2007年03月24日

ロバート・パーカーが選ぶ世界の極上ワイン

ロバート・パーカーが選ぶ[最新版]世界の極上ワイン


この本は15,540円もするので、なかなか自分で買うわけにはいかない。図書館で借りるに適した本だ。

最初に偉大さの定義から始まる。偉大なワインの特長とは次の点である。

1.舌と知性の両方を楽しませる能力
2.飲む人の関心を引きつけて離さない能力
3.重たくなってしまうことなく、強烈なアロマと風味をもたらす能力
4.一口ごとにおいしくなっていく能力
5.年月とともに良くなっていく能力
6,唯一無二の個性を見せる能力
7.産地を反映する能力


「モンドヴィーノ」に対する反撃

筆者も見た映画「モンドヴィーノ」では、ロバート・パーカーの100点満点評価と、空飛ぶワインメーカーと呼ばれ、世界じゅうで同じタイプのワインをつくるワインコンサルタントミッシェル・ロランが暗に批判されている

Mondovino








そんなこともあり、テロワール(ワインの個性を決めるものは土壌であるという考え方)は確かに見事なワインを生産するための重要な要素だと確信しているが、テロワールの影響力の最も説得力ある例はブルゴーニュではなく、アルザスやドイツの白ワイン種だと。

ブルゴーニュで最も有名なグラン・クリュであるシャンベルタンで、13ヘクタールの畑に23の所有者がいる。しかしそのうちルロワ、ポンソ、ルソーなど数人を除き、他の20弱はやせたまずいワインである。しかもロルワ、ポンソ、ルソーはそれぞれスタイルが全く異なる。どのワインがシャンベルタンの土壌を表現しているのか?と。

結論としては、ワイン愛好家は、テロワールを塩や胡椒、ニンニクと同じように考えるべきで、料理で欠かせない役割を果たし、すばらしいアロマや風味をもたらすが、それだけでは飲み込むのすら苦痛であるものだと。

テロワールの議論が多すぎて、最も重要な点が忘れられている ー 飲んで、楽しむ価値のあるワインをつくる生産者を識別し、発見することだ!と反論している。

また、最大の顧客層を引きつけるために、国際企業が限られた数の品種から可もなく不可もない個性のない標準的なワインを、世界じゅうで生産しているというグローバリズム批判に対しては、この10−20年間で世界じゅうのワイン生産は多種多様化しており、全くあてはまらないと一蹴している。

畑における変化、ワイン醸造技術における進歩、傷んだブドウや果梗の手選別、温度制御機能付きのステンレスのワイン発酵槽、逆浸透膜技術により不作の年の水っぽいワインの品質向上などの話も参考になる。

この本で紹介されているワイン

国別では次の通りだ:


アルゼンチン   1
オーストラリア  8
オーストリア   5
アルザス     3
ボルドー    29(うち3が甘口白ワイン)
ブルゴーニュ  13
シャンパーニュ  7
ロワール     3
ローヌ     25
ドイツ      8
イタリア    22
ポルトガル    3
スペイン     6
カリフォルニア 22
ワシントン    1

それぞれのワイナリーの歴史や、所有者家族の写真、シャトーや畑の写真などが紹介されている。

ボルドーは有名シャトー中心、カリフォルニアはいわゆるカルトワインと呼ばれる小規模ブティックワイナリーが多く紹介されている。

すべて熟読する必要はないと思うが、自分が飲んだことがあるワイナリーの記事は特に興味深く読める。

パーカーの評点について、筆者はほとんど気にしていないが、パーカー流の100点満点法で、ボルドーの5大シャトーなど超一流シャトーが2000年などの当たり年は100点が乱発されているというのがやや興ざめではある。

それに対してDRC(ドメーヌ・ロマネ・コンティ、世界で一番有名なワイン)では、ロマネコンティは100点満点はなく、ラターシュに100点満点がある。

ロマネコンティの98点とラターシュの100点と、どこがどう違うのか?全く理解できない評点方法である。

写真も多く、ブドウの木の高さは低く、産地によっては石がごろごろしている畑でも、一流ワインが生産されていることにあらためて驚きを覚える。

写真や一流シャトーのカバーストーリーなど、ワインに関するちょっとした知識を持つには適当な本である。

1万5千円もする高い本なので、図書館でリクエストして読まれることをおすすめする。


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Posted by yaori at 15:17Comments(0)TrackBack(0)

北方領土 特命交渉 鈴木宗男と佐藤優の対談集

北方領土「特命交渉」


筆者が最近注目している佐藤優(まさる)元外務省主任分析官と、佐藤氏が師事する鈴木宗男新党大地代表の対談集。

北方領土問題解決の為に努力してきた鈴木・佐藤コンビが、現在の日ロ外交の膠着状態を嘆いてのいわば告発本である。

この本に登場する日ロの政治家はもちろん、外務省幹部までが写真入りで紹介されているので、こんな人が交渉しているのかと、イメージがわいて面白い。


1998年の川奈会談の橋本秘密提案

まずは1998年のエリツィン大統領・橋本首相の川奈会談の重要性から始まる。会談の中で、橋本総理が出した秘密提案が北方領土問題解決に向け大きく前進させる内容だった。

この内容は公表されていないが、鈴木宗男氏は橋本総理の特命を受けていたので、この内容を知らされていたのだと。

橋本提案にエリツィン大統領は「リュウからとても興味深い提案があった、私は楽観的だ」と語るほど、北方領土問題は解決に近づいていた。

しかし、会談の席で同席したヤストロジェムスキー報道官が口を挟み、日本側が今一歩踏み込めなかったことで、歴史的合意にはならなかった。


日ロ中のパワーゲーム

1990年代末のロシアは旧ワルシャワ条約機構国が続々NATOに加盟し、アメリカ・ヨーロッパの西側諸国から圧迫されていたので、日本の橋本首相の親ロシア政策に敏感に反応したのだ。

橋本首相は、中国の台頭を予想し、中国と適切なゲームのルールを持つためにもロシアカードを対中牽制に用いることが必要だと考えていた。見事な戦略である。

橋本首相は、消費税増税後、参議院選で自民党が敗北した責任を取って首相を退任したが、その後を継いだ小渕首相も対ロ交渉には力を入れていた。

また森首相もロシア外交は得意だった。ところが小泉内閣となり、田中外相の登場で外務省は機能停止に追い込まれ、ロシア外交は全くの手詰まりで、これが中国、韓国、北朝鮮に対する外交にも大きく影響していると佐藤氏・鈴木氏は指摘する。


