2021年09月06日

ハイジャック犯をたずねて 元商社マンの珍しい交友



知人が本を出版したので読んでみた。

著者の和田さんは、大学のクラブの後輩で、同じ会社の後輩でもある。入社前に先輩訪問で就職相談に来た彼に「司法試験の短答式まで合格しているのであれば、そちらの方を頑張ったほうが良いのではないか」とアドバイスしたが、結局同じ会社に入社した。

もう40年近く前、和田さんは、初めての海外出張の帰りに、インドからバンコックに行くアリタリア航空のフライトでハイジャックにあった。1982年のことだ。

同じバンコック空港では、前年にインドネシアのガルーダ航空のフライトがハイジャックされ、機内に軍隊が強硬突入して、犯人全員射殺などという事件が続発していた中で、穏便に解決したケースだった。

犯人は複数を装っていたが、実際は単独犯で、体につけたダイナマイトも偽物だった。犯人の要求は、現金30万ドルとイタリアにいる実の息子を連れてこいというものだった。到着地のバンコックで、犯人と駐タイ・スリランカ大使、駐タイ・イタリア大使との交渉が始まった。

犯人はスリランカ人の30代の男で、ヨーロッパで働いていた時にイタリア人の妻と結婚していたが、仲たがいし、当時はスリランカとイタリアで別居しており、息子はイタリア人の妻と一緒に住んでいた。

そんな要求でハイジャックするかあ?というような動機だが、イタリア人の妻が協力的で、在タイ・イタリア大使の要請に応じて、すぐさまバンコック行きのフライトでバンコック入りして、犯人の説得を試み、犯人との交渉が成立して、無事に人質全員が解放された。

著者の和田さんは、まさにそのハイジャックを経験した。

当時の飛行機は、後部の座席が喫煙席だったので、スモーカーの和田さんは、後部の座席に座っていて、最後部に陣取っていた犯人の顔がわかる位置にいた。

交渉が成立し、人質は全員解放され、犯人はスリランカに息子とイタリア人の妻と一緒に帰国した。

当時のスリランカでは、まだハイジャックに対する法律ができておらず、到着時は英雄として歓迎されたが、政府が過去にさかのぼって適用される法律をつくったので、すぐに逮捕され、終身刑を言い渡された(その後5年間の懲役刑に減刑)。

スリランカに戻ってすぐ、イタリア人の妻は息子を連れて、イタリアに帰り、結局ハイジャック犯は目的を達成せずに収監されることになった。

それから30年あまり経ち、和田さんはふと、ハイジャック犯が健在なことを知る。刑期が終わった後は、再婚して人生をやり直しているようだ。そんなことを知るうちに、和田さんはハイジャック犯と連絡を取ろうと試みる。

つてをたどって、すぐに本人の連絡先が入手でき、本人に連絡して何度かスリランカに会いに行って、直接本人から話を聞いている。

この本は和田さん自身のハイジャックにあった経験、犯人の生い立ちから、ハイジャックで収監された後再婚して、娘と息子はヨーロッパの大学を出て働いていること、そして日本にはあまり知られていないスリランカという国の政治・社会について詳しく紹介している。



スリランカは、仏教徒のシンハラ人が約75%、ヒンドゥー教徒のタミル人が約15%、イスラム教徒のムスリムが10%という人口構成だ。

シンハラ語で、スリは「美しい」、ランカは「島」という意味だ。

しかし、スリランカは、その「美しい島」という国名にはそぐわない、民族、宗教間の対立が根深く残っており、自爆テロや爆弾テロ、要人の暗殺、それに対する政府軍の報復の空爆や攻撃など、血で血を洗う抗争が続いていた。さらに、社会にはカースト制の残滓が色濃く残っている。

隣国のインドでも、ネルー首相の子孫のガンジー一族は爆弾テロで暗殺されており、テロはスリランカのみの問題ではないが、それにしてもテロなどの脅威からほぼ無縁と思っている日本人には、強烈な印象を与える。

インドでの出来事も含め「第3章 スリランカのたどった道」で、和田さんはスリランカの複雑な政治・社会情勢をわかりやすく紹介している。

著者自らが人質となったハイジャック犯と再会するという珍しいノンフィクション作品であり、なおかつ、あまり知られていないスリランカやインドの民族問題がわかる。

巻末の「関連年表」も、すごい。スリランカでは、ほとんど毎年、政変やテロ・暴動・報復などが起きている。

現在の日本は、政府の新型コロナウイルス対策の失敗で、医療崩壊に陥っているが、それをのぞけば日本は平和そのもので、ほとんどの人がテロなどの脅威を感じないで過ごせる「安全安心」な国だ。そんなことをあらためて考えさせられる本である。


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Posted by yaori at 21:36Comments(0) ノンフィクション | 歴史

2021年05月03日

原油暴落の謎を解く 元三井物産オイルトレーダーの分析

原油暴落の謎を解く (文春新書)
岩瀬昇
文藝春秋
2016-07-01


石油関係の本を何冊も書いている元三井物産オイルトレーダーの岩瀬さんの本。岩瀬さんは、エネルギー問題の専門家として新潮社の雑誌「Foresight」で、岩瀬昇のエネルギー通信というコラムを連載している。

岩瀬さんは最初の著書の「石油の『埋蔵量』は誰が決めるのか?」を2014年に出版した後、2015年からの原油価格暴落に際して、編集者よりの依頼で、この本を書いたと、あとがきに書いている。

まずは基礎知識として、1990年からのWTI(米国の基準原油のWest Texas Intermediate)の原油先物の長期チャートを見てみよう。出典にリンクを載せているストックブレーンという会社が運営している商品市況サイトでは、自由にチャートを組み立てることができるので、試していただきたい。

原油価格先物市況














出典:原油価格(WTI原油先物) リアルタイムチャート

過去30年以上の長期トレンドを見ると、原油先物価格はリーマンショック前に1バレル150ドル近くまで上昇した後、リーマンショックで下落した後は100ドルを目指して徐々に上昇していたが、2014年後半からまた急激な下落が始まり、2016年2月に30ドル弱の直近の底値を記録した。

そのあとは、若干の上下動を繰り返しながら、現在は60ドル前後で推移している。

最近の動きを知るために、2017年から2021年までのWTI先物価格のチャートを見てみよう。

原油価格2017-2021年


















出典:原油価格(WTI原油先物) リアルタイムチャート

このチャートで特筆すべきことは、2020年4月20日にWTI原油先物価格が、マイナス価格になっていることだ。

4月20日の時間ごとの市況変動チャートは次の通りだ。

2020年4月のCMEWTI5月渡先物市況

























出典:ベストカーWebの「原油のマイナス価格によってガソリン価格は安くなる?」記事

原油先物価格の終値がマイナス価格(マイナス37.63ドル)になったのは前代未聞のできごとで、これは4月20日から21日にかけて出現し、翌日にはプラス価格に戻している。

この日に世界中の原油相場がマイナス価格になったわけではなく、これにはWTIという米国内向け原油の取引の特性によるものだ。WTI先物は現物とひもついているので、5月渡しの先物原油を買ったら、米国オクラホマ州のクッシングで受け取らなければならない。

いわゆる「ホットポテト」で、転売できるうちはいいが、最後にババをつかんだ者は、原油を引き取らなければならない。そのためには、原油タンクを手配する必要があるが、原油タンクがキャパ一杯で手当てできないと、たとえマイナス価格でも買った原油先物を手放さなければならない。

こんなからくりが原油先物がマイナス価格となった理由だ。

この本の出版は2016年6月20日なので、「原油価格がなぜマイナス価格になったのか?」という前代未聞のマイナス価格の謎には答えていないが、2014年に始まった原油価格下落が続く相場下で、岩瀬さんは1〜3年くらいで、原油のリバランスがすすんでくれば価格は上昇に転ずると予測している。

岩瀬さんは「結論を言おう」として、次の様に予測している。

「OPECが減産をきめなければ、また、産油国・地帯における地政学上のリスクが暴発しなければ、原油価格は2017年までは大幅には上がらないだろう。だが、2015年以降の国際石油会社による資本投資削減の影響が、何年後かには増加した需要をまかなうだけの供給量が足りなくなるという形で出てくるため、リバランスが視野に入ってくると、価格は上昇する。」

「そうなった場合、アメリカのシェールオイルの新規増産の生産コストが当面の「シーリング」になる可能性が高いだろう」と予測している。

2020年4月の暴落を除けば、2017年以降のWTI原油先物相場は大体60ドルで推移している。シェールオイルの生産コストを60ドル前後とすると、岩瀬さんの予測通りに原油相場は推移していることになる。

さすがに石油の専門家だけあって、この本では、参考になる情報が満載だ。

たとえば、米国ペンシルベニア州西部のタイタスビルで1859年に石油の商業生産を始めたエドウィン・ドレークは、「大佐」ではなかったが、彼を送り込んだ投資家が、地元の人たちの信用を得られるようにわざと「大佐」という宛名で手紙を送ったのだという。

筆者は米国ピッツバーグに駐在していたので、タイタスビルにも何度か行ったことがある。ピッツバーグから車で北に2時間くらい行ったところだ。カーネギーが創業したサイクロプスという小さな特殊鋼メーカーがあったが、今はたぶん閉鎖されているのだろう。

たしか、タイタスビルの付近には、地図に「ゴーストタウン」と注書きされた場所もあって、不気味に感じたものだ。

OPEC諸国の代表に、原油生産量のコントロールの必要性を力説した、先日亡くなったサウジアラビアのヤマニ元石油相の慧眼や、シェールガス・オイルの掘削法などの話も面白い。

特に参考になったのは、世界中で米国とカナダだけが、鉱業権を国有化せず、地下資源は土地の所有者に所属し、どこで生成されたのかは問わないという「捕獲の原則」を採用しているという点だ。

思わず子供の時に見ていた「じゃじゃ馬億万長者」という番組の冒頭のシーンを思い出した。次のビデオの最初の30秒の部分だ。



米国の石油産業には百数十年の歴史があり、この百数十年の間の地質調査で、くまなく、いたるところまで相当程度のデータが集積されているのだと。基本的なデータなら、比較的容易に、安価に地質データのサービス会社などから入手することができる。

その意味で、米国でのシェール層の石油開発は、地下に石油や天然ガスがあるかどうかを調べる「探鉱」段階は終了していると考えられ、作業は次の「開発」段階から始まることを前提としているのだと。

だから技術開発が進み、シェールガス・オイルの掘削が可能となったら、米国では、すぐに大規模なガス、石油生産が始まったのだ。

逆に言うと、シェールガス・オイルは、ロシア、中国、アルゼンチン、アルジェリアの埋蔵量が多いと米国EIAが発表しているが、これらの国ではまず「探鉱」から始めなければならないので、米国の様にすぐには開発は始まらないだろう。

「住友商事の誤算」という岩瀬さんの分析も参考になる。ちなみに住友商事は、シェールガス・オイル開発から撤退することを、最近発表している。

これからはEV普及が進み、世界の石油依存度は、どんどん低下していくと見込まれる。重要な化石燃料であることは間違いないが、日本の商社による新規石油資源開発は、もう無くなるのかもしれない。昨今のSDGsの動きを見ても、石油の時代は終わりつつある様に感じる。

そんなことを考えさせられる本である。岩瀬さんの書いた他の本も読んでみようと思う。


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Posted by yaori at 00:39Comments(0) 経済 | 資源問題

2021年01月10日

コロナウイルス対策 東大児玉龍彦名誉教授の緊急提言

コロナウイルス対策で、筆者がこれまで注目してきた東大先端研の児玉龍彦名誉教授が、1月8日の政府の緊急事態宣言が、何の根本的対策も含んでいないことを指摘し、出口が見えるコロナウイルス対策をデモクラシータイムスで発表している。



このブログで紹介した通り、児玉龍彦名誉教授は、2020年7月16日に休会中の国会の参議院予算委員会で、東京でコロナウイルスの震源地(エピセンター)が発生しており、今すぐに対策を打たないと、東京はミラノやニューヨークと同じことになり、来月には目を覆う様な惨状になると声を震わせて訴えていた。

そして新宿区を対象に20万人規模のPCR検査を、大学や研究機関も巻き込んで、すぐに実施して、現在の最大の問題である無症状の感染者を洗い出すことを予算見積もりも添付して、参議院予算委員会で提案した。



しかし、野党の参考人として発言したせいか、児玉教授の提言は無視され、エピセンターを抑え込まないと、日本が感染爆発を起こすと児玉名誉教授が予測した通り、「目を覆う」様な現状となっている。

児玉教授の今回の緊急提言は次の通りだ。

児玉龍彦教授提言0110

















やるべきことは、最初から変わっていない。

2020年7月の時点では新宿区のみだったエピセンターが、渋谷区、港区、中央区、さらに目黒区に拡大している。

これらエピセンターの希望者全員のPCR検査、それにより無症状の感染者(スーパースプレッダー)を発見、10日間隔離して、そして結果として実行再生産数を1.0以下に抑えて、感染爆発を防止するのだ。

政府の手ぬるい対策を見て失望していたが、今回の児玉教授のビデオを見て、やるべきことがはっきり見えてきた。

PCR検査は今や2,900円で、すぐに受けられる。筆者の友人も1月6日に検査を受けている。完全予約制なので、待ちはなく、すぐに結果もわかったと。

PCR検査センター






















出典:1月6日にPCR検査を受けた友人のブログ

飲食を8時までに制限する程度の対策で、感染が抑え込めるはずがない。

10兆円の予備費を使って、すぐに「無症状・無自覚のスーパースプレッダー」対策を実施する。それが本当の緊急事態対策となる。

これまでデモクラシータイムスの児玉教授の対談ビデオはほとんど見てきたが、今回の児玉教授のビデオは、特に参考になり、筆者も希望が持ててきた。

コロナ感染が心配になったら、2,900円のPCR検査を自費で受ける。そして、陽性になったら、すぐにアビガン投与を求める。重症化する前に抑え込めば、抗体ができて多分、2度罹ることはない。

ビデオ視聴して、ご自分でも判断して頂きたい。


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Posted by yaori at 13:16Comments(0) 趣味・生活に役立つ情報 | 医療

福島第一原発事故 何が起こったのか真実を知ろう

メルトダウン 連鎖の真相
NHKスペシャル『メルトダウン』取材班
講談社
2013-06-15


2011年3月11日の東日本大震災で起きた津波による全電源喪失のため、福島第一原発の1号機から3号機までの原子炉で起きた炉心損壊(メルトダウン)、そして1号機、3号機、加えて点検中だった4号炉で起きた水素爆発。

あの時テレビにくぎ付けとなって日本全国が注視していた東京電力福島第一原子力発電所の重大事故、チェルノブイリ原発事故を上回る人類史上最悪の原子力発電所事故を、NHKスペシャル「メルトダウン」取材班がテレビドキュメンタリーとして制作した調査結果をまとめた本。

「メルトダウン」機複横娃隠映12月放送)は今でもNHKオンデマンドで見られる。福島原発の1・2号機の中央制御室を忠実に再現したセットを使った再現ドラマは実にリアルだ。月間1,000円かかるが、ぜひ見てみることをおすすめする。

さて、あなたは、いつ最初のメルトダウンが起こったかご存知だろうか?

地震は3月11日の14:46分に起こった。津波が福島に到達して、全電源を喪失(SBO=ステーション・ブラック・アウト)したのは、地震から1時間弱後だ。

地震直後、自動的に立ち上がっていた1号機の非常用冷却装置、通称イソコンは、順調に原子炉を冷却しており、原子炉の温度は津波によるSBOが起こるまでは順調に下がっていた。しかし、イソコンはSBOで自動停止した後、作業員が空焚きを恐れて停止させのだ。

そして、地震からわずか5時間後、冷却水がなくなり空焚きとなった1号機は、12日の0時過ぎには、燃料棒が溶け落ち、厚さ15センチから30センチもある鋼鉄の圧力容器の底を破って、格納容器の底に溜まり、格納容器のコンクリートを溶かし始めた。

メルトダウンは全電源喪失から数時間後に始まっていたのだ。

これをわかりやすくした表がNHKスペシャル「メルトダウン」File5に示されている。

NHKスペシャルメルトダウン1−3号機






















出典:NHKスペシャル「メルトダウン」File 5(2014年12月21日放送)NHKオンデマンドで公開中

当時は民主党政権で、総理大臣は菅直人さんだった。当時の枝野官房長官が、原発では問題は発生していないという説明をしていたことを覚えている人も多いと思う。

NHKは官邸の発表と実際の原発の状況を表にまとめている。

NHKスペシャルメルトダウン一号機 (2)





















出典:NHKスペシャル「メルトダウン」(2011年12月18日放送)NHKオンデマンドで公開中

東京電力からの報告を受けて枝野さんが発表したので、枝野さんがウソをついたわけではないと思うが、当時は外部の専門家も含めて、メルトダウンは起きていないという説明ばかりだった。

そして、東京電力がメルトダウンを公式に認めたのは、事故から2ヶ月以上たった2011年5月15日であり、実際にメルトダウンを起こした3基の原子炉を冷温停止できたのは、なんと事故から9カ月以上経った2011年12月16日だ。

フェイクニュースどころではない、「大本営発表」並みの原発事故情報(原発安全情報?)が流されていたのかがわかる。

菅直人さんは、津波に襲われて全電源を喪失した福島第一原発の状況を憂慮して、地震が起きた翌日の3月12日7時前に福島第一原発をヘリコプターで訪れ、出迎えた東京電力の原発担当トップの武藤副社長を「なぜベントできないんだ?」と、えらい剣幕で怒鳴りつけたという。

福島第一原発の吉田昌郎所長が図面を使って、どこのバルブを開ける等の詳しい説明をしたのち、「決死隊をつくってやります」と答えたので、菅総理はやっと落ち着きを取り戻して、8時に原発を後にした。

この時同行した班目原子力安全委員会長が、菅総理の「爆発はないか」との質問に対して、爆発はないと答えた直後に1号機の水素爆発が起こり、菅総理の班目委員長に対する信頼が失墜した。

今年に入っての新型コロナパンデミックもあり、今や人々の忘却されつつある福島原発事故だが、何が起きたのか、そしてこれから何をやらなければならないのかを理解するために一連のNHKスペシャル「メルトダウン」番組をNHKオンデマンドで見て、本も読んでみた。

最初に出たのが冒頭の2013年6月に出された本。それから2年おきに、「メルトダウン」の新たな真実を報道するテレビ番組と本が出されている。

2015年に出された2番目の本。
福島第一原発事故 7つの謎 (講談社現代新書)
NHKスペシャル『メルトダウン』取材班
講談社
2015-02-19



そして2017年に3番目の本が出版されている。
福島第一原発 1号機冷却「失敗の本質」 (講談社現代新書)
NHKスペシャル『メルトダウン』取材班
講談社
2017-09-20


2017年に出された本は、事故発生直後から苦労して続けられた消防車による1号機への注水が、実は途中の弁の逆流を防ぐモーターが停電で停止していたため、別系統に漏れ、結局原子炉には全く届いていなかった。それに気が付くのは12日後に計器が回復して、1号機の原子炉温度が400度を超えていることがわかり、急遽給水ルートを変更して、原子炉の温度が下がり始めてからだったという衝撃の新事実を伝えている。

1号機は3月11日の20時頃に圧力容器のメルトスルーが起こり、3月11日22時頃には格納容器もメルトスルーして、約70トンのウラン燃料全量が原子炉建屋のコンクリートと混ざって推定280トンにも上る燃料デブリとなっていた。

そして、燃料デブリが元々原子炉を満たしていた水と反応して水素が発生し、それが3月12日14過ぎに1号機の水素爆発を引き起こした。

だから、たとえ消防車による給水がなされたとしても、結果は変わらなかっただろう。結局この燃料デブリとコンクリート夾雑物は3月23日に給水ルートが変更されるまでくすぶり続け、ルートが変わって給水が始まって、やっと温度が低下した。

NHKによる原子炉に届いた給水ゼロという今回の発見は、原発の安全対策で考慮すべき重要なポイントではあるが、福島第一原発事故の場合は。給水開始前にメルトスルーしてしまっていたことから、1号機の水素爆発という今回の事故が重大化した最大の要因は防げなかっただろう。

水による冷却はそれ以来ずっと続けられている。

この冷却水が地下水と混ざって、高濃度の放射性物質を含む排水が、ALPSと呼ばれる多核種除去設備を通って放射性物質が除去されて、今や1000基を超す排水タンクにどんどん貯められている。ほとんどの放射性物質は除去できているが、三重水素のトリチウムだけは除去できないためだ。

このトリチウム水の発生量は、凍土壁や地表モルタル舗装、屋根敷設等の地下水・雨水対策で、当初の1/5に抑えられてはいるが、それでも毎日100トン程度発生している。

トリチウム水は希釈して、結局海に流さざるを得ないと思われるが、福島沖の漁業補償の問題が当然出てくる。

そして最大の問題は放射性デブリの処分だ。

これから40年かけて廃炉作業が続けられるが、1号機から3号機それぞれ数百トンものデブリを、高い放射線によりロボットも制御不能となるような現場で、どうやって取り出すか、難題が待ち構えている。

チェルノブイリ原発事故の様に「石棺」という手段を取らざるを得なくなる可能性もあるが、今なお避難している双葉町などの住民を含めた、福島県民、国民感情が許さないだろう。

福島の原発事故の後処理は、オリンピック招致合戦の最後に、安倍元首相が言っていた様に「アンダー・コントロール」ではない。「アンダーゴーイング・プロブレム」(進行中の問題)なのだ。

NHKスペシャル取材班も指摘しているが、安全管理指標も見直す必要がある。

日本では福島の事故時までは法定の被爆限度は100ミリシーベルトだったが、原発事故から3日後に急遽臨時措置として250ミリシーベルトに引き上げた。

アメリカやヨーロッパの多くの国では、原発の緊急時の被爆限度は500〜1000ミリシーベルトというICRPの指標を原則としたうえで、人命救助に関わる場合は、かなりの柔軟性を認めている。

事故後にアメリカの原子力発電運転協会が福島第一原発事故にから得られた教訓に関する調査報告書を発表し、事故対応にあたった運転員や幹部には「プロ意識、勇気と熱意及び一人一人の責任感に最大限の敬意を払う」と最大限の賛辞を贈りながらも、「被ばく線量の限度が、事故対応における柔軟性を認めていなかった」ことを問題視している。

吉田所長は菅総理に「決死隊をつくってやります」と約束したが、その決死隊が100ミリシーベルトの壁に跳ね返され、途中で戻ってきたのだ。1号機のベントのために2つの弁を開ける作業は、事故後の吉田所長のヒアリングでも、ベントが成功したのかわからないということだったが、放出された放射線量から考えて、3月12日14時の時点で、1号機のベントは成功していた。

しかし、想定されていたサブミッションチャンバーの水を通してベントすると放射線量は千分の1になるというのは、水温が低い状態で不活性ガスが含まれていない場合のケースで、実際には放射線量が高いままで放出された。

次が原発近くのモニタリングポストで記録された放射線量の推移だ。
NHKスペシャルメルトダウン放射性物質放出量推移


















出典:NHKスペシャル「メルトダウン」File 5(2014年12月21日放送)NHKオンデマンドで公開中

3月15日の午前8時に2号機の原子炉建屋から白い湯気が出ていることが確認された。格納容器が高温の圧力に耐えきれず、配管のつなぎ目や蓋の部分から放射性物質が漏れたのだった。

2号機は一番長くRCICと呼ばれる冷却装置が動いていたが、そのあと水がはいらず、メルトダウンを起こし、このままではチャイナシンドローム、そして東日本壊滅に至るところだったが、なんとか格納容器は決定的には壊れず、東日本を壊滅されるほどには壊れなかった。

チャイナ・シンドローム [Blu-ray]
ジャック・レモン
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2013-06-26



