2008年06月16日

ビルゲイツの面接試験 頭の体操に最適

ビル・ゲイツの面接試験―富士山をどう動かしますか?


「囚人のジレンマ」とか「天才数学者はこう賭ける」などの数学や科学にまつわる話題をわかりやすく紹介しているウィリアム・パウンドストーン氏の著書。ピューリッツァー賞受賞者でもある。

この本はわかりやすいが、「天才数学者はこう賭ける」という本を友人(数学科出身)の紹介で読んでみたが、よくわからなかった。

最近いろいろなクイズ問題がニンテンドーDS向けに売り出されているが、マイクロソフトなどの会社で入社問題として出されたクイズや論理パズル、ひっかけ問題、さらに禅問答の「公案」のような問題を紹介している。

ちょうどオーディオブックで夏目漱石の「門」を読んだ(聞いた?)ところだったので、「公案」の例もあり、面白く読めた。

ちなみに夏目漱石の「門」にでてくる公案は次のようなものだ。

「まあ何から入っても同じであるが」と老師は宗助に向って云った。「父母未生(ふぼみしょう)以前(いぜん)本来(ほんらい)の面目(めんもく)は何(なん)だか、それを一つ考えて見たら善(よ)かろう」

門 (新潮文庫)


いまだに考えてもわからない。禅問答の公案に詳しいブログを見つけたので、興味があれば見て頂きたい。


採用試験のポイントは、「頭が良くてしかも何かする人」を選ぶために、「頭は良くても何も出来ない人」と「何かはするが頭は良くない人」を識別することだと元マイクソフトの採用担当者は語る。

「頭が良くなくて何もしない人」は識別しやすいので問題にならないという。

問題のいくつかのパターンを紹介しておく。


クイズ

この本で最初に出てくる問題は1957年にトランジスタの父と呼ばれるウィリアム・ショックレーが出した問題だという。

「テニストーナメントがあって、127人の選手が参加しました。126人で63試合分を組み合わせ、一人は不戦勝でした。2回戦では64人が32試合をします。優勝が決まるまで、全部で何試合することになるでしょうか」

答えは126試合だ。

選手が一人敗退するのに1試合必要で、勝者が一人残るためには126人が敗退しなければならないからだと。

有名な問題は次のようなものがある。

「ロシアンルーレットをやってみましょう。6発の弾倉の中に2発弾丸を隣り合わせで入れます。最初は引き金を引くとカチッと音がしてセーフでした。2度目は弾倉を回した方がよいでしょうか、それともそのまま続けた方が良いでしょうか?」

答えはそのまま続けた方が良いだ。

そのまま続けると、セーフの確率は3/4,つまり4つの空の弾倉の内1つだけが弾の入っている弾倉と隣り合わせになっているからだ。しかし回すとまた2/3の確率に戻ってしまう。

3/4>2/3なので、そのまま続けた方が良いのだ。


ひっかけ問題

ひっかけ問題は、次のようなものだ。

1.「太陽は必ず東から出てくるでしょうか?」

2.「マッチ棒が6本あります。それを使って4つの正三角形ができるように並べて下さい。折ったり曲げたりしてはダメです。」

1.は北極点では南しかなく、南極点では北しかない。また地球ではと限定していないので、金星や天王星は地球とは自転の方向が違う。

2.は平面では考えにくいが、マッチ棒を立体的に立てて三角錐を作ればよい。

筆者はアルゼンチンに語学研修生で2年間行っていたが、語学研修生選抜試験問題を今でも思い出す。商社らしく鋼材の輸出の問題だ。

「メキシコで鉄道建設工事を受注しました。全長1,000キロで、全量日本からレールを輸出します。レールは1メートル当たり50KGの重さがあります。日本から輸出するレールの総量はどれだけになりますか?」

ヒントを書いておくと、筆者はモノレールの答えを書いてしまった。汗顔の至りだ。


論理パズル

「”A”,”F”、”2”、”7”と書いた4枚のカードがある。『カードの一方に母音が書いてあれば、裏には偶数が書いてある』という規則を確かめるのにめくらなければならないカードはどれか?」

ヒント1:引っかけ問題ではない。

ヒント2:あなたの答えはたぶん間違っている。

ほとんどの人が”A”あるいは”A”と”2”と答えるが、「偶数になるのは、母音が書いてあるカードだけ」とは書いてないので、子音が書いてあっても偶数になる場合があるのだ。

従い正解は”A”と”7”だ。

ちなみに筆者は出来なかった。


マイクロソフトの面接問題

マイクロソフトの面接問題が60問ほど紹介されている。一部だけ紹介しておく。答えは続きを読むに書いた。

1.秤を使わないでジェット機の重さを量るとしたら、どうしますか?

2.マンホールの蓋が四角ではなく丸いのはなぜでしょう?(最近のテレビのクイズ番組を見た人はわかると思う)この問題はマイクロソフトの問題でも一番有名なものだという。

3.鏡が上下でなく、左右を逆転させるのはなぜでしょう?

4.世界中にピアノの調律師は何人いるでしょう?

5.アイスホッケーのリンクにある氷の重さは全部でいくらでしょう?

6.50ある州のうち、一つだけ除いていいとしたら、どれにしますか?

7.南へ1キロ、東へ1キロ、北へ1キロ歩くと出発点に戻るような地点は、地球上に何カ所ありますか?

8.マイクとトッドは二人で21ドル持っています。マイクはトッドより20ドル多く持っています。それぞれいくら持っているでしょう?答えに端数がでてはいけません。

9.ビリヤードの球が8個あります。そのうち一個は欠陥品で他よりも重くなっています。天秤を使い、重さを2回量るだけでどの球が欠陥品なのか見分けなさい。

10.錠剤が入った瓶が5本あります。そのうちの1本の錠剤すべてが汚染されています。それを見分ける唯一の方法は重さで、普通はすべて1錠10グラム、汚染された瓶の錠剤はすべて1錠9グラムです。秤で1度だけ重さをはかって汚染された瓶を見分けるにはどうしますか?

11.富士山を動かすのにどれだけ時間が掛かるでしょう?

12.50組の夫婦のいる村の男全員が不貞をしています。女はみな、自分の夫以外の男が不貞をすれば即座にわかります。でも自分の夫が不貞をしてもわかりません。村の掟では不貞をはたらいた夫の妻は、夫を即日殺さなければなりません。ある日絶対に過ちを犯さない女王が村を訪れ、少なくとも一人の夫が不貞をはたらいていると宣言します。どうなるでしょう?

13.玄関に3つのスイッチがあります。一つはドアが閉まっている奥の部屋の照明を操作するものです。3つのスイッチのうちどれが奥の部屋のものなのかわかりません。部屋に一回行くだけでどのスイッチか判定するにはどうしたら良いでしょうか?


この他にも面白い問題がたくさんある。是非一度手にとって見て頂きたい本だ。


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2008年06月11日

最高指導者の条件 李登輝さんの「政治家の品格」

最高指導者の条件


台湾の元総統、日本でもファンの多い李登輝さんの近著。2008年3月の発売である。

李登輝さんの著作は、奥の細道を辿った「日本国へのメッセージ」を以前紹介したが、日本文化に対する深い教養と愛着がわかり、まさに戦前型日本人としか言えないという印象を強く持った。

この本は李登輝さんの政治リーダーとしての信念の源が何かを明らかにしており、いわば「政治家の品格」とも呼ぶべき本だ。


中華民族初の民選総統

李登輝さんは蒋介石の息子蒋経国総統が死去した後を継いで1988年に国民党総裁/台湾総統に就任した。

そして自ら公選制度をつくって史上初の台湾総統選挙で勝利し、1996年に初代民選台湾総統となる。

中華民族の歴史で初めて国民の選挙により選ばれた指導者の誕生だった。

李さんの総統就任前後、中国は台湾独立派の動きに神経をとがらせ、台湾海峡で軍事演習を行い、ミサイルを発射して台湾に圧力をかけようとしたので、米国が2隻の航空母艦を台湾海峡に派遣し、中国を威圧した経緯がある。