北方領土問題はスターリン主義の残滓

鈴木氏は、歴史を振り返った時、ロシアの国民を日ソ中立条約を破って日本に侵攻してきたならず者だとは考えてはいけないと語る。

それはスターリンという恐ろしい独裁者がいた共産主義国だったからであり、ロシア国民もスターリン主義の犠牲者なのであると。

ソ連とロシアでは外交は連続しておらず、日ロの問題はスターリン主義の残滓であるという認識をエリツィン大統領も持っていた。

鈴木氏はエリツィン大統領の側近のブルブリス国務長官(現連邦院議員)と親しくなり、ブルブリス氏は北方四島返還は、スターリン主義の残滓と決別しようとしているロシアの国益にも適うと語ったという。


島は返還寸前だった

そんな布石作りの後に川奈会談が行われた訳で、これがこの本の帯でいう「島は返還寸前だった」という理由だ。

これには伏線があり、1992年にロシア外務次官のクナッゼが北方領土問題解決のために秘密提案を出している。内容は明らかにされていないが、ロシア側が譲歩した提案だった。しかし日本側はロシアの経済が弱いから弱腰の交渉をしてきたと、高飛車に出て結局チャンスを逸してしまう。

佐藤氏は経済が良くても悪くても領土問題を前進させる知恵をだすのが、外務省の仕事で、電力やハコモノ援助で引きつけるとか、北方領土をアイヌ民族の土地とするとか、知恵を絞る必要があると語る。外務官僚の頭が弱いことが問題だと語る。

その後、小泉首相以降、日本側は「日ロ外交の最大の問題はスターリン主義の残滓だ」ということを発言しなくなり、根元的歴史認識が欠落し、それゆえ正しい外交戦略をとることができないのだと佐藤氏は分析する。

そして鈴木氏や当時の外務省の東郷氏や丹羽氏などロシアスクールは2+2返還論を曲解されて、「二島返還論の売国奴」としてパージされてしまう。


日本独自の外交政策

対ロシア外交を有利に展開するために、日本は独自の情報ルートを持って、英米とは異なる立場を取ってきた。その具体例がチェチェン問題だ。

チェチェン問題はロシアの内政問題とすることで、人権問題として取り上げようとする英米とは一線を画し、ロシアの対テロリズムの戦いを助けようというものだ。

ところが小渕内閣で、外務大臣が高村氏から人権派の河野洋平氏に代わったときに、外務省は米英と協調して、チェチェン問題を人権問題としてとらえようとした。

そのとき鈴木氏が、外務省の総合政策局長だった竹内行夫氏(後の外務次官)を厳しく問いただした経緯がある。これを竹内氏は根に持って、その後、鈴木氏追放を画策することになる。


鈴木氏の特命交渉

森総理はロシアとの関係が深いことから、プーチン大統領との関係つくりに積極的で、鈴木氏にプーチン大統領と一番近い人間を探し当てるように特命する。

但しこの特命については、森総理は外務省では秘密が守れないとして、一部の幹部を除いては外務省には極秘としてくれという条件だったという。

そこで鈴木氏はセルゲイ・イワノフ国防相が側近中の側近であることをつきとめ、正規の外務省ルートとは別の、鈴木ーイワノフというチャンネルができる。

これが外務省でつんぼ桟敷に置かれていた一派による鈴木追放の動きにつながる。


手詰まりの対ロシア外交

2005年11月のプーチン訪日で、北方領土問題に関する合意文書ができなかったことで、今後手ぶらで訪日しても良いのだという前例ができていまった。

プーチン訪日を担当した外務省の首脳はみんな田がつく名前なので、鈴木氏は悪のサンタの歴史的大失態と呼んでいる。

2000年前後に平和条約締結に向けて動いていた日ロ関係は、今や有効な打開策もなく、みずからイニシアティブを取って解決しようとするリーダーも不在で、手詰まりとなっている。

しかしこの本で指摘されている様に、日本が独自の外交戦略を持ち、日ロ中韓のパワーバランスのなかで、日ロ関係を良好なものに保てば、必ずや中韓のみならず、米国ともわたりあえる外交ポジションを保つことは可能だろう。

また対北朝鮮交渉にも、日ロ関係の改善は大きな影響があるだろう。

そんなダイナミックな外交こそ、日本がめざすべきものではないか。

そんなことを考えさせられる本だった。一読をおすすめする。


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2007年03月18日

国家の罠 外務省のラスプーチン佐藤優の勾留手記 面白い!

2007年3月18日追記:

ちょうどホリエモンに実刑判決がでたところだ。ライブドア事件も国策捜査を言えるのではないだろうか。

別途あらすじをご紹介する「北方領土・特命交渉」のエピローグに、佐藤氏の国策捜査に関わる話があったので、付け加える。

佐藤氏の取り調べにあたった西村特捜検事(現最高検察庁検事)は、「検察官のいいなりになるフニャフニャの証人を3−4人つくれば、どんな事件だってつくることができる」と語ったという。

だから日本の裁判で、起訴された事件の99.9%は有罪になるのだ。

「これは国策捜査なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。国策捜査は『時代のけじめを』つけるために必要なんです。」

「被告人が実刑になるような事件は、良い国策捜査じゃないんだよ。うまく執行猶予をつけなければならない」

ホリエモンは実刑判決が出たばかりだが、悪い国策捜査だったのかもしれない。


2007年2月17日追記:

梅田望夫さんと小説家の平野啓一郎さんの「ウェブ人間論」を読んだら、梅田さんが「国家の罠」について語っていた。

ウェブ人間論


「佐藤優氏が『国家の罠』で書かれたように、日本ってルールが急に変わるでしょう。あの本では、そういう日本の特質があますとこなく描かれています。」

本日(2月17日)の朝日新聞の別刷り"be"では「逆風満帆」というコーナーで、佐藤優氏を「言論界に転じ寵児に」と見出しを付けている。

「当の佐藤は『食べていくため。ネタがあるし、面白い』と語ったという。てらいのない言葉に、逆風を自らの力で追い風に変えた自負がにじんだ。」と紹介している。

当分目が離せない人物である。


今回のあらすじは長いです。


国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて


筆者は朝日新聞を購読しているが、先日おやっと思ったことがある。

外務省のラスプーチンと呼ばれ、背任罪偽計業務妨害罪で現在公判中の佐藤優(まさる)元外務省分析官が、1月14日と21日の朝日新聞読書欄の「たいせつな本」というコラムに2週続けて書いているのだ。