3号機も消防車から水が投入されたが、停電のため途中のポンプのモーターが動かず、水の抜け道ができて、「死角」となって、復水タンクに大量に水がたまる結果となった。

冷温停止は2011年12月までかかった。

事故の総括として、事故から2年経った2013年3月に東京電力は「人智を尽くした事前の備えによって防ぐべき事故を防げなかった」と総括し、「防げた事故だった」と人災的側面があったことをはっきり認めた。

日本に原発は不要という議論もあるが、筆者は原発は必要だと考えている。

あの巨大な黒部第4ダムの最大出力が、33.5万KWだ。一方福島第1原発では、一番小さい1号炉が46万KW、2号機以降は78〜110万KWで、原発の発電効率の良さ、CO2を排出しないことなど、メリットは大きい。

日本で最高の原子炉技術を持っていると言われていた東京電力。日本では原子炉の重大事故は起こらないとされていた「安全神話」。SBOは起こりえないから、考慮不要としていた国の原子力行政。

それらがもろくも崩れた現在、福島原発の事故を教訓に、これからは安全に関する多重的な措置を講じ、事故が起こる場合を想定したドリルを定期的に実施して、1000年に一度の災害が起きても、大丈夫な安全操業を達成すべきだろう。

今年の3月11日で震災、原発事故から10年になる。結局何もできていないのではないかという気がするが、少なくとも原発事故に関する正しい理解はもつべきだ。

そんなニーズにぴったりの本とNHKオンデマンドで見られるNHKスペシャル「メルトダウン」だ。本は写真や図が一杯で、非常に参考になるが、NHKオンデマンドを契約すれば、原発事故のみならず、東日本大震災のあの生々しい津波の映像も見られる。

震災後10年の区切りに、見返す価値のあるドキュメンタリーである。

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Posted by yaori at 01:06Comments(0) 自然科学 | 原発問題

2020年12月25日

2020年6月30日にまたここで会おう 瀧本哲史さんの東大講義録

2020年12月25日再掲:

エンジェル投資家瀧本さんのことが日経新聞の「インベスターズ」というシリーズで取り上げられている。瀧本さんのマッキンゼーでの後輩で秋田県沖の洋上風力発電入札で、最有力候補にあげられているレノバの社長も登場する。

レノバは直近で株価が3倍に高騰したという。

瀧本さんの「2020年6月30日にまたここで会おう」のサイドストーリーとして紹介しておく。


2020年6月30日初掲:



これのブログで、「戦略がすべて」「僕は君たちに武器を配りたい」「武器としての決断思考」のあらすじを紹介してきた瀧本哲史さんの、2012年6月30日に東大の伊藤謝恩ホールで行われた講義録。

タイトルとなっている「2020年6月30日にまたここで会おう」は、2012年の講義の最後で瀧本さんが約束した言葉だ。残念なことに瀧本さん自身は2019年8月に病没している。まさか、自分がそれまで生きられないとは、瀧本さんは予想もしていなかっただろう。

瀧本さんのお父さん(心理学者で獨協大学名誉教授)が、この本の発刊に寄せて「瀧本哲史の業績と生涯」という一文を瀧本さんが共同で立ち上げた企業法務革新基盤株式会社のウェブサイトに載せている。

若手評論家の古市憲寿さんも、クイズ東大王で有名な鈴木光さんとの対談で、鈴木光さんのゼミの教官で、古市さんの友人だった瀧本さんについて語っている。

出版社の星海社新書の初代編集長が、瀧本さんの言葉通りに、同じ場所(伊藤謝恩ホール)で2012年の講義に参加した300人と、10代、20代の若者も集めてイベントを開催したいと「あとがきにかえて」に書いている。しかし、星海社のウェブサイトを見ても、伊藤謝恩ホールのカレンダーでも、何もアナウンスがないので、たぶんコロナウイルスの関係でイベントは開催できなかったのだろう。

その代わりに、というわけではないが、2020年6月30日にこの本のあらすじをアップする。

瀧本さんは、東大助手ーマッキンゼーーエンジェル投資家/京都大学客員准教授というキャリアを歩んだ。エンジェル投資家はあまり表に出ないほうがいいと思っていたが、考えを変えて、本をだしたり、メディアにも出るようになった。

一番の理由は、日本への危機感だという。

この国は構造的に衰退に向かっているのではないか、中央政府とかエスタブリッシュメントと言われている人たちが、機能していないんじゃないか。だから、裏方に逃げず、より積極的にひとを支援していかないとマズいと思ったのだ。

一度、日本を捨てて海外脱出するオプションも検討したが、「残存者利益がある」と思ってやめた。中国に抜かれたとはいえ、今もGDP3位だし、中国の統計も細かく見ると疑わしい、過去の伝統もあるし、基盤もあるから、むしろチャンスがあるのではないか。

それで、日本に残って、「武器モデル」を広めていくことで、日本を良くしていくことにした。

ワイマール前夜の様に、カリスマリーダーの出現に期待せず、みんなが自分で考え、自分で決めていく世界をつくっていくのが、国家の本来の姿だとして、仏教の「自燈明」を紹介している。仏陀が死ぬとき、弟子たちに「これからは自分で考えて自分で決めろ」、自ら明かりを燈せと言った。それが大事なのだと。

ハンガリー出身で、イングランド銀行をつぶした男といわれる天才投資家のジョージ・ソロスは、東欧の民主化を支援するためにいろいろなことをやったが、一番有効だったのは、コピー機をばらまくことだったという。共産圏ではコピー機や印刷機は全部国家管理だったが、ソロスのまいたコピー機を使って、活動家が自分のビラをばらまくようになって、民主化運動が盛り上がっていった。

瀧本さんは、ソロスの話から、若い人に「武器」を配って、支援するような活動をしたほうが、世の中を変えられる可能性は高いのではないかと考えた。それが「武器としての決断思考」や、「武器としての交渉思考」だ。

武器としての決断思考 (星海社新書)
瀧本 哲史
講談社
2011-09-22



武器としての交渉思考 (星海社新書)
瀧本 哲史
講談社
2012-06-26



残酷な高度資本主義社会の中でサバイブするために必要な思考と知識を詰め込んだ本が、「僕は君たちに武器を配りたい」だ。




今回の講義も、10代、20代(29歳までに制限)の人を300人全国から集めて、大アジテーション大会を開きたいのだと。

瀧本さんはアラン・ブルームという哲学者の言葉を引用して、「教養の役割とは、他の見方、考え方があり得ることを示すことである」と教養の大切さを説明している。学問や学びは、答えを知ることではなく、先人たちの思考や研究を通して、「新しい視点」を手に入れることだ。

「どこかに絶対的に正しい答えがあるんじゃないか」と考えること自体をやめること。バイブルとカリスマの否定が瀧本さんの基本的な世界観だ。

京大での「起業論」の講義は、東大での指導教官だった内田貴名誉教授の「ケースメソッド」を取り入れ、事例の選択から、資料収集、分析、調査、発表までを学生が主体となって行い、教官と学生が討議しながら進めていくやり方だ。

教養としてまず学ぶのは「レトリック」(言葉をいかに魅力的に伝えるか)と「ロジック」(誰もが納得できる理路を言葉にすること)だ。

自分の主張の正しさを的確に伝える行動がディベートで、それにはロジックが不可欠だ。

そして、「言葉の力」で動かすのがレトリックだ。明治維新は、人々が言葉の力で国を動かしたわかりやすい例だと。言葉によって相手の行動を変えていくのだ。

日本のデモグラフィックと、高齢者の選挙参加率の高さから言って、選挙では高齢者対若者が2:1で若者の意見が通らない。しかし、瀧本さんは、一人の若者が旧世代の人を一人説得すれば、1:2になると説く。

2020年の人口動態


















出典:GD Freak.com

だから、自分や家族の収入を上げて、将来に備えようと考えるよりも、今の不公平な社会保障制度を変えていく方が、労力的にもコスト的にもはるかに現実的なんだと語る。具体的に政策を実現するには、既存政党には頼れないので、霞が関の官僚に対抗できる「霞が関の競合」チームを若者でつくり、民間のシンクタンクをたくさんつくるのだと。

日本を変えていけるのは、若者しかいない。明治維新を推進した薩摩の大久保利通は35歳、長州の木戸孝允は32歳。幕府側の榎本武揚は29歳だった。日本も、若い人が政治や政策立案に積極的に関わって、30代のうちに国政の中心を担うようにならないといけない。元英国首相のキャメロンが党首になったのは、39歳だった。フランスのマクロン大統領も就任したのは39歳だった。

この本で紹介した李明博元大統領の逸話も紹介している。

天動説から地動説に変わったのも、旧世代が死んで、世代交代が起こったからなのだ。パラダイムシフトは、実のところ世代交代なのだ。

東大法学部でも同じことが起こったという。

刑法では、「行為無価値説」と「結果無価値説」が対立していた。行為無価値説は、犯罪を犯したとき、悪い動機があれば刑罰を重くすべきだという考え方で、結果無価値説は、動機とかは全く関係なく、悪いことをした結果のみで判断すべきだという考え方だ。

行為無価値説の代表が、後に最高裁判事になった団藤重光先生で、これに対し平野龍一先生は、結果無価値説で対立していた。しかし、団藤先生の後を継いだ藤木英雄先生が45歳で早死してしまったので、学説的には結果無価値説が勝利したのだと。団藤先生は筆者が大学入学した年に定年退官したので、筆者は3人の先生の講義を聞いた唯一の世代だが、こんな結末になっていたとは知らなかった。

交渉に関する講義では、それまで365日24時間出入りOKだった学生会館を、関西の某大学が平日の8時までしか使えなくしたという事例を題材にして、交渉の際の情報分析の重要性を説明している。

交渉の際の気を付けなければいけないテクニックとして、アンカリングを紹介している。この事例では大学側が8時でなく、10時までと譲歩してきたとき、2時間ゲットしたからOKと喜んではいけない。

もともと365日24時間使えていたのだから、8時から10時に妥協したと見せかけても、妥協でもなんでもなく、論点をずらしたアンカリングに騙されるなということだ。

実例では、大学側が土日も開けると譲歩を見せて決着したという。大学側のアンカリングの勝利だ。

大学側の戦略に乗らず、交渉していくには、まず大学側がなぜ8時閉館としたいのかを調査し、その理由を論理的につぶしていくことだと。講義の中で冗談交じりで「武器としての決断思考」の紹介や、隣の席の人と向き合って、何でもいいから自分の持ち物を売り込むという実験もしている。

福武ホールを寄付した某大手教育関連会社は、生徒募集のDMを打つタイミングを、テストの1週間前と、テストの結果がわかった時に決めているという。相手のニーズから逆算して考えているのだと。

グループウェアの「サイボウズ」が広く使われているは、ボタンがでかくて、ボタンに「印刷」など全部機能が書いてあって、使い慣れていない人でも一発で使い方がわかるから、システム部門の人間が問合せに煩わされなくて済むからだと。

交渉とは、「自分の都合」ではなく、「相手の都合」を分析する。そのためには、「話す」のではなく、「聞く」。そして、非合理な相手は「サル」だと思って、研究する(笑)だと。

瀧本さんは、「なぜ日本にはリーダーが育たないのか?」はカリスマリーダーを前提としている議論で、質問自体が間違っているという。「どうすれば日本に『小さなリーダー』たちが育っていくか?」を考えていくべきだと。

だから、ショボい場所から(クリントンは全米最貧州の知事、オバマはシカゴの市民運動家だった)、失敗を恐れず(「ベンチャーは3勝97敗」くらいだと)、仲間は必ずいるので、伊藤博文(44歳で総理大臣に就任)の記録を抜こう!と。

途中で質問の時間を取っている。質問を促す話術も感心する。

質問を促すクイズとして、「横軸に偏差値のような『賢さ具合』をとって、縦軸に『質問の数』をとるグラフがあるとしたら、それはどういう線を描くでしょう?」というものだ。

この会場も手を挙げにくいけど、質問してもリスクはない理由は、二つあると説明する。

一つは、「さっき言ったじゃん」という顔をしていても、他の人も本心では「じつは俺もよくわかっていなかった。グッジョブ!」と思っているものだと。

もう一つは、瀧本さんは討論系の授業をたくさんやっているので、テクニックがある。それは、どんなにヘボい質問がでても、何事もなかったように、その質問を善意に解釈して、「グッド・クエスチョンですね」みたいな感じに答えるというものだ。だから安心して質問してくれと。

これで20人くらいが手を挙げて、活発な質疑が繰り広げられた。

瀧本さんは、来世がある宗教を信じていないのだと。科学的に来世があることは証明されていないので、「来世がない」ことを前提に自分の時間を使った方が良いと思っている。

自分の時間とリソースを最大限活用するには、すごく困っているところが大逆転して一番よくなるようにすることが効果最大だ。だから、「日本はダメだ」みたいな本が出回っている現状、日本を良くしたいと思って活動しているのだと。

最後のスライドは「Do your homework」だ。

自分たちで考えて、行動に移せ。それが「homework」だ。

そして、2020年までには日本の将来はある程度見えていると思うので、8年後の2020年6月30日の火曜日にまたここに再び集まって、みんなで「homework」の答え合わせをしたいと、この本のタイトルになっている約束をする。

無茶なことでもやってみろと。

映画「七人の侍」制作での黒澤明監督のことを紹介している。



七人の侍 [DVD]
山形勲
東宝
2002-10-25


「七人の侍」は日本の時代劇のさきがけとなる映画で、それ以前は歌舞伎的なチャンバラ劇を映画にするものしかなかった。だから、映画会社の人に、今度こういうエキストラを何千人も使って、リアルな戦いシーンがある映画を作りますといっても、ピンとこなかったので、当初は予算も少ししかつかなかった。

そこで、黒澤明監督は、もらった予算を使って、クライマックスの前までつくって、そのフィルムを映画会社の重役たちに見せた。とてつもない迫力で重役たちは盛り上がったところで、「はい、終わり」。

「実は、予算がたりないので、ここまでしかつくりませんでした」、「追加のお金を出さないと全部ぽしゃりますけど、どうしますか?」と脅したのだと。

こんな映画が当たるなんて映画会社の人は理解できなかったので、であれば、とりあえずやってしまえということで行動に移して、歴史に残る名画が誕生したのだ。ちなみに、「七人の侍」が公開されたとき、黒澤明監督は44歳だった。

この講義の最後は「Bon voyage」(ボン・ヴォワージュ)でしめている。これは船長同士の挨拶で、自分でリスクを取っている人間同士、自立した人間同士の挨拶なのだと。

このあらすじは2020年6月30日0時0分にアップするように設定してある。瀧本さん亡き後、コロナ対策もあり、集会は行われないと思うが、集会が重要なのではない。行動を起こすことが重要なのだ。

世の中をよくするために、自分で何ができるのか。考えてみるきっかけとなる瀧本さんの「遺言・檄文」である。


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Posted by yaori at 21:59Comments(0) 瀧本哲史 | 人生設計

2020年12月13日

日本VS韓国 池上さんの日韓関係分析

日本VS韓国 対立がなくならない本当の理由 (文春e-book)
池上彰+「池上彰スペシャル!」制作チーム
文藝春秋
2020-09-17


日韓関係を分析した池上さんの近著。

目次は次の通りだ。

第1章 なぜ日本に厳しく、北朝鮮に甘いのか
第2章 反日の象徴「不買運動」のその後
第3章 意外と知らない!?徴用工問題
第4章 若者世代に変化のきざし
第5章「反日種族主義」と嘘の歴史教育
第6章 日本と韓国がわかり合うために
池上彰からのラストメッセージ

日本でもベストセラーとなっている「反日種族主義」の編著者の元ソウル大学教授李栄薫(イ・ヨンフン)さんとの対談も載っている。

反日種族主義 日韓危機の根源 (文春e-book)
李 栄薫・編著
文藝春秋
2019-11-14



新型コロナウイルス対策で、ドライブスルーPCR検査導入などで韓国は比較的成功してきたので、文在寅(ムン・ジェイン)政権は日本に対してPCR検査キットの支援を検討していたが、日本政府からの要請がなかったので実現しなかったという。

韓国は米国にはPCR検査キットを60万回分2020年4月に輸出している。

コロナウイルス対策で、国際協力が必要なときに、日韓関係の悪化がそれを阻んでいるのだ。

この本を読むと、反日教育を強制されたと韓国の高校生が告発して話題になったり、日韓の対立の根源は、「嘘の歴史教育」にあると指摘して自国を痛烈に批判した「反日種族主義」が、日本と韓国でベストセラーになったり、日韓関係好転の芽は出つつあることがわかる。

日韓合同プロデュースのNiziUの活躍も、いずれ日韓の交流拡大に役立つことだろうが、メンバーが日本人ばかりなので、韓国では、デビューが白紙らしい。


現在の日韓関係の悪化の原因は、「徴用工問題」に尽きる。これまでも「慰安婦問題」が日韓関係を悪化させてきたが、「徴用工問題」では、日本企業に損害が生じる恐れが強い。

韓国の最高裁にあたる大法院が元徴用工の日本企業に対する「慰謝料」請求を認めたことから、日本政府は1965年の日韓国交回復時の日韓請求権協定に反する行為として韓国政府に抗議した。これに対し文在寅大統領は、「韓国は三権分立の国であり、司法の決定に行政は関与できない」と突っぱねたのだ。

韓国の歴代大統領は、反日政策を繰り返すと国民の支持が得られる。文在寅大統領は、就任以来一貫して反日姿勢を取ってきているので、当然の反応なのだろう。

文在寅大統領の両親は北朝鮮出身で、朝鮮戦争の混乱期に韓国に逃げてきた。文在寅大統領自身は、巨済島(コジュド)の生まれだが、弁護士出身の革新派として、弁護士事務所の同僚の廬武鉉大統領を支えて出世し、北朝鮮との統一を悲願としており、「親日残滓」(親日派)の清算は長年の宿題だと公式に表明している根っからの反日派だ。

文在寅大統領は、1960〜70年代以降に中学、高校の反日教育を受けた世代で、純粋な反日世代だという。「反日種族主義」の編著者の李栄薫さんは、今が反日教育を受けた世代の絶頂の時ではないかと語っている。

日本が韓国に対して半導体製造用資材の輸出管理を強化したことに反発して始まった日本製品の不買運動は、最近でこそ若干収まって、日本のビールも韓国の小売店の店頭に戻ってきているようだが、ユニクロの韓国最大の明洞(ミョンドン)旗艦店は閉店となる。

2019年の韓国の若年層の失業率は10%を超え、文在寅大統領の不支持率が支持率を上回る状態だったので、2020年4月の総選挙を迎える前に反日姿勢を強調して、経済政策の失敗を隠して、選挙に勝利したいという思惑があったのではないかと池上さんは疑問を投げかけている(実際には、文在寅政権のコロナウイルス対策が評価されて、4月の総選挙は与党が勝利した)。

1965年の日韓国交正常化に至る交渉過程での記録から、韓国は「対日請求要綱8項目」を出し、その中の5に「被徴用韓人の未収金、補償金及びその他の請求権の弁済を請求する」が含まれており、1961年5月の日本側の「個人に対して支払ってほしいということか?」という問合せに対して、韓国政府は、「国として請求して、国内での支払いは国内措置として必要な範囲でとる」と答えている。

その結果、日本政府は無償3億ドル、有償2億ドル、合計5億ドルの経済協力金を韓国に供与した。当時の韓国の国家予算の3.5億ドルを上回る規模の経済協力だった。これにより1965年の日韓請求権協定には「完全かつ最終的に解決された」と文言が明記され、最終決着した。

徴用工による訴訟は日韓国交正常化以降も続き、日本と韓国で訴えを起こし続けてきて、毎回元徴用工側が敗訴してきたが、2012年に大法院が「日本が韓国を植民地支配していたことが不法行為で、未払金を請求しているのではない、『慰謝料』を請求しているのだ」という理由で、元徴用工勝訴の差し戻し判決を下した。

当時の李明博大統領は、即座に請求権問題は解決済みだとして大法院の判決を否定したが、文在寅大統領は、歴代の韓国政権の見解を覆したのだ。

実は韓国国内では、徴用工問題では韓国政府が補償金を払えと要求している団体もある。

池上さんは、徴用工問題を考える上で、日経新聞の元ソウル支局長の峯岸さんの「日韓の断層」という本を引用して、日韓の対立は、「順法対正義」の対立になっているという。

日韓の断層 (日経プレミアシリーズ)
峯岸 博
日本経済新聞出版
2019-05-22


日本人は法律を守らなければならないという考えだが、韓国人は正義にもとるような法律や条約は変えればいいという考え方だという。

韓国は1987年に民主化宣言が出されるまでは軍事独裁政権だったが、大勢の国民がデモや集会に参加し、民主化を国民の手で勝ち取った。だから歴代政権が作った法律や条約よりも、正義が優先すると考えているのだと。

「反日種族主義」の紹介のところで、池上さんは韓国の小学校6年の社会科教科書には、「強制労働に動員されたわが民族」という写真のところに、1926年9月の「旭川新聞」が「残酷極まる土工の虐待」として、日本人の労働者が過酷な労働されられていたことを告発する記事から取った写真を「韓国徴用工」の写真として載せていることを紹介している。このことは「反日種族主義」の韓国版も指摘しているという。

池上さんも、この本の最後に李榮薫さんとの対談を終えて、「私たちの側にもやるべきことはたくさんある。そんな印象を受けました。」と記している。

上皇様が天皇在位中の平成13年の誕生日の代表質問に対して、次の様に語っておられることはよく知られている。

「私自身としては,桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると,続日本紀に記されていることに,韓国とのゆかりを感じています。武寧王は日本との関係が深く,この時以来,日本に五経博士が代々招へいされるようになりました。また,武寧王の子,聖明王は,日本に仏教を伝えたことで知られております。

しかし,残念なことに,韓国との交流は,このような交流ばかりではありませんでした。このことを,私どもは忘れてはならないと思います。

ワールドカップを控え,両国民の交流が盛んになってきていますが,それが良い方向に向かうためには,両国の人々が,それぞれの国が歩んできた道を,個々の出来事において正確に知ることに努め,個人個人として,互いの立場を理解していくことが大切と考えます。ワールドカップが両国民の協力により滞りなく行われ,このことを通して,両国民の間に理解と信頼感が深まることを願っております。」

この問答は宮内庁のホームページに公開されている。ちょうど日韓ワールドカップの直前でのインタビューなので、こんな発言があったものだ。再度読み直してほしい。

「近くて遠い国」=これは北朝鮮のことだが、国民感情的には韓国についても同様の思いを感じている人も多いと思う。日韓両国民がいつまでも、そんな感情を抱いたままでいいのか?そんなことを考えさせられる本である。

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Posted by yaori at 02:01Comments(0) 韓国 | 池上彰

2020年10月04日

「私」のいる文章 名文家森本哲郎さんの本



伝える仕事
池上彰
講談社
2020-05-27


池上彰さんの「伝える仕事」の中で名文家として森本哲郎さんが紹介されていたので読んでみた。
森本さんは終戦直後、まだ大学生だった時から雑誌社の編集者としての仕事を始め、マンガ雑誌、文芸雑誌、思想雑誌、総合雑誌の編集者を経て、東京新聞の新聞記者となった後、朝日新聞の記者として四半世紀働き、1976年に文筆家として独立した。

「私」のいる文章を書きたかったのだという。

新聞報道では、「私」を消して、客観報道が求められる。池上さんも、「伝える仕事」のなかで、NHKの社会部記者時代の思い出として、「私」を消すことを徹底的に仕込まれたという。

しかし、これが過ぎると、おどろきのない報道となってしまう。

森本さんが、この本でいいたかったのはただ一つのことだ。「ジャーナリズムの世界で、いや人生において、なによりも大事なことは、いつもおどろきを失わないこと、人生という旅において、けっして旅なれてはいけないということーーーこれである。それが人生を、「私」のいる人生にすることではなかろうか」。

