人は例外なく「要約力」を備えている。

本を読んで、アウトプットすることで、要約力のトレーニングにもなる。筆者は大学一年の時のゼミで、自分の要約力の無さに気が付き、それ以来、要約力をつけるトレーニングをしてきた。このブログもその現れだ、

本で身につく「全体を俯瞰する力」。

筆者はネット企業の代表取締役副社長として会社を経営していたことがある。いまから思えば、ネット広告業界で生き抜くためには何が欠けているのか、会社の弱みをはっきり認識せず経営していた。全く汗顔の至りだ。

藤井さんは、「全体像を俯瞰する力は読書で養える」と語っている。その通りだと思う。

筆者がこのブログを書いているのは、ブログを「外部記憶媒体」として使っているからだ。藤井さんのいう「アウトプット」の一例だ。

筆者は大体週に3〜5冊程度本を読む。次から次へと新しい本を読むので、読んだという記憶があるが、内容が思い出せないことがよくある。その場合、ブログを「外部記録媒体」として使って、キーワードなどで検索して、あらすじを読み返すのだ。

この本で藤井さんが勧めている本のなかでは、次の本のあらすじをこのブログで紹介している。

「バビロンの大富豪」




「日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル」人気ビジネス作家橘玲(たちばな・あきら)さんの本は、この本以外も10冊ほどあらすじを紹介している。




この本では「もしドラ」が、ドラッカー関連書として取り上げられている。

「もし高校野球のマネージャーがドラッカーを読んだら」ちなみに「もしドラ」は昨年文庫本となっている。




このブログでは、ユニクロの柳井さんの「わがドラッカー流経営論」のあらすじも紹介している。




「年収1500万円以上の人の愛読書」の中では、次のあらすじを紹介している。

「コトラーの戦略的マーケティング」




「イノベーションのジレンマ」




以前あらすじを紹介した本田直之さんの「レバレッジ・リーディング」と同じ路線だ。




簡単に読めるし、推薦図書のリストも参考になる。書店で見かけたら、一度手に取ってみることをお勧めする。


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2016年06月01日

木を植えた人 資生堂120周年で配られた本

木を植えた人
ジャン ジオノ
こぐま社
1989-10


資生堂名誉会長の福原義春さんが勧めていたので読んでみた。

資生堂の120周年記念に取引先などに配布したという。

本自体はいたってシンプルだ。約40ページ、解説もいれて52ページの本で、1時間もかからずに読める。

アニメで短編映画化されている。次は最初の1/3の部分だ。



実写版で映画化もされている。



プロヴァンスの人里離れた荒野にエルゼアール・ブフィエという一人の老農夫が羊を飼って住んでいた。一人息子を失い、妻も亡くなって、ひとりぼっちで静かに暮らしていた。

1913年にたまたまプロヴァンス地方を歩いて横断していた筆者は、3日めで水がなくなり、渇きでたまらなくなった時に、当時55歳の老羊飼いに出会った。

水をもらい、羊飼いのきちんと整理した小屋に泊めてもらって、翌日は羊飼いがどんぐりの実を荒地に植えるのを見ていた。

鉄棒で土に穴をあけ、そこにどんぐりの実を一つずつ植えるのだ。

それまで3年かけて10万個の実を植えて、そこから2万本の芽が出たが、半分はネズミやリスにかじられたりして、成長しなかったという。

でも1万本の樫の若木が育っている。

それから第1次世界大戦がはじまり、筆者は5年間兵役に就いた。

戦争が終わり、プロヴァンスにもどってくると、老農夫は依然として樫を植え続けており、樫の森は自然林のように成長していた。

最後に筆者が老農夫と会ったのは、第2次世界大戦の終わった1945年だ。老農夫は87歳になっていた。

そして30年余りのうちに、森はさらに成長し、山は緑で覆われていた。人々も住み始め、この地帯で1万人の人が住むようになっていた。

30年前は人が住まない荒野だった場所が、立派な村や町になった…。

というようなストリーだ。

読後感がなんともいえない。幸福な気分になってくる。

1989年発行の本なので、あまり本屋では売っていないかもしれないが、図書館なら、どこでも置いていると思うので、ぜひ近くの図書館で借りて読んでほしい。

忙しい毎日を忘れることができる本である。


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2016年05月31日

パレオマニア 大英博物館の所蔵品の起源を訪ねる旅



大英博物館に所蔵する美術品の起源を訪ねる旅。

このブログで紹介した福原義春さんの「本読む幸せ」で紹介されていたので読んでみた。

大英博物館は一度行ったことがあるだけだが、その時はざっと見ただけなので、ロゼッタストーンとかエジプトのミイラ、ギリシャの神殿や彫刻、フェニキアの壺などが記憶にある。

大英博物館の所蔵品は、GoogleのCultural InstituteのBritish Museumで博物館に展示されている状態で見ることができるので、リンクが見つけられたものは入れておいた。まるで大英博物館の館内を見学しているような気分になる。

この本は大英博物館が所蔵する美術品が出土した地域をめぐる旅行記で、次のような構成となっている。

ギリシャ編 エルギン・マーブルと呼ばれる当時オスマン・トルコの支配下だったギリシャからトルコ政府の許可のもとで英国に運び出したパルテノンなどの彫刻や、パルテノンのわきにあるエレクティオンの柱となっているカリアティドの像など。

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出典:Wikipedia

エジプト編
棺を乗せた船の模型(クリックして表示される船の下にあるので、マウスで移動してほしい)。船大工の像などが紹介させている。

インド編
釈迦の生涯を描いた彫刻。仏像が紹介されている。

イラン編
古代ペルシャの鉢。牡牛に噛みつく獅子の図が紹介されている。

カナダ編
サンダーバードとトーテムポールが紹介されている。

イギリス/ケルト編
ケルトの青銅鏡リンドウ・マンが紹介されている。

カンボディア編
クメールの仏像。クメールの彫刻が紹介されている。

ヴェトナム編
ヴェトナム中部にあった海洋国家チャンパの獅子像。

イラク編
この本の表紙になっている「藪の中の牡山羊」ラピスラズリと金、貝殻でできている。すばらしい作品だ

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出典:Wikipedia

ラマッスーと呼ばれる人面有翼牡牛像

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出典:Wikipedia

トルコ編
銀の鋳物でできた牡牛の像。帳簿と碑文。

韓国編
新羅時代の石仏。王族の耳飾り。

メキシコ編
火の蛇。王と王妃を描く石板。

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出典:Wikipedia

オーストラリア編
アボリジニの絵画。アボリジニが儀式に使うチュリンガのスケッチ。

イギリス/ロンドン編
大英博物館のできた由来(ハンス・スローンという商才ある医師が収集した7万1千点もの物品、5万札の書物、版画、337巻におよび植物標本などを国に2万ポンドで譲渡したことが大英博物館設立のきっかけとなった)。

グーグルのCultural Instituteは、様々な国の博物館などをバーチャル見学できるようになっている。たとえば日本で検索すると、国立西洋美術館はじめ、大原美術館、山種美術館など日本国内のおもだった美術館、博物館、海外の日本関係のコレクションなどが表示される。

美術館は通常は一部しか展示しておらず、展示していない所蔵品のほうが多いが、これなら展示していない所蔵品までアーカイブしている。便利な時代になったものである。


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2016年05月28日

世界の測量 ガウスとフンボルト ドイツでベストセラーとなった小説

世界の測量 ガウスとフンボルトの物語
ダニエル・ケールマン
三修社
2008-05-23


以前紹介した資生堂名誉会長の福原義春さんが「年を取ってから読んだ本の中で、こんなにも興奮した一冊はなかった」と絶賛していたので読んでみた。

実はこの本を読む前に、たまたま会社の友人からお勧めの本を聞かれたので、まだ読んではいないが、読書家で有名な福原さんがイチオシの小説なので、面白いのではと他人にも紹介していた。

しかし、この本を読んで、本の好みは、人によって相当異なることを痛感した。

物語の舞台は19世紀初頭のドイツだ。ガウスとフンボルトという同時代を生きた偉人のそれぞれの歩みを交互に語る形で物語を展開している。

カール・フィリードリッヒ・ガウスは、偉大な数学者・物理学者・天文学者だ。

ガウスは24歳の時に「整数論」を出版しており、結局これが唯一の著書になった。

ガウス 整数論 (数学史叢書)
カール・フリードリヒ ガウス
朝倉書店
1995-06-01



この本では、もっぱらガウスの私生活のことを書いている。ガウスはEUになって通貨がユーロで統一される前の、10ドイツ・マルク紙幣に肖像画が載っていた。

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出典:Wikipedia

物理学の磁束密度の単位がガウスだった(今はテスラに変わっている)。それでガウスという名前を知っている人も多いと思う。

ちなみに電磁波測定器はガウスメーターと呼ばれている。




もう一人は、アレクサンダー・フォン・フンボルト。貴族出身の偉大な地理学者で、兄のヴィルヘルム・フォン・フンボルトは言語学者でプロイセンの内相にもなった政治家だ。

フンボルトの名前は聞いたことがある人が多いと思う。

まずはフンボルト海流。ペルー沖を北上して、赤道に沿って太平洋を横断する海流がフンボルト海流だ。フンボルトが南アメリカを探検し、オリノコ川とアマゾン川の源流がペルーにあることを発見したので、フンボルトの名前がつけられた。

