2010年01月23日

NYブックピープル物語 知られざる米国での出版ビジネス

NYブックピープル物語―ベストセラーたちと私の4000日NYブックピープル物語―ベストセラーたちと私の4000日
著者:浅川 港
販売元:エヌティティ出版
発売日:2007-05-16
おすすめ度:4.0
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先日紹介した堺屋太一さんの「日本米国中国 団塊の世代」の日本編の著者、元講談社アメリカ副社長の浅川港さんの米国出版事情。

今まで米国の出版界に関する本は読んだことがなかったので、大変参考になった。


日本文化の世界への発信の遅れ

冒頭の堺屋太一さんの推薦文にもあるとおり、次の表をみると日本の文化・芸術・文学がいかに孤立しているかがよくわかる。

NY Book People













出典:本書巻頭 iiiページ

ユネスコによる1979年から2002年までの英語で翻訳出版された原著の言語別点数調査によると、ドイツ語、フランス語の2万点に対して、日本語は2千点強と1/10である。

しかも日本語の英訳出版は、1990年代前半の5年間で600点あったのに対して、21世紀に入っての5年間では300点と半減している。

たとえば米国でドイツ語、フランス語を習っている生徒の数と、日本語を習っている生徒の数なら、10倍とかあるいはそれ以上の差がついてもやむを得ないと思うが、こと英訳された本の数であれば、その語学がポピュラーかどうかは関係ないはずである。


浅川さんの経歴

著者の浅川さんは1947年生まれ。一橋大学卒業後、講談社に入社し、編集者として働く。1978年にはスタンフォード大学のコミュニケーション学部でマスターを取得。1989年から2000年までニューヨークの講談社アメリカで英語出版に従事した。

講談社は1963年から当時の社長だった野間省一さんの理念である「世界にひらく講談社」のもとに、英語の出版部門を講談社インターナショナルという別会社にして、茶道、生け花、禅や柔道・空手などの文化、川端康成をはじめとする日本文学の英語本を海外に紹介してきた。

しかし円高で日本国内でやっていては採算が取れなくなったので、1989年に当時講談社をやめてコンサルタントをやっていた浅川さんに声が掛かり、講談社アメリカの立ち上げを担当することになったという。

浅川さんが手がけた日本の作品は、村上春樹の作品や堺屋太一さんの「知価革命」、アメリカでの移民生活を描いた「ストロベリー・ロード」、江戸時代末期の米国領事タウンゼント・ハリスが為替操作で儲けていたと告発する「大君の通貨」などだ。

知価革命―工業社会が終わる 知価社会が始まる (PHP文庫)知価革命―工業社会が終わる 知価社会が始まる (PHP文庫)
著者:堺屋 太一
販売元:PHP研究所
発売日:1990-06
おすすめ度:5.0
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ストロベリー・ロード―Strawberry roadストロベリー・ロード―Strawberry road
著者:石川 好
販売元:講談社インターナショナル
発売日:1991-01
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大君の通貨―The shogun’s gold
著者:佐藤 雅美
販売元:講談社インターナショナル
発売日:1991-01
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講談社アメリカの仕事は、日本の作品を英訳して出版することがメインだったが、浅川さんは日本文学の紹介では限界があると考え、世界的に有名な出版社に伍して英語出版を開始する。


チェコのドプチェク自伝

ちょうど1989年はベルリンの壁が崩れた年でもあり、ソ連に制圧されたチェコの1968年の自由化運動の指導者ドプチェク氏の自伝を英語で出版する。

Hope Dies Last: The Autobiography of Alexander DubcekHope Dies Last: The Autobiography of Alexander Dubcek
著者:Alexander Dubcek
販売元:Kodansha Amer Inc
発売日:1993-05
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ドプチェク氏は、1968年のプラハの春がソ連に抑圧された後、ほぼ幽閉状態にあったが、1989年に名誉回復し、連邦議会議長となっていた。

浅川さんは1989年にニューヨークに赴任する時から、ドプチェクの回想記というアイデアを抱いていたが、ニューヨークでドプチェク氏につながるルートを持つエージェントを発見し、アイデアの実現のために話を進めた。

ドイツやフランスの有力出版社もコンタクトしていたが、ドイツのベルテルスマンは、ナチス時代へのヒトラーへの協力、フランスのアシェットはドイツ傀儡のビシー政権に近かったことがあり、ドプチェク氏はOKしなかった経緯がある。

浅川さんは1991年の春、プラハでドプチェク氏と会い、またドプチェク氏の故郷のスロバキアのブラチスラバも訪問する。

筆者もスロバキアから原料を輸入していたので、ブラチスラバは何度も訪問した。もう15年以上も前のことだが、ウィーンから入ったせいもあって、ブラチスラバは落ち着いたというよりは、くすんだ印象があった。

007の"Living Daylights"のはじめで、美人チェリストが出てくるが、市内電車の走っている町がブラチスラバだ。


ドプチェク氏が日本を復興のモデルケースと考えていたこともあり、ドプチェク氏は浅川氏や講談社アメリカに好意的だったという。

講談社アメリカが独自に話を進めたにもかかわらず、ドプチェク氏の回想録の出版権は入札に掛けられた。講談社アメリカは入札の最高値の5%アップで引き受ける優先権を持つフロアビッドという特権を得て、英語での出版権を得る。

ドプチェク氏の回想録は1992年秋に原稿が完成していたが、ドプチェク氏は出版前の1992年11月に交通事故の後遺症で死去、回想録は翌1993年の5月に出版された。クリントン米大統領、ソ連のミハイル・コルバチェフ元書記長、チェコのバベル大統領などが推薦文を寄稿してくれたという。


アメリカ社会の特性

浅川さんが発見したアメリカ社会の特性は次のようなものだ。

外国人が書いたアメリカに批判的な内容の本にはアメリカの読者の反応は悪い。外国人の書いた日本論、特に日本に批判的なものは、ほぼ例外なく売れる日本に比べて大きな差だ。自国に対する批判に対しては、アメリカ社会は閉鎖的なのだ。

浅川さんは司馬遼太郎の「坂の上の雲」の一節を引用している。

「アメリカ合衆国というのは、それをつくりあげた連中にとっては理想社会というのにちかく、そういう満足は自負心になり、その自負心がこの世紀でもっともモダンな市民国家であるこの国のひとびとの背骨のようになっている。

その自負心は、

『他の地域のひとびととも、アメリカのような自由な社会をもつほうがいい。いやわれわれアメリカ人はそれを他の地域におよぼす親切心を持つべきである』

という、意識にひろがってゆく」

浅川さんは、まったくその通りだと語っている。

浅川さんは、いくつか出版してみた結果から、アメリカ社会の特徴について仮説を抱く。

外国からの批判には大いに反発するアメリカも、アメリカ人による自国論なら率直に受け入れる。特に先住民と黒人という二つのグループのアメリカ論については、大いに聞く耳を持っているようなのだ。

映画などのストーリーでも、黒人の刑事が白人犯罪者を追いつめるとか、主役は白人でも重要な脇役は必ず黒人とか、黒人の凶悪犯はいないこととかを考えると、この仮説が納得できる。