しかし李さんは中国の脅しに全く動揺せず、毅然とした態度を貫いた。

李さんは中国の演習は心理的な作戦であり、実際の武力侵攻はないという情報をつかんでいたから、軍をあわてて動かさないという選択肢を取れたのだという。

リーダーの決断力を裏打ちする情報力の発揮だ。

その後2000年の総統選挙には出馬せず、結果的に国民党は敗れ、民主進歩党の陳水扁氏が総統に就任した。

これも中華民族初の平和的政権交代だ。

陳水扁氏は2008年5月まで総統を務め、今年国民党のハーバードロースクール出身のハンサムガイ馬英九氏に代わり、国民党が政権の座に返り咲いたことは記憶に新しい。


李登輝さんと信仰

李登輝さんの政治的信念はキリスト教の信仰に裏打ちされている。李さんは日本時代は唯心論、戦後は唯物論でマルクス主義にのめり込んだ時期もあった。アメリカに留学して帰国してから台湾の教会をまわり、神が存在するのかを考え続けた。

「なぜマリアは処女にしてイエスを産んだのか?」
「なぜイエスは磔にされ、そして生き返ったのか?」
この2つの奇跡を信じろとキリスト教は言う。

李登輝さんは理屈っぽい人間なので、なかなか納得できず、聖書を隅から隅まで読んだという。

ヨハネによる福音書第20章に、使徒トマスは復活したイエスを信ぜず、イエスの手と脇に手を入れて初めて信じたという一節がある。

イエスの言葉として「なんじ我を見しによりて信じたり、見ずして信ずる者は幸いなり」という言葉が紹介されている。

つまり「見えないから信じない。見えるから信じる」では信仰を持つことができない。まず「信じること」から始まる、それが信仰の第一歩なのだと理解したという。


戦前日本のエリート教育

李登輝さんは日本の旧制中学、高校、帝国大学という戦前日本のエリート教育を受け、大量の東西の名作文学や哲学書に接した。

19世紀のイギリスの思想家カーライルの「衣裳哲学」や「英雄および英雄崇拝論」は李さんの大好きな作品だという。

古典を読むことで哲学が生まれると。ゲーテニーチェショーペンハウエルカントヘーゲルマルクスサルトル鈴木大拙の「禅と日本文化}、西田幾多郎などの作品を読んだという。

李登輝さんはいまでもカントの「純粋理性批判」と「実践理性批判」が判断の指針になっていると語る。まさに哲人政治家である。

筆者もカントの「純粋理性批判」や「実践理性批判」は学生の時に読んだが、単に字づらを追っただけで、全く頭に入っていない。いずれはこのあらすじブログでも挑戦しなければならない本である。

純粋理性批判 上 岩波文庫 青 625-3


実践理性批判 (岩波文庫)


筆者の学生の時は、マックス・ウェーバーをみんなが読んでいた。これもまた再読しなければならない名著だ。

ちなみにこの本はアマゾンでもベストセラー1,645位で、経済学分野でNo.1だ。やはり名著は時代を超えて読まれるものだ。

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)



緊急時のリーダーシップ

中国で四川大地震が起こったばかりだが、李登輝さんは1999年の台湾大地震時の非常事態に於ける総統の役割を語る。地震が起きたのが深夜2時頃、電話は通じなかったが軍に出動命令を1時間後に出し、朝6時にヘリコプターで現地入りした。

9時には指揮所が設置され、救援活動が始まっていたという。小池百合子議員から電話があり、「仮設住宅を1,500戸送りたいが、日本の仮設住宅は8坪しかないがいいか?」と聞いてきたので、即座に受け取ると返事したという。

李登輝さんは地震発生から1ヶ月のうち21日は現地にいて、対策を直接指揮したという。また軍の参謀総長と総督府の秘書長(官房長官)の2人をつれ、軍と政府がすぐに動ける様な体制をとった。

中国の温家宝首相も地震が起こったらすぐに現地入りして救援活動を陣頭指揮をした。胡錦濤主席もほどなく現地入りして救援活動を支援したのは、台湾大地震の時の李登輝さんの奮戦ぶりを参考にしたのかもしれない。


後藤新平の台湾近代化

強いリーダーシップ論では、台湾の発展に大きな足跡を残した後藤新平を高く評価している。後藤新平は、今年NHKで2年間のドラマとしてスタートする「坂の上の雲」で有名な児玉源太郎台湾提督に請われて、1898年に台湾民政長官となった。

坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)


着任早々高等官吏1000人あまりのクビをすげ替え、人心を一新し、優秀な人材を登用した。「武士道」の著者、新渡戸稲造もこのときの一人だ。

武士道 (岩波文庫)


匪賊を撲滅し、保甲制度(隣組、自治組織)、疫病対策、教育振興、台湾事業公債による資金調達、鉄道建設、アヘンや塩、酒、タバコの専売制、台湾銀行設立、台湾銀行券発行など、8年7ヶ月の在任期間中に大きな業績を残した。


リーダーの行動原理

李さんは上に立つ者の行動原理として次を挙げている。主なサブタイトルも参考までに紹介しておく。

1.誠実に説く  指導者に不可欠な「お願い」の姿勢

2.忍耐力  民主主義は「回り道」(ターンパイク)を認める制度

3.惻隠(そくいん)の情  「仁政」に不可欠な「惻隠」の情

4.大局観を持つ  「知識」や「能力」を超えて求められるもの

5.構想力  コンセンサスを得たビジョンがもたらす力

6.発想の転換  最も貧しい県が見違えるほど発展 農村が観光地となるアイデア

7.行動力と強い意志  行政改革に必要な行動力 

8.未来への提言力  台湾の民主化と教育改革 台湾がめざすべき4つの分野(金融、衛星メディア、空港、港湾)


指導者の養成

世界中のどこの国でも困っているのは指導者の問題であり、アメリカ、イギリスはもとより多くの国で将来の指導者となるエリート層を養成している。

ところが戦後の日本はこれを怠っており、米国式教育に表面的に倣い、テクニカルなレベルで一生懸命になるばかりで、本当に必要な「指導者をつくりあげる教育」を全く実施していないと李登輝さんは語る。

それを象徴するのが、東京大学を筆頭に、旧帝国大学系の国立大学から総理大臣が出てこないことだと。

たしかに先日紹介した「歴代首相知れば知るほど」の最近の首相を見ると、私立大学出身が圧倒的だ。平成になってからだと、わずかに宮澤喜一さん一人が東大出身で、それ以外はすべて私立大学出身だ。

李登輝さんは手厳しく語る。

戦前は帝国大学が国を治める人材を輩出したのに、なぜ戦後は駄目なのか。法律に縛られて、法律上問題があるかないかという発想しかできず、政治の世界で使えない人が多いからだろう。

法律屋の秀才たちは役所に就職し、行政の担い手となるが、彼らはえてして精神の面で貧困である。相当数の官僚が第一に求めるのは自分の出世であり、頭の中に国家という存在が希薄なのだ。

目先のことしか見えない人は、政治家になっても自分の利益を漁りまくる。「何のための民主主義なのか」、「指導者は何をすべきなのか」がわかっていない。

さらにいえば、金銭や権力は一時的なものにすぎず、「品格」、「教養」、「愛国」、「愛民」などの精神的価値こそが生涯を通じて追求すべきものだということもわかっていない。このような政治家が指導する国家はきわめて危うい。


まさに現在の日本にとっての警鐘である。

筆者は思うのだが、最近の問題は日本の政治家は事実上世襲制となっていることだ。福田康夫、安倍晋三、小沢一郎、鳩山由紀夫、麻生太郎、すべてが二世三世議員だ。

筆者の友人の松島みどり議員の様に、新聞記者出身で、徒手空拳で政治家となった人は珍しい。

地盤と利権を引き継ぎ、地元の利益追求型の政治家ばかり増えて、日本という国のビジョンがなくなっているのではないだろうか。愛国心を持って日本をより良い国にしようという気概を持った政治家が出てきて欲しいものだ。