今年はラニーニャ現象のために夏は暑くなると予想されているが、ラニーニャの起こるペルー沖の海流がフンボルト海流だ。

もう一つはフンボルトペンギンだ。フンボルト海流が流れる南米西岸に暮らしている。

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出典:Wikipedia

フンボルトの名前を冠したアレクサンダー・フォン・フンボルト財団は、ドイツの留学生支援財団で、日本のフンボルト留学生経験者の集まりが東日本アレクサンダー・フォン・フンボルト協会などだ。

東大の石井紫郎名誉教授、早稲田の西原春夫元総長、東大の佐々木毅元総長などが、歴代の理事長を務めている。

フンボルトの物語は、北中南米探検の話が中心だ。オリノコ川とアマゾン川の源流がペルーにあることを発見した時の探検などが紹介されている。

この小説はドイツで120万部売れ、全世界でも好評で、40か国語に訳されているが、筆者はこの小説では感情移入できなかったので、あまり強い印象はなかった。

福原さんには何か感情移入できる個人的な経験があったのかもしれない。あるいは好みの問題なのかもしれない。

文庫にもなっていないので、ちょっと勧めにくい本である。


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Posted by yaori at 23:08Comments(0)TrackBack(0)小説 | 自然科学

2016年05月24日

浜村渚の計算ノート 数学の知識を使った新しいタイプのミステリー小説



講談社の鈴木副部長と先日お会いしたので、この本のあらすじを再掲する。

「おっさんが読む本ではない」と言われそうだが、この本の著者の青柳 碧人(あおやぎあいと)さんに、内田朝陽君のお父さんが経営している六本木のラミーズでお会いした。

一緒に来られていた講談社の文庫出版部の鈴木副部長からこの本を頂いて、すぐに読んだ。しかし、大変申し訳ないことに今まであらすじを書くのを忘れていた。

タイトルに記したように、数学の知識を使った全く新しいタイプのミステリー小説だ。浜村渚シリーズで累計40万部を売り上げたヒット作となっているという。

世界には同様の数学の知識を使った小説があるのかもしれないが、日本では青柳 碧人さんがパイオニアだろう。数学の公理を取り入れたクイズをミステリーの謎解きに使っている点が面白い。

小説のあらすじは、いつも通り詳しくは紹介しない。

日本の数学教育を代表するドクター・ピタゴラスこと高木源一郎は、日本全国に普及している数学教育ソフトを使って20年間にわたり日本の若者を教育してきた。ところが、その数学教育ソフトには、高木から指令を受けると受講経験者が操られてしまうというサブリミナル効果の仕組みが施してあった。

日本政府の数学を義務教育科目から外すと言う決定に憤った高木は、「黒い三角定規」と呼ばれる集団を立ち上げ、高木の数学教育ソフトを受講した38歳以下の人たちを操って日本各地で事件を起こす。

若い捜査員のほとんどが高木の数学教育ソフトの受講経験者なので、頭を抱える警視庁「黒い三角定規・特別捜査本部」。そこへ救世主として現れたのが千葉県の中学2年生の浜村渚だ。



この目のトロンとした女子中学生が得意の数学を駆使して、警視庁の調査に協力する。

第1話目(log10=1)は「ぬり絵をやめさせる」。長野県で名前に「あか」、「あお」、「き」、「くろ」の入った人ばかりが連続して殺害されるという事件が起こった。高木源一郎がサブリミナル効果を利用して若者を操って、殺人を起こさせたのだ。

被害者の住んでいる場所を、それぞれの名前の色で塗ると…。奇想天外な対抗策が面白い一作だ。

第2話(log100=2)は「悪魔との約束」。今度は高木源一郎は、無色無臭の揮発性毒物で美術館を襲う。毒物を盗んだ疑いがある犯人は、渋谷の数学喫茶「カルダノ」によく行っていたという。

ここで「0=ゼロは悪魔の数字」という話が出てくる。ゼロで割って、さらにゼロを掛けると次のような式が成り立つ。

1/0=2/0 → 両辺にゼロを掛けて分母のゼロを消す → 1=2!?

これがこの話に重要なヒントだ。

第3話(log1000=3)は「ちごうた計算」。フィボナッチ数列というものがある。1、1、2、3、5、8、13、21…など、前の二つの数を足すと次の数になるという数列だ。これは自然界にも多く存在する。

奈良県在住の75歳の老数学者が「黒い三角定規」に狙われるという情報を得て、警視庁が保護のために奈良県に赴くと、老数学者は殺害された。

現場にはダイングメッセージとして「『夫』14+1337」という数式が残されていた。

『夫』14とはフィボナッチ数列の14番目、つまり377だ。377+1337は1714。研究所に勤める大学院生のイナイシ(稲石)のことか?しかし、…。

これまた奇想天外の展開で大変楽しめる。

第4話(log10000=4)は「π(パイ)レーツオブサガミワン」。今度は円周率だ。相模湾の津殿島を、「黒い三角定規」に賛同する円周率マニアの海賊集団が乗っ取った。武器を大量に持ち込んで、実弾発射訓練までして、数学を必須科目にすることを要求している。

こんどは「ルドルフの数」つまり、一生かかって円周率を下35ケタまで求めたルドルフ・ファン・コーレンがキーワードとなる。

円周率を10万ケタまで暗記している男が捜査協力者として登場する。

海賊メンバーの着ているTシャツの数字がヒントだ。3.14159265358979…と続く、円周率の何ケタめから何ケタめの数字なのか?

これまた奇想天外の展開だ。

著者の青柳碧人さんは、早稲田大学のクイズ研究会のOBだそうだ。

単にクイズ番組に出るだけではない、クイズ好きの本領を発揮した大変楽しめる全く新しいタイプのサスペンス小説である。

少女マンガのようなメルヘンチックの表紙を気にせず、是非手に取ってみてほしい。


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Posted by yaori at 08:04Comments(0)TrackBack(0)小説 | 青柳碧人

2016年05月16日

「タレント」の時代 求められる人材とは



東大院卒で、大手通信会社研究所勤務後独立して、人事・組織関係のコンサルティングをやっている酒井崇男(たかお)さんの本。

なぜアップルやグーグル、トヨタは成功し、なぜ日本の電機・半導体・通信・IT企業は完敗してしまったのか。

酒井さんは、それは売れるモノやサービスを生み出す「タレント」とは何かを理解し、価値を生み、利益を生むとはどういうことかを理解していたかか否かの違いだけであると。

日本の賃金相場は次のように分けられる。

1.知識を伴わない定型労働 −−−時給1,000円

2.改善労働を伴う非定型労働 −−−年収300万円〜500万円

3.知識を伴う定型労働 −−−年収400万円〜600万円

4.複数分野の知識を伴う創造的知識労働 −−−年収1,000万円〜数億円

ある仕事を分解して、それぞれの割合を掛け合わせたものが給与の目安になる。

いわゆる士業は3.で、ほとんどの公務員や準公務員は実質1.のハタラキしかないが、中央官庁に勤めている役人の中には、国の政策をまとめあげるような4.の仕事をしている人もいる。

日本では年収的には3,000〜5,000万円もらっていても不思議ではない優れたタレントが、年収600〜1,000万円くらいしかもらっていないこともある。

大手電機メーカーのエンジニアなどに多く、そのためサムスンやアップルなどのような企業が、ピンポイントで優れたタレントを簡単にヘッドハンティングできたのだ。

タレントの特徴は、創造性と非定型性で、それらは知識を目的的に組み合わせる能力である。「知識を獲得する力」の強さがタレントの必要条件であり、別の言葉でいうと「地頭」となる。

現在最も貴重なタレントは、「広くて深い基礎知識があり、2つか3つの専門分野を持っていて、目的的に知識獲得をしながらアナリシス(分析)、シンセシス(統合)を繰り返し、答えを出す人」だという。

タレントの例としてトヨタの主査制度を取り上げている。主査制度は、人材のタレント性にまで踏み込んだうえで運用されている制度だ。

トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎は、戦後すぐ将来を見越して戦前・戦中の航空技術者を多く採用した。

たとえば、初代パブリカと初代カローラの主査を務めた長谷川龍雄氏は東大の航空工学科を卒業した後、立川飛行機に勤務し、20代でB29撃墜用の異形の戦闘機キ94の主任設計者を務めていた人物だ。