メディアの中の世界と現実のギャップ。これがアメリカ社会の原罪意識の一つの現れなのではないか。


独自企画の黒人姉妹の回想録がベストセラーに

この仮説に従って、浅川さんは100歳を越える黒人姉妹の回想記を自ら企画して売り出し、累計300万部というベストセラーを生み出した。

"Having Our Say"というのがその本だ。

Having Our Say: The Delany Sisters' First 100 YearsHaving Our Say: The Delany Sisters' First 100 Years
著者:Sarah Delany
販売元:Kodansha Amer Inc
発売日:1993-09-15
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きっかけは、ニューヨークタイムズのウェストチェスター版に載っていた黒人のインテリ一家の長い記事を読んだことだ。記事を書いた契約ライター(ストリンガーと呼ばれる)にコンタクトして、彼女に仲介を頼み、二人とも100歳を越える姉妹とライターの3者協力しての作品となった。

もくろみが当たり、この本は累計300万部という大ベストセラーとなり、テレビなどのマスコミにも取り上げられ、2年間にわたりニューヨークタイムズのベストセラーリストに入った。

この2冊のヒットにより、講談社アメリカはアメリカの出版業界のLMPアワードに「最もめざましい活躍をした出版社」として選ばれるという快挙を達成した。もちろん日本の出版社としては初の受賞だ。


エージェントが幅をきかす米国出版業界

米国の出版業界では、メジャーリーグやスポーツの代理人のように、エージェントが幅をきかせている。エージェントを通さない出版はほとんどない。エージェントが収益の15%を取るかわりに、作品を読んでアドバイスを与え、書き直しをさせる、必要があれば融資もする。印税もエージェントが受け取り、15%を差し引いて著者に払うのだ。

エージェントは著者の代理人なので、できるだけ良い条件で版権を売ろうとする。前記のドプチェク回想録でも入札となったことが書かれていたが、一番高く売るために、有望な作品は入札で版権金額が決定されるのだ。

以前は封をした封筒で入札していたが、たぶん今ではインターネットのオークションで版権を売っているのではないかと思う。

日本の印税は10%だが、米国の印税は15%だ。しかし本の実売額の15%なので、5割が返本となれば、実質8%となる。日本の場合印刷部数の10%なので、日本の方が良い場合もあるという。

編集も日本では一人の編集者がすべて担当するが、アメリカではライン・エディティングと呼ばれる全体の話の流れをより効果的に構成する編集者と、コピー・エディティングと呼ばれる用語のチェックを担当する編集者の分業だ。コピー・エティターがファクト・チェッキングや、更正(プルーフ・リーディング)も兼ねる場合もある。

副次的権利の金額も大きい。アメリカではペーパーバックにする権利、オーディオブックにする権利、雑誌に掲載する権利(ファースト・シリアル)、大型活字本にする権利、海外版権、映画化権、舞台化権といった権利もあり、"Having Our Say"の場合、エージェントに支払った手付け金の25倍ほどの副次的権利金収入があったという。

いずれはこのブログの英語版をつくろう

筆者も前々から考えていたのだが、この本を読んで英語でブログを書く必要性を感じた。

このブログは既に500件以上投稿しており、参考図書として紹介した本も含めると1,000冊以上は紹介している。しかも、このブログは「書評ブログ」ではない。

書評の場合は、英訳しても評者の主観が主であり、たぶんあまり意味がないと思う。しかし、このブログで紹介しているのは本のあらすじであり、英訳すれば「頭にスッと入る英語のあらすじ」ができるはずである。

このブログのあらすじを見て、紹介している本の英訳を考えるエージェントの人が出てくるかもしれない。うまくすれば日本語文化の世界に対する情報発信への協力ができるかもしれない。

ことはそううまく運ぶかどうかわからないが、脳科学者の茂木健一郎さんが、「ノーベル賞に一番近い脳科学者」というふれこみでマスコミに登場したのは、たぶん茂木さんが英語でも多くの論文を書く一方、英語ブログを書き、ほとんど毎日情報発信しているからではないかと思う。

そんなことを考えさせられた。


米国での出版業界の事情がわかり、興味深かった。発見の多い本だった。


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2010年01月20日

変な人が書いた成功法則 斉藤一人さんの成功するマインドセット

変な人が書いた成功法則 (講談社プラスアルファ文庫)変な人が書いた成功法則 (講談社プラスアルファ文庫)
著者:斎藤 一人
販売元:講談社
発売日:2003-04
おすすめ度:4.5
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ブログのアフィリエイト売り上げの中に入っていたので、興味を惹かれて読んでみた。


斉藤一人さんは連続高額納税者

斉藤一人(ひとり)さんは1993年以来全国高額納税者番付のトップ10に入っている唯一の人物で、2006年に高額納税者番付が廃止されるまで、トップ10入りを維持した伝説の人だ。1997年と2003年は納税額全国No.1となっている。

斉藤さんは1948年生まれ。中学卒業後、様々な職業を経験し、漢方薬をベースにした化粧品や健康食品の銀座日本漢方研究所(現・銀座まるかん)という化粧品、ダイエット食品の会社を経営しており、高額所得番付に載った所得は、不動産所得などの一時的利益はなく、すべて事業所得だという。

「スリムドカン」というダイエットサプリメントが主力商品の一つだ。



テレビ等のマスコミには一切顔を出さないようなので、得体が知れない。上記のCMも、そもそも「スリムドカン」というベタなネーミングもかなり変わっており、たしかにこの本のタイトルのように「変な人」だ。

正直、この本にはほとんど期待していなかったが、思いの外参考になった。

この記事のタイトルで書いたように、成功するマインドセット、つまり心の持ち方のことをこの本では書いている。

斉藤さんは「困ったことは起こらない」、「私は本当は困っていない」と思うのだと。人間はそのままで完璧なのだと斉藤さんは語る。


あなたの妻、夫は、あなたの魂の修行のために現れた人間

一番参考になったのは、「あなたの妻、夫は、あなたの魂の修行のために現れた人間なのです。」という言葉だ。

夫婦は世の中で一番相性の悪い者がくっつく。それは魂の修行なのだと。たとえ相手がどんなに嫌なことをしても、相手を変えようとしないこと。相手に期待しないことだと。

男の浮気、女の買い物は一緒だと。男は浮気をやめられないし、女は買い物をやめられないと斉藤さんは語る。

男の浮気はともかく、女の買い物については、たとえば勝手にバッグなどを買っていたら、「また余計なものを買ってきて…。タンスの肥やしにするつもりなのか」などと言ってはいけないという。

「来年は、バッグが2つ買えるように頑張るからね」というのだと。この一言が言えれば、絶対女にモテる男になれるという。

筆者には到底そんな事は言えないが、そういった心の持ち方もあるのかと、なるほどとは思う。


型破りではあるが考えさせられる

神様は映画監督のようなものだ。「おまえは、百姓の通行人をやれ」と言ったら、その仕事=役割を一生懸命やるのだ。「神様が全部指示を出している」と思うのだと。

さらに斉藤さんは、人生は200年と考えて生きるのだと説く。

本気で200歳まで生きると信じているという。昔の常識は通用しない。昔は「人生50年」と言っていたのが、今は「人生100年」になっている。

今後も発明や医学の進歩で寿命100歳が、200歳にならないとは限らない。だからたとえば50歳の人は、あと30年しか残りがない、とあせるよりも、あと150年も残っていると考えるのだ。