この本では戦前の日本の優れたエリート教育を受けた哲人政治家の考えが、わかりやすく説明されている。

李登輝さんは古き良き日の輝かしい日本の伝統に触れたことを感謝していると語っており、「台湾の今日あるのは日本のおかげ」と感謝している台湾人は多いと公言している。

ここ数年「××の品格」という本がいくつかベストセラーになっているが、そういう本を読んで満足せずに、自らが名著を読んで、品格を磨かなければならない。

昔の一高第二〇回記念祭寮歌(明治43年)「藝文の花」の「万巻の書は庫(くら)にあり」という一節を思い出す。

藝文の花





ちなみにこの寮歌が掲載されている第一高等学校ホームページというのは初めて知ったが、写真集や寮歌集も収録されていて興味深い。もちろん今は第一高等学校などないが、東大駒場の中に一高同窓会という団体があり、そこがこのホームページを運営している。

世の中には万巻どころか、世界全体なら数千万あるいは億の書物があり、グーグルが世界中の本をすべてスキャンして、人類の叡智のデータベースをつくろうとしている(グーグルブックサーチ)のは、「ウェブ進化論」などで紹介されている。

筆者ももっと名著を読んで教養を積み、品格を磨かなければならないという気になった。

たぶん本のタイトルも「政治家の品格」とかにしたら、もっと売れることだろう。最近の流行キーワードでもある「品格」に興味がある人には、是非一度手に取ってみて頂きたい本だ。


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2008年06月09日

NHKトップセールス 失礼ながら、その売り方ではモノは売れません 林文子さんの本 

2008年6月9日再掲:

このブログを”林文子”で検索して訪問される人が増えている。

NHKの土曜ドラマ「トップセールス」のモデルとなったのが、元ダイエー会長で、最近東京日産販売の社長に就任した林文子さんだ。

トップセールス






ドラマのトップセールスは5月末で終了したが、6月に入っても「林文子」人気は衰えないようだ。

林さんの本を2005年に紹介しているので、あらすじを再掲する。


2005年8月8日初掲:


失礼ながら、その売り方ではモノは売れません

今回のあらすじは長いです。

ダイエー会長兼CEOに就任した林文子さんの自伝的セールスノウハウ本。

タイトルが挑戦的なので、本を手に取るのにも反感を覚える人もいるかもしれないが、普通の女性の目線で書かれた好著である。

(ところでこのタイトルは林さんが自分でつけたタイトルとは思えない。出版社の売らんかなというタイトルなのでは?)

一般的には知られていなかった人がダイエーのトップになったので、筆者をはじめとして不思議に思った人も多いと思うが、この本を読めば林さんがただ者でないことがよくわかる。

30年間車を売った経験しかない訳だが、人にモノを売り、かつそれを他人にわかりやすく説明するという点に関してはずば抜けた才能があることがよくわかる。

セールスノウハウ本は著名コンサルタントなどの本もでているが、この本は自分の体験をもとにした印象に残る具体例が多く、誰でも取り入れられるストーリーだからこそ説得力がある。

生活者の視点で書かれており、頭にスッと入り、必ずやベストセラーになるだろう。(現在Amazon総合ランキングで53位)

林さんは高卒後東レに就職、事務職として働き結婚。たまたまホンダのシビックを購入した時のセールスマンがあまり気の利かない人でありながらトップセールスマンであることを知り、自分でもやれるのではと31歳でセールスの世界に飛び込んだ。

女性のセールスは初めてだったので、研修も手探りで、ともかく外回りということになり、トヨタのトップセールスマンの書いたノウハウ本を読んで、1日100軒訪問すべしと飛び込み営業を始めた。

外回りでご用聞きに徹し、いきなり入社1ヶ月で支店でトップセールスになり、外回りからショールームでの接客に昇格。

他のセールスマンが客を見定めて、ひやかし客を見切るのに対し、わざわざ足を運んでくださるだけでもありがたいという気持ちから、もてなしに十分気を使い、お客はすべて大切に扱ったので、さらに実績を伸ばし、その後もトップセールスを10年間維持する。

たしかに『奥様、とてもすてきなブラウスですね』とか『ご夫婦仲がよろしくて結構ですね』とか言って近づいてきたら、客の警戒感も解け親しみを感じるだろう。

決して自社製品をほめないとか、客の性格を読む、相手のスタイルに自分を合わせるとか、きっちりとカーネギー等の人を動かす基本も押さえている一方、その日のうちに答礼訪問とか『できるセールスマン』の積極さも兼ね備えている。

「林さんは説明が熱心だったから、きっと後で家にくるよ、と話をしていたんだ。あれならアフターケアも大丈夫だと女房も言っていてね。」

ホンダで10年努めて販売課長になって、BMWに転職する。最初はノーだったので、履歴書にレポートを添えて、「これから田園都市エリアは重要になる。田園都市を熟知している私が10年つちかったノウハウをつき込むので、是非採用してくれ」と言ったら、即採用。

入社2年目で98台を売り、その後5年間はトップ。業績の悪い新宿支店長に抜擢される。社員のいいところをほめ、やる気をださせるやり方で業績トップ支店とする。

ショールームでのコンサートを始め、『BMW新宿桜能』という催し物も開催。次の新川では『新川能』を開催。能とBMW、なぜかフィットする。すごい発想である。

新川支店でも業績が上がってきたところで、フォルクスワーゲンから直営ディーラーのファーレン東京社長として誘いがくる。

迷っていたがフオルクスワーゲングループジャパンの外人社長から
1.社員を幸せにしてくれませんか?
2.女性として機会をつかまえ、成功に導くことは日本の働く女性にとっても励みになるのではないでしょうか? 
3.そのためのサポートなら私はあなたのためになんでもします。
という殺し文句に感動し、転職する。

ファーレン東京は当時長期赤字を続けていたが、自分の生活も楽しめない人が、高級車を売れるとは思えないとして、9時閉店を7時閉店に繰り上げ営業時間を短縮。

この改革が社員の気持ちに火をつけて、密度の濃い仕事をするという意識に変わり、2年で黒字転換、その後も売上を伸ばした。

経営者となって自分の裁量で決まる範囲が格段に広くなることを実感し、社長業のおもしろさがわかってきたと。

いくつか参考になる章のタイトルだけ紹介すると。
*営業に奇策なし
*マーケティングでモノは売れない
*われわれ営業は『個売業
*こどもに高級車を売る(小さい兄弟の相手をしてあげたら、数ヶ月後両親が来社し1千万円の車を買ってくれたことがある)
*営業ツールはこれだけ(自分の声・顔=電話、面談)
*買い物はエンタメである(Shopping is entertainmentの楽天も同じだ)
*ホウレンソウするのは上司のほう
*CSよりES、そしてFSへ(CS=Customer Satisfaction, ES=Employee Satisfaction, FS=Family Satisfaction)
*女性へのちょっとしたアドバイス


『売れる人の共通点』という章は面白い。

駅頭でティッシュとチラシを配っている男女がいたが、ティッシュの女性は人のじゃまをしているようなポジショニングで全然ダメ。チラシの青年は人の流れが湾曲したポジションをねらって手際がよい。林さんが話を聞いてみると:

「誰でも面と向かって待っていられると、ちょっと欲しいなと思っても自分の思いを見透かされている様な気がして、あえて貰わないですね。僕はやや顔を下向きにして、人の足先が視線に入るのを見ているようにしているのです。」

「圏内に入ったなと思ったら、すっと相手の手元にチラシを、触るか触らないかといった感触で近づけるのです。この手元にスッとというのが大事な呼吸なんです。」

「相手が反射的にチラシを握ってしまう、そのタイミングが手元にスッなんです。だからチラシも尻のあたりに隠すように持っているほうが、より効果的です。」

なるほど頭にスッとではなく、手元にスッともあるんだ。

できる営業の3要素は次であると:
1.人が好きなこと
2.勇気を持つこと
3.積極性
あくまで普通の人の目線である。

社長のワンポイントアドバイスではこう言うと:

「みなさん、初めてのお客様が見えたら一番初めに何を感じ、どう考えるでしょうか?」「まずお客様個人に関心を持ってください。どこからお越しになったのか?どんなお仕事か…。人が好きでなければ人への関心も持てないでしょう。」

筆者がガツーンとやられたのは、『年齢で売り方が違う』という章。若い頃はひたすらエネルギーで押し通したような売り方。どの家はどの車を持っているかすべて知っていて、他社の新車に変わっていると地団駄踏んでくやしがった。

やがて経験を積むと、強引なやりかたは反作用も強いということがわかり、他社に決めても「それはよかったですね」と客の気持ちをサポートする様な営業にかわる。人脈もできて、新規、既納客、紹介が1/3づつとなってくるのが30代、40代の売り方。

50代になると電話一本で話が決まるようでないといけません。」たしかにそうだ。20代、30代と同じ事をやっていては価値がないよね。

このブログでも紹介するソフトブレーンの宋さんの「日本の営業は非効率的なことをやっている」との指摘に対しては、自分はアナログ型で、デジタル型だけで営業ができるとはどうしても思えないと。

最後にこうくくっている。

ではあなたの使命は?」「お客様に尽くすこと。」

なるほど。だから主婦の店(中内さんの創業店の看板)ダイエー再建をひきうけたんだな。

戦艦(ダイエー本部の建物の通称)の様なダイエーを動かすのは大変だろうが、がんばれ林CEO!