キ94の最初の試作機は次の本の表紙となっている。前後にプロペラが付いている多分唯一の機種だ。



2番目の試作機、キ94−兇鷲當未侶舛鬚靴討い襦



日本陸海軍機大百科 2012年 6/13号 [分冊百科]
アシェット・コレクションズ・ジャパン
2012-05-30



映画「風立ちぬ」のモデルとなった零戦の主任設計者の堀越二郎さんも同じく東大の航空工学科出身で、三菱航空機に勤務した。



航空工学では、機械、電気、制御、流体、素材、材料加工技術などバラバラの専門技術をシンセシス(統合)して、目標性能を発揮する戦闘機というシステムを設計・開発していたのだという。

酒井さんのいうタレントとは、いわゆる「T型人間」のことを指すのだと思う。

具体例が少ないので、あまり印象に残らない本だが、自分のキャリアが「T型」となっているか見直すにはよい本だと思う。


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2016年05月12日

宴のあと 日本ではじめてのプライバシー侵害訴訟となった小説

宴のあと (新潮文庫)
三島 由紀夫
新潮社
1969-07-22


日本ではじめてプライバシー侵害訴訟が起こされた三島由紀夫の小説。

筆者は個人情報保護の仕事をしているので読んでみた。

学生時代に三島由紀夫の小説は新潮文庫版で読んでいたので、読み進むにつれ情景を思い出してきた。




小説の結末は完全に忘れていたので、2度目ではあるが、大変楽しめた。

三島由紀夫の風物や心模様などの描写が、実に精緻で、心を配っている。やはり三島由紀夫は天才なのだと思う。

この小説のモデルとなった有田八郎は、戦前に広田内閣や幾代かの内閣で外務大臣を務め、戦後は衆議院選挙で一度当選した後、落選した。

有田八郎は、外相時代には蒋介石と組むことを主張していたという。このブログで紹介した関榮次さんの「蒋介石が愛した日本」で述べられていたように、日本が蒋介石と組んでいたら、中国共産党は殲滅されていただろう。

「歴史にIFはないが、蒋介石という親日的指導者が中国を統一していれば、戦後の世界情勢は全く違ったものになっただろう。」と関さんは語っている。



有田八郎という人がもっと政治力があったら、歴史が変わっていたかもしれない。

有田八郎は戦後すぐに妻と死別したあと、白金台にあった「般若園」という高級料亭の女将、畔上輝井(あぜがみ てるい)と結婚し、衆議院から東京都知事選挙に鞍替えして、革新統一候補として二度チャレンジして落選している。

畔上は、都知事選挙では料亭を閉め、有田の選挙運動に協力していたが、落選後、料亭再開のために政敵である吉田茂に支援を頼んだとして、有田から離婚されている。

最初の都知事選挙で負けた相手が、安井誠一郎で、二度目の都知事選で負けたのが筆者の寮委員の大先輩である東龍太郎さんだ。

この小説はあきらかに有田八郎と畔上輝井をモデルにしているので、有田八郎は、私生活をのぞき見されたとして東京地裁にプライバシー侵害で提訴し、1審では勝訴を勝ち取り、日本で最初のプライバシー侵害判決として有名になった。

宴のあと裁判
















出典:インターネット検索


判決の全文はインターネットで公開されている。

裁判自体は、その後有田八郎本人が死亡し、和解が成立している。

裁判中に、三島はこの作品について次のように語っている。(Wikipediaから引用

人間社会に一般的な制度である政治と人間に普遍的な恋愛とが政治の流れのなかでどのように展開し、変貌し、曲げられ、あるいは蝕まれるかという問題いわば政治と恋愛という主題をかねてから胸中に温めてきた。

それは政治と人間的真実との相矛盾する局面が恋愛においてもっともよくあらわれると考え、その衝突にもっとも劇的なものが高揚されるところに着目したもので、1956年に戯曲「鹿鳴館」を創作した頃から小説としても展開したいと考えていた主題であった。(中略)

(有田八郎の)選挙に際し同夫人が人間的情念と真実をその愛情にこめ選挙運動に活動したにもかかわらず落選したこと、政治と恋愛の矛盾と相剋がついに離婚に至らしめたこと等は公知の事実となっていた。(中略)

ここに具体的素材を得て本来の抽象的主題に背反矛盾するものを整理、排除し、主題の純粋性を単純、明確に強調できるような素材のみを残し、これを小説の外形とし、内部には普遍的妥当性のある人間性のみを充填したもので、登場人物の恋愛に関係ある心理描写、性格描写、情景描写などは一定の条件下における人間の心理反応の法則性にもとづき厳密に構成したものである。

この作品を読んで、筆者もこれは(当たり前だが)フィクションだと思う。

当事者しか知らないような秘密の事実を明らかにしたわけでもない。

三島は創作にあたり、離婚後の畔上輝井にも取材し、有田八郎からもサイン入り自著をもらっている。

有田八郎は老齢なこともあり、以前三島にサイン入り自著をプレゼントしたことを忘れていて、三島側から法廷にサイン入り本が証拠として提出されると、傍聴席からは驚きの声が上がったという。




裁判が日本初のプライバシー侵害訴訟として有名になっただけで、小説の内容そのものは、あくまでフィクションで、プライバシー侵害とはいえないのではないかと思う。

三島の高い芸術性がわかる作品である。

筆者はゴールデンウィークに一日で読んだ。

簡単に読めるので、スキマ時間ができたら、手に取ってみることをお勧めする。


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Posted by yaori at 23:59Comments(0)TrackBack(0)小説 | 三島由紀夫

2016年05月08日

本読む幸せ 資生堂名誉会長の福原義春さんが勧める103冊

本よむ幸せ
福原 義春
求龍堂
2013-02


資生堂の創業者一族の出身で、名誉会長の福原義春さんが勧める本103冊。

本の帯に福原さんの言葉が紹介されている。

私は本で育ちました。
毎日ご飯を食べるのと同じです。
暇はなくとも本は読みます。
雨でも晴れでも読みますし、明日は明日の本を読むのです。


福原さんは財界きっての読書家として知られ、様々な文化・メセナ活動を支援している。2010年に福原さんが六本木のアカデミーヒルズで講演した時の福原さんの紹介を引用すると次のようになる。ちょっと古い経歴だが、福原さんの幅広い活動がわかると思う。

1931年東京生まれ。1953年慶応義塾大学経済学部卒業と同時に株式会社資生堂入社。1987年代表取締役社長、1997年代表取締役会長を歴任。2001年、名誉会長に就任。

東京都写真美術館長、(財)かながわ国際交流財団理事長、(社)企業メセナ協議会会長、東京芸術文化評議会会長、文字・活字文化推進機構会長、経営倫理実践研究センター理事長、全日本蘭協会名誉会長、日仏経済人クラブ日本側議長、パリ日本文化会館支援協会会長、経済人同人誌「ほほづゑ」代表世話人(故・鈴木治雄さん、故・住吉弘人さんらと一緒に同人誌を出したもの)、ほか公職多数。

主な著書に「部下がついてくる人・体験で語るリーダーシップ」(日本経済新聞社)、「会社人間、社会に生きる」(中央公論新社)、「文化資本の経営」(ダイヤモンド社)、「100の蘭」「101の蘭」(文化出版局)、「猫と小石とディアギレフ」(集英社)「『自分らしい仕事』があなたを変える!」(青春出版社)、「ぼくの複線人生」(岩波書店)、「変化の時代と人間の力 福原義春講演集」(ウェッジ文庫)、「だから人は本を読む」(東洋経済新報社)、「福原義春の言葉 私は変わった 変わるように 努力したのだ」(求龍堂)等。趣味は洋らんの栽培、写真。

平成10年、イタリア共和国・功績勲章グランデ・ウフィチアーレ章。
平成13年、北京市栄誉市民。
平成14年、フランス共和国・レジオンドヌール勲章グラン・トフィシエ章。
平成16年、旭日重光章。
平成20年、東京都中央区名誉区民
平成21年、神奈川文化賞

この本の最後に「松岡正剛 千夜千冊」を書いた松岡正剛さんによる書評が載っている。

松岡正剛千夜千冊
松岡 正剛
求龍堂
2006-10



この本は次の6部に分かれている。それぞれの章のタイトルと、紹介されている本のなかで、筆者が特に気になったものを、紹介する。筆者がこれから読む本(一部はこのブログで紹介した本)のセレクションである。

103冊は、絵本(!)から中国古典、欧米の古典、美術本まで幅広いセレクションで、到底、以下のリストで伝えられるものではないが、福原さんの読書のバラエティが感じられると思う。