それも最初が、日本の代表的なマルクス経済学者宇野弘蔵の「経済原論」、次の週が弁証法で有名なヘーゲルの「歴史哲学講義」の紹介だった。


歴史哲学講義 (上)


いずれも難解な本だが、「経済原論」には「2人のカール結んだ純粋資本主義の視座」、ヘーゲルの「歴史哲学講義」には「独房で染みた名翻訳 理性がもたらす癒し」という副題がつけられており、佐藤優氏がただものではないことを感じさせる。

ちなみに二人のカールとは、一人はカール・マルクス、もう一人はカール・バルトという「教会教義学」という神学の本の著者だ。佐藤優氏は同志社大学神学部大学院卒の異色の外交官である。

今まで頭をガーンとやられる様なカリスマ性を感じたのは、安部譲二と角川春樹だと以前書いたが、佐藤優氏には同様のカリスマ性を感じる。この本はいくつかのノンフィクション文学賞の候補になった他、毎日出版文化賞特別賞を受賞している。選者も同様の印象を持ったのだと思う。

佐藤優氏というと、鈴木宗男議員と組んで、対ロシア外交でやりたい放題の役人という悪いイメージを持っていたので、あまり著書を読む気にならなかったのだが、この朝日新聞のコラムを読んで興味を持った。

その佐藤優氏が外務省の内情、巣鴨の東京拘置所での検察とのやりとりをありのままに書いた手記が、この「国家の罠」だ。


構成や序章が読者を引きつける

この本の全体の構成は次の通りだ。はじめに田中眞紀子・鈴木宗男の政争を持ってきて、いやでも読者の興味を引く。

序章 「わが家」にて
第1章 逮捕前夜
第2章 田中眞紀子と鈴木宗男の闘い
第3章 作られた疑惑
第4章 「国策捜査」開始
第5章 「時代のけじめ」ととしての「国策捜査」
第6章 獄中から保釈、そして裁判闘争へ

序章「わが家にて」は「拘置所グルメ案内」という文で始まる。

東京拘置所での職員との日常会話、独房の設備(冷暖房なし)、その日の食事内容(午後5時に「配盒:はいご〜お」と叫ばれ、懲役囚が麦飯、青椒牛肉絲(ピーマンの牛肉炒め)、野菜と小エビの中華スープに高菜を配る)などが紹介されている。

「くさい飯」は実はおいしかったと。軽妙である。

拘置所の生活から、モスクワ駐在時代のクーデター未遂事件やロシア政府要人との親交、「劇場」と呼ぶ法廷の状況などを簡潔に記して、9時の消灯のチャイムで今晩もなかなか寝付けそうにないという独白で序章は終わる。

読者を引きつける絶妙の序章である。

ちなみに佐藤優氏は正月も拘置所で過ごしたが、正月は紅白まんじゅうとおせち料理の重箱が配られ、元日の夕食はビーフステーキ、たらこスパゲッティ、クリームシチュー、カフェオレだったと。


外務省の情報分析活動

いままで各官庁にはいくつもの暴露本があり、厚生労働省では、元神戸検疫所検疫課長で懲戒免職となった故・宮本政於(まさお)さんの「お役所の掟」が有名だ。


お役所の掟―ぶっとび霞が関事情


外務省ではイラク戦争時に小泉政権を批判して、実質免職となった外務省の天木直人元大使の「さらば外務省」が有名だが、この本は、そういった暴露本とは全く異なる内容だ。


さらば外務省!―私は小泉首相と売国官僚を許さない


この本で、外務省に国際情報局分析第一課という情報分析を専門に行うチームがあることを初めて知った。

情報機関としてはアメリカのCIA、イギリスのMI6が有名だが、日本にはそれに似た機関はない。

(ちなみにCIAMI6もホームページがある)

外務省の情報分析専門チームと言っても、別にスパイを抱えている訳でもなく秘密組織ではないが、日本政府の外交政策を実現するために、情報収集と外国での人脈づくり、信頼関係をつくるといった活動をする専門の部署だ。


日ロ平和条約締結/北方領土返還の悲願

この本で参考図書として「北方領土問題」という和田春樹東大名誉教授の本が紹介されている。

こちらの本も読んだので、詳しくは別途紹介することとして、ここは戦後の動きのみを紹介する。

1945年8月にソ連は日ソ中立条約を破って、満州・南樺太・千島列島に侵攻してきた。8月15日の日本の無条件降伏後もソ連は攻撃をやめず、千島列島では日本の守備隊の猛反撃にあい、9月まで戦闘が続いた。

1956年の日ソ共同宣言で、戦争状態は正式に終結し、北方四島については、歯舞島、色丹島の二島が平和条約締結後に返還されることで合意したが、1960年にソ連は日本からの外国軍隊の全面撤退という条件を付け、宣言を一方的に反故にしてしまった。

長く日ソ関係は進展がなく、特に1973年に田中角栄・ブレジネフ会談が決裂してからは、日ソ関係は冷え込み、その後18年間首脳会談は実現しなかった。

ソ連邦崩壊、ロシア誕生とともに、関係改善が見られ、1993年に細川首相とエリツィン大統領が東京宣言に署名し、20世紀の問題は20世紀中に解決しようと、北方四島の帰属問題を解決して平和条約を締結することを公約した。

1997年に当時の橋本龍太郎首相が、日ロ関係を信頼、相互利益、長期的な視点の三原則によって飛躍的に改善すべきであると発表し、クラスノヤルスクでエリツィン大統領と2000年までに平和条約を締結して、北方領土問題を解決することでロシア側と合意した。

橋本首相の後の小渕首相、その後の森首相も積極的にロシアに働きかけ、エリツィン大統領、その後を次いだプーチン大統領と平和条約締結を目指して交渉したが、結局2000年末までには平和条約は締結されなかった。


外務省のスクールとマフィア

外務省には学閥は存在しない。その代わりに、研修語別の派閥が存在すると。それらは「アメリカスクール」、「チャイナスクール」、「ジャーマンスクール」、「ロシアスクール」などに大別される。