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2008年06月08日

歴代首相知れば知るほど 知っているようで知らない歴代首相58人

歴代首相 (知れば知るほど)


「占領を背負った男 白洲次郎」などを読むにつれ、日本の近代・現代史をおさらいする必要を感じたので読んでみた。

実は筆者は高校の日本史の授業では戦後の歴史は学んでいない。受験に出ないという理由だった。

だからその部分が弱いということがあるかもしれない。、「占領を背負った男 白洲次郎」の戦後史ストーリーの多くが、筆者には初耳のものだった。

実業之日本社は、たまたま筆者が仕事の関係で本を協賛出版する話を進めたことがある出版社なので親しみがある。

明治30年創業の老舗中の老舗出版社だ。

実業之日本社は「知れば知るほど」というシリーズで、歴代天皇とか、戦国武将、幕末・維新、三国志、太平洋戦争、世界の宗教、ギリシャ神話など簡単に読める歴史のガイドブックを多数出版している。

そのうちの一冊が「歴代首相 知れば知るほど」だ。

おさらいもかねて列挙すると近代日本の歴代首相は次の通りだ。(数次にわたって組閣した人は最初の首相在任の年代順)。読みにくい名前にはふりがなをつけた。

ウィキペディアのURLをすべてに付けたので、興味がある首相のところをクリックして欲しい。


明治時代
第1代  伊藤博文(第一期1885年〜1888年)言わずとしれた近代日本の立役者 長州閥の筆頭
第2代  黒田清隆 薩摩閥の初代首相
第3代  山縣有朋 軍隊強化に注力した長州出身の官僚制度の創始者
第4代  松方正義 30年も大蔵大臣を務めた薩摩出身の財政の神様 
第5代  大隈重信 初の政党内閣総理 佐賀県出身の早稲田大学創設者
第6代  桂太郎 長州出身の首相在任最長記録保持者
第7代  西園寺公望(さいおんじきんもち)明治の元老 公家宰相 日本のキングメーカー

大正時代
第8代  山本権兵衛 薩摩出身海軍の大御所
第9代  寺内正毅(てらうちまさたけ)長州出身の陸軍軍人宰相
第10代 原敬 新聞社社長から政界に 初の平民宰相だが東京駅で暗殺される
第11代 高橋是清 ダルマ宰相 アメリカで奴隷生活も 財政再建に努力するが2.26事件で暗殺される
第12代 加藤友三郎 海軍出身 軍縮に指導力を発揮するが1年で死去
第13代 清浦奎吾(きようらけいご)山縣子飼いの官僚 5ヶ月の短命内閣
第14代 加藤高明 普通選挙を実施した政党内閣 初の東京帝国大学出身首相 

昭和時代(戦前)
第15代 若槻礼次郎 大蔵省・憲政会出身の政党内閣
第16代 田中義一 長州・陸軍出身 張作霖爆死事件で天皇の叱責を買う
第17代 浜口雄幸(はまぐちおさち)大蔵省・立憲憲政会出身 緊縮財政を実施したが右翼の凶弾に倒れる
第18代 犬養毅 慶応(中退)出身者 新聞記者から政治家へ 5.15事件「話せばわかる」、「問答無用」で射殺される
第19代 斉藤実 海軍出身者 2.26事件で惨殺 打ち込まれた弾は47発、刀瘡は10カ所だった
第20代 岡田啓介 海軍出身 2.26事件で九死に一生を得る 昭和19年には東条内閣を総辞職に追い込む
第21代 広田弘毅(ひろたこうき) 外務省出身 A級戦犯として処刑された文官宰相
第22代 林銑十郎(はやしせんじゅうろう) 陸軍出身 4ヶ月の超短命内閣
第23代 近衛文麿 軍部に屈した公家宰相 A級戦犯指名に抗し服毒自殺
第24代 平沼騏一郎 検事出身 「欧州情勢は複雑怪奇」で辞職
第25代 阿部信行 陸軍出身 組閣に際して天皇が注文をつける 短命内閣
第26代 米内光政(よないみつまさ)天皇に指名された親米派海軍大将 戦争回避に努力するが陸軍に倒閣される
第27代 東条英機 太平洋戦争を決断した陸軍出身翼賛首相 負ければ賊軍の典型
第28代 小磯国昭(こいそくにあき)陸軍出身戦争末期内閣 巣鴨プリズンで獄死
第29代 鈴木貫太郎 海軍出身 天皇側近の侍従長の終戦内閣

昭和時代(戦後)
第30代 東久邇稔彦(ひがしくになるひこ)陸軍出身の皇族首相 2ヶ月で退陣
第31代 幣原喜重郎 外務省出身 マッカーサーと親密だが7ヶ月で退陣
第32代 吉田茂 外務省出身 組閣数No.1のワンマン宰相
第33代 片山茂 社会党内閣の弁護士宰相 10ヶ月の短命内閣
第34代 芦田均 吉田茂と争った外務省出身文人宰相 昭和電工疑獄で逮捕・起訴
第35代 鳩山一郎 吉田茂を辞任に追い込んだ友愛宰相 日ソ国交回復を実現
第36代 石橋湛山(たんざん)初めて公選で選ばれた東洋経済社長 自民党
第37代 岸信介 日米安保体制をつくった 商工省出身 A級戦犯首相 自民党
第38代 池田勇人 京都帝大出身 所得倍増をぶち上げた大蔵省出身宰相

昭和時代(高度成長)
第39代 佐藤栄作 ノーベル平和賞を受賞 鉄道省出身 在任8年 岸信介の実弟
第40代 田中角栄 今太閤と呼ばれたブルドーザー宰相 列島改造ブームを巻き起こすがロッキード事件で逮捕 在任は2年だがその後隠然たる勢力でキングメーカーに
第41代 三木武夫 青天の霹靂で選ばれた明治大学出身 理想主義者
第42代 福田赳夫(ふくだたけお)権力闘争を勝ち抜いた大蔵省のプリンス 
第43代 大平正芳 一橋大学出身 池田勇人の秘蔵っ子 鈍牛宰相 戦況遊説中に急死
第44代 鈴木善幸(すずきぜんこう) 岩手県出身 漁協出身の党人派
第45代 中曽根康弘 行政改革を推進した風見鶏宰相 東大 海軍士官出身
第46代 竹下登 早稲田出身 英語教師・県会議員出身のたたき上げ宰相 消費税導入 リクルート事件で失脚するが竹下院政をひく 

平成時代
第47代 宇野宗佑 神戸商科大学出身 スキャンダルで2ヶ月で辞職した才人宰相 
第48代 海部俊樹 早稲田出身 清心さで選ばれたハト派宰相
第49代 宮澤喜一 大蔵省出身の国際派 バブル崩壊の波を乗り切る 平成の是清
第50代 細川護煕(ほそかわもりひろ)上智大学出身 突如登場 8ヶ月で去った殿様宰相 アメリカに単に「NO」と言っただけの首相
第51代 羽田孜(はたつとむ)成城大学出身 少数与党で2ヶ月で退陣 政界再編の渦に身を投じた「普通の人」
第52代 村山富市 明治大学出身 社会党の庶民派宰相 それでも2年もった
第53代 橋本龍太郎 慶応大学出身 消費税に足をすくわれ参院選惨敗で退陣 リーゼント首相
第54代 小渕恵三 早稲田大学出身 人柄で人身掌握に努めた凡人宰相
第55代 森喜朗(もりよしろう)早稲田大学ラグビー部出身 失言が物議をかもした体育会系宰相 在任1年だが ロシア関係に強い
第56代 小泉純一郎 慶応大学出身 「改革断行」が支持された「変人宰相」 
第57代 安倍晋三 成蹊大学・神戸製鋼出身 期待はずれに終わった政界のサラブレッド お友達内閣の不祥事続出で参議院選で大敗
第58代 福田康夫 早稲田大学・丸善石油出身 「背水の陣内閣」を継承した初の親子2代首相


