2009年12月29日

不確実性分析実践講座 「経営のデジタル化」の教科書

+++今回のあらすじは長いです+++

不確実性分析 実践講座不確実性分析 実践講座
著者:福澤 英弘
販売元:ファーストプレス
発売日:2009-12-08
おすすめ度:4.5
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予想されるシナリオを数値化して「見える化」し、意志決定をより科学的・合理的に下せるようにする実践講座。帯のないアマゾンの表紙写真はまるで教科書のようだが、本屋に並んでいる本の帯は目立つ色で、要点がわかりやすい。

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共著者の小川康さんは、この本で取り上げられている仮説指向計画法(Discovery-Driven Planning)を用いた新規事業計画支援ソフトを製品化しているインテグラート株式会社社長だ。

小川さんは東大工学部の都市工学科出身で、東京海上に就職した後、インテグラート株式会社に転職、一旦会社を辞めてペンシルベニア大学のビジネススクール、ウォートン・スクールに留学。マクミラン教授に師事してDiscovery-Driven Planning(仮説指向計画法」を学ぶ。

筆者は同じペンシルベニア州の西の端、ピッツバーグに合計9年間駐在していたが、ペンシルベニア大学は同じ州の東の端、フィラデルフィアにあるアイビーリーグの名門校だ。

ウォートン・スクールは、全米でもトップクラスにランクされるビジネススクールで、2009年のビジネスウィークのランキングでは4位となっている。また、フィナンシャルタイムズのグローバルMBAランキングでは、3年以上ナンバーワンを続けている。 


堅そうな本だが、内容はわかりやすい

アマゾンの表紙の写真でも分かるとおり、いかにも堅そうな本だが、読んでみるとわかりやすい。

「デシジョン○○」という様な専門用語は使っているが、カーネギーの「人を動かす」のように、各事例の最後に「このケースで学んだこと」がまとめてある。各章の最後には、いわゆる"Nutshell"、「その章のまとめ」で、内容が整理されていて大変わかりやすい。

まずは「不確実性」の定義と、「あいまい」の定義から始まる。


不確実性の定義

「不確実性」とは、想定した通りにならない可能性だ。ひところホリエモンの発言で有名になった「想定内」、「想定外」という言葉を思い出す。

不確実性は、たとえば、1.市場調査、2.衆知を集める、3.ひとまず様子を見るなどの行動を取ることで知識を蓄積して下げられるものと、為替相場や株価など知識がいくらあっても下げられないものの2種類がある。


「あいまい」の定義

「あいまい」とは、成功・失敗の定義が不明確で、たとえ成功した姿が示されていても、そこへ至る道が具体的に示されていない状態だという。

この定義を読んで、以前このブログで紹介したサイバーエージェントの西條さんの話を思い出した。GMOの熊谷社長から「成功(幸せ)の定義は何ですか?」と聞かれた話だ。

世の中の人は、成功や幸せの定義が「あいまい」のまま一生を終わってしまう人が大半だろう。筆者もその一人だが、この本を読んで、少なくとも「成功の定義」を課題と考えるマインドは持った。

「あいまい」と「不確実性」の区分けは、この本のエッセンスなので、この関係を次の図で示している。

「あいまいの闇」と「不確実性の霧」

不確実性分析






出典:本書5ページ

ビジネスではたとえ良いアイデアであっても、アイデアがうまく伝わらず「不確実性の霧」に行く前に、「あいまいの闇」の中に葬り去られるケースが多い。

この本ではあいまいなアイデアを形にして定量的に表現する手法を、ローカルコンビニチェーンの祭り向け商品(お酒様祭りにちなんだロング串団子)企画という例を使ってわかりやすく紹介している。


デシジョンヒエラルキー

最初に立場の違いで誤解が生じないように「デシジョンヒエラルキー」という手法が紹介されている。

これは意志決定すべき対象を3段階に分けて、上から1.ポリシーレベル、2.戦略レベル、3.戦術レベルと区分けする手法だ。「フレーミング」と呼ばれる作業である。

あるアイデアでみんな盛り上がったが、上司たとえば部門長や本部長の意向でボツになったという例はいくらでもある。(この本では、「巨人の星」のように、「卓袱台(=ちゃぶ台)返し」と呼んでいる)

そういったボタンの掛け違いが生じないように、絶対必要なポリシーレベル(要はやるかやらないか)の承認はアイデア段階で取っておく必要がある。戦術レベルや戦略レベルならどうにでもなるが、やるやらないかがNOとなると、すべてが水の泡になってしまう。


ストラテジーテーブル

ある企画を「やる!」と決めた場合、具体案を立案する必要がある。漠然とした議論では先に進まないので、検討項目別に区切って立案する手法が「ストラテジーテーブル」だ。

5W1H(When, Who, Where, What, How, (Why)=いつ、誰が、どこで、何を、どうやって、(なぜ))や、4P(マーケティング用語で、Product, Price, Place, Promotion)、製造から販売までのフローチャートの工程などで区切って、検討項目に分解して考えると、漠然としていたアイデアを「見える化」できる。

インフルエンスダイアグラム

アイデアがいろいろ出てきたら、それを目的に添って整理することが必要だ。この本で紹介されている「祭り企画の団子」というテーマで、まず目的をきめ(利益を上げる=成功の定義)、それを達成するための構成要素を書き出したのが、「インフルエンスダイアグラム」という手法だ。

口で説明するのは難しいので、本書の図を引用する。

インフルエンスダイアグラム











出典:本書49ページ

まるでマインドマップの様な図だが、上の図は利益を最大化するために、利益に影響ある構成要素を洗い出しており、下の図は最重要要素だけで単純化している。

こういった構成要素を洗い出すことによって、何が成功の鍵を握るのか洗い出すことができる。

筆者も考えているプロジェクトがあるが、"procrastination"(=ぐずぐず引き延ばす)状態にある。この本を参考にしてアイデアの整理をしてみる。

そしてアイデアの整理ができたら、コストの構成要素を洗い出す。一般的なコストの構成要素は次の図の通りだ。

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出典:本書56ページ

そして、「祭り企画の団子」というケースに当てはめると、次の図のようになる。

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出典:本書57ページ インテグラート社ホームページ資料

あいまいなアイデアがロジックと数字に置き換えられ、「見える化」が実現した瞬間だと小川さんは語る。これが「モデル」である。たしかに、単なる「祭りの企画で団子を作って売ろう」というアイデアが、見事に5W1Hを含んだ採算計画に仕上がっている。

いままで仕事で外資系著名コンサル会社を起用したことは何回かあったが、この本を読んで彼らのビジネスプランの構築方法が理解できた。インテグラート株式会社のホームページエクセル資料が公開されているので、具体例に使えて便利だ。


アイデアの定量化と妥当性のシミュレーション

モデルが出来たら、これに最大値・最小値を入れて定量化する。これが「想定内」の範囲である。この段階で関係メンバーを招集し「変数確認会議」を開催して議事録をつくる。

すべては想定で、確実な数字は少ないが、「データの不確実性を議論するプロセスを、いかに効率的に行うか」が非常に重要なのだ。これで「想定値」が、メンバーみんなのコンセンサスで決めた「計画値」となる。

次にシミュレーションして数字をいじってみる。これが"What-If"分析だ。これで利益を上げるためには何が重要なのかが浮かび上がってくる。

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出典:本書104ページ インテグラート社ホームページ資料

この例では、企画の勝負どころは、「お祭り前日までにいかに売るか」であり、お祭り当日の売り上げではないことがわかる。


影響度の見える化

ここからがこの本の「クリーム」の部分だ。"What-If"分析のシミュレーションで出した結果から、何が最も重要なのか影響度を割り出してビジュアルに表現する美しい分析だ。

感度分析




出典:インテグラート社ホームページ資料

左のチャートがトルネードチャートで、まるで竜巻のような格好をしているから、そう呼ばれる。優先順位を判定するものだ。今回の例では、「お祭り前日までの購入率」が想定範囲のどこになるかで、最も大きく利益が変動することがわかった。

右のチャートがスパイダーチャートだ。同じく感度分析ではあるが、今度は利益を縦軸にして、どの要素が採算に影響するかを調べる。このチャートでは、どのあたりの数字が採算に最も大きな影響を及ぼすのかまで判定できる。

さらにビューティは続く。


モンテカルロシミュレーション

今度は最近の天気予報の様に、確率で表現するモンテカルロシミュレーションだ。昔の天気予報は「東京都では雨が降るでしょう」といった○×予想だったが、最近の天気予報は「雨の降る確率は70%です」といった確率予想になって信憑性が上がり、はずれても納得性がある。

モンテカルロシミュレーション





出典:インテグラート社ホームページ資料

モンテカルロシミュレーションとは、カジノのルーレットで、同じルーレットをたとえば1万回まわして、ルーレットのクセを知って勝とうという考え方である。

筆者のアルゼンチン駐在時代は、ブエノスアイレスから遠く離れたカジノ(当時首都ブエノスアイレスから400KM以内にはカジノ建設が禁止されていた)に時々通って、儲けたり、持ち金全て失ったりしていたので、この考え方はよくわかる。

カジノに通う人は、出たナンバーを記録する専用メモを持って、特定のテーブルに張り付いて数字を記録していたものだ。

筆者は16・17・18の真ん中の列が好きで、列に張ったり、あるいは16とか18の数字の一点張りで、儲かったときもあった。

Ruletti













出典: Wikipedia

大体ひどくやられる前に止めるか、数百ドルくらい儲かったら止めたので、あまり手ひどくやられたことはなかった。

しかし一度だけ一人で列車でマルデルプラタという南米最大のカジノに行ったときには、帰りの駅から家までのタクシー代もないというところまで金を使い果たしてしまった。

そうしたら運の悪いことに、その列車が途中で脱線して、日曜日の夜に戻る予定が、月曜日の朝になってしまった。しかたなく有り金全部はたいてワインを一本買い、それを飲んで夕食代わりにして空腹をしのいだ。

急停車したと思ったら、逆走し、すぐに止まるという具合に脱線は起きたので、けが人はなかったが、新聞にも報道されていた。飲んで脱線することはよくあるが、これが筆者の唯一の本当の脱線経験である。

閑話休題。

インテグラート社はモンテカルロシミュレーションができるビジネスソフトを販売している。ホームページでも無料で30日間使用できるお試し版をダウンロードできる。

小川さんによると、決められたコマンドを忠実に実行するのがコンピューターであり、ランダムというコマンドは難しいのだと。

モンテカルロシミュレーションを使うと、「赤字になるのは○○%の確率」というような予測が可能で、それにあわせて対策を打ちやすくなるので、製薬会社や総合商社が利用しているという。

しかしインプットした数字の精度が肝なので、いわゆる"Garbage In, Garbage Out"であり、データの信頼性を担保するわけではないことは注意が必要である。

この本では、お祭り企画の事例の他、次のような演習を取り上げている。

★プリンター買い替えのプロ・コン
「デシジョンツリー」の演習。メインテナンスのための部品購入(コスト8万3千円)か、買い換えるか(コスト14万円)を「期待値計算」(=起きた場合のコスト x 起きる確率)で比較する。

機能も省エネ性能も同程度の場合、両者の期待値が同じになるのは、今後3年間でプリンターが壊れる可能性が○○%の場合という具合に、「デシジョンツリー」を使って整理する。

★新薬開発の「リアルオプション」
インテグラート社のホームページにエクセル表が公開されている。新薬開発は元になる化合物が発見されてから、新薬として発売されるまでの確率が1万2千分の1といわれるほどハイリスクだ。投資額が大きくなる臨床段階に進んでも成功確率は10分の1といわれている。

このようなハイリスク投資の場合は、全体を何段階かに分けて、ステップバイステップで投資の当否を決め、失敗した場合の損失をミニマイズする工夫がされている。これは「リアルオプション」と呼ばれる手法だ。

リアルオプション





出典:インテグラート社ホームページ資料

総合商社や総合電機メーカーなどは、「デシジョンツリー」を使った「撤退基準」を設定している。

★虫のいい相談
小川さんの実体験に基づく話が紹介されている。1999年頃のインターネットバブルの時に、会社をやめてベンチャーを創業しようかどうしようか迷って相談してきた人の話だ。

答えをそのまま紹介すると面白くないので、まずは考えてみてほしい。「リアルオプション」の考え方を使った答えは続きを読むに掲載した。

★「ゲームの理論」を使った競合相手参入の評価
競合相手の大手コンビニチェーンが当社のエリアに新規参入してくる場合、当社の打つ手は、1.値引きで徹底抗戦か、2.妥協の2つしかない。しかし値引きで徹底抗戦というシナリオは、相手にもダメージを与えるが、当社にとっても死活問題となり、取りうるシナリオではない。

そうすると当社にとっては妥協しか選択肢はなくなる。

「ゲームの理論」とは、相手も合理的な判断をするという前提で、このように不確実な情報から、確実な予測(「先読み」)を生み出すものだ。

★レストラン事業への新規参入計画を「逆損益計算法」で立てる
コンビニチェーンからレストラン業へ新規参入する場合、まずは年間いくら利益を上げるという目標を立て、業界の平均的な利益率を使って、その利益を上げるために必要な売上高を算定する。

そしてその売上高を達成するために、平日・週末の昼・夜の来店数と客単価を設定し、それに見合ったコストを積み上げる。

レストランの事業モデル





出典:インテグラート社ホームページ資料

このレストランの新規事業計画もインテグラート社ホームページに公開されている。

★レストラン事業計画を「仮説指向計画法」で修正
これが著者の小川さんが、ウォートン・スクールのマクミラン教授に師事して、学んだ分析法、「仮説指向計画法」=DDP("Discovery-Driven Planning")だ。

事業を始めてみないと、実態はわからない。このレストラン事業では、売り上げと利益は連動していないということが、事業を始めてわかったという設定となっている。
たとえば野菜などは原価率が高く、チキンは原価率が低い。サラダの価格を安く設定すると、お得なメニューということでサラダの注文が増え、それが原価率のアップにつながり、売り上げが増えても利益が増えないということが起こる。

