2010年10月29日

三匹の子ぶたも目からウロコの二〇〇年住宅 西川りゅうじんさんのすごさがわかる

先日内田朝陽君のお父さんを通じて知り合った西川りゅうじんさんから著書を頂いたので読んでみた。

三匹の子ぶたも目からウロコの二〇〇年住宅三匹の子ぶたも目からウロコの二〇〇年住宅
著者:田鎖 郁男
ダイヤモンド社(2008-06-27)
販売元:Amazon.co.jp
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「三匹の子ぶた」というタイトルは、著者の田鎖郁男さんが書いた本のシリーズ名だ。前作は、「家、三匹の子ぶたが間違っていたこと」というものだ。

家、三匹の子ぶたが間違っていたこと家、三匹の子ぶたが間違っていたこと
著者:田鎖郁男
ダイヤモンド社(2007-11-09)
販売元:Amazon.co.jp
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「能ある鷹は爪を隠す」の典型!

この本では25の住宅を写真付きで紹介しており、それぞれに西川さんの訪問記的な「龍眼住想」というコラムがついている。読んでみて西川さんの古文、漢文、西洋文学、美術、音楽、科学などにわたる広くて深い教養に驚かされた。

西川さんは天才マーケターと呼ばれながらも、講演などの「つかみ」では、「西川きよしさんはお元気ですか?」などとよく言われ、吉本の芸人だと思われているというジョークを飛ばす。まさに「能ある鷹は爪を隠す」の典型だ。

内田さんが「西川さんは大学生の時に1億円以上の売り上げがあったんだよ」と言っていたが、さもありなんと思う。

このコラムを見るに、たぶん新聞社の論説委員以上の実力があると思う。


オールラウンドな知識人

このブログでも紹介し、今話題になっている「これからの『正義』の話をしよう」は、ハーバード大学のマイケル・サンデル教授による学部学生を対象とした哲学の一般教養講座の一つだ。

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学
著者:マイケル・サンデル
早川書房(2010-05-22)
販売元:Amazon.co.jp
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米国の大学の学部学生の教育は、オールラウンドな知識人を育成することに重点を置いたアカデミックな教育が中心で、専門教育は大学院に進んでみっちりやれば良いという考え方だ。

ハーバードなどの世界の一流大学、そして日本では東大の総力を結集した授業料600万円の超プレミアム講座EMPが育成しようとしているのは、西川さんのようなオールラウンドな知識人の育成ではないかと思う。

東大EMPあいさつ








東大EMP募集








東大EMPは金曜日と土曜日のみ、どちらもフルタイムの開講で、一例を挙げると次のような講義内容だ。

金曜日:
1.コース名:科学・技術と教養:地球:物質循環と環境〜地球環境問題〜 講師:山田 興一
2.コース名:経営知識:兵站の最適化〜ビジネストランスフォーメーション戦略と実践〜 講師:程  近智
3.コース名:脳科学:脳科学〜脳科学と心〜 講師:小泉 英明
4.コース名:特別講義:特別講義:日本の国際的な役割、開発協力 講師:緒方 貞子

土曜日:
1.コース名:実践知識:国際ビジネスの必須背景知識〜Germany〜 講師:フォルカー・シュタンツェル ドイツ大使
2.コース名:医療・健康科学:医療・健康科学〜日本の医療システムが今後達成すべき望ましい姿‐総括討論〜 講師:永井 良三、秋山 弘子、横山 禎徳
3.コース名:科学・技術と教養:システム工学〜ポスト京都とシステム工学〜 講師:松橋 隆冶
4.コース名:科学・技術と教養:地球:物質循環と環境〜地球環境問題〜 講師:阿部 彩子

受講生わずか25名のためだけの講義で、豪華な講師陣の顔ぶれといい、最先端の研究の発表といい、まさに「知」の世界トップを目指すという内容だ。

このような内容の濃い講義と演習や研修旅行が毎週繰り返される。


もう一つのアカデミックな情報源

しかし授業料600万円は高すぎるので、もっと安く、しかしそれなりの知識を得られる情報源もある。それは「学士会会報」だ。学士会は旧七帝大卒業生の同窓会で、毎年四回「学士会会報」を出している。

最新の「学士会会報」の内容は次のようなものだ。

最新の學士會会報の目次
No.884 目次 (平成22年9月発行)
特集 −生物多様性−

生物多様性は難しくない

林 良博(山階鳥類研究所所長・東京農業大学教授・東大・農博・農・昭44)
生物多様性を考える−倫理・科学・経済の調和−

大久保 尚武(積水化学工業会長・経団連自然保護協議会会長・東大・法・昭37)
生物多様性について

小野寺 浩(国立大学法人鹿児島大学学長補佐・京大・農修・北大・農・昭46)
国際生物多様性年を迎えて−日本学術会議の活動から−

鷲谷 いづみ(東京大学大学院農学生命科学研究科教授・東大・理博・理・昭47)
グローバル化時代の国家回帰

遠藤 乾(北海道大学大学院法学研究科教授・北大・法・平1)
民主主義と社会保障を結びつけること−「もう一つの民主主義」のために−

田村 哲樹(名古屋大学大学院法学研究科教授・名大・法博・法・平6)
土井虎賀寿訳「DAS KEGON SUTRA, 4Bde.」と土井杉野さん

鎧 淳(金沢大学名誉教授・Litt.D.[Utrecht]・東大・文修・文・昭33)
宇宙ステーションへの帰還

土井 隆雄(国際連合宇宙部宇宙応用課長・東大・工博・工・昭53)
東アジア現代文化圏の形成と日本(午餐会講演)

青木 保(青山学院大学大学院特任教授・前文化庁長官・東大・教養修・教養・昭39)
昭和史再考−新しい研究成果から−(夕食会講演)

筒井 清忠(帝京大学文学部教授・京大・文修・文・昭47)
日本の急務、「真のエリート」教育を

藤田 宏(東京大学名誉教授(理学部数学)・東大・理博・理・昭27)
日本近代建築研究の足取り(退職記念講演会)

藤森 照信(工学院大学教授・東京大学名誉教授・東大・工博・東北大・工・昭46)
食生活・運動とがん予防

坪野 吉孝(東北大学法学部兼医学部教授・東北大・医・平1)
青雲はるかに−帯津三敬病院の窓から第一回  目には青葉 朝の気功に

帯津 良一(帯津三敬病院名誉院長・東大・医・昭36)
博物館だより(兵庫県立 人と自然の博物館)

岩槻 邦男(兵庫県立 人と自然の博物館 館長)


筆者はサボッてきちんと読んでいないので、自分の反省を込めて書くのだが、「学士会会報」を毎号きちんと読めば、相当高い教養を身につけることができると思う。

閑話休題。


この本は重量木骨の家の紹介本

この本の内容に戻るが、この本では日本各地25ヶ所の重量木骨の家(SE構法)を写真入りで紹介しており、鉄骨や鉄筋コンクリートに変わる、木を構造材として使った建築法を紹介している。

在来工法だと木の接合部はくりぬいていたものを、SE構法はくりぬき部分を最小限にとどめ、特殊な形状をしたSE金具を埋め込んで木造の強度を高めるものだ。

次の写真を見るとよくわかると思う。

SE構法







在来工法だと1.3トンの強度が、SE構法だと13.9トンにアップするというのも驚きだ。これなら耐震性は全く問題ないはずだ。


西川さんはSE構法の家コンテストの審査員

西川さんは2007年に始まった「ちょっとプレミアムな私の家と暮らしコンテスト」という重量木骨の家のコンテストの審査員だ。

この本で紹介されている最初の数軒は床面積が300平方メートル程度の広い家で、とてもこんな家は縁がないと思ったが、100平方メートル前後の手ごろなサイズの家も紹介されており、これなら手が届くという気にさせる。

200年住宅というのは、日本の家も200年住めるようなものにして資源の有効利用と社会資本の充実に資すべきだという考え方であり、その構法の斬新さに感心した。

筆者の住んでいる家は、普通の木造の建売住宅で築15年だ。5年前に和室を洋室に変えるなど、リフォームしているので、今のところ全く問題ない。しかしこの家が200年も持つとは思えないので、いずれは建て替えが必要となってくると思う。

リフォーム程度で済めばよいが、ひょっとすると全面建て替えということになるかもしれない。そんなときにこの200年住宅という構法は選択肢の一つになると思う。

200年住宅の実現には、1.耐久性と耐震性、2.間取りが変えられる可変性、3.中古流通マーケットが必要だ。まだSE構法というのは、広く知られていないと思うが、いずれは200年住宅というコンセプトとともに広まってくると思う。


西川りゅうじんさんのコラム「龍眼住想」

この本の25軒の住宅一つ一つに西川りゅうじんさんの「龍眼住想」というコラムがついている。

参考になったコラムをいくつか紹介しておく。

★日本で最初につくられた吹き抜け空間は信長の安土城だという説がある。安土城は不等辺8角形の建物で、天主閣には4層の吹き抜け空間があったのだという。SE構法なら壮大な吹き抜けが作りやすいことに関連したコラムだ。

安土城については昨年「火天の城」という映画が封切られたが、奇しくもこの映画で西田敏行のライバルの建築家を演じているのが内田朝陽君だ。



★茶室の「にじり口」とマタイ伝の”狭き門から入れ”という教えを対比したコラムも面白い。「にじり口」は千利休が、淀川の漁師が、船小屋に身体をかがめて入る様子から着想したものだという。