さらに外務省に入ってからの業務により、法律畑は「条約局マフィア」、経済協力は「経協マフィア」、会計は「会計マフィア」という派閥が存在する。

日本の対ロ政策は欧州局長の指揮下、ロシア課長が具体的戦略を策定するが、たまたまロシアスクールでない人が要職につくと、実質的な意志決定はロシアスクールの親分格の人々によってなされることになる。

つまり日本の対ロ政策はロシアスクールが握っているのだ。前述の橋本首相の3原則もロシアスクールが原案をつくったものである。

そのロシアスクールの内紛が、田中眞紀子外相の時の、駐英公使として転出していた元ロシア課長小寺次郎氏の、ロシア課長復帰呼び戻し事件だ。

外務省から経世会の影響力をなくすことを目的とする田中眞紀子が外相に就任したことで、外務省の派閥抗争が顕在化し、このような機能不全を起こした。

そのため外務省は原因となった田中眞紀子女史を放逐するために、鈴木宗男氏の政治力を利用し、田中眞紀子女史が放逐された後は、用済みとなった鈴木宗男氏と佐藤優氏を整理したのだと。


田中眞紀子氏の奇行

田中眞紀子氏は外相に就任早々人事凍結令を発した。

また本来外相の右腕、左腕である事務次官、官房長を大臣室出入り禁止にするという信じられない暴挙にでて、あげくのはてには「外務官僚に恫喝された」とか、「外務省は伏魔殿」と言い出す始末だった。

就任直後も表敬訪問してきた米国国務副長官で大の親日派アーミテージ氏との面談をドタキャンした。

そのとき「婆さん」(外務省ではこう呼んでいたという)は、就任祝いの礼状を書いていたという。

アーミテージ氏といえば、がっちりした体格で、ベンチプレス200KG近くを挙げるという話だが、元特殊部隊員で、ベトナム戦争集結時には民間人も含め数千人を救出したという、ランボーのモデルとも言われるベトナム戦争の英雄だ。

今もベトナム難民孤児など10名を養子として育てているという話を、最近アーミテージ氏に会った筆者の知人から聞いた。

日本の政界官界に友人が多く、筆者の友人も、某官庁の首脳だった父親の葬儀後訪ねてきて、一緒に会食したそうだ。日本の政界官界と親密な関係のある人物だ。

その親日家アーミテージ氏が米国政府での事務系キャリアのトップに上り詰めた国務副長官の時代に、会談をドタキャンするとは外務大臣としてはあるまじき行為と言わざるを得ない。

田中眞紀子外相は、9.11の時に極秘中の極秘の国務省の緊急連絡先を記者団に漏らしたりして、さらに失点を重ねた。

外務官僚が動かないので、最後には外務省人事課長室に籠城し、斉木人事課長の更迭を試みるという奇行を行った。

佐藤氏は田中眞紀子氏のことを人の心を動かす天才と呼び、トリックスター(騒動師)と呼ぶ。小泉政権誕生の母、大衆政治のポピュリストであるが、政治家として組織を動かせる人物ではない。

余談だが、佐藤氏はある外務省幹部のコメントとして、日本人の実質識字率は5%だという話を紹介している。

「新聞は婆さんの危うさについてきちんと書いているんだけれど、日本人の実質識字率は5%だから、新聞は影響力を持たない。ワイドショーと週刊誌の中吊り広告で物事は動いていく」と。

5%かどうかはともかく、おおむね真実だから恐ろしい。田中眞紀子女史が都知事などになったら、都庁の混乱は田中知事の長野県政どころではないだろう。組織の長になって欲しくない人の筆頭である。


国策捜査

佐藤氏を取り調べた検事は、これは鈴木宗男をねらった「国策捜査」で、組織相手に勝てると思うなと語ったという。

東郷元欧亜局長、佐藤分析官、前島係長がターゲットにされたが、外務省は外交のサラブレッド東郷和彦元欧亜局長は必死で守り、佐藤氏、前島氏と三井物産の社員2名が起訴された。

特捜の常識では、官僚、商社員、大企業社員のようないわゆるエリートは徹底的に怒鳴りあげ、プライドを傷つけると検察の自動供述調書製造器になるという。

取り調べは土日もあり、弁護士が接見できない土日に徹底的に攻勢を掛ける場合もある。だんだん検察官が味方に見えて、弁護士が敵に見えてくるようになるのだと。

佐藤氏と同時に起訴された前島元係長は、東大卒のキャリア官僚だが、彼は検察官の自動供述調書製造器になったという。

佐藤氏は、国益に対する影響を最小限にすることと、情報源を守ることなどを検察官に要請したが、外務省自体が情報源をそのまま検察に出してしまったことで、外務省は佐藤氏も情報源も守らないことに、佐藤氏はショックを受けたという。

情報の世界では時効がなく、もし情報源が明かされることになると、佐藤氏は一生追放されるのだと。

また外交文書は2030年に公開されるので、そのときに真実が明らかになるのを佐藤氏は待つのだと言う。


時代のけじめ

今回の佐藤氏、鈴木宗男議員の起訴を、検察官は「時代のけじめ」をつけるためと語ったという。

検察は一般国民の目で判断し、行き過ぎを追求すると。

時代のけじめとは、過去には大蔵省が過剰接待で摘発され、それをきっかけに財務と金融の分離がなされ、大蔵省の財務省と金融庁への再編が起こった。

国策捜査とはそういう時代のけじめをつけるものだという。

鈴木宗男議員は経済的に弱い地域の声をくみ上げ、クマが通ると揶揄される高速道路などを北海道に建設、地元の利益誘導の象徴だった。外交についてもクナシリ島の通称ムネオハウス建設など、行き過ぎがマスコミにたたかれた。

小泉政権と森政権は同じ森派(清和会=旧福田派)だが、基本政策は大きな断絶があると。

内政では競争原理を強化して日本経済を活性化すること、外交では日本人の国家意識、民族意識の強化だと佐藤氏は分析する。

そのパラダイムシフトのための時代のけじめ=鈴木宗男逮捕だったのだ。


日本の国益を真剣に考える人たち

以下は筆者の感想です。

筆者は商社に永年勤め、合計11年におよぶ海外駐在の時など、公私のつきあいのなかで、日本文化の紹介や日本に対する理解向上とかいったレベルでは努力はしたが、思えば日本の国益というものは真剣に考えたことがなかった。