こうしてみると暗殺された首相が多いことがわかる。それと軍部の圧力で、軍人出身の首相でさえも短命に終わった内閣が多い。やはり戦前は大変な時代だったのだ。


このうちから5人選べと言われたら、筆者は次の5人を選ぶ:

西園寺公望 公家の元老として長く天皇のアドバイザーを務め、首相を決めるキングメーカーだった

近衛文麿 近衛の優柔不断な態度が結果的に日本を戦争に突入させた

吉田茂 戦後の復興をはやく軌道に乗せた

池田勇人 日本の高度成長の基盤を作った

中曽根康弘 国鉄などの民営化を実現し、ロン・ヤス関係で日米関係を強固なものにした

その他にも伊藤博文、東条英機や田中角栄などリストアップしたい時点の首相は多いが、あなたは誰を選ぶだろうか?是非選んでその人の項をクリックして調べて頂きたい。

最後に最近のクイズでもあった、首相を輩出している都道府県のマップが参考になると思うので、紹介しておく。

歴代首相出身地マップ






出典:本書300ページ

知っているようで知らない歴代首相の基礎知識が手軽に得られるおすすめの本だ。



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2008年06月05日

パーソナルグローバリゼーション コミュニケーション能力は訓練可能だ

パーソナル・グローバリゼーション―世界と働くために知っておきたい毎日の習慣と5つのツール

パーソナルグローバリゼーション






筆者が駐在していたピッツバーグにあるカーネギー・メロン大学Institute for Software Research InternationalのProgram Directorで、グローバル・エデュケーションアンドトレーニング・コンサルタンツ社長の布留川勝さんのグローバル人材の要件。

布留川さんは2000年にグローバル・エデュケーションアンドトレーニング・コンサルタンツ社を設立し、現在は100社以上の人材開発プログラムのコンサルティングをしているという。

CMUの国際人材開発プログラムのプロモーターでもある様だ。

このブログでも紹介しているトム・フリードマンの「フラット化する世界」で通用する日本人に必要な要件を、「グローバル・プロフィシエンシー」として次の5つの構成要素に分けて説明している。

1.ビジョナリーシンキング
2.セルフエンパワーメント
3.コミュニケーション
4.ダイバーシティ
5.グローバルイングリッシュ


1.ビジョナリーシンキング

ビジョンがあなたのポテンシャルを決める。

筆者も好きな言葉だが、インテルのアンディ・グローブの本のタイトルの"Only the Paranoid survive"という言葉を紹介している。梅田望夫さんの「ウェブ時代をゆく」でも、これからの時代を生き抜くキーワードとして、Andy Groveの言葉が紹介されている。この本は梅田さんの座右の書だそうだ。

Only the Paranoid Survive: How to Exploit the Crisis Points That Challenge Every Company


ビジョナリーリーダーの代表の様なアンディ・グローブだが、偏執狂のみが生き残るとは強烈な言葉だ。

布留川さんは、妄想的(偏執狂的?)なビジョンを抱いて、狂信的に(一途に?)やり遂げる行動力がグローバルビジネスには必要だと語る。

ビジョンを実現するために、プロアクティブ(自ら積極的)に行動するのだ。


2.セルフエンパワーメント

年功序列の今までであれば、「私は課長(部長)ができます」というジョークの様な調整型人材でもやっていけたが、これからのエンプロイアビリティの高い人材であれば、次のように答えるだろうと。

「私は50名規模の部下のマネジメントであれば十分にこなすことができます。英語でのコミュニケーションも問題ありませんので、部下の国籍は問いません。得意なのは変革時に求心力を失った組織の立て直しです。具体的な私の実績としては…」。

自分の意見をはっきり述べるアサーティブ(Assertive)な態度がセルフエンパワーメントの実現には必要だ。

アサーティブとは、長期的な全体最適を可能とする思考力・実行力を兼ね備えたWIN−WIN志向の人物だという。

折れない心、オープンマインド(相手を受け入れる心)、セルフコンフィデンス(自信)、WIN−WIN志向などが具体的要件だ。

グローバルビジネスで評価の対象となるのは成果であり、そのために重要なのは問題解決のため、PDCAをまわして仮説に基づいて実行し、検証を行うロジカルなプロセスだ。


3.コミュニケーション

これがこの本で大変参考になった点だ。

布留川さんは、コミュニケーション力とは才能や経験ではなく、トレーナブルなスキルなのであると語る。

たとえば現在民主党の大統領候補を争っているヒラリー・クリントン議員とオバマ議員は、選挙コンサルタントがついて、何をどのように話すべきか毎日コーチングを受けている。

たしかに選挙戦序盤でヒラリーが冷たいという印象があり、予備選挙に負けつづけだしてから、時には涙を浮かべるなどエモーショナルな面を強調する戦術に転換したことは記憶に新しい。

コミュニケーション力の要件として次が挙げられている。

(1)メインポイントファースト
結論まずありき。たとえば「今日の話は3点あります」と話をはじめよと。

日本人同士のコミュニケーションでは最後まで結論を言わない傾向があるが、国内とグローバルなシーンと別の考え方をすべきだと布留川さんは指摘する。

(2)エレベータートーク
数十秒で本質を伝える能力。

エレベータートークとは、シリコンバレーで或る起業家が偶然を装って有名な投資家とエレベーターに同乗し、手短に事業内容の魅力を訴え、資金調達に成功したという実話に基づいた言葉だ。

エレベータートークのトレーニングに最も効果を発揮するのは、インプロンプトスピーチ(即興スピーチ)であると。1分程度で考えをまとめ、2分ほどスピーチをするというものだ。

(3)非言語表現
意識してことば以外を使う。身振り手振り、表情などだ。目を見て話すことは対日本人だと逆効果だが、グローバルなシーンでは重要だ。

(4)ストローク(自尊心を満足させる行為)
たとえば同僚に向かって"Good job!"とか声を掛けたり、相手をほめることだ。

アメリカ人相手の場合、良い点を過剰なほど評価し、感謝し、さらに直すべき点について"It will be even better 〜"といった切り出し方をして、改善を促す。

筆者もアメリカで部下のPerformance appraisalを半年に一回行っていたので、よく使っていた言い回しだ。


(5)質問力
大前さんは「質問する力」という一冊の本まで書いているが、布留川さんも重要性を語る。質問は理解を深めるだけでなく、質問者自身の視点や教養を表現する手段ともなる。

質問する力 (文春文庫)


体系的な質問スキルを習得している日本人はまだ少ない。

日本人によくあるクローズド・クエスチョン(答えがある質問)と、オープン・クエスチョン(多様な答え方ができる質問)を比較説明している。

布留川さんがアメリカのビジネススクールと共同で日本でセミナーを開催した時に、次のような質問が出された。

クローズド・クエスチョンはたとえば「あなたの大学は現在ランキング何位ですか」といったもので、答えるのは簡単だが、なぜ質問したのか意図がわからないことが多い。

それに対しオープン・クエスチョンは、たとえば「当社にはこういった問題があるのだが、あなたの大学ではどのように解決できますか?」といった質問だ。これには教授も生き生きと答えられ、盛り上がったという。