この本の「日常と非日常がある家」という大阪の家は、この本で筆者の一番のお気に入りだ。

「にじり口」をヒントに、あえて入り口を狭く、低くしたホームバーは、非日常の空間に誘う「どこでもドア」の様だ。青い照明とホームシアターがよりいっそう非日常感をもたらす。

★ストーブが調理用にも使用されるという話から、シェフのランクである「ストーブ前」、そして「スーシェフ」、さら炉端という発想から「いざ鎌倉」の謡曲「鉢木(はちのき)」の話に広がる。

★「和魂洋才」は菅原道真の残した菅原家の家訓の「菅家遺誡(かんけゆいかい)」にちなむ「和魂漢才」をもじったもので、日本初の国語事典を編纂した江戸時代の国学者谷川士清(ことすが)が道真を思って創作し、それを平田篤胤(あつたね)が紹介して幕末の志士の間にひろまった。

★江戸時代の弓矢のマークは銭湯のマーク

★杉は日本古来の針葉樹であり、中国語の「杉」は別の木。本来は「椙」(すぎ)という国字を用いるのが正しい。杉は建材にも味噌や醤油の樽にも使われた。

★富士山は古来から「不死の山」と言われ、史記の「秦始皇本紀」に始皇帝が日本に不死の薬を求めて人を派遣したとある。「竹取物語」のクライマックスにも不死の意味を込めて「ふじの山」と名付けたことが記されている。

富士山を書いた富嶽三十六景などの浮世絵はヨーロッパの芸術家、たとえばゴッホの「タンギー爺さん」や、ドビッシーの交響詩「海」に影響を与えた。

Van_Gogh_-_Portrait_of_Pere_Tanguy_1887-8










出典:Wikipedia

神奈川沖浪裏






出典:Free Wall Paper

★やまとことば「いえ」の語源から、中国の「易経」の「形而上」に飛び、アリストテレスにはじまる"Metaphysics"を「形而上」と訳した井上哲治朗、さらに老子の「道徳経」、そして「器」の話から聖書のコリント人への手紙の「土の器」の話になる。

上記のマイケル・サンデル教授の本と、西川さんの「形而上」についてのコラムに触発されたこともあり、現在カントの「純粋理性批判」を光文社古典新訳文庫で読んでいる。

純粋理性批判〈1〉 (光文社古典新訳文庫)純粋理性批判〈1〉 (光文社古典新訳文庫)
著者:イマヌエル カント
光文社(2010-01-13)
販売元:Amazon.co.jp
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この本は大学の時読んだので、冒頭のプロイセンの大臣に捧げる献辞とか、”アプリオリ”、”アポステリオリ”の認識とかが、「そういえば読んだことあるな」と思い出される。

しかし大学の時は「読んだ」というよりは「単に字面を追った」という感じだったので、今回新訳版で再度挑戦している。

ちなみに新訳版の第一巻のほぼ半分は、訳者の中山元さんの解説で、本体と解説書を一緒に読む感じなので、今回はよりよく理解できるのではないかと期待している。


ちょっと脱線したが、こんな感じで、「左官」の語源や、家と窓の系譜、玄関の語源、茶道と江戸城の大広間、ゲーテの「色彩論」など、西川さんのほとばしる知識はそのとどまるところを知らない。全く驚くべき博識である。

知識欲を刺激される優れたコラムだ。


余談になるがピッツバーグの石造りの家

余談になるが、筆者がピッツバーグで住んでいた家は、築40年を超えた石造りの家だった。

アメリカでは石油ショックの1970年代に建てた家は諸資材高騰のために最悪の材料を使った最悪のつくりの家で、その前か後の家でないといろいろ問題が出てくる。

筆者の家も買ったときは築40年だったが、むしろその頃の家の方が、新しい家よりも、つくりが良いと言われたことがある。

筆者の家は、マルチと呼ばれる3層構造の家で、右左が0.5階ずつたがいちがいに重なり、地階がガレージ、0.5階がファミリールーム、1階がリビング・ダイニング、1.5階がメインベッドルームという構造だった。3ベッドルームで、総床面積は160平方メートルだ。

google map pittsburgh






部屋と部屋の移動のためには、数段しか階段を登らなくて良いという、年配者にはやさしいつくりだった。

筆者はこの家を買って、車が2台入るガレージドアを木製の重量ドアからアルミ製の軽量ドアに変え、バスルームを三角形のジャクージ付の日本風の浴槽と洗い場に変えて、日本風の風呂を楽しんでいた。

18万ドルで買った家を改良して、3年後に22万ドルで売った。改良投資は十分回収できた。家(上物)の値段が日本のように下がらず、改良すれば値段が上がることもあるのが、アメリカの良いところだ。

Jacuzzi







ちなみにJacuzziとはジェットバスを製品化したジャクジーファミリーという一家の名前だ。

ピッツバーグの家の土地は0.5エーカー強あったので、650坪くらいになる。一面芝生の傾斜地だったが、芝生にマットを敷いてゴルフのアプローチの練習を時々やっていたものだ。

これだけ広いと芝生に水をまくのが大変なので、自走式のスプリンクラーを使っていた。

自走式スプリンクラー






庭のピクニックテーブルでバーベキューを時々やった。

picnic table






季節の良い時はテラスで朝食。

テラス






ピッツバーグだと10月にはもう寒くなるので、普通の時は朝食は庭に面したキッチンの横の大きな窓のあるブレックファーストテーブルで食べていた。この場所が、筆者が一番好きな場所だ。

small dining






閑話休題。


世の中にはすごい人がいる。底知れぬ才能というのは西川さんのような人のことを言うのだろう。天才マーケターであると同時に、信じられないほど博識だ。これだけの知識は一朝一夕には蓄積できない。たぶん小さい時から教育を受けてこられたのではないかと思う。

今後西川さんにお会いした時には、和洋の古典から現代文学・芸術まで多岐にわたる勉強法を是非お聞きしたいものだ。


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2010年10月21日

電子書籍の衝撃 いつも参考になる情報が多い佐々木俊尚さんの近著

電子書籍の衝撃 (ディスカヴァー携書)電子書籍の衝撃 (ディスカヴァー携書)
著者:佐々木 俊尚
販売元:ディスカヴァー・トゥエンティワン
発売日:2010-04-15
おすすめ度:3.5
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主にIT関係の本を年に何冊も出しているジャーナリスト佐々木俊尚さんの近著。2010年4月に出た本だが、筆者の読んだものはすでに第8刷だった。よく売れているようだ。

佐々木俊尚さんの本はこのブログでいくつか紹介しているが、いつも新鮮な情報があり有益だ。

この本でも電子書籍ビジネスをめぐる動きを、iPodを中心とする音楽配信業界の動きと比較しながらまとめていて参考になる。


セルフパブリッシングの時代

この本で一番参考になったことは、電子書籍(紙でも可能)の出版方法を「セルフパブリッシングの時代へ」ということで、Amazon Digital Text Publishing (Amazon DTP)とよばれるアマゾンでのセルフパブリッシング方法を詳しく紹介していることだ。

筆者もいずれはあらすじをまとめた本を出したいと思っており、それには注釈代わりにリンクが織り込める電子書籍が最適と思っていたが、今やAmazon DTPを使えば、紙媒体さえ必要なければ初期費用なしで自分の本が出版できるのだ。

セルフパブリッシングは自費出版とは根本的に異なる。自費出版は最低2,000部とかの買い取り保証や諸費用等で、最低でも数十万円掛かる。ところがセルフパブリッシングは、売れればアマゾンが手数料を取るだけなので、紙媒体を出さなければ、基本的に出版費用はかからない。

本の国際標準コードであるISBNコードを日本図書コード管理センターに申請するのに、10冊分で1万7千円くらいかかるが)、これは本を検索するときに必要なので、必要経費と言えるだろう。

アマゾンDTPはまだ日本語対応画面がなく、英語、フランス語、ドイツ語にしか対応していないが、いずれキンドルを日本語対応化すれば、日本語での手続きも始まるだろう。

英語のアマゾンのサイトに行くと”Publish on Amazon Kindle with the Digital Text Platform”という電子書籍出版ハウツー本のキンドルバージョンが無料で読めるようになっている。

紙の本で出すなら、クリエイトスペースというアマゾンの子会社で申し込む。これで売れたらオンデマンド印刷で本が出版できる。

あとは自分のブログとかでプロモーションすることだ。


音楽のセルフディストリビューション

すでに音楽では、自宅で録音してネット配信したりCDで売ったりしているアーティストがいて、たとえばつぎのまつきあゆむさんなどが代表例だ。

自宅録音自宅録音
アーティスト:まつきあゆむ
販売元:UK.PROJECT
発売日:2005-05-11
おすすめ度:5.0
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まつきさんは、自分の音楽活動を支えるための「M.A.F.」というファンドもつくっており、だれでも出資して音楽販売のプロフィットシェアリングに参加でき、まつきさんのお金の使い方も知ることができる。

その他参考になった例を箇条書きで紹介しておく。


参考になった事例

★「7つの習慣」の著者、自己啓発本のベストセラー作家、スティーブン・コヴィーは、過去の本の電子ブック発売権を大手出版社のサイモン&シュースターからアマゾンに移した。

7つの習慣―成功には原則があった! (CD付)7つの習慣―成功には原則があった! (CD付)
著者:スティーブン R.コヴィー
販売元:キングベアー
発売日:2009-08
おすすめ度:5.0
クチコミを見る