この本を読んで感じるのは、日本の国益を真剣に考える人たちがいるのだという点だ。

日本政府や外務省という職責から当たり前の話ではあるが、橋本内閣以降、小渕内閣、森内閣も日ロ関係改善を政策として打ち出し、様々な情報工作と、経済協力などのカードを使って目標である2000年までの平和条約締結に真剣に努力していたことを改めて認識した。

佐藤氏が起訴されているイスラエルとの学者交流や、クナシリ島へのディーゼル発電機供与も、この政策実現のため、国益のための活動であったことは間違いない。

一般的にはロシア政策でなぜイスラエルなのだと思われがちだろうが、イスラエルにはポーランド・ロシアなど共産圏からのユダヤ人帰国者(アシュケナージと呼ばれる)が多く、ロシア研究は世界でもトップクラスだ。

2000年が過ぎ、平和条約締結への道のりもはっきりしないまま小泉政権となり、近隣外交の話題は北方領土から人気取りスタンドプレイの北朝鮮の拉致問題、靖国問題に変わった。

森首相までの歴代内閣の、日本の国益のために日ロ平和条約を締結しようという意気込みは、大きくトーンダウンしたことは否めない。

2月7日は北方領土の日だが、なにかイベントが開催されたのかどうかも報道されない始末だ。

もともと北方領土問題は、国民の関心がどちらかというと薄く、解決の糸口もつかめていない。

その意味で、小泉ポピュリスト政権では、拉致被害者の帰国という国民の支持を高める効果が確実に見込まれる拉致問題にシフトしていき、北方領土問題は置き去りにされたまま塩漬けとなっている現状だ。

外交とは相手のあることで、佐藤氏が加わっていた外務省のロシアスクールの工作と活動は意義あることとして理解ができる。

それを一過性のものとして終わらせると、結局なにも残らないことになる。

大前研一氏などは、国境の決定に長い時間を費やすよりも、道州制の発展形としてロシアの沿海州も巻き込んだ経済圏として発展させるべきだと提案している。

もともと千島列島やサハリンは、日本政府が国境線設定の根拠としている1855年の日露通好条約以前はアイヌ、ロシア人、日本人が混住していた地域である。

サハリンには天然ガス資源もある。先の見えない昔ながらの国境線設定交渉にこれ以上時間を費やすべきでなく、大前さんの提言の様な大きな枠組みで、日ロ両国の本当の国益を追求すべきではないだろうか?

そんなことも考えさせられた。いろいろ参考になることが多く、内容の濃い本である。

約400ページの本だが、面白く読める。是非一読をおすすめする。


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2007年03月17日

まほろ駅前 多田便利軒 小説は事実より奇なり(?)

まほろ駅前多田便利軒


筆者は東京都町田市に住んでいる。

神保町にあるオフィスまで、電車に乗っているのがちょうど1時間と、都心から離れているが、町田の町は自然に恵まれており(ハミングバードかわせみも来ます!)、プールや図書館などの公共施設も充実しているので、気に入っている。

その町田市を舞台にしたのが、この「まほろ駅前多田便利軒」だ。

直木賞受賞作でもある。

もちろん小説なので実際とは異なるが、筆者の住んでいる分譲地の裏を流れる鶴見川(小説では亀尾川となっている)の源流の話や、町田駅前の昔ながらの商店街(仲見世)、駅裏のあやしげなホテル街など、風景が思い浮かんで楽しく読める。

筆者のポリシーとして小説は詳しいあらすじは紹介しないが、この本は「事実は小説より奇なり」ではなく、「小説は事実より奇なり」という感じだ。

まほろ駅前に小さなオフィスを構える便利屋に持ち込まれる仕事から起こる様々な事件を描いたもので、得体の知れない高校の同級生と偶然再会して、彼が相棒となる。

バツいち同士の主人公と相棒で、それぞれが数奇な過去を持つという、ありえないストーリー展開だ。

チワワの新しい飼い主を見つけてくれという最初の依頼が、全体のストーリーをつなぐ横糸のようになっている。

面白く一気に読めるので、息抜きに読まれることをおすすめする。


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2007年03月13日

戦争で儲ける人たち ブッシュを支えるカーライルグループ

お断り: 

このあらすじは断定的に書いてある部分が多いが、本書の著者が断定的な言い方をしているので、この様になることをお含みおき頂きたい。


戦争で儲ける人たち―ブッシュを支えるカーライル・グループ


小林由美さんの「超・格差社会 アメリカの真実」で、プライベートエクイティファンドの代表格として紹介されていたカーライルグループについてのレポート。

カーライルグループは1987年創業で、創業メンバーはスティーヴン・ノリスとデヴィッド・ルーベンスタインだ。

二人とも弁護士で、ノリスはマリオット・ホテルで買収担当、ルーベンスタインは内政担当副補佐官としてカーター政権で働いた後、買収担当弁護士としてワシントンで働いていた。

二人はエスキモー企業に認められていた税制上の特権を利用して、マリオットホテルの節税を実現したことで知り合い、ノリスのマリオットの同僚、ダン・ダニエロとMCI(通信会社)の財務責任者だったウィリアム・コンウェイが加わった。

創業資金を提供したのはピッツバーグのメロン財閥他で、創業資金は5百万ドル(6億円)だった。

最初に加わった政界の大物はマリオットでのノリスの上司で、共和党の実力者、フレッド・マレクだった。彼の人脈でブッシュ一家やサウジ王室との関係ができる。

最初の買収の機内食サービスは失敗、しかしジョージ・W.ブッシュを得る

カーライルグループの最初の買収は、1989年の旧マリオットの機内食サービス部門、ケーターエアのMBO(経営陣による買収)だった。

ケーターエアーは買収当時は優良企業だったが、1991年に航空不況のためパンナムとイースタンエアーが倒産し、機内食がクラッカーに置き換えられる等のコスト削減策のため、苦境に陥る。

結局ケーターエアーはライバルのスカイ・シェフと合併して、カーライルグループの最初の買収は損失が出たが、当時の大統領の息子ジョージ・W.ブッシュをケーターエアーの役員として迎え、コネクションができたことが後のカーライルグループの発展に大きく役だった。