ちなみに筆者の座右の書、松下幸之助の「道をひらく」に次の文があるので引用して紹介しておく。

なぜ

こどもの心は素直である。だからわからぬことがあればすぐに問う。「なぜ、なぜ」と。

こどもは一生懸命である。熱心である。だから与えられた答を、自分でも懸命に考える。考えて納得がゆかなければ、どこまでも問いかえす。「なぜ、なぜ」と。

こどもの心には私心がない。とらわれがない。いいものはいいし、わるいものはわるい。だから思わぬものごとの本質をつくことがしばしばある。こどもはこうして成長する。「なぜ」と問うて、それを教えられて、その教えを素直に自分で考えて、さらに「なぜ」と問いかえして、そして一日一日と成長していくのである。

大人もまた同じである。日に新たであるためには、いつも「なぜ」と問わねばならぬ。そしてその答えを、自分でも考え、また他にも教えを求める。素直で私心なく、熱心で一生懸命ならば、「なぜ」と問うタネは随所にある。それを見失って、きょうはきのうの如く、あすもきょうの如く、十年一日の如き形式に堕したとき、その人の進歩はとまる。社会の進歩もとまる。

繁栄は「なぜ」と問うところから生まれてくるのである。


出典:松下幸之助 「道をひらく」

道をひらく


(6)I(アイ)ランゲージ
「あなたは、気が弱い」というYOUランゲージを使わず、「私はあなたがさらに強くなれると信じている」という様なIランゲージを使うのだ。

(7)ビジョンを語るスキル
ホンダが低公害のCVCCエンジンを開発したときに、本田宗一郎氏は「これでフォードに勝てる!」と喜んだが、開発した技術者達は「子ども達に青空を与えたかったのです」と宗一郎氏に意見したという話が紹介されている。


4.ダイバーシティ

多様な文化の違いを認識する知識と理解力。

DIEが重要だと。DはDescribe、IはInterpret、EはEvaluateで、これらが短絡化すると偏見や固定観念となる。

たとえば男二人が手をつないで歩いているのを見て、=同性愛者=気持ち悪いと発想するようなものだ。同性愛者であるかどうかわからないし、ましてや気持ち悪いというのは侮蔑だ。

以前は寿司やさしみを食べる外国人はまれだった。生の魚=野蛮人という発想が欧米人にはあった。

異文化を理解するためには水面下の価値観を知る必要があり、相手にあわせるスタイルシフトも重要だ。


コンテクストの違いと説明責任
人種によるコンテクストの違いがあるという。

ローコンテクストの社会では、言葉によって意思を伝えあうことが重視されている。代表的なのはスイス、ドイツ、アメリカであると。まさにアカウンタビリティ(説明責任)という発想が出てくるゆえんだ。

ハイコンテクストの社会は、日本、サウジアラビア、インドネシアなどだ。いわゆる「ツーカー」や「あうんの呼吸」といったものが通用する社会だ。

島国のイギリスは中間だという。


スピーチパターン
海外での討論で日本人がなかなか議論に入れないというケースが良くあるが、布留川さんは、これはスピーチパターンの違いだという。

ラテン系は前の発言が終わる前から発言しはじめ、アメリカ人は前の発言の終わりから発言し、日本人は前の発言との間に1秒程度間をおくという。

筆者はアルゼンチンに2年間、米国に9年間駐在していたが、布留川さんの説明のような「間」、スピーチパターンの違いは意識したことはないが、ビジネススクールの様な多人種が集まる場所だと特徴が顕著にでるのかもしれない。

5.グローバルイングリッシュ
英語を母国語とする人口は世界で3億4千万人だが、英語を公用語とする人口は14億人と言われている。

文法的な正確さよりも流ちょうさが重要だ。たとえば日産のカルロス・ゴーンさんや、元ソニーの出井さんがいい例だと。間違いを恐れるのは受験英語までで、英語学習は質より量である。布留川さんのグローバルエデュケーションのサイトには英語の勉強法が紹介されている。


最近企業派遣のMBAは減少しているという。

MBAにはこだわらないグローバル化が企業の研修の主流となってくるので、布留川さんの会社は、日本国内で1年間のグローバル人材強化プログラムを提供しているという。

特に欧米人とのコミュニケーションの注意点がよくわかる。参考になる本である。



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2008年06月02日

愚直論 マイクロソフト新社長樋口泰行さんの自伝的ビジネス論

「愚直」論 私はこうして社長になった


元ダイエー社長で、4月1日にマイクロソフトジャパンの社長に就任した樋口泰行さんの日本HP社長時代の最初の著書。樋口さんの著書は、以前「変人力」のあらすじを紹介した。

2005年の本だが、いまだにビジネス書のベストセラーランキングに入っている。アマゾンではむしろ最新の「変人力」より売れているようだ。

「変人力」には、現場で人を動かすぎりぎりの戦いをしてきた人のみが持つ言葉の重みがあり大変良かったので、この本も読んでみた。

樋口さんは文才があり、わかりやすく頭にスッと入る。

この本は樋口さんの経験に基づく自伝的経営論だ。


ビジネスで成功するには

樋口さんはビジネスで成功するには、次の3つが重要だと語る。

1.ハングリー精神
樋口さんの家は裕福ではなかった。毎日食パンを買うだけのお金を持って、お使いに行っていたが、ある日余計にお金を貰ったので食パンと一緒に菓子パンを買ってきたところ、お母さんに「うちにはそんなものを買うお金はないのよ。早く返して来なさい!」と言われたという。

その時自分の欲しい物は自分で努力して手に入れるしかないと思ったという。

2.熱意と経験が成長を決める
仕事は苦しいからこそ、それを乗り越えた時の喜びも大きい。失敗であれ成功であれ、熱意を持って取り組んだ経験の積み重ねが成長につながる。

3.仕事のスコープを広げる
樋口さんは「T」型人間を目指せという。自分の専門分野を深く知っていながら、製造、開発、マーケティング、営業、経理、財務、人事などの様々な分野でも広く理解できることで仕事のスコープを広げるのだ。

樋口さんは自身の経験を、長い時間をかけて認められるような「愚直な」生き方と呼んでおり、ケーススタディとして活用して欲しいという。


社会人としてのスタート松下電器時代

樋口さんは1957年兵庫県生まれ。兵庫県出身だったことから、ダイエーの再建を引き受けた話は「変人力」で紹介した。大阪大学の工学部に進学したが、アルバイトに明け暮れた。ほとんど授業には出席していなかったが、教授推薦で松下電器に就職する。

松下電器では8ヶ月の新人研修の後、子会社の松下産業機器で溶接機事業部に配属され、パチパチっと火花が出るアーク溶接の電源装置を作っていた。業界シェアNO.1とはいえ、いわゆる3K(きつい、きたない、危険)の職場で、閉塞感を感じ技術者として焦燥を感じていた。

そのころ新人研修の時に聞いた「T」型人間になれという言葉を思い出し、技術者として専門分野を極める一方、自分の幅を広げるために休日を利用して英語や情報処理を学び、異業種交流会を開催するようになった。

専門を深く追求した成果が出て、特許を6件取得した。自分のスコープを広げ、なによりもコミュニケーションの重要性を溶接機事業部で学んだという。


コミュニケーションはなぜ重要か

仕事をする上でコミュニケーションの重要性を述べる人は多いが、樋口さんのコメントは秀逸なので紹介しておく。

樋口さんは典型的な理系人間で、答えは一つしかないという世界に慣れていたが、現実のビジネスの世界では多様な価値観の人がいて、答えは一つではない。

自分の出した「たくさんある中の一つの答え」に基づいて人を動かそうとするとコミュニケーションが非常に大事なことを樋口さんは学んだという。


その通りだと思う。所詮たくさんある中の一つの答えをみんなに納得して貰うにはコミュニケーションしかないという考えは、実に説得力がある。

松下電器ではすばらしい経験をさせてもらい、社会人としての基礎を教えてもらった溶接機事業部には感謝の気持ちで一杯であると。

溶接機事業部での5年間の後、IBMのOEMを担当している特別プロジェクト室に異動し、入社当時からあこがれていたデジタル技術の分野を担当する。

米国IBMの社員と仕事をし、技術者としてトラブルやクレームに対応する中で、コンピューター製品や技術の理解を深めると同時に、米国流のマネージメントや仕事の進め方を学ぶ。

樋口さんは、ビジネスの基本、企業人の基本はすべて松下電器で学んだと語る。米国でもIBMやP&Gの出身者は「企業人としての基本がでてきているから、転職後も活躍できる」という話を聞くが、大企業の長い歴史で培われた精神的・文化的な土壌にふれることで、学べることは多いのではないかと。