「7つの習慣」は筆者も好きな本の一つで、全世界で1,000万部以上売れているという。筆者はオーディオブックと日本語訳の本と両方持っている。このブログではその「7つの習慣」の発展編の「第8の習慣」のあらすじを紹介した。

大手出版社のネット販売での作者の手取りは25%程度だが、アマゾンのディールでは50%以上がコヴィーさんの手取りになるという。

★アマゾンはキンドルがスタートしたばかりの頃は65%のマージンを取っていたが、iPadが参入してきたので、一挙にマージンをアップルに対抗して30%に下げた。

★ボブ・ディランはYouTubeに新作プロモーションビデオをアップして、SNSのマイスペースに自分のページを設けて情報発信したので、「ウォールフラワーズのリーダーのジェイコブ・ディランのオヤジはなんだかスゴイらしい」ということでクチコミが広まり、往年の名曲までが売れるようになったという。

MySpace Bob Dylan









★若者は活字を読まなくなったわけではない。日本の出版業界が劣化しているのだ。本の売り上げは8億冊程度で変わらないが、新刊の点数は1980年代の年間3万点から、8万点に増えている。駄作の乱発で、一冊当たりの売り上げが減っている。

★発行部数が減らない理由は、「本のニセ金化」にあるという。本は欧米では買い取り制だが、日本では再販制度があるので、出版社から取次に卸すと、本来委託販売にもかかわらず、代金は100%支払われる。売れずに返品されると、出版社は返金資金を工面しなければならず、あわてて別の本を取次に売って、その支払いで前の本の返品代を支払うという自転車操業をしている。これが佐々木さんの言う「ニセ金化」だ。

★ケータイ小説は読んだことがないが、この本でその一節が紹介されている。

「ん?? 元気元気♪ ヤマト酔いすぎだし〜!!」「俺酔ってねぇって〜なぁ〜酔ってねぇから〜」「お〜同じバイトだよ〜。ってか〜二人は付き合ってんのぉ?」「えっ、美嘉とヤマトが??まっさかぁ〜ないない!!」「俺たちマブダチだもんなあ〜美嘉ちん〜」

出典:本書210ページ 原典:「恋空」美嘉 

ケータイ小説とはどんなものか初めて知った。引用するのも疲れる。本もよく売れているようだ。

恋空〈上〉―切ナイ恋物語恋空〈上〉―切ナイ恋物語
著者:美嘉
販売元:スターツ出版
発売日:2006-10
おすすめ度:2.0
クチコミを見る


★もはや「出版文化」は幻想で、志の高い編集者は「はぐれ者」扱いされているという。だから「新しい革袋には新しい酒を」ということなのだと。

★グーグル検索で全文検索できても、本の売れ行きには影響しない。「全文検索できると本が売れなくなる」などという話の証拠はどこにもない。ケータイ小説など、ウェブで全文配信されているにもかかわらず、売れまくっているものもある。

★ソーシャルメディが生み出すマイクロインフルエンサーの活用が、これからの本や電子書籍の売り方だ。


電子書籍の総括

最後に佐々木さんは電子書籍を次のように総括している。

1.キンドルやiPadのような電子ブックを購読するのにふさわしいタブレット
2.これらのタブレット上で本を購入し、読むためのプラットフォーム
3.電子ブックプラットフォームの確立が促すセルフパブリッシングと本のフラット化
4.そしてコンテキストを介して、本と読者が織りなす新しいマッチングの世界

これが電子ブックの新しい生態系だという。

筆者も海外の友人の持っているキンドルを見たことがあるが、その画面の鮮明さに驚いた。また読み上げ機能もあり、速度や男性女性の声を選べるという点も気に入ったが、日本語版がないのでまだ買っていない。

iPadになるかキンドルになるかわからないが、いずれ日本語版のタブレットデバイスと、本の配信プラットフォームが確立してきたら是非購入したいと思っている。


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2010年10月18日

松井秀喜の「信念を貫く」と「不動心」

2010年10月18日追記:

信念を貫く (新潮新書)信念を貫く (新潮新書)
著者:松井 秀喜
販売元:新潮社
発売日:2010-03
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


2007年の「不動心」のあらすじに続き、2010年はエンゼルスの一員となった松井秀喜の近著「信念を貫く」のあらすじを追記しておく。

野球選手はオフのときにプロのライターを頼んで本を出す人が多い。

超多忙な松井が自分で机に向かって原稿を書いたとは思えないので、たぶんこの本も松井の口述筆記をライターがまとめたものだと思うが、松井の人間性や考え方がよくわかる。

内容さえよければ、ライターを使おうが使うまいが関係ないという典型のような本だ。

2006年シーズンに左手首を骨折する大怪我を負った松井は、その後復帰したものの、今度は両膝の故障に悩まされ、その後はヤンキースではDHで試合に出ることが多くなった。

特に2008年のシーズンや、ヤンキースがワールドシリーズに優勝した2009年のシーズンは、守備はやらせないというヤンキースGMの方針で、松井はDH専門となった。

2009年のワールドシリーズは、ナショナルリーグの球場での試合のときは代打でしか出場できないというハンディキャップがあるDHではあるが、シリーズMVPという快挙を成し遂げ、ヤンキースに不可欠の選手という印象を強く残した。



松井もこの本の中で書いているが、ワールドシリーズ第2戦でペドロ・マルチネスの外角低めの球をうまくすくい上げてホームランにしたあの場面が記憶に残っている。

あれは、ペドロの失投だったが、失投を一振りでしとめるのがプロだと。

シリーズMVPになったにもかかわらず、ヤンキースのGMはじめ経営陣は、膝の状態が悪いので松井には守備はさせないという方針を変更せず、守備機会を望む松井との交渉は後回しにされた。

松井は、やはり野球選手は守備につかないとリズムがつかめないと語り、膝の状態がよければ毎試合守備に出てもらってもかまわないというエンゼルスに入団した。

松井との契約交渉に自ら出馬したソーシア監督の熱意にもほだされたという。

この本では今まで順風満帆だった松井が、2006年のケガ以降、守備ができないため、毎試合DHまたは代打という不安定なポジションになったにもかかわらず、監督の起用法に一切文句を言わず、ヤンキースの勝利をひたすら願って、出場したときには常にベストをつくすというチームプレーヤーに徹する姿が描かれている。

不遇の時代でも松井は信念を持って生きているというメッセージが力強く伝わってくる。

不遇がないというのは選手時代の長嶋に限られると思う。他の選手は王でさえ入団当初の数年は苦労している。

不遇の時代があったほうが、いずれ監督なり、コーチになったときに大成するのではないかと思う。その意味では、この本のように謙虚に自分のチーム内のポジションを受け入れ、与えられた役割でチームのためにベストをつくす松井の姿勢は必ず松井自身のためになるだろう。

「不動心」も面白い本だったが、「信念を貫く」も違った面での松井を知ることができ面白い。簡単に読める新書なので、一読をおすすめする。


2007年11月28日初掲:

不動心 (新潮新書)不動心 (新潮新書)
著者:松井 秀喜
販売元:新潮社
発売日:2007-02-16
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


左手首を骨折した2006年のシーズンオフに書かれたヤンキース松井秀喜の本。

骨折で125日間をリハビリに費やした経験から、さらに人間としてのスケールが大きくなったような気がする。

タイトルの不動心とは、故郷の石川県の実家にオープンした松井秀喜ベースボールミュージアムに掲げている次の言葉から取っている。

日本海のような広く深い心と
白山のような強く動じない心
僕の原点はここにあります


広く深い心、強く動じない心、すなわち「不動心」を持った人間でありたいと、いつも思っているのだ。

この本を読んで松井選手が野球の上でも、また私生活でも、スタンスのぶれない不動心を持っていることがよくわかる。

野球選手はオフになるとヒマがあるせいか、有名選手・監督は多くの著作があるが、やはり一芸に秀でている人の言葉は人を動かす力があるものだ。

本の構成もよく、頭にスッと入る本だ。


目次を読むと、この本で言いたいことの大体の感じがわかると思うので、紹介しておく:

第1章 5.11を乗り越えて
第2章 コントロールできること、できないこと
第3章 努力できることが才能である
第4章 思考で素質をおぎなう
第5章 師から学んだ柔軟な精神
第6章 すべては野球のために


恩師 長嶋監督

ちょうどドラフト会議が終わったばかりだが、1992年のドラフト会議の光景が思い出される。

松井秀喜にドラフト1位指名が集中して抽選となり、当時の長嶋巨人軍監督が当たりくじを引き、満面の笑みを浮かべた場面だ。

この本でも節目節目に長嶋監督が出てくる。

松井が左手首を骨折したときに、脳梗塞でリハビリ中の長嶋監督から電話が掛かってきた。

「松井、これから大変だけどな。リハビリは嘘をつかないぞ。頑張るんだぞ。いいな、松井」

巨人時代に松井の連続試合出場記録がとぎれそうになった時も、励ましたのは長嶋監督だったという。「やれるとこまでやってみろ」

FAになり大リーグに行くことを決めたときも長嶋監督に会い、決断を告げたという。「もう決めたことなのか。考え直す気はないのか」「よしわかった。行くなら頑張ってこい」と肩を叩いてくれたという。


松井と長嶋監督の練習法

長嶋監督の自宅地下には練習場があり、松井はそこをしばしば訪れ長嶋監督に素振りを見てもらっていた。

長嶋監督は、松井が素振りをしている間、目を閉じてスイングの音を聞いているのだと。「今の球は内角だな。」「うん?外角低めだったか」という長嶋さんにしかわからない感覚を持っていた。

