2008年03月31日

東京5つ星の肉料理 ミシュランと違って気軽に行ける店ばかり

肉料理

東京 五つ星の肉料理


「美味しゅうございます」で有名な料理評論家岸朝子さんが選んだ東京と一部横浜の肉料理の名店ガイドブック。

ステーキハウスもあるが、ミシュランのような一人5万円では済まない「麤皮」などの超高級料理店は選んでおらず、一番高い宮崎牛のアンテナレストラン「銀座みやちく」や、松阪牛の銀座「岡半本店」でも1万5千円前後で手軽だ。

とんかつやハンバーグ、BBQ,焼き鳥、焼き肉、すき焼き、さくら鍋、鳥鍋、鴨鍋など肉料理も多彩だ。

ミシュランと同様に店の入り口の写真、店内の写真がサムネイル版で載っており、見開き2ページの両方に料理の写真が載っている。

料金も一人当たりのコストではなく、それぞれの料理の料金が載っている。

また地域も山手線の内に限らず、横浜の4店と高尾や立川などの店もすこし載っている。

ミシュランよりはこちらの方が親しみやすく感じる。

手軽に行ける店ばかりを集めており、地図も分かりやすいので、実用的な本だ。


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2008年03月27日

バビロンの大富豪ととなりの億万長者

バビロンの大富豪―「繁栄と富と幸福」はいかにして築かれるのか


レバレッジシリーズの本田直之さんだったろうか、誰かが「本200%活用ブック」で推薦していたので読んでみた。

仕事に活かす!本200%活用ブック


日本語版は2000年3月の出版だが絶版となっており、アマゾンのマーケットプレースでは定価1,500円の本がなんと8,000円前後の値段がついている。

単純だが役に立つ成功の法則をバビロンの大富豪という寓話の形で紹介しており、筆者も大変気に入ったので、読んでから英語のオーディオブックを購入した。

バビロンにちなんで、昔のヒット曲のBoney Mの"Rivers of Babylon"を久しぶりにYouTubeで検索して聞いてみた。



ちなみにこのミュージックビデオの舞台はバビロンではなく、おそらくジャマイカのオチョ・リオス(Ocho Rios)だと思う。

英語の原著は2007年に改訂版が出ているので、翻訳が絶版になっているのは、あるいは現在改訂版を翻訳中なせいかもしれない。

英語を現代風に直した改訂版でも出ているので、ペーパーバックあるいは、オーディオブックもお薦めする。

Richest Man in Babylon


英語に抵抗がある人は、是非日本語版を図書館で借りて読んで頂きたい。


1926年出版の本が今でも米国アマゾンの人気ランキングトップクラス

この本は米国の出版社社長のジョージ・クレイソンという人が、1926年にパンフレットとして蓄財について書いた古代バビロンの寓話が保険会社や銀行などで配られるようになり、一躍有名になったので本として出版したものだ。

クレイソンは米国ではじめてロードマップを出版した地図出版社も経営していたが、皮肉なもので彼の地図出版社は大恐慌を生き延びることができなかったという。

英語の"The Richest Man in Babylon"は、英語のWikipediaにも説明があり、いままで2百万部が売れたベストセラーだと紹介されている。

たしかに米国アマゾンの売上ランキングでは全体で425位、Business & Investing > Personal Finance > Money & Valuesでは2位となっている。 ちなみに筆者のおすすめのカーネギーの"How to win friends and influence people"(「人を動かす」の原著)は全体で115位、Business & Investing > Skills > Communications分野で1位だ。

この本の推薦人の一人は、デール・カーネギー研究所の副所長で、「本書は、現代ビジネスの極意を分かりやすく解き明かした名著であり、あらゆる人にとって重要な一冊である。」としている。


バビロンの寓話というストーリーで記憶に残る

この本はバビロンの戦車職人のバンシアが、働いても働いても暮らしが楽にならないので、バビロンで最も裕福なアルカドに話を聞きに行くというストーリーから始まる。

アルカドは昔は市庁舎で粘土板に文字を刻みつける書記だったが、金貸しのアルガミシュに金持ちになる方法として「稼いだものは、すべてその一部を自分のものとして取っておくことだ」と教えられた。

教えはたったそれだけだったので、アルカドは教えを実行して、1年間お金を貯めて、煉瓦造りの友人に頼んでフェニキア人の宝石買い付けに投資したところ、すべて金をすってしまった。

アルガミシュは1年後来て、煉瓦造りの職人が宝石の鑑識眼などないと指摘した。

アルガミシュはまた翌年来た。今度はアルカドは青銅を買う資金として楯作りの友人に貸してあり、利息を4ヶ月ごとに受け取っていると答えた。

しかしその利息でアルカドは、ごちそうや晴れ着を買っていると答えると、アルガミシュは、「お金の子供が生まれたら、その子供がまた子供を生んで、それがまたお前のために働くようにするのだ。”お金の奴隷”の大群を確保するのだ。」と教えた。

今度は2年間アルガミシュは来なかったが、次に来たときはアルカドは「お金はさらにお金を稼いでいて、その儲けがさらにまた稼いでくれています。」と答えた。

アルガミシュは、アルカドが”金の稼ぎ方”、”稼いだ金の守り方”、”稼いだ金の使い方”をマスターしたとして、アルカドを新しい土地開発の共同経営者に起用した。

友人たちがアルカドのことを運が良いというと、アルカドは運が良かったのではない、「成功したい」という強い欲求を抱いていたからだと答えた。


富をもたらす「黄金の7つの知恵」

アルカドはバビロニア王の求めに応じ、次の「黄金の7つの知恵」を住民に教える。

1.サイフを太らせることから始めよう 10枚のコインがあれば使うのは9枚までにする

2.自分の欲求と必要経費とを混同すべからず 「必要経費」は必ず収入と等しくなるまで大きくなるものだ

3.貯めた資金は寝かさずに増やすべし

4.損失という災難から貴重な財産を死守すべし

5.自分の住まいを持つことは、有益な投資と心得よ

6.将来の保障を確実にすべく、今から資金準備に取りかかるべし 

7.明確な目的に向かって、自己の能力と技量を高め、よく学び、自尊心を持って行動すべし

  さらに自尊心のある人間であれば、次のことを守らなければならないとアルカドは教える。

(1)借金は能力の及ぶ限り、なるべく早く返すこと
(2)支払い能力を超える買い物はしないこと
(3)家族の面倒を見て、家族から慕われ、尊敬されるように努めること
(4)遺言書をきちんと作っておくこと
(5)親しい人には思いやりのある態度で接すること


アルカドはさらに「幸運の女神は行動する人間にしか微笑まない」と語り、優柔不断な人間には幸運はやってこないと語った。受講者は自分の経験を語り、ギャンブルで儲け続けた人はいないこと、自分たちも優柔不断から大きく儲けるチャンスを失ったことが多々あることを口々に報告した…。

このような具合に、古代都市バビロンでの寓話という形で単純で記憶に残るストーリーが展開されている。

整理すると、

(1)収入の一部を投資に回し
(2)金利や配当なども消費せずに再投資に回す
(3)そしてそれを強い意志で継続する
(4)消費は押さえ
(5)身の程を超えた借金は背負わない

と言うことになる。

筆者も家を買うまでは、この教え通り行動していたが、結婚して家を買ったことから借金を抱えてしまったので、忸怩たるものがあるが、今からでもやれることはやろうと思う。


「となりの億万長者」の教え

同じような分野で、やはり本田さんだったか、誰かが「本200%活用ブック」で推薦していた本に「となりの億万長者」がある。

となりの億万長者―成功を生む7つの法則


こちらの本は現代版だが、アメリカの億万長者を調べてみたら次のような7つの法則が見つかったというものだ。

1.彼らは、収入よりはるかに低い支出で生活する(金持ちであることが目立たない)

