2007年11月30日

歩きながら本を読む方法

筆者は小説はあまり読まなかったが、会社の友人から影響を受けて、最近は昔の小説を読んでいる。

それも歩きながら小説を読んでいる。

究極の時間の活用法だ。

でも二宮金次郎のように、歩きながら本を読んでいる訳ではない。

タネを空かせば、実は図書館で漱石全集のオーディオブックを借りて、iPodにダビングし、通勤途中、特に日課となっている駅まで30分の散歩の時に聞いているのだ。

筆者は漱石が好きなので、2週間掛けて「それから」を聞いた。

それから (新潮文庫)


全文の朗読なので、約11時間にもわたるものだ。

100年前の小説だということが信じられないくらい、改めて新鮮に読め(聞け)た。

読書は今まで通りビジネス書中心で行くつもりだが、通勤途上の時間を使ってのオーディオブックで小説を読む楽しみは続けていこうと思う。

小説のあらすじは詳しく紹介しない主義なので、「それから」のあらすじも詳しくは紹介しないが、「それから」の最後の場面で、主人公の高等遊民(要は現代のニート)の代助が、お兄さんで実業家の誠吾(せいご)に、「貴様は馬鹿だ」と怒鳴られる場面で、声優が本当に声を荒げて怒鳴ったのにはびっくりした。

代助の親友平岡の妻三千代に対する横車純愛の先行きは、暗澹たるものになりそうな含みをもって「それから」は終わっているが、オープンエンドの(完結しない)終わり方といい、心の洗濯ができた思いだ。

漱石はやはり良い。

是非、本又はオーディオブックで再読、あるいは新規で読むことをおすすめする。


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2007年11月25日

サンディ・ワイル回顧録 シティグループを築いたM&Aの巨人の自伝

サンディ・ワイル回顧録―世界最大の金融帝国を築いた男 (上)


シティコープとトラベラーズ・グループを1998年に合併させ、世界最大の金融グループのシティ・グループを創り上げたサンディ・ワイルの自伝。

この本ではサンディがいかにして一介の証券ブローカーから、幾多の企業買収を経て、世界最大の金融グループを築き上げたかが、時系列的に語られている。

2007年の"Forbes"によるとサンディ・ワイルは資産19億ドル(約2,100億円!)の億万長者で、カーネギーホールの理事長をつとめるほか、自分の名前を冠したワイル・コーネル医科大学の監督委員長などを勤め、今まで数百億円(!)の寄付を行ってきた篤志家(とくしか)でもある。

シティグループ成立後は、シティコープのジョン・リード会長とともに、共同CEOとなったが、両雄並び立たず、ジョン・リードは合併後の2000年にシティグループを離れ、サンディ・ワイルが唯一のCEOとなった。

サンディ・ワイルは2003年にシティグループのCEOを引退し、次のCEOとなったのが、この11月始めにサブプライムローンによる巨額損失で退任したチャック・プリンスだ。

サンディ・ワイルは1933年生まれ、ニューヨークのユダヤ人家庭に生まれるが、サンディが大学生のときに父親は家庭を捨てる。今はないピークスキル士官学校を卒業後、コーネル大学で学ぶ。1955年の卒業直前に結婚し、卒業後証券業界に入り、ベア・スターンズで証券ブローカーとして働き始める。


必ずしも順調でないスタート

証券ブローカーとしてはすぐに頭角を現したわけではなく、自分や奥さんのジョーンの親類縁者に株投資をしてもらったが、相場でみんなに損失を出させたことで、落ち込んで引きこもろうとするのを、奥さんのジョーンが、顧客に電話するようにハッパをかけたという弱い面もあった。

創業者タビー・バーナムが率いるバーナム&カンパニーでブローカーとして頭角を現し、当時としてはトップクラスの収入を得る。タビー・バーナムはサンディ・ワイルが師と仰ぐ人物である。

自信を得て、1960年に仲間4人と証券会社のカーター・バーリンド・ポトマ&ワイル(CBPW)を創設する。

米国の株式市場は1960年のダウ平均600ドルから、現在の13,000ドルまで50年弱で上昇した。

下がり相場もあったが、長期的には順調に拡大しており、サンディ・ワイルも証券市場のアップトレンドにそって自分のキャリアと資産をアップしてきた。


買収で企業規模を拡大し続ける

サンディ・ワイルの経歴で際だっているのがM&Aの実績と、友人・同僚との仲違いである。

サンディの買収の特徴は、単なる会社合併でなく、バックオフィスやシステムなどのオペレーションの合理化を行って合併効果が必ず出るようにしている。だからこそ買収が成功し続けているのである。

友人、同僚との仲違いは、サンディの性格によるものかもしれないが、アメリカのトップは自己主張が強く、トップエクゼクティブの転職市場も完備しているので、会社を変えることが簡単にできる。だから、みずから権力を握ろうとして、妥協することなく、ぶつかりあうからかもしれない。

最初のCBPWでも、2人が方針の対立で退社し、新たに2人を加えて1968年には社名がコーガン・バーリンド・ワイル&レビット(CBWL)となった。

このときに法律問題で世話になったのが、サンディの生涯の友となる弁護士ケン・ビアルキンである。

サンディの最初の買収対象は、1970年に経営危機を迎えていた大手証券会社のヘイドン・ストーンだ。これによって支店数は2から30カ所に増え、口座数も5,800から51,000に増えた。

ベトナム戦争の影響もあるが、ダウ平均は1970年には、1961年末の水準と同じ725ドルに下落し、多くの証券会社が赤字を出していたことが背景だ。

証券会社はそれまで非公開のパートナーシップが大半だったが、1970年にDLJが公募を行い、1971年にはメリルリンチが最初に株式を公開し、株式公開がブームとなる。