その日ホームランを打ったとか、凡退しているとかは関係ない。鈍い音がすると叱責され、休む間もなくスイングを繰り返した。

元阪神の掛布が調子が悪いときに、長嶋監督に電話したら、その場で素振りをしろといわれ、長嶋監督はその音を電話で聞いてアドバイスしたという。それくらいスイングの音を大切にしていた。

さすが天才かつ感覚派の長嶋監督だと思わせるエピソードだ。

長嶋監督とは何度も素振りを繰り返した。長嶋監督から電話が来て「おい松井、バット持ってこいよ」と長嶋さんの自宅、あるいはホテルで二人だけの特訓を繰り返した。

しかしマンツーマンの練習も二人だけの時しかやらなかったので、他の選手から嫉妬されるようなことはなかった。長嶋監督も配慮してくれたのだ。

松井が大リーグのルーキーイヤーにツーシームボールで悩まされていたとき、ニューヨークに到着したばかりの長嶋監督から「松井、スイングやるぞ」と声が掛かったという。

ちなみに長嶋監督の家の地下の練習場には数多くのトロフィーや賞状が整然と並べられていたが、すべて長嶋一茂のもので、長嶋監督自身のものは隅に追いやられていた。

いくら名選手とはいえども、普段は子供がかわいい普通の父親だとわかり、松井は思わずくすくすと笑ってしまったのだと。


伝説の5打席連続敬遠

松井といえば、高校時代の対明徳義塾戦の5打席連続敬遠が有名だが、松井は高校生当時は打ちたい、勝負してくれと考えたが、今は違うと。

あの5打席連続敬遠があったからこそ、日本中から注目され、長嶋監督もあの試合をテレビ観戦していたのだと。もし敬遠されていなかったら、ホームランを打ったとしても長嶋さんの目にとまらず、どうなっていたかわからない。

人間万事塞翁が馬で、思い通りにならなくとも、前に進むしかないのだと松井は結論づける。

松井は打てなくても悔しさは胸にしまっておく。そうしないと、次も失敗する可能性が高くなってしまうからだ。コントロールできない過去よりも、変えていける未来にかけるのだ。

だから打てなかった日の松井のコメントが物足りないのは勘弁してくれと。チャンスで打てなかったら、きっと心の中では悔しさで荒れ狂っているのだろうな、と思ってくれと松井はいう。

星野監督の「星野流」のあらすじを紹介しているが、星野監督は松井と正反対に、感情を外に出すタイプの典型なので、対比すると面白い。

星野流星野流
著者:星野 仙一
世界文化社(2007-11-08)
販売元:Amazon.co.jp
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メディアとの関係

メディアはコントロールできないので、気にしないのが一番だが、なかなか難しい。松井は自分のことを書いた記事も読む。

不思議と調子が悪いと書かれた時ほど調子があがってくるのだと。スランプと書かれる頃には、そろそろホームランを打てる確率も上がっているのだ。

メジャーにはジアンビの様な力任せにバットをボールと衝突させるような打ち方の選手もいるが、松井はしなやかさを生かしたバッティングが、目指すべきバッティングだと語る。


人の心を動かしたい

絶対にコントロールできないが、動かしたいものは人の心だと松井は語る。

巨人の入団会見で、「自分はファンや小さい子供たちに夢を与えられるプレーヤーになるよう、一生懸命頑張っていきたい」と語った。

毎日ホームランは打てないし、毎日ヒットも無理だろう。しかし毎日試合に出て、全力でプレーすることならできるので、松井はそれをやるのだと。

星陵高校のベンチでは次の言葉が掲げられていた。

心が変われば行動が変わる
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる

今も心の中に響く言葉だという。

自分も弱い人間なので、つい手を抜きそうになるが、たとえセカンドゴロでも全力で走り、全力プレーを続けることで、最もコントロール不能な人の心を動かしたいと。

今シーズン末に、ひざが悪くても常に全力疾走する松井を見ていて、この言葉通りのことを松井は実行しているのだと感じた。

なかなかできることではない。

自分の身を振り返る機会を与えてくれる松井の言葉である。


努力できることが才能である

これが松井の座右の銘だ。いい言葉だと思う。

松井のお父さんが、小学3年生の時に半紙に書いて部屋に貼り付けてくれたという。加賀市で晩年を過ごした硲(はざま)伊之介という洋画家、陶芸家の言葉だそうだ。

松井は天才型ではない。だから努力しなければならない。大リーグでも才能にあふれた選手は多いが、努力せずに成功した人はいないのではないかと。

たとえば今年ア・リーグのMVPになったアレックス・ロドリゲスは2月のタンパでのキャンプから誰よりも早く、グラウンドに毎朝七時に来て練習をしているので、コーチが根を上げた。

大リーグ最高の選手が、人一倍練習しているのだ。

ヤンキースのキャプテン ジーターの自宅はフロリダのタンパにある。ヤンキースの常設キャンプがあり、練習設備も完備しているので、常に練習できるようにタンパに住んでいるのだ。


不動心 素振りが松井の原点

松井は基本中の基本、素振りを重視する。未来に向けた一つの決意として、素振りを欠かさない。

これは努力すればできることだからだ。ホームランを打った日も、ヒットが打てなかった日も必ず素振りをしてきた。

打てた日は慢心し、打てなかった時は落ち込む。これでは未来にプラスにならないので、松井は毎日素振りをしながらリセットするのだ。

バットが風を切る音が、「ピッピッ」と鋭い音が聞こえると安心し、調子の悪い時は「ボワッ」という鈍い音がすると。自分の感覚はごまかせないので、自分が一番厳しい評論家であるべきだと思っている。

失敗しての悔しさは未来にぶつける。それが素振りなのだ。

松井は岐阜県にあるミズノのバット工場を、毎年オフに訪問する。

頭の中でイメージした形を口にすると、久保田五十一名人がバットにしてくれる。それを振ってみて、イメージと違うとまた削って貰い、一日がかりで、松井のバットをつくるのだ。

そしてできたバットを松井は1シーズン使い続ける。途中でバットは変えない。松井にとって「メガネは顔の一部です〜」(たしか東京メガネのCMソング)ならぬ「バットは体の一部です〜」なのだ。


思考で素質をおぎなう

松井は自分は器用ではないし、素質がある方だとも思っていない。

松井の大リーグ一年目はツーシームというシュート回転しながら、打者の手元で沈む変化球にてこずり、メディアにゴロキングというあだ名を付けられた。

手元で変化するボールを正確にとらえるためには、ボールをできるだけ長く見る必要がある。そのために、一年目のオフにはウェイトトレーニングで筋力をつけ体重を10数キロアップし、特に体の左半身を鍛えた。

左手でキャッチボールをしたり、箸を持ったりして左手を器用に使えるように努力したのだ。

左手をうまくつかうことによって、外角に沈むツーシームを手元まで呼び込んで、左方向に強くはじき返す。そのためのトレーニングだ。

日本で50本ホームランを打っていたので、一年目は結果がでなかっただけ、そのうち打てるようになるさ、と思っているうちはずっと悪い結果が続いたろうと松井は語る。

自分は不器用で、素質もないのだと認識すること。己を知ること。ソクラテスの「無知の知」である。

大リーグに来て自分は素質がないと痛感したので、二度とあんな思いはしたくない。だからあえて力不足の自分を受け入れ、現状を打破したいと必死になったのだと。


不動心 打撃に対するアプローチは不変

不調の時でも、打撃に対する自分のアプローチは変えない。悪い部分は修正していくが、根本的な考え方や取り組み方は決して変えない。結果が出ないからといって、根本的な部分まで変えると収拾がつかなくなってしまうからだ。

調子が良くなると、0.00何秒か長く見えているような感覚になる。長く見られる余裕が出た分だけしっかり振れるのだ。

勝負強さは、打席にはいるまでに頭の整理ができているかどうかだと松井は語る。

たとえばツーストライクまでは、カウントを取りに来るストレートに的を絞るとか、必ず投げて来るであろう決め球以外は振らないとか。

できる限りの知恵を振り絞って対策を決め、打席に入ったら、もう迷わない。結果として三振してもかまわない。それくらいの信念を持って打席に入れるかどうかが、勝負強さを決定するのだと。

有り体に言うとヤマをはるということなのだろうかと。3球のうち1球くらいは自分のツボに来る可能性があり、相手投手もミスをする。そのミスをいかにして確実に攻略するかが勝負だ。そのために自分を鍛え、トレーニングを積むのだ。

打席で150キロのボールに対しては、下半身とか左手とか考えている余裕はないので、自分のスタンスを決め、打席でのアプローチを明確にする必要がある。

自分の足場を固める。根幹をしっかりする。相手に対処しなければならないスポーツだからこそ、素振りやティーバッティングは大切にしたいと松井は語る。

チャンスに強いバッターは、ここぞという時でも平常心を保てる打者ではないだろうか。だから162試合同じように準備をして、すべて同じ心境で打席に入りたい。ここぞという場面で打つためだ。


対戦相手の研究

松井は遠征に宮本武蔵の五輪書を持参したという。日本では相手ピッチャーは限られていたので、記憶していたが、大リーグでは先発だけでも13球団で65名いるわけで、今はメモをつけている。

五輪書 (岩波文庫)


この本のなかでも書かれているが、以前松井がテレビ番組に出た時に300何本目のホームランを打ったときの投手と球場はどこかと聞かれ、スラスラと答えていたのに筆者はびっくりした。