たしかにそう考えると、生き方が全然違う。


体ではなく心が主役

体ではなく、心が主役なのだ。

心の中に神様がいる。
宇宙にも神様がいる。
その神様の声に従って事を成した者が成功を勝ちとる。

これが斉藤さんの論理なのだと。

この本の随所に、次のようなひとことが書いてある。

斉藤一人






出展:斉藤一人オフィシャルページ

たしかに思ってもみなかった考え方、マインドセットが述べられており、変な人の本ではあるが、このくらい変わっているとかえって新鮮に思える。

謙虚に読むべき本だと思う。


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2010年01月17日

半島へ、ふたたび 蓮池薫さんの韓国旅行記 再び踏んだ朝鮮半島の土

半島へ、ふたたび半島へ、ふたたび
著者:蓮池 薫
販売元:新潮社
発売日:2009-06
おすすめ度:4.5
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元拉致被害者で、現在は新潟産業大学専任講師、翻訳家として活動する蓮池薫さんのソウル旅行記。

筆者も家族で昨年9月にソウルに旅行して、この本で出てくる観光地なども訪問したばかりなので興味深く読めた。

この本の第1部は、蓮池夫妻のソウル旅行記、第2部は日本での翻訳家としての活動と韓国人原作者との対話を紹介している。

旅行記は蓮池さんのブログ(My Back Page)を元に構成したもので、ブログは本の出版に際して閉鎖されており、本の目次などが載っている。


第1部はソウル旅行のトピックス

第1部はトピック中心の内容で楽しめる。

たとえば、韓国のドラマは普通週2回放送され、前回の放送分に対する視聴者の反響を次回に反映することが慣例となっているので、制作は非常にあわただしく、監督が現場でメガホンを握ったまま居眠りしていたということがあるという。

視聴者はどんどん注文をつけてくるので、「冬のソナタ」も何度も変更され、ペ・ヨンジュンの演じる「チュンサン」は死ぬはずだったのが、ハッピーエンドに終わったという。

ソウルタワーからソウルの夜景を見て、蓮池さんが思い出したのは、拉致されて北朝鮮の船から見る柏崎の夜景だったという。

「捕縛され、ボートで運ばれながら、殴られて腫れ上がったまぶたのすき間から見た最後の日本の姿は、故郷柏崎のほんわかとやさしい夜景だった」

こんな具合にところどころに拉致の思い出、北朝鮮で暮らしていた時代の苦労話が紹介される。

いままで蓮池さんの本数冊をこのブログで紹介したが、北朝鮮の生活について具体的に書いているものは初めてだと思う。


ソウルでの訪問先

蓮池夫妻が訪問した場所は普通の観光客が訪れない場所も含まれている。

★教保文庫 ー メインの大通り世宗路に面する巨大書店 翻訳家の蓮池さんならではの韓国の書籍の売れ行き調査だ

★景福宮(キョンボック) これはソウル一の観光名所 表紙の写真もここの写真だ

★仁寺洞 ー 繁華街

★ナイフギャラリー ー 日本の手裏剣を購入したという

★Nソウルタワー

★地下鉄 ー 駅に駅員がおらず、自動販売機は千ウォン札しか受け付けず困ったという。実は筆者もソウルの地下鉄の電子マネーではトラブルを経験した。地下鉄内では布教者に出会ったという。

★戦争記念館 ー ピョンヤンの戦勝記念館との対比 北のT−34戦車との再会

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出典:Wikipedia

★漢南区の住宅密集地「月の町」の狭い道路

★韓屋村 北でのキムチ作りを思い出したという。北では一人当たり300キロの白菜と一人当たり50キロの大根が配布される。10キロの乾燥唐辛子を自分で粉にして唐辛子だらけになった思い出。家族4人分1トン以上の白菜を300個くらいの瓶に漬ける作業は大変だったという。

★ベストセラー作家、孔枝泳さん、金薫さん、パク・ピョンウクさん達との会食。

★西大門刑務所歴史館 ー 北朝鮮の革命映画に登場していたという。
 
★韓国占い ー 占い師に奥さんのことを「残念だが、真に心を分かち合った相手ではない」と言われたという。

★猛スピードで走るタクシーの運転手 ー 注意したら、李明博大統領がソウル市長の時にタクシー認可を緩和して、タクシーの台数が1.5倍に増えたので、客の回転を上げないと暮らしていけないと抗弁するタクシーの運転手。

たしかに筆者もソウルのタクシー、特にデラックスタクシーではない普通のタクシーは運転が荒くてハラハラした。


初めて日本を訪れた韓国人が驚くこと

蓮池さんは、初めて日本を訪れた韓国人の驚くことは次の通りだ書いている。そしてソウル旅行の時に、これらの感想に挙げられた日本との違いを検証している。

1.自動販売機が多い
2.タクシーが自動ドアになっている
3.女子高校生のスカートが短い
4.カラスがやたら多く、しかも大きい
5.町並みがきれいで清潔
6.路線バスの停車位置が正確


第2部は蓮池さんの翻訳家としてのデビュー

第2部は蓮池薫さんが、翻訳家としてデビューするところから、韓国人の原作者との交流を紹介している。

蓮池さんは、翻訳家として生きることを決心し、翻訳家の友人に相談し、「北極で冷蔵庫を売る凄腕」エージェントを紹介して貰う。彼女が蓮池さんの翻訳処女作「孤将」の原作を推薦してくれたという。

孤将 (新潮文庫)孤将 (新潮文庫)
著者:金 薫
販売元:新潮社
発売日:2008-09-30
おすすめ度:4.0
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最後に「半島へ、ふたたび」が拉致問題の世論喚起に役立てばと切に願っていると記して終わっている。

ソウルへは日本のほとんどの地域から2時間弱のフライトで行けるが、蓮池さん夫妻にとっては、朝鮮半島に再び足を踏み入れることには、大きな心理的な壁があったことと思う。

この本では韓国との比較で、北朝鮮の思い出がところどころに紹介されていて興味ぶかい。蓮池さんは北朝鮮でも日本語講師として生活できていたから、まだましだったのだと思うが、他の拉致被害者はひどい目にあって、自殺あるいは餓死に近い形でなくなった人も多いのではないかと思う。

拉致問題がデッドロックに乗り上げて久しく、北朝鮮が核兵器を持った以上、交渉はなかなか進まないと思うが、金正日も健康問題から息子の誰かに政権を譲る可能性もあるので、是非タイミングを捉えて、たとえば日本から調査団を長期派遣するとか、交渉を前に進めて欲しいものである。

そんなことを考えさせれら本だった。

蓮池さんの北朝鮮時代の生活が、かいま見えて参考になった。


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2010年01月13日

日本を貶めた(おとしめた)10人の売国政治家 小林よしのり編の放談

日本を貶めた10人の売国政治家 (幻冬舎新書)日本を貶めた10人の売国政治家 (幻冬舎新書)
販売元:幻冬舎
発売日:2009-07
おすすめ度:4.5
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存命中の政治家を論評した座談会と寄稿を取りまとめた本。