CBWLヘイドン・ストーンも、メリルリンチに続いて株式を公開し、パートナー達はみんな億万長者となった。

1973年に証券取引と商品取引のヘンツ&カンパニーを買収、規模を拡大した。ここでパートナーのマーシャル・コーガンが退社、サンディが初めてCEOとなる。

この時代にピーター・コーエンをアシスタントして重用する様になる。


シェアソンを買収

1974年にシェアソン・ハミルと合併し、社名をシェアソン・ヘイドン・ストーンとする。一挙に売上が倍以上になり、ブローカー数も1,500人となる。

今まで弱かったオペレーション部門のトップに20代のピーター・コーエンを据えて、シェアソンのオペレーション部門に統一し、強みとする。

最初からのパートナーのロジャー・バーリンドが趣味の作詞・作曲で生きたいと退社し、次に3人の経営陣が脱落する。アーサー・レビットがアメリカ証券取引所の会長となり、CBWLはいよいよW=ワイルのみが残った。

1979年にはローブ・ローズ・ホーンブロアーを買収、またもや会社の規模が倍になり、社名をシェアソン・ローブ・ローズに変え、支店270、ブローカー3,500人という第3位の規模となった。

1981年にはジム・ロビンソンが率いるアメリカン・エクスプレスと合併した。


不遇のアメックス社長時代

アメリカン・エクスプレスは社内の順序や秩序にうるさい古い体質の会社で、ビジネス文化の違いにも悩まされ、また当初ねらっていたアメリカン・エクスプレスの顧客名簿を、クロスセルのためシェアソンでも共用することは結局実現しなかった。

サンディが「仇敵」と呼び、その後IBMに転じたルー・ガースナー(このブログでも紹介している「巨象も踊る」の著者)の抵抗にあったためだ。

サンディはアメリカン・エクスプレスの社長になったが、名目だけの社長で、実権はなかったので、メインの消費者向けビジネスは手がけなかった。

まずはバックオフィスサービスのアレゲニーインダストリーズのIDS(インベスターズ・ダイバーシファイド・サービスズ)社を買収、オペレーション重視の戦略をさっそく発動した。IDSはアメリカン・エクスプレスの最も成功した買収例になった。

アメリカン・エクスプレスでは、ピーター・コーエンがシェアソンのトップとして、トレード・ディベロプメント銀行の買収を進め、次にレーマン・ブラザースを高値で買収したが、社長のサンディはつんぼさじきに置かれていた。

ある時ピーター・コーエンに電話した時に、ピーターの息子が電話に出て、父親を呼ぶときに「サンディ・ワイルからだよ。お父さんの嫌いなやつでしょう。」と言うのを聞き、いたく傷つけられたという。

アメックスでサンディが担当していたファイアマンズ・ファンド保険の売却が決定され、サンディは伝説の投資家ウォレン・バッフェトの協力を得て買収を試みるが失敗し、失意のもとに1985年にアメリカン・エクスプレスを去る。

1982年にカーネギー・ホールの理事になっていたが、浪人時代はカーネギー・ホールの募金活動にも力を入れ、自らも250万ドル寄付し、全体で6,000万ドルの募金を集め1986年にカーネギーホールをリニューアルオープンする。

名バイオリニストでカーネギーホールの運営者であるアイザック・スターンの熱意にほだされたのだと。

アイザックはサンディの最初の寄付への謝意を示すために、カーネギーホールの新劇場にジョーン&サンフォード・ワイル・リサイタル・ホールという名前を付けた。

浪人中にバンカメリカの買収を検討するが、失敗。その後の片腕となるジェイミー・ダイモン(現JP Morgan銀行CEO)がアメックスを辞めて、サンディのアシスタントとなった。


ボルチモアのコマーシャルクレジット社から再出発

サンディの再出発は1986年のボルチモアのコマーシャル・クレジットという地方の中規模消費者金融会社の経営者だった。これが破竹のM&Aサクセスストーリーの始まりだ。

アメリカの消費者金融事業は年収15,000ドルから45,000ドルの4,500万人の中産階級向けのビジネスで、コマーシャル・クレジット社は、注目に値するリスクリターンの会社であることがわかったので、IPOを実現させた。

コマーシャル・クレジットでは人脈をフルに利用し、フォード元大統領、ハーバードビジネススクールの教授、元国防長官、ウェスティングハウスの会長などが関わっていた。サンディの人脈を物語る豪華な顔ぶれだ。

サンディを継いでシティグループのCEOとなり、今年11月始めに退任したシティグループのトップ、チャック・プリンスはコマーシャル・クレジットの法律顧問をしていて、サンディと知り合ったものだ。

コマーシャル・クレジットのリストラ、ノンコア事業譲渡を行い、格付けはAマイナスへ4段階アップして、順調に再建した。

コマーシャル・クレジットは証券会社のスミス・バーニーや、ALウィリアムズなど数社の保険会社、ホテル、小売りチェーンなどを持つプライメリカ(旧アメリカン・キャン)を15億ドルで買収し、社名をプライメリカに変更した。

時間は掛かったが、資産売却、自己資本増加、格付けアップなどで、株価も高騰し、1990年7月には37ドルまで上昇するが、すぐにS&Lクライシス、ジャンクボンド崩壊、クウェート侵攻などで金融不安が広がり、株価は3ヶ月で18ドルにまで下がった。