2.彼らは、資産形成のために、時間、エネルギー、金を効率よく配分している

3.彼らは、お金の心配をしないですむことのほうが、世間体を取り繕うよりもずっと大切だと考える

4.彼らは、社会人となった後、親からの経済的な援助を受けていない

5.彼らの子供たちは、経済的に自立している

6.彼らは、ビジネス・チャンスをつかむのが上手だ

7,彼らは、ぴったりの職業を選んでいる


バビロンの大富豪もとなりの億万長者も、どちらの教えもかなり共通する部分が多い。

以前紹介したブライアン・トレーシーが「フォーカルポイント」で説明していたとおり、億万長者になるのは、想像以上に簡単だ。

毎月100ドル(1万円)を年率10%くらいの投資信託に投資し、リターンを再投資して、これを20歳から65歳まで45年続けると100万ドル以上になる。

優柔不断では幸運のチャンスをつかめない。筆者も肝に銘じてファイナンシャリースマートになるべく、バビロンの大富豪の教えを活用していくつもりだ。

単純な教えで、スッと頭にはいる。是非"Rivers of Babylon"を聞きながら一読をおすすめする。


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2008年03月24日

チャーチルが愛した日本 関榮次さんの新作

チャーチルが愛した日本 (PHP新書 513)


第二次世界大戦前の知られざる外交史を描く元外交官の関榮次さんの新作。簡潔な表現の中にも、ストーリーが流れるように展開するので思わず引き込まれてしまう。

先週3月20日の朝日新聞にもPHP新書として大きな広告が出ていたので、気づかれた人もおられると思う。

この本の発売前に関さんと昼食をご一緒させて頂き、親しくお話をうかがう機会が持てた。

この本の帯に「名宰相と母の物語」と銘打っている様に、今回はチャーチルとチャーチルに大きな影響を与えた母ジェニー・チャーチルの2人が主人公だ。


ランドルフ・チャーチル卿夫人

チャーチルが日英同盟を通して日本に親近感を持っており、太平洋戦争直前には戦争突入を避けるために松岡洋右外相に手紙を託したことは、関さんの以前の作品の「日英同盟」「Mrs. Ferguson's Tea-set]で紹介されていたので知っていたが、チャーチルの日本への親近感はチャーチルのお母さんの影響が強いことを初めて知った。

チャーチルのお母さん、ランドルフ・チャーチル卿夫人(ジェニー・チャーチル)は、英語のWikipediaによると1854年1月9日生まれということなので、ちょうど筆者の100歳年上だ。

Jennie Churchil












出典:Wikicommons

チャーチルのお母さんは米国の実業家の娘で、母方の先祖を通してイロコイ族の血を引いていたと言われる。13歳の頃からパリで生活して、パリの社交界の花形だったところをチャーチルのお父さんのランドルフ・チャーチル氏と出会う。

ジェニーは20歳で議員に当選したばかりのランドルフと結婚し、翌年1874年に長男のウィンストンが誕生する。しかし20年続いたランドルフとの結婚生活は、必ずしも幸福なものではなかった。

ランドルフは結婚2年目でジェニーの誕生日に欠席する様になり、その後も頻繁に旅行に出かけて、すれ違いの生活を続ける様になった。

この原因はランドルフが梅毒に罹っていたので、奇行が目立ったからだと言われているが、真因はわからない。

ジェニーは自身の回顧録を1908年に出版しており、ランドルフを政治家として出世させるために尽力し、ランドルフは大蔵大臣にまでなったが、結果的に職を投げ出してしまい、ふがいないランドルフは彼女の期待に添うことができなかったことを記している。

ジェニーは写真でもわかるとおり、美貌に加えピアニストとしても一流、幼い頃からパリの社交界で磨かれた社交術、そして文才もあり、多芸多才な女性だった。ランドルフの議会演説の原稿も彼女が代筆することも多かったと言われている。

美貌とたぐいまれなる才能から、ランドルフと結婚していてもロマンスも多くあり、ランドルフの死後も1921年に67歳で亡くなるまでに20歳ほど年下の相手と2回結婚している。

関さんはジェニーの回顧録を読んで、そのディテールにわたる鋭い観察眼と描写に感銘を受けたと語っておられた。

このような恋多き、美貌かつ多才なアメリカ人女性なので、いまだにジェニーに関する研究が発表されており、昨年もアン・セバさんが"American Jennie"という本を出版している。関さんは出版記念会で、セバさんにも会われたそうだ。

American Jennie: The Remarkable Life of Lady Randolph Churchill


巻末に史料一覧が載っているが、いつもながら関さんの広範で勢力的な取材と膨大な資料からストーリーを構築していく力には敬服する。


ジェニー・チャーチルの日本紀行

ジェニーはランドルフが亡くなる直前の1894年に、主治医や召使いたちを伴ってランドルフと世界一周旅行に出発し、米国経由で日本にも9月から約1ヶ月滞在した。

横浜港に入港し、箱根、東京、日光、京都と滞在、神戸から次の寄港地の上海に向けて旅立った。

1894年6月に日清戦争が始まっており、チャーチル夫妻が日本を訪れたのは、日清戦争の真っ最中の頃だった。

ジェニーの「日本紀行」は1904年に雑誌「パルメル」に掲載され、1908年のジェニーの回顧録にも詳しく書かれている。

ジェニーの「日本紀行」は貴重な資料で、当時の写真とともに、この本のなかで40ページにわたり引用されていて大変興味深い。

ジェニーは日本の美しい風景と、明治時代中期のつつましいながらも規律正しい日本人の生活に大変感銘を受けたようだ。

何回も観劇に出向き、芝居を楽しむ人々の様子が詳しく紹介されている。

いろどりあざやかな幕の内弁当に興味を引かれ、当時の既婚女性のおはぐろには衝撃を受けたようだ。

箱根の描写も楽しい。当時の東海道線は丹那トンネルが開通していなかったので、現在の御殿場線の線路を走っており、チャーチル夫妻は横浜から国府津までは東海道線、国府津から箱根湯本までは1888年に開業した小田急の箱根登山鉄道の馬車電車で移動している。

途中の茶店で紅白のぱさぱさした菓子が出されたが、義理にもおいしいとは言えない代物だったそうだ。これが落雁なのか最中なのかなんだったのかが興味があるところだ。

今も残るホテルが描写されている。箱根富士屋ホテルは外人で一杯でがっかりしたそうで、1890年開業の東京の帝国ホテルは窓から蚊や3インチもあるバッタなどが飛び込んできたという。

日光では東照宮を訪れ、家康と家光の両方の神社を訪れることができたという。筆者も小学校の修学旅行で日光に行ったきりで、陽明門や眠り猫、三猿ははっきり覚えているが、家康と家光の両方の神社があるとは知らなかった。

ジェニーの日本紀行には、東照宮の内宮で行われた儀式も鮮明に描写されており、不勉強の筆者には大変参考になった。

京都には10日ほど滞在し、名所旧跡を訪問する他、骨董店や七宝、陶磁器、絹織物などの工房も訪れ、保津峡下りも行ったという。ジェニーの行動力には大変驚く。焼失して今はない京都の也阿弥(やあみ)ホテルからの眺望はすばらしかったという。

関さんは、ジェニーの明晰な頭脳、公平で包容力のある態度、審美眼もさることながら、彼女がフランスの小説家ピエール・ロティの著作("Japoneries d'Automne" (1889))などを通じて日本の歴史、文化、政治などについて相当の知識を事前に蓄えていたことを指摘する。

たしかに単に観光だけの旅行者の紀行文とはものが違う感じだ。

このようにジェニーは日本について忘れがたい強い印象を持って帰国する。


チャーチルと日本

チャーチルは1874年生まれで、当時の英国の上流階級の習慣で乳母に育てられ、その後は寄宿舎制の学校に入れられた。

幼少時は劣等生で陸軍士官学校も二度目の受験で合格したが、成績が悪かったので歩兵科に入れず、騎兵科に進んだことで父親ランドルフの不興を買っていたという。

チャーチルは士官学校を卒業した後、1900年に26歳で国会議員に当選、1902年の日英同盟締結の時には賛成票を投じている。第1次世界大戦中は海軍大臣、軍需相などを歴任した。