座談会の出席者は勝谷誠彦(元文藝春秋編集者、コラムニスト)、高森明勅(たかもりあきのり、神道学者)、富岡幸一郎(関東学院大学教授、文芸評論家)、長谷川三千子(埼玉大学教授)と小林よしのりだ。

10人の売国政治家を論評するのは、上記の顔ぶれに加え、八木秀次(高崎経済大学教授、日本教育再生機構理事長)、関岡英之(ノンフィクション作家)、西尾幹二(電気通信大学名誉教授)、大原康男(國學院大學神道文化学部教授)、潮匡人(うしおまさと、帝京大学准教授、元三等空佐)、木村三浩(右翼団体「一水会」代表)といった面々だ。巻末に20人の知識人から寄せられた売国政治家ランキングについてのアンケート結果が載っている。

大体メンツを紹介したら、座談会や寄稿の内容が推測できると思う。小林よしのりが言う「サヨク」を批判する面々だ。

このブログは「書評ブログ」ではないので本のあらすじをそのまま紹介するが、筆者はこの本の政治家批判をそのまま受け入れているわけではない。

この本で発表する売国政治家(存命中)ワースト10と、この本が挙げる主な選考理由は次の通りだ。

第一位 河野洋平 
別名「江(江沢民)の傭兵」、つまり中国がコントロールしている売国政治家であると。最も非難を浴びたのは従軍慰安婦問題での「河野談話」だ。

アンケートでも一位は一人だけ、多くが二位か三位で、巨悪ではなく、売国度も2流か3流、しかし結果として誰よりも売国度が高い政治家だと。

第二位 村山富市 
日本の戦争責任を公言した「村山談話」の主で、阪神・淡路大震災で、国民を”見殺し”にした無能力・無責任首相だ。「村山談話」は、内閣副参事官だった松井孝治氏(元民主党参議院議員)が起案したといわれている。該当部分は次の通りだ。

「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。

私は、未来に”誤ち”(過ちの誤字)無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」

筆者の意見

当時の社会党は、連立を組む自民党に祭り上げられ、到底首相の器でない村山富市氏が首相になったことから、ガタガタになった。「村山発言」は、それまで自民党の歴代首相が言わなかったことを、代弁させられたものだ。

今の社民党の福島党首が沖縄問題などで見せるかたくなな態度は、村山富市首相時代の反省だとしか思えない。つまりまた妥協したら、また社民党が骨抜きになることを恐れているのだろう。

第三位 小泉純一郎 
対米追随派の大蔵族。国民に最も痛みを与えた「後期高齢者医療制度」改革を導入決定し、しかも実際の運用は自分の退陣後にセットした。郵政と医療は、どちらも米国の巨大保険業界の外圧により進められ、小泉氏は米国と旧大蔵省の忠実な飼い犬だ。

小泉構造改革の本質は、朝日新聞が喝采する日本破壊である。「平成経済20年史」の著者の紺野典子さんは、「我が国経済の衰退の原因は、改革である」と語っている。

平成経済20年史 (幻冬舎新書 こ 9-1)平成経済20年史 (幻冬舎新書 こ 9-1)
著者:紺谷 典子
販売元:幻冬舎
発売日:2008-11
おすすめ度:3.5
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ちなみに平成元年は今も形を変えて続く日米構造協議が始まった年だ。

第四位 小沢一郎(評者 西尾幹二)
小沢が権力維持のために手放さない人事とカネ。政党間のねじれ現象をつくった張本人。もはや国連中心主義にリアリティはない。

外国人に地方選挙参政権を認めたら、外国人が集団で小さな自治体を合法的に占拠する可能性が十分予想されると評者は語る。 

第五位 中曽根康弘(評者 大原康男)
公式参拝したが、伝統の二礼、二拍手、一礼をやめ、なおかつ中国の抗議で安易に中止。純然たる国内問題を外交の犠牲に供した不見識。国立戦没者追悼施設のルーツも中曽根。

第六位 野中広務(評者 潮匡人)
最悪の「村山談話」を生んだ野中の「不戦決議」。中国、朝鮮への歪んだ歴史認識。

第七位 竹中平蔵(評者 木村三浩ー右翼団体「一水会」代表)
カジノ資本主義の推進者で、日本国を構造破壊し、国富を「献米」した経済マフィア。最後は「天誅!」だと。

第八位 福田康夫(評者 潮匡人)
総理になりたくなかった男の空虚な中身。無為、無内容、無感情。

第九位 森喜朗(評者 勝谷誠彦)
密室の談合で決定した首相。書くに堪えない罵倒を勝谷氏は浴びせている。ビル・クリントンに"How are you?"と間違えて、"Who are you?"と言い、クリントンがとっさに"I am husband of Hilary"と切り返したら、"Me too"と答えたという。ホントか?

同率九位 加藤紘一


上記は主な論評をまとめたものだ。

ここに登場する評者達は、「他責」論者ばかりで、他人の批判はするが、建設的な発言はほとんどない。「評論家」の性(さが)なのかもしれないが、ビジョンを打ち出せれば、もっと良いと思う。


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2010年01月09日

宇津木魂 ソフトボールの鬼監督の自伝的リーダー論

宇津木魂 女子ソフトはなぜ金メダルが獲れたのか (文春新書)宇津木魂 女子ソフトはなぜ金メダルが獲れたのか (文春新書)
著者:宇津木 妙子
販売元:文藝春秋
発売日:2008-10-16
おすすめ度:5.0
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女子ソフトボールのルネサス高崎総監督の宇津木妙子さんの本。先日宇津木さんの講演を聞く機会があり、感銘を受けたので、さらに宇津木さんのことを知るために読んでみた。宇津木さんはブログも書いておられ、ほぼ毎日更新している。

北京オリンピックの時は解説者としてゲームを見て、アメリカ戦で優勝が決まった瞬間に「やった!」と叫んだのは多くの人が覚えているだろう。



宇津木さんやソフトボール関係者の長年の念願の金メダルが、かなった瞬間だ。

アマゾンの表紙写真は味気ないが、本の帯にはトレーニングウェア姿の宇津木さんと、北京オリンピックの女子ソフト優勝投手の上野さんのツーショットの写真が載っている。

宇津木魂












宇津木さんというと、この本の帯の写真にあるようにサングラスをかけた真っ黒けのおばさんというイメージがあるかもしれないが、講演でお見かけした宇津木さんは、白いスーツの似合う精悍な人だ。

たぶん練習で声を出しすぎてつぶれたのだろう、しわがれた声は迫力があり、存在感は抜群で、講演を聞いた時もスゴイ人だと思った。この本でもさりげなく、1分間40発の速射砲ノックとか、3時間で3,000本ノックとか書いてある。

この本はアマゾンのなか見!検索に対応しているので、是非目次を見て欲しいが、「倒れる寸前まで練習させる」とか、「死んだ気でやれ!」などといった過激なタイトルが並んでいる。