しかし1991年から市場は回復し、1992年には最高の利益を上げる。

このころ別荘としてニューヨーク州北部のアディロンダックに17万坪の別荘地を買った。この地方には、ザ・ポイントというリゾートホテルもある。

その後はシェアソンの買い戻しや、GEからキダー・ピーボディの買収などを試みたが、成立しなかった。


トラベラーズグループを合併 証券・保険の一大グループに

次の大型案件は不動産に過剰投資し、弱体化していた保険業界の大手トラベラーズグループとの経営統合だ。まずは1992年に27%の株を取得した。

つぎにCEOジム・ロビンソンが経営不振で退任したアメリカン・エクスプレスから古巣のシェアソンをほぼ簿価の21億ドルで買収し、証券部門をシェアソン・スミス・バーニーとする。

このときリーマンを買収しなかったことは、間違いだったとサンディは語っている。

アメックスの提示額は、後のリーマンのすばらしい業績を考えるとべらぼうに安かったが、投資銀行業務やトレーディング部門について理解が不足していたと語る。

そして1993年末にはトラベラーズと完全合併し、保険・証券の一大グループをつくり上げる。

モルガン・スタンレーから投資銀行のスーパースターであるボブ・グリーンヒルを破格の条件で雇い入れるが、うまくいかず、彼は1994年末に退社する。

1996年には保険業界No. 2のエトナをほぼ簿価の42億ドルで買収し、保険業界トップの座を揺るぎないものにした。

保険業界は成熟した業界かもしれないが、タイミングの良い合併と、優れた経営陣を活用すれば、すばらしい投資収益を上げることができるのだと。

10年間で売上は10億ドルから210億ドルへ、利益は4,600万ドルから23億ドルへ急増し、1996年の資産1,510億ドルは31倍、アメリカン・エクスプレスグループを時価総額で上回った。

多角経営の巨大金融サービスグループの先行きを疑問視する一般の見方を覆して、成功を収めたのだった。


名門ソロモン・ブラザースを買収

トラベラーズグループのCEOとなったサンディは、JP Morgan銀行との合併を画策するが失敗したので、次の合併のターゲットとしてソロモン・ブラザースを選び、1997年に90億ドルで買収する。

1997年当時のソロモン・ブラザース、ロンドンのヘッドトレーダーが伝説のトレーダー、シュガー明神(明神茂)だ。サンディは、ソロモンのデューデリジェンス中にシュガー明神によるソロモン・ブラザースの自己勘定取引分析を聞き、感銘を受けたという。

このシュガー明神はその後、松本大さんのマネックス証券設立時にチューダーというベンチャーキャピタルとしても活躍している。

ソロモン買収直後にいわゆるアジア通貨危機が起こり、ソロモンの業績が足を引っ張り、トラベラーズグループの収益も急落するが、時価総額400億ドルという巨大企業になったことから、次の戦略ターゲットとしてシティコープを選ぶ。


世界最大の金融機関シティグループの誕生

シティコープのジョン・リードCEOとは25年来の知己であったこともあり、1998年に入ると秘密裏に交渉し、トラベラーズグループとシティコープの合併により、世界最大の金融グループ、シティグループが成立する。

片腕だったジェイミー・ダイモンは旧シティコープの経営陣と権力を分担することを拒み、コントロール不能となり結局退社する。

インターネットバブルの波に乗ろうと設立したeシティを巡って、ジョン・リードとあらそいとなる。

サンディの目から見ると、ガレージで仕事をしているインターネットのオタク連中と張り合うのに、eシティはマンハッタンの一流オフィスにいて、社員の報酬も莫大だったという。巨額の損失を出し、ちゃんと経営されていないとサンディはジョンを突き上げた。

ジョン・リードのお気に入りの「シックス・クオーター・ローリング予算」やGEばりの「シックス・シグマ」などの経営手法も、官僚主義をはびこらせるとして、サンディは葬り去る。

結局ジョンとサンディの二人の権力闘争は、デュポンのエド・ウーラード前会長が仲裁に乗り出し、2000年にジョン・リードが共同CEOを退くことになった。

退任の時に、ジョンはサンディに幸運を祈ると電話をよこしたが、その翌日に、持ち株をすべて売却したという。完全な決別だ。

1999年にはクリントン政権の財務長官だったボブ・ルービンが副会長として入社。投資銀行と商業銀行の合併を禁じた大恐慌時代の遺産のグラス・スティーガル法を廃止することに成功し、新たにグラム・リーチ・ブライリー法が成立し、金融サービスの構造が現代化された。

シティグループはその後も買収を続け、2000年に日本などに事業を持つ消費者向け金融のアソシエイツ・ファースト・キャピタルを310億ドルで買収、2001年にはメキシコのバナメックスを125億ドルで買収。

保険事業は2001年にトラベラーズをIPOで会社公開した後、9.9%を残して全部持ち株を売却した。但しこれは、保険の「製造」をやめただけで、クロスセルのアイテムとして保険の「販売」はやめたわけではない。もっと資本効率の良い資産運用に変えただけであると。


シティグループCEO在任時代の最後は司法対策に忙殺

その後エンロン事件や、インターネットバブル後の株の急落に関連して、証券スキャンダルでサンディは追求されることになり、スミス・バーニーの株価操作のケースなどで、CEO時代の最後は司法対策に忙殺され、結局3億ドルの罰金を払って和解に合意することになる。

そして、サンディは法律家であるチャック・プリンスを後任CEOに選び、2003年10月に引退する。

それからは、イタリア製の全長45メートルのクルーザーに奥さんのジョーンと乗ったり、のんびり本を読んだりしてほぼ50年ぶりに自由な時間を使い、慈善事業にも従来以上に力をいれている。