日本でのホームラン(そしてたぶん大リーグでも)は、すべて記憶しているのだ。

相手によって自分のスタンスは変えないが、相手を知らなければ十分な準備はできない。だから相手をしっかりと把握しておく必要があるのだ。


松井は放任主義で親から育てられたというが、この本のあちこちに、父や母に対する感謝の気持ちがあふれている。読んでいて心が洗われる気持ちになる。

本当に好青年、そして求道者という感じだ。

いっそう松井を応援したくなる。おすすめの本である。


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2010年10月14日

イワン・イリイチの死 クロイツェル・ソナタ トルストイの中編名作

イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)
著者:トルストイ
販売元:光文社
発売日:2006-10-12
おすすめ度:5.0
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ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」やトルストイなどの名作を新訳で出してヒットを飛ばしている光文社古典新訳文庫の一冊。
カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)
著者:ドストエフスキー
販売元:光文社
発売日:2006-09-07
おすすめ度:4.5
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トルストイというと「アンナ・カレーニナ」や「戦争と平和」という超大作がすぐに思い浮かぶ。
アンナ・カレーニナ〈1〉 (光文社古典新訳文庫)アンナ・カレーニナ〈1〉 (光文社古典新訳文庫)
著者:レフ・ニコラエヴィチ トルストイ
販売元:光文社
発売日:2008-07-10
おすすめ度:4.0
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戦争と平和〈1〉 (岩波文庫)戦争と平和〈1〉 (岩波文庫)
著者:トルストイ
販売元:岩波書店
発売日:2006-01
おすすめ度:4.5
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トルストイとドストエフスキーの作品は超大作が多く、読むが大変だ。その点、この本は2作で330ページ程度で手軽に読める。どちらの作品も人間の心理を鋭く追及する作品で、コンパクトながらも読後感は重厚なものがある。

例によって小説のあらすじは詳しく紹介しないが、「イワン・イリイチの死」は、帝政ロシアの上流階級の法律家のイワン・イリイチが、ちょっとしたケガから内臓病になり、死をみつめて妻との結婚や過去を振り返り自問自答するというストーリーだ。

最後の部分にはこんな文句がある。

「恐怖はまったくなかった。死がなかったからだ。

死の代わりにひとつの光があった。」

(中略)

もはや死はない。」

そしてイワン・イリイチは死ぬ。

たぶん自分が死の病に冒されたらこの本をもう一度読むと思う。


クロイツェル・ソナタは、ベートーベンのクロイツェル・ソナタが作品中に演奏される場面がでてくるので、それにちなんだ作品だ。



たまたま汽車で乗り合わせたロシアの上流階級の男が、妻との結婚生活が破綻し、妻を殺したことを告白する。

その男は、自ら妻に紹介したイケメンヴァイオリニストがアラフォーの女ざかりの美貌の妻といい仲になると、出張を早く切り上げ帰宅し、妻とヴァイオリニストとの逢瀬の場面に踏み込み、嫉妬に狂って美貌の妻を刺殺してしまうというストーリーだ。

この作品の中では、思うようにいかない結婚生活に悩み苦しむ主人公の葛藤が克明に描かれており、世界3大悪妻といわれたトルストイの妻ソフィアとの結婚生活を思い起こさせる。

どちらの作品にもアヘンが医者の処方により治療用に、あるいは上流階級の人間が気分を紛らわせるために使われている話が出てくる。当時はそういう時代だったのだ。

ちなみにトルストイとその妻ソフィアの晩年を描いた映画「終着駅 トルストイ最後の旅」が9月から公開されている。



自分自身振り返って、いろいろな意味で考えさせられてしまう作品だった。


手軽に読めるトルストイの作品。そして訳もいい。ちょっと時間ができたときに読む本としておすすめする。



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2010年10月10日

日本は原子爆弾をつくれるのか NHKスクープドキュメントに関連して

2010年10月10日追記:

NHKのスクープドキュメント「”核”を求めた日本ー被爆国の知られざる真実」が10月3日からNHK総合テレビやBSで放映された。

それのきっかけとなるニュースがYouTubeに掲載されている。



またNHKオンデマンドで有料で配信されている。

NHK核を求めた日本





1964年の中国の核実験成功やインドの核兵器を持とうという動きをにらんで、当時の佐藤栄作政権は、日本の核保有を真剣に検討していたことが報道されている。

当時の内閣調査室で1968年9月に「日本の各政策に関する基礎的研究」というレポートが作成されている。

日本の核政策に関する基礎的研究






日本の核政策に関する基礎的研究結論






NHKの画面から結論の部分を読み取ると次の通りだ(一部画面からは読み取れない部分は筆者推測)。

「結び 要するに、単にプルトニウム原爆を少数製造することは可能であり、また比較的容易である。しかし、近い将来有効な核戦力を創設するというのであれば、前述のような多くの困難が横たわっている。

日本の核戦力創設能力の検討に当たっては、技術的、財政的、人的・組織的条件だけから結論を導き出すことは不可能であり、さらに戦略的、国民心理的、外交的側面について十分に検討することが必要である。」

この研究結果を受け、佐藤栄作首相は米国の核の傘の下に入ることをきめ、訪米時に当時のジョンソン大統領に「日本防衛が核攻撃を含む攻撃に遭った時でも、日本を防衛する」との言質を取っている。

このときのマクナマラ国防長官との面談時に、佐藤首相は「日本の安全確保のために核を持たないことははっきり決意しているのだ。米国の核の傘の下で安全を確保する。」と語っている。

その2ヶ月後、核兵器の絶滅を目ざす、持たない、つくらない、持ち込ませないという非核3原則を表明する。佐藤元総理はこの非核3原則で、1974年のノーベル平和賞を受賞した。

佐藤元首相は非核3原則を世界各国に広めようとノーベル賞受賞スピーチで、そのように呼びかけようと原稿を作成するが、直前にアメリカのキッシンジャー国務長官がアメリカの核戦略を縛るような発言に不快感を示したため、授賞式では非核3原則には触れられなかった。

米国の核の傘の下に入った日本は、唯一の核被爆国にもかかわらず、核軍縮を求める国連決議の大半に反対か棄権している。「日米安保条約で核の傘で守って貰っているのだから、相手(米国)が嫌だということが分かっている決議には、反対か棄権することはしょうがない。」という立場を貫いている。

先月の国連総会での菅直人首相の「唯一の被爆国である日本は、『核兵器のない世界』」の実現に向けて具体的に行動する道義的責任を有している」という言葉が空虚に響く。

ドイツはヨーロッパ各国と連携し、ヨーロッパに配備されている米国の核兵器を撤去するように働きかけているという。

考えさせられるNHKの番組だった。

この番組をよりよく理解するために、米国在住の日本人科学者が書いた「日本は原子爆弾をつくれるのか」を再掲する。


2009年2月20日初掲:

日本は原子爆弾をつくれるのか (PHP新書)日本は原子爆弾をつくれるのか (PHP新書)
著者:山田 克哉
販売元:PHP研究所
発売日:2009-01-16
おすすめ度:1.5
クチコミを見る


原子爆弾や量子力学についてブルーバックスなどで入門書をいくつも書いているロサンジェルス・ピアース大学物理学教授の山田克哉さんの本。

タイトルに惹かれて読んでみた。

この本はアマゾンのなか見検索に対応しているので、是非目次をチェックしてみてほしい。それぞれの項のタイトルまで読めば大体この本の内容が推測できると思う。

量子力学の基本から始めて、1938年ナチス時代のドイツで核分裂が発見され、ヒットラーが原子爆弾を開発することを恐れたアメリカがマンハッタン計画を立ち上げ、延べ45万人を投入して3年間で原子爆弾をつくりあげたこと。原子力発電技術と原子爆弾製造技術は全く異なるが、日本の技術をもってすれば3年から5年程度で原爆は作れる可能性があることなどを説明している。

しかし核武装についての国民のコンセンサスが得られないだろうし、たとえ原爆製造能力はあっても、日本は決して原爆製造をすべきでないと結んでいる。


放射能と放射線

原爆が怖いのは、爆発したときの衝撃波と超高熱もあるが、放射能放射線による人体への影響が長期間にわたって続くことだ。

放射線は放射性物質が放つもので、次の4種類がある。

1.アルファ線
  ウランなどがアルファ崩壊するとエネルギーとともに、ヘリウム原子の核と同じ2個の陽子と2個の中性子が核から吐き出される。これがアルファ線で電荷(プラス)も質量もある。

  アルファ線は物質や人体を構成している原子と激しい電気反応を起こす。人体に当たると皮膚で激しく反応し、呼吸器から吸い込まれると肺の細胞を壊し肺がんを誘発する。

2.ベータ線
  核がベータ崩壊すると中性子が陽子に変わり、電子が核外に飛び出す。これがベータ線で、マイナス電荷をもつ。質量はアルファ粒子の1/7000。

  ベータ線が人体に入ると原子から電子を弾き飛ばすので細胞が機能を失い、場合によっては細胞は死滅する。大量のベータ線が頭にあたると髪の付け根の細胞が死滅し、髪が簡単に抜けてしまう。

3.ガンマ線
  核がアルファ崩壊、ベータ崩壊を起こした後、エネルギーの高いガンマ光子と呼ばれる粒子が核から吐き出される。これがガンマ崩壊で、放出されるのがガンマ線だ。電磁波なので電荷も質量もない。
  