もちろん選手をひっぱたいて喝を入れることも、しばしばだったという。


抜群の統率力

宇津木さんの現場掌握力をうかがわせる出来事が筆者の聞いた講演でもあった。

宇津木さんは「皆さんと違って、自分は頭が悪いから毎日繰り返し覚えないと忘れる」と、選手には毎日練習の前に、目標や指示を繰り返し説明していたと語った。

そして、「それでは御社の社長の今年の経営方針は何ですか?さーあ、誰か言ってください。こちらから当てましょうか?」と会場の参加者に呼びかけたのだ。

会場が緊張で凍り付いたことは、容易に想像ができるだろう。

実は筆者も社長の年頭の挨拶の要点を覚えていなかった。年頭に聞いた時は頭にたたき込んだつもりだったが、その後時間が経つと忘れていたのだ。

パソナなどは毎日朝礼をやっているそうだ。リッツ・カールトンでは、全員が参加するデイリー・ラインナップと呼ばれる15分間のミーティングで、クレドに基づいた勉強会を毎日全職場で行うそうだが、基本を繰り返し頭にたたき込むことの大切さを、おもいしらされた出来事だった。

毎日の練習も同じで、反復練習が試合での成果につながるのだ。

宇津木さんは中日の選手と親しいようだが、このブログでも紹介した中日の落合博満監督の「超野球学」で、落合監督は、「バッティングは1日、2日で上達するものではない。1回でも多くバットを振った選手が生き残る。」と語っている。

現役時代、練習嫌いというイメージをマスコミに意図的に流していた落合監督だが、「超野球学2」の中で、「現役を退いた今『練習はしました。質も量も他のどの選手にも負けないくらい練習しました』と胸を張って言える」と明かしている。

大リーグ最高のジーターやアレックス・ロドリゲスが誰よりも練習をしていることは、松井秀喜の「不動心」のなかでも紹介されている。

練習しないで、試合だけで結果を出せるわけがない。基本に忠実な練習を繰り返すことによって、スポーツでも仕事でも結果が出せるのである。指導者は、選手にモチベーションを持たせて毎日練習をやらせ、体で覚えさせるとともに、頭でも覚えさせる指導が必要なのだ。


選手個人にあった指導

宇津木さんが監督だった日本代表合宿では、午前の練習はノック3,000本、1時間の休憩のあと、午後は素振り1,000回と打ち込み。最後にみんなで宇津木さんの考案したサーキットトレーニングで締める。これを毎日繰り返すのだ。

しかし、その厳しい練習や個人指導も、実は個人の特性を徹底分析してノートに書き留め、各人の性格や能力、持久力、体重などを考慮してのものだと宇津木さんは語る。

ノックでも、これ以上やったらケガするかも知れないと思ったら、わざと取れない打球を打ち、「お前、やる気がないなら、立っとけー」と、立たせて、実は本人には休憩を取らせ、他の選手には緊張感を与えるという高等技術を用いていたのだ。

さらに選手には練習日誌を書かせて、毎日脈拍、体重、体温を記録し、何を考えながらどこを強化したのか、その結果どうだったのかを毎日リマインドさせて頭を使わせるというフォローもやっている。


宇津木さんの監督時代のエピソード

宇津木さんはアトランタオリンピックではソフトボール日本代表のコーチ、シドニーとアテネオリンピックでは代表監督だった。宇津木さんのソフトボール日本代表監督時代のエピソードが紹介されている。

宇津木さんが、シドニーオリンピックの監督に就任したときに、最初のミーティングで、「私は妥協しないよ。監督に服従できない者は去ってもらう」と監督宣言した。

代表チーム編成は自分のチームのルネサス高崎の選手を中心に編成した。オールスターではチームとしてのまとまりが作れないからだと。

監督になってからは同じ女性の強みで、時には2時間も選手と一緒に風呂に入ってスキンシップを保ち、選手達と公平につきあうようにしていたという。男性監督はどうしても、おとなしかったり、外見の可愛い子をえこひいきしがちだが、それは大きなひずみをチームにもたらすという。

シドニーオリンピックの時は、自分のミスでピッチャー交代のタイミングが遅れ、同点とされ、延長戦で最後には負けてしまったと悔やむ。ピッチャーをバンクーバーオリンピックのボブスレー代表を目指した高山樹里に変えようと思ったが、金縛りにあったようになり、動けなくなってしまったのだと。

延長戦で小関選手が外野フライを落球してアメリカに負けて銀メダルになったときに、落球して泣いていた小関選手に元気づけるつもりが、「いつまで泣いているんだ。お前のエラーで負けたんだろーっ」と暴言を吐いてしまい、チーム全員から「小関のエラーじゃないっ、みんなのエラーだ。監督、このチームをつくるとき、私たちに何て言いましたか!」と言われ、更衣室で人知れず泣いていたという。

次のアテネオリンピックでは金メダルを期待されていながら、銅メダルに終わった。銀メダルを取ったメンバー主体のチームで再出発するという消極的な気持ちが、すべての敗因だったという。「シドニーの銀メダルで親戚が増え、アテネの銅メダルで親戚が減った」と今では笑い話にしているが、バッシングはひどかったという。

宇津木さんもアテネオリンピックの後、日本代表監督を更迭されている。


宇津木さんの経歴

宇津木さんは埼玉県生まれ、5人兄弟の末っ子のお父さん子で、小さいときから負けず嫌いだったという。中学校からソフトボールを始め、私立の星野女子高校に進み、ソフトボールで全国大会に出場する。

高校では1年生からレギュラーの座を勝ち取る。当時のポジションはキャッチャーだった。レギュラーの座を奪われた同級生からの陰湿ないじめや上級生の理不尽な扱いに会うが、何とか見返そうと今でも続く毎日1時間のランニングを始め、いじめをバネとして自分を成長させられたと語る。

いじめにあった経験から、北京オリンピックの優勝投手上野由岐子選手の唯一の欠点は、あまり良い子すぎて意地悪をされないことだと宇津木さんは語る。

実業団のユニチカ垂井からスカウトされ、星野女子高校のエースピッチャーと一緒に入団するが、星野女子高校の先生から「おまえはピッチャーの付録だから」と言われて発憤する。

たしかにユニチカでは実力差があり、スカウトに約束されていたレギュラーの座はすぐには奪えなかったが、毎日5時に起きてランニングを続け、1年でレギュラーの座を勝ち取った。

3年目でキャプテンとなってからは、リーグ優勝という目標を掲げ、各自から優勝するには自分は何をすべきかレポートを提出させた。意識改革を実現して万年リーグ下位だったチームをリーグ優勝に持って行く。それからはユニチカ垂井の黄金時代が続いた。

この頃のソフトボールの友人が、プロゴルファーの岡本綾子さんだ。

ユニチカ垂井での生活は「女工哀史」の世界だったという。寮は19畳の10人部屋で、段ボール箱に自分の所持品を入れて、畳一畳分で生活し、朝食はみそ汁とたくあん3枚にご飯だったという。昭和40年代半ば頃の話だ。

女工哀史 (岩波文庫 青 135-1)女工哀史 (岩波文庫 青 135-1)
著者:細井 和喜蔵
販売元:岩波書店
発売日:1980-01
おすすめ度:4.0
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ユニチカ垂井のチームは軍隊のような封建的な体質で、後輩が先輩の給仕や洗濯をやっていた。宇津木さんがキャプテンになって古い体質をすべて改め、先輩でも自分のことは自分でやり、先輩・後輩へだてなく平等に食事するようにしたという。