レストランの事業計画を、開店1ヶ月、開店3ヶ月、開店半年などのマイルストンを決めておき、その時点での計画達成度をチェックする。主要要素の感度分析を行い、事業計画自体を見直すのが「仮説指向計画法」=DDPだ。

レストランの感度分析





出典:インテグラート社ホームページ資料

この本の例では、関係者が集まって協議し、採算を左右する客単価を上げるために、まずは「損して得取れ」で原価率を上げて50%とし、お得なレストランとしての「刷り込み」効果で客を増やす対応を描いている。

重要なことは、計画通りいかなかった理由をマイルストンごとに見直し、関係者で議論して仮説を考えて、それに基づいて関係者のコンセンサスのもとに計画を見直すことだ。

★「シナリオプランニング」
不確実性に対応するために、現在の事業の延長線上で計画を考えるのではなく、自由に未来のシナリオを予想する。そして、そのシナリオに沿った異なる戦略を考えるのが「シナリオプランニング」だ。

いわば「未来の記憶」を人工的につくるプロセスだと表現している。

例として石油ショックのときのシェルの対応を挙げている。シェルは石油ショック以前から、いずれは産油国が石油メジャーの言うことを聞かなくなる時がくると予想して、「石油危機シナリオ」を研究していた。これが「未来の記憶」だ。

だから現実に1970年代に石油ショックが起こっても迅速に対応し、競合他社が数年かけて対応したのを尻目に、シェルのみが突出した利益を上げたという。


大変参考になる本だったので、あらすじが長くなってしまった。

筆者自身は自分のことを、ちょっと古い言葉だが「アナログ人間」だと思っているが、会社経営に携わった経験から、こと企業経営には「デジタル」な判断が必要だと考えている。

経営者にとっては、経営ポリシー上の"NO"は"NO"で、"YES"に変わることはない。デジタルの0か1かのどちらかなのだ。最初は"NO"だが、妥協して"YES"に変えたりしていると経営を間違う恐れがある。

この本で紹介されている不確実性分析もまさに「デジタル」経営手法だ。

未来が不確実なゆえに、「鉛筆なめた数字」で作成し、あいまいな「アナログ」で済まされてきた事業計画を、衆議の元で実現確率を見込んだ「デジタル」な事業計画とする「モデル化」、「対話」、「モンテカルロシミュレーション」などの手法が懇切丁寧に解説されている。

内容は大変わかりやすいので、新書で出しても良いくらいの一般読者を対象にこなれた内容となっている。この本が売れて、いずれ新書になれば、多くの「アナログ人間」が、「デジタル人間」に改宗することだろう。

インテグラート社ホームページでは、この本で紹介されている多くのエクセルデータが公開されており、高度な経営分析分析ソフトの「デシジョンシェア」が30日間無料ダウンロードできるという特典もある。

定価2,400円とやや高い本ではあるが、高い本には高い本なりの良さがあることを実感できる本である。

是非一読をおすすめする。



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Posted by yaori at 19:59Comments(0)TrackBack(0)

2009年12月26日

トレーニング・メソッド 筋肉博士 東大石井教授のトレーニング教本

トレーニング・メソッドトレーニング・メソッド
著者:石井 直方
販売元:ベースボールマガジン社
発売日:2009-09
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筋肉博士、東大石井教授のトレーニング教本。本の帯には「筋肉の取扱説明書」と書いてある。

モデルは最近テレビのクイズ番組に東大卒のタレントとして登場しているタックこと、佐々木卓君だ。

最近知ったが、佐々木卓君は三年生・四年生でボディビルの学生チャンピオンを連覇している。

石井教授の全日本学生ボディビル選手権優勝、学生パワーリフティング大会6連勝という偉業には比べようもないが、石井教授でさえ達成できなかった全日本学生ボディビル選手権を連覇しているわけだ。

佐々木卓君の筋肉のバルクとディフィニション(キレ)はさすがだ。

石井教授が2年生の時、学生チャンピオンになったのは、慶應大学の吉見正美さんで、現在はロスアンジェルスでカイロプラクティックの医院を経営されている。

医院のホームページに懐かしい写真が載っている。

Dr, Kichimi





この「月間ボディビルティング」の表紙写真が、吉見さんが全日本学生チャンピオンになった当時の写真だ。

吉見さんは筆者の1年先輩で、慶應大学を卒業して警視庁に入ったはずだが、やめてカイロプラクティックのドクターになられたようだ。

当時人気があった12チャンネルの「勝ち抜き腕相撲」で、70人抜きのチャンピオン、南波勝男さんに勝ったのが吉見さんだ。

12チャンネルの正月番組で、「六大学対抗腕相撲大会」というのがあり、石井教授を擁する筆者のクラブも出場したが、残念ながら優勝はできなかった。団体ではたしか法政大学のレスリング部、そして個人では吉見さんが優勝した。

1975年に筆者の友人が出場した時の「勝ち抜き腕相撲」のスタジオ写真があるので、紹介しておく。

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そう、セコンドはあの俳優のチャック・ウィルソンである。まだ芸能人としては無名の時代で、クラーク・ハッチトレーニングセンターのトレーナーだった。

座っている選手は、筆者の友人が対戦した元ボディビルダーの水上さんだ。

ちょうど筆者達が友人を応援しに行った収録の日に、友人の数人前の挑戦者が、水上さんと対戦して、上腕を変な風にねじって、骨を折るという事故が発生した。

「バキッ」という音がして、急に上腕の筋肉がたわんだので、びっくりした。たしか調理師の人で、1−2ヶ月は休業を余儀なくされただろう。テレビ局から、休業補償はするという説明があった。

一回の収録はたしか10人(?記憶ふたしか)で、2週間分を撮り貯めるのだ。

チャンピオンになると、休む間もなく次々に挑戦者と対戦しなければならず、あの形式で勝ち続けるのはよほど強くないと無理だ。水上さんは結局30人くらい勝ち抜いたと思う。

閑話休題。

筆者はトレーニング歴37年だが、筆者が学生の時は、早稲田大学の窪田登先生の「ウェイトトレーニング」とか、「ボディビル入門」とかの本が教本だった。

ウェイトトレーニング (1979年) (講談社スポーツシリーズ)
著者:窪田 登
販売元:講談社
発売日:1979-05
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ボディビルディング (1964年) (スポーツ新書)
著者:窪田 登
販売元:ベースボール・マガジン社
発売日:1964
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昔は今のようにトレーニング器具がなかったので、バーベル、ダンベル中心のトレーニングだった。

関東学生パワーリフティング大会での筆者のスクワットの試技。バーベルの重さは200Kg。バーベルが重さでしなっている。

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関東学生パワーリフティング大会で、石井教授と1・2フィニッシュ。黒板(裏側はミラー)に書いてある215Kgというのは、筆者の最後の試技の重量だ。

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この本ではゴールドジムさいたまスーパーアリーナの、様々なトレーニング器具を使って撮影している。その器具のバリエーションは驚くほどだ。

この本では次の部位について、解剖学的説明、筋肉の特性にあわせた鍛え方の基本、写真入りでの具体的トレーニング法の解説、「プラスαの筋肉知識」がコンパクトにまとまっている。

1.胸
2.腹
3.肩
4.背中
5.脚
6.脚(ハムストリングス)・尻
7.上腕
8.前腕・下腿

筋肉の特性にあわせた鍛え方というのは、たとえば標準の80%1RM(1 Repetition Maximum=1回挙げられる最高重量の80%の重量で10回程度繰り返す)とか、前腕の筋肉ならダンベルリストカールを30回繰り返す、ゴムボールを握って握力を鍛えるトレーニングなら100回握る、とかいった具合だ。

この本のあとがきに「トレーニングをすでに実践されている方には、『基本を見直す』という視点で読んで頂ければ幸いです」と石井教授は書いているが、まさに筆者など経験者にも楽しく読めるトレーニング教本である。

ウェイトトレーニングで一番気を付けなければいけない点は、正しい姿勢でトレーニングすることだ。

間違った姿勢で重い物を持ち上げると腰を痛めるおそれがある。この本ではどうやったら腰を痛める(椎間板ヘルニア)になるのかも説明している。

具体的には背中が丸まったままで重い物を持ち上げると、たとえ50キロのバーベルでも、椎間板に局所的に700Kgの力が掛かるという。700Kgは脊椎骨の力学的強度に近いストレスで、きわめて危険な状態なのだ。

雑学的にも面白い。たとえば、黒人の脚は、ふくらはぎのところにあまり肉がついていなくて、アキレス腱が長く、膝に近いところに短い「ヒラメ筋」がついている。

すばやく脚を振るには、根元が細く、先が細い方が理にかなっている。アキレス腱が長い方が、引っ張られて伸びる幅も長くなるので、より大きな力を溜め込むことができ、強いバネがあるのだ。

日本人はふくらはぎの筋肉が美しいと言われているが、逆にスプリントとかジャンプではプラスの要因にならないという。

なるほどと思う。


簡単に読めて参考になる。

トレーニングをやっている人に是非おすすめしたい最新の運動生物学情報満載のトレーニングの教科書である。


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Posted by yaori at 02:38Comments(0)TrackBack(0)

2009年12月23日

あなたがメタボになる理由 非常にわかりやすい理論 あとは実行あるのみ!

あなたがメタボになる理由あなたがメタボになる理由
著者:門脇 孝
販売元:PHP研究所
発売日:2008-07-25
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東大の糖尿病・代謝内科 門脇孝教授の本。門脇さんは日本糖尿病学会の理事長も務める糖尿病研究の第一人者だ。

表紙の超肥満のサルの写真が目を惹く。大阪堺区大浜公園のアカゲザルだという。


日本人はメタボになりやすい体質

「日本人の肥満は欧米人の肥満に比べたらたいしたことがない」と思っていると、大間違いだと門脇さんは指摘する。

たしかに欧米人の肥満者は多く、異常に太っている人もいるが、日本人は穀類と魚中心の食生活を長年していたので、少し太っただけでも体の様々な機能が低下しやすいのだと。

専門的になるが、遺伝子の一つのβ3アドレナリン受容体の64番目のアミノ酸が、トリプトファン型か、アルギニン型かで、太りやすい体質かどうかが決まるという。人種別のトリプトファン型とアルギニン型の割合を調べた興味深い資料が掲載されている。

人種別の肥満遺伝子の割合












出典:本書26ページ

日本人は長年粗食に堪え、飢餓の時代を生きてきたので、「倹約遺伝子」と呼ばれる遺伝子を96%の人が持っている。日本人は世界でも太りやすい人種の一つなのだ。

門脇教授のグループは、アディポネクチンというホルモンを研究し、「肥満や脂肪の摂りすぎ、運動不足によってアディポネクチンが低下することが、メタボ・糖尿病の大きな原因である」ことを突き止めた。

日本人はインスリンの分泌量も少ない。これは肉を食べ、バターを使い、牛乳を飲む欧米人に比べて脂肪の少ない食事を長年摂ってきたからだ。だから欧米型の食生活をすると、肥満が増え、糖尿病患者が増えるのだ。

日本人にメタボが多い理由













出典:本書112ページ


世界のメタボ判定基準


IDF(国際糖尿病連盟)が出した基準を元に、各国が自国のメタボ基準を発表している。

このメタボ基準というのは、筆者にはなんとも納得いかないものだ。

1.腹部肥満
  日本基準は男性85センチ、女性90センチ以上となっている。
  
  他の国を見ると、いずれも男性の腹位のほうが女性の腹位を上回っている。
  米国は男性102センチ、女性94センチ以上。
  ヨーロッパ人は男性94センチ、女性80センチ以上。
  アジア人は男性90センチ、女性80センチ以上。
   
  日本の基準は男性に厳しすぎておかしいと思っていたが、やはり他国に比べて男女の腹位が逆転している。現在この腹位の数字は内科学会を中心に八学会で見直し中だという。あたり前だろう。

2.高血圧
  日本基準は130/85mm Hg以上。

3.中性脂肪が高い
  日本基準は150mg/dl以上。  

4.HDLコレステロール(善玉コレステロール)が低い
  日本基準は40mg/dl未満

5.血糖値が高い  
  日本基準は空腹時血糖値が110mg/dl以上

これらのうち、3つ以上があてはまるとメタボだと認定される。


メタボと糖尿病、そして心筋梗塞

メタボになると、糖尿病になる確率が5倍になる。そして心筋梗塞や脳卒中になるリスクが約2倍高くなる。九州の久山町で14年間にわたりデータを比較した「久山町研究」というものが発表されている。

九州・久山町に於ける統計












出典:本書

気になったので自分の人間ドックの結果を見ると、今年1年でどのデータも悪化していることがわかった。まだボーダーラインは越えてはいないが、徐々に上がっている。体重が徐々に増えていることが原因だと思う。

いわば黄色信号だ。筆者も体重コントロールにさらに気を付けないといけない。


メタボにならないための食生活

門脇教授はアディポネクチンというホルモンの作用を発見して、世界的に注目されたが、そのアディポネクチンと似たオスモチンと呼ばれる成分は、野菜に多く含まれているという。

野菜を食べることで、人体にオスモチンが吸収されるのかまだ確認はされていないが、科学技術振興機構と大塚食品が共同でいろいろな野菜の抽出液をつくり、研究中とのことだ。