日英同盟は1921年に終結するが、その後1936年にチャーチルは「コリヤーズ」誌に「日本とモンロー主義」という題で寄稿し、次のように述べている。

「私は第1次世界大戦での日本の英国に対する忠実な協力を熱心に見守ってきた。ミカドの政府と長年協力してきて私の心に残る印象は、日本人がまじめで堅実であり、重厚で成熟した人々であるということ、彼らが力関係やいろいろな要因を慎重に考える人たちであると信じてよいこと、また理性を失ったり、よく考えないで無鉄砲な、計算を度外視した冒険に飛び込んだりしないということである。」

このような日本感は、彼が母から受け継いだ日本の姿であったと関さんは指摘する。

チャーチルは日英同盟条約への郷愁を披露しているばかりでなく、温情を込めて日本への忠告を披露している。それはその後日本がたどった太平洋戦争への道と、その結末を的確に予言したものであると関さんは語る。


太平洋戦争の本質ー大国の権益争い

第1次世界大戦では海軍相だったチャーチルは、日本の協力でドイツ艦隊を太平洋から一掃でき、日本海軍に感謝状を贈っている。

チャーチルは1929年に大蔵大臣を辞め、その後「荒野の10年」と呼ぶ下野の時代をすごす。

1932年にコリヤーズ誌にチャーチルは、次のような日本の植民地支配に好意的な一文を寄せている。

「自分は日本帝国と国民に憧憬と長年の敬意を持っている。精力的で進取的な日本の国民が格調の余地を必要とするのを認めるものである。我々は朝鮮で日本がしてきたことをみている。それは厳しいけれども良好であった。満州で彼らがやったことをみてきている。やはりそれは良好なものであるが、厳しいものであった。」と述べている。

さらに前記の1936年のコリヤーズ誌への論文でも、日本と英米諸国の植民地支配について指摘している。

「中国で永年にわたり合法的に手に入れた利権を暴力で根こそぎにされ、抹消されることに我々は耐えられないであろう。

いわんや、「日本人のためのアジア」を意味する「アジア人のためのアジア」という標語が実行されるときに、英語圏諸国は反発しないではいないであろう。」

これがまさに太平洋戦争の本質であり、「日本人のためのアジア」は実現しなかったが、「アジア人のためのアジア」は実現したことは、多くの人が指摘する通りである。


戦時下のチャーチル

1939年9月のヒットラーのポーランド侵攻とともに、チャーチルはチェンバレン内閣の海軍大臣として復帰し、1940年5月にドイツ軍がオランダ・ベルギー侵攻を開始した時に首相に就任する。

マジノ線が陥落してフランス軍が崩壊直前となったので、チャーチルはフランスに急遽飛んでフランス首脳と会談しているが、帰国した当日に予定通り日本大使館での重光葵大使主催の午餐会に夫妻で出席している。

このことでもわかる通り、チャーチルの最大関心事の一つは日本の参戦を防ぐことだった。

重光はチャーチルの行動に感激し、翌1941年前半にかけて日英関係の改善のための努力を尽くした。

チャーチルが首相に就任したての英国の対日政策は、中国への援助物資輸送用のビルマルート閉鎖に応じたり、日本への船舶建造発注案を検討したりと、かなり柔軟なものだった。

しかし1940年7月の第2次近衛内閣で松岡洋右外相によって日独提携が進められ、9月に日独伊三国同盟が結ばれてからは平和への機会が失われてしまったと関さんは指摘する。

1941年になってもチャーチルは日本を参戦から思いとどまらせるために、重光と頻繁に会い、ドイツ・ソ連を訪問した松岡宛にレターを書いたり、レターを松岡が握りつぶさないようにコピーを近衛に届けたりした。

ところが松岡はドイツ・ソ連出張後、極端なドイツびいきとなり、帰国後の天皇への報告会では、天皇にドイツに買収されたのではないかと思われたくらいで、チャーチルのレターにまともに対応する気はなかった。

そのレターは事前に米国国務省と内容をすりあわせたもので、次のような呼びかけとなっている。

☆ドイツが本当に英国侵攻が可能なのか見極めるのが日本の国益にかなうのではないか?

☆米英連合軍はヨーロッパでドイツと戦い、日本にも立ち向かうのが可能ではないか?

☆イタリアはドイツにとって負担ではないのか?

☆米英の鉄鋼生産量は合計9,000万トン、これに対して日本は700万トンで単独では戦うのは不十分ではないのか?


今から思えば、チャーチルの呼びかけは当然の内容であり、誰もが米英相手の戦争など無謀の極だと思うだろう。

日本の近衛内閣は無責任で、結局内閣を投げ出し東条英機内閣への道を開いた。近衛の責任は極めて重いと関さんは指摘する。

重光は結局1941年6月に離任し、その直後の7月には日本軍が仏印進駐で米英諸国との対立が決定的となった。それにもかかわらず、チャーチルは1941年11月、まさに太平洋戦争の勃発まで1ヵ月となった時に、マンションハウス演説と呼ばれる演説で日本へ最後の警告を出している。

「私は日本の最も賢明な政治家がもっており、すでに明らかにされている願望にそって、太平洋の平和が保存されることを希望する。」

しかし日本は戦争に突入し、1945年に無条件降伏するに至る。


戦後のチャーチルと日本

チャーチルは第二次世界大戦を陣頭指揮し英国を戦勝に導くが、1945年の総選挙で敗れ退陣する。

1951年には首相の座に返り咲き、当時皇太子だった今上天皇を英国でエリザベス2世の戴冠式にお迎えする。

戦後すぐでもあり、英国民の反日感情は高かったが、チャーチルは歓迎を陣頭指揮して、皇太子を格別にもてなした。

皇太子歓迎のレセプションでは、慣例を破って女王への乾杯の前に皇太子殿下への乾杯を行い、母ジェニー・チャーチルが日本から持ち帰り、チャーチルも愛用している青銅の馬の置物を取り上げて、「日本はこの置物のような美術品を生む文化と美術の長い歴史をもちながら、西欧諸国にまともに扱われず、軍艦を2,3隻もつようになってはじめて一流国として認められた」というジェニーが日本で聞いた話を皇太子殿下へのスピーチとした。

また吉田茂首相の訪英も反対論を押し切って受け入れ、吉田首相のレセプションでも皇太子殿下のスピーチで語った趣旨を繰り返し、第一次世界大戦中に日本の協力で、ドイツ軍艦を拿捕でき、太平洋での作戦がうまくいったこと、吉田首相が平和愛好家として戦前戦中を通して努力していたことをたたえた。

吉田首相は、チャーチルに10年来の旧友のように行き届いた心遣いをして貰ったことに感服したと回顧録に記している。

チャーチルの母がかつて日本に旅行したことがあり、幼少の時に母から日本の景色の優れていること、特に富士山のきれいなことを聞かされたということを聞いて、吉田首相は同じ大磯に住む安田靫彦(ゆきひこ)画伯に富士山の絵を描いてもらってチャーチルに贈ったところ大変喜ばれたという。

チャーチルは1965年に90歳で亡くなり、世界中、日本でも逝去が悼まれた。


指導者の質の差が出た太平洋戦争

関さんは、戦前戦後を回顧するときに、日本の指導者の資質の問題に思い至ることは避けられないと語る。

1970年代に防衛庁の防衛研修所と自衛隊幹部学校でチャーチルの戦略と戦争指導についての研究と集中講義を実施したところ、結論は連合国の勝因はチャーチルやルーズベルトらの資質が日独伊枢軸国側に比べて卓越していたことは忘れてはならないというものだった。

彼らは確固とした必勝の信念と透徹した先見性を持ち、世界戦略に立ってお互いに協力し、政治指導者としての地位権力の立場から軍の首脳と腹蔵なく協議しつつ、政戦両略の一体化をなしとげたということであった。