会社では総務部に所属していたので、寮の管理者を担当した。この本では書いてないが、講演では20代の若さで、毎日寮の便所掃除をやっていて、つらかったと語っていた。

そういえば星野さんの「星野流」でも、星野さんが大学生の時、「明治大学野球学部島岡学科」(星野さんは卒業したのは明治大学ではなく、島岡野球部監督の島岡学校だと呼ぶ)の時に、キャプテンとして進んで便所掃除をしたという話が書いてあったことを思いだす。

ただ星野さん達はみんなで便所掃除したのだろうが、宇津木さんの場合は一人で便所掃除して、しかもそれが仕事だったという違いがある。

ユニチカには13年間在籍したが、紡績業が不況業種となり、チームへの様々な支援がカットされた時に31歳で現役を引退した。ユニチカ時代は全日本のメンバーに選ばれたり、合計12回全日本級のタイトルを取ったという。


日立高崎(現ルネサス高崎)時代

宇津木さんが引退してからは、埼玉県の実家に戻り、星野女子高校のコーチや、ジュニア選手権の日本代表コーチをやっていたが、群馬県の日立製作所高崎工場長(現ルネサス高崎)からしつこく勧誘され、トレーニングコーチを引き受けた。そして「選手が宇津木さんに監督になって欲しいと言っている」と誘われ、監督を引き受ける。

女性監督には日立内部でも反対論が強く、味方は工場長だけだったという。

宇津木さんはお父さん子なので、お父さんに相談すると、「監督は社長であり、用務員でなければいけない」、「3年で結果がでなかったらやめろ」と言われる。

監督に就任後は、実業団3部の日立高崎を「強くて愛されるチーム」にすることを目標に掲げ、選手には、1.挨拶、2.時間厳守、3.整理整頓という3つのルールを毎日読ませ、規律を徹底させた。

毎日6時に朝練習、7時半から午後2時半まで勤務、それから全体練習、個人練習というメニューだった。

規律が守れない人は、時にはひっぱたき、化粧禁止、男女交際禁止という今では実行不可能なルールを決めていたという。鬼監督だったが、不思議と辞めた選手は一人もなく、2年で目標の1部リーグに昇格した。

監督をやって選手に教えられることが多かったと宇津木さんは語る。たとえば、「監督の顔を見ていると打てるような気がする」とホームランを打った選手もいた。

逆に選手が三振して戻ってくると「監督が頭を抱える姿を見たら、打てない気がしました」とも言われ、それからは何があっても平然と「大丈夫。いけるよ」という顔でうなずくようにしたという。

選手は監督の顔色一つで、気持ちが変わることが分かったからだと。


宇津木麗華さんのこと

最後に宇津木さんは宇津木麗華(旧中国名は任彦麗)現ルネサス高崎監督の話を紹介している。麗華さんは、中国ナショナルチームのキャプテンで、「アジアの大砲」と呼ばれていた。

宇津木さんにジュニア時代からあこがれ、教えを請い、国際電話で頻繁に電話をかけてきて、宇津木さんの元でプレーしたい一心で、日本行きを希望した。引き留める中国側の「アジア選手権に優勝したら日本に行ってよい」という条件を満たして、晴れて1988年に日本に来た。

麗華さんは、ルネサス高崎の選手となり、日本に帰化し、アトランタオリンピックには国籍がなく、出られなかったが、シドニー、アテネのメンバーとして活躍した。

任彦麗さんは、日本に帰化するときに、「宇津木」という名前を有名にしたいということで、宇津木麗華という名前にしたので、別に宇津木さんが養女にしたわけではないという。

宇津木さんは46歳の時に一回り下の日立の同僚と結婚している。


講演でも強烈な印象を聴衆に与えた。すごく存在感のある人だ。2010年4月にルネサス高崎との契約が切れると、東京国際大学の特命教授になるそうだ。

宇津木さんの一番の懸念は、オリンピック競技からはずされ、女子プロ野球がスタートすると、ソフトボール人気が落ちてしまうことだと語っていた。

小さい体にみなぎる闘志を秘めた人だった。この本も簡単に読めて、参考になる。是非一読をお勧めする。



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2010年01月06日

スーパーマーケットほど素敵な商売はない 安土敏さんのスーパーの教科書

+++今回のあらすじは長いです+++

スーパーマーケットほど素敵な商売はない―100年たってもお客様から支持される企業の原則スーパーマーケットほど素敵な商売はない―100年たってもお客様から支持される企業の原則
著者:安土 敏
販売元:ダイヤモンド社
発売日:2009-12-11
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スーパー業界の理論家、そして小説家としても知られる安土敏(あづちさとし)さんのスーパーマーケットの教科書。

安土さんの「小説スーパーマーケット」は故伊丹十三監督の映画「スーパーの女」の参考文献にもなり、安土さん自身が映画のアドバイザーも務めている。



小説スーパーマーケット (上) (講談社文庫)小説スーパーマーケット (上) (講談社文庫)
著者:安土 敏
販売元:講談社
発売日:1984-02
おすすめ度:5.0
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「不倫疑惑の潔白を死をもって証明する」と言い残した伊丹十三監督の顔がなつかしい。YouTubeのこの短いビデオが、良いスーパーのチェックポイントを紹介していて面白い。

この本は安土さんが会長を勤めるオール日本スーパーマーケット協会(AJS)の機関紙「Network」の巻頭言を加筆修正したものだ(この巻頭言はAJSのホームページの荒井伸也コラムとしても掲載されている)。元々スーパーマーケット業界の人向けに書かれたものなので、経営上のアドバイスと、経験に基づく業界人へのアドバイスで構成されている。

このブログは筆者の読書ノートも兼ねているので、仕事に役立つ本のあらすじはどうしても長くなってしまう。この本も大変参考になり、あらすじが長くなってしまったので、経営上のアドバイスの部分は”続きを読む”に箇条書きで掲載した。


GMSとスーパーとは違う

筆者は米国ピッツバーグに合計9年間駐在し、ポイント業界にもいたので、イオングループ、IYグループ両方とビジネス経験があり、世界最高の顧客管理を誇る英国のTESCOの本や、今度紹介するウォルマートのサム・ウォルトンの本なども読んでいる。

流通業界のことは、ある程度分かっているつもりだったが、この本を読んで自分の知識はうわべだけで、本当のところは全然分かっていないことがよくわかった。

その一例として、この本では最初に「スーパーマーケットの誤解を解く」ということで、GMS(総合スーパー)とスーパーマーケットの違いについて解説している。

たとえばジャスコとサミットとは同じスーパーマーケットである。筆者は商品構成が、何でも置いている(ジャスコ)のと、食品・日用品主体(サミット)の差くらいにしか思っていなかったが、両者は戦略も異なり、戦う土俵も違うことが、この本を読んでわかった。

GMSは一日来店客1万人程度の大型店で、基本的に1都市に1店舗の大型店をつくることが出店戦略だ。その都市の商圏人口の大きさによって、店舗の大きさも変わる。

GMSは多くの客に来店して貰うために、価格を「破壊的」にして、しかも遠くからわざわざ来店してもらうために、珍しい商品も置かなければならない。

様々な商品を置いているので、たとえば家具や衣料品のセールなど、来店の動機さえつくれれば、他の商品はそこそこの値段で良いので、生鮮食品の価格を常に「破壊的」にする必要はない。