メタボにならないためには、日本人は伝統的な和食に戻ることが重要だと語る。

牛や豚の体温は人間より高く、39度で、この温度で液体になっている飽和脂肪酸が脂肪の大部分を占めるが、人間の体温のほうが低いので、血管中に蓄積されてしまう。

しかし魚は冷たい水の中を泳いでいるので、魚の脂は融点が低く、人間の体内に入っても固まらず、むしろ血管についている飽和脂肪酸を溶かす働きがあるという。


おすすめのダイエット

門脇さんは、次のようなダイエットの注意事項を説明している。

★一番良くないのが、朝食を抜いて、昼食はあっさり、夕食でドカ食いというパターンだという。特に寝る前に食べると脂肪になりやすい。

★食事はゆっくりと摂る。早食いの人ほど太りやすい。インスリンが分泌されるまえに食べ終わってしまうからだ。

★食物繊維が多いものを食べる。

★汁物を必ず添える

★食べる順番も重要。食物繊維が多い物を食べて、それからご飯を食べるのがコツ。

★食事はよくかんで食べる。

★糖分と脂肪分の両方を含んでいる洋菓子などが、最も脂肪を蓄積しやすい食べ物である。


やはり王道は運動で基礎代謝アップ

「皮下脂肪は定期預金で、内臓脂肪は普通預金です」と門脇さんは説明するそうだ。健康的な生活を送り、食事を減らし、運動をすると、まずは内臓脂肪が燃える。

運動しながらダイエットすると、筋肉が鍛えられるので脂肪を燃やしやすくなり、基礎代謝量も増える。

よく歩き、階段を使うなどでエネルギーを消費する動き方をすることも、日々の心構えとして重要だ。

まさに東大の石井教授が「一生太らない体のつくりかた」や、「太らない教室」で力説していたのと同じことだ。

体重が1キロ減ると、ウェストも大体1センチ減る。3キロで3センチウェストが減るのだと。1キロ減ると、ウェストも1センチ減るというのは、実感としてわかる。もっとも筆者の場合は、1キロ増えて、ウェストも1センチ増えることが多いが…。

ベルトの穴一つ減ると大体2.5センチなので、男性はベルトの穴一つ分を目標とするのがよいと語る。

現在日本肥満学会では、「サンサン運動」を提唱しているという。これは「体重を3キロ、ウェストは3センチ減らそう」というスローガンだ。

筆者もこの本を読んで、ウォーキングと、すき間時間でのトレーニングを心がけている。


日本糖尿病学会の理事長という日本を代表する重鎮ながら、まるで素人が書いたようなわかりやすく腑に落ちる説明だ。

簡単に読めるので、是非書店で手にとって、パラパラとめくって欲しい。


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2009年12月20日

日本米国中国 団塊の世代

日本 米国 中国 団塊の世代日本 米国 中国 団塊の世代
著者:堺屋 太一
販売元:出版文化社
発売日:2009-03-29
おすすめ度:4.5
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堺屋太一さんが監修する日本、米国、中国の団塊世代の特徴を説明した本。


米国のベビーブーマー

米国のベビーブームは1947年から20年間くらい続いたが、1950年前後に生まれた団塊の世代の多くはベトナム戦争に従軍した。唯一の戦勝国ともいえる米国が初めて敗戦を経験したのだ。

米国の出生数と人口の推移

USA population2 P27





出典:本書27ページ

次がベトナム戦争で戦死したアメリカ軍人の年齢統計だ。

Vietnam death toll P70







出典:本書 70ページ

「19」という歌で歌われている通り、ベトナム戦争では徴兵されたばかりの19歳から21歳の若者が最も多く戦死した。ケネディ暗殺、アポロ計画、1969年のウッドストックのコンサートが1960年代の出来事だ。



1970年代には、ベトナム戦争は終結したものの、ウォーターゲート事件、石油ショックや環境汚染問題で、近代工業社会はゆらぎ、アメリカの団塊世代は、堺屋太一さんが「知価革命」と呼ぶ「人間の幸せは物財の豊かさではなく、満足の大きさである」というパラダイムシフトを経験する。

1980年代のレーガンの貿易・経済自由化政策のために、米国の製造業は衰退し、製造業の中間管理職が軒並み失業し、低賃金の時間給で働くサービス業に転職を余儀なくされた。

その結果、刹那主義的な「欲しいときに買って、後で払う」というライフスタイルが定着し、1982年に10%あった貯蓄率が2007年には0.5%にまで低下してしまう。

そして起こったのがサブプライム問題をきっかけとする2008年の金融危機だ。アメリカの金融危機脱出の道筋はまだ見えない。

アメリカの社会保険(Social Security)は、このまま行くとベビーブーマー世代が続々リタイアする2010年頃から収支が悪化し、2020年には赤字になることが予想されている。

筆者も米国で合計9年間働いていたので、社会保険の受給資格がある。米国ではこのような通知が社会保険受給資格者には毎年来る。

SS1











筆者の場合は、66歳から毎月1,000ドル程度もらえるが、前倒しで62歳からもらう場合には800ドルに減額される。

SS2











この予想額は毎年変わるので、もし米国の社会保険制度が赤字となったら、当然支給額は減額されるのだろう。


米国のもう一つの特徴は人種による出生率の差だ。

US population growth by race







出典:本書63ページ

白人・黒人の出生率は低下が著しいが、ラテン系の出生率は依然として2.5〜3と高いままである。


中国の団塊世代

中国の出生率、死亡率と人口推移は次のとおりだ。

Chinese population P43






出典:本書43ページ

中国の出生率は1959〜1961年に天災により急激に低下するが、その前1949年から1958年頃までが第1ベビーブーム、1962年から1970年頃までが第2次ベビーブームだ。

中国の団塊世代の大部分は1966年からの文化大革命を経験した。まともな教育を受けられず、都市部の若者は地方に下放された。毛沢東が死ぬとすぐに「4人組」は逮捕され、死刑となり、ようやく文化大革命の大波は収まる。

この本でモデルとなっているベビーブーマーは内モンゴルに下放され、遊牧民とパオで暮らしたという。

1980年代からは小平の「白猫でも黒猫でも鼠を捕る猫は良い猫だ」という発言に象徴される自由化・工業化が推進される。

1990年代からは高い貯蓄率に裏打ちされた高度成長モードに入り、2000年代にさらに成長は加速している。

モデルとなっているベビーブーマー一家は北京で住んでいた古い社宅がオリンピックのため取り壊されたため、十分な補償金が支給され、150M2の広いマンションを買ったという。

2008年の金融危機により中国も影響を受けたが、政府がGDPの2割弱の4兆元(54兆円)という巨額の景気対策を2年間にわたり実施することで、景気は立ち直ったかに見える。

中国の出生率は低下しているが、進学熱はさらに高まっており、中学生の3/4は高校に進み、高校生の3/4は大学を目指している。元々教育熱心な民族なので、今後も中国の教育ブームは続くだろう。

Chinese education








日本の団塊世代

1968年は「坂の上の雲」の連載が産経新聞で始まった年だが、西ドイツを抜いて日本が世界第2位の経済大国になった歴史的な年でもある。

1968年は団塊の親の世代が目指してたどり着いた「坂の上」だったが、団塊世代には学園紛争の時代でもあった。

日本の団塊世代も世界金融危機の影響は受けているが、若者に比べてダメージは少ない。むしろタクシー運転手のような職業では、安い賃金でも働く団塊世代が若い世代を追い出した業界もある。

堺屋太一さんは、これからは「高齢者が働いて、高齢者が費う(「購う=あがなう」の間違いか?)時代」だという。

最後に昭和10年生まれの堺屋太一さんは団塊世代に、「団塊世代よ、決して諦めるな!君たちにはまだ未来がある。君たちが諦めずに働き、働こうとすることで、新しい文化がこの地球に育つのである」とエールを送っている。


日米中の団塊の世代が生きてきた時代を振り返ることで、それぞれの国のここ60年間の動きがよくわかる。思えばいろいろなことが起こったものだ。グラフや表も多く、参考なる本である。


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2009年12月17日

21世紀のエネルギー地政学 現在の世界のエネルギー事情がわかる

+++今回のあらすじは長いです+++

21世紀のエネルギー地政学21世紀のエネルギー地政学
著者:十市 勉
販売元:産経新聞出版
発売日:2007-12-22
クチコミを見る

財団法人日本エネルギー経済研究所の主任研究員で専務理事の十市勉(といちつとむ)さんの本。2007年12月に出版されたものだ。某大学の社会人講座の資料として使われていたので読んでみた。世界各国のエネルギー政策がまとめられていて参考になる。

この本は、アマゾンのなか見、検索!に対応しているので、まずは目次を見て欲しい。

本ブログは筆者の読書ノートも兼ねているため、関連するグラフも加えて自分の知識を整理していたら、長くなりすぎたので、最初に筆者なりの要約を記しておく。この本自体も第1章に全体のまとめが書いてあり、忙しい人は第1章だけ読んでも参考になると思う。


要約

世界のエネルギー事情は21世紀前半で大きく変わる。需要面では中国とインドの2大人口大国の高度経済成長により、石油・天然ガス・ウランのエネルギー需要がさらに増大することが見込まれる。

fig1-1





出典:IEA資料

石炭・石油の化石原料需要は2020〜2030年迄にピークアウトする可能性があり、その分再生可能エネルギーが伸びる。

Fig5-9





出典:IEA資料

現在でも世界各地で新しい資源開発が進められているが、今後さらに新旧の油田・ガス田の入れ替えは進む。世界の25%が賦存するといわれている北極圏の石油・天然ガス、イランやカタールの天然ガス開発などが進むだろう。

石油の新旧油田構成比

世界の石油生産見通し







出典:本書

こんな中で中国とインドの低効率で環境汚染をまき散らすエネルギー利用は、いよいよ深刻な問題となってくる。一方クリーンで”準国産”エネルギーの原子力発電は世界各地で拡大していくだろう。

日本の課題は、資源の確保とともにエネルギーの自給率を上げることと、世界トップの省エネルギー、環境汚染対策技術を活用してCO2排出量を減少させ、環境技術で世界のリーダーとなることだ。


中国の動き

今一番注目すべきは中国のエネルギー政策だ。中国のGDPは高い成長率で伸びているが、中国の経済発展のボトルネックとなるのがエネルギー、水、環境汚染の問題で、とりわけエネルギー問題が重要だ。

中国のエネルギー消費は経済発展で伸び続け、2007年には米国を抜き、世界最大のCO2排出国となっている。

中国の最大の問題は一次エネルギーに占める石炭の比率が70%と高く、環境対策も遅れていることだ。SOX対策をとった発電所は全体の約15%、NOX対策はゼロという状態で、東アジアの酸性雨、光化学スモッグの原因となっている。

中国のエネルギー構成(出典:IEA以下同じ。IEAのサイトには参考になる情報が満載なので、是非チェックして欲しい。World Energy Outlook2009の日本語のサマリー等もダウンロードでき、参考になる)

energy balance China





中国のエネルギー構成予測

中国の第1次エネルギー消費見通し






出典:本書

中国で稼働中の原発は11基で、今は発電量全体の1%以下だ。しかし2020年までに最低でも32基新設し、全体の6%を原子力発電でまかなう予定だ。その後も中国の原発建設は増加し、一部の研究機関は2050年までに200〜300基の原発が建設されると予測している。

このように中国の原発ビジネスは大きなポテンシャルがあり、フランスでは大統領がトップに立って、アレバの技術を売り込んでいる。

中国は1993年に石油の純輸入国となり、現在は消費量の5割程度を輸入している。輸入比率は今後さらに高まることが予想される。輸入先はイラン、サウジアラビア、スーダン、アンゴラ、ロシア、カザフスタン、ベネズエラなどだ。

石油・天然ガス分野では中国石油・天然ガス集団公司(CNPC)、中国石油化工集団公司(SINOPEC)、中国海洋石油集団公司(CNOOC)の3つの国営企業が資源確保の尖兵となっており、世界各地で鉱区や企業の買収を行っている。

具体的にはスーダン、アンゴラ、ナイジェリア、インドネシア、豪州、カザフスタン(石油パイプラインが2006年に完成)、カナダ、エクアドルと中国企業による開発が拡大している。

資源確保で中国とインドがぶつかることが増えてきたので、2005年に中国のCNPCとインドの石油ガス公社(ONGC)が資源分野での両国の行きすぎた競争を避けることで合意し、一緒になってシリアで操業する石油企業を買収するという例も出てきている。

最大手のCNPCの原油生産は現在日産230万バレルに達し、欧米の石油メジャーと肩を並べる規模である。日本の最大手の国際石油開発帝石の10倍の規模だ。

中国は石油運搬ルートのマラッカ海峡依存を改善すべく、親しい関係にあるミャンマーの軍事政権とミャンマーから中国昆明までの1,500キロのパイプラインを建設するプロジェクトの事前調査を開始している。

日中間では、2006年に経団連が中心となって「日中省エネルギー・環境ビジネス推進協議会」が設置され、民間企業の中国への技術移転を促進している。

しかし中国では石炭は自給しており、石油も半分は国産なので国内のエネルギー価格が国際価格より安く、省エネのインセンティブが少ないことが中国で省エネ技術が広まる障害となっている。


東シナ海の海底ガス田開発

日中間の国境に位置する東シナ海の海底ガス田開発は、実は1970年代から帝国石油、石油資源開発など日本企業4社が鉱区申請を出してきたのに、対中関係悪化を怖れた日本政府が許可をしなかった経緯がある。

やっと2005年になって経産省は帝国石油に試掘権を付与したが、中国側の実力阻止を懸念して、いまだに日本側の試掘作業は行われていない。

何のことはない、日本政府が手をこまねいている間に中国がさっさと開発してしまったのだ。

東シナ海の大陸棚での石油・ガス資源の存在は、1969年の国連アジア極東経済開発委員会の報告書によって明らかにされた。

日本が1895年から領有を主張している尖閣列島についての領有権問題も、このレポートが引き金となり、1970年に中国と台湾が領有権を主張しはじめたものだ。


資源の全方位外交を展開するインド

家畜のふんや農業廃棄物、薪炭などの在来型バイオマスがインドのエネルギーの1/3を占める。これらは室内で燃やすと空気が汚染されるので、インド政府はクリーンなエネルギーに変える政策を進めている。

energy balance India





インドの石油資源は乏しい。低品位の石炭は豊富だが、環境汚染の大きな原因となっているので、豪州やインドネシアなどから良質な石炭を輸入している。

インド政府は石炭、石油、天延ガスのいすれについても消費量を増やす計画で、原子力についても米国と「民生用原子力協力協定」を結んで、本格開発に乗り出そうとしている。

バイオマスについてもジェトロファという植物を原料にしたバイオディーゼルの開発に力を入れている。

国外の資源開発では、2004年アンゴラの石油鉱区開発で、政府の経済援助とパッケージにした中国企業に負けたこともあり、中国との競合を避けるべく動いている。その前段階として、中国とインドの国境画定交渉が本格化している。