たしかに大企業でみっちり新入社員教育を受けた人材は基礎ができている。なるほどと思う。


MBA留学試験に挑戦

その後松下が毎年20名前後のエンジニアを派遣しているMITへの技術留学を考えるが、上司の薦めでMBA留学に方向転換する。集中的に英語を勉強して、最初550点だったTOEFLスコアをアップさせる(当時の満点は677点)。

このブログでも「ドラゴン桜」「レバレッジ時間術」などの受験技術を紹介しているが、樋口さんのTOEFL対策は次の3点だ。

1.問題のひっかけにはパターンがある。3択の過去問を勉強していくうちに、クセがわかったという。

2.音響設備の良い試験場を調査し、ヒアリング問題の聞きやすい試験場を選択した。

3.問題を朗読する人によって個性があるが、TOEFL本試験は毎年3人の朗読者だった。その3人の過去問のテープをできるだけ集めて、その3人の声ばかりを聴く様にした。

この3つの対策で、650点を取ったときはまさに「してやったり」という気持ちだったという。

ビジネススクールの合否を大きく左右するエッセーには自分史を書いて第一志望のMITの面接試験で合格し、ハーバードにも電話面接で合格する。松下はMITと技術留学で関係が深く選択に悩んだが、奥さんの「男なら挑戦しないと」とのひと言で、ビジネススクールのトップのハーバード留学を決心する。


ハーバードの人格改造講座

樋口さんは英語が得意ではなかったので、ボストンに着いていきなり自信喪失し、落第候補生になってしまう。しかし深夜の3時か4時に寝て8時に起きるという生活を毎日続け、ローソンの新浪さんなどの勉強会仲間の協力も得て、なんとか進級できる。

ハーバードが元祖のケーススタディを週13回こなす。それぞれが4ー5時間の予習と解答準備が必要なので、1日3ケースとすると毎日12時間の予習をしなければならなかった。結局1年次に学外に出たのは3回だけだったという。

ビジネススクールでは発言しないと評価されない。技術屋の樋口さんは授業での発言が苦痛だった。「今日は発言できた?」というのが仲間うちの挨拶だったという。

それまで完璧主義者の技術者だった樋口さんは、毎日限られた時間内に決断を迫られるケーススタディを大量にこなすことで、「ビッグ・ピクチャー」を捉え全体最適な解答を探す現実的なスタイルに転換できたのだ。

ハーバードの2年間は樋口さんにとって「人格改造講座」だったという。

MBA取得に価値はあるかと問われれば、就職や転職の通行手形になり、キャリアの選択肢が広がり、人的ネットワークができるというメリットがある。

しかし入社してしまえば結果がすべてだし、他に代替手段もある。樋口さんはやはりビジネススクールは2年間プレッシャーの中で、質の高い教育をうけることが価値だと語る。


実力主義の世界…ボストンコンサルティンググループ

松下に帰任した樋口さんは、松下が8,450億円をかけて買収したMCA事業を検討するAVソフト室に配属された。

しかしクリエイティブな世界に生きるMCAは「親会社の言うことを聞け」という資本の論理など通用しない相手だった。樋口さんは伝書鳩としての自分の限界を感じ、帰国半年で退社を決意し、ボストンコンサルティンググループ(BCG)に転職する。

BCGの面接では、面接官一人1時間の面接を連続して5回行い、樋口さんは疲れ切ったが、その場で内定を貰った。「やりがいだけはある」という面接官のひと言が決め手だったという。

BCGに入社し、製造業のプロジェクトに配属された。上司は8歳年下で20代半ばの大学卒のマネージャーだった。

ひとたび仮説を構築すると、事実とロジックをつなぎ合わせてプロジェクトを進行させていく彼の仕事ぶりには驚かされたという。

技術者である樋口さんは気になることがあるととことんまで追求してしまう追求癖があるので、アウトプットで評価されるアウトプット主義にはなかなか感覚がつかめなかった。

身体の限界まで頑張っているのに、アウトプットの質が高まらない苦しみを最初の1年強は味わったという。

徹夜が続き、会議で失神し、「過換気症候群」と診断されたにもかかわらず、病院からまたオフィスに戻って仕事をした時もあったという。

仕事に成功を収めるが、だんだんクライアントから「後は我々に任せて下さい」と言われ、提言だけして、あとはいなくなるコンサルタントの仕事に飽き足らないものを覚える。

BCGの仕事はいわば短い時間と大きな期待という圧力釜の中での仕事で、生き残り競争も過酷だったが、ハーバードで習った経営者としての疑似体験を、リアルなビジネスの現場で直接体験し、戦略立案の頭の使い方が骨の髄までたたき込まれたという。

自分の伝えたいメッセージを、1時間ならこう、20分ならこう、エレベーターで乗り合わせた相手ならこうと、自由自在に加工できるように、何がポイントで本質はどこにあるかを常に意識し、仮説に基づいて問題を構造化し、整理できていなければならない。いわゆるフレームワークだ。それが戦略立案の仕事であり、BCGで徹底的に鍛えられたという。

このブログで「仮説思考」を紹介しているBCGでの樋口さんの上司、内田和成さんが、当時の樋口さんのことをブログで書いているので、紹介しておく。


テクノロジー業界への回帰

BCGには「アルムナイ」というOB組織があり、現役組と強いつながりを持っている。BCGの平均在職年数は3年で、或る意味3年で卒業する学校の様な風土があるという。

BCGで2年ほど経験をつんだ樋口さんは、BCGを退社してアップルに入社した。パイオニア製などのマック互換機を日本市場で売り出すことをキヤノン販売の協力を得て成功させたが、互換機が売れるとアップル本体の製品が売れなくなると考える米国本社との板挟みという問題を抱えていた。

いわばパソコンのハーレーダビッドソンのアップルでの仕事は楽しかった。

アップルで2年間働き、いずれは社長になりたいという気持ちを抱き、転職先を考えていたところ、コンパックに転職していたアップルの元上司から誘われ、1997年当時売上No.1で世界シェア10%のコンパックに入社する。

しかしコンパックは米国では好調だったが、日本法人は苦戦しており赤字と黒字を行ったり来たりしていた。ビジネス向けは一定の売り上げがあったが、コンシューマー向けは年間3万台前後、シェア1%以下だった。

そういえばあのころのコンパックを思い出す。

筆者自身は1994年頃から1997年までコンパックに買収されたDECのラップトップ(ポインティングデバイスはトラックボールで大変使いやすかった)を使っていた。コンパックというとIBM PCとほぼ同価格で、高価格・高性能という印象があった。

DEC









出典:Wikipedia

日本コンパックの社員約200人のうち10名が樋口さんのコンシューマー部門の部下だったが、マニュアルの翻訳などを除くと自由に動けるのは5名程度だった。世界共通デザインの、つくりが大ざっぱなモデルの輸入販売で、日本コンパックはコンパックグループでも全く発言力がなく、覇気がなかった。

樋口さんは、アップル時代につきあいのあったキヤノン販売を実質エクスクルーシブの販売チャネルとして起用し、強硬な米国本社との間を玉虫色で調整し、1998年に新モデルを売り出し大成功を収めた。元々コンパックは世界NO.1PCメーカーなので、品質も良くコスト競争力もあったのだ。

続いてデザイン性に優れた日本独自仕様のPCをマス・マーケティングで販売するために、独自の台湾のOEM工場を見つけ、ヒューストン本社に乗り込み「YESと言うまで日本に帰らない」と宣言して交渉した。

3週間ほどで本社のOKが出た。本社は一切サポートしないことと、うまくいかなかったらすぐに撤退し、樋口さんがやめるという2つが条件だったという。

そうして生まれたのがスリムタワー型で、今までのモデルより体積比で60%小型化したプレサリオ3500シリーズだった。TOKIOを使ったTVコマーシャルを打って大ヒットし、2000年には販売台数が30万台を超えた。