慈善事業の関係でゲオルグ・ショルティの指揮研究会に参加した時に、ショルティがたった45分のうちに、それまで縁もゆかりもなかった人たちを、一致団結した集団に変わらせたことを見て、音楽でも仕事でもリーダーシップに変わりはないと感じたという。


この本を読んで、改めて感じたことは、サンディはじめアメリカのエクゼクティブは昇進や転出に関わる重大な出来事の時には、奥さんに必ず相談することで、部下の配偶者も入れての私的なつきあいがビジネスの重要な部分を占めていることである。

ここまで奥さんが関与しているので、離婚訴訟などになった場合には、奥さんが数億ドルという財産分け前を得るという判決が出たりするのだろうと思う。

他人のことをぼろかすに言っているので、必ずしも格調がある内容ではないが、MBAも持たない一介の証券ブローカーから、世界最大の金融グループを誕生させ、2,000億円もの個人資産をつくったサクセスストーリーの鍵は、戦略=目の付け所と、実行=人の使い方、だと改めて感じた。

会社合併も広い意味での人の使い方だと思う。

上下2冊の本で、それぞれの買収イベントを時系列的に長々と述べているので、必ずしも読みやすい本ではないが、参考にはなる本である。


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2007年11月21日

レバレッジ・リーディング 本は先達の知恵の宝庫で格安の投資

レバレッジ・リーディング


レバレッジ○○○シリーズでベストセラーを連発しているレバレッジコンサルティング社社長、本田直之さんの読書法。

本田さんは本を年400冊以上読むそうだが、この本は「はじめに」のところや第一章の出だしに、エッセンスが集約されており、わかりやすい。

立ち読みして「はじめに」を読むか、アマゾンのなか見!検索で「抜粋」をチラッと読めば内容は大体わかると思う。

さすが多読を標榜する本田さんらしい、読者に親切にできた本だ。

本田さんは明治大学を卒業後、外資系企業に3年間勤めた後、インターナショナルなMBA育成でナンバーワンのアメリカの国際経営大学院サンダーバード校でMBAを取得する。

MBA留学中には、多くのケーススタディのために、毎日分厚い本を短期間で読むことを強いられた。

このビジネススクールでの2年間の経験から、問題解決のヒントを探すという目的意志があれば、余計なところを読まず、ポイントを速く拾える多読術、すなわちレバレッジ・リーディング術を身につけたのだという。


毎日1〜4冊の読書

本田さんはコンサルティング会社を経営し、日米約10社のビジネスに資本・経営参加しながら、毎日新しい本を1〜4冊読んでおり、毎年読む本は400冊を下らない。

本田さんにとって、読書は投資活動そのものであると。

本には他人の経験や知恵が詰まっているので、平均1,500円のビジネス書で100倍以上のリターンが得られる、非常に安価な投資であると本田さんは語る。

ビジネスパーソンにとっての読書は、スポーツ選手にとっての練習と同じだと。


本探しは投資物件選び

本田さんは、まず目的を持って本を選べと語る。そして同じジャンル・カテゴリーの本を何冊も徹底的に読み、セカンドオピニオンの様に、たくさんの意見から自分に最も役立つものを選ぶのだという。

本のスクリーニングのためには、友人の口コミ、無料書評メルマガ、日経新聞、朝日新聞、日経ビジネスなど新聞雑誌の書評や、有料の要約サービスなどの利用をすすめている。

挙げられている無料書評メルマガを一部紹介すると:

毎日3分読書革命!元アマゾンのカリスマバイヤー土井さんのメルマガ。土井さんは年間1,000冊の本を読むという。

ビジネス選書&サマリー★プロ厳選 30秒で読んだフリ このブログでも紹介している「週末起業」で知られる藤井孝一さんのビジネス書書評メルマガ。

英語の本だと、"Fast Company"や筆者も多くのオーディオブックを持っているナイチンゲール・コナン社が出している"AdvantEdge"メルマガなどが参考になるという。

有料の書評サービスでは、Top Pointを紹介している。

ネット書店と一覧性に優れるリアル書店の使い分けも推奨している。ネット書店では、やはり「なか見!検索」ができるアマゾンがいい。


本田さんの本の読み方

本田さんが推奨するレバレッジ・リーディングの最大の特徴は、目的を持って本を読むことだ。

その効果の一つとして、「カラーバス効果」を挙げている。Color bath効果とは、日常生活で、たとえば赤など、ある色を意識すると、やたらとそればかり目に入るという効果だ。車でボルボが多いなと思うと、やたらとボルボばかり目に付く様になるのも同じだ。

本を読む時も、あるイメージ・目的を持って読むと、速く読んでも目的のところに目がとまる効果があり、結果として緩急を付けて、効率よく本が読めるのだと。

こう書くと特別の読書術の様に聞こえるが、実はだれでも新聞を読む時は、同じことをやっているのではないかと筆者には思える。

読む環境も重要で、本田さんは毎朝5時に起きて、バスタブの中で1時間程度読書しているという。筆者は風呂の中で読もうという気にはならないが、筆者の家内は時々風呂で本を読んでいる。そういう人もいるものだ。

レバレッジ・リーディングのもう一つの必須条件が、制限時間を設定して本を読むことだ。本田さんは、大体1〜2時間で、どんな本でも読むと決めているそうだ。

1〜2時間では全部に目を通すわけにはいかないが、全部をすみずみまで読んで、なにも実践しないことより、重要な20%の部分を頭にたたき込んで実践に移した方が投資リターンが多いのだと。パレートの80:20の法則だ。