チャーチルの母の手

最後に関さんがチャーチルの生まれたマーバラ公爵家の壮大なブレナム宮殿、チャートウェルのチャーチル旧邸宅を訪問した時の話で締めくくっている。

この本に写真が載っているので筆者も気になっていたのだが、関さんはチャートウェルでチャーチルの母の左手のブロンズ像を見学したそうだ。

いかにもしなやかそうな美しい手で、チャーチルはこの左手の像をいつも書斎に置いていたという。チャーチルの母に対する愛惜の想いが伝わってくるようであったと記している。

まさにこの本のテーマを象徴するジェニーの手の像である。


綿密な資料調査に基づいていることがよくわかる作品で、特にケンブリッジ大学チャーチル史料図書館とチャートウェル財団に協力を得たと謝辞で記している。

さらにチャーチルの孫シーリア・サンズさんとは直接会って話を聞き、ヒュー・コータッチ元駐日英国大使とロンドン経済大学のニッシュ名誉教授の協力を謝辞に記している。

関さんの広範で緻密な調査にはいつもながら敬服する。大変格調高い文章でストーリー構成が秀逸である。

2002年BBCが行った「偉大な英国人」投票で1位に選ばれた偉大な政治家チャーチルの知られざる日本への想いがわかって面白い。是非一読をおすすめする。



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2008年03月21日

再度がんばれ松島みどり!

このブログの訪問者の検索キーワードを時々チェックしているが、先週「松島みどり」で検索してこのブログを訪問する人が急増した。

検索キーワード






大体このブログは毎日200名前後の訪問者があるので、3月15日には約1割の人が「松島みどり」の検索結果からこのブログを訪問したのだ。

Googleでは6ページ目、Yahoo!では31位にこのブログの松島みどりさん関係の記事が表示される。

そして先週3月14日には、松島みどり国交省副大臣が参議院の予算委員会の鴻池祥肇予算委員長から異例の予算委員会出席禁止を言い渡されていたのだ。

答弁を簡潔にと2度注意されても、答弁を打ち切らなかったというのがこの出席禁止処分の理由だが、何十分もしゃべっているならともかく、5分程度のことで出席禁止というのは鴻池氏も大人げない様な気がする。

松島さんは大学の時から知っているが、朝日新聞を辞めて衆議院に出馬したときは(このときは落選)、我々知人に余っている机とか椅子があれば事務所用に是非提供して欲しいと言ってきたことを思い出す。

本当にゼロからスタートした庶民派、庶民の代表の議員だ。

自宅を事務所にして掛かってもいない経費を請求して、自分の懐に入れるどこぞの金持ち議員、2世、3世議員とは出自と信念からして違う。

エリート議員とは違う、グラスルーツ議員なのだ。

たかが数分のこと。ながながと原稿を棒読みする答弁や質問をする議員も多いではないか?

衆議院議員でありながらTBSテレビの「クイズ!日本語王」で優勝したこともある憎めないキャラクターでもあり、腹の虫が収まったら早急に処分を解除して欲しいものだ。


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2008年03月18日

大学生の息子に送る「本を読む本」そしてカーネギー

2008年3月18日追記:

まさかこのブログのせいではないだろうが、カーネギーの「人を動かす」とモーティマー・アドラーの「本を読む本」がアマゾンのベストセラーの50位内に入った。

カーネギーの「人を動かす」は19位。

Amazon best seller






「本を読む本」は36位だ。

Amazon best seller2






長年のベストセラーのカーネギーはともかく、「本を読む本」は知る人ぞ知る本なので、ベストセラーに入るとは驚きだ。

このブログが「本を読む本」の普及に役立ったとすれば喜ばしい限りだ。

是非おすすめしたい本だ。


2008年3月12日再掲:


長男が大学に合格した。ついこのあいだ生まれた様な気がするが、もう4月から大学生だ。時の経つのは早いものだ。

その長男の合格祝いに贈った本が、この「本を読む本」だ。

大学生になったら是非いろいろな本を読んで欲しい。その際、本の読み方を知っておくのと、知らないのとでは将来大きな差が出てくる。

だからこの本を贈った。

それと必読書として渡したのが、カーネギーの「人を動かす」のオーディオブックだ。

How To Win Friends And Influence PeopleHow To Win Friends And Influence People
著者:Dale Carnegie
販売元:Simon & Schuster Audio
発売日:2000-01
おすすめ度:5.0
クチコミを見る


尊敬するコンサルタント新将命さんにならって、大学在学中にはデール・カーネギー・トレーニングも受講して欲しいと思う。

本をたくさん読んで、そして人とのつきあい方を覚えて欲しい。そんな思いを込めてこの2冊を贈った。



2008年1月27日再掲:

1月1日の「本を読む本」の中でも紹介した「本200%活用ブック」というムック本を読んでみた。

仕事に活かす!本200%活用ブック


司法試験の伊藤塾の伊藤塾長、このブログでも紹介しているレバレッジリーディングの本田直之さん、無理なく続けられる 年収10倍アップ勉強法の勝間和代さん、「伝説の社員」になれ! 成功する5%になる秘密とセオリーの土井英司さん、和田裕美の「稼げる営業」になる!―お金と感謝がやってくる3つのステップの和田裕美さんという、ベストセラービジネスライターが自分の読書法、勉強法を紹介している。

「本を読む本」からも、このあらすじで紹介する「読書の4段階」や、「積極読書の技術」の4つの質問などが、大きく取り上げられている。

これらベストセラービジネスライターのコメントを読んでいると、誰もが本を自分のものにしようとして、レバレッジメモ、マインドマップ的整理、赤ペンチェック法、読書ノート、早朝読書会など、様々な努力をしていることがよくわかる。

本田直之さんは、若い人には「とにかくビジネス書を読め。本への投資は100倍になって返ってくる」と言っているという。

本を読む時間がないという人には、本は読めば読むほど仕事が効率化されて、時間が生まれるということを言いたいという。

時間がない人ほど、読まないといけないのだと。

だまされたと思って、まずは今読んでいる量の2倍読むようしてみようと。3ヵ月続けるだけで、自分と仕事に大きな変化を感じることができるはずだと。

まさにその通りだと思う。

年収10倍シリーズの勝間和代さんは、オーディオブックの活用を説く。CDなどもいいが、ダウンロードも便利だと。

筆者もオーディオブックを愛用しているが、なんといっても歩きながら本を読める(聞ける)のがいい。すきま時間を有効に活用できる。

勝間さんのおすすめは、英語なら、このブログでも紹介したオーディブル、日本語なら、フィービー新刊JPだという。


本を読む上で参考になるムック本である。早い人なら30分あれば読めるので、以下に紹介するモーティマー・アドラーの「本を読む本」(英語タイトルは"How to read a book")とともに、おすすめする。



2008年1月1日初掲:

本を読む本 (講談社学術文庫)


本日は年の始め1月1日なので、本のあらすじブログにふさわしい本を紹介する。

この本はシカゴ大学の哲学研究所所長で、エンサイクロペディア・ブリタニカの編集長も勤めたモーティマー・アドラーの名著である。先日あらすじを紹介したジム・ローンの"The Art of Exceptional Living"でも必読書として紹介されている。

最近発売された仕事に活かす!本200%活用ブックというムック本でも、アドラーのこの本が紹介されている。

英語版Wikipediaによると、アドラーは1902年にニューヨーク市の貧しい移民の家庭に生まれ、14歳で学校からドロップアウトするが、苦学してコロンビア大学の夜学に通う。そこでJ.S.ミルの著作に感銘を受けるとともに、ミルがわずか5歳でプラトンを読んでいたことに衝撃を受け、哲学研究を志す。

この本は、1940年に出版され、英語圏で高校や大学の教材として広く使われ、スペイン語、ドイツ語、フランス語などにも翻訳され、日本では1978年に邦訳が出版された。