パイプライン建設でもイランの天然ガスのパキスタン経由のパイプラインや、トルクメニスタンの天然ガスをアフガニスタンとパキスタンを経由して運ぶパイプライン、ミャンマー沖のガス田からバングラデシュ経由でのパイプラインなど全方位外交を進めている。


欧米のエネルギー特記事項

この本はエネルギー地政学の本なので、米国やEUのエネルギー事情については政策の説明はなく、トピックスを紹介している。特記事項としては、次の通りだ。

米国のエネルギー需給:

energy balance USA





★イラクは原油の確認埋蔵量では約1千百億バレルだが、実際にはその倍はあると言われている。イラク侵攻を主導した米国ネオコンは、イラクに民主政権を樹立して米国が影響力を行使できれば、サウジに依存する世界の石油供給構造を大きく変えられると考えたが、失敗した。

★カタールは対岸にあるイランの脅威から自国を守って貰いたいという安全保障上の理由から、エクソン・モービルなどのメジャーにLNG開発を認め、インドネシアを抜いて世界最大のLNG輸出国となる見込みだ。米軍も空軍司令センターをサウジからドーハ近郊のアルウデイド基地に移転し、プレゼンスを高めている。

★リビアは2006年、米国の「テロ支援国家」リストからはずれ、米国との外交関係を復活した。リビアは「最も探鉱開発したい国」の筆頭で、国土の75%がまだ探査されておらず、油層の深度が浅いので低コストの生産が可能だという。制裁解除後、欧米メジャーが続々とリビアに進出している。

★イランを巡っては、「イラン・リビア制裁法」で米国企業は活動できないので、その間隙を縫って欧州企業が活発なビジネスを展開している。イランへの投資の80%は欧州企業によるものだ。フランスは米国の警告を拒否して、トタルがロシアのガスプロム、マレーシアのペトロナスと組んでイランでガス田を開発する契約に調印した。トタルは米国の制裁を予想して、前もって米国内の資産をすべて売却していたという。

★日本の国際石油開発(INPEX)が持つイランのアザデガン油田の権益を75%から10%に引き下げる決定をしたのも、対米関係悪化を懸念する日本政府の政治判断が働いたものだ。

★CO2排出量規制については、基準となる1990年はドイツ統合という特殊な年なので、EUはなんとか京都議定書の目標達成は可能としている。当時東ドイツでは品質の悪い褐炭が使われていたのでCO2を大量に排出していた。またイギリスでは石炭から北海の天然ガスへの転換が始まった年だ。


原子力発電の進展

原子力はこれから進展が見込まれる。現在の世界の原発は次の通りの現状だが、これからさらに中国などを中心に新規建設が見込まれる。

世界の原子力発電












ウラン価格は投機筋の影響で乱高下している。

ウラン価格推移




出典:経産省資料

豪州ではこの影響で、従来のウラン3鉱山政策が政権交代とともに、撤廃された。日本企業に加えて、中国、インドなども豪州での新規ウラン鉱山開発を狙っている。カザフスタンはウラン外交を活発に展開し、韓国、日本。中国、ロシアとウラン開発での協定を結んでいる。


原発ビジネス

東芝は従来沸騰水型(BWR)のGEの原子炉技術を日本で販売してきたが、加圧水型(PWR)の米国ウェスティングハウスを、2006年に54億ドルで買収して、両方の技術を持つ世界の原発建設ビジネスのリーダーとなった。

沸騰水型原子炉;

BoilingWaterReactor




出典:別記ない限りWikipedia

これに対抗して長年ウェスティングハウスと提携していた三菱重工はフランスのアレバと原子力関係での提携を拡大している。

加圧水型原子炉

PressurizedWaterReactor




筆者はピッツバーグに合計9年間駐在していたので、ピッツバーグが本拠のウェスティングハウスを仕事でたびたび訪問していた。主にピッツバーグ郊外のモンロービルにあるウェスティングハウスの研究所を訪問していたが、研究所の規模にはおどろかされたものだ。


中国とロシアの緊密化

中国とロシアの緊密化も見逃せない動きだ。

中国とロシア、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタンの5カ国は1996年上海に集まって、上海協力機構をスタートさせた。2001年にはウズベキスタンが加わり、6カ国で構成する上海協力機構としてスタートし、上海に常設の事務局が設置されている。

その後モンゴル、インド、パキスタン、イラン、トルクメニスタンがオブザーバーとして加わった。現在は6カ国とオブザーバー5カ国の11カ国、人口では世界の半分、面積もかつてのモンゴル帝国の版図に近づいている。

上海協力機構はエネルギー面での協力関係を深める他、2007年からは対テロ演習として6カ国合同の軍事演習も一緒に行っている。

上海協力機構が軍事同盟に発展する可能性は少ないが、それでも地政学的にロシア・中国・中央アジアの国でエネルギーにつき協力関係を深める意義は大きい。


原油価格が高騰を続ける背景

原油価格は次の様な価格推移だ。

WTI価格推移





出典:社会実情データ図録

原油価格はWTIが2008年の6月に月平均133ドルを記録した後、下落して2009年2月に40ドルを切ったが、じわじわと上昇を続け最近では60−70ドルに回復してきている。

投機マネーが流入して、乱高下を記録したが、最近では需給を反映した値動きとなっている。現在の原油の需給を決めている要因は次の4つだ。

1.中国、インド、米国を中心に石油需要が底堅い増加を続けていること。

2.米国の石油精製設備の能力が不足しているので、石油製品の価格が下がりにくく、それが世界の原油相場先物に影響している。米国では過去30年間新しい精油所の建設はゼロで、増加する石油需要に対応できないでいる。

3.供給面でOPECの市場支配力が復活してきたこと

4.世界の石油供給基地である中東はじめ、アフリカ最大の産油国ナイジェリア、南米最大のベネズエラなどで地政学的リスクが表面化していること。

5.原油相場の乱高下を引き起こす投機マネー 
NYMEXの原油先物取引市場の規模はバレル60ドルとして10兆円程度と小さく、巨額の投機マネーが入ってくると乱高下の原因となる。


ピークオイル論

ピークオイル論とは、世界の原油生産が既に生産のピークに達し、今後は減少するという学説だ。石油の資源枯渇は、30〜40年前からあと30年で無くなると言われ続けてきたが、今もあと40年ということになっている。

現在のIEA(国際エネルギー機関)の見通しでは、悲観的なシナリオでは2015年、楽観的なシナリオでは2035年に世界の石油生産はピークを迎えると予測している。

最近は油田開発技術が進歩し、3次元物理探査や、油層を水平に掘る技術の普及、水深2000メートルを超える海底油田の開発も行われているので、可採鉱量が毎年増えている。

しかし資源には限りがあり、非OPEC、特に先進国での原油生産は2010年頃から頭打ち傾向になり、サウジアラビア、イラン、イラクなどの中東で増産しない限り原油の供給は増えないと見込まれる。


ガス版OPECの動き

天然ガスの埋蔵量はロシア(27%)とイラン(15%)で世界の40%以上を占め、これに第3位のカタール(14%)を加えると世界の約60%を占める。主要天然ガス輸出国は2001年にガス輸出国フォーラム(GECF)を結成し、現在は15カ国にまで増えている。

また南米でもベネズエラのチャベス大統領が南米版ガスOPECを呼びかけ、ガス資源の国有化を強行したボリビアなどが賛成している。

資源ナショナリズムの高まりとともに、需要国のEUなどは警戒を強めているが、天然ガスの場合、GECFの国の埋蔵量は大きいものの、世界のガス消費に占めるGECFの比率は14%に過ぎず、ガス版OPECの様な価格支配力を持った機構にはなり得ないという見方が強いようだ。

事実、原油価格と天然ガス価格は、2008年にピークを打った後急落した。現在では原油は底値からは回復しているが、天然ガス価格はその後も下落しているので、GECFの価格コントール力がないことを示している。

ちなみにJOGMECがガス版OPECについてのレポートをネット公開しているので、これも参考になる。


ロシアのエネルギー事情

ロシアの家庭では今もガスメーターがないという。タダ同然で供給されるので、ガス代を計算する必要がないからだ。

ロシアのエネルギー需給

energy balance Russia





ロシアは北のサウジアラビアと呼ばれるほど石油、天然ガスの埋蔵量が多く、石油生産ではサウジと肩を並べ、天然ガスでは埋蔵量・生産量・輸出量いずれも世界第1位である。

プーチン首相は、サンクトペテルブルグ市長時代にエネルギー資源に関する研究論文を書いて、「エネルギー資源でロシアを立て直すべき」と述べており、ロシア大統領になって、この方針を着実に実行してきた。

プーチンがエネルギーの国家管理を強化したきっかけは、2003年にロシア石油最大手ユコスの社長を脱税容疑で逮捕し、その後同社をロスネフチに買収させ国有化したことだ。

ユコスの買収資金は、中国石油・天然ガス総公司(CNPC)が2010年までの原油代金を前払いした60億ドルでまかなわれたといわれている。

ガスはガスプロム、原子力では2007年にウラン生産から使用済み核燃料の再処理までを担う55社を統合して誕生したアトムプロムという国営企業がある。

プーチンはロスネフチとガスプロムを合併させようとしたが、クレムリン内部での勢力争いが激しく、実現しなかった。プーチン大統領が決定した政策で唯一実現しなかったものと言われている。

ロシアの懸念材料は、西シベリアの既存ガス田・油田は生産が減退しているので、新規に資源開発を行わなければならないが、残された資源埋蔵地は北極圏や東シベリア、海底など条件の厳しいところばかりなことだ。

また長期的には、国有化にともない外資離れが進んでいることと、資源価格に頼りすぎるいわゆる「オランダ病」が懸念されている。

2005年から2007年にかけては、ウクライナ、ベラルーシへの天然ガスの価格大幅アップと供給停止を強行し、EU,ロシア周辺諸国にエネルギー安全保障の危機感を抱かせた。ロシアが天然ガスを外交カードとして使い、恫喝外交を始めたのだ。

ロシアの石油・ガス販売はヨーロッパ向けが主体だったが、近年ではアジア向け輸出拡大を狙って、特に中国との関係強化を図っている。これにさきがけ、2005年には中ソ国境問題が解決した。ロシアとの関係改善による資源確保を狙い、中国が大幅に譲歩したと言われている。

中国とロシアの利害が一致し、両国は共同で東シベリア地区の原油・ガスの中国へのパイプラインによる輸出プロジェクトを進めている。ただし極東ロシアの人口は700万人と少なく、中国は東北部だけで1〜2億人の人口があるので、ロシアは中国に対して常に警戒感を抱いており、過度には中国に依存しない方針だ。

ロシアのプーチン首相は、大統領時代にサウジアラビアを初めて公式訪問し、武器や衛星でビジネスをつくるとともに、エネルギー分野でもロシア企業のルクオイルがサウジで大規模天然ガス田を発見している。

ロシアはアメリカと対立するイランに原子力発電で協力しており、ドイツのKWUが建設途上で中止した原子炉2基のうち1基を完成させる契約を結んだ。この原発はその後代金支払いでもめており、運転開始は遅れている。

北極圏には世界の未発見の石油・天然ガスの25%があると言われているが、ロシアは北極圏の資源開発にも積極的で、2007年には北極海の4,000メートルを超える深海海底にロシア国旗を打ち立てるシーンをテレビ放映している。

北極圏での天然ガス生産も近々始まり、世界最大といわれるシュトックマンガス田は2013年からヨーロッパ向けに輸出を始める予定だ。


この本の結論

この本の結論として十市さんは、日本のエネルギー自給率の向上を訴える。現在日本のエネルギー自給率は原子力を除いて4%、準国産の原子力を入れて18%程度で、先進国の中で最低の水準である。

日本のエネルギー需給

energy balance Japan





長期的な目標として2030年に30%、2050年に50%と自給率を上げていくには、原子力発電と新エネルギー開発が必要である。

2030年にはハイブリッド車や燃料電池自動車などの普及やビルなどの省エネルギー化を進め、一次エネルギー消費を1割下げ、原子力・水力発電・太陽光発電・風力発電の比率を上げることで京都議定書の目標が達成できる。

さらに輸入源の分散化と資源確保が課題だ。

2006年5月に経産省は「新・国家エネルギー戦略」を発表し、2030年を目標年として、GDP当たりのエネルギー消費を3割改善、石油依存度低下、原子力発電比率拡大、自主開発原油比率アップなどを打ち出しているが、これも民主党政権では見直されることになると思う。

この本では一行だけの記述のみだが、日本周辺の海底に賦存するメタンハイドレートの開発も是非取り組みべきだと思う。メタンハイドレートはCO2排出量が石炭・石油の半分と言われておりグリーンエネルギーの一つだ。


あらすじが長くなってしまったが、大変参考になる本だった。欲を言えば、アメリカやEUのエネルギー政策も断片的なトピックスだけでなく、基本方針を取り上げて欲しかった。

もっともこれは2007年12月の本なので、オバマ大統領就任後はだいぶ変化があったので、アメリカのエネルギー政策については、あたらに書くべきなのかもしない。

いずれにせよ資料が満載で、世界のエネルギー地政学を頭に入れておくのには、大変ためになる本である。



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2009年12月15日

大遺言書 森繁久彌の放談と回顧録

大遺言書大遺言書
著者:久世 光彦
販売元:新潮社
発売日:2003-05
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先日無くなった俳優の森繁久彌の問わず語りを脚本家の久世光彦(くぜてるひこ)さんがまとめた本。

大学の先輩に勧められて読んでみた。元々は週刊新潮の2002年5月から2003年3月までの連載ものだ。

このとき森繁さんは89歳。数えで卆寿(そつじゅ)だった。

この遺言書シリーズは「今さらながら、大遺言書」、「さらば、大遺言書」と続き、2006年に森繁さんより22歳年下の久世さんが心不全のために71歳で亡くなって打ち止めとなった。