本をボロボロになるまで使い倒せ

筆者も週3〜5冊、年間200冊程度の本を読んでいるが、このブログでたびたびコメントしている様に、筆者は新刊書でも図書館でリクエストして借りてまず読んで、気に入った本だけ買う主義だ。

こういうと聞こえは良いが、実は筆者は「積ん読」のクセがあり、本を買うと、それで安心してしまい、結局読まないということがしばしばある。また本に線を引いたり、書き込みをすることは好きではない。

だから確実に期限(通常2週間)までに読まなければならない図書館の本のほうが、筆者には向いているのだ。

反対に本田さんは、自腹で買って、(風呂でも読むので)ボロボロになるまで、折り曲げ、線を引き、頭に浮かんだことをどんどん書き込んで本を使い倒せと言う。

単なる本を収益を上げる資産に変えるのだという。

筆者とはアプローチは借りるのと買うのと全く違うが、本を読んで徹底的に頭にたたき込むという目的は同じだ。


最も重要な読書後のフォロー

本田さんは、読んだだけではだめで、せっかく投資した時間とコストを回収するためには、読書後のフォローが絶対必要だと語る。

これには筆者も大賛成だ。

「ウェブ進化論」で梅田望夫さんが、ブログを「究極の知的生産の道具」と呼んで、「どこでもメモ」、ウェブ備忘録の様な使い方を紹介しているが、筆者にとっては、このあらすじブログが、まさにウェブ備忘録なのだ。

本田さんは、「究極の本」をつくるのだという。

それは「レバレッジメモ」と呼ぶもので、本の大事な部分を抜き書きしたメモを自分でつくる。それをA4サイズにプリントして持ち歩き、ちょっとした時間に読み返すのだと。

大体1週間に一回このメモの入力作業を行い、メモがたまったらテーマごとに分類し、何度も読み返して自分の資産とし、実践に活用するのだという。


本田さんもカーネギーの信奉者

このブログで紹介しているサイバーエージェントの藤田晋さん角川春樹さん、ビジネスコンサルタントの新将命さんの共通点は、カーネギーから強い影響を受けたことだが、本田さんもカーネギーの信奉者だ。

普通の本は読み返さないが、カーネギーの「道は開ける」など名著中の名著は、何度も何度も読み返しているという。そのたびごとに線を引く場所が異なり、自分の成長がわかると本田さんは語る。

道は開ける 新装版


最後に本田さんの、「ベストビジネス書」からいくつか抜粋して紹介する。

原理原則の10冊は次の通りだ:

デール・カーネギー 「人を動かす」、「道は開ける」
リチャード・コッチ 「人生を変える80対20の法則」
ジム・コリンズ他 「ビジョナリーカンパニー」
ドラッカー 「プロフェッショナルの条件」
ブライアン・トレーシー 「フォーカル・ポイント」
ナポレオン・ヒル 「思考は現実化する(Think and Grow Rich;リンクはオーディオブックだ)」
藤本義一 「よみがえる商人道」
ブリストル 「信念の魔術」
ジョージ・レナード 「達人のサイエンス」

その他「ウェブ進化論」とか、「即戦力の磨き方」などが入っている2006年のベスト、読んでおくべきビジネス書20が挙げられている。


本田さんの本を読んで、本の活用に対する考え方といい、カーネギーなど名著をいつまでも愛読することといい、筆者と同類の人を見つけた思いだ。


まずは、レバレッジ・リーディングアマゾンのなか見!検索で目次と抜粋を見て興味のほどを確認して頂きたい。


参考になれば次をクリックお願いします。


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2007年11月12日

会社は頭から腐る 元・産業再生機構代表 冨山さんの経営者育成提言

会社は頭から腐る―あなたの会社のよりよい未来のために「再生の修羅場からの提言」


元・産業再生機構代表冨山和彦さんの、企業再生の現場経験を踏まえた経営者育成への提言。

ちょっとすごみのある冨山さんの顔が表紙帯になっているが、アマゾンの写真は本の帯を抜いているので、デジカメで撮った表紙の写真を載せる。

会社は頭から腐る





冨山さんは1985年東大法学部卒業。在学中に司法試験に合格したが法曹の道には進まず、ボストンコンサルティンググループに入社し、1年後、先輩達とコーポレイトディレクション(CDI)という小さな戦略コンサルティング会社をつくる。

10人でスタートしてバブル期は順調に会社が拡大し、80人の規模となったので、冨山氏はスタンフォード大学に留学する。

留学中にバブルがはじけ業績は急落、コンサル契約はキャンセルされ、受注は前年の半分に減りあっという間に資金繰りが悪化する。

銀行からも資金を借りられず、退職金も払えないのに仲間や先輩に辞めて貰い、最悪の時期をなんとか乗り切った。

冨山氏は2001年からCDI社長となり、個人連帯保証も入れていたので、失敗して会社がつぶれれば、自分も家族も路頭に迷うというリスクを感じながら経営していた。

その後、2003年からは期間限定の企業再生専門機関、産業再生機構のCOO、代表取締役専務として4年間で41社の企業の再生を手がける。

2007年に産業再生機構が終了してからは、経営共創基盤を設立して社長となる。


「性弱説」

自分自身も含めて、企業再生の修羅場で見たのは、ほとんどの人間は土壇場では各人の動機づけ(インセンティブ)と性格の奴隷となるという現実だという。

それを冨山さんは「性弱説」と呼ぶ。

典型的なインセンティブの例は、大手企業が集まって設立した携帯電話事業者に冨山さんが出向した時に経験したという。

東大卒などの一流大学を卒業した大企業から出向してきた人たちは、成功すると出向が長引いてしまうので、仕事もほどほどにこなす。仕事のインセンティブは成功ではなく、少しでも早く出向元に戻ることだったのだ。