  ガンマ線も電子を吹き飛ばし、ベータ線のように細胞を死滅させることがある。

4.中性子線
  核から中性子が時間をかけて飛び出すもの。電荷はないが質量はある。

  中性子は核に吸収されやすく、中性子過剰になった核はベータ崩壊を起こし、元素自体が放射性物質に変化してしまう。


原子爆弾の構造

原爆には広島型(砲弾型ウラン爆弾)と長崎型(爆縮型プルトニウム爆弾)の2種類がある。

広島型はリトルボーイと呼ばれ、砲弾(ガン・バレル)型ウラン爆弾で、二つに分けたウラン塊を爆着させることで、臨界を起こし、核分裂を起こさせる。課題は核分裂の持続時間がせいぜい100万分の1秒程度と短く、多くの核が分裂しないまま爆発してしまうことだ。

リトルボーイの爆弾の重さは4トン、使われた濃縮ウラン(86%)は20Kgだ(Wikipediaでは約60Kgとなっている。どちらが正しいのか不明)。

Little_boy





出展:Wikipedia

一方長崎型プルトニウム爆弾はファットマンと呼ばれる球状の爆縮型で、真ん中がポロニウムとベリリウムでできた中性子発生体。次に直径4.2Cm,重さ6.2Kgのプルトニウム、まわりを厚さ7Cmのウランで固めている。

それをさらに燃焼速度の異なる二種類の爆薬でつくられた爆縮レンズで取り囲み、爆薬の衝撃波でプルトニウムの臨界をつくり核分裂を起こすのだ。

Fat_man





出展:Wikipedia


Implosion_Nuclear_weapon






出展:Wikipedia

次の図はアニメーションになっていて、爆縮する過程を示しているので、クリックしてみてほしい。

Implosion_bomb_animated








出展:Wikipedia

砲弾型より爆縮型の方が核分裂効率が高く、少ないプルトニウムあるいはウラン量で爆弾ができるので、こちらが主流だ。

爆縮レンズは2種類の爆薬を組み合わせた複雑な構造をしているが、これが可能となったのはフォン・ノイマンの数学的計算によるものだという。

アメリカは1956年に小型原爆の開発に成功し、スワンと名付けている。これは第三の原爆とも呼べるもので、英語でBoosted fission weaponと呼ばれている。重水素(D)と三重水素(T)のD−Tガスをプルトニウム球の中心に入れた構造のものだ。

D−T型原爆がもっとも効率が良く分裂比率が30%、長崎型で14%、広島型は1.4%だという。

その他の核兵器としては、核融合反応を用いた水爆、中性子爆弾(建造物に影響は少ないが、生物の細胞を破壊する)、コバルト爆弾(放射能汚染がひどい)、そして劣化ウラン弾がある。

湾岸戦争でも使われた劣化ウラン弾は、ウラン濃縮で残るウラン238を砲弾につかったもので、鉛の倍の比重があり貫通量が高く、敵の装甲を貫通するときに1200度の高熱を発するので、敵戦車の乗員を焼死させ、さらにウランが放射性微粒子となって空中に飛散するので、肺がんや白血病の原因となる。


原爆研究のはじまり

ナチス政権下の1938年にベルリンのカイザー・ウィルヘルム研究所で、オットー・ハーンリーぜ・マイトナーがウラン235のみに起こる中性子による核分裂を発見、この事実が一躍世界に知られた。当時世界では超ウラン元素の研究を至るところで行っており、日本でも理化学研究所が研究していた。

ハーンは戦争中の1944年にノーベル化学賞を受賞している。一方マイトナーはナチスの迫害をさけるためにスウェーデンに行っていたため、オットーハーンのみがノーベル賞を受けた。

核分裂が起こると、発生するエネルギーは化学反応の100万倍以上で、数百万度の温度になる。連鎖的に核分裂を起こさせると(臨界)巨大なエネルギーが生まれることがわかった。科学者達の頭に爆弾というアイデアが浮かんだのだ。

戦争に突入したこともあり、各国はそれぞれ独自に核爆弾の研究を始めた。日本でも陸軍は理化学研究所の仁科芳雄博士に原爆の研究を依頼し、二号研究という名前で、熱拡散法によるウラン濃縮技術を研究した。

海軍も「F研究」の名称で、有名な物理学者を集め、こちらは遠心分離法によるウラン濃縮を研究したが、結局ウラン濃縮には成功しなかった。

この過程でサイクロトロンを戦争中に完成させていたが、敗戦後占領軍がサイクロトロンを東京湾に投棄させた。

ドイツの敗戦直前の1945年3月にドイツを出たU−234号にドイツから日本に供与されたMe262ジェット戦闘機、ジェットエンジン、光学ガラス、航空機の設計図と装置類、そして酸化ウラン560Kgが積まれていたが、日本へ向かう途中にドイツが降伏し、艦長は投降を決定、乗船していた日本の技術将校二人は自決した。

Messerschmitt_Me_262




出展:Wikipedia

この話は「深海の使者」という小説になっている。

深海の使者 (文春文庫)深海の使者 (文春文庫)
著者:吉村 昭
販売元:文芸春秋
発売日:1976-01
おすすめ度:5.0
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マンハッタン計画

アメリカはナチスが原爆をつくることをおそれ、当時の金で20億ドルという巨費を費やして延べ45万人(うち科学者10万人)を動員して、原子爆弾の製造を1942年に始め、わずか3年間で原子爆弾を完成させた。これがマンハッタン計画だ。

マンハッタン計画では次の三カ所の研究所が新設された。

1.クリントン研究所(現オークリッジ国立研究所) テネシー州 
  ウラン濃縮のため、K−25と呼ばれた巨大なガス拡散法によるウラン濃縮工場で製造した濃縮ウランを、Y−12と呼ばれた電磁法(カルトロン)によるウラン濃縮工場にかけてようやく濃縮度90%近くの濃縮ウラン235を製造した。ここにはX−10と呼ばれた原子炉と熱拡散によるウラン濃縮装置も建設された。

その濃縮ウランはロスアラモス研究所に運ばれて、リトルボーイが完成した。リトルボーイは実験することなしに広島に投下された。

2.ハンフォード研究所 ワシントン州
  原子炉(黒鉛炉)によるプルトニウム239生産工場。ここのプルトニウム摘出装置は現在の核燃料再処理工場の原型である。

3.ロスアラモス国立研究所 ニューメキシコ州
  前述の爆縮機構を含む原子爆弾の起爆装置と本体を製造

ファットマンは、ハンフォード研究所の原子炉でプルトニウム239が製造され、ロスアラモス研究所で2個の爆弾がつくられ、1個で実験して威力を確認後、残る1個が長崎に投下された。

筆者の山田さんはテネシー大学の原子力工学科に留学したので、マンハッタン計画に使われたテネシー州のオークリッジ国立研究所に一年間通ったそうだが、その巨大さに驚いたという。

コードネームX−10もY−12も東大本郷キャンパスの3倍程度で、K−25に至っては本郷の10倍という広さで、研究所というより大工場を思わせたという。

アポロ計画もすごいが、ゼロから3年で原爆を完成させたマンハッタン計画は、ヒットラーが原爆を開発する前に完成させるという切迫感に迫られたプロジェクトだった。


原爆用のウラン製造

ウランは自然界に存在するものの、原子爆弾に使える放射性物質のウラン235はウラン鉱の0.7%のみで、残りの99.3%は安定したウラン238だ。この天然ウラン精鉱(次の写真のイエローケーキと呼ばれる)をフッ素化合物とし、6フッ化ウランとしてガス化する。

LEUPowder






出展:Wikipedia

そのガスを加熱かつ1分間に10万回転という超高速回転するシリンダーに入れ、ウラン238を外側に飛ばし、ウラン235と分ける。

ウラン235もウラン238も同じ元素で単に原子量が違うアイソトープなので、技術的に分離することが非常に難しい。

すこしずつウラン235の濃度を高めていって、原爆用の濃度90%程度のウラン235をつくるには、7、000台もの遠心分離機を通すことが必要だ。だからマンハッタン計画で使われたテネシー州のオークリッジ研究所は、研究所というよりは巨大工場みたいだという。


原爆用のプルトニウム製造

プルトニウムは自然界には存在しないので、原子炉をつかって作り出す必要がある。

原子炉のタイプには軽水炉(普通の水を中性子の減速剤につかうので、燃料のウラン235はロスを補うために3−5%に濃縮する)、重水炉(高価な重水を使うので、減速ロスがないので天然ウランが使える)、黒鉛炉(減速剤として黒鉛を使用。天然ウランが使える)の3タイプがある。

日本の原子力発電所はすべて軽水炉タイプで、このタイプの原子炉の使用済み核燃料棒は再処理され、ウランとプルトニウムに分離されるが、軽水炉の核燃料再処理で取り出されるプルトニウムは「原子炉級プルトニウム」と呼ばれているプルトニウムアイソトープの混合体だ。

プルトニウム238から242までの多種が含まれており、原爆に使われるプルトニウム239は60%、残りが238,240,241,242のプルトニウムであり、プルトニウム239の純度は低く原子爆弾の原料には使えない。

またプルトニウム240が曲者で、自然に未熟爆発を起こし熱を発生させるので、非常に扱いにくい放射性物質である。

高速増殖炉は、核燃料再処理で得られたプルトニウム239とウラン238を混合させた燃料棒が使われ、プルトニウム239が核分裂して飛び出した中性子でウラン238がプルトニウム239に変わる。

入れたプルトニム239が1.3倍になって帰ってくるというまさにネーミングの通り「文殊(もんじゅ)の知恵」の様な技術だが、日本では1994年に運転を開始した1年後にナトリウム漏れ事故があり、それ以来停止している。

新しい技術として、日本ではプル・サーマル原子炉の建設計画があるが、住民の反対が強くなかなか前に進まないままである。


日本は原爆をつくれるのか?