今さらながら 大遺言書今さらながら 大遺言書
著者:森繁 久彌
販売元:新潮社
発売日:2004-05-14
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さらば 大遺言書さらば 大遺言書
著者:森繁 久弥
販売元:新潮社
発売日:2006-04-27
おすすめ度:5.0
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森繁さんは大阪生まれ。大阪の実業家だった菅沼達吉と、馬詰愛江との間で出来た三人兄弟の末っ子で、森繁さんが二歳の時に実父は亡くなる。それから母方の実家森繁家の養子となり、北野中学(現高校)を経て、早稲田に入るが、軍事教練を拒否して中退。奥さんの萬壽子夫人と学生結婚し、劇団活動を続けた後、NHKの新京中央放送局のアナウンサーとして満州に赴任する。

終戦後のソ連軍の侵入で隣人が殺されたり、つらい目に遭うが、なんとか一家で1946年に帰国、親戚をたよった後、俳優としてちょい役から頭角を現し、社長シリーズで主役となる。

映画に歌に、詩人としても活躍し、先日亡くなった後、国民栄誉賞が贈られた、まさに日本演劇界の巨星だ。

YouTubeに森繁さん作詞・作曲の「知床旅情」が収録されている。



もっと詳しい経歴はウィキペディアの記事を参照して欲しい。

元々が週刊誌の連載として始まったので、下ネタも多い。89歳の森繁さんの枯れ木に花をさかせようと久世さんが下ネタで突っ込んでいる感じだが、ご愛敬というところだろう。

ちなみに森繁さん自身は「女は七十九の秋が最後だったかな。なんだか怖くなりましてね、やっているうちに。」と言っているが、真偽のほどはわからない。

森繁さんは身長171センチ、体重78キロと大正二年生まれとしてはデカい。健啖家であり、艶福家であり、甘い物に目がなく、ヨットマンで、タバコと酒をこよなく愛し、歌と詩を愛し、早稲田ファンだ。アドリブも含めた演技としゃべりはまさに天才で、芸能界ではひところ「森繁天皇」と呼ばれていたという。

「天皇」といっても、監督ではないので、別に現場であれこれ指示していた訳ではない。ロケ現場の圧倒的存在感と、天才的なアドリブからそう呼ばれていたようだ。

大変面白いエッセー集である。詳しくあらすじを書くと読んだときに興ざめなので、簡単に紹介しておくが、気の置けない久世さんだからこそ捉えられた昭和の大俳優の素顔がよくわかる。

森繁さんは子ども達にとっては、まるで「不在父親」のような存在で、たまにしか家に帰らず、家に帰った時は必ず他の人を連れ来ていたという。

森繁さんが学生結婚した奥さんの萬壽子夫人は、森繁さんより早く1989年に亡くなっているが、奥さんの苦労がわかる。

演技には真剣勝負で取り組み、ところどころで語る森繁さんの好きな芸能人の話が面白い。

森繁さんは向田邦子の脚本が好きだったという。向田邦子が台湾で飛行機事故で亡くなった時に、森繁さんは向田邦子の墓碑銘を書いている。

「花ひらき、花香る 花こぼれ なお薫る」

向田さんが脚本を書いたテレビ朝日の連続ドラマ「だいこんの花」に森繁さんが出演していたとき、向田さんはTBSで「寺内貫太郎一家」を掛け持ちで書いていたという。週に二本の連続ドラマの脚本を書くなんて今では考えられないという。

「あの子は、この頃どうしてドラマに出ないのですか。もったいない。あんなに芝居のいい子は、めったにいません。」と言っている「あの子」とは樹木希林のことだ。

「寺内貫太郎一家」では、樹木さんはまだ30代なのにもかかわらず、70代の老婆を演じる。何日も老婆ウォッチングして、芸を磨き、そこで仕入れてきたのが指先をちょん切った手袋だったという。

松本人志ともコーヒーのジョージアのコマーシャルで共演したが、「いい青年です」と語る。

「勝って男は怖い奴でした。いつも半分酔っているような、半分眠っているような顔をして、いきなり居合い抜きに切ってくる。」勝新太郎のことだ。



勝新太郎監督の「座頭市」に森繁さんが、一度だけ出演したときのことだ。撮影がほぼ終了した後で、カメラを回しながら勝が森繁さんに声を掛けた。

「おい、父っつあん」、「あれやってくれ、あれ」。「あれって何だい」。「あれだよ、父っつあんのあれ」

すべて台本にない、付け足しのアドリブだ。そして森繁さんは、都々逸をつぶやいた。

「ボウフラが 人を刺すよな蚊になるまでは 泥水飲み飲み浮き沈みー」

このやり取りはすべて収録された。名シーンはこうして生まれたのだと。

森繁さんが最初の映画に出て、「ベルさん」と呼ぶ山田五十鈴と共演したときの話が極め付きだ。

森繁さんが「このたびはお世話になります。森繁久彌と申します」と言うと。

「これはこれはご丁寧に。私が、熱い○○○コです。」とヒロイン松井須磨子をもじって言ったという。大スターのくせにそんなことを平気で言える人だったという。(○○○コは、筆者のブログでは載せられない言葉です)

「ベルさんはあんなに華があるのに、寂しい人です。薄幸の気配が漂っています。女優の華と人生とは、反比例の関係にあるんでしょうかねえ。因果なことです」

この森繁さんの言葉は、先日孤独死した大原麗子にもぴったり当てはまる。ちなみに大原麗子は「だいこんの花」にも出演していた。

森繁さんは、酒も飲むが甘党でもあったという。大好きなのはとらやの羊羹、エクレアは六本木のクローバー、北海道から取り寄せた柳月の三方六などだったという。

[とらや]中形羊羹3本入(714453/286)
[とらや]中形羊羹3本入(714453/286)


柳月 三方六
柳月 三方六

筆者は森繁さんの舞台も映画もあまり見たことがない。歌は「知床旅情」を聞いたことがあるくらいで、森繁さんのことをよく知らなかったが、この本を読んで一段と親しみがわいた。

この本では「森繁さんの目がキラッと光った」という表現をしているが、演劇の頂点に立つ人は、芸術感覚がとてつもなく鋭敏だ。素人にはわからない繊細なところまで気を配った演技はさすがだ。

このエッセー集は「大遺言書」と題してはいるが、森繁さんの人間像に迫る作品で、「遺言」の様なシリアスなものではなく楽しく読める。森繁さんのことを思い出すにはおすすめの作品である。


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2009年12月12日

核の脅威と無防備国家日本 防衛省元制服組の核武装論

核の脅威と無防備国家日本―日本人は核とどう向きあうのか核の脅威と無防備国家日本―日本人は核とどう向きあうのか
著者:矢野 義昭
販売元:光人社
発売日:2009-11
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図書館の新刊書コーナーに置いてあったので読んでみた。今年12月に出たばかりの本だ。

著者の矢野義昭さんは、昭和25年生まれの元陸将補で、平成18年に陸上自衛隊の小平学校副校長をもって退官し、現在は拓殖大学大学院で安全保障を研究しているという。

矢野さんは世界の核保有国の動向、特に中国やロシアの核兵器強化の動きを取り上げ、米国の核の傘がいざとなったときに本当に頼れるのか疑問を投げかける。


矢野さんの描く核武装後のバラ色の日本の未来

そして日本を取り巻く核保有国の現状とミサイル防御(MD)システムの限界、北朝鮮の核武装、核保有による抑止力効果などを説明し、元制服組として国を守る使命から、憲法では認められていない「集団的自衛権」を容認し、国際核管理体制の構築が望ましいと語る。

しかし国際的な核管理には時間が掛かるだろうから、まずは日本は核保有をすべきだと。

「被爆国の日本が、かりに自衛のために核を保有したとしても、どの国もそれを道義的に責めることはできないはずである。また、日本の立場に、理解を示す国も出てくるかもしれない。」

また防衛予算上も核兵器の方が安くつくので、今後の日本の少子高齢化と財政事情を考慮した場合、中国・ロシア・核を持つ統一朝鮮と通常兵力のみで拮抗させるのは不可能なので、費用対効果上も核保有は効率的な防衛手段であると。

潜水艦搭載巡航ミサイルと地上配備ICBMの組み合わせで2兆円、核巡航ミサイルだけなら1兆円、運用経費は1兆円という見方があるという。

日本が核を保有し、地域的な核均衡が維持されれば、米軍縮小も可能で、日本の国際的な威信と外交交渉力が高まり、長年の懸案であった国連安保理の常任理事国入り、領土問題解決に前進が見られるだろう。

日本の国家としての危機対処力への内外の信頼が高まり、邦人拉致なども減少。

日本の経済力も軍事的な実力を背景とすることから、国際的な信頼度がたかまり、日本との自由貿易協定を希望する国も増え、円は基軸通貨の一角を占めるようになり、通商摩擦でもより強く国益を主張できる。

科学技術でも核兵器技術が国家的先端技術力の一分野となり、原子力の民生利用、宇宙開発、海洋開発などの国家プロジェクト推進の基盤がより強固となり、好影響を与える。自立的な核燃料サイクルも確立する。

まったくテレビの”太田総理”のマニフェストの様である。「こうして日本は平和になった…。」


生命よりも大切なもの

矢野さんは、「個々人の生命を危険にさらしても守るべき共通の価値がある」という。矢野さんの結論を引用すると。

「核保有は国家の主権護持の意思と能力の象徴である。

究極的には自国みずからの意志決定にもとづき運用すべきものであり、同盟国であっても核作戦指揮権限は本来、委譲すべきものではない。

その意味では、核共有にも限界があり、同盟も永遠ではなく安全保障を全面的に依存できるものではない。

最終的な力の拠り所となる核戦力については、種々制約があるなかでも、いざというときに最大限に自主独立性をもって行使できる体制をめざし、可能なすべての努力を傾注すべきである。」


現在の世界の核配備状況

整理の意味でSIPRI(ストックホルム国際平和研究所) Year Bookによる世界で配備されている核弾頭数を次に記す。

     2006年         2009年
米国  約1万発         2,702発
ロシア 約1万6千発       4,834発
中国    130発         186発
英国    185発         160発
フランス  348発         300発
インド   110発          60〜70発
パキスタン 110発          60発
北朝鮮    10発          不明
イスラエル  60〜85発       80発

2009年には各国の削減が進んで、米国とロシアは2006年の数字の1/4強にまで削減している。

このほかに戦術核弾頭が米国で500発、ロシアで5〜6,000発、ミサイルからはずされて備蓄している核弾頭が米国で予備弾頭も入れて6,000発、ロシアで1万発、核弾頭解体後に残されたプルトニウムの弾芯が、米国で1万4千個、ロシアでも同数以上保管されているという。

配備された核兵器は削減しても、米国・ロシアともに、いざとなったら核攻撃能力はすぐに復活できる体制にあるのだ。


参考になった情報

結論には全く賛成できないが、参考になった情報を箇条書きで紹介しておく。

★2005年に中国国防大学防務学院長朱成虎少将が、米軍が攻撃してきた場合、中国は核兵器を使用する。米国は西岸の100から200の都市が破壊されることを覚悟すべきだと恫喝している。

(筆者コメント:この種の発言をする中国軍人はいつの時代でも必ずいる。軍人の本音だろうが、検閲されているとはいえインターネットで情報を収集し、自由化に慣れた中国国民が米国との全面核戦争を臨むかは疑問だ)

★中国の軍事的台頭により、いずれ米国の核の傘も機能しない時がくる。

★米国では2002年からRRW(Reliable Replacable Warhead=信頼性のある交換可能な弾頭)計画を進めてきた。核弾頭配備は削減するが、核弾頭備蓄は続けるというものだ。

ロシアの2007年の国防予算は311億ドルで、アメリカの5,000億ドルに比べて圧倒的に少ないので、新型戦術核ミサイルなどの少数精鋭兵器に力を入れている。新型の路上移動、潜水艦搭載型のICBMSS−27 トーポリMは慣性誘導弾でなく、軌道を修正できる機動型弾頭だ。

★現在の迎撃ミサイルによるミサイル防衛システム(MD)は慣性運動体のみを対象としており、ロシアのトーポリMなどの非慣性誘導弾は簡単に回避できる。またおとりミサイルやおとり弾頭で簡単に対策ができる。

★レーザーによるミサイル防衛システムができれば、確実にミサイルを破壊できるが、多大な研究開発費が必要で、開発にはめどが立っていない。

★イギリスは核弾頭と原子力潜水艦を自国でつくり、ミサイルだけ米国から購入している。米国に一部依存しながらも自前の核戦力を持つ。

★フランスはドゴール時代の対米不信から核兵器を自前で開発し、1966年からはNATOの軍事機構を脱退していた。2009年サルコジ大統領がNATOへの完全復帰を宣言し、ドイツとの核兵器の共同保有を提案しているが、ドイツのメルケル首相は拒否したという。

★ドイツ、イタリア、カナダ、オランダ、ベルギー、ギリシャ、トルコの7カ国(のちにカナダとギリシャが脱退)は非核保有国ながら、米国と核兵器のニュークリア・シェアリングを行っている。これは戦闘爆撃機に搭載する20発の核爆弾のみであり、平時には米軍の管理下で、有事には米国大統領の命令に基づき、核爆弾のhandling overを行うというものだ。


筆者の意見

この本の結論には全く賛同できないが、資料としては参考になった。

田母神さんの本を読んで、ニュークリアシェアリングに興味を持っていたが、現実的ではないことがこの本でよくわかった。また日本として核武装は決して取るべき道ではないことを強く感じた。

またそもそも核爆弾はそんな簡単に作れるわけではないことは、以前「日本は原子爆弾をつくれるのか」で紹介した通りだ。

日本の強みは資源ではない。勤勉な国民と工業力、つまり無形資産だ。

いかなる国が日本を核攻撃して占領しても、日本の無形資産を破壊してしまった後では全く意味が無いだろう。やはり日本は被爆国として今までの方針を堅持して、世界の核廃絶を呼びかけるべきだろう。

オバマ大統領登場で核廃絶の流れは変わった。もちろん世界から核廃絶がそう簡単にできるとは誰も思っていない。しかし一歩を踏み出すことが重要なのだ。だからオバマ大統領が昨日12月10日ノーベル平和賞を受賞したのだ。