一方スーパーは住宅地なら一日2〜3,000人程度の客数だ。大体半径500メートル以内に5,000世帯あれば出店が可能なので、1都市に何軒も同じスーパーがある。客数が少なく商品の回転が低いにもかかわらず、生鮮食品主体なので、高度な鮮度管理技術が要求される。

基本的に日用品と生鮮食品以外は置いていないので、他の商品のセールで客を惹きつけることはできないため、食品の鮮度と価格が勝負だ。高級和牛も最先端の流行商品もいらないのだ。

だから「GMSの食品売り場を取り出して、そこに日用雑貨を加えワンフロアの店舗にして住宅地に持って行っても、いいスーパーにはならない」と安土さんは語る。

実際に近くのGMSとスーパーを比較してみると、この差が分かる。

筆者の住んでいる町田市には、町田からJR横浜線で1駅の小淵という場所にイトーヨーカ堂とジャスコが隣り合わせで出店している。国道16号沿いに立地して、それぞれ1,000台を越える大駐車場を持っている。

一方サミットは町田駅からやや離れたところに、ヤマダ電機と一緒に出店しており、駐車場も完備している。周りには食品スーパーの競合がひしめいており、小田急・東急両デパートのデパ地下の食品売り場もそれなりに充実しているので、食品スーパーとしては町田は激戦区だと思う。

ジャスコは松阪牛など高級和牛を置いており、イトーヨーカ堂は本マグロの良いのを置いている。PB商品もあるので、加工食品の価格も安い。しかしどちらも店がでかすぎる上に、お客が多くて混雑しており、買い物しにくいこと、この上ない。

一方サミットは、通路も広く、壁際をメイン通路とするスーパーのオーソドックスなレイアウトで、外側のメイン通路を一周すればほとんどの買い物が出来る。ポイントマニアの筆者にはうれしい土日ポイント5倍だし、競合他社に比べて価格も安い。

自宅からの距離はどちらも同じようなものだが、どうせ土日しか行かないので、食品なら混雑したジャスコよりサミットに行っているが、この差にはちゃんと理由があることが、この本を読んで初めてわかった。

「GMSとスーパーは同じ食品を扱っている以上、互いに多少は影響を受けるが、直接的には競合しない」のだと安土さんは語る。GMSは安い物から高級品まで豊富な品揃えが要求されるが、スーパーは「つまらない売り場」が最良の売り場なのだと。


安土さんの経歴

安土敏(本名:荒井伸也)さんは、昭和12年(1937年)生まれ。東京大学卒業後、住友商事に入社。住友商事と米国西海岸の大手スーパーマーケットセーフウェイとの合弁会社、サミットストアに経営建て直しのために1970年に出向し、40年間スーパーマーケット経営ひとすじに歩んできた。

サミット(サミットストアが社名変更)の社長、会長を歴任し、現在はオール日本スーパーマーケット協会(AJS)の会長だ。

安土さんはサミットストアを立て直すために、昭和52年に関西スーパーマーケットの北野祐次 現名誉会長にスーパーの経営の教えを請うたと語る。北野さんはAJSの名誉会長で、いわば安土さんのメンターである。

「スーパーマーケットはおかず屋です」と言い切った北野さんの見方が、スーパーは「内食産業」と考えていた安土さんの考えとぴったり一致したという。

いままで筆者は、安土さんの「小説スーパーマーケット」と「企業家サラリーマン」を読んだことがある。

企業家サラリーマン (講談社文庫)
著者:安土 敏
販売元:講談社
発売日:1989-06
おすすめ度:5.0
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安土さんは小説のほかに、「日本スーパーマーケット原論」や、「日本スーパーマーケット創論」など、スーパーマーケット業界についての著書も多い。

日本スーパーマーケット創論 内食提供ビジネスのマネジメント日本スーパーマーケット創論 内食提供ビジネスのマネジメント
著者:安土 敏
販売元:商業界
発売日:2006-05-09
クチコミを見る


スーパーマーケットほど素敵な商売はない

安土さんは、生まれ変わってもスーパーの仕事をしたいと語っており、長嶋茂雄の言葉のように、「家庭内食がある限り、スーパーは永遠に不滅だ」と語る。

その理由は、1.スーパーマーケットは正直でなければ生き残れないビジネスであること、 2.スーパーのビジネスは半永久的に安定しており、科学的な分析が可能であることだ。

この本の冒頭で「スーパーの女」の故伊丹十三監督の言葉を紹介している。

「安土さん、スーパーマーケットって、本当に素晴らしい商売ですね」

「スーパーマーケットで働いているパートタイマーは、ほとんどがその店の近くに住んでいる主婦です。その人たちは、同時にお客様。だからゴマカシができない商売です。ゴマカシのない商売ほど、働く人にとって素晴らしいものはありません」

昔は多くのスーパーが、売れ残ったパックを新しい日付でパックしなおしたり、40年ほど前は、アルゼンチンの馬肉に牛脂肪を組み合わせるとおいしい霜降りのスキヤキ肉が出来るということで、合成肉を売っていたという。

ちなみにアルゼンチンの牛肉は、大前研一氏によると、世界一美味いそうだが(アルゼンチン駐在経験者の筆者も同感できる)、家畜の伝染病である口蹄疫汚染国であるとして、日本には生肉は輸出できない。しかし馬肉であれば生肉輸出が可能なのだ。

安土さんは、再パックなどのごまかし表示と徹底的に闘った。一時は利益は減ったが、すぐに売り上げと利益が増加したという。冒頭の伊丹十三監督のビデオでも再パックは取り上げられているが、消費者の目はふし穴ではないのだ。

スーパーのビジネスは、基本的に半径500メートルを中心とした「不特定多数」に対して「おかずの提供」という一定の役割を果たすというものので、ビジネスは安定している。その上、ポイント○倍デーや、チラシの出来不出来などの販促効果が検証しやすい科学的分析の対象としても最適のビジネスだ。


この本でもっとも参考になった点をいくつか紹介しておく。


長期安定収益確保の為にはスクラップアンドビルドは不可欠

小売業では一旦地域ナンバーワン店となれば、そのままで良いわけではない。スクラップアンドビルドが不可欠なのだと安土さんは語る。

イトーヨーカ堂と、ダイエーや西友・マイカルなど他GMSとの差は、イトーヨーカ堂は一旦出店して成功した商圏は、スクラップアンドビルドで、たとえ同じ地区でイトーヨーカ堂グループの店が一時的に競合することになっても、絶対に離さないということだ。

イトーヨーカ堂の戦略は、短期の利益を犠牲にしても長期の利益を求めるというものである。イトーヨーカ堂が出遅れと見られていた1970年代はスローペースの成長だったが、これはコストを掛けても既存商圏を守っていたからで、既存商圏を守らず、単に新規出店を繰り返したダイエーは破滅の道を歩んだ。