元国防長官カールッチがカーライルグループ入り

次にカーライルグループ入りした政界の大物は、レーガン政権末期の国防長官フランク・カールッチである。

カールッチは外交官としてのキャリアが長く、昨年末まで国防長官だったドナルド・ラムズフェルドとは大学時代のルームメートという関係で、1989年にカーライルグループ入りした。

カールッチが入った関係で、カーライルグループはBDMという国防コンサルタント企業を1991年に買収する。

BDMは何十もの軍需企業を顧客に持ち、カーライルグループが軍需企業との関係を深めることに役立つとともに、1994年には上場、1997年にはTRWへの会社売却により、大きな利益をカーライルグループにもたらした。

当時は1989年のベルリンの壁が崩壊し、カールッチを継いだチェイニー国防長官が「平和の配当」と呼んだ軍事予算削減の時代で、軍需産業の株価は低迷しており、安値で買うには適当な時期だった。

カーライルグループはハルスコ(曲射砲)、ユニシスの兵器部門、LTVと買収を仕掛け、最後のLTV案件ではフランスのトムソン社による買収を国益に反するとして阻止し、アメリカ企業のコンソーシアムでLTVを買収して大きな利益を上げた。


シティバンクを救うアラブの王子

今や日興グループを買収すると発表し、世界の巨大金融グループとなった米国シティバンクグループだが、1990年代はじめはシティバンクの株価は1990年後半で半値に暴落し、15億ドルの資金が必要だった。

1991年は日本はバブル景気の最後で絶頂期だったが、湾岸戦争が進行中で、アメリカでは景気後退が起きており、銀行業界も苦境にあえいでいた。

そんなアメリカの銀行業界に資金を提供したのが、サウジアラビアのアルワリード王子であり、シティコープの15%の株式購入取引をまとめ上げたのがワシントンに強いコネを持つカーライルグループだった。

アルワリード王子を味方につけたことは、カーライルグループがサウジの金庫の鍵を手に入れたも同然のことだった。

さらにカーライルグループは1992年に、民間企業ながら軍事教練を行うヴィネル社を買収し、サウジ人脈と国防人脈を結びつけた。ヴィネル社の活動は秘密に包まれているが、退役直後の軍人を多く雇い入れ、CIAのフロント企業だと言われ、サウジでテロによる爆弾攻撃もあっている。


超大物 べーカー国務長官がカーライルグループ入り

ジェイムズ・べーカーはレーガン政権で財務長官、ブッシュ政権では国務長官を務めた大物で、ブッシュ父がクリントンと戦った選挙戦の総責任者だったが、ブッシュ父が負けたため政・官界を去ることになった。

そのべーカー元国務長官が1993年の退任後の職として選んだのが、カーライルグループだった。カールッチとのつりあいを考え、カールッチは会長に昇格、べーカーはパートナーとして迎え入れられたが、べーカーの方がはるかに大物だ。

1995年にはカーライルグループの経営陣に動きがあり、創業者の一人のノリス氏が解雇される。あまりに個人プレイが過ぎ、社内対立が激しくなり収集がつかなくなったためだ。

ちなみにこのノリス氏はこの本の著者のインタビューに応じて、いろいろな情報を提供しているようだ。


それからはサクセスストーリー

べーカーがカーライルグループ入りしたことで、資金は無限に集まるようになり、カーライルグループの最大の問題が解消した。

それまでカーライルグループが集めたファンドは1億ドルが最高だったが、次のファンドでは結果として13億ドルの巨大資金が集まった。

カーライル・パートナーズIIというファンドは航空宇宙産業、軍需産業、医療・通信・保険などの業界を投資対象としていた。

べーカーが入ったことにより、当初からのパトロンのメロン財閥他の1億5千ドルに加え、ジョージ・ソロスのクオンタムファンドが1億ドルの出資を決めた。

カーライルグループはソロスが投資したことをマスコミに発表し、それからはアメリカン航空やシティバンクなどの大企業、フロリダ州政府、カリフォルニア州職員年金などが出資を約束し、最終的には13億ドルの資金が集まったのだ。

カーライル・パートナーズIIの年率リターンは30%以上となり、創業者は超大金持ちになった。

さらにはブッシュ父までカーライルグループ入りし、ブッシュの誘いでジョン・メージャー元英国首相が、1997年の首相退任後すぐカーライルグループのヨーロッパアドバイザリーボードの一員となった。

ラモス元フィリピン大統領や、韓国の元首相なども加わり、アジアからの資金も潤沢に集まるようになった。


そしてジョージ・W.ブッシュの大統領就任

ジョージ・W,ブッシュの恩人はブッシュ父と、もう一人はフロリダ州の票数え直し抗争を陣頭指揮したべーカーだ。

カーライルグループはジョージ・W.ブッシュの選挙戦を多額の選挙資金提供と人的支援で、全社を挙げて応援していたが、ブッシュが最終的にフロリダ州で勝つことができたのは、べーカーの陣頭指揮によるところが大きい。

べーカーはアル・ゴア候補の「すべての票を数えよう」というスローガンに対する徹底攻撃を指示した。

「PR戦略が必要だ。このままじゃ、『すべての票を数えよう!』にやられてしまう。だって、そうだろう?相手の言っていることが正しいんだから」とべーカーは語ったと。

ゴアは問題の多い郡での数え直しという控えめな提案をしたが、ゴアに有利な郡ばかり選んでいると反撃を受けた。べーカー自身も記者会見を開いて、これは3度、4度の数え直しだと主張して、ゴアの主張が不当な様な印象を与えるPRにつとめた。

結局これ以上の数え直しは行わないという最高裁の決定が出て、ブッシュの勝利が確定したので、べーカーの貢献は大きい。


今度は民主党の大物を採用

カーライルグループは共和党クラブという別名を頂戴しており、幹部社員の民主党員はルーベンスタイン一人だった。

G.W.ブッシュが勝つと、コリン・パウェルやラムズフェルドなど、カーライルグループで職を得ていた共和党の大物が、ブッシュ政権入りしてカーライルの役員会には欠員が出た。