先日紹介した本田直之さんのレバレッジリーディングと共通点もあるが、ハウツー本ではなく、読書の基本を述べたものだ。

アドラー自身の言葉によると、「読むに値する良書を、知的かつ積極的に読むための規則を述べたもので、すべての本がこの本のすすめる様な読み方に値するわけではなく、名著といわれる本にこそふさわしい読み方」ということだ。

60年以上前に書かれた本だが、全く陳腐化しているところはない。

英文版の付録ではGreat Booksとして137人の名著が挙げられているが、この本を読んで学生時代にかじった本(目は通したという意味では読んだが、内容を覚えてもいない本)を、再度挑戦してみようかという気になった。


読書の4段階

この本でアドラーは、読書を次の4段階にわけて説明している。

1.初級読書 ー 初歩的な読み書きの技術を習得するためのもの 単に文の意味を理解するレベル

2.点検読書 ー 時間に重点を置いた読書 系統立てた拾い読み 本田さんのレバレッジ・リーディングに近いが、全く同じではない

3.分析読書 ー 時間に制約がない時に本の内容を徹底的に読み込むもの いわばよくかんで消化すること 理解を深めるための読書

4.シントピカル読書 ー 最も高度な読書 最も複雑で組織的な読書法 一つの主題について何冊もの本を、相互に関連づけて読むこと


シントピカル読書

シントピカル読書とは聞き慣れない言葉で、辞書にも載っていないが、朝日新聞の天声人語などの記事を思い出して貰えば良い。

天声人語では、ほとんどの場合、他の人の本や発言が引用され、それを利用してトピックスを構成している。つまり、TPOにあわせて「著者に読者(天声人語の場合には筆者)の言葉で語らせる」のだ。これがシントピカル読書の特徴で、一番難しい点なのである。

シントピカル読書に至る前には、2の点検読書による拾い読みと、3の分析読書が準備段階となる。

シントピカル読書の第一段階は、主題に関係のある作品をすべて再点検し、密接な関わり合いを持つ箇所を見つけ出すことだが、読む本の論旨がわからなければ、他の本も見つけられないというパラドックスがある。

このパラドックスを解消するツールとして、アドラーはシントピコンというブリタニカの「西欧名著全集」の項目索引を挙げている。

シントピコン






ブリタニカによる「西欧名著全集」の紹介は次の通りだ:

「過去の歴史的作品から20世紀の傑作まで、それぞれの作品・作家を紹介した西洋史コレクションとも言えるものです。

西欧世界の1.文学 2.数学 3.歴史・社会学 4.哲学・神学などの諸分野の著名な作品517編・作家130人を収めた大全集です。

また、グレートブックスならではのシントピコン索引は、知識のデータベースとして活用できます。」

邦訳版では見あたらなかったが、この本の英文版の付録として137人の歴史的名著リストが”Great Books”として紹介されている。

もちろんこの137人だけでは不十分で、カバーされていない名著も多い。今ならインターネットの検索や、いずれGoogleのGoogle Book Searchが完成すれば、シントピコン検索が、もっと簡単に手軽にできる様になるだろう。


積極読書の技術

アドラーは、読者は本を読みながら、次の4つの質問を繰り返さなければならないと語る。

1.全体として何に関する本か
2.何がどのように詳しく述べられているか
3.その本は全体として真実か、あるいはどの部分が真実か
4.それにはどんな意義があるのか

さらに本を自分のものにする技術として、本の「行間を読む」ために、本の行間に書き込むことをすすめている。

アンダーラインや、線で囲んだり、書き込みをしたりすることだ。読書は著者と読者の対話でなくてはならないので、読者が著者と意見を異にするか、同じくするかの表現として、本に書き込むのだと。

筆者は書き込みは好きではないので、たくさんしおりを挟んで、あらすじをこのブログにまとめているが、目的は同じだ。

本の構想やプロットを捉え、アウトラインをつかみ、著者の意図を見つけるためにする書き込みは、読者が著者に対して払う最高の敬意であり、書くことと読むことは、教えることと教わることの関係のように相互的であるとアドラーは語る。

さらに、「わかったと言えるまでは、賛成、反対、判断保留の態度の表明を差し控えること」だと。アマゾンなどの書評に多く見受けられるが、「けんか腰の反論はよくない」とアドラーは付け加えている。


文学書の読み方

このあらすじブログは基本的にビジネス書などの教養書を中心としているが、筆者は小説なども時々読んでおり、最近は夏目漱石などの小説の全文を吹き込んだオーディオブックを愛用している。

アドラーは教養書と文学書の違いとして、次のように語っている:

教養書は著者が経験したこと、あるいは経験できるかもしれないことの知識を伝えるものだが、文学書が伝えるのは、経験それ自体で、読者が得ることのできる経験だと。

だから文学書を読むには感覚と想像力が必要で、教養書を読むには判断力と推理力が必要だ。

文学の中に、命題、論証を求めてはならないとアドラーは語る。

筆者は夏目漱石の「それから」や、川端康成の「雪国」などの様に、尻切れトンボで終わる小説には、つい不完全燃焼感を抱いてしまうのだが、それは良くないとアドラーは言う。

作品の好き嫌いを言う前に、読者は、まず作品を誠実に味わうように努力することだと。味わうとは、作者が読者の感情や想像力に働きかけて創り出そうとした経験を体験することである。

教養書を読んで理解するのと同じく、積極的な態度で小説も読まなければならない。

小説は一気に読むものである。「戦争と平和」の様に多くの登場人物が出てきて、わからなくなっても、かまわず読み続けるのだと。


無人島に持参する10冊の本

最後にアドラーは、本はピラミッドだと語る。世界で出版された本の数は数百万(千万?)冊以上に達するが、その中で、本当に読むに値する本は数千冊で、分析読書に適する本となると100冊にも満たないだろうと。

それらは、最高の読書術を駆使しても、完全には理解できず、読み直すたびに、新しい発見のある様な本、つまり永遠の名著だ。

いまたった一人で無人島に流される事になって、持って行きたい本を10冊選べと言われたら、どれを選ぶだろうかと。

自分にとって読み返したい本はどれかということを、改めて考えさせられる。まさに自分の生き方を反映する選択だ。

英語版Wikipediaによると、1980年のインタービューで、アドラーは無人島に持って行く本として次の11冊を挙げている。

トゥキディデスの歴史

プラトンの作品5ー6点
アリストテレスの政治学、形而上学
アウグスティヌスの告白
プルタークの英雄伝
ダンテの神曲
シェークスピアのいくつかの戯曲
モンテーニュの随想録
ガリバー旅行記
ジョン・ロック市民政府論
トルストイの戦争と平和

あなたはどの10冊を選ぶのか?

考えただけでも、楽しくなってくる質問である。


興味をそそられた古典的名著

上記のアドラーの10冊とかぶるものもあるが、最後にこの本の中で紹介されていた古典的名著で、筆者が再度読みたい本を紹介しておく(これらは、筆者が無人島に持って行きたい10冊のリストではない)。

筆者は退職したら図書館に通って、学生時代にかじった古典を読もうと思っているが、人生は限られており、いずれと思っていたら、結局時間がなくなったということもあるので、古典的名著も徐々に読み直そうという気になった。

種の起源〈上〉 (光文社古典新訳文庫)種の起源〈上〉 (光文社古典新訳文庫)
著者:チャールズ ダーウィン
販売元:光文社
発売日:2009-09-08
おすすめ度:5.0
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新訳ローマ帝国衰亡史


政治学 (西洋古典叢書)


ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)


国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究(上)


戦争と平和〈1〉 (新潮文庫)


ハムレット (新潮文庫)



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2008年03月16日

年収10倍アップ時間投資法 勝間和代さんの時間投資術

無理なく続けられる年収10倍アップ時間投資法


昨年から”年収10倍アップ”シリーズでベストセラーを連発している公認会計士で経済評論家の勝間和代さんの時間投資術。

勝間さんのバイオグラフィーはウィキペディアに詳しく紹介されている。19歳で公認会計士試験に史上最年少で合格、21歳で長女を出産、3人の娘を持つシングルマザーで、ウォールストリートジャーナルで2005年の世界で最も注目すべき女性50人に選ばれたこともある。