世界で唯一の被爆国である日本が、堂々と核廃絶を国是として世界に訴えることが、世界から信頼と尊敬を得る正攻法ではないかと強く感じた。それこそ国連安保理事会の常任理事国になるための、日本ならではの主張ではないか。

退役自衛官だから書けた、一部の(たぶん少数だと思うが)自衛官の本音なのかもしれない。

冒頭に紹介したバラ色の未来の様なスキだらけの議論で、あまりおすすめできない本だが、反面教師として自らの考えをまとめるには役に立つと思う。


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2009年12月09日

働く幸せ 鳩山首相が感動した社員の7割が知的障害者のチョーク工場

働く幸せ~仕事でいちばん大切なこと~働く幸せ~仕事でいちばん大切なこと~
著者:大山 泰弘
販売元:WAVE出版
発売日:2009-07-23
おすすめ度:5.0
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上司から大変面白かったという話を聞き読んでみた。

知的障害者が従業員の7割を占め、一躍有名になったホタテ貝殻でつくった粉のでないチョーク工場の会長の本。

この会社、日本理化学工業は、「日本で一番大切にしたい会社」で取り上げられて一躍有名になった。川崎市高津区にある従業員74名の会社で、北海道の美唄市にも工場がある。

日本でいちばん大切にしたい会社日本でいちばん大切にしたい会社
著者:坂本 光司
販売元:あさ出版
発売日:2008-03-21
おすすめ度:4.5
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筆者は通勤で電車に乗っている毎日往復2時間を読書に充てているが、この本を読んでいたら感動でウルウルしてしまった。電車の中で人に気づかれるとみっともないので、家に帰って読み終えた。

鳩山首相が所信表明演説で絶賛したという宣伝文句が本の帯に書いてある。

CIMG9989









鳩山首相所信表明演説







出典:西日本新聞

大山さんの経歴

この本の著者大山泰弘さんは、日本理化学工業の会長で、中央大学を卒業後、お父さんが戦前に始めたダストレスチョーク工場の経営を引き受ける。

このダストレスチョークは、大山さんのお父さんがアメリカの製品を参考にして、ドイツのパステル(絵画用具)製造機械を改造して製造を始めたものだ。チョークの粉が出ないということで、戦前は軍の作戦用チョークとしても売れていた。


知的障害者を受け入れる

大山さんが工場を引き受けてすぐに、品川区の養護学校から知的障害児を働かせてもらえないかという依頼がくる。

大山さんは悩み、入院中のお父さんに相談したところ、お父さんの「知的障害者が働く会社が1つくらい日本にあってもいいだろう。やってみたらいい。」という言葉で決心する。

そのときに15歳の女性工員を2名、まずは2週間の研修ということで受け入れた。研修が終わった後、工場の従業員たちが「私たちがめんどうを見ますから、あの子たちを雇ってあげてください」と申し出てくる。これは工場のみんなの総意だと。

1960年に養護学校を卒業した2名を雇ったことがきっかけで、どんどん知的障害者の従業員が増えていった。最初に入社した社員は定年後も嘱託として65歳まで、実に50年間も日本理化学工業の社員として働いたのだ。


知的障害者と働くということ

知的障害者と平常者が一緒に働くのは簡単なことではない。

大山さんは工場の生産プロセスでも、2種類の原料の重さを量るおもりと原料の入った入れ物を青と赤で色で区別したり、チョークの冶具の消耗度合いをノギス(計測器)を使わず、箱に入れて測ったり、時間を砂時計で計ったりして知的障害者でも効率よく働ける工夫を凝らした。

このような生産工程上の配慮とともに、社員旅行に行ったときの話(健常者、障害者両方が気を遣って楽しめなかったという)などの苦労談を披露している。


特に印象に残った話

この本で特に印象に残った話は次の3つの話だ。

まず大山さんは、釈迦の16人の羅漢(弟子)の一人、周利槃特(しゅりはんどく)という高僧の話を紹介している。周利槃特は今で言う知的障害者で自分の名前も言えないほどだったが、ある時お釈迦様が「塵を払わん、垢を除かん」という言葉と箒を与えると、周利槃特は一心不乱に掃除を始め、周囲の人は手を合わせたという。

お釈迦様は無言で説法が出来るということで、周利槃特を16羅漢に加えたのだと。大山さんは、工場で働く知的障害者たちにも、周利槃特と同じ気高さを感じるという。

2つめは元上野動物園の飼育係で、東武動物公園の”カバ園長”の西山登志雄さんの話だ。西山さんは「ぼくの動物園日記」というマンガの主人公にもなったので、筆者もよく覚えている。

動物園で育った動物は、自分の生んだ子どもでも育てようとしない。子育ての本能を忘れてしまうのだと。この話を聞き、大山さんは施設で保護されて生きることが、必ずしも本人にとって良いとは限らないのではないかと思ったという。

もう一つはたまたま法事で訪問した禅寺の住職の話だ。

大山さんが知的障害者が施設より工場に来たがることを話すと、住職は次のように言ったという。

「人間の幸せは、ものやお金ではありません。人間の究極の幸せは次の4つです。その一つは、人に愛されること。2つは、人にほめられること。3つは、人の役に立つこと。そして最後に、人から必要とされること。

障害者の方たちが、施設で保護されるより、企業で働きたいと願うのは、社会で必要とされて、本当の幸せを求める人間の証しなのです。」

これを聞いて大山さんは、いつも障害者に「がんばってくれてありがとう」と、なにげなく言葉をかけていたことを思い出し、それが彼らに幸せを与えていたことに気が付いたという。

「働く」という字は漢字ではなく日本で作った「国字」だ。人のために動くから「働く」なのだと、大山さんは語る。


障害者多数雇用工場として発展

大山さんの工場は順調に生産を延ばし、1973年に出来た「障害者多数雇用モデル工場」融資制度を使って、大きな敷地に移ることを検討した。

しかし当時工場のあった大田区からは民間の工場を支援するつもりはないと冷たく断られる。

それでも気を取り直して隣の川崎市に行くと、川崎市では市長みずからが公的機関が障害者を雇うよりも民間企業に雇って貰った方が良いと語り、4,000M2の土地を安く貸して貰えることになった。


チョークの技術開発でも日本トップ

第2工場として北海道の美唄市に建設した工場では、北海道ならではのエコ商品の開発に成功する。北海道ではホタテの漁獲量は45万トンと日本最大だが、それに伴ってホタテ貝殻が毎年大量に発生して、産業廃棄物となっていた。

このホタテ貝殻を原料としてチョークの生産を研究し、ついに2005年、ホタテ貝殻を10%混ぜたチョークの開発に成功した。

同時に開発に成功した全く粉の出ないチョーク技術とあわせて、2005年にエコ商品で”グリーン購買対応商品”として売り出し、国内トップシェアの年間5千万本を売り、売り上げ拡大に貢献した。


大山さんのこだわり

大山さんのこだわりは、たとえ知的障害者を雇っていても、賃金は最低賃金以上を払うことだ。知的障害者は月間1万円とか1万5千円とかの給料で使われることが多いが、大山さんは健常者並の賃金を払うことを会社方針として堅持している。

以前ヤマト運輸の創業者の小倉昌男さんの本を読んだが、小倉さんも障害者雇用拡大に努力し、全国にチェーン店展開しているスワン・ベーカリーを始めて、障害者を雇って健常者並の賃金を払うようにしている。

経営はロマンだ! 私の履歴書・小倉昌男 (日経ビジネス人文庫)経営はロマンだ! 私の履歴書・小倉昌男 (日経ビジネス人文庫)
著者:小倉 昌男
販売元:日本経済新聞社
発売日:2003-01-07
おすすめ度:4.5
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大山さんの日本理化学工業は、川崎市の推薦を受けて、2008年経産省から「明日の日本を支える元気なモノ作り中小企業300社」に選ばれたという。障害者雇用とは関係のない経産省から表彰されたことが、大山さんは嬉しかったという。


障害者雇用のメリット

最後に大山さんは障害者雇用のメリットを次の4つに整理している。

1.労働力を確保できること。

2.会社に「助け合う風土」が生まれる

3.消費者が味方してくれる

4.地域に支えてもらえる

ユニクロはやはり障害者雇用に熱心な企業の一つだ。現在障害者雇用率は8%で、従業員5,000人以上の大企業ではずば抜けた雇用率だ。ユニクロの柳井さんは、次のように語っているという。

「障害者と一緒に働くことで、彼らが苦手とする作業をフォローしたり、できる仕事をもっと上達させてあげようと、他のスタッフが協力しあうようになった。

その気持ちが従業員同士、さらにお客様に対しても向けられるようになり、結局は売り上げアップにもつながった。」


大山さんの見果てぬ夢

大山さんはベルギーの知的障害者雇用制度を日本にも導入しようとしたが、みんなから反対されて果たせなかったと語る。

ベルギーの制度とは、企業が知的障害者を雇用して最低賃金を支払うと、国が最低賃金分を補助するというしくみだ。実際賃金ゼロで障害者を雇えるのだ。

国は障害者施設の運営費用負担を減らし、企業は障害者を雇用しやすくなり、障害者は多くの働く場を得られる3方1両得の制度だ。

行政がお金をかけて施設でケアするよりも、企業に最低賃金分を支払って雇用して貰うほうが合理的なのだと、ベルギー政府の担当者は語っていたという。

日本で厚生省が所管していた「障害福祉基礎年金」と労働省が所管していた「最低賃金」を合計すれば、解釈を変更するだけで日本でも同様の制度ができると大山さんは考えたが、思わぬ反対にあった。

大山さんは全国重度障害者雇用事業所協会の会長を務めていたが、元労働省の事務次官の相談役に相談すると「年金は年金。賃金は賃金です。君は労働省を敵にまわす気か?」と言われたという。

省益を優先する官僚の本能的な拒絶にあったのだ。他の理事も相談役の顔色を見て、賛成しなかった。

結局大山さんは会長職を2003年に退任。この案は見果てぬ夢に終わった。日本の障害者雇用のこれからの問題である。


今度紹介する「日本でいちばん大切にしたい会社」は30万部、この「働く幸せ」は6万部のベストセラーになったという。

障害者雇用はきれい事だけではすまされない。日本理化学工業では、本当はこの本に書いてない大変な苦労があったのだろうが、それを乗り越えて知的障害者雇用率7割というのは大変立派な数字だ。

感動の実話である。大山さんの淡々とした文章にも好感を覚える。是非一読をおすすめする。


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2009年12月08日

写真で読む「坂の上の雲」の時代 あらためて日露戦争を研究する

写真で読む「坂の上の雲」の時代写真で読む「坂の上の雲」の時代
著者:近現代史料編纂会
販売元:世界文化社
発売日:2009-11-11
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「坂の上の雲」で取り上げられている日清戦争、日露戦争の歴史を写真や資料で振り返る本。今年11月に発売されたばかりだ。

NHKでこれから3年をかけて「坂の上の雲」が放送されるので読んでみた。



坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)
著者:司馬 遼太郎
販売元:文藝春秋
発売日:1999-01
おすすめ度:4.5
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「坂の上の雲」は、経営者が推薦する図書のランキングには必ず入っている本で、筆者は20年ほど前に読んだ。結婚の時に家内が持ってきた本の中にあったのだが、昔読んだ時はその壮大なドラマに夢中になって読んだものだ。

この本では、日本の李氏朝鮮への侵略野望、台湾出兵、日清戦争、三国干渉、そして日露戦争という一連の流れをビジュアルに紹介している。

日露戦争の有名な戦闘の鴨緑江渡河作戦、金州・南山の戦い、遼陽会戦、旅順港封鎖作戦、旅順攻略戦、奉天会戦、そして日本海海戦の両軍の配置図、戦闘の流れ、使われた兵器、戦死者・戦病死者数などを詳しく解説している。

その他、陸軍と海軍それぞれの「軍神」誕生の背景や、世界から賞賛された沈没したロシア軍軍艦からのロシア兵救出の人道的活動など様々な逸話を紹介している。


舞台は中国遼寧省

筆者は、米国駐在の時に中国から原料を輸入していたので、日露戦争の舞台になった大連や遼陽などのある遼寧省は何度も訪問した。

最初に訪問したのは1986年の冬だ。真冬に旧満州に行くので、相当寒いと予想して行ったら、雪がないので拍子抜けした。寒いことは寒いが、建物から一歩出たら、凍るような寒さという訳ではなかった。

遼陽附近は世界でも有数の天然マグネサイトの産地で、日露戦争の戦場となった大石橋や海城などは有名なマグネサイトの鉱山だ。

営口には中国と日本の合弁の工場もあり、そこも何度も訪問したが、この本を読むまでは、大石橋や海城、営口が日露戦争の時に戦場となっていたことは知らなかった。全く恥ずかしい限りだ。

今もあるのかどうかわからないが、旧満州鉄道の主要駅沿いには旧大和(ヤマト)ホテルがあり、遼陽の大和ホテルで一泊した。昔風の装飾の立派なホテルだが、部屋数がたしか数十部屋しかないので、今のスタンダードからするとブティックホテルのような感じだ。

二度目の米国駐在の時の1998年〜2000年に行った時は、大連から高速道路が出来ていたが、最初行った1986年には大連から旧満州鉄道沿いに高い並木の街道があり、片側一車線だった。

対向車が来ている中で、中国人の運転手がどんどん前の車を追い越すので、生きた心地はしなかった覚えがある。

この本によると旅順が観光客に公開されるようになったのは1996年だそうだが、筆者は旅順は行ったことがない。旅順が中国海軍の軍港だから、中国人も自由には旅順には行けないと聞いた記憶がある。