そこで、今度は民主党のケナード元連邦通信委員長、ベヴィット元証券取引委員会議長などを採用し、欠員を埋めたのだ。

まさにスター軍団だ。共和党にも民主党にも人脈を持つ、盤石のカーライルグループの基盤ができつつある。


United Defense(UD) カーライルグループの力がわかる事例

カーライルグループの実力がわかる好例はUnited Defense(UD)社だろう。

米軍の主力装甲兵員輸送車であるM2ブラッドレーを製造しているUD社は、カーライルグループが出資しているハルスコ社とFMC社の子会社だった。

1997年に軍需産業の巨大企業ゼネラル・ダイナミクス社が、UD社の買収提案を提示したが、カーライルグループは独占禁止法に抵触すると反対キャンペーンを行い、最終的にカーライルグループがUD社を買収することになった。

UD社が開発した自走式大砲のクルセーダー砲は、40キロ先の敵に1分間で10発の砲弾を撃ちまくることができるという高性能砲だが、正規軍が対抗する第2次世界大戦当時の戦場ならともかく、対テロ・ゲリラの戦いという現代戦では無用の長物となっていた。

そのクルセーダー砲を、カーライルグループは政治力を遺憾なく発揮して9.11テロに絡めて生き延びさせ、クルセーダー砲開発予算が承認された翌日の2001年12月14日にUD社を上場させた。

カーライルグループのキャピタルゲインは投資額8.5億ドルの3倍で、それまでの配当収入もあるので、UD社はカーライルグループにとって非常に高収益の買収案件となった。

翌2002年にクルセーダー砲計画キャンセルが決まっても、UD社はすぐ次代の兵器システムとして再生させている。


この他にも、G.W.ブッシュ大統領となってから、ブッシュ父がカーライルグループの代表としてサウジアラビアや韓国などを訪問し、マスコミからカーライルグループとブッシュ政権の密着度が叩かれるとか、ビン・ラディン一族がカーライルグループに投資していたこと等がレポートされている。

日本でもカーライルグループは東芝セラミックスのMBOやイーアクセス、ウィルコムの買収などで活動している。


非常にジャーナリスティックに、悪く言えば興味本位にカーライルグループの政治力を描写しているので、この本だけでカーライルグループを理解するのは危険だと思うが、面白い読み物ではある。

わずか20年で、プライベートエクイティファンドとしての地位を確固たるものに築き上げたカーライルグループ。

その活動がよくわかり参考になる。一読をおすすめする。


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Posted by yaori at 21:29Comments(0)TrackBack(0)

2007年03月05日

ハリアーハイブリッド 現在の平均燃費は8.8Km

昨年9月に夏休みで軽井沢に遠出をした後の、燃費を紹介したが、そのときは9.4Kmだった。

ハリアー燃費最新








その後は年末年始の軽井沢へのスキー旅行(サイルチェーン着用なので燃費最悪)を除くと、自宅の近辺の市街地走行が中心だった。

1月には9キロ台になっていた燃費も、現在は8.8キロになっている。

自宅近辺はアップダウンがあるので、市街地走行ではどうしても燃費が悪くなり、さらに冬場では燃費が落ちる様だ。

最近の燃費








また旅行に行き、高速走行が増えれば9KM台に回復すると思う。  
Posted by yaori at 00:06Comments(0)TrackBack(0)

2007年03月04日

ケータイの未来 夏野剛 ドコモの戦略がよくわかる

ケータイの未来ケータイの未来
著者:夏野 剛
ダイヤモンド社(2006-11-17)
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ドコモの戦略を陣頭指揮する夏野剛氏の近著。

夏野氏と一緒にi-modeを立ち上げた松永真理さんの「iモード事件」は楽しく読めたが、松永さんはiモードを立ち上げてすぐにドコモを去り、夏野さんが実質総責任者としてドコモのマルチメディア戦略を作り上げてきた。

iモード事件 (角川文庫)iモード事件 (角川文庫)
著者:松永 真理
角川書店(2001-07)
販売元:Amazon.co.jp
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この本を読むと、夏野氏が携帯電話の生活インフラ化を目指して、おサイフケータイにこだわり、積極的に仕掛けてきたかがよくわかる。

本の半分がおサイフケータイ関係の話であり、それ以外の半分はドコモで働いて感じた点などだ。

ドコモは昨年10月末のナンバーポータビリティ導入以降、徐々にシェアーを失い、KDDIがシェアーを延ばしている。

しかし、夏野氏は瞬間風速的にはドコモはシェアーを落としているが、ドコモが過半数を占め、それ以外を二社が分け合うという競争構造自体は、今後もあまり変化はないだろうと語る。


「ケータイの未来2020」

最初に「ケータイの未来2020」というミニ小説で始まる。

ケータイが生活インフラとして、なくてはならないものになっている将来の姿を描いた未来小説だ。

腕時計一体型や、口紅、名刺入れ、ペンなどの様々な形状で、スターウォーズでR2−D2が投射するレイア姫の様なバーチャルディスプレイ(但し3次元でなく、2次元)を持つ。

入力が必要な時は、バーチャル・キーボードが投射され、指の動きをセンサーが感じとるのだ。

鍵がわり、外出時のナビ、乗車券、指紋認証などは当たり前、お天気や、ニュースは情報は常時表示され、スケジューラーにもなる。


おサイフケータイはiモード以来の転換点

夏野氏は「生活をもっと便利に、豊かにしたい」という思いで、松永真理さんに招かれて、ドコモのiモードプロジェクトに参加した。

ドコモにくる直前は、「社長失格」の板倉雄一郎さんがつくったハイパーネットの副社長として、会社倒産の修羅場をくぐった経験がある。

社長失格―ぼくの会社がつぶれた理由社長失格―ぼくの会社がつぶれた理由
著者:板倉 雄一郎
日経BP社(1998-11)
販売元:Amazon.co.jp
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iモードは松永真理さんが打ち出した「コンシェルジュ」というコンセプトのもとで推進されたことは有名だ。

おサイフケータイは松永さんの後を継いだ夏野さんが、「生活インフラ」というコンセプトのもとに2004年から推進したものだ。

JR東日本が携帯電話の中にSuica機能を取り込めないかと、呼びかけてきたことがきっかけで、ソニーのFeliCa技術を採用して、おサイフケータイを展開することを決めた。