大学在学中に就職した新日本会計法人を振り出しにアーサーアンダーセン、ケミカルバンク、マッキンゼー、JPモーガン・チェースを経て、2007年に経済評論家として独立した。

勝間さんは、朝日新聞の土曜日の"Be"で「メンターに聞け」というなんでも相談コーナーを藤巻健史さんと一緒に担当しており、先日紹介した「本200%活用ブック」に他のベストセラービジネス作家と一緒に紹介されていたので、この本を読んでみた。

仕事に活かす!本200%活用ブック


時間は誰にも平等に与えられている資源で、人生で最も貴重な資源だ。だから時間を有効に使うことで、最大の効果をあげようと勝間さんは呼びかける。

特に子供がいるワーキングマザーには時間が本当に貴重だ。

この本の「実践編」に勝間さんの1週間のスケジュールが載っているが、平日は毎日子供の弁当作り、夕食は極力子供と一緒にとり、土日は子供と一緒にキックボードで移動とか、成長期の子供とのスキンシップを大切にしようという気持ちがよくわかる。勝間さんは時間をつくるために時間を投資するのだと。

勝間さん自身が実践するいろいろな手法が紹介されている。

筆者なりに整理するとエッセンスは次の5通りだ。印象に残った手法もいくつか紹介しておく。

1.やらないことを決め、やることを減らす
 .院璽織ぁ▲押璽燹▲謄譽咫▲織丱魁⊆髻▲ぅ鵐拭璽優奪箸覆匹了間泥棒をやめる
 △笋蠅燭て、得意で、もうかることを優先する
 自分しかできないことを効率化する
 つ校間通勤をやめる 移動時間を有意義な時間に変換する
 ゥ院璽織い離灰潺絅縫院璽轡腑鹵翔任肪躇佞垢

2.効果を定量化して効果測定する
 \果をクアドラントで計る(投資、消費、浪費、空費の4象限)

3.目標を決めてギャップを埋める
 ー蠶△鮖間管理の起点として活用する
 ◆嵬槁検廚鮗蠶△暴颪い董嵳縦蝓廚砲靴討靴泙
 スポーツクラブに入り、できればトレーナーについて強制的にスケジュールを立てる

4.プロに頼んだ方が効率的なものはプロに頼む
 .戰咫璽轡奪拭爾筌曄璽爛悒襯僉爾覆匹離廛蹐離機璽咼垢謀蟷颪垢

5.新製品、新しいソフトウェア、新しい手法は必ず試す
 ヽ阿妊優奪叛楝海里任るパソコンを持ち歩く
 ▲泪縫▲奪なくらいITを活用する
 8率化のための知識に興味を持つ

勝間さんは、1日一つはなにか新しいことができないか考えていると語る。10試して1つあたれば良いという考えだと。

勝間さんがすすめる道具は自転車だ。携帯型ナビを持ち歩き、都内なら大体どこでも30分以内にいけ、自分でタクシーを持ち歩いているようなものだという。

自転車に乗りながらオーディオブックを聞き、時間を無駄にしないのだという。


女性の読者向けソリューションを満載

女性の読者を意識して、家事や保育園の送迎にはファミリーサービスやシルバー人材センター(時給は800−900円程度とのこと)を活用してアウトソーシングを検討してみようとか、おいしっくすなどの食材デリバリーサービス、レーザー脱毛、まつ毛パーマなどをすすめている。

家事の効率化も大事で、勝間さんと一緒にムギ畑というサイトを運営しているももせいづみさんの本やももせさんのサイトを紹介している。

ネオ家事入門―これが生活の新常識70 (PHP文庫)


バナナはGI値も低く、消化される時間が違う多種類の糖が含まれるので長時間の運動に最適なことは、「人はなぜ太るのか」で紹介したが、勝間さんもバナナをおいしっくすで定期購入しており、バナナスタンドでつるして保存しているという。

これがバナナを長持ちさせる保存法バナナスタンドこれがバナナを長持ちさせる保存法バナナスタンド


筆者も早速バナナスタンドを買ってみようと思う。


「人間はみんなずるく、利己的である」ということを認識する必要があり、「頼まれごとを無制限に引き受けない」とか、「いい人はしょせん雑用係」とか、若干気になる部分があるが、これはシングルマザーとして3人の娘さんを育ててながら人一倍仕事をしている勝間さん自身の時間管理上必要な人生観だろう。

ウィキペディアに勝間さんの「私は本については、書く努力の5倍、売る努力をするということを決めています。」という発言が引用されているが、読むとそれがわかるので、酷評しているエコノミストの池田信夫さんなどの人もいる。

筆者も雑誌には何度か寄稿したことがあり、本を書くことがどれだけ大変なことか分かっている。かつ勝間さんのようなシングルマザーで懸命に生きている人が書いた本なら、池田信夫さんの様な酷評はすべきでないとコメントしておく。

勝間さんの時間投資法の説明とともに、新しもの好きの勝間さんが見つけた本やサイトが紹介されており、楽しく読め実用的な本である。



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2008年03月11日

されど成長 日経新聞の警鐘

されど成長


日経新聞の一面左上の枠特集記事として2006年10月から1年間にわたって続いた「成長を考える」企画の加筆修正版。

日経は、小泉政権の「構造改革路線」の反動として、格差是正、格差の背景にある成長至上主義に対する反発が起こりやすいムードになっていると指摘する。

日経でも1990年代から2000年入社以降の若い記者には、いまさら成長は無理ではないかというあきらめの反応も強かったという。

そんな中で取材陣で議論を重ね、どんなに苦しくともパイを広げる経済成長をあきらめず、市場重視の思想と規制緩和・構造改革を積極的に支持し深化させるべきだという共通認識をもつようになったという。