日本にはこれまでの軽水炉での核燃料再処理で得た原子炉級プルトニウムが内外にあわせて44トンあると言われているが、問題はプルトニウム240による未熟爆発で、そのままでは原子爆弾には使えない。

アメリカエネルギー省は1962年に原子炉級プルトニウムを使って長崎型原爆と同規模の原爆を作ったと発表しているが、真相は不明のままである。

原子爆弾級のプルトニウムはプルトニウム239が90%以上で、これを作るには黒鉛炉か重水炉の使用済み核燃料を再処理するか、高速増殖炉でプルトニウム239を生産するかだが、日本のもんじゅは停止したままだ。

現在の核保有国アメリカ、ロシア、中国、フランス、イギリスでは黒鉛炉で兵器級プルトニウムを生産している。上記5カ国以外にインド、パキスタンが核保有国となり、イスラエルは核保有の噂が絶えず、最近では北朝鮮が核実験を行ったが、いずれも黒鉛炉を持っている。

さらに原爆ができても運搬手段がなくては意味がないので、ミサイル制御技術も欠かせないが、日本の宇宙ロケット開発技術をつぎ込めば、弾道ミサイルを開発することは可能だろう。

山田さんは日本が核軍備に走ることを絶対反対という立場ながらも、原子爆弾をつくるシミュレーションを行っている。

必要な設備は:

1.ウラン濃縮装置
  特に理化学研究所で長年研究してきた赤外線レーザー法濃縮技術を使うと、ウラン235の濃縮は比較的小規模な設備で非常に効率よくできる可能性があるという。ウラン235に赤外線レーザーの波長をあわせれば、電荷を帯びて集合して電極に塊となってたまる。このプロセスを繰り返して濃縮ウランを製造するのだ。

2.兵器級プルトニウム生産原子炉
  高速増殖炉か黒鉛炉または兵器用重水炉。

3.核再処理設備


この本で説明されている要素技術を組み合わせれば、原爆一個つくるだけなら3年、たぶん5年程度で日本は原子爆弾の製造とミサイルによる運搬手段の核軍備が可能であろうと。

しかし世界で唯一の被爆国である日本で核武装をすることなど、到底国民感情が許すとは思えないし、山田さんも日本の核軍備には絶対反対だという。


原爆の基礎的なことがわかって、参考になる。一部の右翼政治家の日本が核武装する気になれば、すぐに数千発の原子爆弾をつくれるという発言が科学的根拠に基づいていないことがわかった。

科学、原子爆弾の知識を手軽につけるには適当な本である。まずはアマゾンのなか見検索で目次を読み、書店で一度手にとってパラパラっと読むことをおすすめする。


参考になれば投票ボタンをクリックしてください。


  
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2010年10月07日

リクルート事件・江副浩正の真実 黙って死ぬわけにはいかない

リクルート事件・江副浩正の真実 (中公新書ラクレ)
リクルート事件・江副浩正の真実 (中公新書ラクレ)
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昭和63年に起きたリクルート事件を起こしたリクルート創業者江副浩正さんが、事件の捜査と検察の取り調べや裁判でのやりとりを、勾留中の房内ノートや公判記録などをもとに書いたリクルート事件と捜査の総括。読書家の上司のすすめで読んでみた。

この本のタイトルに「江副浩正の真実」とあるのは、「検察の真実」もあるだろうとして、江副さん側からのまとめだということを示している。

この本の原稿は20年ほど前に書いていたが、周りから止められていたので、いままで公開していなかった。しかし「黙って死ぬわけにはいかない」ということで、今回公開に踏み切ったものだ。

ちょうど厚生労働省の身障者優遇郵便不正事件で、村木元局長の取り調べをした大阪地検特捜部の前田検事が、フロッピーディスクの日付データを検察側に有利なように書き換え、それを上司の副部長や特捜部長が知っていたことが、大問題に発展しているときだけに、リクルート事件での特捜部の取り調べをありのまま書いているこの本は興味深く読めた。


リクルート事件とは

リクルート事件といってもピンとこない人が多いかもしれないが、リクルート事件は昭和63年(1988年)、ちょうどバブルのまっただ中で明るみに出たリクルート創業者江副さんが、上場直前の不動産子会社リクルートコスモスの未上場株を政界、官界、経済界の多くのキーパーソンに、数千万円単位の融資まで付けて安値で買わせ、「濡れ手に粟」の利益を上げさせた贈収賄事件だ。

秘書がリクルート株を買った当時の竹下首相までリクルート事件の責任を取って辞任したほどで、この事件のために、ポストを辞任したり、裁判で有罪になった人は次の通りだ。まさに戦後最大規模の贈賄事件である。(役職は在職当時)

政界
中曽根前首相 自民党を離党
竹下登首相  辞任 リクルート株を受け取った青木伊平元秘書は自殺
藤波孝生官房長官 一審で無罪となったが、二審で逆転有罪(懲役三年 執行猶予四年)。最高裁で棄却され有罪が確定
宮沢喜一蔵相  辞任
池田克也 公明党代議士 有罪(懲役三年 執行猶予四年)

その他、秘書、家族なども含め、リクルートから株を受け取った政治家は、渡辺美智雄(現在の渡辺喜美みんなの党党首のお父さん)、加藤六月、加藤紘一、塚本三郎(民社党)、安倍晋太郎、森喜朗他だ。当時の大物政治家ばかりである。

NTTルート
真藤恒NTT会長 有罪(懲役二年 執行猶予五年)
長谷川NTT取締役 有罪(懲役二年 執行猶予三年)
式場NTT取締役 有罪(懲役一年六ヶ月 執行猶予三年)

官界ルート
鹿野茂労働省職業安定局業務指導課長 有罪(懲役一年 執行猶予三年)
加藤孝労働事務次官 有罪(懲役二年 執行猶予三年)
高石邦男文部事務次官 有罪(懲役二年六ヶ月 執行猶予四年)
小松秀煕川崎市助役 解任(リクルート事件が明るみに出る発端となった人物)
原田憲経済企画庁長官

経済界他
森田康日本経済新聞社社長 辞任
公文俊平東大教授 辞任
牛尾治朗経済同友会副代表幹事 辞任
諸井虔経済同友会副代表幹事 辞任

リクルート関係者
江副浩正 有罪(懲役三年 執行猶予五年)
辰巳雅朗リクルート社長室長 一審で無罪となったが、二審で逆転有罪(懲役一年 執行猶予三年)、最高裁で棄却され有罪が確定
小林宏ファーストファイナンス社長 有罪(懲役一年 執行猶予二年)
小野敏廣リクルート社長室長 有罪(懲役二年 執行猶予三年)
松原弘リクルートコスモス社長室長 有罪(懲役一年六ヶ月 執行猶予四年)


朝日新聞横浜支局の大スクープ

事件が明るみに出たのは川崎市の小松助役へのリクルートコスモス株譲渡を朝日新聞の横浜支局が報道した昭和63年6月だ。朝日新聞横浜支局はその後「追跡リクルート疑惑」という本も出しており、米国調査報道記者・編集者協会賞を日本ではじめて受賞している。

追跡 リクルート疑惑―スクープ取材に燃えた121日
著者:朝日新聞横浜支局
販売元:朝日新聞社
発売日:1988-10
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文才のある江副さんだけに、460ページもの厚い新書だが、飽きさせないで読める。


世界最長(?)の裁判

江副さんの裁判は第一審の判決を江副さんも検察も受け入れた一発決着だったが、それでも13年3ヶ月かかり、開廷数は322回、分離して行われた裁判を入れると450回以上、江副さんの証言数も128回で、日本の刑事裁判史上最多、世界でも例のない開廷数だったという。


日本の政治混乱を招いたリクルート事件

江副さんが書いているので、なるほどと思ったが、リクルート事件で竹下首相が退陣した後の参議院選挙で自民党は惨敗し、それ以来、野党が参議院の過半数を占める現在と同じ「ねじれ国会」が生じた。

その後海部俊樹、宮沢喜一、細川護煕、羽田孜、村山富市、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗と平均在任期間一年程度で内閣が替わり、平成13年の小泉純一郎内閣で自民党が衆参両院で過半数を占めるまで12年間政治は安定しなかった。

江副さんは「政権が安定していないと経済は発展しないとの思いから政治献金をしたが、逆の結果になった。私は大罪を犯してしまった。悔やんでも悔やみきれない思いだった」と書いている。

リクルート事件が、自民党政権の基盤を危うくし、政治の混迷を招いた結果となったことは間違いないと思う。

いろいろ参考になったが、筆者なりに整理すると、次の通りだ。


江副さんは寂しがりや?