1972年にグアム島の洞窟に隠れていた元日本兵の横井庄一さんが見つかった時の話を紹介している。

森本さんは急遽グアム島に行って現地を取材した。

警察に案内してもらい、道なき道を行き、横井さんの隠れていた洞窟の現場に行った。ところが、現場に行ってみると、一つ山を越えるとアパートが見えて、上空には飛行機が飛んでいた。

ジャングルの中の洞窟に28年間隠れ潜んでいた元日本兵というイメージは、現場に行ってみると崩れた。そのことを森本さんは記事に書いたが、他の新聞は書かなかったので、結果的にスクープになった。他紙の記者は、イメージが壊れるので、民家が見えるとか書かなかったのだと。

ことほどさように取材は、自分の抱くイメージとの戦いだ。イメージは大事だが、ジャーナリストにとっては、ものごとについての自分のイメージを、ことあるごとに反省することが大切なのだと。

ジャーナリストには、好奇心に加えて行動力も大事だ。

前回の1964年の東京オリンピックの時は、国境紛争をしていたインドとパキスタン両方のホッケーチームの監督にオリンピック前に取材した。

インドとパキスタンの国境警備隊の指揮官が、両国のホッケーチームの監督で、二人は同じパキスタンのラホールの町の隣同士の家で育ち、同じパンジャブ大学に学び、同じホッケーチームの仲間だった。だが、1947年にインドからパキスタンが分離独立して、親友だった二人は敵味方にわかれ、国境警備隊の指揮官として国境をはさんでにらみあうようになったという。

この話を聞いた森本さんは、さっそくカルカッタに飛び、国境の町に行ってインド側の司令官クマール氏に取材し、次にパキスタンに行き、パキスタンの司令官にも会った。アポイントもなく、とびこみで取材して、次のような記事を書いたのだ。

パキスタンの司令官はこういった、「え、クマール?彼は相変わらずぼくの親友さ。おたがいに自分の国じゃ会えないが、こんどはトーキョーで会える。会ったとたん、ぼくらはいつもこういうんだ。カシミールの話はよそう、ホッケーの話をしよう。なんていったってスポーツに国境はないからなあ」

人を惹きつける文章だ。

森本さんの取材した人は、文明史家トインビー、音楽家ストラヴィンスキーヒンデミットオイストラフ、作家フォークナーテネシー・ウィリアムズアンドレ・マルロースタインベックパール・バック、政治家のダレス、哲学者のハイデッガー、映画監督のヒッチコック、女優のマリリン・モンローなどがいる。

最近の竹内結子さんの自殺もあり、特に印象に残ったのは、人気の絶頂の36歳で睡眠薬自殺?したマリリン・モンローが、二度目の結婚相手のジョー・ディマジオと1954年に来日した時の、帝国ホテルの記者会見のことだ。

孤独で、劣等感に悩み、善良で気の弱い彼女が、いくたびも現実からの逃走を試み、ハリウッドにすっかり蝕まれてしまった精神を病院で癒そうとしていた悲劇も、その場では気が付かなかったという。

しかし、これまでに会ったどの女優にもない不思議な妖気が彼女から立ちのぼっていたと森本さんは語る。

どんなスキャンダルさえ、神話に転化する不思議な錬金術を彼女は縦横に駆使しているように思えたと。

森本さんは、最前列にいたので、どこかの記者が日本語で質問したのを通訳してあげた。記者会見が終わったあと、マリリンは「通訳ありがとう」といって、握手してきたという。その握手の感触は、いまなお、わが手の中にあるという。

知る由もないが、竹内さんも自殺するには当然何らかの原因があっただろうが、人気絶頂でこの世を去るとは、何とも残念なことだ。

思いがけないところで、そんなことを考えさせられた。

名文家と言われるだけあって、筆の運びがよどみない。古い本だが、読んでいて古臭くない。惹きつけられる本である。


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Posted by yaori at 01:54Comments(0) 趣味・生活に役立つ情報 | エッセー

2020年08月19日

ギリシャ人の真実 ギリシャは日本の先例となるのか?

ギリシャ人の真実
柳田 富美子
講談社
2013-11-06


日本の公的債務額はGDP比2倍を超え、先進国でもダントツのワーストだ。

日本債務残高の国際比較




















日本国債発行残高




















いずれも出典:財務省 財政に関する資料

そんな日本の国債がある日突然暴落して、IMFなどの支援を得て財政を立て直すというシナリオになった場合にどうなるのか。ギリシャの例を調べてみた。

ギリシャの歴史

まずは、ギリシャの歴史を簡単に紹介しておこう。

3,000年前からギリシャでは各都市国家がポリスとして独立し、ギリシャ文明を生んだ。「デモクラシー」の起源もギリシャ語だ。その伝統を引き継いで、ギリシャ人は政治参加の意識が高く、ギリシャの市議会議員は無報酬だが、選挙で選ばれている。

パルテノン神殿の歴史を描いた動画がYouTubeにアップされている。



これを見るとギリシャの歴史がわかる。

パルテノン神殿は2,400年前にアテネのアクロポリスの丘の上に、アテネ市の守護神を祀るために建てられたが、その後異民族の攻撃を何度も受けて、現在の遺跡となった。元々は、極彩色の彫刻やレリーフで飾られた美しい神殿だった。

ギリシャ文明の後は、ローマ帝国による支配、そしてローマ帝国がキリスト教を国教とすると、パルテノン神殿を飾っていた裸体彫刻はすべてキリスト教徒によって破壊された。パルテノン神殿は6世紀にはギリシャ正教の教会となった。

ローマ帝国が東西に分裂後、東ローマ帝国は1,000年以上続いた。13世紀には西ヨーロッパからやってきたフランク人に征服され、パルテノン神殿はカトリック教会となった。

東ローマ帝国の首都コンスタンチノープルがオスマン・トルコによって陥落したのは、1453年で、それからパルテノン神殿は、イスラム教のモスクに改修された。

17世紀末に、ベネチア軍がオスマン帝国を攻撃した時に、火薬庫として使われていたパルテノン神殿は砲撃を受け、大半が吹っ飛び、現在の姿になった。

そして19世紀初頭にイギリスが残っていた彫刻やレリーフを剥がし取って自国に持ち帰った。それが、ギリシャが返還を求めている大英博物館に展示されているパルテノンの遺跡の一部だ。

ギリシャの人口は1,100万人、国土の広さは日本の1/3だ。島の数は2,500で、そのうち200の島に人が住んでいる。

オスマン・トルコから独立して、ギリシャという国ができたのは1830年のことだ。

オスマン・トルコには400年の間支配されていたが、きつい制約があったわけではなく、ギリシャ正教の信仰も認められており、ギリシャ語も教会で教えられていたという。

近代になってもトルコとは何度も戦火を交えてきた。ギリシャは、途中で君主制から共和制になったり、君主制に戻ったりした。

第二次世界大戦では連合国側についたが、イタリアの侵攻を受け、それを跳ね返すと、ムッソリーニはナチスの援軍を頼んで、結局ギリシャは敗北、ギリシャは3分割されてしまう。

戦後は君主制が復活したが、1967年に軍事クーデターが起こり、1967年から1974年には軍事独裁政権下にあった。

1974年に軍事政権が崩壊し、国民投票で君主制が廃止され、共和制の国家となった。

1981年にEC(現在のEU。10番目の加盟国だった)に加盟し、ヨーロッパから各種の補助金や借入金が入る様になった。これで国営企業をつくったり、公務員数が膨大となり、労働組合の力も強大になった。

2001年には通貨ドラクマを廃止し、ユーロを導入した。これによりギリシャの信用力が増し、多くのお金を外国から借りることができるようになり、銀行も庶民や企業にどんどん貸し付け、借金は雪だるま式に増えていった。ギリシャ版バブルだ。

バブルの頂点が2004年のアテネオリンピックだ。2009年リーマンショック後に、世界的に貸付先絞り込みが起こり、ギリシャ経済がおかしくなった。

2009年秋に国政選挙で、野党(パソク。全ギリシャ社会主義運動)が大勝利して政権を奪取すると、前政権が財政赤字を隠蔽して、粉飾をしていたことをあばき、ギリシャがずっと財政赤字だったことが明るみにでて、EUの監視下に置かれた。

ギリシャは日本の先例となるのか?

日本とギリシャの公的債務の対GDP比の比較表は次の通りだ。

日本ギリシャ国債残高対GDP比推移


















出典:世界経済のネタ帳

日本はGDP比でギリシャを上回る公的債務を抱えている。そして、これからコロナ禍で、経済が落ち込み、税収減、コロナ対策費増で、日本の公的債務はさらに増加するだろう。

ギリシャは、2009年に政権交代が起こり、歴代の政権が実際には赤字だった国の財政状況を黒字と粉飾していたことが発覚し、それが発端でギリシャ危機が起こり、IMFとEUから支援を受けるために、2010年5月から強力な財政引き締め策を余儀なくされた。

この財政引き締め策は、次のような「外科手術」を伴うものだった。

2010年5月の第一次緊縮策
1.これまで年間2カ月分支給されていた公務員のボーナスを廃止
2.これまで年間2カ月分支給されていた年金受給者のボーナスを廃止
3.公務員手当を削減
4.付加価値税を最高額21%から23%に引き上げ
5.不動産、燃料、酒、たばこ、輸入自動車の課税強化
6.最低賃金引下げ

2012年2月の第二次緊縮策
1.最低賃金の22〜32%カット
2.15万人の公務員削減
3.電気料金の請求書に上乗せされる不動産特別税(支払わないと電気をすぐに止められる)
4.年金、手当、社会保障、国防、国家運営、選挙等の費用の削減
5.(汚職の温床となる)各種の営業許可制度を廃止
6.公共交通機関の乗車運賃25%引き上げ
7.公務員手当削減
8.民営化推進
9.200か所の税務署閉鎖。免税、各種減税の廃止。

これらの緊縮策は、ギリシャ人のこれまでの生活水準を劇的に下げた。収入が激減したので、ギリシャ人は今までの生活が維持できなくなった。

国民の猛反対でデモ、ゼネストが続発したが、EU、ECB(欧州中央銀行)、IMFの3者はギリシャ救済チームを作って、3ケ月毎に監視を続けた。

その後、ギリシャは中国に接近し、チャイナマネーによる経済復興を狙った。これが奏功し、「一帯一路」を狙う中国は、ギリシャのヨーロッパへのゲートウェイ機能に注目して、ピレウス港などに大規模投資している。

失業率は2013年の28%から、16%に低下した。若年層の失業率は一時の60%から38%に下がった。

ギリシャ人は、農業なども含め、長時間や3Kの低賃金労働などを好まないため、こういった低賃金の仕事は、アルバニアやブルガリアから流れ込んだ移民が埋めているという。

ともあれ、チャイナマネーにより、今や投資対象として、「成長期待が高まるギリシャ」などと持ち上げられるまでになってきており、ギリシャ再建策は、一応の成果を挙げたといえるだろう。

ちなみに英語で、"It's Greek to me"というのは、チンプンカンプンのことだ。

日本はギリシャの様にはならないというMMT理論

いくら公的債務が増大しても、国内から調達していれば、日本経済は破綻しないというMMT理論が出てきている。

たしかに、日銀が日本円をどんどん刷れば、日本はギリシャの様にIMFやEUの支援を受けるということにはならないだろうが、ハイパーインフレとなり、日本円の価値は下落し、将来の日本国民にツケが回る結果となる。

将来人口が漸減していく日本は、国民一人当たりの各経済指標など国際的地位も下落し、過去から積みあがった債務返済が大きな負担となってのしかかってきて、国家予算もほとんどが借金返済に充てられ、前向きの投資に回す金がないという状況になるだろう。

そんな日本を子孫に残していいのだろうか?

ギリシャはEU主導の緊縮策と、チャイナマネーで財政黒字化を達成した。日本もいずれ上記の様なギリシャ型「外科手術」が必要となってくるだろう。

特に、年金の引き下げ、あるいは年金支給先延ばし、増税は必至だと思う。こういった状況にどのように準備しておくのか、自分でも考えるきっかけになった。

著者の柳田 富美子さんは、ギリシャプラザ代表。ギリシャ語通訳・翻訳・語学講師だ。ギリシャ人の家計や生活実態まで踏み込んで紹介しており、ちょっと変わった観光ガイドブックのように簡単に読める。

日本の将来、そして自分の生き残り戦略を考える上で、参考になる本である。


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2020年08月02日

パナマ文書 1150万件のタックスヘイブン文書が流出

パナマ文書 (角川ebook)
フレデリック・オーバーマイヤー
KADOKAWA
2017-09-05


中田敦彦さんのYouTube大学の「 税金を逃れる大企業」という講義で紹介されていたので読んでみた。



中田さんの講義では、ネタ本が今回紹介する「パナマ文書」ではなく、「脱税の世界史」という元国税調査官の大村大次郎さんが書いた本なので、プーチン大統領やイギリスのキャメロン元首相自身がタックスヘイブンの利用者に名を連ねていたと説明している。

しかし、実際はプーチン大統領自身が契約しているわけではなく、親しい友人のチェリストが契約者となっていたり、キャメロン首相は、お父さんがダミー会社を持っていたりするので(キャメロン元首相自身はその会社の取締役に名を連ねていた)、直接的にタックスヘイブンを利用しているわけではない。

それでもキャメロン元首相の場合は、キャメロン元首相自身がタックスヘイブン利用の脱税を強く批判していたこともあり、言行不一致として、英国民を裏切る結果となり、ブレクジット問題もからみ、パナマ文書公開後3ケ月で辞任につながった。

脱税の世界史
大村 大次郎
宝島社
2019-04-18



パナマ文書は、2016年4月に南ドイツ新聞を中心に、各国のメディアが協力して、パナマの法律事務所から週出したタックスヘイブンの会社を使った世界的なマネーロンダリング、資産隠しについて公開した秘密文書の総称だ。

南ドイツ新聞に協力したメディアは、国際調査報道ジャーナリスト連合 (ICIJ)をはじめ、このブログで紹介したスノーデン事件にかかわった英国ガーディアン紙、BBC放送、仏ル・モンド紙、ニューヨークタイムズ、アルゼンチンのラ・ナションなどだ。

パナマの法律事務所は、中国でも9カ所にオフィスを置いて、活発に商売をしていた。しかし、南ドイツ新聞は中国や香港のジャーナリストを誘わなかった。というのは、以前南ドイツ新聞と提携していた香港の「明報」が、前回のオフショア・リークス発表の時に、多くの中国の権力者の親族がタックスヘイブンにあるペーパーカンパニーでビジネスをやっていることを暴くと、数時間後には中国のほとんどの報道に検閲が入り、南ドイツ新聞とICIJパートナー各報道機関のサイトにもアクセスできなくなった。おまけに、「明報」主筆ケヴィン・ラウが公表直前にクビになり、何者かに路上でナイフで背中を6回刺されて重傷を負うということがあったからだ。

公開された秘密文書は、パナマに本拠を置いて、世界約50カ所に拠点を持っていたモサック・フォンセカという国際法律事務所の内部文書だった。モサック・フォンセカの2013年の売上は4260万ドルだったという。従業員数は588人、342人がパナマ、140人がアジア、40人が英領ヴァージン諸島。他に30カ国に50のオフィスがある。うち、9カ所が中国と香港のオフィスだ。

共同経営者のユルゲン・モサックはドイツ人で、父はナチス武装親衛隊にいたが、戦後米国に渡り、CIAの協力者だったらしい。

合計で2.6テラバイト、1,150万件、20万社以上のダミー会社の登録・運用関係の書類、連絡メール、ダミー会社購入者のパスポートコピーなどの本人確認書類が含まれていた。

過去、スノーデンファイルウィキリークスオフショア・リークスルクセンブルク・リークスなどの秘密文書流出事件があったが、それらはいずれもギガバイト台であり、パナマ文書の2.6テラバイトは桁が違う。

社内のメールなども含む秘密文書であり、厳重に管理されていたはずだが、小刻みに持ち出したとはいえ、これらだけのデータを持ち出せるのは、あきらかに管理者権限を持ったシステム関係者の仕業だと思う。実際、パナマ文書公開直後に、モサック・フォンセカのスイスジュネーブ事務所のシステム関係者がスイス検察当局に身柄を拘束されている。このシステム関係者が「ジョン・ドゥ(John Doe)」として、パナマ文書公開の中心となった南ドイツ新聞に持ち込んだ疑いが濃い。しかし、誰が持ち出したのかわからないまま、モサック・フォンセカは、2018年に廃業している。

モサック・フォンセカはペーパーカンパニーの名義上の取締役として、レティーシア・モントーヤというパナマ在住の女性を、なんと25,000社の取締役として登録していた。この本では、パナマ文書公開直前に、パナマを訪問した記者が彼女に会った時のことを書いている。彼女の報酬はわずか月400ドルで、パナマシティの郊外の貧民街に住んでいた。

巨大かつスペイン語など、複数の外国語で書かれているパナマ文書を解析するために、国際調査報道ジャーナリスト連合 (ICIJ)に参加する世界70カ国、約200人のジャーナリストが「プロジェクト・プロメテウス」と称して、総力を結集した。「プロメテウス」は、スタートレックシリーズに登場する宇宙船の名前にちなんでいる。

ICIJに参加するのは、推薦されるか、招待されないとメンバーにはなれない。世界で最も重要な調査報道ジャーナリスト集団で、ジョージ・ソロスが多額の寄付を寄せている。ちなみに、ICIJは、オフショア・リークス・データベースとして、パナマ文書とそれ以前のリークの情報をまとめたデータベースを公開していて、だれでも見られる。

この本には最後に池上彰さんの解説が付いていて、全440ページにもなる。

タックスヘイブンのペーパーカンパニーを使って、節税、脱税、マネーロンダリング、資産隠し等を行っている各国の権力者、資産家、企業経営者、スポーツ選手などの個別事例を紹介している。

ウィキペディアで「パナマ文書」で検索すると、タックスヘイブンのペーパーカンパニーを使っている各国の有名人の例が公開されているので、そちらも参照願いたい。

日本のセコム創業者の飯田さんや、楽天の三木谷会長、伊藤忠、丸紅などの例も含まれているが、日本の場合には、大きなスキャンダルにつながるようなケースはない

パナマ文書で明らかになった主なタックスヘイブン利用は次の様なものだ。

ロシア関係
・ロシアのプーチン大統領の友人のチェリスト・セルゲイ・ロルドゥキンが何百万ドルもの大金を「コンサルティング手数料」としてペーパーカンパニーからペーパーカンパニーに移転している。ロルドゥキンの隠し資産は5億ドル以上といわれている。ちなみに、プーチンは、パナマ文書は米国の陰謀だと語っている。

・プーチンの友人で、ロステック社のCEOのセルゲイ・チェメゾフ(KGB時代からの友人だという)。

・プーチンも参加しているサンクトペテルブルクに近い別荘所有者の集まりだったオゼロ・コオペラティブの仲間。そのうちの一人のニコライ・シャマロフの息子とプーチンの下の娘が結婚している。プーチンの義理息子は、結婚後数カ月しないうちに保有するロシア石油化学最大手シブールの持ち株が数%から21%に増えている。

・オゼロ・コオペラティブのメンバー、ユーリ・コヴァルチェクはロシア銀行の頭取兼最大株主だ。セルゲイ・ロルドゥキンもロシア銀行の株主だ。


マネーロンダリング関係
・メキシコの麻薬密売人カーロ・キンテーロのペーパーカンパニーを使った資産隠し。


アラブ関係
・シリアのアサド大統領の最も有名なスポンサー・ラミ・マフルーフの、いくつものペーパーカンパニーを使った取引。マフルールは、米国でもEUでも制裁対象になっている。

・リビアのカダフィーの友人で、行政センター開発機構元長官のアリ・ダバイバのペーパーカンパニー。

・ムバラク元エジプト大統領の息子のペーパーカンパニー。

アフリカ関係
・アフリカでは毎年500億ドル以上が多国籍企業の口座やエリートの金庫に消えてしまう。コンゴ民主共和国のカビラ大統領の姉妹、赤道ギニアの独裁者の息子、モザンビークの元大統領、マラウィの政府高官、コンゴ共和国の元エネルギー相、アンゴラの石油相などがペーパーカンパニーを持っている。

・コンゴの鉱山を所有するイスラエルの大富豪ダン・ガートラー。ギニアの鉄鉱山の開発権を大手鉱山会社から奪った富豪など。

・前国連事務総長のコフィ・アナンの息子の持つペーパーカンパニーを通してのコンサルタント報酬受取。

ウクライナ関係
・天然ガスで富を成したウクライナの元首相ユリア・ティモシェンコ、前任者のパーヴェル・ラザレンコの資産隠し。ウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領はチョコ―レート王と言われている。

サッカー関係
・FIFA、UEFAの幹部。FIFA役員は国際サッカーの汚職で1億5千万ドル以上のわいろを受け取ったという。いくつものペーパーカンパニーを通したテレビ放映権などの取引で、裏金を作っていた。

・リオネル・メッシと父親が脱税容疑でスペインで訴えられている(その後、スペイン最高裁で有罪が確定した)。パナマ文書のなかで、メッシの「メガスター・エンタープライズ」が肖像権の売買で税金逃れをしていたことが疑われている。

中国関係
習近平主席の義兄弟・家貴はペーパーカンパニーを少なくとも4社持っており、そのうちの一社は中国一の大富豪から購入したカンパニーだという。

元首相の李鵬の娘の所有する英領ヴァージン諸島のペーパーカンパニー

・中国では薄熙来と夫人の谷開来の汚職が、英国領ヴァージン諸島のペーパーカンパニーを通して、薄熙来のコネで財を成した中国の富豪から320万ドルを受け取っている。

太子党のメンバーの近親がいくつもの会社を持っていることが明らかにされている。たとえば、中国の高級時計の販売業者の実業家から、太子党の一人の元党中央政治局常務委員の18歳の孫娘・李紫丹にペーパーカンパニーが簿価1ドルで売却されている

繰り返される「シーメンス事件」
・中南米各地のシーメンス支社長を歴任し、バハマの口座に5億ドル相当の金を持つ元シーメンス役員。2006年に起こったシーメンス贈賄事件(米独当局より1200億円の罰金を科せられる)に関係した元シーメンス役員が、ペーパーカンパニーをいくつも通して自分たちでも会社の金を横領していた。この件に関しては、記者は元シーメンス役員に直接話を聞いている。

シーメンス事件というと、日本では山本権兵衛内閣が総辞職した戦前のシーメンス事件が有名だが、2006年にもシーメンスは、南米などの贈賄で米独当局から巨額の罰金を科せられている。

ドイツ税務当局も別ルートで情報を100万ユーロ払って購入
・ドイツでは、税務当局がモセック・フォンセカ関連のペーパーカンパニー600社の情報を、2013年ごろに情報提供者から100万ユーロで購入し、これに基づいてコメルツ銀行から1700万ユーロ、HSHノルト銀行は2200万ユーロの罰金・課徴金を取り立てている。

アルゼンチン関係
・アルゼンチン元大統領のキルチネル夫妻の6500万ドルといわれる資産の持ち出し。

マクリ現大統領の資産隠し疑惑

アイスランド関係
・パナマ文書が公表されて退陣したアイスランド首相・シグムンドゥル・グンラウグソン

その他
・パキスタンの現首相ナワーズ・シャリフは娘を通してロンドンなどに豪華な邸宅を購入している。

北朝鮮もタックスヘイブンを利用


その他の例は、ウィキペディアの表を参照願いたい

廃業した法律事務所も、まさか内部文書が漏れるとは予想していなかったのだろうが、こういった内部者の犯行による情報漏えいの善悪はともかく、「天網恢恢疎にして漏らさず」という言葉があてはまるケースだと思う。

これまで「パナマ文書」という言葉だけ知っていたが、内容は知らなかった。この本はリークを受けた記者本人が執筆しており、ドキュメンタリーとしても面白い。

筆者もそうだが、在宅勤務で時間ができた時に読むことをお勧めする。


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2020年07月30日

最高指導者の条件 李登輝さんの「政治家の品格」

2020年7月30日再掲:

台湾の元総統・李登輝さんが97歳で亡くなった。日本と台湾の関係が良好なのも、李登輝さんの力によるところが大きい。李登輝さんのご冥福をお祈りして、李登輝さんの著書のあらすじを再掲する。

たまたまではあるが、この本に現都知事の小池百合子さんの話も出てくる。

コロナ対策が後手後手に回っている印象のある小池さんだが、ぜひ都の「最高指導者」として、東大の児玉名誉教授が提唱するエピセンターを集中して検査し、感染者を隔離することで、実効再生産数(一人が何人に感染させるか)を下げて、コロナを抑え込んでもらいたい。

2008年6月11日初掲:

最高指導者の条件


台湾の元総統、日本でもファンの多い李登輝さんの近著。2008年3月の発売である。

李登輝さんの著作は、奥の細道を辿った「日本国へのメッセージ」を以前紹介したが、日本文化に対する深い教養と愛着がわかり、まさに戦前型日本人としか言えないという印象を強く持った。

この本は李登輝さんの政治リーダーとしての信念の源が何かを明らかにしており、いわば「政治家の品格」とも呼ぶべき本だ。


中華民族初の民選総統

李登輝さんは蒋介石の息子蒋経国総統が死去した後を継いで1988年に国民党総裁/台湾総統に就任した。

そして自ら公選制度をつくって史上初の台湾総統選挙で勝利し、1996年に初代民選台湾総統となる。

中華民族の歴史で初めて国民の選挙により選ばれた指導者の誕生だった。

李さんの総統就任前後、中国は台湾独立派の動きに神経をとがらせ、台湾海峡で軍事演習を行い、ミサイルを発射して台湾に圧力をかけようとしたので、米国が2隻の航空母艦を台湾海峡に派遣し、中国を威圧した経緯がある。

しかし李さんは中国の脅しに全く動揺せず、毅然とした態度を貫いた。

李さんは中国の演習は心理的な作戦であり、実際の武力侵攻はないという情報をつかんでいたから、軍をあわてて動かさないという選択肢を取れたのだという。

リーダーの決断力を裏打ちする情報力の発揮だ。

その後2000年の総統選挙には出馬せず、結果的に国民党は敗れ、民主進歩党の陳水扁氏が総統に就任した。

これも中華民族初の平和的政権交代だ。

陳水扁氏は2008年5月まで総統を務め、今年国民党のハーバードロースクール出身のハンサムガイ馬英九氏に代わり、国民党が政権の座に返り咲いたことは記憶に新しい。


李登輝さんと信仰

李登輝さんの政治的信念はキリスト教の信仰に裏打ちされている。李さんは日本時代は唯心論、戦後は唯物論でマルクス主義にのめり込んだ時期もあった。アメリカに留学して帰国してから台湾の教会をまわり、神が存在するのかを考え続けた。

「なぜマリアは処女にしてイエスを産んだのか?」
「なぜイエスは磔にされ、そして生き返ったのか?」
この2つの奇跡を信じろとキリスト教は言う。

李登輝さんは理屈っぽい人間なので、なかなか納得できず、聖書を隅から隅まで読んだという。

ヨハネによる福音書第20章に、使徒トマスは復活したイエスを信ぜず、イエスの手と脇に手を入れて初めて信じたという一節がある。

イエスの言葉として「なんじ我を見しによりて信じたり、見ずして信ずる者は幸いなり」という言葉が紹介されている。

つまり「見えないから信じない。見えるから信じる」では信仰を持つことができない。まず「信じること」から始まる、それが信仰の第一歩なのだと理解したという。


戦前日本のエリート教育

李登輝さんは日本の旧制中学、高校、帝国大学という戦前日本のエリート教育を受け、大量の東西の名作文学や哲学書に接した。

19世紀のイギリスの思想家カーライルの「衣裳哲学」や「英雄および英雄崇拝論」は李さんの大好きな作品だという。

古典を読むことで哲学が生まれると。ゲーテニーチェショーペンハウエルカントヘーゲルマルクスサルトル鈴木大拙の「禅と日本文化}、西田幾多郎などの作品を読んだという。

李登輝さんはいまでもカントの「純粋理性批判」と「実践理性批判」が判断の指針になっていると語る。まさに哲人政治家である。

筆者もカントの「純粋理性批判」や「実践理性批判」は学生の時に読んだが、単に字づらを追っただけで、全く頭に入っていない。いずれはこのあらすじブログでも挑戦しなければならない本である。

純粋理性批判 上 岩波文庫 青 625-3


実践理性批判 (岩波文庫)


筆者の学生の時は、マックス・ウェーバーをみんなが読んでいた。これもまた再読しなければならない名著だ。

ちなみにこの本はアマゾンでもベストセラー1,645位で、経済学分野でNo.1だ。やはり名著は時代を超えて読まれるものだ。

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)



緊急時のリーダーシップ

中国で四川大地震が起こったばかりだが、李登輝さんは1999年の台湾大地震時の非常事態に於ける総統の役割を語る。地震が起きたのが深夜2時頃、電話は通じなかったが軍に出動命令を1時間後に出し、朝6時にヘリコプターで現地入りした。

9時には指揮所が設置され、救援活動が始まっていたという。小池百合子議員から電話があり、「仮設住宅を1,500戸送りたいが、日本の仮設住宅は8坪しかないがいいか?」と聞いてきたので、即座に受け取ると返事したという。

李登輝さんは地震発生から1ヶ月のうち21日は現地にいて、対策を直接指揮したという。また軍の参謀総長と総督府の秘書長(官房長官)の2人をつれ、軍と政府がすぐに動ける様な体制をとった。

中国の温家宝首相も地震が起こったらすぐに現地入りして救援活動を陣頭指揮をした。胡錦濤主席もほどなく現地入りして救援活動を支援したのは、台湾大地震の時の李登輝さんの奮戦ぶりを参考にしたのかもしれない。


後藤新平の台湾近代化

強いリーダーシップ論では、台湾の発展に大きな足跡を残した後藤新平を高く評価している。後藤新平は、今年NHKで2年間のドラマとしてスタートする「坂の上の雲」で有名な児玉源太郎台湾提督に請われて、1898年に台湾民政長官となった。

坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)


着任早々高等官吏1000人あまりのクビをすげ替え、人心を一新し、優秀な人材を登用した。「武士道」の著者、新渡戸稲造もこのときの一人だ。

武士道 (岩波文庫)


匪賊を撲滅し、保甲制度(隣組、自治組織)、疫病対策、教育振興、台湾事業公債による資金調達、鉄道建設、アヘンや塩、酒、タバコの専売制、台湾銀行設立、台湾銀行券発行など、8年7ヶ月の在任期間中に大きな業績を残した。


リーダーの行動原理

李さんは上に立つ者の行動原理として次を挙げている。主なサブタイトルも参考までに紹介しておく。

1.誠実に説く  指導者に不可欠な「お願い」の姿勢

2.忍耐力  民主主義は「回り道」(ターンパイク)を認める制度

3.惻隠(そくいん)の情  「仁政」に不可欠な「惻隠」の情

4.大局観を持つ  「知識」や「能力」を超えて求められるもの

5.構想力  コンセンサスを得たビジョンがもたらす力

6.発想の転換  最も貧しい県が見違えるほど発展 農村が観光地となるアイデア

7.行動力と強い意志  行政改革に必要な行動力 

8.未来への提言力  台湾の民主化と教育改革 台湾がめざすべき4つの分野(金融、衛星メディア、空港、港湾)


指導者の養成

世界中のどこの国でも困っているのは指導者の問題であり、アメリカ、イギリスはもとより多くの国で将来の指導者となるエリート層を養成している。

ところが戦後の日本はこれを怠っており、米国式教育に表面的に倣い、テクニカルなレベルで一生懸命になるばかりで、本当に必要な「指導者をつくりあげる教育」を全く実施していないと李登輝さんは語る。

それを象徴するのが、東京大学を筆頭に、旧帝国大学系の国立大学から総理大臣が出てこないことだと。

たしかに先日紹介した「歴代首相知れば知るほど」の最近の首相を見ると、私立大学出身が圧倒的だ。平成になってからだと、わずかに宮澤喜一さん一人が東大出身で、それ以外はすべて私立大学出身だ。

李登輝さんは手厳しく語る。

戦前は帝国大学が国を治める人材を輩出したのに、なぜ戦後は駄目なのか。法律に縛られて、法律上問題があるかないかという発想しかできず、政治の世界で使えない人が多いからだろう。

法律屋の秀才たちは役所に就職し、行政の担い手となるが、彼らはえてして精神の面で貧困である。相当数の官僚が第一に求めるのは自分の出世であり、頭の中に国家という存在が希薄なのだ。

目先のことしか見えない人は、政治家になっても自分の利益を漁りまくる。「何のための民主主義なのか」、「指導者は何をすべきなのか」がわかっていない。

さらにいえば、金銭や権力は一時的なものにすぎず、「品格」、「教養」、「愛国」、「愛民」などの精神的価値こそが生涯を通じて追求すべきものだということもわかっていない。このような政治家が指導する国家はきわめて危うい。


まさに現在の日本にとっての警鐘である。

筆者は思うのだが、最近の問題は日本の政治家は事実上世襲制となっていることだ。福田康夫、安倍晋三、小沢一郎、鳩山由紀夫、麻生太郎、すべてが二世三世議員だ。

筆者の友人の松島みどり議員の様に、新聞記者出身で、徒手空拳で政治家となった人は珍しい。

地盤と利権を引き継ぎ、地元の利益追求型の政治家ばかり増えて、日本という国のビジョンがなくなっているのではないだろうか。愛国心を持って日本をより良い国にしようという気概を持った政治家が出てきて欲しいものだ。


この本では戦前の日本の優れたエリート教育を受けた哲人政治家の考えが、わかりやすく説明されている。

李登輝さんは古き良き日の輝かしい日本の伝統に触れたことを感謝していると語っており、「台湾の今日あるのは日本のおかげ」と感謝している台湾人は多いと公言している。

ここ数年「××の品格」という本がいくつかベストセラーになっているが、そういう本を読んで満足せずに、自らが名著を読んで、品格を磨かなければならない。

昔の一高第二〇回記念祭寮歌(明治43年)「藝文の花」の「万巻の書は庫(くら)にあり」という一節を思い出す。

藝文の花





ちなみにこの寮歌が掲載されている第一高等学校ホームページというのは初めて知ったが、写真集や寮歌集も収録されていて興味深い。もちろん今は第一高等学校などないが、東大駒場の中に一高同窓会という団体があり、そこがこのホームページを運営している。

世の中には万巻どころか、世界全体なら数千万あるいは億の書物があり、グーグルが世界中の本をすべてスキャンして、人類の叡智のデータベースをつくろうとしている(グーグルブックサーチ)のは、「ウェブ進化論」などで紹介されている。

筆者ももっと名著を読んで教養を積み、品格を磨かなければならないという気になった。

たぶん本のタイトルも「政治家の品格」とかにしたら、もっと売れることだろう。最近の流行キーワードでもある「品格」に興味がある人には、是非一度手に取ってみて頂きたい本だ。

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Posted by yaori at 22:33Comments(0) 李登輝 | 政治・外交

李登輝訪日 日本国へのメッセージ

2020年7月30日再掲:

台湾の元総統・李登輝さんが97歳で亡くなった。日本と台湾の関係が良好なのも、李登輝さんの力によるところが大きい。李登輝さんのご冥福をお祈りして、李登輝さんの著書のあらすじを再掲する。

2008年4月3日初掲:

李登輝訪日日本国へのメッセージ 完全保存版―2007旅と講演の全記録


3月22日(土)の選挙で馬英九氏が当選し、台湾で8年ぶりに国民党が政権を奪還した。

馬英九氏のまえに2000年まで国民党党首で台湾総統だったのが李登輝氏だ。

李登輝氏は台湾生まれ。日本の京都大学に学び、22歳までは日本人だったと公言してはばからないほどの日本好きの指導者だ。

2000年に国民党を離脱してからは台湾団結連盟に加わり、台湾独立を訴えている。

今まで小林よしのりの「台湾論」での対談などで李登輝氏のことを知ってはいたが、さらに深く知るためにこの本を読んでみた。

新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 台湾論


李登輝氏は2007年に日本を訪問し、長年の希望だった奥の細道の行程をたどるとともに、1945年にフィリピンで日本軍人として戦死した兄李登欽氏(日本名岩里武則命)が祀られている靖国神社に参拝した。

台湾総統を退いてからの李登輝氏の訪日は、毎回中国から政治問題化され、心臓病の診察のため岡山のみを訪問するとか(2001年)、名古屋、京都、金沢のみとか限定されてビザが発給されていた。

2005年から観光目的の台湾人の訪日にはビザが廃止されたこともあり、2007年の訪日は大きな政治問題とはならず、中国政府は靖国神社訪問を非難しただけだった。

2007年の訪日では11日間かけて、夫人と2人で次のようなスケジュールをこなした。とても84歳とは思えないエネルギッシュな行動だ。

来日直後に国際研究交流大学村訪問

台東区の芭蕉庵あとの芭蕉記念館

岩崎小弥太記念ホールで台湾にゆかりのある後藤新平賞の授賞式出席

新幹線にて仙台から松島に出て奥の細道めぐり

山形立石寺

平泉中尊寺

岩手県水沢の後藤新平記念館

田沢湖

角館で武家屋敷

象潟蚶満寺

秋田市の国際教養大学で特別講義

帰京して靖国神社訪問

拓殖大学

歓迎レセプション

日光東照宮

有楽町の外国特派員クラブで記者会見

これらは主なものだけを抜き出したもので、この他にも各地で行われた歓迎会や県知事、市長をはじめ地元の人との交流会などが多く開催された。

李登輝氏の人気の高さがわかる。

筆者も実は東北はほんの数回しか行ったことがない。それも出張とスキーのみなので、場所も八戸、仙台と蔵王だけだ。上記の名所旧跡も奥の細道などのWikipediaのリンクをクリックして、今更ながら勉強し直しているところだ。

新潟は出張でよく行ったが、今回は奥の細道の前半部分ということなので、李登輝氏は新潟は訪問していない。

この本には各地での歓迎風景や名所旧跡を訪問する李登輝氏の写真が多く載せられており、写真紀行といっても良いくらいだ。

紀行記の他に、日本李登輝友の会のメンバーの塩川正十郎氏や前拓殖大学学長の小田村四郎氏、国際教養大学学長の中嶋嶺雄氏、作家で李登輝氏の靖国神社訪問に同行した曽野綾子氏、評論家の櫻井よしこ氏らが寄稿している。

李登輝氏自身の序文や講演も収録されている。

1.今回の訪日で叶えられたこと

2.後藤新平と私

3.日本の教育と台湾

4.2007年とその後の世界情勢

5.日本外国特派員協会における記者会見

靖国神社宮司南部利昭氏の寄稿文も掲載されている。李登輝氏は靖国神社に祀られている兄の遺影にも対面し、「祭神之記」をしっかりと胸に抱かれていたという。

李登輝氏の父親は兄李登欽氏の戦死を信じなかったため、台湾には墓も位牌もない。

祭神之記には次が記載されているという。筆者も2人のおじさんが戦死している。たぶんおじさん達の祭神之記も靖国神社にあるのだと思う。

・英霊の御名前
・階級
・所属部隊
・死歿年月日
・死歿場所
・死歿時本籍
・死歿時御遺族
・靖国神社合祀年月日

外国特派員協会での記者会見では、李登輝氏は日本政府の弱腰外交を批判し、「中国や韓国などが自国の問題を処理できないため(国民の関心をそらすために)、靖国問題を作り上げた」、「国家のために命を落とした若者を慰霊するのに、なぜ外国に批判されなければならないのか」と語ると、記者団から期せずして拍手がわいたという。

拓殖大学は明治33年日清戦争によって割譲された台湾の開拓植民にあたる若い人材を育成するために、桂太郎公によって設立された台湾協会学校が母体で、後藤新平は第三代学長で、新渡戸稲造も学監を勤めたという。

後藤新平は1898年から7年間児玉源太郎台湾総督の民政長官として働き、疫病・匪賊の未開発地だった台湾を、美しい豊かな蓬莱の地と生まれ変わらせたとして、台湾開発の基礎をつくったといわれている。

また新渡戸稲造も二年間台湾の民政局で働いている。

李登輝氏の国際教養大学で行われた「日本の教育と台湾 ー 私が歩んだ道」という講演も面白い。

李登輝氏は22歳までは日本の教育を受けた。

日本は台湾統治を教育から始めたほど教育に力を入れ、台湾総督府ができた1895年に早くも国語学校を開校し、公学校(小学校)を各地に開設し、台北高校、台北帝国大学が設立された。

植民地でありながら、内地と変わらない教育を与えられたが故に、それまで匪賊と疫病の地だった台湾に、非常に近代化した文明社会が作られたのだという。

李登輝少年も禅に魅せられ、岩波文庫などを通じて東洋・西洋の文学や哲学に接することができたという。

李登輝氏は新渡戸稲造の「武士道」を解題して書き直した「「武士道」解題ノーブレス・オブリージュとは」という本も書いているほどで、武士道精神、日本人本来の精神的価値感、伝統を再評価しようと呼びかけている。

武士道 (岩波文庫)


「武士道」解題―ノーブレス・オブリージュとは (小学館文庫)


「天賦の才に恵まれた日本人がそう簡単に『武士道の精神』や『大和魂』といった貴重な遺産や伝統を捨て去るはずはない、と私は固く信じています」と李登輝氏は語る。

「武士道」も「大和魂」も今やほとんど死語となったように思える筆者には、考えさせられてしまう李登輝氏の言葉だ。

李登輝氏を評して台湾大学の教授は「日本の大正時代に生まれ、徹底的に日本教育の薫陶を受け、忍耐、自制、秩序を重んじ、公のために奮闘、努力する精神を身につけた人である」と言っているそうだ。

李登輝氏は、この表現は不十分で、日本教育の長所である「実践躬行(じっせんきゅうこう)」を付け加えなければならないと語る。

「私は、すべての原点を哲学に置き、すなわち『人間とは何ぞや』というところから出発したのです」 

「この日本的教育によって得られた結論は『私は誰だ』という問いについて、『私は私でない私』なのです。」

「この答えは、私に正しい人生の価値観への理解を促してくれました。いろいろな問題に直面するときにも「自我」の思想を徹底的に排除して、客観的立場での正しい解決の方法を考えました。これが日本の教育を通して私に与えられた人生の結論でしょう。」

英語で言うと"Who am I?" "I am not that I am"となる。

李登輝氏は日本語が一番得意で、次に台湾語、英語、最後に北京語だと言われている。

何ヶ国語かできる人の場合、頭の中は何語で考えているかという質問がなされることがよくあるが、筆者の推測では李登輝氏は日本語で考えているのではないかと思う。

つまり自我は日本人、しかし肉体は台湾人という状態を表現したのが、「私は私でない私」という言葉ではないかと思う。

筆者の理解が正しいかどうかわからないが、いずれにしても李登輝氏の講演はとても外国の指導者が書いたものとは思えない。まさに文人政治家だ。日本の政治家でも、これだけ中身の濃い講演はできないのではないだろうか。

最後の2007年の世界情勢分析も面白い。

ロシアは旧ソ連地域の覇権を目指しており、野心は旧ソ連地域にとどまらないとか、中国経済は不良債権がGDPの4−6割に達しており、すでに崩壊寸前で、国内外の関心を経済問題からそらせるために、宇宙開発、北京オリンピック、日本との歴史問題などを使っているのだと語っている。

台湾の新総統にも中国からの圧力や挑発が寄せられ、台湾の安全保障問題が2008年から数年間は最重要事項になると予想している。

日本李登輝友の会が、(有)まどか出版という小さな出版社から出した本だが、内容はすばらしい。

日本の京都大学で学び、米国コーネル大学で農業の博士号をとった哲人政治家の李登輝氏。日本語で話してくれる数少ない世界的指導者でもある。

本屋や図書館で見つけたら、是非手にとって見て欲しい本である。


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Posted by yaori at 22:31Comments(0) 自叙伝・人物伝 | 李登輝

2020年07月18日

断罪 村上誠一郎議員と古賀茂明さんの安倍政権批判対談



このブログで、著書の「日本中枢の崩壊」「信念をつらぬく」のあらすじを紹介した元経済産業省のエリート官僚の古賀茂明さんが、「自民党ひとり良識派」を自称する村上誠一郎議員と、2017年12月から2018年4月までの間で対談した内容をまとめた本。

以前、知人から借りて読んだが、集団的自衛権を考え直す上で、再度読んでみた。

日本中枢の崩壊
古賀 茂明
講談社
2011-05-20


信念をつらぬく (幻冬舎新書)
古賀 茂明
幻冬舎
2013-01-30



2018年5月に出版された本だが、いまでもこの本の議論は通用する。というか、安倍政権は、全く当時から変わっていないし、この2年間で何の問題も解決されていない。しいていえば、相手基地攻撃力をもつがゆえに、逆に相手からも最初の攻撃目標とされるイージス・アショア計画が撤回されたくらいだ。

さらに、2020年に入って、コロナウイルスとの戦いでは、だれが責任者なのかわからない衆愚政治により、コロナウイルスの日本全国への拡散を招いた(この文は7月18日にアップするが、残念ながら筆者は日本はコロナウイルス対策で失敗した唯一の東アジアの国になるのではないかと思う)ことで、安倍首相は一刻も早く退陣すべきだというこの本の主張に同意する。

村上誠一郎議員は、松島みどり議員のところでも触れたように、筆者の同級生で、みずから村上水軍の末裔と学生時代から言っており、愛媛2区から11期連続で衆議院議員に当選している。昔は普通の体形だったが、今は体重110キロあるという。

村上誠一郎議員は、自民党の中でも「ひとり良識派」として、安倍政権の政権運営について表立って反対するので、総裁選で安倍さんと戦って敗れた石破茂さんと一緒に、衆議院議員席の一番後ろの列で、「セントヘレナ島」のように、二人だけさらに飛び出て席があるという。
自民党ひとり良識派 (講談社現代新書)
村上 誠一郎
講談社
2016-06-15



村上誠一郎議員は、政治家4代目で、安定した選挙基盤を持っているからこそ、自民党執行部にもズバズバものがいえる恵まれた立場だ。

筆者自身も、当初は安倍政権に期待をしていて、株価上昇と「いざなぎ超え」の景気を結果として生んだアベノミクスを支持していた。しかし、首相在任期間が長くなるにつれて、どんどん欠点が見えてきて、あきらかな権力の濫用が目立ってきた。

モリカケ問題などの政治の私物化、安倍内閣に人事権を握られた官僚の劣化と、政権批判を忘れたマスコミの機能喪失、そして2020年に入ってからは、衆愚政治で結果的に日本を東アジアで唯一コロナウイルス対策で失敗した国へと導こうとしている。

この本の目次は次の通りだ。論点が整理されている。

はじめに 村上誠一郎議員
第1章 リベラル保守再生のためにー私たちの自民党改造論
第2章 国を亡ぼす忖度官僚は要らないー私たちの「霞が関:」改造論
第3章 破綻寸前の金融・財政をどう立て直すのかー私たちの日本再生論1
第4章 税と社会保障の一体改革を再びー私たちの日本再生論2
第5章 庶民を潤す真の成長戦略とはー私たちの日本再生論3
第6章 憲法改正をなぜ急ぐ?外交と安全保障をめぐるあやまちの糺す
第7章 日本を危うくする安倍政治に決別を
最終章 希望は教育の再生にあり
おわりに 古賀茂明さん