だからこの本のタイトルは「されど成長」となった。


よくまとまった目次

目次は次のようになっている。ちょっと長くなるが、相当程度本書の内容がわかるようになっているので引用する。

第1章 なにがおこっているのか
  1.新しい流れをつかめ 
    世界は変わり始めた 市場、そして経済的自由主義へ どこを変えるのか 歴史に学べ 「大きく強すぎる政府」を避けよ
    BOX 1 「数字が語る日本」 「成長目指すべき」8割 日本の底力に強い期待
  2.競争恐るるに足らず 
    変人の革命 規律より自由 悪ガキを使いこなす アニマルスピリット
  3.ITは染み渡る
    ルビーの奇跡 汎用化から使いこなしへ 広がるオープン化 供給のボトルネック 生身のつながりも一役 知恵のストックを生かす
  4.「働き方」は進化する
    欲張りズム ハケン部長 共同体の終焉 氷河期から売れっ子へ 要素価格均等化定理
    BOX 2 労働分配率 日本、米、独などを上回る
  5.プロシューマ台頭    
  6.大学改造
    企業に院生派遣 競争原理の導入
    補論 「成長がない世界とは」
第2章 格差論争への処方箋
  1.「痛み」を直視し、「果実」へ動く
    若者の保護急増 改革が格差の主因か 働く方が損 格差バブル論 オランダの教訓
  2.自立あっての再配分
    民族大移動 コンパクトシティ政策 トリクルダウン? 自助努力あってこそ 自然との共存目指して 格差より格差感? 共同体は戻らない
  3.「産業」化効用あり
    患者は空を飛んでいく 成長産業 株式会社の効用 脱皮する農業 なお残る壁 「ハイテク」の原石
    BOX 3 「国民皆保険制度」高齢化で公費負担重く
  4.「気風快発」で乗り越える
    くたびれる働き盛り コースの予言〜ヒトの外部化という現実 リストラを超えて
  5.「勝者は常ならず」こそ市場
    消費者からのチェック トヨタの冒険 何が分かれ道だったのか
第3章 阻むもの
  1.内弁慶ハイテクの憂鬱
    幻の「iPod」 電機産業=ゼネコン説 モトローラの教訓
  2.インフラ途上国
    遅れてきた24時間化 幻のゲートウェイ構想 もつれ合う糸
  3.共同体幻想論
    リスク恐怖症 寄らば大樹 失敗続きのベンチャー市場 挑戦者群像
  4.反市場の心理学
    「村上」チルドレン 銀行システムの崩壊 ハゲタカを超えよ
    BOX 4 「ファンド」巨大化、強まる規制論
第4章 糧になるものは
  1.新・産業中間層
    遅れてきた淘汰 ナンバーワンよりオンリーワン 産業下克上の時代
  2.種は身近に眠る
    誰でも匠 暗黙知から形式知へ 斜陽にチャンス
  3.「公」は最前線
    日本恐るるに足らず 制度競争力 市場と生きる 政府のあり方とは
  4.サービス構造改革論
    原初的市場としての闇市 効率優先は悪なのか? 市場によるチェック ヒトの再配置 新サービス業へ
  5.経済の基礎に金融あり
    家計潤す配当金 企業の成長促す財務 財テク2.0 金融国際化は周回遅れ
    補論 海外に学ぶ (チリ、エストニア、スゥエーデン)
第5章 何を変えればいいのか
  1.「安定」は衰退を生む
    寡占に挑む 今は昔の花形産業
  2.制約限界論を打破せよ
    知られざる試算 共存への地道な努力 地域を引っ張る外国人
  3.異端を受容せよ
    港町にファンド 大樹の終わり IT革命か泡沫か
  4.二兎を追え
    手を打たなければ消える 郷愁を超えて 脱イエ社会
解説 市場による正義は可能か
   「成長」という言葉 循環する格差 市場という価値 新しい社会思想の構築に向けて

歴史的に見た各国の成長率

歴史的に見た各国の成長率が載っている。これでいくと過去100−130年では日本が世界で最も成長した国だ。

日本の一人当たりGDPは1890年の1,256ドルが2000年には26,460ドルになり、平均成長率は年率2.81%だ。

日本に次ぐのがブラジルで、1900年の650ドルが2000年の7,320ドルになり、成長率は2.45%。

主要国ではアメリカは、1870年の3,347ドルが2000年には34,260ドルになり、成長率は1.81%。

中国は1900年の598ドルが2000年で3,940ドル。成長率は1.9%。

インドは1900年は中国とほぼ同じ564ドルだったのが、2000年では2,390ドル。成長率は1.45%だ。

人口が増え経済が成長すれば、雇用は増え税収も伸び、国の財政規模も拡大する。逆に人口が減少し成長がないと、少子化で財政余力は低下し、社会保障も維持困難になってくる。


21世紀の見通し

数年前に出されたゴールドマンサックスの21世紀の見通しが引用されている。

GS見通し







出典:Goldman Sachs Dreaming with BRICS

これによると、中国は2015年頃にGDPで日本、2040年頃には米国を抜き世界最大の経済国になる。日本は2030年すぎにインドにも抜かれ、2050年時点では、中国は日本のGDPの6.7倍、インドも日本のGDPの4.2倍になるとGSは予測している。

人口増加、経済成長と通貨価値のアップが、トリプルパンチで効いてくるので、加速度的に中国やインドの経済は成長し、日本やドイツなどの低成長国はどんどん置いておかれる。

少子化に悩む日本がこれに対抗するためには、経済成長を続けるしかなく、それには生産性アップしかない。


日本のアルゼンチン化

筆者が研修生で2年間過ごしたアルゼンチンのことが書かれている。失われた10年の間に「日本のアルゼンチン化」と言われたこともあるからだ。

20世紀初頭に世界第8位の経済規模を誇ったアルゼンチンは、工業化の波に乗り遅れ、成長率が低下し、経済危機、累積債務と問題を抱えていた。

筆者はブエノスアイレスでマンションの一部屋を間借りしていたが、オーナーは同じ電話番号を50年間持っていると言っていた。

つまり50年前(1930年頃)日本では電話が珍しかった頃、ブエノスアイレスでは一般家庭に電話が通じていたのだ。

しかしその電話も50年間ほとんど進歩していなかったので、筆者がブエノスにいた頃は、雨が降ると地中埋没してある電話線が古くて漏電し、とたんに電話がつながりにくくなった。

国内の長距離電話より、衛星通信の国際電話の方がすぐつながり、音質も良いという時代だった。

そのアルゼンチンも今は上記のようなことはなくなったが、世界で3番目に地下鉄を建設したブエノスアイレスの町に、アルゼンチンよりずっと遅く地下鉄を入れた日本の銀座線の古い車両が輸出されて使われているというのは、まさに歴史の皮肉と言えると思う。


新規性のあるトピックス

カゴメが野菜工場をつくろうと、福島県に工場用地の転用許可を申請したら、福島県から差し止め通知をくらい、これをなんとかクリアしたら、今度は街宣車が来たという。規制や守旧勢力の抵抗で、日本の農業の生産性アップも道が遠い。

しかし中には革新的な人もいる。

愛媛県の河内晩柑生産者みかん職人武田屋は、日本で初めての農業ファンドを使って、ダイレクトセールの販路を伸ばし、6年間で売上を4倍にしたという。

きっかけは6年前、豊作の年に当時唯一の売り先だった農協が流通価格の下落を防ぐとして、武田さんに丹精込めてつくった無農薬の河内晩柑を投げ捨てさせるということが起こった。武田さんは悔し涙を流したという。

「お客のためにおいしくて安全な商品をつくるという経営努力が、きちんと報われるような農家に生まれ変わりたい」と思い、武田さんは直販を拡大したという。

三洋電機のオーディオ部門のトップだった黒崎氏は、1997年にアップルのスティーブン・ジョッブスに会って、iPodの原型でネットで音楽コンテンツを配信するビジネス案を披露したところ、帰国して社内の反対に会い、「なにわ版iPod」はお蔵入りしたという。

井植会長は「音楽?コンテンツ?あきまへん。これからは情報システムでっせ。」と言っていたという。

港湾、空港など交通インフラの世界では「途上国日本、先進国アジア」が現実だ。

多くの識者のインタビューが取り上げられているが、中田横浜市長の話が面白い。

節約中心の「余儀ない改革」から、地域をより良くする「創造的改革」にシフトしていく。特に成長が著しいアジアから企業や金融投資、観光客を取り込むために、羽田空港の国際線の大幅増発を国に要望し、情報分野に強いインド人の子弟のための学校をつくるのだと。


毎日のようにトピックスを提供している日経新聞の連載シリーズだから、いちいち取り上げているときりがないので、この辺にしておく。

筆者も毎日読んでいる日経新聞だが、あらためてこの本を読むと、覚えていないトピックばかりだ。

加筆訂正もあるとは思うが、あらためて自分の記憶力がいいかげんなのに驚く。

決して新聞の連載シリーズをまとめたものとバカにせず、まずは書店で手にとって、目次がよくできているので、目次を見て戴きたい。

「されど成長」という本のタイトルのようなシリアスな提言としては力不足の感が否めないが、読み物として適当な本である。


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2008年03月05日

爆笑問題の戦争論 日本の戦争をテーマにした漫才集

爆笑問題爆笑問題の戦争論―日本史原論


爆笑問題が日清戦争から太平洋戦争までの日本の戦争をネタにして演じた漫才集。

戦争として認識されている日清戦争日露戦争第1次世界大戦太平洋戦争の他に、山東出兵満州事変盧溝橋事件日独伊三国同盟も取り上げている。

戦争の史実を田中が説明し、太田光がボケをかまし、田中が突っ込むという漫才で、読んでいても面白い。

爆笑問題は、ほぼ15年前の人気番組タモリのスーパーボキャブラ天国のボキャブラヒットパレードの時から注目していた漫才コンビだ。

漫才コンビが或るキーワードでネタを競い合うヒットバレードで、才能を見せていたのが爆笑問題で、これと争っていたのがBOOMERX−GUN(ばつぐん、現丁半コロコロ)だった。