勝ち馬に乗る、という理由でFeliCa技術に決めたという。

iモードの誕生は、「いつまでも音声通信に頼っていては先がない」という1997年当時の大星公二社長の危機感が発端になっている。

社長の命を受け榎啓一さん(現在NTTドコモ東海社長)が、松永さんや、夏野さんを引き込み、スタートさせたのがiモードだ。

iモードは、今やオランダ、イスラエル、ロシア、英国、アイルランドなど世界69ヶ国で利用可能となっている。


DCMXが夏野氏のドコモ入社の理由

DCMXとはよくわからないネーミングだが、DoCoMoーXの略だ。

DCMXはドコモが始めたクレジットサービスで、ドコモ自身のクレジット事業DCMX、中学生でも使えるDCMX miniと、クレジットカード会社に供与するiDがある。

DCMXとは通信サービスと決済サービスの融合で、夏野さんはこれを実現するために着々と準備を重ねてきた。Javaを採用、おサイフケータイを導入し、三井住友カードに出資したのもすべてDCMXに向けた礎であると語る。

ドコモがクレジットカード事業に乗り出す理由は、日本のクレジットカード産業は急速に伸びている産業であるからだ。

1999年は19兆円だった市場規模が、2005年には29兆円になった。それでも300兆円といわれる個人消費に占める割合は10%以下である。

米国の24%まで行くかどうかはともかく、まだまだ伸びしろは大きい。

さらに少額決済市場は60兆円といわれ、クレジットカードはほとんど使われていないので、ドコモのDCMXやiDの可能性は大きい。

クレジットカードにはドコモ自身で参入を考えていたそうだが、ある人より「村の掟」があると言われ、「村の先住民」の三井住友カードへの出資参加による参入に変えたのだと。

夏野さんの提案に、当時の三井住友銀行頭取の西川善文さん(現日本郵便会社社長)は、モバイルクレジットのメリットを瞬時に理解し、ドコモとの提携を即決してくれたという。

橋渡しをしたのは、現楽天副社長の国重惇史さんだ。


1500万人にクレジットを与えるドコモのDCMX

DCMXはプラスティックカードも発行できる通常のクレジット。

そしてDCMXミニは、滞納のないドコモユーザーなら月一万円まで、すぐに使えて電話料金と一緒に返済ができるドコモの消費者向けクレジット事業だ。

中学生から1万円まで借りられるので、おサイフケータイ保有者1500万人にクレジットを与える巨大な金融事業なのだ。

DCMXはエンブレムのデザイン、サウンド、リーダー・ライターのデザインなど細かいところまで凝り、かっこいいサービスとなることをねらっているのだと。

リーダー・ライターは2006年度内に15万台設置する予定になっている。

最近コンビニや100円ショップなど、いろいろなところでiDが使えるところが増えてきている。

おサイフケータイでどれだけ収入は見込めるのかという点は、次のように語っている。

iモードでもドコモの収入はアプリあたり月額数十円だったが、ちりも積もれば山となるで、iモードは今ではドコモの大きな収益となっている。

これと同じシナリオをクレジットカード事業でも目指したいと。


この本の残り半分がケータイクレジット以外で、このうち印象深い点をいくつか紹介する。


事務系、技術系という言い訳

夏野さんはトップの出身学部や分野は、事業の成功にはほとんど意味がないと語る。そういえばNTTの社長は技術系とか、次は事務系だとか下馬評があがる。

IT革命の最大の功績は、技術の詳細な内容がわからなくともビジネスモデルを構築できるようになったことだと。

50歳を過ぎた役員が、三十年も前に卒業した学部が文系か理系かと言っているのは、仕事や責任を回避しているとしか思えないので、周囲を含め、こうした甘えは絶つべきであると。

理系・文系のこだわりは、一種の日本流ワークシェアリングではないかと夏野さんは一刀両断している。

               
淘汰が必至のモバイル・コンテンツ業界

従来コンテンツホルダーは、モバイル向けは専業のベンチャー企業に任せていたが、儲かるとわかるとわかると、モバイル向け事業に自ら乗り出してきた。

コンテンツを持たないいわゆるコンテンツ・アグリゲーターのモバイル専業ベンチャーは、経営基盤が脆弱で、成長余地は以前と比べて小さくなっていると。

夏野さん自身は、フル・ブラウザーはさほど影響力が大きくないと考えているが、フル・ブラウザー脅威論も出ているので、モバイル専業ベンチャーは、事業規模を実力に見合った大きさにして、無理が生じないようにしてもらいたいと語っている。


携帯端末メーカーの世界競争

携帯端末メーカーが世界で勝負するには、技術力、営業・マーケティング力、政治力の3つが必要であると。

日本の端末は画面の精緻度や、ソフトの安定性、端末の機能性などで、海外端末の数歩先を行っているが、営業・マーケティング力は海外メーカーが数段上手だ。

これまでは日本の通信規格が独自規格で、鎖国状態だった。

第三世代となり、ドコモがW−CDMA、KDDIがCDMA2000となり、世界共通規格となったので、日本メーカーが外に出て行くことも、外から海外メーカーが参入することもやりやすくなった。

日本のメーカーは、携帯電話事業者に売り切りで販売し、在庫リスクもなかった。そのため自身の営業力がついていない。

ところが欧米メーカーは消費材として世界で電話機を売ってきたので、営業力が違うと。

また世界での規格会議などでも、日本は現場に近い技術者などが参加しているが、欧米のメーカーは標準化のプロが参加しているので、政治力が違うのだと。


サムスンの強さ

世界で強い例として、サムスンを夏野さんは挙げている。

強さの秘訣の一つは経営トップが持つ強いリーダーシップで、即断即決であると。

夏野さんは、サムスン電子のテレコミュニケーションネットワークビジネス社の李基泰(Kae Tee Lee)さんと懇意にしているが、海外端末を増やそうとサムスンと交渉を始めた席で、夏野さんが説明を終えると、李社長が社員にすぐやれと指示したのには驚いたと。

今ではサムスンが海外iモード機の販売No. 1で、技術力もある上に、全社員は英語か日本語を第二外国語として習得しているので、世界のどこの市場にも食い込んでいける営業力をつけていると。


最後に夏野さんは、「ケータイの未来は無限に広がり、ケータイの最大の強みは、人間の体にもっとも近いハイテク製品であることだ」と語っている。

ドコモのマルチメディア戦略の責任者が、自ら語る近未来のドコモで、読みやすく大変参考になる。是非一読をおすすめする。


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Posted by yaori at 00:10Comments(0)TrackBack(0)