ちなみに、松岡正剛さんはそのうちの第5章「負への探求」と第6章「かけがえのないもの」が格別だったと記している。

第1章 視点をすえる

1.ファーブル昆虫記 たぶん教科書にも出てきて、フンコロガシの話などは誰でも一度は読んだことがあると思う。



24.パレオマニア 大英博物館からの13の旅 大英博物館の所蔵物のオリジンをたどる




第2章 物語の醍醐味

25.剪燈新話 中国の怪談集




33.さまよえる湖 中国西域ロブノール湖を求めて 学生時代に井上靖の「楼蘭」と一緒に読んだ。

さまよえる湖 (中公文庫BIBLIO)
スヴェン ヘディン
中央公論新社
2001-10



楼蘭 (新潮文庫)
井上 靖
新潮社
1968-01-29



36.チャリングクロス街84番地 英国の書店員と米国の女性顧客のウィットのきいたやりとり 映画にもなった






37.鷲は舞い降りた 第2次世界大戦中にチャーチル暗殺をたくらむナチ空てい部隊 映画化された

鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)
ジャック ヒギンズ
早川書房
1997-04





38.
薔薇の名前〈上〉
ウンベルト エーコ
東京創元社
1990-02

薔薇の名前 14世紀イタリアを舞台とするサスペンス小説 映画化された



39.世界の測量 福原さんのイチオシ小説 「年を取ってから読んだ本の中で、こんなにも興奮した一冊はなかった」 今読んでいる。

世界の測量 ガウスとフンボルトの物語
ダニエル・ケールマン
三修社
2008-05-23



41.生物と無生物のあいだ このブログで紹介している




第3章 英知を耕す

42.ロビンソン・クルーソー はずかしながらまだ読んだことがない。今度読んでみる。

完訳ロビンソン・クルーソー (中公文庫)
ダニエル デフォー
中央公論新社
2010-10-23



45.石橋を叩けば渡れない 昭和30年代の南極越冬隊の隊長 西堀栄三郎さんの本 今読んでいる。

石橋を叩けば渡れない
西堀 栄三郎
生産性出版
1999-04



55.ガリア戦記 大学生の時読んだが、ほとんど覚えていない。また読まなきゃ。

<新訳>ガリア戦記
ユリウス・カエサル
PHP研究所
2008-02-14



第4章 時の狭間をのぞく

61.月と6ペンス まだ読んだことがない。この章はこの本だけ。

月と六ペンス (新潮文庫)
サマセット モーム
新潮社
2014-03-28



第5章 負への探求

70.山椒魚戦争 このブログで紹介している。

山椒魚戦争 (岩波文庫)
カレル チャペック
岩波書店
2003-06-13



82.インタヴューズ これから読んでみる。マルクス、レーニン、ヒトラーなどのインタヴュー。




第6章 かけがえのないもの

95.木を植えた人 資生堂120周年記念に配った本。

木を植えた人
ジャン ジオノ
こぐま社
1989-10



97.ご冗談でしょう、ファインマンさん ブログで紹介していないがなんといっても面白い。

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)
リチャード P. ファインマン
岩波書店
2000-01-14



読んだら順次あらすじを紹介していく。


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2016年05月03日

チョコレートの帝国 M&Mのマースとキスチョコのハーシーの物語

チョコレートの帝国
ジョエル・G・ブレナー
みすず書房
2012-05-23


チョコレートの近代史を、米国の巨大チョコレート会社のハーシーマースの創業者たちを中心に描いた物語。

ちなみに、この本ではMars=「マーズ」と呼んでいるが、日本法人のホームページでは「マース」と呼んでいるので、このブログでは「マース」に統一した。

チョコレートの原料となるカカオはメキシコを中心とするメソアメリカ原産で、既に紀元前1,000年頃からスパイスと混ぜた苦い飲み物・「チョコラトル」として王族や支配者階級で楽しまれていた。

コロンブスは4回目の航海でチョコラトルを知り、エルナン・コルテスはスペイン王に献上し、甘くして飲むようになると、ヨーロッパの貴族の間で広まった。

良く知られた名前も出てくる。ヴァン・ホーテンは1828年位カカオ豆をすりつぶしてココアバターを減らす製法を発明し、飲みやすいココアを作り出して大ヒットした。


バン・ホーテン ココア 400g缶
1847年に板チョコを作り出したのはイギリスのフライアンドサンズで、この会社は後にキャドベリーと合併した。

1875年にはスイスのネスレ兄弟がミルクチョコレートを発明した。水分の多いミルクと脂肪分の多いチョコレートを混ぜ合わすのは、水と油を混ぜるようなもので、なかなかうまくいかなかったが、ネスレはコンデンスミルクを使うことでミルクチョコレートの製造に成功した。

イギリスのキャドバリー、スイスのトブラローネリンツ(Lindt)、アメリカのギラデリなど今でも続くチョコレートメーカーが登場する。



現在の世界の菓子業界のランキングでは、一位がキャドバリーを傘下に収めた旧クラフト・フーズ、現モンデリーズ、2位がネスレ、3位がマース、4位フェレーロ、5位ハーシーとなっている。日本の明治は9位にランクインしているが、売り上げは一位のモンデリーズの1/10である。

ミルクチョコレートはあまりにもポピュラーなので、簡単にできそうな気がするが、この本を読んでチョコレートの味を左右する製造工程や原料のサイズ調整、ミルクとのブレンドの難しさなどが理解できた。

ハーシーでもマースでもチョコレートの配合比率や製造法は最高機密なのだという。

マースはいまだに非上場企業でマース一族が株を握っているので、秘密主義を貫いている。

そんなマース社が珍しく取材に協力したのがこの本だ。著者のブレナーさんは、1年以上かけてマース社にアプローチし、やっとOKを取って2年かけてマース社を取材した。伝説の経営者フォレスト・マース・シニアの物語が多く紹介されている。

マースは2004年にマース兄弟が経営の第一線から退き、一族外のポール・マイケルズがCEOに就任しており、2014年に一族外のCEOに席を譲った。

2008年には、ウォーレン・バフェットと一緒に世界最大のチューインガムメーカーのリグレーを共同買収した。現在は同族経営色は薄れているのかもしれない。

マース社は1911年創業。創業者のフランク・マースは当初ハーシーのムリー社長の支援を受けて、マース・チョコレートをつくった。マースチョコレートの最も有名なブランド「M&M」はマースのMとハーシー社社長だったムリーのMだという。



1930年フランク・マースはスニッカーズを考案する。ハーシーのチョコレートを仕入れて、マースが加工するという協力関係があったのだ。マースに原料チョコレートを販売することにより、ハーシーのチョコレート売上高は急増した。

マースとハーシーの蜜月関係は続いたが、フランクの息子フォレスト・マースは家を飛び出し、スイスのトブラローネの工場と、ネスレの工場に工員として働き、技術を学ぶ。

フォレストは1933年にイギリスに移り、自らの工場を立ち上げる。マースバーをつくり、次はペットフードの会社を買収した。タイムレコーダーを入れ、遅刻がないものには報奨金を出したのもこのころからだ。

1939年マースUKは第3位のメーカーになっていたが、英国政府が打ち出した外国人の特別税のために、フォレストは英国を去らなければならなかった。

1940年米国に戻ったフォレストは、ニュージャージーに工場を建設し、ハーシーから原料の供給を得て、M&Mの製造をはじめた。スニッカーズ、ミルキーウェイのチョコバーの生産も開始した。





コーティングしたM&Mは、温度が上がるとチョコレートが解けるという問題を解決し、チョコレートが軍の配給食に大量に使われることになった。次は米軍のMRE(Meal Ready to Eat)レーション(配給食)の内容物だ。M&Mがパッケージのまま入っている。

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このジャンバラヤ配給食を盛りつけた例が次の写真だ。

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出典:Wikipedia

そしてフォレストは1964年に、ついにシカゴのマースを買収し、重役用ダイニングルームを取り壊し、社用ヘリコプターを売却し、給料を30%アップさせて、タイムレコーダーを持ち込んだ。

マースでは、全社員が「同僚」と呼び合い、CEOを含む全社員がタイムカードで勤務時間を管理していると紹介している。CEOも出社時間を守ると10%のボーナスが支給されるのだ。社有車も役員用個室もない。これが資産1兆円を超える経営者とは信じがたい。

まさに惑星マース(火星)の勤務生活といえる。個人秘書はだれにもつかず、コピーは各自自分で、電話も個々人が受け、出張はエコノミークラス。ファーストクラスは使わない。しかし給料は業界一で、副社長の年俸は50万ドル以上だという。

(この邦訳は2012年発刊だが、原著は1999年発刊なので、この辺の記述はマース一族が経営していない現在では違っているかもしれない)

ベストアンドブライテストを高給で優遇し、優秀なスタッフを集めた。

フォレストがシカゴのマースを買収した時に、契約を切られたのが広告代理店のオグルヴィだった。

復讐に燃えるオグルヴィは、「ハーシー、グレート・アメリカン・チョコレート」というキャッチコピーを打ち出し、ハーシーの売り上げは急増したという。

ハーシーはミルトン・ハーシーが1894年に設立した。

ペンシルベニアの農村地帯の工場で、新鮮なミルクを用いたミルクチョコレートで有名となった。著者のブレナーさんはペンシルベニアのハーシータウンに2年間通い詰めて取材したという。