安倍政権の政権運営を考える上で、大変参考になった。

<官邸の官僚コントロール>

古賀さんは、官僚には3つのタイプがあるという。‥儀薪な出世を目指している人たち、官僚になれば食いっぱぐれがなく、勤めあげれば天下りして70歳まで生活が保障されるという「凡人型」、市民を助けるのが自分の仕事という「消防士型」。

村上さんは、このうち、今の霞が関を悪くしている元凶が一番目のタイプで、2014年の公務員法改正により、上級公務員の人事権を内閣人事局が握った。次官、局長、筆頭総務課長などの幹部職員だけでなく、候補者も入れた幹部候補名簿を作っているので、課長級まで内閣人事局が影響力を行使できるようになった。出世欲が強いエリート官僚ほど、官邸の鼻息を窺うようになったのだと。

たとえば、森友学園問題で、答弁した佐川元財務省理財局長。嘘で押し通し、証拠文書隠滅に携わった近畿財務局の部下を自殺にまで追い込み、安倍総理に恩を売り、最後は国税庁長官になった。

反対に、安倍政権に不利な真実を語った文科省元事務次官の前川喜平さんの場合、官邸が読売新聞に前川氏の出会い系バー利用などの個人情報をリークして、個人攻撃されて社会的に抹殺されそうになった。こんなことがあると、エリート官僚は、安倍官邸に少しでも逆らうと、個人攻撃までされると、びびって否が応でも「忖度」するようになるだろう。

<「安倍全体主義」の自民党>

村上さんは、第二次安倍政権となってから、かつての良き日の自民党の姿は急速に消え、党内の議論を許さない雰囲気が広がり、真剣な議論をする議員がいなくなりつつあると語る。自民党の税調も力を失っている。

象徴的なのは、集団自衛権の解釈変更の時に、弁護士出身の法律家や、東大法学部、筑波大付属高校の同窓議員は多くいたが、結局内閣案に反対したのは、村上さんと検事出身の若狭勝さんだけで、村上さんは衝撃を受けたという。

小選挙区制になったことから、執行部が選挙における公認・政治資金・比例の順位を一手に握ったために、下手に執行部に反対しようものなら、次の選挙で公認すら得られなくなってしまうからだ。それが自民党議員が勇気をなくした原因だ。

小選挙区制は、元々小沢一郎の党内支配のための道具で、それを完成形にしたのは小泉純一郎元総理だ。2005年の秋の郵政選挙で、小池百合子さんなどの刺客を対立候補として公認し、総理に盾突くと、公認まで外されるというトラウマを自民党議員に植え付けたのだ。

このことを如実に表すのが、河井夫妻の選挙違反事件だろう。河井夫妻は安倍首相と近いので、自民党は河井安里候補には1億5千万円の選挙資金を提供したが、現職でありながら落選した岸田派の溝手議員には、その十分の一の1千5百万円しか支援しなかった。

安倍官邸は、「官邸主導・政治主導」を大義名分にして、いつの間にか国会議員と官僚たちのアンダーコントロール化に成功した。これが政治や行政の混乱を招き、日本は滝つぼに向かっている。

事ここに至っては、安倍総理はいさぎよく武士(もののふ)として政治的及び道義的責任をとり、一刻も早く退陣すべきだ、日本を立て直すにはそれしかないと村上さんと古賀さんは完全に一致している。

<マスコミの安倍政権への屈服>

マスコミは政権に完全に抑え込まれていることが語られている。テレビ局は政権批判は怖くてできないし、新聞は親安倍と反安倍に二分されている。

古賀さんも、菅義偉官房長官と思いっきりけんかして、思いっきり干され、在京のテレビ局には出られず、関西の朝日放送のみ出演が可能なのだと。収入も激減したので、もう怖いものはないという。

<わが国の3大危機>

村上さんは、政治家は国民に対して責任をとらなければならない。安倍政権は国民をだましているとして、次のような「わが国の3大危機」という垂れ幕にして、このような問題先延ばしの政治をずっと続けていていいのかと、総選挙の時に街頭演説をした。

村上誠一郎選挙CP (2)



















出典:本書86ページ

財政再建のためには、増税が避けて通れないというのは共通認識だが、消費税を増税することは経済に悪影響があり、非常にパワーがいる。古賀さんは、いま一番早くやらなければならないのは、金融所得課税の総合課税化だという。格差是正にもつながる増税が今は大切なのだと。

<日本の安全保障>

村上さんは、日本では安全保障と防衛が同じような意味にとられていると指摘する。安全保障の要諦は、「敵を減らして、味方をふやす」ことなので、安倍さんのように敵ばかり増やしたら、いくら防衛予算を増やしても追いつかない。日中、日韓、日台、日露とどこもうまくいっていない。

これに対して、EUの安全保障政策には、見習うべきものがあると村上さんは語る。

EUができてから、ロシアから西側は戦争がないという前提が成り立つので、ヨーロッパの中では敵はいない。だから、それまで30万人いたドイツの陸軍はもう7万人くらいしかいない。これが安全保障なのだと。

安倍さんは戦後レジームからの脱却と言っているが、やっていることはその逆で、戦後レジーム(=「アメリカ追従」だと古賀さんは語る)にしがみついている。

<北朝鮮問題>

たとえば2017年7月の核兵器禁止条約も、唯一の被爆国でありながら、日本は締結していない。北朝鮮でさえ、2016年10月の核兵器禁止条約の制定交渉開始の決議では賛成したのに、トランプ大統領が出てきて、北朝鮮をやっつけるといったもんだから、途中で協議から抜けたのだと古賀さんは語る。

アメリカと北朝鮮が戦争になったとして、日本でどれだけの被害が出るのか聞いた日本のマスコミはいないという。アメリカではいくつかシミュレーションが出ていて、国防総省も議会に報告書を出している。アメリカの報道によると、核兵器を使わなくても最初の数日で最低でも3万人が死亡し、核兵器を使えば最大380万人が死亡する。

北朝鮮の核兵器は、いまやアメリカの脅威だ。北朝鮮を先制攻撃することは、アメリカのリスクを避けるための戦争なのだが、当然韓国と日本に甚大な被害が出る。しかし、その被害はアメリカが北朝鮮の核で狙われるリスクに比べれば小さいと報告書に書いてあったと古賀さんは語る。

古賀さんは、日本ではこういったシミュレーションが全く報道されないことを、旧知の東京新聞の望月衣塑子記者に伝え、望月さんは記者会見で菅官房長官に聞いたという。古賀さんが、望月さんが官邸から忌み嫌われる原因を作っていたのだ。ちなみに、望月さんは、「権力と新聞の大問題」という本を書いている。

権力と新聞の大問題 (集英社新書)
マーティン・ファクラー
集英社
2018-06-15



村上さんは、北朝鮮リスクに対して、次の3つの方策を考えているという。
1.圧力だけでは日本の安全保障に大きな危険を生じさせるから、今の安倍さんの圧力一辺倒をやめさせる。
2.日本が呼び掛けて、アメリカに対してアメリカが先に武力行使をしないと言わせる。
3.もし戦争が起きたら、日米間にどんな影響が出るのかをきちんと議論して、認識を正しく共有すること。

この3点が全くやられていないと指摘する。

<教育の再生>

最後に、村上さんの持論である、教育の再生について語っている。「教育は自己発見の旅である」というのが村上さんの人生のテーマだと。国際的に通用する人物を育てていく教育。留学も、卒業後も海外にとどまり、世界で通用するような人材となって帰ってこいと指導する。

村上さんの小学校の時の愛読書が、以前あらすじを紹介した「君たちはどう生きるか」だったと。

漫画 君たちはどう生きるか
羽賀翔一
マガジンハウス
2017-09-19



古賀さんは麻布高校のPTAで講演して、アジアの大学のランキングを示し、「優秀なお子さんだったら、シンガポール大学か清華大学か北京大学を目指してください」というのだと。

実際、古賀さんは30歳になる長男には、外資系の会社に勤めて、いずれ自費でアメリカでMBAを取り、そのままアメリカで就職しろと、ずっと言い続けているのだと。

村上さんは、日本には移民を増やすことが必要なことは、人口動態から明らかなので、アメリカの様な市民権を入口に問題を提起しようと思っていると語る。

古賀さんは、ドイツの例を紹介している。ドイツは移民を経済を支える人材とみなして、ドイツ語教育や職業訓練に力を入れ、フォルクスワーゲンなどの大企業も政府に移民受け入れを強く訴えた。だから、今や移民はドイツ経済の成長を支える重要な存在になってきている。

どちらも東大法学部出身、どちらも安倍政権から敵視されていることもあり、議論がかみあって面白い。

安倍政権を評価する上で参考になる本である。

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Posted by yaori at 00:00Comments(0) 政治・外交 | 古賀茂明

2020年07月17日

コロナウイルス対策 東大児玉龍彦名誉教授の参議院での緊急提案

2020年7月17日再掲:

コロナウイルス対策の関係で、筆者がこれまで注目してきた東大先端研の児玉龍彦名誉教授が、休会中の国会の参議院予算委員会で、東京でコロナウイルスの震源地(エピセンター)が発生しており、今すぐに対策を打たないと、東京はミラノやニューヨークと同じことになり、来月には目を覆う様な惨状になると声を震わせて訴えた。

そして新宿区を対象に20万人規模のPCR検査を、大学や研究機関も巻き込んで、すぐに実施して、現在の最大の問題である無症状の感染者を洗い出すことを予算見積もりも添付して、参議院予算委員会で提案した。



児玉名誉教授と金子勝さんの対談は、YouTubeの「デモクラシータイムズ」で2週間おきくらいに更新されており、毎回注目して見ている。



本当にすぐにエピセンターを抑え込まないと、日本が感染爆発を起こす。児玉名誉教授が言うように、リーダーを決めて、すぐに対策にあたる必要がある。そのための10兆円の予備費のはずだ。


2020年5月13日再掲:

5月13日現在のJohns Hopkins大学のコロナダッシュボードを追加しておく。なんと、たった1ヶ月間で、世界の患者数は2.2倍、死者数はほぼ2.4倍、米国での検査数は3.3倍になっている。

米国の検査数が月間670万件にも急上昇しているのは、経済再開のための準備だろうが、他の多くの国では、患者数が1ヶ月で倍以上に増えて医療崩壊が起こり、それが患者の増加率を上回る死者の増加につながっているのだろう。

JHU corona dashboard
















依然として、コロナウイルスの感染は収まっていない。日本では、緊急事態宣言の緩和が検討されているが、たとえ緩和されたにしても、不要不急の外出を控える「STAY HOME」、マスク着用、ソーシャルディスタンシングなどの各自の自分と回りの人を守る対策は継続が必要だ。



ロックダウンが緩和されたマレーシアの状況をGACKTがYouTubeにアップしている。日本も、いずれこの様に緩和されていくのだろう。

GACKTもマレーシア政府の対応が早かったことを語っている。人口3千万人強のマレーシアの患者数は7千人弱、一方、隣の人口6百万人弱、人口がマレーシアの1/5のシンガポールの患者数は、この1ヶ月で、外国人労働者を中心に急増して25,000人弱。あくまで現時点での評価だが、コロナ対策の成功と失敗がきわだつ結果となっている。




2020年4月14日再掲:

世界中が新型コロナウイルスのために、大変な事態になっている。世界の感染症研究のトップである米国のJohns Hopkins大学では、コロナウイルスダッシュボードとして、全世界の患者数、全世界のコロナウイルスによる死者数、全米の検査数を常時更新して公表している。

Johns Hopkins Univ Corona Dashboard

















出展:Johns Hopkins大学コロナダッシュボード

こんな中で、「コロナの女王」として毎日テレビに登場するのが白鴎大学教授の岡田晴恵さんだ。

スタイリストをつけているのだろうが、大学の研究者というよりは、だんだん芸能人の様な風貌に変わってきているので、「コロナの女王」と揶揄されているのだと思う。

コロナウイルス




















出展:Wikipedia

しかし、筆者も忘れていたが、2009年の新型インフルエンザ騒ぎの時も、第一線の研究者としてテレビ出演し、また、多くの本を出しており、感染症研究の第一人者であることは間違いない。

次は、2009年の新型インフルエンザの時の岡田さんのハンドブックだが、それがコロナウイルス対策でも当てはまる。筆者自身も再確認の意味で、2009年のあらすじを再掲する。薬のところで、タミフル、リレンザをアビガンと読み替えれば、ほぼそのままコロナウイルスにも適用できる内容である。


2009年9月13日初掲:
新型インフルエンザ完全予防ハンドブック (幻冬舎文庫)新型インフルエンザ完全予防ハンドブック (幻冬舎文庫)
著者:岡田晴恵
販売元:幻冬舎
発売日:2009-05-22
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


会社で全社員に配布されたので読んでみた。


著者の岡田晴恵さんは新型インフルエンザの第一人者

著者の岡田晴恵さんは、感染免疫学の専門家で、ドイツマールブルク大学ウィルス学研究所客員研究員、2009年4月まで国立感染症研究所で研究員として勤務していた経歴を持つ。

新型インフルエンザについては岡田さんは多くの著書を出しており、日経BPがやっているSafety Japanというサイトに、インフルエンザについてのインタビューが掲載されている。

岡田さんは小説も含めてあまりにも多くの著作を短期間に出版し、テレビにも頻繁に登場したりして国民のインフルエンザに対する不安を煽って儲けている様な形となっているので、保健所の現役医師が書いているという新型インフルエンザ対策の達人というブログなどでは批判されている

しかしたとえ国立感染症研究所の新型インフルエンザ担当官ではなくても、新型インフルエンザについて医学的な見地から、素早くいろいろな著書を出して、警鐘を鳴らすという意味では注目されてしかるべき人だと思う。

この本では最も恐いH5N1型の強毒型鳥インフルエンザの潜在的危険や、今年4月に発生し、現在流行しているH1N1型弱毒性豚インフルエンザ(新型インフルエンザ)の特徴などをわかりやすく説明している。


すべては元々鳥インフルエンザ

新型インフルエンザは元々はすべて鳥インフルエンザで、ウィルスの変化により人に感染するようになったものが新型インフルエンザだ。

鳥インフルエンザは強毒型と弱毒型の2つあり、現在はやっているH1N1新型インフルエンザは豚インフルエンザから発生した弱毒型で、人の呼吸器にのみ感染する。しかし強毒型のH5N1鳥インフルエンザだと、罹った鳥は1〜2日でほぼ100%死に至るという恐ろしい毒性だ。


ウィルスの構造

ウィルスの構造について簡単に解説している生物史から、自然の摂理を読み解くというブログを見つけたので紹介しておく。

ウィルスの構造

インフルエンザウイルス構造






出典:生物史から、自然の摂理を読み解く

H1N1ウィルスの電子顕微鏡写真

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出典:国立感染症研究所ホームページ

上記の図で、NA(ノイラミニダーゼ)という釘の頭のようになった突起と、HA(ヘマグルチニン)という針の先のような突起の2種類のタンパク質の違いによって、HAはH1〜H16の16種類、NAはN1〜N9の9種類あり、これらの組み合わせでウィルスの種類が144種類ある。


スペインかぜの大流行

過去最も流行した新型インフルエンザは1918〜1920年のスペインかぜで、当時の世界の人口18億人のうち、5〜10億人が感染し、死者は4,000〜8,000万人。日本の人口5,500万人のうち感染発症者は2,300万人、死者は38〜45万人と言われている。

今年流行している新型インフルエンザは、ほとんどの人が抗体を持っていないため、ウィルスにさらされれば感染しやすく、特に心臓、呼吸器、腎臓等に疾患を持っている人や、糖尿病や血液の持病のある人は重症化しやすいハイリスク者だとされている。

新型インフルエンザは一旦発生すると1〜2年間大流行して、ほとんどの人が免疫を持つようになると、次の新型インフルエンザが出てくるまで”季節性のインフルエンザ”になるというパターンが通常だ。

新型インフルエンザの症状は季節性のインフルエンザと同じく、発熱(38度以上)、筋肉痛、腹痛、咳、たんなどで、免疫がないので飛沫感染と接触感染による感染力が強く、潜伏期間からウィルスを外に出すので、自覚症状のないまま感染を広げてしまうという特徴がある。

通勤電車やバスなどで他人との近接は避けられないので、一旦流行すると感染拡大を防ぐことは不可能となる。

厚生労働省の発表した新型インフルエンザの流行予測では、ワクチンやタミフルを使用しないという条件では、国民の1/4、3,200万人が発症し、入院が53万人から200万人、死者が17万人から64万人となっているが、これだけの発症者がでると医療機関の現場がマヒし、多くの労働者が罹患することで社会インフラに影響が発生し、食料品などの流通にも影響が出る可能性がある。


新型インフルエンザ対策

新たにワクチンをつくるには半年から1年かかるといわれ、一旦広まったら急速に全国に拡大する。国立感染症研究所のサイトでは、パンデミック2009と題して新型インフルエンザの流行状況の地図などの情報を公開している。

9月11日現在の東京都の注意報レベルを越えている保健所数はゼロとなっている。

流行が起きたら、国、自治体、医療機関、企業・学校、家庭・個人がそれぞれの役割を果たし、流行のスピードを遅らせて社会機能を守ることが重要だと岡田さんは語る。

具体的には個人の対策は人と接触しないこと、人混みは避けること、国や企業などは外出を制限することだという。


外出制限が最も効果がある

次がこの本の50−51ページに掲載されている国立感染症研究所の資料から1918年のスペインかぜのフィラデルフィアとセントルイスの死亡率の推移だ。外出や集会の禁止、大規模施設の閉鎖をおこなったセントルイスと、対策が遅れたフィラデルフィアでは大きな差が出ており、外出の制限が被害拡大を防ぐ有効な手段であることが歴史的にも証明されているという。

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出典:本文50−51ページ


新型インフルエンザの予防

予防対策の決め手はワクチンだが、ワクチンの製造は時間が掛かるので、今年の新型インフルエンザについては最初は医療機関従事者などに優先して投与される見込みだ。

家庭で出来る対策としては、感染防止用品、日常品、薬、食料等の備蓄、たとえばいつもは10キロずつ買う米を20キロにして、10キロ常に備蓄することをすすめている。

この本では役割別に、父(会社員)、母(パート)、娘(中学生)、祖母(別居)という家族構成や、一人暮らしのサラリーマン、一人暮らしの老人(持病の薬は多めに貰っておく)などといった設定で、新型インフルエンザの発生の各段階での行動計画をまとめている。

個人としてできることは次の4点だ。

1.できるだけ外出しない。(通学しない、通勤しない、買い物をひかえる)

2.いきなり病院に駆け込まない(かかったかなと思ったら、病院で受診する前に保健所に電話して指示を受ける)

3.外出するときはマスク、ゴーグル、めがねなどを着用する。人混みを避ける。(電車・バスをやめて徒歩、自転車)

4.こまめに手洗い、うがい、洗顔をする。

この本では緊急時連絡用リストまで含まれており、こども用にひらがなで父母が寝ているというシーンを想定した電話のかけ方が掲載されている。


感染した場合

岡田さんはまずは家族全員の体温を毎日測ることをすすめる。感染すると3日ほどの潜伏期間の後に、38度以上の発熱から症状が出るのだと。

症状は38度以上の発熱、倦怠感、筋肉痛、腹痛、下痢、咳、たん等で、悪化すると呼吸困難などの肺炎の症状が出てくる。

そして感染の疑いがある場合にはいつもの病院に行くのではなく、保健所に連絡して指示を受け、家族の誰か一人が感染したら、家族全員が感染したものとして行動する必要がある。

新型インフルエンザに罹った後は、タミフルリレンザの抗インフルエンザ薬が有効だが、特効薬ではない。またタミフルは発症後早く使用するほど効果が高く、48時間以内に服用を開始しないと効果が低くなるという。

熱が出て我慢していると、悪化してからタミフルを飲んでも効果がない場合があるのだ。

家族の看病も通常のインフルエンザとは異なり、看病する人が感染しないようにマスク、ゴーグルを着用し、空気感染を避けるために部屋のウィルス濃度を下げるために換気や加湿器などが有効だ。

シャープやダイキンのウィルスを除去する空気清浄機も売り切れて予約販売となっているようだ。

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daikin hikari





出典:ダイキンホームぺージ

関連リンクでは全国保健所長会の新型インフルエンザ対策ページなどが紹介されている。


最後に岡田さんは「知識のワクチン」ということで、新型インフルエンザの正しい知識を持つことが、自分や家族を守る事につながると語る。

煎じ詰めると、人混みを避ける、マスク、手洗い、うがいという当たり前の対策になるが、当たり前のことを当たり前にやることの重要性が理解できた。

100ページほどの本で、画も多く、簡単に読める。大流行が目前に迫っていることでもあり、是非一読をおすすめする。

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Posted by yaori at 17:25Comments(0) 医療 | 趣味・生活に役立つ情報

2020年07月11日

東京ブラックアウト 原発ホワイトアウトの続編

東京ブラックアウト
若杉 冽
講談社
2014-12-05


2014年にあらすじを紹介した「原発ホワイトアウト」の続編。



小説のあらすじは詳しく紹介しない主義なので、前回のあらすじでは、はっきり書かなかったが、「原発ホワイトアウト」では、北朝鮮の秘密工作員と元関東電力社員の不満分子が、爆弾低気圧の猛吹雪の中で、「新崎県」にある「新崎原発」からの高圧送電線の鉄塔を爆破する。

新崎原発は緊急停止するが、福島第1原発の時と同様、非常用電源が吹雪のため稼働せず、バックアップ用の電源車も積雪と道が凍って動かせず、結局最新鋭の6号炉と7号炉が、メルトダウンを起こし、燃料プールの使用済み核燃料も巻き込んで爆発する。

フクシマ50の様に、爆発前に決死隊が冷却用電源を動かすべく現場に向かうが、爆発に巻き込まれてしまう。



格納容器爆発の結果、半径170キロ圏内は年間50ミリシーベルトの強制移住レベルとなり、関東を中心とした地域は人が住めなくなり、混乱で多くの人命が失われ、首都は京都へ移転するというストーリーだ。

この本の中心は、電力業界の団体がつくりあげた、電力業界が外部に発注する年間5兆円から、上前をはねて、年間2000億円という規模とした「電力モンスター・システム」だ。

「モンスター・システム」は、与党と野党の代議士、落選した代議士、地方の首長、地方議会議員、はては町の自治会長や町内会長に至るまで、電力業界が有利になるように、政治資金として幅広くばらまく。

さらに、テレビやマスコミでは電力業界に有利な広告を大量に流し、反原発のタレントは干し、多数の元検針員に「市民の声」としてネットやマスコミに投稿させ、電力業界が有利なように世論を誘導しているという構図だ。

国からも、原発歓迎の地元には、巨額の電源立地交付金も、新幹線も、高速道路も来るというのが日本の政治のお作法だという。

電力業界の目標は、仝業再稼働、∩配電網分離阻止、E杜肋売り自由化の骨抜きだ。そして、新崎原発爆発事故の後も、電力業界は次のメモの様な政策の実現を目指すというストーリーだ。

東京ブラックアウト










































出典:本書217ページ

最終的に、日本はゴーストタウン・無法地帯と化した関東地方で、世界の核廃棄物の中間貯蔵施設(50年間保存)をつくって外貨収入を獲得するのだと。

2度の原発事故を憂慮された天皇や安倍首相夫人と思われる人物、小泉元総理の反原発運動などもプロットとして描かれている。

山本太郎元議員が園遊会の時に、天皇に請願書を渡したことをふまえ、そんなことをしなくても、内閣官房宛に送れば、憲法16条に基づく天皇への正式な請願は可能だとして、今上天皇への請願の正式な送付先を、この本の最後に記載している。

〒100−8968 東京都千代田区永田町1−6−1 内閣官房内閣総務官室

筆者は、たまたま原子力規制委員会が入っている六本木ファーストビルで仕事をしている。そんなこともあって、この小説はフィクションではあるが、すごく現実に近いと感じた。