これに対して現場の若手社員、女性社員はバブル期に前の会社がつぶれたり、就職氷河期にやっとの思いで会社に入った連中で、会社の成功と自分の人生のベクトルが合致していた。

日本の競争力の源泉は現場力にあり、それは高学歴のエリート管理職ではないと冨山さんは感じたと語る。

ミスミの創業者の田口社長は、「人が足りないという部門からはむしろ人を取り上げたほうが本質的な効率改善が進むものだ」と語っていたという。冨山さんはこれを聞いて考え込んでしまったという。

リスクヘッジが主目的の会議。

優秀なサラリーマンほど組織力学のマネジメントに知恵とエネルギーを使うものだ。

これらのインセンティブと性格が、仕事と一致していないと、良い仕事は達成できないのだと冨山さんは語る。


戦略は仮説でありPDCAの道具である

うまくいっている会社とそうでない会社の違いは、戦略立案の優劣ではなく、PDCAがよく回っている会社がよい戦略にたどりつくのだと語る。

PDCAとはPlan-Do-Check-Actionというプロセス管理の基本だ。スパイラルアップと呼ばれ、仮説を検証して改善することで、経営の質の向上を目指す。

悪い会社は戦略の立案はあっても、その後の検証がなく、やりっ放しになっている。失敗しても失敗したで終わり、成功したら「ラッキー」で終わってしまう。

この繰り返しでは、戦略の精度は上がらない。

太平洋戦争での日米の差もPDCAの差であると。

真珠湾攻撃は、海上航空戦力を主力とするという大イノベーションであったが、攻撃されたアメリカはそれを学び、航空機と空母を大量に用意してPDCAを回したが、日本はその後も大艦巨砲主義から抜けきれなかった。

だからアメリカ軍は強かったのだ。

トヨタの強さも、生産、販売、物流などそれぞれの機能で、日々PDCAを徹底的に回していることにある。「なぜを五回問う」、「カイゼン」などのトヨタ語録は、まさにPDCAをまわす努力のたまものである。

このPDCAを回すというのは、一見簡単に見えるかもしれないが、人間の本性と違うものを要求されているのだと。人間は弱いもので、見たい現実しか見たくない生き物なのだ。人間が集まれば、PDCAは、回りにくくなる。

筆者もPDCAを経営に生かす仕事をしているが、特にC=チェック、つまり見直しをやることが難しい。

自分の計画がうまくいっているか冷徹に見るのはとても辛い作業で、ましてやうまくいっていなければ、よけいに目をそらしたくなると冨山さんは説明する。

だから経営は難しい。冨山さんは自分自身が経営者となって、経営者はだれもゴールには到達できないのではないかと感じると。

時々「経営がわかった」、「経営を極めた」などという言葉を耳にしたり、「この会社の再建にメドがたった」などという報道を目にするが、メドが立ったと思った瞬間からその会社の衰退は始まっているのだ。


腐りかける会社の3タイプ

冨山さんが典型として挙げる腐りかける会社は次の3タイプだ。1.名門一流大企業(カネボウや三井鉱山がこのパターン)、2.地元名門企業(名門一族企業など)、3.創業オーナー企業(ダイエーが典型)。

ダメになる会社は、結局のところ経営者、経営陣が弱ってしまった会社、つまり頭が腐ってしまった会社なのだと冨山さんは語る。

会社は頭から腐り、現場から再生するのだと。


カネボウ化粧品の再建

カネボウ化粧品の場合、最も重要なのは7,000人のビューティカウンセラーに、どうしたら一所懸命仕事をしてもらえるかだった。

20代の彼女らが支えている会社で、経営トップが60代では距離がありすぎる。彼女たち、それを支える20代、30代のスタッフが最も喜んだのは41歳の知識賢治氏の社長昇格だったと。

知識体制にして、「おかげで仕事がしやすくなった」と匿名のメールが来るようになった。名前入りだと、なにかのインセンティブがありそうだが、匿名なら本心だ。うれしいメールだったという。


かつて日本にも有効に機能したガバナンス機構があった

財閥がそうであると。合名会社はそもそも無限責任の財団である。財閥本体は合名会社であり、誰にも株をもたれていない。そして傘下の企業にガバナンスを効かせていたのだ。

またメインバンク制や官僚統制もそうだ。しかし今はこれらのガバナンスはない。

ガバナンス機構の究極的な役割は、経営者が適正かどうかの判断のみだ。


この本は中国・インドとも戦える経営者をつくるという提言で、大変参考になるが、最初から読むと、具体例が少なく抽象的な話が多い。次回紹介する「レバレッジ・リーディング」なら、たぶん第6章まですっ飛ばして読むところだろう。


今こそガチンコで本物のリーダーを鍛え上げろ

この本の肝である最終章、第6章のタイトルは、「今こそガチンコで本物のリーダーを鍛え上げろ」というものだ。

この部分だけを読んでもよいくらい中身の濃い部分だ。サブチャプター(中見出し)のタイトルを太字で引用するので、感じがわかると思う。

・会社を腐らせない最強の予防薬は、強い経営者と経営人材の育成・選抜

・経営者も、経営者候補も鍛えられる機会がなかった

・試験型エリートをリーダーにすることが、本当に正しいことなのか

冨山さんが朝日新聞に連載した文が入学試験に使われ、最後に筆者の意図はどれかという択一式の問題が出た。笑い話のようだが、冨山さん自身、答えがわからなかったという。

それで第一問から真剣にやってみると、出題者の意図がわかってきた。つまり自分の頭で考えない=出題者の意図を探す競争をしているのだ。

この様に「こっちの顔色を読んで、オレの期待している答えを書いてこい」という上司の思いに応えるのが、サラリーマン的に正しい生き方だ。

しかし経営者は違う。経営は答えがないし、たとえ答えがあってもそれを断行すると大きな摩擦や葛藤が生じる時こそが経営者の出番である。自分の頭で判断し、その結果、責任をすべて負うからリーダーなのである。

試験型の競争をまじめにやればやるほど、リーダーとしては不向きな人間が偉くなっていってしまうと冨山さんは語る。

・胆力と自分の頭で考える能力ー東大卒とは無関係?