キスチョコや、板チョコが主力商品で、1914年から米軍にチョコレートの供給を開始し、1937年からは米軍のレーションDバーとして配給食として採用され、砂糖でコーティングしたマースのM&Mとともに、軍隊の配給食として大量に納入している。

チョコレートはカロリーが高く配給としては理想的なのだ。

ハーシーは、ハーシートラストが株を持つ上場企業であり、2002年にハーシートラストがハーシーフーズ売却をリグレーやネスレと交渉したが、地元の反対で売却を断念している。

ハーシーの創業者のミントン・ハーシーは全財産をハーシートラストに寄付してハーシータウンと言う理想郷をつくった。

筆者は米国ペンシルベニア州のピッツバーグに駐在していたので、同じ州のハーシータウンにも家族で行ったことがある。車で4時間くらいのところだ。

ペンシルベニアの州都・ハリスバーグの近くだ。

ハーシータウンの遊園地でも遊んだ。ディズニーランドなどと違って、子供用の遊具が中心なので、何日も滞在して乗り物をすべて制覇するというタイプの遊園地ではないが、小さい子供でも楽しめるようになっている。遊園地の街頭は当然キスチョコの形をしている。



ミントン・ハーシーは孤児のために孤児院をつくり、ハーシースクールをつくった。生徒と教師の比率は9対1。教育プログラムや施設は有名私立高に匹敵する充実ぶりだった。

ハーシーとマースでは会社のカラーが、かなり違うことがわかると思う。

この本にはハーシーの広告の成功例も紹介されている。

興味深いのは映画「ET」のETをチョコレートで誘い込むシーンだ。プロダクトプレイスメントという広告手法で、それをやったのはM&Mに対抗するハーシーのリーセスピーセスだった。マーケティング史上最高の大当たりだったという。







「ちゃんとした人はチョコレートを食べない」という1970年代の通説に挑んだのはキャンベルスープの一部門となったゴディバだった。ゴディバは全米で1,300店もの店を開いて、チョコレートブティックを成功させた。

ゴールドコレクション12粒入
ゴールドコレクション12粒入


その他にもチョコレートにまつわる話が満載だ。

なにせ400ページもの本なので、この本を読んだらチョコレートに相当詳しくなる。チョコレート好きの人にはお勧めの本である。


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2016年05月01日

ビーグル号航海記 若きダーウィンの書いた博物誌 新訳で読みやすい

新訳 ビーグル号航海記 上
チャールズ・R.ダーウィン
平凡社
2013-06-25


新訳 ビーグル号航海記 下
チャールズ・R. ダーウィン
平凡社
2013-08-14


新訳が2013年6月に出ているので読んでみた。

種の起源」で有名なチャールズ・ダーウィンが22歳から27歳までの5年間、乗り込んだ英国の測量船「ビーグル号」の航海記兼博物誌。

種の起源〈上〉 (光文社古典新訳文庫)
チャールズ ダーウィン
光文社
2009-09-08


ビーグル号は約5年かけて、南アメリカを中心に陸地や水路を測量した。測量船といっても、大砲を6門備えた立派な軍艦だ。

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出典:Wikipedia英語版

ビーグル号の5年間の軌跡は次の図の通りだ。

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出典:ウィキペディア「ビーグル号」

1831年12月に英国のプリマス港を出港してからは、ほぼ4年間かけて南アメリカのブラジル、アルゼンチン、チリ、ペルーなどを測量し、ガラパゴス島に1か月ほど滞在してから、ニュージーランド、オーストラリア、モーリシャス、喜望峰などを経て、世界を一周した。

帰路、ナポレオンの島流しで有名なセント・ヘレナ島、アセンション島、そしてブラジルのバイアを再訪してから帰国している。

この本では全部で21章にわけて各地の動物、昆虫、地質、住民、移住者、生活風景などを紹介している。「ビーグル号航海記」を有名にしたガラパゴスの動物に関する章は、そのうちの一つにすぎない。

筆者が2年間駐在していたアルゼンチンの部分では、1830年代のインディオとスペイン人入植者の戦いも取り上げられている。


辺境の征服

アルゼンチンでは「辺境(砂漠)の征服」(la Conquista del Desierto)と呼んで、米国の西部開拓史と同様のインディオとの闘いが展開された。

しかし、それは米国の西部劇のように銃を持ったインディアン対白人の闘いではなく、スペイン人の銃対インディオのナイフ、槍、矢の戦争だったので、インディオは大量に殺戮されていった。

Wikipedia(スペイン語版)には、当時のインディオ対白人の戦いの絵が紹介されている。

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ダーウィンは、110人ほどのインディオの部族が、大人は男女を問わず虐殺され、子供は奴隷にされたという話をスペイン人から聞いたことを記している。男は全員サーベルで突き殺され、20歳くらいの若い女も全員殺された。命だけ助けられた子供たちは、売られるか奴隷にされたという。

インディオ討伐にあたったスペイン人に、「なんてひどいことをするんだ」と声を上げたら、「だがな、他に方法があるかね?あの女たちは、どんどん子を産むんだから」と答えたことをダーウィンは書いている。

その後1870年代にさらに大規模な「辺境の征服」作戦が展開され、インディオの部族はほとんど根絶やしにされた。

筆者が駐在していた当時はアルゼンチンの人口の98%が白人だった。その背景にはこういったインディオ根絶やし作戦が繰り返し実施されたことがあるのだ。

この本では、アルゼンチンでリンゴほどもある雹(ひょう)が降って、たくさんの野生動物を打ち殺したことや、ピューマの肉は色が白くて仔牛肉のようで、美味だったこと、ガウチョ(アルゼンチンのカウボーイ)の生活など、博物誌の他の話題として書き記している。


フォークランド諸島(アルゼンチンではマルビーナス諸島と呼ぶ)

フォークランド諸島では、1993年にイギリスとアルゼンチンが領土問題で戦争している

もともとはフランス、スペイン、イギリスが次々に占領した後、無人状態で放り出されていた島をアルゼンチン政府が個人に売り、流刑者開拓地に使用した。その後イギリスが領有権を主張して、力ずくで島を奪い取ったと書いている。

1830年当時は、イギリス領のフォークランド諸島、ニュージーランド、オーストラリアなど多くの領土で、追放された犯罪者が生活していた。


フエゴ島

筆者はアルゼンチン駐在時代に南米大陸最南端のフエゴ島を旅行したことがある。フエゴ島にはビーグル号のフィッツロイ船長にちなんで、アウトドア用品メーカーのパタゴニアのロゴのもとになったフィッツロイ山がある。

「ビーグル号航海記」では、フィッツロイ船長が、最初の航海の時にフエゴ島の住民を3人自費でイギリスに連れ帰って、キリスト教に改宗させ、2番目の航海の時に、フエゴ島に戻したことが紹介されている。西洋の船乗りたちが難破した時には、フエゴ島の住民が救ってくれるようにというフィッツロイ船長の思いからだ。

フェギア・バスケット、ジェミー・ボタン、ヨーク・ミンスターと名付けられた住民たちの似顔絵が載っていて、興味深い。

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出典:本書387ページ

ダーウィンは1年半後フエゴ島を再訪した時に、毛皮一枚を腰に巻いた裸のジェミー・ボタンと再会している。ジェミーがカヌーでビーグル号に近づいてきたのだ。ジェミーは結婚し、仲間に英語を教えていたという。


チリ

チリでは、銅鉱山の様子や、人手を使った採掘風景を紹介している。チリで採掘した銅鉱石はイギリスに運び、精錬するのだという。

ダーウィンは航海中にチリで大地震と津波に遭遇している。大地震の後、陸地が2〜3フィート隆起していたことを紹介している。

チリのワイン地帯で有名なマイプ川流域には、ダーウィンが訪問した1830年代にすでにブドウ畑やリンゴ、ネクタリン、モモの果樹園があり、無数の小屋があったという。


ガラパゴス諸島

ビーグル号航海記で最も有名な部分はガラパゴス島の生物に関する部分である。特に、ガラパゴス諸島に住んでいるフィンチのくちばしが、島ごとに異なるという発見が有名だ。

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出典:本書

そのほかにガラパゴス島のリクイグアナやゾウガメなどの爬虫類や、ホウボウ、カサゴなどの魚などを紹介している。ダーウィンが持ち帰ったゾウガメは、2006年まで生きていたという。

ガラパゴス島の後は、タヒチに寄って、ニュージーランド、オーストラリアを測量し、モーリシャスに寄ってから、喜望峰をまわって大西洋に戻っている。

ダーウィンはタヒチの住民は優美だと評しているが、ニュージーランドのマオリ族は体が大きく、戦闘的で、ずるくて乱暴なイメージしか与えないと評している。居留するイギリス人も社会のくずで、ニュージーランドから離れることができて、みんな喜んだだろうとまで言っている。

ニュージーランドのラグビー代表チームのオールブラックスは、マオリ人の戦いの踊り・ハカを試合前に披露して士気を高めることは有名だ。気性の激しいマオリ族には、ラグビーは最適のスポーツなのかもしれない。