現在稼働中の原発は次の通りだ。

稼働中原発





















出典:ウェブ

この本を読む前に池上さんの、「池上彰が読む小泉元首相の『原発ゼロ』宣言」も読んで勉強した。




原発がなくても、日本はやっていけるということは、既に3.11以降の何年かで証明されている。現在は安全基準に達した9基(うち4基は裁判で停止中)の原発だけ動いている。原発を動かせば、電力会社には1000億円単位の利益が出るので、電力会社は原発稼働に積極的だが、この小説や、池上さんの本を読むと、本当に日本で原発が必要なのか考えさせられる。

この本の後半は、原発メルトダウン・爆発後の、人が住めなくなった関東での大混乱と多数の死者発生を描くホラーとなっている。現実に起こらないと言えないところが怖いところだ。

著者の若杉冽さんは、現役の官僚で、国会議員、高級官僚、電力業界の業界団体の代表など、登場人物は、いかにも本当にいそうなリアルなキャラクターに描かれている。

娯楽小説というわけではないが、もしフクシマ級の事故が再度起こったら日本はどうなるかをシミュレーションした小説として大変参考になった。

このブログで紹介した「原発ホワイトアウト」のあらすじも参考にして、原発問題を再度考えてみることをお勧めする。

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Posted by yaori at 00:00Comments(0) 小説 | 原発問題

2020年07月09日

池上彰の世界の見方 朝鮮半島 朝鮮半島情勢を理解するために



+++今回のあらすじは長いです+++

池上彰さんの「世界の見方」シリーズの朝鮮半島編。中田敦彦さんのYouTube大学でも取り上げられていた(次の第1回講義の25:20頃に池上さんの本の紹介がある)。





「世界の見方」シリーズは、現役高校生に対する授業をまとめたもので、今回は都立西高の生徒への講義録だ。「内在的論理」として、その国について筆者もこれまで知らなかったドライビング・フォースが紹介されていて参考になる。

いくつか紹介すると。

★北朝鮮建国の父、「偉大な領袖・金日成同士」と呼ばれる金日成の実像と公式伝記の比較表が参考になる。本名・金成柱が、ソ連の後ろ盾もあり「抗日運動の英雄・金日成」を名乗る。

金日成実像














































出典:本書63ページ

★農業のことを知らない金日成は、毛沢東の大躍進政策と同じような大間違いの農業政策を指示する。それにより、トウモロコシ栽培用の段々畑をつくるために、北朝鮮の山の木は切り倒されて、はげ山となり、洪水が頻発した。栽培したトウモロコシは悪天候に弱く、収穫できず、飢饉が発生した。また、洪水により運ばれた土砂は、北朝鮮の良好な近海漁場を埋め、沿岸漁業も壊滅状態になるという最悪の結果をもたらした。

★韓国にも建国神話がある。1910年の日韓併合後、1919年3月1日に朝鮮半島で200万人が日本の支配に反対して暴動を起こしたが、朝鮮総督府に制圧される(「3.1独立運動」。その後、日本統治反対派が上海に逃げ、中華民国の支援を得て「大韓民国臨時政府」を組織する。この抗日運動で日本と戦った「大韓民国臨時政府」の正当な後継者が「大韓民国」なのだと。

★1965年朴正煕大統領との間で「日韓基本条約」と「日韓請求権並びに経済協力協定」が締結される。締結後、日本は3億ドルの無償供与と2億ドルの借款を実施した。これが「漢江の奇跡」と呼ばれる韓国の経済復興に役立った。日本と韓国は一度も戦争をしていない。だから賠償金ではなく、経済協力で支援するという建前をとったのだ。これにより日本側は請求権問題は、「完全かつ最終的に解決した」という立場を取っているが、請求権協定には、「この協定をめぐって何か意見の相違があった時には、再び交渉する」という項目も入っているという。

★韓国の憲法裁判所が、李明博大統領時代に、慰安婦問題で日本と交渉しないのは憲法違反であるという判断を出しているので、韓国の政治家としては、それに従わなければならないのだと。池上さんは、少し突っ込んで慰安婦問題はどの国の軍隊にもあったこと、ソ連はスターリンの指示で、慰安婦を用意しなかったので、ソ連兵は占領地すべてで強姦・略奪と狼藉の限りを尽くしたことなどを説明している。

★池上さんは、ナチスの被害にあった国とドイツとの間では、「許そう、しかし忘れない。」という関係があるのだと。かつて、シンガポールのリー・クアンユーも同じように語った。日本と韓国も、将来的にそう言ってもらえるような関係が望ましいのだろうと池上さんは語っている。

★1960年代のスターリン批判後の中ソ対立とキューバ危機により、北朝鮮は自国は自国で防衛するという決意を固め、核兵器とICBM開発を始める。キューバ危機で、ソ連はもし核戦争の危険が迫ると、自国が大切で、周りの国を見捨てるので、いざ核戦争になった時に守ってくれる保証はない。だから、自分で守るのだと。

★金日成死後、金正日が引き継いだ後は、「先軍政治」というスローガンを掲げ、すべてにおいて軍が優先し、北朝鮮はテロ国家そのものだった。この本では、「1968年の青瓦台襲撃未遂事件」、「1983年のラングーン事件」、「1987年の大韓航空機爆破事件」、「1996年の北朝鮮潜水艦座礁事件」、日本人拉致事件、「よど号ハイジャック事件」が紹介されている。

ちなみに、池上さんは言及していないが、青瓦台襲撃未遂事件に対する韓国の報復工作が映画「シルミド」で取り上げられている1971年の実話だ。

シルミド/SILMIDO [DVD]
ホ・ジュノ
アミューズソフト
2006-06-23


この時期、1970年には「金大中事件」も起こっている。韓国も無茶なことをしている時代なのだ。

★日本人拉致事件

この本では、日本政府認定の17人の拉致被害者リストを掲載している。北朝鮮が入国を認めていない人もいるし、横田めぐみさんなど、既に死去していると北朝鮮が主張している人もいるが、決して忘れてはならないリストだ。

日本人拉致被害者









































出典:本書142ページ

★韓国の若者が、腐敗した李承晩政府を倒した1960年の「4.19革命」が、歴史的な成功体験となっている。

不正選挙に怒った大学生・高校生数万人が大統領官邸を包囲、抗議のデモを行う。運動は全国に広がり、李承晩は警官隊を導入、4月19日だけで、全国で186人が射殺され、6000人を超える負傷者が出た。政府は戒厳令を発令、軍隊の出動を要請するが、軍隊は動かず、李承晩はハワイに亡命した。これが「4.19革命」だ。

この本では、韓国の歴代大統領のリストが掲載されている。李明博元大統領と、朴槿恵前大統領については、それぞれ著書や関連書のあらすじを紹介しているので、参照願いたい。

大統領退任後逮捕されたり、自殺したりと、受難者のリストの様だ。

歴代韓国大統領










































出典:本書188ページ

★テレビの取材で2回北朝鮮に行ったことがあるという池上さんの体験談が面白い。10年ほど前にピョンヤンに行き、6年ほど前には軍事境界線近くの開城(ケソン)まで行ったという。

北朝鮮は、基本的には旅行者にはピョンヤンしか見せない。ピョンヤンは、映画のセットの様な街だという。表向きは高層ビルが立ち並ぶ都会だが、裏に回ると壁もちゃんと塗ってなかったりする。

必ず2人の案内人がつき、25階建ての高層アパートに案内されたという。

ピョンヤン市内








出典:Wikipedia

★エレベーターは、外国人に見せるためだけに運転しており、住民は普段は階段で上り下りする。取材した高層アパートの住人に、テレビディレクターが「水道の水は出ますか」と失礼な質問をしたので、池上さんはドキッとしたが、奥さんは「水は出ますよ。一日2回」と答えたという。

外国人が宿泊できるホテルは2か所しかなく、部屋は壁の片方が全面鏡張りになっている。マジックミラーで常時監視されているのだ。

★北朝鮮では国民を階層分けしており、最上位は「核心階層」(25%)で、政権に対して忠実な人たち、「核心階層」だけがピョンヤンに住める。次は「動揺階層」(55%)で、インテリや日本からの帰国者など。体制に忠誠を誓っているが、必ずしも信用できないので、監視対象。

下位が「敵対階層」(20%)で、日本統治時代に日本に協力していた人たちとその子孫、元大地主などで、特別監視対象であり、僻地への強制移住、配給停止(ピョンヤン以外の地方には配給はない)などを強いられており、飢饉で餓死する人はこの階層が多い。現在は、これら3つの階層をそれぞれ、64以上にさらに細かく分けているという。

★朝鮮戦争が勃発し、北朝鮮が攻めてきて、一気にソウルを占領し、韓国軍・米軍が釜山付近に押し込まれた原因の一つは、北朝鮮軍はソ連から貸与された250両の戦車があったが、米軍は山の多い地形の韓国には不適だとして、戦車は一台も配備していなかったことだった。

朝鮮戦争に関しては、ドキュメンタリー映画がYouTubeで公開されている。前編後編で90分の映画だ。





★ソウルにある米軍基地は、北朝鮮に近いソウルの北側にあって、いわば防衛線のようになっていたが、ジョージ・W. ブッシュ大統領の時に、ソウルの南側に移転した。当初は、北朝鮮の攻撃があったら、まっさきに米軍に死者が出るので、それが国内世論を盛り上げて米軍が参戦しやすいという「トリガー理論」(たとえば「リメンバーパールハーバー」、「リメンバーアラモ」といったのが有名だ)に基づいていた。

★朝鮮半島の核危機

当時は筆者も全く知らなかったが、クリントン政権時代の北朝鮮の核施設への攻撃計画のことが明かされている。北朝鮮は、自国の電力供給不足解消のために原子力発電を導入するという名目で、1985年にソ連から黒鉛炉型原子炉を導入。購入の条件は「核拡散防止条約」(以下「NPT」=Non- Proliferation Treaty)への加盟だったが、北朝鮮はIAEAの査察を拒否、世界各国の圧力で、ようやく1992年にIAEAの査察を受けたところ、使用済み核燃料からプルトニウムを密かに精製していた痕跡が見つかった。

もとから、電力供給が目的ではなく、自国は自国で守るという方針のもと、核爆弾を作る目的だったのだ。北朝鮮は1993年に「NPT」からの脱退を表明。危機感を抱いたクリントン政権は、北朝鮮の核施設に対する限定的な攻撃を計画する。当然北朝鮮は反撃するので、ふたたび挑戦半島が戦場になる可能性があるので、このとき在韓米軍兵士の家族を避難させている。当時NHKにいた池上さんは、もしかしたら戦争が始まるかもしれないという危機感を持って米国の出方を注視していたという。

日本では、ちょうど1993年7月の総選挙で、自民党が過半数を割り、野党に転落、その後、細川護熙政権、羽田孜政権を経て、自社さ連立の村山富市政権となって、驚天動地のまっただ中だったので、朝鮮半島のことはほとんど報道されなかった。

北朝鮮からの反撃があった場合の損害を推定させたところ、戦争開始から3ケ月以内に、米軍兵士5万2千人、韓国軍兵士49万人が死傷するという報告が出され、加えて多数の民間人も犠牲になるので、クリントン大統領は頭を抱えた。

そこで、ジミー・カーター元大統領を大統領特使として、北朝鮮に派遣して、金日成主席との会談で、北朝鮮は、核開発中止、「NPT]復帰の約束をし、黒鉛炉を廃棄する見返りとして、軽水炉の提供や以後北朝鮮に毎年食料と、火力発電用の50万トンの重油を供与することを約束した。

金大中政権の韓国も「太陽政策」として多額の資金を援助した。

北朝鮮は、この合意に沿って、黒鉛炉を廃炉にして、プルトニウム型の原子爆弾を作ることはやめたが、もう一つの原子爆弾の作り方であるウラン濃縮型の核開発をパキスタンから技術を得てひそかに進める。インドに対抗して核兵器を持っているパキスタンに北朝鮮はミサイルを売っており、密接な関係があるのだ。

ウラン濃縮型だと、ウラン鉱石は北朝鮮にもある。原子力発電所の建設は不要で、地下にウラン濃縮工場をつくってそこで秘密裏に核兵器用のウランを製造すればよい。原子爆弾については、「日本は原子爆弾をつくれるのか」のあらすじを紹介しているので、参照して欲しい。



2002年になって米国がこのことを突き止め、ケリー特使を派遣すると、北朝鮮はウラン濃縮型の核開発を認め、翌2003年に「NPT]を脱退する。

米国、ロシア、中国、日本、韓国は北朝鮮を入れた6カ国協議を始めるが、それからは北朝鮮のやり放題だ。

2005年に核兵器保有を宣言。
2006年に初の地下核実験を実施。平行して長距離弾道ミサイルの発射に成功。
2009年に二度目の核実験を実施。
2013年に三度目の核実験を実施。
2016年に四度目(水爆実験に成功したと発表している)、五度目の核実験を実施。
2017年に六度目の核実験を実施。
2018年に最初の米朝首脳会談がシンガポールで開催される
2019年に二度目の米朝首脳会談がベトナムのハノイで開催される
2019年に板門店で、米、韓、北朝鮮の首脳が会談

世界をだまして結局核兵器を持った北朝鮮の金一族は、これで一族安泰とほくそ笑んでいることだろう。核兵器を持った北朝鮮の金正恩は、選挙対策で外交の実績を欲しがる米国のトランプ大統領を手玉に取り、自信をもって、強気で交渉していることがわかる。

池上さんは、金一族の家系図を掲載している。

金一族家系図
























出典:本書215ページ

驚くのは金正恩の冷血さだ。金正日葬儀の時に金正恩と一緒に棺を運んだ体制トップ7人のうち、5人が2年後には粛清または更迭されている。

特に、上記の家系図にもある張成沢の処刑には、池上さんも衝撃を受けたという。張成沢は金正恩の叔父さんで、実質No.2と見られていたが、あっさりと銃殺された。張成沢は、金正日体制に替わった時、秘密警察組織を指揮し、1万人を処刑し、2万5千人を強制収容所に送ったといわれている。

テレビで放映されたマレーシアのクアラルンプール空港でのVXガスによる異母兄金正男暗殺も衝撃的だった。

次が池上さんがまとめている世界の核保有国リストだ。

核保有国と弾頭数









































出典:本書226ページ

核保有国に仲間入りし、金一族の独裁政治を維持するためには、身内も殺すという冷血な指導者が支配している国。そんな北朝鮮にまともに付き合えるとは思えないが、池上さんは当事者同士の話し合いで、核兵器非保有に合意したブラジルとアルゼンチンや、南アフリカなどの例を出して、核兵器の拡散を止めることは無理だと考えないほうがいいと高校生たちに力説する。

最後に民族差別につながる「朝鮮人だから」とか「韓国人は」とか偏見を持たないよう生徒に注意して、池上さんの講義は終わる。

この本を読んでいると、池上さんの知識の広がりは、どれだけあるんだと驚かされる。世界各地に、たとえば北朝鮮には2度行っているという池上さんの実地体験も貴重だ。

高校生向けの講義なので、質疑応答形式で進めていてわかりやすい。他の「世界の見方」シリーズも読んでみようという気になる本である。


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Posted by yaori at 15:01Comments(0) 池上彰 | 韓国

2020年07月08日

超訳 日本国憲法 池上彰さんの憲法解説

2020年7月8日再掲:

以下で紹介した池上彰さんの「君たちの日本国憲法」という高校生への授業をまとめた本を使って、中田敦彦さんが、日本国憲法に関する講義をしていたYouTube大学の動画は現在「非公開」になっている。

そのため、以下のあらすじでもYouTubeのリンクを削除した。

チャンネル登録260万人を超えた中田さんのYouTube大学にも、池上さんが「これが日本の民主主義」で書いている様に、安倍政権のメディアコントロールの網がかかり、「ご説明に上がりたい」という連絡が来たのかもしれない。

以下で示す通り、アマゾンの「君たちの日本国憲法」のサムネイルの帯には、YouTube大学で取り上げられた旨が宣伝文句で載っており、これはどうするのかと思う。

ともあれ、何かが起こったことは間違いないので、YouTubeのリンクなしのあらすじを再掲する。


2020年7月2日初掲:

超訳 日本国憲法 (新潮新書)
池上 彰
新潮社
2015-04-17


池上彰さんの日本国憲法の逐条解説。

中田敦彦さんのYouTube大学で、同じ池上彰さんの「君たちの日本国憲法」という高校生への授業をまとめた本を使って、憲法改正についての講義をしていたので、同系列の本として読んでみた。(2020年7月8日追記:YouTube大学の動画は現在「非公開」になっている)。

君たちの日本国憲法
池上 彰
ホーム社
2019-02-26



筆者は、憲法はリベラル派の小林直樹先生の授業を受けた。このあらすじを書くに際して、小林直樹先生のことを検索したら、2020年2月に98歳で亡くなったことを知った。憲法の教科書の他に、岩波新書の「憲法第九条」や「憲法を読む」などの著書を残している。

憲法第九条 (岩波新書)
直樹, 小林
岩波書店
2002-09-20


学生の時に勉強したとはいえ、その後50年近く経っているので、うろおぼえで、再度勉強するのに憲法の全条文を細かく解説してくれるこの本は大変役にたった。

池上さんは、日本国憲法に関して何冊も本を書いているので、「池上彰の憲法入門」という本もあわせて読んでみた。「憲法入門」では、日本国憲法制定のいきさつや、「芦田修正」などを紹介している。




おさらいのために、経緯を見直しておくと、
・1945年8月15日に日本がポツダム宣言を受け入れて無条件降伏
・1945年10月にマッカーサーが日本の幣原喜重郎首相に憲法の自由主義化を要求
・1946年2月1日に日本側の「憲法改正政府試案」が毎日新聞にリーク。これは大日本帝国憲法と大して変わらず、国民主権、基本的人権、平和主義などの原則が入っていなかったので、マッカーサーが激怒。
・1946年2月3日にGHQ民政局のケーディス大佐以下25名に日本国憲法の草案作成を指示
・1946年2月10日に草案が完成し、マッカーサーが筆をいれ、12日に最終案が完成
・1946年2月13日に日本国憲法の草案が日本側に提示される
・1946年3月4日に日本側が手直しした草案を基に、日米合同委員会で検討し、3月5日に正式な日本国憲法草案が完成。この際、2院制となり、アメリカ側の「土地はすべて国のもの」という案は削除された
・1946年3月6日に憲法改正草案要綱が正式発表される
・1946年4月10日女性投票権も認められた戦後初めての衆議院選挙が行われる
・1946年6月20日帝国議会で「大日本帝国憲法改正案」が審議され、「芦田修正」が入る。衆議院で一部修正・可決、貴族院で一部修正・可決、枢密院で可決される
・1946年11月3日(旧明治節)に日本国憲法公布
・1947年5月3日 日本国憲法施行

芦田修正」とは、衆議院憲法改正案特別委員会で検討された際に、当時の自由党芦田均委員長によって、2か所が大きく修正された。その部分は次の赤字になっている部分だ。(語句の細かい修正は省略)

第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

その後、1957年になって、芦田さんは、日本が自衛のための力を持つことができるように憲法を修正しておいたと説明した。

つまり、「前項の目的を達するため」という表現が入ったことで、無条件に武力を捨てるのではないことが明白になったのだと。

元々マッカーサーが指示した条件には、「自国を守るための戦争も放棄する」とあったのを、草案作成リーダーのケーディス大佐が、自衛の戦争まで放棄するのは非現実的と考えて削除したという経緯がある。

その後、朝鮮戦争が起こり、日本在留の米軍が国連軍として韓国に行き、その真空地帯を埋めるべく、警察予備隊が組織され、現在の自衛隊につながるのは周知の事実だ。

池上さんは、安倍内閣が内閣法制局長の首をすげかえるというやり方で、集団的自衛権についての解釈を変えたことについて、わざわざ「集団的自衛権と日本国憲法」という一章を設けて解説している。

集団的自衛権は国連憲章第51条で規定がある。「国連加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。(後略)」。

これについて、内閣の憲法解釈に責任を持つ内閣法制局は、「国家である以上、日本も自衛の権利は持っているし、集団的自衛の権利も保有している。しかし、集団的自衛権は行使できない」という判断をとってきた。いわば、「持っているが使えない」というものだ。

日本国憲法第9条は、「武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」としている。集団的自衛権は、自国が攻撃されていなくても仲間の国を助けることだから、「国際紛争を解決する手段」としての武力の行使に該当する。これは憲法違反の行動になってしまうから、「持っていても使えない」という論理だ。

これを安倍内閣は、「パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、大量破壊兵器などの脅威等により我が国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況を踏まえれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であったとしても、その目的、規模、態様等によっては、我が国の存立を脅かすことも現実に起こり得る。」

「こうした問題意識の下に、(中略)我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った。」ということで、憲法解釈を変えた。

実質的な憲法の改正にあたる「解釈改憲」だという批判がおこったが、安倍首相は、「私が政治の最高責任者。私が決めることができる。反対なら、次の選挙で政権交代させればいい」と言ったと。

これが「民主主義のジレンマ」だと。2012年の衆議院選挙で、国民は民主党から自民党への政権交代を実現させた。安倍首相が開き直って言っているように、選挙で勝つことにより、政権政党がやりたいことをやる可能性もある。選挙はそんな性格を持っている。

当時のテレビで、安倍首相が集団的自衛権の必要性を強調する説明のなかで、「日本人母子を保護した米軍の艦船が攻撃された場合、自衛隊は米国の艦船を守ることをみとめるべきだ」と主張していたことを思い出す。

集団的自衛権の説明




















出典:Huffingtonpost

ところが、アメリカ国務省領事局のウェブサイトを見ると、「緊急時にアメリカが救出するのは米国籍の市民を最優先する」と書いてあり、さらに、「市民救出のために米軍が出動するというのは、ハリウッドの台本だ」とも書いてあると。だから、安倍首相の「米軍が日本人の母子を救出」というのは、二重にあり得ない設定なのだと。

感情論に訴えて自己の主張を通そうとする、よくある手法なのだと池上さんは語る。

池上さんは、「これが日本の民主主義」という本でも、安倍政権を批判している。特に安倍政権のメディアコントロールについては、池上さんが批判すると、ご説明に上がりたいという連絡が来るという。

これが「日本の民主主義」!
池上 彰
ホーム社
2016-10-26


安倍政権の締め付けで、メディアが骨抜きにされていることは、内閣から敵視されている東京新聞の望月衣塑子さんが「権力と新聞の大問題」で語っている。

権力と新聞の大問題 (集英社新書)
マーティン・ファクラー
集英社
2018-06-15


最後に池上さんは、北朝鮮の憲法、中国の憲法、米国の憲法も比較のために簡単に紹介している。

北朝鮮の憲法の前文で、「朝鮮民主主義人民共和国は、偉大な領袖金日成同士と偉大な指導者金正日同士の思想と指導を具現した主体(チュチェ)の社会主義祖国である。」としている。

北朝鮮はソビエトの支配下で独立を達成したが、北朝鮮の公式見解では。金日成率いるパルチザンが日本軍を敗北させ、独立を勝ち取ったことになっている。

北朝鮮では、朝鮮労働党が憲法より上位にある。

北朝鮮の憲法では、「全ての公民に真の民主主義的権利と自由、幸福な物質・文化生活を実質的に保障する。公民は、言論、出版、集会、示威と結社の自由を有する。国家は、民主的政党、大衆団体の自由な活動条件を保障する。」となっているが、憲法に書かれているからといって、それが実現しているわけではないと池上さんは語る。

中国の憲法も同様だ。中国共産党が憲法より上位にある。だから、憲法が、「中華人民共和国公民は、言論、出版、集会、結社、行進及び示威の自由を有する。」と書いていても、全く絵に描いた餅だ。

今香港で起こっている中国の「国家安全法」制定に反対して、1国2制度、言論の自由の維持を求めた抗議活動は、中国の憲法で認められている人民の権利だが、それが中国共産党の不利益になるものであれば、禁止され、反対者は牢獄にぶち込まれるのは、テレビで放送されている通りだ。