最初に行った1980年代後半は、商業港の大連港や大連空港でも写真撮影は禁止されていたものだ。

閑話休題。


旅順攻防戦と日本海海戦

この本の最初のグラビアでは日本海海戦の写真や絵、戦艦三笠の構造図や日露戦艦の紹介、日本海海戦の両軍の動き、兵器の紹介などがあり興味深い。

次が有名な日本海海戦の時の東郷平八郎大将他の連合艦隊幹部の絵だ。

中央の東郷平八郎大将の右が「坂の上の雲」の主人公の一人、秋山真之参謀、左が後に総理大臣となる加藤友三郎参謀長だ。

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出典:別記ない限りWikipedia

この本では、旅順の地形図が紹介されているのが興味深い。

旅順





出典:本文178−179ページ

旅順が周りを要塞に囲まれた要塞都市であることがよくわかり、旅順港を見下ろす有名な203高地が、いかに戦略的に重要なのかがわかる。

日本は乃木希典の第3軍が何度も正面攻撃を繰り返しては、機関銃を装備したロシア軍守備隊の前に、死者を積み重ね跳ね返され、日本内地から移送した28センチ砲の砲撃によりやっと203高地を占領した。

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203高地を占領してからは、旅順港が一望で見渡せることとなり、砲撃で旅順港に停泊中のロシア旅順艦隊を全滅させ、後顧の憂いを無くして、日本海海戦に臨んで大勝利を挙げたのだ。

この本では、旅順司令官ステッセルと乃木大将の水師営の会見や、ロシア軍捕虜の松山などでのお客様待遇などの逸話を紹介している。水師営の会見の両軍一緒の記念写真など、今では考えられない両軍の騎士道・武士道精神のあらわれだ。

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ロシア軍司令官ステッセルは帰国後、軍法会議で死刑が宣告されたという。


乃木大将の評価を180度変えた「坂の上の雲」

この本では、戦前から軍神とされ、自宅跡が乃木神社になっている乃木希典大将の評価が、昭和43年(1968年)に180度変わったことを指摘している。

その年に産経新聞で「坂の上の雲」の連載が始まったからだ。

乃木大将自身は二人の息子を日露戦争で失っており、明治天皇が崩御したときに、夫人とともに殉死した。

司馬遼太郎が乃木希典と、その副官伊地知参謀を書く上で参考にしたのが、戦犯として戦後処刑された谷寿夫陸軍中将が戦前に執筆した「機密日露戦史」だという。

機密日露戦史機密日露戦史
著者:谷 寿夫
販売元:原書房
発売日:2004-05-25
おすすめ度:5.0
クチコミを見る


戦前は機密扱いされて出版されず、陸軍大学校でしか見ることができなかったが、戦後原書房から出版され、司馬遼太郎が見ることになった。

著者の谷中将の陸大時代の校長が、日露戦争当時の満州軍参謀の井口中将で、井口中将は伊地知参謀と士官学校の同期だった。旅順攻撃時から要塞攻撃方法で対立、つかみ合いの喧嘩にならんばかりだったという。

結果論ではあるが、正面攻撃論の伊地知説に対し、要塞迂回論の井口説が正しかったという考えが陸大にあり、それで谷中将は乃木大将の第3軍の要塞正面攻撃作戦を批判する「機密日露戦史」を書いたのだ。


ポーツマス講和会議でのルーズベルトの好日的態度

この本では日露戦争当時の米国大統領セオドア・ルーズベルトの好日的態度と、ルーズベルトの樺太占領勧告に従い、終戦直前に日本が樺太を占領して、ポーツマス条約で南樺太と南千島列島をロシアから割譲した経緯が紹介されている。

日本はルーズベルトのハーバード時代の学友の金子堅太郎男爵を特使に派遣したり、それなりの努力はしているが、ルーズベルトの好日的態度の背景には、日露両国がつねに拮抗する軍事力を保持して、極東に緊張状態を保つことがアメリカの国益に合致するというアメリカの戦略があった。

ルーズベルトが「日本のために働く」と言ったのは、そういったアメリカの深慮遠謀もあったのだ。

この本では、ポーツマス条約での日本が出した講和条件の、甲:絶対的必要条件、乙:比較的必要条件、丙:付加条件が紹介されている。

ロシア国内ではニコライ二世の帝政ロシアに反対する民衆の反政府運動が活発化していたが、ロシアは戦力でも日本を凌駕しており、軍隊をロシア領内に引き戻しただけなので、いつでもまた南下できる体制にあった。

一方の日本は旅順占領や奉天会戦、日本海海戦で勝利を収めたものの、弾薬も底をつき、到底戦争を継続できる状態ではなかった。

ニコライ二世は、「一銭の賠償金も、一握の領土も譲ってはならない」とウィッテ全権代表に命令していたことから、ポーツマス講和会議でも決裂が危ぶまれた。

800px-Treaty_of_Portsmouth





だから日本はルーズベルト勧告に従い、樺太を後略した。樺太のロシア軍は歩兵1個連隊、民兵約2,000人で、日本軍の敵ではなく、1ヶ月で日本が樺太全土を占領した。これによりポーツマス講和会議を有利に展開できることになったのだ。

ルーズベルトはニコライ二世に親書を送るほか、ニコライ二世と親しいドイツのウィルヘルム二世、フランス、イギリスなども動かして、ロシア政府とニコライ二世を説得し、ロシアが日本の絶対必要条件と、南樺太と南千島割譲を認めることで妥協が成立し、1905年9月ポーツマス条約が成立した。

日本が継戦能力がないという実態を知らない日本国民は、戦勝にもかかわらずロシアから賠償金が取れないことで暴動を起こした。


日本海軍が忘れた東郷平八郎の連合艦隊解散の辞

この本の最後では、東郷平八郎大将の連合艦隊解散の辞を紹介している。

「神明はただ平素の鍛錬に力め戦わずしてすでに勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安ずる者よりただちにこれをうばう。

古人曰く、勝って兜の緒を締めよと」

まさにその後の太平洋戦争に至る日本海軍の驕りを戒める言葉だ。

太平洋戦争では、日本海軍は緒戦戦勝の驕りと、日本海海戦や旅順砲撃の過去の教訓にこだわり、臨機応変の戦いができなかった。ミッドウェー海戦で負けたのも、それが理由である。

この東郷平八郎の言葉が後世に活かされていたら、日本海軍もアメリカを相手に、初めの一年を除き、全敗という次の表のようなていたらくにはならなかったのではないかと思う。

日米主要艦推移






出典:太平洋に消えた勝機 (光文社ペーパーバックス)本文230ページ

ドラマを見る上で、豊富な写真とイラスト、逸話は参考になる。パラパラめくっても楽しい。タイムリーな出版だと思う。


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2009年12月06日

堺屋太一 東大講義録 文明を解く 知価革命に至る歴史

東大講義録 ―文明を解く―東大講義録 ―文明を解く―
著者:堺屋 太一
販売元:講談社
発売日:2003-04-11
おすすめ度:5.0
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堺屋太一さんが2002年4月から7月まで12回にわたって東大先端科学技術研究センターで行った講義録。


堺屋さんの略歴

堺屋太一さんは昭和10年(1935年)生まれ。今年で74歳だ。大阪の住吉高校から二浪して東大の今の文IIIに入る。建築家を志して学生会館の設計で一等賞を取るが、目が悪いので作図には向かないとして断念して経済学部に進む。

堺屋さんが東大卒の元通産官僚とは知っていたが、秀才型のキャリアでは全くないことをはじめて知った。

退職者が最も多くの分野で活躍しているという理由で官僚をこころざし、昭和35年に通産省に入省。このときの公務員試験は生涯で一番の出来だったという。

昭和37年の通商白書で世界に先駆けて「水平分業」論を打ち出す。その後「日本で万国博覧会を開催しよう」と提唱すると、政策として決まっていないことを外で言って歩くのはけしからんとして、辞表を書けと言われる。

なら懲戒免職にしてくれとがんばっていると、そのうち万博の支持者が増え、役所でも賛成論が出て誘致活動ができるようになった。

昭和45年の大阪万博の次に、沖縄に赴任、昭和50年に沖縄海洋博覧会を開催する。その後太陽光発電とか石炭液化のサンシャイン計画を担当した後に、昭和50年にはベストセラーとなった「油断!」、51年には「団塊の世代」を出版。

油断! (日経ビジネス人文庫)油断! (日経ビジネス人文庫)
著者:堺屋 太一
販売元:日本経済新聞社
発売日:2005-12
おすすめ度:5.0
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団塊の世代 (文春文庫)団塊の世代 (文春文庫)
著者:堺屋 太一
販売元:文藝春秋
発売日:2005-04
おすすめ度:3.5
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「油断!」は筆者も学生時代に読んだが、石油供給が止まり、日本各地に死者が発生したことを示す赤いランプが続々点って、主人公が愕然とするシーンは今でも思い出す。たしか通産省の現職課長が書いた覆面小説というふれこみだった。

ベストセラー作家としてデビューできたこともあり、いずれ官僚主導の時代ではなくなると見越して昭和53年に通産省を退職。未来予測小説と歴史小説の2分野で、多くの作品を生み出し、「峠の群像」と「秀吉」はNHKの大河ドラマになる。

小渕内閣の時には経済企画庁長官にも起用された経済の専門家であり、ベストセラー作家でもある。堺屋さんは筆者の好きな作家なので、このブログでも最近の作品を2冊紹介している


堺屋さんの講義

そんな経歴を持つ堺屋太一さんが、この講義で、世界と日本の近代にいたる道、日本の近代工業社会の盛衰を分析し、「知価革命」が起こっている現在の社会の構造を解明する。

「知価革命」とは、「人間の幸せは物財の豊かさではなく、満足の大きさである」という考え方で、近代工業社会の否定であり、人類が産業革命以来200年ぶりに迎えた時代を変える革命のことである。

この本が出た当時は小泉政権だったが、小泉首相は「小泉内閣くらい改革を実行しているところはない」と言うが、実態は何も変わっていないと切り捨てている。

現在の経済学には3つの流派があるという。

第1は新古典派、近代工業社会の理論が今でも通用するという学派。
第2はニューエコノミー派。近代工業社会が、情報産業の発展により高度情報社会となり、景気変動が少なくなるという理論。
第3が堺屋さん自身も属するというニューパラダイム派で、近代工業社会は終わり、今始まろうとしているのは知価社会の初期であるという主張。


1990年以降の日本の衰退

堺屋さんはまず1990年以降の日本の衰退の現実を数字を挙げて説明する。なぜ日本経済が1990年を境に変わったのかが、この講義のテーマだ。

1990-2001JPNS economy





出典:本書31ページ

劇的に下がったのは、市街地の地価だ。1990年の100に対し、2001年は17でしかない。1990年以降の自民党政権下の財政不均衡もひどい。次が国の財政収支の推移だ。

財政不均衡






出典:本書33ページ

このように1990年を境として日本経済の流れは大きく変わった。これは人類の文明が大きく変化したのに、日本が立ち遅れているからだと堺屋さんは説く。


減税の効用

いろいろ面白い話が紹介されているが、一番印象に残ったのは、日本の最高税率と米国のレーガノミクスの話だ。

次がこの本で紹介されている日本の最高税率の推移だ。

日本の最高税率




出典:本書192ページ

NHK大河ドラマ「坂の上の雲」の作者、司馬遼太郎さんの話が面白い。

司馬さんが自分は原稿を1枚書くと3万円になり、自分のところの書生は4千円なので、俺は努力と幸運と才能の結果、あいつの8倍くらい稼げるようになったと思って喜んでいた。

しかし、よくよく考えると自分は88%を税金で持って行かれる、3万円あっても、3千6百円しか残らない。しかし書生は所得が低いから、無税で4千円全部残る。あいつの方が実質所得は上かと思った途端に創作意欲がなくなったという。

ちなみに最低課税所得額は夫婦二人で約400万円で世界でも高い水準である。

一方アメリカではレーガノミクスで、情報産業や観光産業が盛んになり、金融業が大発展した。都市は明るくきれいになり、雇用が2,000万人増えが、製造業は輸入品の洪水で大打撃を受け、雇用は製造業からサービス業に移った。

レーガン減税では、多くのタックスシェルターがあるかわりに最高70%まで逓増型だった従来の税率を、一挙に15%と28%の2本に簡素化し、タックスシェルターの多くを廃止した。

筆者は1986年から米国に駐在していたので、レーガン減税には驚いたものだ。タックスシェルターはたとえば以前は家を何軒持っていても、借入金の金利はすべて所得から控除できたが、レーガン減税以降は2軒までに限定された。

相当な金持ちしか3軒以上家を持っていないので、金持ちの最高税率を下げるかわりに家の借り入れ金の金利控除を制限するというのは実際的な措置だった。

レーガノミクスで雇用がふえたのは、製造業が縮小して、サービス業とりわけ知価産業が伸びたからだ。

堺屋さんが語るレーガノミクスのすごさは、まずは減税をして財政を黒字化するという20年単位で考えた点だという。実際クリントンの1996年からは黒字となって、湾岸戦争まで黒字を続けた。

実に壮大な絵を描いたものだ。

日米ともに実効税率は大幅に低下しているが、それが経済の活性化とつながったかどうか、経済の活性化につなげるにはどうしたらよいのかを考えさせられる講義である。


公務員で出世する法というのも面白い

国家公務員になって出世したいなら、事前に議題に関係のある数字を30ばかり覚え、関連の法律の条文も30くらい覚える。そして会議の場で「慎重に」と言うことだと。

会議の席では、「これこれの予算がかかりそうです。わが省の予算枠から見るとキツイので、慎重に考えた方が良い」、「何々法何条何項に抵触する心配があるので、よほど慎重に考え、これらの問題がクリアーできるなら賛成する」

というように、「慎重に、慎重に」と言えば、最後に責任を取らなくて良いのだ。失敗したら、「私は慎重にやれといったのに」と逃れ、成功したら、「わたしがあれだけいろんなことをやったから、やはり成功しましたね」と言えばいい。

決断しないということほど怠惰なことはないと。


知価革命の影響

戦後日本の国是は、1.日米同盟を基軸に西側自由主義陣営に属し、軍事小国、経済大国を目指す、2.規格大量生産型の近代工業社会を確立するというものだった。

堺屋さんがいう「昭和16年体制」が成立し、帝国主義、軍備の拡大と、国内的には中央集権、統制経済(情報統制、経済統制)、没個性教育が実施され、戦争で帝国主義と軍備は無くなったが、他は戦後も残った。