筆者の行ったことがある南米各地の場所が多く紹介されていて、大変興味深い。アルゼンチンに駐在する前に読んでいたら、もっと良かったと思う。

いまから200年近く前の本だが、博物誌なだけに、内容は陳腐化していない。紹介されている動植物や各地の様子を描いた挿絵も入っていて楽しめる。

新訳は大変読みやすい。本屋で手に取って見ることをおすすめする。


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2016年04月29日

マネーボール ビッグデータを野球に適用するとこうなる



データ分析をビジネスに活用した例として、このブログであらすじを紹介しているデータ分析の教科書の「分析力を武器とする企業」で紹介されていたので読んでみた。

分析力を武器とする企業
トーマス・H・ダベンポート
日経BP社
2008-07-24


ブラッド・ピット主演で映画化されている。



ボストン・レッドソックスが採用したことで有名なセイバー・メトリクスを使ったデータ野球の本だと思って読んでみたが、抜群に面白い。

松井秀喜中島裕之が一時在籍していたオークランド・アスレティックスは30年ほど前は、ホセ・カンセコマーク・マグワイアを擁する大リーグ屈指の金満強豪球団だったが、オーナーが代わり、資金の余裕がなくなって、大リーグでも最低予算球団に仲間入りした。

アステレィックスはワールドシリーズ優勝は1989年以来ないものの、それでも毎年のようにプレーオフには出場する。金満球団との競争のなかで、いかにオークランド・アスレティックスがタレントの宝庫ともいえるような戦力をつけていったのかを明かしている。

主人公のアスレティックスの前GMであるビリー・ビーンは、スポーツ万能で体格にも恵まれ、将来を嘱望されて高卒でニューヨークメッツに入団したが、生来の短気さが災いし、メンタル面での弱さが足を引っ張り、メジャーでは目立った成績を残せなかった。

筆者はたまにやるゴルフでミスショットをすると、それが後を引いてスコアを崩すことがよくある。コンバット・フライト・シミュレーターなどのコンピューターゲーム(ちょっと古いか。今はゲームをやらないので)をやる時も、カーッとなって、機械に八つ当たりする傾向がある。

ビリーのように頭に血が上らないように気をつけなければならない。

Microsoft Combat Flight Simulator
マイクロソフト
1998-11-13


ビリーはメッツがワールドシリーズで優勝した時の中心選手、ダリル・ストロベリーと同期の1980年のドラフト入団組で、翌年入団のレニー・ダイクストラとは2年間同じ部屋に住んだ仲だ。

レニー・ダイクストラからは「おい、読書なんてしてどうする。目が悪くなるぞ」と言われたという。

ビリーはむらが多く、三振するとバットを折ったり、壁に穴をあけて八つ当たりする。ビリーの打順が回ってくると、控え投手がブルペンから出てきて、ビリーが三振して暴れまくるところを見物していたという。

メッツからツインズにトレードされ、ツインズで1987年のワールドシリーズ制覇、それからタイガースを経てアスレティックスにトレードされ1989年のワールドシリーズ制覇のベンチにいた。

メジャーリーガーだったら誰でも欲しいワールドシリーズの優勝記念指輪を2個持つビリーは、野球界の「フォレスト・ガンプ」だと自嘲的にいう。

アスレティックスのワールドシリーズ制覇にベンチウォーマーとして参加した翌年、現役をやめてアドバンス・スカウトになる。「とくに野球をやりたいってわけじゃないんだ」というのがビリーの本心だった。

出塁率に注目した野球理論を発掘した当時のアスレティックスのサンディ・アルダーソンGMの右腕として頭角を現し、1999年にアスレティックスのGMに就任する。

GMに就任してからはハーバード大学出身のポール・デポデスタにデータ分析を担当させ、旧来の新人発掘スカウトを全員クビにする。

競争相手が気が付かない、データに基づいた野球を目指して低コストで強いチームを作り上げた。ただし、GMのできることはチームをプレイオフに進出させることまでで、後は運だという。たしかに、アスレティックスは1989年のワールドシリーズ優勝以来、ワールドシリーズ制覇から遠ざかっている。

この本では、抜群の選球眼で、高い出塁率を誇るスコット・ハッテバーグや、大リーグでは珍しい長身の下手投げ投手チャド・ブラッドフォードなどを取り上げている。長年ボストン・レッドソックスで活躍し、最後は楽天に短期間来たケビン・ユーキリスは、ビリーが欲しがった選手として紹介されている。

独自の基準で目を付けた新人を育て上げ、安い年俸の時に活躍させ、高い年俸を払わざるを得なくなるFAの直前に他のチームにトレードして対価を稼ぐのがビリーのやりかただ。

アスレティックスはティム・ハドソンバリー・ジートマーク・マルダーの”ビッグ3”はじめ、後に大成する投手を何人も新人として発掘しているが、意外だったのは、アスレティックスは投手より打者を優先的に獲得するという方針だという。

たしかに、アスレティックスは前記のマーク・マグワイア、ホセ・カンセコ、ジェイソン・ジアンビなど打者としてその後大リーグを代表する存在になる選手も数多く育てている。

そして他のチームから受け入れるのは力の割には評価されていない年俸が低い選手がもっぱらだ。松井秀喜が良い例である。アスレティックスにいた時の松井の年俸はヤンキース時代よりも大幅に下がっているが、打点ではチーム2位と貢献している。

クローザーは買うより育てた方が安いという方針も、たしかにその通りかもしれない。

驚かされるのは、著者のマイケル・ルイスの取材の緻密さだ。どのページを開いても、メジャーリーガーか、ドラフトにかけられるルーキーの名前が誰かしら載っており、それぞれの特徴を簡潔に紹介している。大リーグに親しみのない人でも抵抗感なく読める本に仕上がっている。

ビジネスにも役立つ。選手起用や対戦相手研究にデータ分析を使うことは、いわば当たり前であるが、GMとしてチーム戦力アップのためにデータ分析を使い、低予算で強いチームを作り上げることは、誰でもできることではない。

怒るとイスや壁に当たり散らし、試合観戦はしない主義だというビリーや、電話会議で行われるドラフト会議など、もともと「絵になるシーン」の連続のような本なだけに、ブラッド・ピット主演の映画も大変面白い。

ビリー・ビーンは、スタンフォード大学への進学が決まっていたのに、大リーグの契約金に目がくらみ、高卒でプロ野球選手となったことを、ずっと悔やんでいたという。

GMとして成功してボストン・レッドソックスから250万ドルX5年という巨額の年棒で契約オファーがあったときも、「私は、金のためだけに決断を下したことが一度だけある。スタンフォード進学をやめて、メッツと契約したときだ。そして私は、二度と金によって人生を左右されまい、と心に決めたんだ。」といって断った。

データの信奉者らしからぬ発言ではあるが、信念を曲げないビリーらしい行動だ。

マネー・ボールで取り上げられている選手は成功者ばかりではない。この本でデータ分析による新人選考の結果、有望新人として大きく取り上げられているジェレミー・ブラウンは、結局目が出ず、大リーグ出場はわずか5試合にとどまった。

高卒をドラフトで採用しても、多くはジェレミー・ブラウンの様に目が出ないケースが多い。

日本ハムの大谷翔平も、高卒でメジャーに行くよりも、まずは日本のプロ野球で成功して、それから大リーグに挑戦するほうが正解なのだろう。

あまり野球に興味のない人でも、面白く読める。映画もお勧めだ。


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Posted by yaori at 00:42Comments(0)TrackBack(0)ビジネス | 野球

2016年04月25日

容疑者Xの献身 こんなんありか?奇想天外な犯罪トリック

容疑者Xの献身 (文春文庫)
東野 圭吾
文藝春秋
2008-08-05


東野圭吾のガリレオシリーズの代表作。東野圭吾はこの作品で直木賞を受賞している。

容疑者Xの献身 ブルーレイディスク [Blu-ray]
福山雅治
ポニーキャニオン
2009-03-18


起こった犯罪自体は、どこにでもありそうな事件だが、犯罪を隠ぺいするためのストーリーが凝りに凝っている。

最後まで息をつかせないストーリー展開だ。

この作品は映画化されている。まだ映画は見ていないが、次の画面の通り、湯川の大学の同期生の数学の天才で、高校柔道部コーチの石神を、堤真一(マフラーで顔があまり見えないが)が演じているので、若干違和感がある。