これは日本や米国など自由主義諸国の憲法とは異なる。香港返還時に、1国2制度を50年間維持することを中国は確約したので、筆者も香港市民への弾圧には断固反対する。しかし、社会主義国中国の憲法からすれば、当然の帰結なのだ。

チベットやウイグルの少数民族も同様だ。憲法では、「中華人民共和国の諸民族は、一律に平等である。国家はすべての少数民族の適法な権利及び利益を保障し、民族間の平等、団結及び相互援助の関係を維持し、発展させる。いずれの民族に対する差別及び抑圧も、これを禁止し、並びに民族の団結を破壊し、又は民族の分裂を引き起こす行為を禁止する。」となっているが、チベットや新疆ウイグル自治区での中国政府による弾圧、監視カメラによる監視はよく知られている。

中国の憲法では、信仰の自由を保障しているが、中国ではカトリックは抑圧されている。カトリック信者はローマ法王に従うので、外国勢力の支配なのだと。

池上さんは、アメリカ合衆国の憲法も簡単に紹介している。米国の憲法は、修正する場合には、前の条項を残したまま、付加された条項が前の条項を否定する形を取っているので、否定された奴隷制度、禁酒法などが、条文として残っている。

米国憲法の特徴は、銃を持つ権利を保障していることだ。「規律ある民兵団は、自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保有し携行する権利は、侵してはならない。」としている。

池上さんは、いくつも憲法解説本を出している。どれを読んでも参考になると思う。興味がわいたら、まずは「超訳 日本国憲法」から始めることをお勧めする。


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2020年07月06日

スノーデンファイル スニッフィングは死語ではない

+++今回のあらすじは長いです+++



2013年に米国のNSA(国家安全保障局)の元システム管理者が、米国・英国は世界中のインターネット通信、電話、そして同盟国の首相の携帯電話まで盗聴していること示す記録を暴露したことから、世界中で大問題となったスノーデン事件を報道した英国「ガーディアン」紙のライターがまとめた事件の全貌。

本件の報道で、「ガーディアン」紙は、「ワシントンポスト」紙とともに、2014年のピューリッツァー賞を受賞している。

スノーデン事件に関しては、記録映画とオリバーストーン監督の2本の映画が製作されている。記録映画の方は、アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞している。





スノーデンはワシントンDCの近くのメリーランド州に育ち、病気のせいで高校は卒業できなかったが、コミュニティカレッジでコンピューターを学び、ハイスクールの卒業資格を得て、途中で両足を骨折してあきらめた米特殊部隊の採用訓練を経て、メリーランド大学先端言語研究所の「セキュリティスペシャリスト」として、2005年からNSA(国家安全保障局)の仕事を始めた。

NSA本部はメリーランド州のフォートミードにあり、スノーデンの実家の近くだった。「パズル・パレス」と呼ばれ、約4万人が働く米国最大の数学者の雇用者だという。

NSA HQ






















出典:本書

2006年にはCIAで職を得て、2007年から2009年にスイスのジュネーブで働く。2009年にCIAをやめ、在日米軍横田基地にあるNSAの施設で、NSAから受託しているデルの契約社員として働く。2012年に、NSAのハワイオアフ島にある「トンネル」と呼ばれる暗号解読センターに移る。中国のネットワーク研究の専門家になり、国防総省の幹部を相手に、サイバー防諜に関する講義もしていた。

「トンネル」時代は、憲法のコピーをデスクに置き、オリバー・ストーンの映画の予告編でも出てくるように、ルービックキューブを手に構内をうろついた変わり者だったという。

「トンネル」勤務の時に、古いデータの整理をしていたら、「ステラウィンド」というコードネームで、米国憲法修正第4条に違反して何百万人ものアメリカ人の交信内容やメタデータを許可なく集めていた(盗聴=スニッフィング)ことをNSA監察官が書いた2009年のレポートがあることを知り、スノーデンは義憤を覚えた。

合衆国憲法修正第4条は、国民に対する不当な捜索・押収を禁じており、捜索(通信傍受を含む)は、「相当な理由」があり、裁判所が礼状を発行した場合にのみ、特定の容疑者に対して合法的に実施できる。

ウォーターゲート事件で退任したニクソン大統領は、同じような盗聴事件の「ミナレット」事件を起こしており、ニクソン政権にとって要注意人物の何人かの上院議員、モハメド・アリマーティン・ルーサー・キング牧師、女優のジェーン・フォンダなどの電話の盗聴をNSAに命じた。

この反省もあって、1978年に成立した外国情報監視法(FISA)は、NSAは裁判所の令状がない限り、米国内の通信、米国人がかかわる通信を傍受できないことになっている。

ところが、状況が一変したのは、2001年の9.11以降だ。10月には「愛国者法」が圧倒的多数で可決され、FISAによって設置された特別裁判所は、情報収集に理解を示し、米国の大手通信会社やプロバイダーが欲しがっていた包括的な命令を下した。

さらにFISAは2008年に改正され、「情報収集の価値があると『合理的に』疑われる」アメリカ人と外国人との通信の傍受をすべて合法化し、大量監視に参加した通信会社を法的に免責した。改正FISA法は、すべての通信の傍受を合法化しているのではない。あくまで上記の制限があるのに、実際NSAがやっていたことは、すべての通信の監視だった。これは明らかなプライバシー侵害だ。

しかし、デルの契約社員という立場ではアクセス権限が限られていたので、2013年3月に契約先をデルからコンサル会社のブーズ・アレン・ハミルトンに変え、NSAnetにアクセスできるシステム管理者となる。NSAのシステム管理者は1,000名前後いたという。スノーデンは、何の痕跡も残さずファイルを開くことができる「ITの天才」だったという。

これから、スノーデンはNSAnetにある情報をせっせとUSBメモリー移していった。NSAは英国のGCHQ(政府通信本部)と極秘情報も共有しているので、英国の機密情報にもアクセスできた。その数は、英国GCHQ関連だけでも5〜6万にも上るという。

NSAは英語圏の英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドと5カ国で「ファイブ・アイズ」を形成し、情報活動の成果を共有しているが、完全に情報共有しているのは米国と英国だけだ。

新しい仕事について4週間過ぎたころ、体調が悪いとして休暇を申請し、5月20日に姿を消す。向かったのは香港だ。

スノーデンは、2012年末からドキュメンタリー映画製作者、ブラジル在住の「ガーディアン」紙のコラムニストに連絡を取っており、香港のホテルで「ガーディアン」関係者と会って、情報提供者として、NSAとGCHQがやってきた違法行為すべてをぶちまける。

「表現のすべてが記録される世界になど住みたくない」とスノーデンは語ったという。

ダークウェブへのアクセスで使われていることで有名なTor匿名化ネットワークを使った、Tailsという通信方法を使った。

最初のミーティングの前に、Tailsで送ったスノーデンの「ウェルカムパッケージ」は、20前後のNSA内部文書で、大部分が「トップシークレット」で、その中には「PRISM」と呼ばれる米国の主要IT企業のサーバとつないだインターネットの監視システムの説明スライドもあった。

次が本書で紹介されているスノーデンファイルに含まれていた「PRISM」の構成図だ。「TOP SECRET」と表示されている。

PRISM




























出典:本書

図の上の方が、海底光ケーブル、ゲートウェイスイッチ、データネットワークのデータを入手するためのバイパスを設置している「UPSTREAM」と呼ばれる仕組み。全世界の通信の80%をハッキングすることができるという。NSAは100以上の米国企業と関係を結んでいるとNSA監察官の報告書には記載がある。

「UPSTREAM」が取りこぼしたデータを「PRISM」でカバーする。NSAはマイクロソフト、ヤフー、グーグル、フェイスブック、PalTalk、AOL、スカイプ、YouTube、Appleのサーバーから直接データを取得していると説明している。ドロップボックスも加わる予定だと。

スノーデンは、この「直接のアクセス」がPRISMの実態だと強調したという。

ちなみに、最初にデータ提供に協力したのはマイクロソフトで2007年9月のことだった。アップルは5年間抵抗し、スティーブ・ジョッブスが亡くなった1年後の2012年10月に同意している。

GAFAの中では、理由はわからないが、アマゾンだけが抜けている。それ以外はすべてデータ入手元として入っている。NSAがアマゾンのAWSを見逃すはずがないと思うので、現在は対象になっているのだと思うが、よくわからない。

2013年6月に「ガーディアン」米国の暴露記事が、次々と公開された。「NSAは4月に発行された秘密の裁判所命令に基づき、ベライゾンの何百万人もの顧客の通話記録を収集している」、そしてその次は「PRISM」だ。「NSAはグーグル、フェイスブック、アップルなどの米IT大手のシステムに直接アクセスできる」。

「ガーディアン」米国を選んだ理由は、英国のジャーナリストは、米国のジャーナリストの様に、憲法で言論の自由が守られているわけではない。また、米国では「ウォーターゲート事件」の様に、ジャーナリズムによる権力の監視に対する理解もある。ところが、英国では、ウォーターゲート事件と同じ時期に、GCHQを「盗聴者」と呼んだ記事を書いた記者が「国家機密法」違反で有罪を宣告されている。

この本では、その後「ガーディアン」本社で、スノーデンから預かったデータを入れたPCを、GCHQ職員の立会のもとに破壊したことを伝えている。GCHQは逮捕・押収という強硬手段を使わなかった。スノーデンが「保険」(ウィキリークスがやったように、機密文書が一つ残らずネットに流出すること)を掛けていることを恐れたのではないかと。

SnowdenPC parts




























出典:本書

記事が公表された時、スノーデンは香港のホテルで歓喜に浸っていたという。上記の記録映画の予告編にも含まれている通り、CNNなど大手メディアが大きく報道したからだ。そしてスノーデンは、みずからインタビューに応じる形で、「顔だし」し、米国「ガーディアン」を通じ、CNNなど各局で流された。

そして、スノーデンは香港から姿を消した。モスクワのシェレメチェボ空港に行き、1ヶ月間そこのトランジットエリアで過ごし、結局ロシアへの入国を認められた。スノーデンが緊密に連絡を取っているウィキリークスジュリアン・アサンジは、在ロンドンのエクアドル大使館に亡命していたが、奇行を理由にエクアドルからも見放され、現在は英国警察に逮捕されている。スノーデンも最終的に、エクアドルなどの国を目指して、これからも「逃亡者」としての人生を生きていくのだろう。

ちなみに、スノーデンは、当初1年間限りというロシア滞在許可だったが、何回か更新されて、今でもロシアにいる。池上彰さんと佐藤優さんが対談している「ロシアを知る」という本によると、プーチンは元KGB職員として国家を売るような行為は許せなかったが、国益のために情報を搾り取ることを優先したようだと。

上記で紹介したオリバーストーン監督の「スノーデン」は、米国企業から資金提供やスタジオ協力が得られず、資金は英独企業から得て、撮影はドイツで行われた。

ロシアを知る。
佐藤 優
東京堂出版
2019-06-11


スノーデンファイルで盗聴の事実が暴かれているので、いくつか紹介しておく。

2009年のロンドンG20サミットの際に、GCHQが諸外国の首脳を盗聴していたことが明かされている。GCHQはキーロギングソフトを仕込んだ偽のインターネットカフェを設置し、代表者たちのパスワードを盗み出し、彼らのブラックベリーに侵入して、メールや通話内容をモニターした。サミット開催中、45名の分析官がリアルタイムでモニターしたという。

NSAは米国内の外国公館も盗聴していた。通信機器やケーブルに盗聴器を仕掛け、特殊なアンテナを使って送信データを収集する。中国やロシアのみならず、友好国のEU代表部、フランス、イタリア、ギリシャ、日本、メキシコ、韓国、インド、トルコなどの大使館も標的になった。

ドイツの「シュピーゲル」紙が、スノーデンが暴露する前の2013年1月に、NSAは何百万人というドイツ人の通信データを日常的に収集しているという報道をした。通常の月で5億件の電話、メール、テキストメッセ―ジを収集する。ドイツ憲法はプライバシー権が組み込まれており、NSAは重大な侵害をしていたのだ。NSAはフランス、イタリアでも同様の通信傍受をしている。

メルケル首相は2013年9月の総選挙を控えて、この問題を重要視しないことを決めた。しかし、2013年10月に、「シュピーゲル」がスノーデンファイルの中からメルケル首相の私用携帯電話番号を見つけたのだ。NSAは10年間にわたってメルケル首相の私用携帯電話まで盗聴していたのだ。メルケル首相はカンカンになって、オバマ大統領を携帯電話で呼んで、いったいどうなっているのかと尋ねたという。オバマ大統領は、「米国はメルケル首相の盗聴はしていない。これからもしない」と法律家らしく答えたという。

外国の重要人物の電話盗聴は、最低でも35名に上り、ブラジル大統領、メキシコ大統領、私企業のペトロブラス、インドネシアのユドヨノ大統領と夫人、主要閣僚(これはオーストラリア国防省が出所)などがターゲットだった。

NSAでは「ブルラン」、GCHQでは「エッジヒル」というコードネームで、暗号化された電子データの解読プロジェクトが巨額の資金を投入して推進されている。「ブルラン」は年間2億5千万ドルかけて(2013年予算)いる。

「エッジヒル」プロジェクトでは、GCHQはインターネットプロバイダー3社、VPN30種への侵入に成功しており、2015年には、プロバイダー15社、VPN300への侵入を目標としている。

「ブルラン」の予算書によると、スーパーコンピューターを使って暗号化のアルゴリズムを解析する一方、開発業者・IT企業と協力して、何百万人もが使う暗号化ソフトのソフトウェアとハードウェアに、「バックドア」としてセキュリティホールを仕込んだ。必要があれば、暗号化キーが保管されているサーバに侵入するという。スノーデンファイルには協力した企業名は出てこないという。

「この10年間、NSAは幅広く普及したインターネット暗号化技術を破るため、各方面から積極的な努力を重ねてきた。暗号解読がいよいよ現実のものになった。これまで捨てていた大量の暗号化データを十二分に活用できるのだ」と。

このプログラムの良さは、暗号化されているはずの通信内容が、もはやハッキング可能なことを一般市民が知らない点にあるとNSA文書はいう。

NSAは4G携帯の暗号化システムを破っている他、HTTPS、SSLなどのセキュアプロトコルも標的にしている。しかし、これはNSAがシステムに侵入できるようになると同時に、暗号化キーを入手できたハッカーや敵国の諜報機関にも侵入の道をひらく。アメリカ人の安全を守ろうとして、アメリカ人の通信の安全性、インターネット全体の安全性を損なう行為だと、本書で非難している。

インターネットのセキュリティを担当するNISTにもNSAは痛手を与えた。2006年、NISTの主要な暗号化標準の一つにバックドアを設置、その上で別の国際標準機関にその採用を推奨した。「ついに我々は唯一無二のエディターになった」とNSAは豪語していると。

NSAは匿名化ツールTorの暗号解読にもエネルギーを注いでいるが、まだ解読できていない。代わりにファイアフォックスなどのウェブブラウザーを攻撃し、ターゲットの端末を支配してきたという。Torトラフィックに「印」をつける能力は開発している。

スノーデン事件の影響で、ロシアやインドなどの在外公館ではタイプライターが復活しているという。皮肉なものである。


情報セキュリティ、そして暗号化技術の脆弱性の面からも大変参考になった。盗聴されていることを前提に考え直す必要があると思う。


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Posted by yaori at 14:08Comments(0) インターネット | 個人情報保護

2020年07月04日

中田敦彦さんのYouTube大学の「お金の授業総まとめ」最終結論

2020年7月4日再掲:

中田さんの勧めに従い、「バンガード・S&P 500 ETF」を6月26日に買ったら、7月1日現在の株主への配当金が7月6日に入金するとの連絡があった。

年4回配当しているのだ。

今回の配当利回りは0.5%程度と大したことはないが、それでも年4回だと2%程度にはなる。

ETF自体も、この間に上下あり、2.5%程度値上がりしている。

もちろん、これは株価次第で、買った翌日に米国株は一旦下がったが、それ以降は上昇を続けている。米国のコロナ対策が再度強化されると、株価はまた下がるだろうが、長期保有するので、一喜一憂することではない。

全く意識していなかったが、配当基準日の直前に買うと余禄がある。

世界の投資信託の市場規模は米国が圧倒的に大きい。日本の12倍だ。だから世界中の資金が集まるし、競争も厳しいので、商品には魅力があり、投資家保護も行き届いている。

20Q1世界投資信託統計











出典:(一社)投資信託協会

米国株。面白い!


2020年6月26日初掲:





中田敦彦さんが「お金の授業総まとめ」として、バフェット太郎さんや、たぱぞうさんなど16冊のお金の本を読んだ最終結論として、お金持ちになる(自分が働くのではなく、お金を働かせる)ためには、余剰資金を長期の米国株インデックス積み立て投信に振り向けることを推奨している。

大手証券会社の窓口には行くな、日本株は買うななど、普通なら言えないことも言えるのは、「芸人だから」なのだと。テレビなどスポンサーがついている番組でも、そういったことは言えないだろう。芸人YouTuberだからこそ言える本当の話なのだ。

バカでも稼げる 「米国株」高配当投資
バフェット太郎
ぱる出版
2019-01-24









預金や国債でなく株式というのは違和感がないし、大半のファンドマネージャーが、株式市況に連動するインデックスファンドに結局勝てないことは知っていたが、日本株ではなく、米国株という結論に最初違和感を持った。しかし、考えてみると、やはりこれが間違いない財産形成の道だと筆者も同意する。

そのこともあって、なぜ日米株価でこれだけ差がついてしまったかを考えてみた。

まずは、事実の検証だ。過去35年のダウ平均株価の推移と、日経平均株価の推移を見ると、日本はバブルのピークをいまだに超えられないのに、米国株価はリーマンショックの時期を除いて順調に右肩上がりとなっている。

ダウ平均株価推移過去35年












日経平均株価推移過去35年












出典:三菱UFJモルガン・スタンレー証券

このグラフを見ただけでも、資産を増やしたいのなら日本株より米国株ということが言えるだろう。

次は前回紹介した村上世彰さんの「生涯投資家」に載っていた米国と日本の上場企業時価総額比較の表だ。

バブルの頃の一時期には日本が上回ったが、それを除いて、1995年頃までは日本と米国の株式市場の規模はほぼ同じだったが、現在日本は500兆円しかないのに、米国は2000兆円以上ある。

日米時価総額推移 (2)





















出典:「生涯投資家」200P

「生涯投資家」で村上さんは、米国の株式市場が成長し続け、日本よりはるかに高い価値を保っているのは、物言う株主がいて、株主の利益を守るコーポレートガバナンスが機能する環境を築いてきたからだと語る。

米国では1980年代のレーガン大統領の年金改革以来、確定拠出型年金の401Kが広まった。これによって年金資金の運用方法を自分で決めることができ、多くの一般市民が株式・投資信託による運用を始めて株式投資のすそ野が広がり、さらに各種ある年金基金も、大量の資金を投入して多くの企業の大株主となった。

このように一般市民、年金基金も加わって、米国の株式市場の拡大に貢献したことが、コーポレートガバナンスという、経営者行動の監視、企業活動への規律が定着した基盤となった。

中田さんは、株式は会社の区分所有権なので、インフレに強いという説明をしている。それはそれで正しいが、インフレ率でも日米に大変な差があり、日本の株価が上がらない理由の一つになっている。

次は過去30年間の日本と米国のCPI(消費者物価指数)の推移のグラフだ。

まずは、日本のCPI推移のグラフ。バブル崩壊後の1990年代前半を除いて、ゼロの線をはさんで上下している。日本はインフレは完全に抑えられているので、その意味では素晴らしいことだが、逆にデフレが日本経済拡大の足かせとなっている。
日本CPI上昇率

















次に米国のCPI推移のグラフ。あきらかに日本のグラフより2〜3%上を行っている。

米国CPI上昇率




















資料:GLOBAL NOTE 出典:IMF

グラフだけだと、どれだけの差となっているのか実感がわきにくいので、上記をエクセル表にして1990年1月1日を100とするCPI指数を計算してみた。その結果が次だ。

日本の過去30年間のCPI推移。30年前に100だったものは、日本では現在115だ。

日本CPI推移









































米国のCPI推移も同様に計算してみた。米国で30年前の100は、現在は206だ。つまり倍以上になっているのだ。日本では30年間で、15%しかCPIが上昇しなかったが、米国では30年間で倍以上になっている。物価だけでもこれだけの違いがあるのだ。ためしに中国も試算してみたら、中国は3倍以上の319だった。

これからもCPIは同様の傾向が続くだろう。そして米国の株価は常にCPIを上回るだろう。しかし、CPIのみが決定要素ではない。GDPだったり、他国と比較するには為替相場、経済全体の活力、社会・経済の透明性、そして個別企業の成長性などがコーポレートガバナンスが徹底した米国企業の株価を今後も支えていくのだ。

日米中GDP推移

















出典:世界経済のネタ帳

筆者自身は、米国株では苦い経験がある。米国に駐在していて、ちょうどインターネットバブルの頃にぶちあたり、その時にインターネット関連のファンド(投資信託)を買った。しかし、インターネットバブル崩壊で、結局投資した金額が1年で半分になってしまった。

この時は、いずれ日本に帰国するので、日本でも店がある新興ネット証券会社ということで、当時のDLJダイレクト証券(現在の楽天証券)に口座を開いた。2000年のことだ。

それ以来、米国株には投資していなかったが、当時と今とでは環境が異なり、中田さんイチ押しの「バンガード・S&P 500 ETF」や、「楽天・全米株式インデックス・ファンド」なら、少額から始められるので、早速やってみた。めちゃくちゃ簡単に米国株が買えるんだ!