日本のエリートは負けを経験していないと冨山さんは語る。

リーダーを目指すなら、比較的若い時から負け戦、失敗をどんどん体験した方がよい。そして挫折した時に、自分をどうマネージして立ち直るか身をもって学ぶ。その実体験を持つからこそ、他人の挫折を救えるのである。

失われた15年は、団塊世代が負け戦を経験してなかったからだと冨山さんは感じている。日本の戦後の驚異的な復興は、太平洋戦争という負け戦を経験したからこそだったのだ。

・中国、インドの勃興は、欧米との国際競争とはまったく違う脅威である

日本は自国の豊かさに対する最大の脅威を目の前にしていることに、多くの人は気づいていない。それはアジア諸国の勃興であり、旧社会主義国の勃興である。

日本がこれまで稼いでいたいくつかの産業は、彼らに奪われることになるだろうと。たしかにメモリー、PC、液晶、ケータイ電話など、今やすべてアジア諸国の方が日本を上回っている。

欧米とはある程度棲み分けできていたが、アジア諸国は日本の得意とする人的資本を中心に戦ってくる。日本が金メダルを取れる分野はひとつもなくなる可能性があるのだ。

世界の中で、新興アジア諸国と戦う経営では、根本的なエコノミクスを見据えながら、細かな戦略のPDCAを高速で回していく能力を持つリーダーが求められてくると冨山さんは語る。

・一流企業のガチンコなど所詮は「ごっこ」にすぎない

小さな会社を経営していれば、競争の恐ろしさがわかる。

失敗はへたをすると死を意味するからだ。個人保証を入れて、中小企業を経営している人は、失敗したら、社会人としてほとんど死に瀕するほどのダメージを受ける。

まじめな人の中には、生命保険で少しでも借金を返そうと自殺する人もいる。本当に妻子を路頭に迷わせる可能性があるのだ。

大企業での失敗は命までは取られない。自分たちの経験しているガチンコは、甘い世界のものだと、覚えておいて欲しいと。

学歴エリートごっこ、出世競争ごっこ、経営者ごっこ。もうこういう緩い(ゆるい)世界には別れを告げる時期が日本には来ているのだと冨山さんは語る。

・組織からはみ出す根性のない人間をリーダーにしてはいけない

日本は「脱藩」した人間には冷たい社会だ。しかしリーダーとしてつけるべき能力を考えた場合、一度は脱藩して肩書きを失い、世間の風の冷たさを本当に思い知っておくべきなのだと。

冨山さんは人間性と能力で経営者を評価する。

人間性とは胆力や、他人への影響力、目的達成への情熱や執着心。能力は、基本的な経営知識、スキルと、ありのままの現実を冷徹に見つめる力、そして自分の頭でものを考え、建設的に解決策を創造する力である。

冨山さんは、マネジメントエリートになる人間は、30歳で一度全員クビにしてしまい、五年間脱藩浪人として武者修行に出る。そして元居た組織あるいは別の組織が使えると判断したら雇われる制度を提唱する。

冗談で言っているのではないと。本気でこうしたエリート育成をしないと日本は中国、インドには勝てないと。

・トップの要件ー100万円を稼ぐ大変さを肉体化して理解させよ

・女性、若者、学歴のない人間は「眠れる資源」だったという幸運

・ファイナンスを知らない経営者ー平時においても事業と財務は一体

・若いエリートは、あえて負け戦に飛び込め

・人間的要素と算数的要素とに、のたうち回ることから、経営は始まる

マネジメントの仕事は他人の人生に影響を与えてしまう仕事だ。人の人生を背負おうという決心・覚悟がない人はマネジメントをやらない方が良い。

今日生き延びることをやりながら、一年後、十年後のことを考えなければならない。

宮本武蔵は五輪書のなかで、「観の目つよく、見の目よわく」という言葉を残している。一点だけをみつめるのではなく、大局で物事を見よという趣旨だ。

五輪書 (岩波文庫)


今の日本のトップ層に、観を持ち合わせた人間がどれだけいるかと。哲学の香りのする経営者がどれほどいるか。観を大事にしようとする経営者がどれだけいるか?と冨山さんは問う。

松下幸之助はじめ、稲盛和夫、伊藤雅俊など哲学を持つ経営者は何人も挙げられるが、たしかに今の日本のトップとなると、筆者もあまり思いつかない。

「観」は結局「情」と「理」のはざまで、悩み続けて生み出すしかないのだと。

「日本は豊かになった。だからこそ、会社の、経営の、人と人の、そして人間の原点や本質というものに、そろそろ真っ正面から向き合わなければいけない時期に来ている。これこそが、会社を、経済を、そして国家を腐らせないための、遠回りなように見えるが唯一の予防策なのではないか。私は強くそう感じている。」

これが冨山さんの結論である。


コンサル出身で、スタンフォードのMBAホールダーながら、みずから中小企業の経営者としてバブル後の苦境を生き延びた経験を持つ。30歳浪人制という思い切った提言の実現性はともかく、独特の見方と、力強い言葉は印象深い。