それにしても、これだけのストーリーをよく考えたものだ。

バツイチで娘と暮らす美貌の隣人に片思いの恋心を抱く高校の数学教師石神は、探偵ガリレオこと湯川と警視庁刑事の草薙の帝都大学の同期生だった。

最初に石神が毎朝高校に出勤する前に立ち寄る清州橋付近にある弁当屋と、道すがらの隅田川沿いのホームレスキャンプが登場する。

このホームレスキャンプが「小説のトゲ」となって、後から効いてくる。

この弁当屋で働く、石神の隣人の元夫が殺された。事件を担当する草薙から湯川は相談を受ける。

その事件の関係で、殺された男の元妻が重要参考人として浮かび上がる。しかし、元妻には映画を見ていたという2時間余りを除いて、ほぼ完ぺきなアリバイがあった。

湯川はひょんなことから、その重要参考人の隣人が石神であることを知る。

湯川は石神を天才数学者と一目置いていたが、石神とは卒業後音信不通で20年が過ぎており、天才数学者の石神が一介の高校教師となっていることに驚く。

そして湯川は、この事件は綿密に考えられたアリバイ工作があると見抜く。

親友の石神と対決せざるをえなくなって苦しむ湯川。

湯川は、友人の警視庁の草薙とは別行動に出る。

石神と湯川の直接対決。

その後、石神は思いもかけない行動に出る。

それは……。

というようなストーリーだ。

やりすぎといった感のあるストーリーだが、思いもかけない展開だ。

文庫本で400ページ余りの作品だが、最後まで一気に読んでしまう。

大変面白い小説だ。一読をお勧めする。


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2016年04月23日

メジャーリーグの英語 ColdじゃなくてCalledだったんだ



メジャーリーグの野球中継でよく使われる英語を投手用語、打者用語、守備用語などのカテゴリーや、トピックス、有名人、メジャーリーグ観戦術などの分野に分けて紹介した本。

あまり難しい英語はないので、簡単に読める。

この本で一番難しい英語は、たぶんアメリカ国歌だろう。

次に一番の歌詞だけ引用する。

Oh, say can you see,
by the dawn's early light
What so proudly we hailed
at the twilight's last gleaming?

Whose broad stripes and bright stars,
through the perilous fight.
O'er the ramparts we watched
were so gallantly streaming?

And the rockets' red glare,
the bombs bursting in air,
Gave proof through the night that
our flag was still there,

Oh, say does that star-spangled
banner yet wave.
O'er the land of the free
and the home of the brave!



難しい歌詞だし、難しい旋律だ。

この本の収穫は、筆者が間違って覚えていた単語があったことだ。

たとえばコールドゲーム、てっきりCold Game、つまり盛り上がりに欠ける試合という意味だと思っていた。ところが、これはCalled Game、つまり審判によってCall=宣告されたゲームで、審判が試合終了をCallしたから、Called Gameとなるのだ。

おなじように、見逃し三振もCold Strikeだと思っていたら、Called Strikeだった。これまた、審判がストライクとCallして三振という意味だった。

筆者が米国のピッツバーグに駐在していた時に、小学生の長男は町の少年野球チームに入っていた。

全米がそうなのか、たまたま筆者の住んでいた町がそうなのかわからないが、筆者の住んでいたUpper St. Clair(アッパー・セント・クレア)という町は、少年野球参加希望者13人ごとに1チームを編成して、どんなに下手でも必ず試合に出られるように編成する。

ピッチャーも毎回変えて、誰でもピッチャーとなれ、誰でも打席に立てるようにする。

下手でもなんでもいいのだ。

1チームに一人、父兄のボランティアコーチがいて、そのコーチがポジションや打順を決める。

守備は9名だが、打撃は13名全員が順番で打席に立ち、特に交代などなかったと思う。

小さい時から野球に親しむことが目的の育成方法だ。

もちろん日本の様に軟式野球ボールはないので、はじめっから硬球、金属バットだ。

コーチは、"ノー・コールドアウト"といって、バッターを送り出していた。筆者は"Cold out"つまり、手を出さない消極的な三振だとおもっていたら、これも"Called out"つまり、審判に宣告された三振=見逃し三振だったのだ。

米国では、どんどんバットを振っていって、空振り三振は"Good try"といってほめる。四球=Walkを選んだり、ボール球を見送ったりすると、"Good eyes"といって、またほめる。

子供を叱らず、ほめて育てる文化なのだ。

この本では、「Money Ball」で話題になった、SABERMETRICSの考案者、ビル・ジェームズについても「常識として知っておきたい人たち」というコーナーで紹介している。

「Money Ball」では、アスレティックスのGM,ビリー・ビーンのことが中心で、SABERMETRICSを発案したビル・ジェームズについては、簡単に紹介しているだけだ。

ビル・ジェームズは熱心な野球ファンとして、既成観念にとらわれず、データを分析して、独自の理論を打ち出した。

投手は、勝率や勝利数でなく、WHIP(Walk plus Hits per Inning Pitched、つまり四球とヒット数を投球回数で割ったもの)、打者は打点や打率でなく、OPS(On-base Plus Slugging、つまり出塁率に長打率を足したもの)で評価すべきだというのが、ビル・ジェームズの理論だ。

このブログでも「Money Ball」の映画「マネー・ボール」の本を紹介しているので、参照してほしい。






ついでに、たけしの「野球小僧の戦後史」も紹介しておく。たけしと野球のかかわりで、戦後史の一面を描いた本だ。

たけしが明治大学出身なことは知っていたが、明治大学の理工学部は神奈川県川崎市の生田にあり、たけしは足立区の東武線の梅島駅の近くに住んでいたので、片道2時間かかったという。

たけしは昭和22年生まれの団塊の世代で、昭和40年に明治大学の機械工学科に入ったが、学生運動が活発な時期で、授業にも影響がでて、結局たけしは大学に行かなくなり、5年で除籍処分となっている。




明治大学は、その後平成16年にたけしに「特別卒業認定証」を送って、卒業扱いとしている。当時は学生運動が活発な時で、たけしは学業を続ける意欲を3年でなくしたが、それまでに106単位を取得しており、そのままいけば卒業は問題なかったし、たけしの母親は5年間学費を納めていたからだと。

昭和34年の「天覧試合」では、長嶋のサヨナラホームランが有名だが、この試合で新人の王もホームランを打ち、長嶋は2本のホームランを打っていることを初めて知った。

気軽に読める本である。


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2016年04月19日

戦略がすべて 瀧本哲史さんの戦略的思考「攻略本」

戦略がすべて (新潮新書)
瀧本 哲史
新潮社
2015-12-16



このブログで紹介した「僕は君たちに武器を配りたい」と「武器としての決断思考」の著者、京都大学准教授の瀧本哲史さんの近著。






この本はアマゾンの「なか見!検索」に対応していないので、「なんちゃってなか見!検索」で目次を章まで紹介しておく。

機.劵奪肇灰鵐謄鵐弔砲蓮峪迭櫃院廚ある

1.コケるリスクを排除するーAKB48の方程式

2.全てをプラットフォームとして考えるー鉄道会社の方程式

3.ブランド価値を再構築するー五輪招致の方程式

供]働市場でバカは「評価」されない

4.「儲ける仕組み」を手に入れるースター俳優の方程式

5.資本主義社会の歩き方を学ぶーRPGの方程式

6.コンピューターにできる仕事はやめるー編集者の方程式

7.人の流れで企業を読むー人材市場の方程式

8.二束三文の人材とならないー2030年の方程式

掘 岾弯掘廚覆プロジェクトは報われない

9.勝てる土俵を作り出すーオリンピックの方程式

10.多数決は不毛であるーiPS細胞の方程式

11.人脈とは「外部の脳」であるートップマネジメントの方程式

12.アナロジーから予測を立てるー北海道の方程式

検‐霾鵑棒む「企み」を見抜け

13.ネットの炎上は必然であるーネットビジネスの方程式

14.不都合な情報を重視するー新聞誤報の方程式

15.若者とは仲間になるーデジタルデバイスの方程式

16.教養とはパスポートであるーリベラルアーツの方程式

后/祐屬痢峅礎諭廚篭軌蕕之茲泙

17.優秀な人材を大学で作るー就活の方程式

18.エリート教育で差別化を図るー東京大学の方程式

19.コミュニティの文化を意識するー部活動の方程式

20.頭の良さをスクリーニングするー英語入試の方程式

21.入試で人間力を養うーAO入試の方程式

此\治は社会を動かす「ゲーム」だ

22.勝ち組の街を「足」が選ぶー地方創生の方程式

23.マーケティングで政治を捉えるー選挙戦の方程式

24.身近な代理人を利用するー地方政治の方程式

察\鑪を持てない日本人のために

それぞれの章で上記の「方程式」と呼ばれる「勝ちパターン」=戦略が紹介されているので、瀧本さん自身はこの本を「戦略的思考ケースブック」と呼んでいる。

たとえばAKB48の方程式とは、「プラットフォーム」をつくることだ。「人」を売るビジネスでは、「成功の不確実性」、「稼働率の限界」、「交渉主導権の逆転」の問題がある。AKBの方程式では、これらの課題を次のように解決している。

AKBのメンバーは芸能プロダクションに所属していて、AKB活動の時だけ、AKBに派遣されている。大量のメンバーを入れながら、リスクやコストをすべて負う必要はない。AKBの社員ではないので、固定費はない。稼働率の問題はないのだ。