ところが1980年代に知価革命が起こり、規格大量生産型の近代工業社会は変質したのだ。


日本のアルゼンチン化

日本に知価革命を起こさないと、日本は20世紀のアルゼンチンのようになると警鐘を鳴らす。

20世紀初頭のアルゼンチンは世界有数の豊かな国で、イタリアから出稼ぎに来た母を捜してマルコ少年はイタリアのジェノバから旅をした。

マルコ少年はブエノスアイレスの町に着いて、その豊かさに驚く。いまならアルゼンチンからイタリアに出稼ぎにいくようになるだろうと。

そして日本から中国・アジアに出稼ぎに行く時代も遠くないかもしれない。

筆者がアルゼンチンに住んでいた時代の話は、堺屋さんの「団塊の世代”黄金の十年”が始まる」のあらすじで詳しく紹介したので、参照して欲しい。 


首都移転賛成論

日本の歴史を見ると、首都が変わらない限り改革が成功したためしはないという。世界の工業国の中でも、戦後首都圏の経済・文化に占める割合が上昇したのは日本だけだ。

アメリカ東部、ロンドン近郊、ローマ、パリもすべて人口は減少したが、東京だけが集中している。


日本の問題は低い起業率

日本の問題は、低い起業率だ。

起業率は4%くらいだが、5%の会社が無くなっているので、この10年間事業所の数がどんどん減っている。アメリはは起業率15.5%、155件起業して、130件つぶれるので、20件ずつ増える。

ドイツもイギリスも同様だと。日本では大企業に入るのが安全だという風潮で、20代で起業する人が少ない。50代での起業が多く、創業者の年齢が高くなっている。


その他のトピック

その他にも面白い話が多い。印象に残ったトピックだけ箇条書きで紹介しておく。

★ピラミッドは墓ではあるが、公共事業を主目的として墓をつくったので、王が長生きすると第2、第3のピラミッドをつくった。ちょうど今の道路公団と似た形態だ。これはイギリスのメンデルスゾーンという学者の説である。

★カルタゴのハンニバルの象は、チュニジアから連れ来た。当時はチュニジアにも森林があったが、木の根っこを食べてしまう羊の放牧と、森林の伐採で砂漠化が進み、ローマ時代に人口は減少したという。

★十字軍の後、貿易が盛んになり、肉の保存用の胡椒の取引が盛んになる。東洋の胡椒を中東を通さないで、直接取引するためにポルトガルのエンリケ航海王子が資金を出してバスコダガマがインド航路を開発した。

★15世紀はヨーロッパでは人口が減少し、イタリアでは1340年の930万人が1500年には550万人に減った。

★16世紀頃には西欧も中国も日本も大差なく、日本の鉄砲生産は世界一だった。日本は外国から技術を学ぶとすぐ世界一になるという能力がぬきんでているのだ。

★江戸時代の日本は、効率よりも安定が求められたので、自給自足の閉鎖社会が維持されたが、その間18世紀から19世紀のヨーロッパでは効率至上主義の産業革命が起こって、経済は大きく成長した。

★応仁の乱から関ヶ原までの100年で、人口は2倍、GDPは3倍になり、関ヶ原から元禄までの100年間でやはり人口は2倍、GDPは3倍になった。元禄時代の日本の人口は2,600万人から3,000万人くらいだったという。

★「マッチは三角形」事件も面白い。銀行の役員と宴会をしていた大蔵省の担当課長が、「マッチは三角形がいいね」とつぶやいたら、「マッチは三角形が大蔵省の意向だ」ということになり、半年で全国の銀行のマッチが三角形になったのだという。

★第2次世界大戦後恐慌が起こらなかった理由は、資源供給が豊かだったことが最大の原因だと語る。資源のない国が有利になったのだ。今は需給均衡からやや供給過剰状態に戻っているが、1割足りないと石油と食料の価格は2倍になるという。

★真球のボールベアリングはその道10年くらいの熟練者がつくらないとできないので、世界ではスウェーデンのSDKと日本の東大阪の中小企業だけだったのが、1980年代になってコンピューター制御になって中国でもつくれるようになった。

★堺屋さんが東大経済学部で学んだ時は、マルクス経済学でなければ経済学でない、他の学説は非科学的であるというのが主流だったという。マルクスの理論は、結局官僚主導だという。

資本論 1 (岩波文庫 白 125-1)資本論 1 (岩波文庫 白 125-1)
著者:マルクス
販売元:岩波書店
発売日:1969-01
おすすめ度:4.0
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筆者もマル経の東大と言われたマル経の人たちはどこに行ったのかと不思議に思う。


学生向けの講義なので、ところどころで堺屋さんの原稿料や印税収入など本音トークも混じっていて、面白い講義だ。2002年の講義ではあるが、今も参考になる本である。



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2009年12月02日

抜擢される人の人脈力 ヘッドハンターが語る戦略的人脈作り

抜擢される人の人脈力  早回しで成長する人のセオリー抜擢される人の人脈力 早回しで成長する人のセオリー
著者:岡島悦子
販売元:東洋経済新報社
発売日:2008-12-12
おすすめ度:4.5
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著者の岡島悦子さんは昭和41年生まれ。三菱商事に総合職として入社、ハーバード大学でMBAを取った後、マッキンゼーを経てグロービスに入り、グロービス・マネジメント・バンクというヘッドハンティング会社の社長を勤める。

2007年に独立してプロノバを設立した。プロノバは”プロの場”のことだと。あまり更新していないようだが、ブログでも情報発信している。

ダボス会議(世界経済フォーラム)により"Young Global Leader 2007"に選出されている。


人脈スパイラルモデル

岡島さんがつきあっている経営のプロ達は、みんな一様に「抜擢される機会に恵まれた」と語るというが、実は抜擢されるには戦略的な人脈構築法、次の5ステップの「人脈スパイラルモデル」があるのだと。

1.自分にタグをつける(自分が何屋なのか訴求ポイントをはっきりさせる)
2.コンテンツを作る(「お、こいつは」と思わせる実績事例をつくる)
3.仲間を広げる(コンテンツを試しあい、お互いに切磋琢磨して、次のステップを共創する)
4.自分情報を流通させる(何かの時に自分のことを思い出してもらえるよう、種をまく)
5.チャンスを積極的に取りに行く(実力以上のことに挑戦し、人脈レイヤーを上げる)


ハーバードで人脈構築の大切さを学ぶ

岡島さんはそれまでは「プロと言われる人材になれば、人脈は後からついてくる」と思っていたが、ハーバードのMBAのスタディグループで、人脈構築の大切さを学んだという。

ハーバードでは自然と5人前後のスタディグループが形成される。まずは1年生全員(880人)が一堂に会して、誰と組むかの”ショッピング”がある。100人くらいに分かれて30秒づつ自己アピールするのだ。

スタディグループの鉄則は"Commit or die"(貢献しなければ去れ)なので、自分と補完関係のあるスキル・経験を持つ人とグループを組むのが鉄則だ。自分のポジションを明確にし、ユニークさをアピールしながら、相手は自分の何を貢献と見なすのか探ることだ。

岡島さんの場合は、当時32歳だったが三菱商事で一番高いマネジメントレベルの女性であることがキャッチーで、これが岡島さんのタグとなったという。

タグがつくと、周りから推薦・抜擢が生まれてきたという。

そして自分を売り込む際には、「私はこれができます」という「自分目線」でなく、「自分はあなたにどう貢献できるか」という「相手目線」の「購買支援型」のモデルとなることが重要だと説く。

「あなたにどう貢献できるか」というのは、カーネギーの「人を動かす」にある、ニューヨークからアリゾナに引っ越して、10以上の銀行からオッファーがあった女性元支店長の話を思い出させる。


岩瀬大輔さんの話

岡島さんはいくつか具体的例を取り上げている。

最初の事例はライフネット生命保険副社長の岩瀬大輔さんだ。このブログで「超凡思考」を紹介したが、岩瀬さんは東大法学部在学中に司法試験に受かったにもかかわらず、法曹職になることをやめ、BCGに就職し、リップルウッド、ハーバードMBAを経てネット生命保険会社を立ち上げた。

岩瀬さんはハーバードMBA留学時代にブログを書いて、「ハーバードMBA留学記」として出版したが、ブログを読んでいたあすかアッセットマネジメントのCEO谷家さんが「君がベンチャーをやったら絶対に成功する。僕がお金を出すよ」と言ってくれたという。

谷家さんの紹介で日本生命出身で生命保険のプロの出口治明氏と一緒に創業し、三井物産やリクルートなどから資金を1年半で130億円の集め起業した。

岩瀬さんは人脈スパイラルモデルの典型的なモデルだ。


白馬の王子はやってこない

岡島さんは「白馬の王子はやってこない」と語る。抜擢されるのは「自薦」でなく、「他薦」が必要だ。逆に言うと、「他薦」されるために積極的に仕掛けていくのだ。

マッキンゼーの仕事でも人材のパラダイムシフトが起こり、プレゼンテーション制作専門の代替可能なルーティン・ワーカーと、重要な経営職のクリティカル・ワーカーに2分された。

ルーティン・ワーカーはそれこそインドや中国など人件費の安いところにアウトソーシングできる。しかしクリティカル・ワーカーは欠くことのできない人材なのだ。

言い換えると、"I am nobody"から脱却するのだと。


元楽天の吉田敬さんの例

次の事例は東大法学部出身ながらリクルートと楽天でプログラマーとして活躍した吉田敬さんだ。32歳で楽天にプログラマーとして入社し、プロデューサーのトップとして常務、CTOを歴任し、2007年に退社した。

吉田さんは「楽天の何でも屋」と言っていたという。実際22枚の異なる肩書きを持つ、スーパーマンだったという。

筆者は吉田さん自身には会ったことがないが、吉田さんのスタッフを通して吉田さんがプロデュースした楽天スーパーポイントの誕生に間接的に関わった。

筆者は楽天スーパーポイントは日本で一番良くできたポイント制度だと思っている。

その理由は、楽天スーパーポイントは色分けができるように設計されているのだ。

自社購買で得たポイントと、ポイント交換したポイントが色分けされており、ポイント交換で得た楽天スーパーポイントはANAマイルなどには交換出来ない設計となっている。

また楽天イーグルスが勝った時のポイント2倍とか3倍のボーナスポイントは、有効期限が1ヶ月程度で、1ヶ月以内に購買して使わないと消滅してしまうのだ。

ポイント交換した楽天スーパーポイントがANAマイルに交換できないようにするという設計は、ポイントマニアの筆者の意見を参考にしたものだと思っているが、本当のところはわからない。


ビジネスの心肺機能

ビジネスの心肺機能とは、集中力、根気、粘りだという。心肺機能を鍛えるには、1.脳に汗をかくくらい頭を使う。2.ビジネス上の修羅場を経験する、3.自分の名前で仕事をするの3点が重要だ。

実は一番評価されやすいのは「がんばる」姿勢なのだと。


マッキンゼーでの経験

マッキンゼーでは会議で発言しない人は「透明人間」と呼ばれ、いてもいなくても同じだから出席しなくても良いと言われる。マッキンゼーで"So What?"と追求されるたびに、自分が物事の表層しか捉えていないことを痛感したという。

マッキンゼーでは「ちょっと頭を借りたい」というのがフレーズとして定着していたという。ちょっとブレストに参加してくれということだ。プロジェクトメンバーの脳の特性が分散していると、議論が生産的になり、誰もが思いつかなかったアイデアが自然と出てくることが多いという。

マッキンゼーにはアルムナイ・ギャザリングという同窓会があり、会社が積極的に支援しているという。


勉強会では幹事をやれ

岡島さんはハーバードの先輩のグロービス堀義人さんから、勉強会開催を通じた人脈作りを学んだという。

堀さんは「勉強会をやるときは、幹事という面倒なことをひきうけたほうがいい。ノウハウや情報、人とのつながりはすべて幹事に集まってくるものだから。それにメンバーが困ったら必ず幹事のところにくるはずだよ」と言っていたという。

勉強会では自分が何をわかっていないか「メタ認知力」がつくという。優秀なコンサルタントほど自分が何がわかっていないかを常に考えているという。

岡島さんは異業種交流会などはあまりおすすめしないという。既に知っている人と頻繁に会うことの方がはるかに効率的だという。


その他、リマインド効果、自分情報を流通させるためのブログやメルマガの活用も勧めている。


「人脈スパイラルモデル」は参考になる。心構えの面でも「スパイラルアップ」を常に頭に入れておくことは、キャリアディベロプメント上も役立つと思う。


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2009年12月01日

まほろ駅前 番外地 まほろ駅シリーズ第2弾

まほろ駅前番外地まほろ駅前番外地
著者:三浦 しをん
販売元:文藝春秋
発売日:2009-10
おすすめ度:4.5
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このブログで以前紹介した三浦しをんの「まほろ駅前多田便利軒」シリーズの第2弾。

まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)
著者:三浦 しをん
販売元:文藝春秋
発売日:2009-01-09
おすすめ度:4.0
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筆者の住む町田をモデルにしたまほろ市の多田便利屋が関わる人間模様。

第1作と同じ人物が登場する。

チンピラの元締めで知性抜群の星良一、横中バスが間引き運転している証拠を掴むことを生き甲斐としている岡老人とその夫人、塾通いの小学生田村由良、まほろばキネマの看板娘だった要介護の曽根田のばあちゃんなど。

もちろん主人公の多田便利軒の多田と、高校の同級生で肉体鍛錬派の行天のバツイチコンビは前作どおりだ。

新しいキャラクターとしては、エンゲージリングの大きさで差を付けられ復讐を誓うまほろ信用金庫女性職員、ファミレスチェーンのキッチンまほろの女社長などだ。

筆者のポリシーとして小説のあらすじは詳しく紹介しないが、前作で紹介された多田と行天のありえない過去が、今回はほとんどふれられていない。

前作のような「小説は事実よりも奇なり」という底抜けの面白さはないが、前作の延長で楽しく読める。

ネタ出しに苦しむ感じがないので、このシリーズはたぶん第3作、第4作と続くのだろう。


手軽に読めるエンターテインメントの本である。


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Posted by yaori at 23:52Comments(0)TrackBack(0)