ネプチューンとか、くりいむしちゅうー(元海砂利水魚)、ロンブー1号、2号も出ていたが、ネタではあまり面白くなかったことを思い出す。

戦争を漫才のネタに取り上げた理由について、太田光は次のように説明している。

「”テロとの戦争”という戦争は確かにもう始まっていて、だとすれば、現在自分がいる場所は、戦場じゃないかと思ったということだ。そんな中で、日本の戦争というテーマは、漫才として”旬”であると感じたということだ。」

これを漫才にするとこんな感じになる:

田中…「しかし我々は昭和40年生まれで、戦争なんか全く知らない世代なんだけど、今の若い人にはかつて日本と米国が戦争したってこと自体知らない人がいるらしいよね。」

太田…「それどころか、坂東英二さんが野球選手だったってことを知らない奴もいるらしいからな。」

田中…「それはいたっていいよ!」


田中…「漫画でも昔は戦争をテーマにしてものがあったよね。「のらくろ」とか「はだしのゲン」とか。」

太田…「今の子供たちが読んでいるのは、「はだしの石田純一」だからな。」

田中…「そんな漫画ねえよ!どんな漫画だよ!」

太田…「焼け跡で、はだしに革靴の石田純一が長谷川理恵を捜して泣きながら走り回るんだよ。」

田中…「誰も読まねえよ、そんな漫画!………日本て国はかなり戦争してんだよね。開国してからずっと。色んな戦争を繰り返してここまできたのがよくわかるね。まずは日清戦争からはじまるんだけど。」

太田…「あれも、最初はアグネス・チャンと林真理子さんの喧嘩からはじまったんだよな。」

田中…「そんなわけねえだろ!どれだけ大規模にひろがっているんだよ、その喧嘩!その後、日露戦争に突入する。」

太田…「これはサッチーとミッチーの喧嘩が発端だよな。」

田中…「どっちがロシア人なんだよ!いい加減なこと言うな!その後、第一次世界大戦。そして最終的には第二次世界大戦。しかし今こうして振り返ってみると、この戦争は何て無謀な戦争だったんだろうって思うよね。アメリカをはじめとする、世界中の列強を敵に回したんだから、冷静に考えれば勝てるわけはないと思うんだけどね。」

太田…「オーストラリアにすら3対1で負けてんだからな。」

田中…「サッカーの話じゃねえんだよ。とにかくこの戦争で日本はこてんぱんにされて、東京大空襲によって東京は焼け野原にされた。」

田中…「戦争末期、国内の徴兵が限界に達すると、朝鮮兵、台湾兵は日本兵の弾よけとして戦場に投入された。また創氏改名といって民族の名前を取り上げられ日本名を名乗らされた。当時巨人のエースだったスタルヒンは”須田博”と改名させられた。」

田中…「日本人の中にはこれらのことが誇張された歴史だと主張する人もいる。でも、すべてがデタラメであるということはありえない。そう考えると中国の反日運動をはじめ、アジアの人々が日本を今でも恨んでいる理由がわかる気がするよね。」

太田…「そういえば最近、ユンソナの俺を見る目が冷たいんだよな。」

田中…「それは関係ねえよ!」


田中…「何よりひどいのは、沖縄県民は米軍に殺されたというだけでなく、その多くが日本軍によって虐殺されているということだ。日本軍は、隠れる壕の中が一杯になると民間人を追い出し、食料を強奪し、乳幼児が泣くと米軍に見つかるとして絞め殺し、米軍に投降した住民を裏切り者として後ろから撃ち殺したりした。味方であるはずの日本軍に殺された沖縄県民は800人以上になる。」

太田…「俺、今度SPEEDにあったら土下座してあやまるよ。」

田中…「意味ねえんだよ!」


やや偏った見方が気になる点はあるが、全体としては歴史を淡々と説明していてわかりやすい。

ちなみに沖縄戦の日本側戦死者は軍人約9万人、協力者を含めた沖縄住民9万人の合計19万人弱で、日本軍に虐殺された県民の人数の800人というのは疑問が残る数字ではある(少なすぎると思う)。

尚、米国側の戦死者は1万3千人弱だった。


太田…「これで、この「日本史原論・戦争編」も終わりってことだな。」

田中…「そうだね。ようやく終わったという感じがするよね。我々は漫才で戦争の歴史を追ったわけだけど、それだけでも、もう戦争はこりごりだという気分になるよね。」

太田…「次回からは、”第三次世界大戦編”をお送りします。」

田中…「もうやらねえよ!」


漫才なので、詳しく説明すると興ざめゆえ、この程度にしておくが、あえてこのようなシリアスなテーマに挑戦した爆笑問題の太田光にはエールを送りたい。

写真、統計、地図なども入って、資料としてもわかりやすい。

簡単に読めるので、一読をおすすめする。


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2008年03月03日

図書館に行こう!その6 新着本が週1,000冊!

図書館には毎週多くの新着本が入荷する。

たとえば筆者の利用している町田図書館だと、1ヶ月の新着図書はなんと3,547件で、ここ1週間だけでも1,066件ある。

さらに図書館は人気のある本は一度に数冊購入するので、週1,000件なら、たぶん実際の購入数は2,000−3,000冊程度になると思う。

たとえばベストセラーの「ホームレス中学生」は町田図書館の保有数は41冊。「スタバではグランデを買え」は17冊、今話題の勝間和代さんの「お金は銀行に預けるな」は12冊だ。

ベストセラーだとリクエストが多いので、図書館の保有数も多くなり、先日の実験のようにベストセラーの新刊書でもリクエストしたら、1ヶ月程度で読めるということになるのだ。

図書館のホームページでは新着図書を公開しているが、ここ1ヶ月のアイウエオの「あ」から「う」で始まる新着図書だけで100を超えるほどだ。

新着図書






CDやビデオ、DVDだと1ヶ月で92件ある。

新着AV






新着図書としてまとめて陳列されているものもあるが、陳列されずそのまま書架に行くものも多い。

筆者は毎週図書館に行くので、新着図書のコーナーは必ず見るようにしている。

その新着図書のコーナーで見つけた本がこれだ。

劇的にスコアがのびる! ボウリング絶対上達 (LEVEL UP BOOK)


今まで何冊かボウリングの本は読んだが、この本は写真入りで詳しく説明してあり、非常にわかりやすい。

モデルは表紙でわかる様に美人ボウラーの姫路麗(うらら)プロで、公式サイトや自分のブログもある。

また新鋭男子プロで超フックボーラーの山下昌吾プロのダイナミックなフォームも、「自分のスタイルを探す」という題で紹介されている。

フックボールはボールの横を持つ感じで(上から見て中指と薬指の方向が時計の10時の方向といわれる)、投げるときに親指をまず抜いて、リリース時に中指と薬指で引っ張り上げる感じで回転を付ける。

ストレートボールはボールの後ろに手をあてて、そのまま投げるが、まっすぐ投げるのはかえって難しいそうだ。

今まであまり気を付けていなかったが、この本の表紙の写真のように、投球時に左手を伸ばしてバランスを取ることもフォームを安定させるために重要だ。

ボウリングがうまくなりたい人には、おすすめの本だ。


この本はたまたま図書館の新着本のコーナーで見つけたものだが、このように掘り出し物が新着図書コーナーにはたくさんある。

是非近所の図書館に行くか、住んでいるか働いている町ちの図書館のサイトで、新着図書をチェックして欲しい。

ベストセラーでも発売されてすぐにリクエストすれば、筆者の2回の実験の様に1ヶ月程度で読めるはずだ。

知識の宝庫。しかも無料だ!是非図書館をうまく利用しよう!


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Posted by yaori at 23:05Comments(0)TrackBack(0)