誰が売れるかわからないが、誰かが売れるだろうというやり方ができ、総選挙という消費者の好みを聞くしくみもある。総選挙で上位のタレントを集中的に売り出せばよいのだ。これなら成功の確実性は非常に高い。

AKBというプラットフォームに仕事が来るので、個々のタレントの独立や報酬の高騰といったリスクは小さい。つまり、交渉主導権を失うリスクは小さい。

このようにプラットフォームをつくることで、様々なリスクを軽減して、ビジネスに永続性を持たせることができる。

AKBのセンターがどんどん変わり、「卒業」しても、AKBの人気は維持できる仕組みができている。たとえば宝塚歌劇団でも同じような構造を持っているし、コンサルティング会社や弁護士事務所などのプロフェッショナルファームも似たような仕組みを持っている。

コンサルティング会社は素質のありそうな人をアソシエイトとして大量採用し、その中から才能が開花して顧客を獲得できた人材だけをパートナーにしていく。誰が売れるかわからないAKBのシステムとよく似ている。

また、稼働率の問題はアソシエイトに見えない調査などの仕事をやらせて、顧客対応などの見える仕事はパートナーが行うことで解消できる。

瀧本さんが居たマッキンゼーの例が紹介されている。現在「マッキンゼー」という本を読んでいるのので、近々あらすじを紹介する。




このような形で、それぞれの「方程式」を紹介している。それぞれの章の最後に「まとめ」があって、わかりやすい。

たとえば、非常に参考になった12.の「アナロジーから予測を立てるー北海道の方程式」の「まとめ」は次のようになっている。

・アナロジーから未来を予測することで、ビッグデータには導けない仮説を導き出せる。
・北海道のように、未来を読むための縮図や実験場を見つける(北海道は日本の縮図として、消費財のテストマーケティングに使われることが多い)。
・ドラスティックな変化は新しいビジネスのチャンスになる。
・「日本人の知恵」の部分を輸出するというビジネスモデルには商機がある。

21.の「入試で人間力を養うーAO入試の方程式」では、ひところ有名になった「ビリギャル」の入学後についての新聞インタビューによる後日談を紹介している。結局、大学教育になじめず、あまり業界リサーチをせず就活をして、結局短期で退職し、その後同業種の小さな会社に再就職しているという。

入学試験で合格することは手段でしかなく、その後何をするかが大事だが、「受験が最高の成果だった人」の受験本がヒットするという歪んだ構造があるという。




最後に瀧本さんは、日本企業のキャリアパスに疑問を投げかける。

日本の一般的な組織においては、「良き平社員が、係長に」、「良き係長が、課長に」、「良き課長が、部長に」の延長で、最高意思決定者が決まる。

多くの場合は本流の部門や業績を伸ばした部門を上り詰めた者が選ばれる。意思決定の力量ではなく、環境や時代に恵まれていたり、社内評価を高めることに成功した人というわけだ。

そんな人が突然戦略的思考を求められても無理だろう。実のところ、作戦指揮と戦略決定は、野球とサッカーぐらい違うのだ。

企業という組織においては、各階層での仕事は大きく異なるため、日本のようなキャリアパスの設計は適切ではない。事実、多くのグローバル企業では、最初からリーダーを選抜し、かなり早い段階から難しい意思決定をさせて経験を積ませている(日本でも先進的な企業はすでにそうなっている)。

だから戦略的思考を身につけるには、中堅幹部向けの戦略思考研修や、ロジカルシンキング本などの「勉強」ではあまり成果は上がらない。

多くの問題を解いたり、「実戦」の場に出たりして、その成否を検証できるプロセスを何度も経験することが重要で、ビジネススクールなどで行われているケーススタディを大量にこなすという「疑似トレーニング」が有効だと瀧本さんは語る。

身の回りに起きている出来事や、日々目にするニュースに対して、戦略的に「勝つ」方法を考える習慣を身につけ、「勝利の方程式」を自分で考えてみることを勧めている。

筆者も、ネット企業の経営者だったことがあるので、瀧本さんのいうことはよくわかる。

経営者は「できる営業マン」の最終形ではない。経営者は、その会社の立ち位置を完璧に理解し、どういう戦略で強みを伸ばして、収益を上げるのか、どこに集中しなければならないのか、どうしたら社員の士気を上げることができるのか等、明確な戦略を持ち、それをもとに社員を鼓舞して組織を動かさなければならない。

当時の筆者には会社の全体像が見えておらず、どこに成長の限界となる弱みがあり、どうやって永続的成長を遂げるのかの戦略を持っていなかった。

そんな反省も「実戦」を経験したからこそ、わかったことだ。

この本では、上記のような「方程式」を紹介することで勝ちパターンを考えるヒントを与えてくれる。

このブログであらすじを紹介している「ロジカルシンキング」「ロジカルライティング」といった本も「教科書」として役に立つが、戦略的思考の実践的練習を始めるなら、「攻略本」としてこの本が役立つと思う。







まず一度読んで、気に入ったら、何度も読み込むことをお勧めする。


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Posted by yaori at 21:19Comments(0)TrackBack(0)ビジネス | 瀧本哲史

2016年04月16日

闘う純米酒 埼玉県の神亀酒造の純米酒製造



ほぼすべての日本酒が醸造用アルコールと調味料を加えて作られた三倍増醸清酒が全盛だった時代に、全国に先駆けて全量を純米酒とした埼玉県蓮田市の神亀酒造を中心とした日本酒の作り手の側からの本。

神亀酒造






















三倍増醸清酒は、もともとは戦中・戦後のコメ不足の時代に少ないコメで多くの酒を造るために開発された苦肉の策の酒つくりだった。

同じ量のコメから3倍の酒がつくれるということは3倍の税収になるため、税収を増やしたい国の政策と合致したため、戦後の混乱期から戦後を通して日本酒生産の中心だった。

昭和50年ころからの地酒ブーム、純米酒ブームで平成15年に酒税法が改正され、現在は三倍増醸清酒は、「清酒」ではなく「リキュール類」になっているが、筆者の学生時代の昭和40年代は、日本酒というと三倍増醸清酒だった。

筆者は、学生時代から日本酒は悪酔いするというイメージを持っており、それがずっと続いていた。混ぜ物ばかりの三倍増醸清酒を飲まされていたのだから、悪酔いするのは当たり前といえば当たり前だ。

今の日本酒は、筆者の学生時代に飲んでいた三倍増醸清酒とは全く異なる。

筆者が日本酒の良さに気付いたのは、東日本大震災復興支援の思いも込めて東北の日本酒を飲み始めた5年前のことだ。

この本では、三倍増醸清酒全盛時代に、税務署の指導をはねのけて日本酒本来の製法である純米酒つくりを全国に広めた埼玉県の神亀酒造と、神亀酒造に影響を受けて純米酒生産に転換した各地の蔵元の話を紹介している。

神亀酒造の主力商品「ひこ孫」は3年間冷温熟成させた純米酒で、新酒が良いというそれまでの日本酒の常識を覆した酒だ。

神亀 ひこ孫 純米吟醸酒 720ml
神亀 ひこ孫 純米吟醸酒 720ml

実は、神亀酒造が税務署とケンカしながら1タンクだけ作った純米酒は、新酒では辛くて薄いと不評で、売れ残ってしまった。

しかし、その売れ残りが数年間瓶の中で熟成して良い酒になっていたのだ。

それまで日本酒は作った醸造年度に売るというのが原則で、税務署は在庫が2年分もあるのに、なぜ製品を作るのかと何年も寝かすことは認めていなかった。この面でも税務署との争いになったという。

この本では神亀ファンと一緒に自ら田植えをしてコメつくりをしたり、日本の純米酒つくりの先駆けとして、他の蔵元に支援を惜しまない神亀酒造の姿勢を紹介している。

酒蔵で蔵人全員が半年ほど合宿して酒造りに取り組む生活や、杜氏(とうじ)がどのように判断して酒つくりを進めているのか、神亀酒造で学んだ蔵人がその後各地の酒蔵で酒つくりを始める姿なども紹介されている。

酒造りといえば、フジテレビでドラマ化された「夏子の酒」が有名だ。





夏子の酒は伝説の酒造米を復活させて酒つくりに取り組むというストーリーだ。

原料のコメも重要ではあるが、むしろ醸造工程が酒の良し悪しを決める。

もともとは「蔵付き酵母」という、その蔵に住みついている酵母を使って醸造していたので、納豆やミカンは酒蔵には禁物だったという。

現在は科学的にプロセスが改良され、工程も温度もコンピューター管理されているが、それらが導入される前は、杜氏の経験と勘にたよった製法だった。

獺祭はじめ、日本酒の輸出も増えている。しかし、税務署と戦っても純米酒を作るという神亀酒造のパイオニア精神がなければ、今の日本酒ブームはなかった。

純米酒のパイオニアの苦労がわかる一冊である。


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Posted by yaori at 23:41Comments(0)TrackBack(0)趣味・生活に役立つ情報 | 日本酒