TOKIOのCMは2000年のものなので、メンバーも皆若い。

マーケティングの4大要素といわれる製品、価格設定、広告宣伝、販売チャネルのすべてがそろっての成功事例だ。

イメージキャラクターがTOKIOに決まる前に、当時の高柳社長から茶髪とピアスはダメだぞと厳命が下っていたが、現場がTOKIOで行かせてくれというので、現場の意向に上層部のOKを取った。

みんなが能力を発揮しあって、楽しく働け、実績にも結びつくという職場づくりの理想型に近いものだったという。

この業績で樋口さんは日本コンパックの取締役に昇進した。


社長という職業

コンパックは大型コンピューターに強いタンデムコンピューター、企業向けワークステーションに強いDECを買収し、2001年9月にHPによる250億ドルという巨額の合併を発表する。

樋口さんはそのとき米国コンパック本社で10ヶ月のエクゼクティブトレーニングを受けている最中だった。HPの創業家は反対を表明し、コンパック社内でも動揺が走るが、すぐに"Business as usual"という指令が出され、翌2002年3月の正式合意、5月の正式合併に至る。

受付嬢からCEOになった女性経営者として有名なHPカーリー・フィオリーナと、コンパックマイク・カペラスの指導力の成果だ。フィオリーナはHPにスカウトされて着任以来、世界で87あった事業部を12に再編し、強力な中央集権体制をつくってHPを再建した。

両者の単純合計で売上高874億ドル、利益39億ドル、従業員14万5千人、世界160カ国の事業拠点を持つ巨大企業となった。両者の得意とする事業領域は異なり、理想的な合併といわれた。

HPの伝統的なクレド、HPウェイは「+HPウェイ」となった。

HPウェイは、1939年のHP設立時につくられたもので、「企業は社員によって成っており、両者は共有関係にある」という企業と社員の間の共有を柱としている。MBO(Management by Objective=目標管理)や「良き市民であること」というCSRの考え方など、現代にも十分通用する先進的なものだった。

樋口さんは米国研修から戻って新生HPのPCサーバーのラインを任される。新生日本HPは従業員6,000人で、樋口さんが入社したときの日本コンパックの24倍になった。

樋口さんのプロライアントPCサーバー部門はDELLの攻勢を受け、シェアを徐々に失っていった。そこで樋口さんは低価格サーバーと高付加価値サーバーの2本立ての商品構成とし、1ヶ月で2億円使った広告を打って一挙にシェアを盛り返し、5位だったシェアを2位にまで回復させた。

2003年3月にHP本社から日本の社長候補に選ばれたという連絡があり、3月末に寺澤会長から「君に内定したぞ。君に断るオプションはないからな」と言われる。

20人弱の日本HPの取締役会の中で2番目に若い45歳の平取締役が社長になったのだ。それまで最大で30人の部下しか持ったことのない樋口さんが社員6,000人の企業の社長となったのだ。

樋口さんは肩の荷が重いと感じたが、なぜ自分が選ばれたかを考えると、「正義感の強さ」と「馬力の強さ」だと思い、これまで以上に頑張ることを決意する。

まずは外見から揃えようと、社長就任後、分刻みとなったスケジュールの合間に、デパートに飛びこみメガネとオーダーメードのスーツ、シャツとネクタイそして靴、ワニ皮ベルトの時計と、それまで使ったことのなかったカフスボタンを買い、1時間で数十万円散財したという。

いかにも等身大の社長、樋口さんらしい話だ。折角買った30万円のメガネは誰にも気づかれなかったのでがっかりしたそうだ。

社長就任早々、樋口さんの出したビジョンは次の5点だ。

1.お客様第一主義
2.スピード
3.結果重視
4.オープン
5.日本市場に根ざす

樋口さんは「不謹慎な言い方だが、社長の仕事は皿回しみたいなものだ」と語る。両手に何本も棒を持って数え切れないほどの皿を落ちないように回す。すべての皿を見ながらバランス良く皿を回すのだと。

樋口さんは外資系企業の日本法人のトップだが、外資の最先端のテクノロジーを駆使して、日本の発展に貢献し、日本を素晴らしい国に変えていきたいと語る。


樋口さんは、大学卒業から今まで一貫してハードワーカーだった。熱心に働いてビジネスで自己実現するんだという志を持って努力することで、思い通りの人生が描けるのではないかと語る。成果は後からついてくると。

樋口さんの経験に基づき、次のように語っている。

1.仕事は自ら創るもの これが短期間に成長するコツだ 電通の鬼十則を思わせる
2.「現場百回」の姿勢を持つ 答えは現場にある
3.勝負どころを見極める
4.価値観の異なる人とあえて交わる
5.身近な助言者を見つける
6.普遍的な実力を身につける
7.「T」字型人間になれ
8.マインドがすべて マインドとは、.僖奪轡腑鵝↓▲ーナーシップマインド、コラボレーティブマインド、ぅ好圈璽百兇裡瓦弔世函

リーダーに求められる役割は、メンバー一人一人がやりがいを感じ、成長できるような環境を創造することであると。

そのためにはリーダー自身がどれだけビジネスの現場で格闘してきたかが重要である。経験に裏打ちされた言葉にメンバーは共感する。

リーダーには高いマインドも求められる。皆が自分たちの共通の目標として捉えることができる方針を、哲学を持って打ち出し、コミュニケートできなければならない。

リーダーは大変な役割だが、リーダー自身が困難を乗り越えて成長することで、その背中を見ているメンバーも成長していく。こうして良質な人材が育ち、組織は拡張するのだと。

樋口さんは自分は不器用で変わり者だという。樋口さん自身ももっと成長しないといけないと。

日本HPの社長といういわば雲の上の人が、身近に感じられる。等身大のビジネス奮闘記で、面白く参考になる。

是非一読をおすすめする。



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2008年06月01日

ダーリンは外国人with Baby

ダーリンは外国人 with BABY


このブログでも何回か紹介している「ダーリンは外国人」シリーズの最新作。

前作「ダーリンの頭の中」と間が空いたのは、出産のためだったようだ。

今回は赤ちゃんが生まれるまでの話が全体の2割くらいで、大半は子育ての話題だ。

読んでいて今は大学生の長男の生まれた時も思い出し、亡くなった母も思い出した。

(実は最近ヘミングウェイの「武器よさらば」を読んで、仮死状態で生まれた赤ん坊を医師がおしりをたたいて蘇生させようとするシーンがあった。自分も仮死状態で生まれたのだと、亡くなった母から聞かされていたことも思い出したのだ。)

武器よさらば (新潮文庫)


子どもが生まれて、おっぱいが出なくて痛いマッサージを受ける話とか、女性は大変だと思う。

授乳中は食べない方が良い物があるというのも初めて知った。(乳が作られすぎて乳腺炎になるという)

餅米、肉、生クリームやバター、チョコを含む油っぽい物、乳製品などだという。

左多里(さおり)さんが、トニーニョ(長男)の生後6ヶ月でクリームソースのパスタを食べたら、その日の夜からおっぱいがガチガチになったという。

左多里さんも気にしているのは日本だけではないかと書いている。長男はピッツバーグ生まれだが、そんな話は聞いたことがないので、日本人の体質のせいのようだ。

国際結婚のカップルだけに「何語で話そう」というテーマは興味深い。そのままでいると日本語7−8:英語2−3くらいになるので、5:5を目指して左多里さんにも英語で話す様にトニーさんは言っているという。

1カ国語で話すというやり方と、両親それぞれが違う言葉で話しかけるというやり方があり、左多里さんとトニーさんは50:50でやってみるようだ。

筆者はピッツバーグに合計9年間駐在していたが、アメリカ人の友人には、両親はドイツ人だったが、家では英語だけで話していたという人もいるし、祖父母が家でドイツ語で話していたので、祖父母とはドイツ語で話していたという人もいる。

どちらが良いかわからない。

筆者の考えでは、英語で話す時も日本語で話すときも、頭の中で言葉に直して考えているわけではないと思うので、たぶん50:50の方が完璧にバイリンガルの子どもを育てるには良いのではないかと思う。

マンガも楽しく、子育て相談みたいなコーナーもある。

シリーズ全体で200万部を売るベストセラーだけはある。簡単に読めて楽しめるおすすめの本である。


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Posted by yaori at 01:27Comments(0)TrackBack(0)