ダイエー前社長樋口泰行さんのダイエー時代の奮闘記、「変人力」を以前紹介したが、社長に着任してまずやったのは、263店舗のうち54店舗の不採算店を閉めることで、ダイエーのスクラップアンドビルドの遅れを物語っている。店舗閉鎖で商圏も失い、ダイエーの地盤沈下に拍車を掛ける結果となった訳だ。

安土さんはスクラップアンドビルドは、いわば車のエンジンの排気量を変えるようなものだと語る。儲かっている店を潰す勇気も必要なのだ。

この本では、サミットの各店のスクラップアンドビルドの有様が語られている。

1970年代に導入した関西スーパーの生鮮食品のジャストインタイム方式では店舗面積は300ー400坪必要だったが、当時のサミットストアの店は狭く、時には売り場より作業場の方が広くなったという。

安土さんには思い入れがあるのだろう、立て替えられなかった閉鎖店は、名誉の戦死として店名と閉鎖年を書いている。「スーパーの女」の舞台の多摩プラーザ店も閉鎖され、今はマンションになっている。

目先の利益と中長期の利益が矛盾するのがこの業種の特色だ。だから「勝つ出店」ではなく、「負けない出店」なのだと。


お客に足を運んでもらうために不可欠な要素

価格とは店の「価値そのもの」である。もし価格が高いと判断されたら、たとえどんなに品揃えが良く、品質・鮮度・接客サービス・飽きさせない工夫が優れていても、客足は遠のく。だから競合の価格には常に注意を払わなければならない。

もっともチラシで宣伝する特売品のみを買う客はほとんどなく、平均的に特売品以外の10品目も同時に買うという。どうやら非セール品の値付けが、スーパー経営のコツのようだ。

品揃えも重要だ。

スーパーでは「いい物を置こう」と考える前に、「悪い物を置かないで、完璧な品揃えをする」という考えが大切だ。たとえ野菜とかの部門が良くても、肉とか魚とか、どこかの部門が弱いと、客はその店に向かわなくなる。

スーパーは半径500メートル以内の5,000世帯を商圏としている。価格が高いという印象を持たれたり、ある部門が弱かったりすると、客の足は競合に向かう。不特定多数を相手にするスーパーにとって、多数の主婦の下した評価は常に正しいと受け入れざるを得ないのだ。

「店全体の機能(はたらき)」が勝れば、価格水準で劣ることが無ければ、いかなる競合にも勝てるのだと安土さんは語る。


理論の姿をした迷信や常識

成功するスーパーの立地条件は、まずは半径500メートル以内の商圏に5,000世帯以上が住んでいるかどうかで、客単価に最も影響を与えるのは競合店の有無・強弱と、駐車場の有無である。

サミットは当初所得水準に目を付けて、杉並区と世田谷区に出店したが、所得水準は全く客単価に影響しなかった。これは「理論の姿をした迷信や常識」に惑わされた結果なのだと。


スーパー経営は長期安定利益を目指す経営

安土さんは短期利益の最大化を求める経営姿勢には警鐘を鳴らす。あるべき姿は、「使命を達成して利益を上げること」なのだと。より良いスーパーをつくるべく、利益を出しながら、10年後を見据えた店舗経営が必要なのだ。

たとえば短期利益を求めるなら、魚屋・肉屋は専門家に委託する方法がある。また一時はやった集中加工場を持つセントラルパッケージ方式というやり方もある。

しかし、これらは鮮度の良い商品を販売し、長期利益の最大化を目指すという方向性とは合致していない。そのため安土さんは、1.セントラルパッケージ方式からの決別、2.委託に頼らない未来志向の従業員教育、3.正直商売への転換を実施したという。


ダイエーとイトーヨーカ堂の差は不動産投資だったのか?

ダイエーはバブルの頃土地を買いあさって、バブル崩壊で大損したが、イトーヨーカ堂は土地を買わなかったので、バブルの被害はなかった。それがダイエーとイトーヨーカ堂の差だと、まことしやかに言われている。

しかしサミットも土地を購入していたので、バブルのかなり前に買った土地なら、バブル崩壊後も含み益があった。不動産投資が損か益かは、単に土地取得タイミングの問題である。

むしろイトーヨーカ堂はバブル前までは、経営が伸び悩んでいると見られていたので、土地まで買う潤沢な資金が手当てできなかったことがこの差ではないかと語る。

結局、或る時期には土地を取得すべきであり、或る時期には取得してはならないというのが結論だと。


ウォルマート経営への疑問

ウォルマートについて安土さんは次の本を参考に挙げている。

ウォルマートに呑みこまれる世界ウォルマートに呑みこまれる世界
著者:チャールズ・フィッシュマン
販売元:ダイヤモンド社
発売日:2007-08-03
おすすめ度:4.5
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「あの店は大嫌い。でも買ってしまう」というのはウォルマートを言う言葉だが、その徹底した低価格は製造業を絞り上げ、下請化してしまう可能性がある。

製造業はさらに価格を下げるために、米国から中国などの低開発国に生産基盤を移す。そうなると米国の雇用が失われ、結局消費者自身の生活水準にも影響すると安土さんは指摘する。

筆者はサム・ウォルトンの「私のウォルマート商法」を読んだので今度あらすじを紹介するが、サムの本はサムが亡くなった1994年に書かれた本だ。最近のウォルマートについては安土さんの勧める本が詳しいようだ。こちらも読んでみる。

私のウォルマート商法―すべて小さく考えよ (講談社プラスアルファ文庫)私のウォルマート商法―すべて小さく考えよ (講談社プラスアルファ文庫)
著者:サム ウォルトン
販売元:講談社
発売日:2002-11
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


スーパーマーケットで幸せになろう

安土さんは最後にスーパー業界を目指す人に「スーパーマーケットで幸せになろう」という章をつくって、「流れに身を任せてはいけない」、「人生航海の3つの指針、『健康な身体』『能力』『哲学』」、「スピーチ能力はプレゼンテーション能力」や「20歳台から『書く能力』『相手の立場に立って考える能力』を磨け」など、経験者として至れり尽くせりのアドバイスを書いている。


大変参考になる本なので、もっと詳しく紹介したいが、あらすじが長くなりすぎるので、経営上のアドバイスは”続きを読む”に箇条書きで紹介した。

抽象論でなく、安土さんの40年にわたるスーパーマーケット経営実体験をふんだんに織り込んでいるので大変わかりやすい。スーパー業界を理解するために最適な教科書である。

是非一読をおすすめする。


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2010年01月04日

あたまにスッと入るあらすじ掲載記事一覧を更新 掲載記事は532件!

掲載記事一覧の更新が遅れていたが、年末年始の休みを使って、2009年12月31日現在の掲載記事一覧をマイクロソフトのSkyDriveにアップした。

最新掲載記事一覧は、右のアイコン、または次の「あたまにスッと入るあらすじ記事一覧」アイコンをクリックしてダウンロード願う。



一覧表はエクセル表なので、著者別のソートなども可能。URL付きなので、興味ある本が見つかれば、URLをクリックすればあらすじページが表示される。

このブログの掲載記事は532件になった。あらためて掲載記事一覧を読み返してみると、本は知識の宝庫であることが実感できる。

ブログトップの検索窓とともに、掲載記事一覧も是非活用願いたい。


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