経営者を目指す、あるいは経営の質の向上を目指す人には、おすすめの一冊である。


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2007年11月10日

ハリアーハイブリッド エコドライブで燃費は10KM超

このブログでは、何回かハリアーハイブリッドの燃費や補助金などについて紹介してきた。

いままでの燃費は、冬場も夏場も常にエアコンを掛けていた状態での燃費だったが、今回夏場でも、極力エアコンを掛けずに窓を開けてエコドライブを心がけてみた。

その結果、今回の計測では1,700KM程度走って、燃費は10.1KMだった。

ハリアー燃費2

最初の500KMは軽井沢往復で、燃費は11KM弱、後の1,200KMはすべて市街地走行だった。

首都圏ではLPG車より割安だから、プリウスのタクシーが増えていると最近新聞に書いてあったが、その記事ではプリウスの実燃費は15.5KMだった。ハリアーは3.3Lのエンジンの4WDで、燃費が10KM強というのは良いと思う。

このくらいの燃費だと1回の給油で600KMは走るので、市街地走行中心の筆者は1ヶ月に一回も給油しなくて良い程度だ。

ガソリン価格が高騰している昨今、エコドライブをすることで、ハイブリッド車の燃費の良さが、さらに実感できるようになってきた。

車に乗らず、公共交通機関を使うのが排出ガス抑制には一番なのだろうが、そうもいかないので、自家用車に乗るときはJAFのホームページに載っているエコドライブガイドを参考にして、みんなでエネルギー節減、二酸化炭素排出量抑制をに心がけよう!



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2007年11月08日

図書館に行こう!その3 図書館で新刊書が何日で読めるか実験してみた

2007年11月8日追記:

図書館でリクエストした楽天の三木谷さんの「成功のコンセプト」、11月7日付けで確保したとの連絡(メール)が図書館からきた。

リクエストしたのは10月20日なので、今回の実験では新刊書が17日、半月で読める結果となった。

新刊書でもすぐに読めることが、今回の実験でお分かりだと思う。

是非もよりの図書館に登録して、新刊書をリクエストして、試していただきたい。

今回の本は三木谷さんの最初の本なので、楽しみだ。またあらすじをご紹介する。



このブログでは、今まで約247件の記事を書き、紹介した本は300冊以上となる。

しかしこのうち、買った本はたぶん10冊程度だ。

「読んだ本しか買わない」主義で、本当に内容が優れており、手許に置いておきたい本しか買わないからだ。

これだけ多くの本を読んでいると、買っていると処分に困るのも、もう一つの理由だ。

筆者は毎週大体日曜日に、東京都町田市の中央図書館に行って、本を3〜5冊、オーディオブックやCDなどを数本借りている。

図書館というと新刊書はなく、古い本しか置いていないイメージがある。

それはある意味で正しい。というのは人気のある新刊書は、予約した人の間を転々とするので、図書館の書架に置かれるのは人気がなくなってからだからだ。

逆に言うと、予約さえしていれば、新刊書でも割合はやく読めるのだ。

いままで、「図書館に行こう!」というテーマで数件紹介記事を書いているが、今回は発刊されたばかりの新刊書が図書館だと何日で読めるか実験してみる。

実験の対象は楽天の三木谷さんが初めて書いた「成功のコンセプト」という本だ。

成功のコンセプト


先週の日曜日の朝日新聞に幻冬舎の広告があったので、気づかれた人もいると思うが、現在アマゾンの人気ランキングで35位、10月に発刊されたばかりの本だ。

やはり幻冬舎の見城さんはヤルッ!

この本は今まで図書館のデータベースに載っていなかった出来たてほやほやの本で、データにないとリクエスト用紙に書いて予約するのだが、本日(10月20日)やっとデータベースに載ったので、たった今予約した。

早く予約する人が居るもので、予約順位は3位だった。

これから何日間でこの三木谷さんの本が読めるか実験してみる。

三木谷さんの本が手に入ったら報告する。

是非この実験で、新刊書でも図書館でわりあい早く読めることを知って頂きたい。



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Posted by yaori at 13:13Comments(0)TrackBack(0)

2007年11月05日

夏目漱石の「こころ」 一番好きな小説をオーディオブックで聞いてみた

坊っちゃん (新潮文庫)


前回、東大総長の小宮山教授が今まで最も感銘を受けた本として挙げていたので夏目漱石の「坊ちゃん」をオーディオブックで読んだ(聞いた)。

「坊ちゃん」のオーディオブックは非常に良かったので、今度は筆者が夏目漱石作品の中で一番好きな「こころ」のカセットテープを図書館で借り、iPodで通勤途中に聞いた。

(カセットテープからのアナログーデジタル変換は、以前の記事を参照乞う)

朗読 夏目漱石作品集 CD31枚組


学生時代に読んで以来なので、約35年ぶりに「こころ」を再読して、あらためて感動した。

恋愛が題材ながら、シリアスな小説なので、読んでからちょっと気分が晴れなかった。

「こころ」で取り上げられているのは明治天皇が崩御する前の15年ほどの時代で、今から100年ほど前になる。

「こころ」に登場する「先生」の様な心情に、現代人はなるのだろうか?

そんなことを考えながら、学生時代のことを考えていた。

筆者はポリシーとして小説のあらすじは詳しく紹介しないが、「こころ」は筆者が最も好きな小説だとだけ紹介しておく。

「こころ」をまだ読んだことがない人、既に読んだが感動が忘れられない人には、本で、あるいは図書館でカセットを借りて聞かれることを、是非おすすめする。


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Posted by yaori at 12:53Comments(0)TrackBack(0)