筆者はこれまで日本の高配当株に長期安定投資してきており、最近も株価下落を好機に、持高を積み増している。

キャピタルゲイン狙いではないので、今年になって買い増しした部分は現株価が購入価格を下回っているものもあるが、売るつもりはないので株価が下がっても問題はない。むしろ株価が下がって5%以上という高率の配当利回りになっているので、予定通りの配当さえもらえれば別に構わない。

これからも日本の高配当株という基本線は維持するが、余裕がある軍資金は、米国株に振り向けようと思う。

中田さんは、「不都合な真実を言っちゃうのがエンターテイメント」であり、それがオモロイのだと語る。

筆者も、「不都合な真実を言っちゃう」ノリで付け加えると、年金はチョイスがあるのであれば、はやく日本型401Kの確定拠出型年金=iDeCoにした方がよい。

確定給付型の厚生年金だと、自分の積み立てた資金であっても、一定以上の収入が他にあれば、年金支給が停止される。具体的に言うと、「賃金+年金」の月額が65歳未満は28万円、65歳以上は47万円を超えた場合、金額によって一部〜全部支給停止となる。

人生100年時代とか言っていても、実際に長く働き続けて収入を維持すると、年金は国に没収される。まさに逆の政策を続けているのだ。

筆者の場合、毎年支給停止が続き、65歳を過ぎてこれで厚生年金が満額もらえると思ったら、まだ仕事をしているので、ほとんど支給停止となっている。

さらに、日本の「ねんきん定期便」が記載している保険料納付額は、自分の払った厚生年金のみで、雇用者が払った金額が全く表示されていない。

雇用者が同額払っていることを(注)に書くだけで、本当は、「ねんきん定期便」に書いてある倍の金額を国に納めていることを意図的に隠して、ネコババしようとしているとしか思えない。

米国のソーシャルセキュリティの「ねんきん定期便」にあたるステートメントでは、はっきり"You paid"と”Your employers paid"の金額が、両方明示されている。

米国のリーガンからの年金改革は、まさに先見性ある改革だったと今更ながらに思う。

この辺のことを詳しく知りたい人は、2011年の資料だが、金融審議会で、株式会社野村資本市場研究所の人が、「米国における市場型金融の進展」ということで詳しく分析しているので参考にするとよい。中田さんの米国株投信イチ押しという結論をサポートする事実が述べられている。

米国に倣った制度である確定拠出型年金が選べるのであれば、自分の老後資金は自分で守ったほうがよい。

大変参考になり、自分で考えるモチベーションがわく中田さんのYouTube大学講義だった。芸人だから当然だが、話術もうまく、テンポもいい。ぜひ一度視聴してみることをお勧めする。

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Posted by yaori at 12:02Comments(0) 投資 | 中田敦彦

2020年07月01日

大前研一の「経済を読む力」 新しい情報が満載で参考になる

2020年7月1日再掲:

大前さんが「大賛成」と、期待していたので、野村総研のエクゼクティブ・エコノミスト(役員待遇ということか?)で、日銀の政策委員会審議委員も務める木内登英(たかひで)さんのリブラに関する本を読んでみたので、追記する。



大前さんの本が出た当時は、リブラ協会は28の企業、団体が設立メンバーとして名を連ねていたが、2019年10月にペイパル、マスターカード、ビザ、e-Bay、メルカド・パゴ、ストライプ(決済端末サービス)が脱退し、2020年1月にはアフリカNo.1の携帯電話送金サービスのMペサを持つボーダフォンが脱退した

一方、電子商取引大手のShopifyと仮想通貨プライムブローカーTagomiの二社が今年新たにメンバーに加わっているが、脱退した企業に比べれば小粒を言わざるを得ない。

米国系企業がこぞって脱退した理由は、Yahoo!Newsに詳しく述べられているので参照願いたいが、米国議会からの警告状、フェイスブックの脆弱なセキュリティ、ガバナンスの問題などが指摘されている。

フェイスブックは2016年の米国大統領選挙の際に、イギリスのデータ分析・コンサルタント会社に8,700万人もの個人情報が流出して、そのデータがトランプ陣営に有利なニュースを流すことに使われたとして、米国FTCと50億ドル(5,400億円)という巨額で和解しており、同じ事件でSECからも1億ドルの罰金を科せられている。

2019年末にも2億6千万人分の個人情報が漏えいしており、これらの情報セキュリティ管理の甘さが、上記の一流企業がリブラ協会から脱退した主因であることは間違いない。

この漏えいは米国のユーザー情報の様だが、もしEUの人の個人情報が含まれていると、全世界の売上高の4%までというGDPR(欧州一般データ保護規則)による最高罰金が科せられる可能性もある。

また、フェイスブックは、米国で顔認証データを悪用したとして、総額350億ドルの賠償を求める集団訴訟も提訴されている。

そういうわけで、2020年にスタートする予定だったリブラも、コロナ禍もあるし、フェイスブック自体が踏んだり蹴ったりなので、そもそも本当にスタートできるのか不明だ。


2020年5月28日初掲:



大前研一さんの近著。2017年の「武器としての経済学」に加筆・修正して新書版にしたものだ。

武器としての経済学
大前研一
小学館
2017-09-29



「武器としての‥」というと、2019年8月に47歳で亡くなった京都大学准教授の瀧本 哲史さんを思い出す。

このブログでは瀧本さんの「武器としての決断思考」「僕は君たちに武器を配りたい」のあらすじを紹介しているので、参照して欲しい。

瀧本さんは東大法学部助手のあと、マッキンゼーに就職し、その後独立して「エンジェル投資家」としてスタートアップ企業に投資する傍ら、京都大学産官学連携センターの客員准教授として教鞭をとっていた。

武器としての決断思考 (星海社新書)
瀧本 哲史
講談社
2011-09-22



僕は君たちに武器を配りたい
瀧本哲史
講談社
2019-04-19



瀧本さんは、2019年8月に亡くなっているが、「2020年6月30日にまたここで会おう(瀧本哲史伝説の東大講義)」というタイトルの本が2020年4月に出版されたばかりだ。この本のあらすじは2020年6月30日にアップした




この本では、次のような質問に対するQ&Aという形で、ポイントをまとめているのでわかりやすい。これらに対する大前さんの答えももちろん書かれている。ネタバレになるので、各問の答えは紹介しないが、ところどころヒントや参考リンクをつけておく。

第1部 新聞ではわからない「株価と為替と景気」の新常識

Q 円安と円高、結局、どちらのほうが日本にとってよいのか?

Q 日本は将来、インフレになるのか? それにどう備えるべきか?


ヒント:「日本でハイパーインフレを望んでいる人がいるとしたら、それは財務省の役人だろう。」

Q なぜ日銀が株を”爆買い”にしているのに株価が上がらないのか?

参考:「日銀がETFを年間6兆円買うと、日経平均を2000円ほど押し上げる効果があるという試算がある。」

Q 「マイナス金利」を導入しても景気が良くならないのはなぜか?

ヒント:1,800兆円の個人金融資産を消費に向かわせる「心理経済学」

Q なぜ失業率が低いのに景気は回復しないのか?

Q 「GDPを引き上げる」ことがそんなに重要なことなのか?

ヒント:GDPを引き上げたいなら労働力人口を増やすこと(移民を増やす)と、政府が企業に補助金を出すことだ。しかし、企業が補助金を使って、設備投資や生産性を上げると、ホワイトカラー中心に失業者が増大する可能性がある。

Q 東京オリンピックを機に不動産価格が下がるという話は本当か?

ヒント:中国人の不動産投資は、中国国家外為管理局の海外不動産投資規制強化で先細りになっている。

Q 日本の「年金」は現実にはいつまで維持できるのか?

ヒント:人口ピラミッドで明らかなように、現役世代が退職者を支える賦課方式の日本の年金はすでに破綻している。米国のカリフォルニア州では移民を増やすことで年金問題を好転させた。移民受け入れは、反対意見も多く、一筋縄ではいかないだろう。

参考:レーガンは年金制度そのものを変えた。ー給開始年齢を67歳まで引き上げ、運用を自己責任(401K)とした。同時に大幅減税も実施したので、国民から反対の声は上がらなかった。日本でも受給開始を70歳、いずれは75歳まで伸ばす案が出されている。

2020年の人口動態

















出典:GDFreak!

Q 税金を上げたら景気悪化、下げたら財政危機‥‥どうすればいい?

第2章 新しい「世界経済」と「日本経済」への視点

参考:2019年9月に起きたサウジアラビアの石油施設への攻撃は、爆弾を抱えた18機の「カミカゼドローン」と7発の巡航ミサイルによるものとされている。この攻撃はどこが仕掛けたのかは不明だが、ドローンは1000KM飛んで、きわめて精密に目標を攻撃しているという。



ドローンは低空を飛んでくるので、レーダーに捕捉されにくく、イージス艦や迎撃ミサイルでは撃墜できない。ドローン技術は中国が圧倒的に進んでおり、今や1000機のドローンをプログラミングして、空中に文字を作ることもできるようになっているという。「カミカゼドローン」は、「貧者の戦略兵器」になる可能性があるのだ。

Q トランプ大統領がまき散らす世界的混乱をどう乗り越えるか?

ヒント:今、まさにフェイク情報発信源として問題となっているトランプ大統領の「ツイッター政治」だ。JPモルガンチェースによると、トランプのツイートは1日平均10回を超え、2017年1月の就任以来、1万4千回に達したという。

Q 「自国第一」の経済政策でアメリカの貧困層を救えるのか?

ヒント:世界の企業の時価総額ランキングによると、上位50社のうち、米国企業が32社を占めている。トランプ大統領がやるべきことは、これら巨大企業が全世界で創り出した莫大な利益をアメリカ本国に還元させることだ。

Q アメリカと中国の”報復合戦”に着地点はあるのか?

Q 韓国がいつまでも「経済先進国」になれないのはなぜか?


ヒント:イノベーション欠如、極端な学歴社会、ファミリー企業の「ガラスの天井」、頻繁なリストラ

Q ジョンソン首相「ブレグジット強行」で何が変わるのか?

ヒント:いずれ「イングランド・アローン」となるだろう。

Q フェイスブックの仮想通貨「リブラ」は世界をどう変えるのか?

大前さんはフェイスブックが提唱する「リブラ」に大賛成だという。「リブラ」は、グローバルな「リブラ協会」が管理する。大前さんが昔から主張している「ボーダレスエノコミー」に於ける仮想「グローバル政府」の通貨として「ユーロ」の様に管理すれば、基軸通貨ドルの国際決済システム(SWIFT)を握っている米国のトランプ大統領の「ツイッター政治」などに振り回されることはなくなる。

このままだと、中国共産党が監視している「アリペイ」や「ウィーチャットペイ」という中国発のデジタル通貨(いずれもユーザー数は既に10億人以上)が世界を席巻してしまう恐れがある。



Q これから成長するビジネスの「新たな潮流」は何か?

ヒント:シェアエコノミー、アイドルエコノミー、クラウド〇〇

Q 「フィンテック革命」をビジネスチャンスにつなげるには?

参考:スマホ決済はアフリカが一番進んでいるという。「バーティ・エアテル」という会社のモバイル決済サービスを使って、出稼ぎ労働者が、ある国の通貨を「エアテル・マネー」という仮想通貨に換えて送金すると、受取国の家族は自国の通貨で受け取れるのだ。

Q 日本の基幹産業「自動車」市場は今後どう変化していくのか?

ヒント:自動運転、トヨタモビリティ

第3部 「2020年代」のための成長戦略

Q 「高齢化」「少子化」社会でどんなビジネスチャンスがあるのか?

ヒント:具体例(今はコロナ禍で苦境に陥っているが)エアビーアンドビー軒先株式会社akippaビィ・フォワード

Q 外国人観光客「3000万人時代」に日本は何をすべきか?

Q 「月45時間」の残業規制は働き方・仕事をどう変えるか?

Q 日本人の生産性と給与を引き上げるカギ「RPA」とは何か?


ヒント:RPA(Robotic Process Automation)で、ホワイトカラーの間接業務の自動化。

Q 日本経済を支えるためのエネルギー政策はどうあるべきか?

ヒント:ロシアからの電力、ガス輸入を。

Q 増税せずに日本経済を再浮上させる成長戦略はあるか?

ヒント:「容積率」の拡大による建て替えブームと無電柱化

Q 日本の財政危機を乗り越える秘策はないか?

Q 企業の投資が低迷する中で「銀行」はどんな役割を果たすべきか?

Q 隣国ロシアとの関係改善が生む経済効果をどう最大化するか?


A(ここだけネタバレ) 北方領土交渉はなかなか進展しないが、この問題は、もっと大局的にな視点で考えるべき。ロシアとの関係強化により得られる経済的メリットは計り知れないほど大きい。

この本でも、大前さんはアベノミクスを厳しく批判している。

「20世紀に他国で展開された金利やマネーサプライ(マネタリーベース)をいじるマクロ経済政策をそのまま信じて展開するアベクロバズーカほど的外れなものはない。

7年目になっても成果がでていないのに、何の反省もない。こうした昔の学説を大胆に展開する”秀才”は、個々の日本人の生活や心理を全く理解していない。患者の診断をしないで旧式のテンプレートから処方箋を書くヤブ医者といっても過言ではないのだ。」


大前さんの提唱するのは、次のような政策だ。

 ―蠧誓如∨/誉任里茲Δ淵侫蹇爾紡个垢覯歙任鯒兒澆靴董◆峪饂裟如廚鯑各する。

日本の個人金融資産は1,800兆円あるので、これに1%課税して18兆円、不動産にも1%課税すると「資産税」合計で約30兆円になる。金持ちは課税されるくらいなら、投資してキャシュフローを稼ごうとするので、貯蓄から投資へという動きか加速する。

野村総合研究所が日本の富裕層は、127万世帯、純金融資産総額は299兆円と推計している。

◆〜蠡垣如贈与税を廃止する。これにより高齢者から資金ニーズのある若い世代に早めに資産が移っていくので、それが消費につながり、経済が活性化する。

 そして、死んでから資産に相続税を課すのではなく、生きているうちに資産の50%を国家に寄付してくれたら、残りの50%とその後稼いだ資産には相続税を掛けないという「資産寄付制度」をつくる。

資産を家族にではなく、国家に相続するという形で、富裕層の富の流動化を促し、それによって経済を活性化しようというアイデアだ。もし、寄付した人が、その後資産を失って、食うに困るような事態になったら、通常の2〜3倍の年金を保証するとかのセーフティネットを設ける。

ちなみに、相続税(税率10〜55%)基礎控除額が引き下げられたのは2013年で、それまでは5,000万円+1,000万円X相続人数だった。

遺族が配偶者+子ども2人なら、8,000万円まで課税無しだったのが、現在は3,000万円+600万円X相続人数となり、同じ遺族のケースだと、4,800万円以上だと相続税が課税される。

ぁ‐暖饑任蓮嵒娉嘆礎誉如廚謀彰垢靴董∪芭┐錬隠亜鵑箸垢襦F本のGDP550兆円の10%なので、約50兆円の税収となる。

これで「資産税」と「付加価値税」を合わせて80兆円の税収となる。

いつも通り、新しい情報が満載で、参考になる本である。


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Posted by yaori at 00:23Comments(0) 経済 | 大前研一

2020年06月28日

AI経営で会社は甦る 経営共創基盤CEO冨山さんの本

AI経営で会社は甦る
和彦, 冨山
文藝春秋
2017-03-29


このブログで、「会社は頭から腐る」を紹介した経営共創基盤CEOの冨山和彦さんの本。

中田敦彦さんのYouTube大学では、「コロナ後の経済」と題して、冨山さんの「コロナショック・サバイバル」という最近著が取り上げられている。







冨山さんは、企業の復活を支援してきた立場なので、「コロナショック・サバイバル」と同様に、この本でも、AI活用は日本企業、それも中小企業、地方企業にとって大きなチャンスだとエールを送っている。

AIを産業に応用しようとすると、欧米では必ず失業問題や移民問題にリンクする。AI革命は「大自動化革命」とも言い換えられるように、サービス産業や工場労働者などのローカル産業で働く人達を直撃する。

欧米ではこういったローカル産業は元々人手不足ではなかったうえに、移民がなだれこんでいるので、職を奪い合い、失業率が高止まりしている状態だ。そういった国民の不満に目を付け、政治問題としたのが、ジョンソン首相のブレグジットであり、トランプ政権だ。

これ以上ローカルの仕事を奪うAI革命は、欧米ではできない。一方、日本経済はグローバル化の負け組になっており、移民も制限しているため、少子高齢化もあり、サービス産業を中心とする労働集約的な地域密着型産業群は人手不足に陥っている。結果として、AI導入により生産性向上が生かせる環境なのだ。

AIが効果があるのは、対面型、リアル型のサービス産業で、たとえば医療、介護、交通・運輸・物流サービス、外食産業の厨房の仕事などだ。会計士、経理職などはAIによってなくなる業種とされているが、税理士、弁護士は残るだろう。法律や税法は人間の裁量の余地が広いからだ。

冨山さんは、AI革命を「カンブリア爆発」と同じインパクトを持つと語る。

今から5億年以上前、古生代カンブリア紀に生物の種類が爆発的に増え、現存する多くの生物の原型がこの時期に出そろった。これを「カンブリア爆発」と呼ぶ。その有力な原因説は、この時期に生物は「目」を獲得し、これが捕食方法の進歩と戦略性を高め、同時に捕食者からの回避能力を高めた。それが生物の高度化と多様化を一機に進めたと考えられている。

東大の松尾研究室の松尾教授は、ディープラーニング技術が急速に進歩したことは、いわばAIが「目」をもったのと同等の大きな意味を持ち、したがって「カンブリア爆発」並みのインパクトをいろいろな分野に及ぼし得ると指摘している。

実際、ディープラーニング技術を導入してからのグーグル翻訳の進化はすさまじいことは、筆者も体験している。

この千載一遇のチャンスをつかむには、働き方、生き方を大きく変革しなくてはならない。破壊的イノベーションが求められている。多少の痛みを伴っても、率先して子会社に出向して、マネジメントを実地で覚えるなど、やるべき自己改革を断行し、なんとしてもこのチャンスをものにしようと冨山さんは呼び掛ける。

この本では、東大の松尾研出身で、その後カーネギーメロン大学で修士を取り、オックスフォード大学の博士課程にいるディープラーニング研究者川上和也さんの日常的な研究活動を描いたレポートを紹介している。

概略は次の通りだ:

川上さんは、2014年にピッツバーグのカーネギーメロン大学に留学し、修士としてディープラーニング研究を始めた。研究を始めた時には、ディープラーニングは画像認識や、音声認識に使われる程度だったが、ほんの2年の間で、囲碁ではプロ棋士を破り、難しいと言われていた日英翻訳も進化し、ピッツバーグでウーバーを呼ぶと自動運転タクシーが迎えに来るまでになった。

カーネギーメロン大学では、指導教官がベンチャーを設立し、1年もしないうちに売却。大学から離れて、人口知能研究の最先端で、有名な「アルファ碁」をつくった英国のグーグル・ディープ・マインドに移籍。川上さんも一緒に英国に移って、オックスフォード大学の博士課程に入学した。

隣の研究室は、まるごとアマゾンに買収され、人材を補填するために引き抜いたはずの新しい教授は、着任後1ヶ月もたたないうちにアップルの人工知能研究所の所長に就任、ピッツバーグとシリコンバレーの両方に拠点を持っているという具合だ。

グーグルやフェイスブックでは、人工知能を使った検索や広告配信の性能が収益に直結するというビジネスモデルなので、人工知能技術とビジネスは近い。検索や広告のアルゴリズムは、いつでも切り替えられるので、新しいアルゴリズムをどんどん試して、うまくいくものはすぐに製品に投入される。

そんな素早いリターンの構造があるからこそ、ベンチャーの買収やアカデミアからの人材獲得もスピード感をもってできる。優秀なエンジニアを囲い込むための広告として、ディープ・マインドのような研究組織を持っていて、ひとり数千万円という年俸を払いながらも、ビジネスに直結しない研究でも許している。

多くの人工知能スタートアップは、どんどん大手企業に買収されていくが、それは人材目的で買収されている。

日本では、アカデミア中心に「アメリカに負けてはいけない」、「日本独自の人工知能を」ということで、ビジネスリターンを設計しない形で税金が投入され、人工知能研究センターを中心にアカデミアが業界を引っ張る体制となった。

しかし、日本企業の得意とする「ものづくり」や「すり合わせ」、熟練職人の技術を人工知能に学習させれば勝機があるというのでは、ビジネスは成功しない。コストと予想されるリターン、インパクトが計算できてはじめて勝機が生まれる。

たとえばAppleの「Siri」にはディープラーニングが使われているが、「Siri」全体ではなく、人間の声を文字にする音声認識のところにだけディープラーニングが使われている。

文字になったあとの質疑は、定型文で応答すればいいので、ルールベースの古い人工知能を使う。膨大な過去データがある音声認識は、ディープラーニングと相性がいいから、そこは使うといった、ビジネス適用の際の見極めが重要なのだ。

「人工知能のポテンシャルはまだまだこんなものではない。今後も大手テック企業がその可能性をひろげていくだろう。自分がその中心に飛び込むには、新しい技術の開発とそれにあったビジネスモデルをつくるしかない。まだまだ始まったばかりだ。」という言葉で、川上さんのレポートは終わっている。

筆者は、「Siri」を使っているが、このブログで紹介したGACKTの英語学習塾での、英語の発音チェックと、時々音声入力に使うのみだ。スマートスピーカーは持っていない。あまり必要性を感じないからだが、川上さんのレポートを読んで、技術は日進月歩で進化しているので、一度試してみようと思う。

その他、参考になったネタを紹介しておく。

日本の液晶産業のトップの発言

冨山さんが10年ほど前に某液晶メーカー(あとでシャープと明かしている)の経営者から言われた言葉を紹介している。

「冨山さんたちは技術の素人だからわからんだろうが、我々の技術は圧倒的に先行していて、韓国勢や台湾勢が追いつくのに最低10年、おそらく20年はかかる。だから今、慌てて再編する必要は感じない」と豪語していたという。

液晶のプレーヤーはめまぐるしく変わり、一時は勝ち組だった台湾のメーカーやサムスンまでがTV用液晶生産から撤退する時代だ。

液晶パネル生産推移


















出典:日経新聞

日本の自動車メーカーは生き残れるか

この本で、「スマイルカーブ」が紹介されている。川上(企画、設計、部品)と川下(販売、メンテナンス)側の利益が厚くなる一方、真ん中の製造工程(組み立て)はほとんど利幅が取れなく現象だ。パソコンが良い例で、自動車もEV普及、モジュラー化が進めばそうなる。

しかし、スイスの高級時計がいい例で、メカトロニクスがからむと話は異なる。

スイスの高級時計は、分解するとスイスの職人が組まないとあの精度は出せない。個々の部品にも材料レベルまで遡った職人的ノウハウが詰まっている。しかもこうした匠の技は個人技ではなく、その工房のなかで集合知的に蓄えられて伝承されている。

日本の製造業でも、メカトロニクスが絡む分野では競争力が生かせる可能性がある。

トヨタは、シリコンバレーに人工知能研究所トヨタ・リサーチ・インスティテュートを設立し、DARPA(米国国防高等研究計画局)のAIとロボティックス研究のスーパースターギル・プラットを迎えたり、サンフランシスコのカーシェアリングサービスゲットアラウンドに出資したりして、様々な可能性に必死になって対応しようとしている。

ソニーの幻の時価総額世界一

iPodが出る前に、アップルのスティーブ・ジョッブスからソニーに大規模な出資要請があったが、ソニーはそれを断ったという。買収して、スティーブ・ジョッブスに好きな様にやらせていたら、ソニーは今頃時価総額No.1になっていたかもしれない。

ソニーにはウォークマンがあり、アップルを買収しても技術的に得るものがないという技術部門からの反対で実現しなかったと冨山さんは聞いていると。

日本の著作権法がディープラーニングの足かせになる恐れがある

著作権法が日本のディープラーニング推進の足かせとなる可能性がある。英米法系の国、大陸法系の国でも、イスラエル、台湾、韓国などが、一定の条件で公正な目的のための複製行為は一般的に著作権法違反としない「フェアユース一般条項」というルールを導入している。

日本は権利団体や法律家の反対で、ポジティブリスト以外は違法としている。これでは、ある日突然、研究者が著作権法違反で逮捕されるということが起こりかねない。

産学連携

AIで米国が先行しているのは、圧倒的にアカデミズムの差である。米国ではカーネギーメロン大学、MIT、スタンフォード大学、カナダのトロント大学と東大、京大の力の差が、そのまま現在の差につながっている。

米国の基礎研究は、1980年代から90年代にかけて、AT&Tのベル研究所、ゼロックスのパロアルト研究所、IBMのワトソン研究所が縮小あるいは消えて行って、大学や公的研究機関に移った。

東大が日本の産学連携をけん引している。東大TLO(Technology Licensing Organizationー技術移転機関)が設立されたのは、20年近く前で、冨山さんも創業に関わった。

東大は日立NECKDDIなどとコラボレーションを進めており、東大初のベンチャーも、このブログで出雲充社長の著書を紹介しているミドリムシのユーグレナ、バイオ創薬のペプチドリーム、グーグル、その後ソフトバンクに買収されたロボットベンチャーのシャフトなど、200社を超える。

2015年には東大発のベンチャーの時価総額が1兆円を超えたと東大の産学連携本部が発表している。アルファベット(時価総額60兆円)を輩出したスタンフォード大学が世界一だろうが、東大の実績は、世界の大学でもトップ10に入っているのではないかと。

このブログでも簡単に紹介した、筆者が合計9年間住んでいたピッツバーグのカーネギーメロン大学は、昔からAIの前身の「人工知能」の活用で有名で、日本から留学生がたくさん来ていた。

いつかまた、留学生愛用のカーネギーメロン大学の近くのオリエンタル・キッチンに行きたいものだ。

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Posted by yaori at 12:55Comments(0) 企業経営 | インターネット