★江副さんがリクルートコスモス株をいろいろな人にばらまいたのは、親しい人に未上場株を渡すという当時の慣行によるところもある。しかしあきらかにやりすぎで、特に政治家や高級官僚にも送ったことが世間の非難を浴びた。

★検察官に語った「50歳にもなれば、仕事の関係と友人とを区別するのは難しくなります。経営者の集まりで知り合って、友人関係になることもあります」という江副さんの発言は、たぶん本音なのだろうが、それにしても未上場株をばらまいたことは、あまりにも軽率と言わざるをえない。

江副さんの親しい友人は「江副さんは寂しがりやだからだ」と言っているという。経営者が孤独ということはわかるし、頼れる友人が欲しいという心境もわかるが、そんなことが理由になるのか?江副さんのセンスを疑う個所である。


不動産バブルで国民の怒り爆発

★当時はバブルのまっただ中で不動産価格が急騰し、一般民衆は通勤圏に持ち家を持つことが難しくなって不満が高まっていた。そんな中でバブルで最も儲けた不動産業のリクルートコスモスの株を政治家や高級官僚に贈り、「濡れ手に粟」で儲けさせるという事件だったので、国民の怒りが爆発した。

★そのため国民の怒りを代弁して朝日新聞始めマスコミが徹底的にリクルートを叩いた。朝日新聞では、社員は株取引は禁止されていたという。だから「濡れ手に粟」は記者の怒りにも火を付けたことは間違いない。


最大のポイントはワイロ性の認識

★贈収賄罪の最大のポイントは、本人にワイロ性の認識があるかどうかで、検察官は有罪にするために本人のワイロ性を認める自白調書が絶対必要だった。だから検察は江副さんなどの被疑者を精神的に追い込む一方、保釈と執行猶予をちらつかせ、アメとムチで、検察が作った調書に署名させて自白証拠を作った。

★江副さんは、全くワイロ性の意識はなかったので、当初は黙秘を続け、徹底的に否定するつもりだったが、精神的に追いつめられたことと、リクルート大阪の顧問弁護士から頑張っても結果は同じなので、検察官がつくる調書にサインして早く保釈を得た方が良いというアドバイスがあって検察官調書がデタラメでもサインすることにした。

★しかし虚偽の調書にサインしたことでNTT会長真藤さんはじめ、多くの人に迷惑を掛ける結果になったという。


検察官調書を重視する裁判所

★最高検察庁が取り調べをすべて管理しており、一旦サインした検察官調書も、「”ヘッドクオーター”から不十分としかられた」という理由で、どんどん検察に有利な調書に書き換えられ、そのたび毎に署名を強いられた。

★検察官のやりかたは、本書でも「現代の拷問」と紹介されている通り、被疑者を何時間も壁の直前に立たせ、目をつぶると大声でどなったり、座っているイスを蹴り飛ばしたり、毎日長時間尋問したりして精神的に追いつめるというやり方だ。しかし裁判では、検察官はそのような不当な圧迫尋問をしたことはないとウソをつく。

★江副さんは日本では起訴されると有罪率が99.8%と高い理由は、たとえむりやりサインさせられた検察官調書でも日本の裁判所は検察官調書で判決を決めるからだと感じたと語っている。「検事によって罪はつくられる」。所詮裁判所も国家権力なのだ。


国民意識を反映した判決では?

★江副さんはこう語るが、もともと株を贈ってもリクルートが得たメリットはほとんどないので、ワイロ性も薄かった。ところがマスコミ報道により国民の怒りがリクルート事件の当事者に向けられていたので、裁判所としても無罪と認定することは難しかったのではないか。

★だから江副さんの主張する無理矢理作られた虚偽の検察官調書が裁判所の判断に繋がったというよりは、むしろ裁判所は国民感情に配慮した点が大きいのではないかと筆者は考えている。

その意味では、この事件も佐藤優さんが「国家の罠」で書いている「国策捜査」と言えるかもしれない。


株売却益で追徴課税26億円!

★江副さんはリクルート事件で株取得を斡旋しただけなのに、国税庁からは江副さん自身の株取引として認定され、株の売却所得の申告漏れで巨額の追徴金を徴収された。最高裁まで争ったが、結局敗訴し、なんと合計26億円の国税・地方税を納付した。リクルート株をダイエーの中西さんに売っていなければ、この判決で破産しただろうと。


検察は政治家をターゲット

★江副さんはリクルート事件前から様々な政治家を囲む会に参加したり、「21世紀の総理候補」と言われていた藤波孝生代議士などには、毎年1,000万円の政治献金をしていた。政治家に経済的支援をすることで、少しでも国政を良くする上で役立っていると思っていた。しかし国民の常識は「見返りを期待しない政治献金はない」というものだったことは、事件後に分かったと江副さんは語る。

★江副さんは中曽根元総理と総理公邸で昼食を一緒にしたことがあるという。このとき出されたのはレトルトカレーで、総理公邸にはシェフも執事もいないことに驚いたという。リクルート事件では検察は中曽根元総理まで逮捕すべく視野に入れていたが、果たせなかった。江副さんは2008年に森ビルが建てた上海のSWFCビルの完工式で、中曽根さんに再会し、迷惑を掛けたことをわびたという。

話はそれるが、これが筆者の会社のオフィスも入っている上海のSWFC(Shanghai World Financial Center)ビルだ。(写真の後ろ側のビル)これらは9月に上海に出張したときに撮った写真だ。

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横から見ると栓抜きのような格好だが、下から見ると尖塔のように空に向かってとがっている様に見える独特のデザインだ。

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上海の浦東地区にはこんな感じでビルが林立している。写真の真ん中のビルも、やはり森ビルが10年以上前に建てたもので、以前は上海で一番高いビルだった。筆者の会社の前の上海オフィスはこのビルにあった。

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上海の浦東地区はちょうど日本の幕張を大規模にしたような人工の町で、その規模の大きさには驚かされた。

閑話休題。


★取調中、竹下内閣が退陣し、次期内閣の閣僚名簿の様なリストを、江副さんは検察から見せられた。検察と自民党が水面下で繋がっていることを知った出来事だったと。

江副さんが参考になったと言っている本は。「刑事裁判の光と陰」という本で、芸大バイオリン事件で有罪になった世界的バイオリニスト海野義雄氏が、検察官から江副さんと同じような圧迫取り調べにあったことなどを書いている。

刑事裁判の光と陰―有罪率99%の意味するもの (有斐閣人権ライブラリイ)
販売元:有斐閣
発売日:1989-01
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リクルート事件後の日本の政治の混迷を見ると、リクルート事件のインパクトは本当に大きい。ちょうど郵便不正事件で検察の不正行為が明るみに出ているので、この本で明かされている検察の”現代の拷問”の部分は興味深く読めた。

映画「それでもボクはやっていない」でもあったように、今や痴漢の冤罪で捕まらないとも限らないリスクがある時代だ。

まずはこの本で紹介されている「刑事裁判の光と陰」を読んで、いずれあらすじを紹介する。


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Posted by yaori at 00:45Comments(0)TrackBack(0)

2010年10月03日

ビジネスリーダーにITがマネジメントできるのか IT担当役員小説

ビジネスリーダーにITがマネジメントできるか -あるITリーダーの冒険ビジネスリーダーにITがマネジメントできるか -あるITリーダーの冒険
著者:Robert D. Austin
販売元:日経BP出版センター
発売日:2010-03-18
おすすめ度:5.0
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この本はハーバード・ビジネススクールのロバート・オースティン教授、リチャード・ノーラン名誉教授他の書いたハーバード・ビジネススクールなどで使われる教科書兼小説である。

オースティン教授はハーバード・ビジネススクールの教授になる前は、某国際企業でITマネージャーをした経験があるという。

500ページ強の本だが、内容は比較的簡単だ。

ある中堅のファイナンシャルサービス企業IVK社は急成長を遂げていたが、この数年は成長が止まっている。その立て直しのために外部から雇われた新しいCEOカール・ウィリアムがいままでローン部門の責任者だった30代の主人公バートンをCIOに起用する。

バートンは今までIT部門には余計な投資をするなと釘を刺し、実際にいくつかのIT投資を断念させた経緯があり、この異動に驚くとともに、自分が適任なのか真剣に悩む。

幸い彼のガールフレンドのマギーは経営コンサルタントの仕事をしているので、彼女のアドバイスも受けながら、バートンは慣れないCIOの仕事に乗り出す。

彼の前任のデイビスは既に解雇されていたので、前任者からの引き継ぎはなかった。デイビスは当初バートンは1年も持たないだろうと冷たくあしらったが、次第にバートンの熱意にほだされ、友達ベースでアドバイスをするようになる。

バートンはバーで正体不明のITオタクのキッドと知り合い「あなたが知らないことがなにかをあなたは知っている」という不思議な言葉を投げかけられる。

バートンの部下はバートンより20歳も年上のテクニカル・サポートグループのルーベン、それから顧客サポートと回収システムのラジ・ジュパニ、ローンオペレーションのタイラ・ゴードン、インフラのポール・フェントンという布陣だ。

最初にバートンはITマネージャーは最新の技術をすべて知り尽くしている訳ではなく、部下の専門家に頼っている実情を知る。たとえばセキュリティは変わり者のジョン・チョーに聞くしかないという具合だ。

バートンはすぐにIT部門は自分の予算を持っておらず、費用は他の部門に付け替える形で運営されていることを知る。責任があいまいなので、プロジェクトがスコープ・クリープ(プロジェクトの範囲が当初のものからずるずると変化すること)を起こし、どのプロジェクトも予定通り完成していないのだ。

バートンは大学時代の授業で使ったプロジェクトマネージメントの本を引っ張り出し、ガントチャート、リソーススケジューリングなどを使って全プロジェクトを見直す。その段階で、バートンはIVK社は、自社ソフトを開発するのではなく、できあいのソフトをカスタマイズして使っているのがほとんどだと知る。

バートンは全体を見直した上で、IVK社の資産がウィンドウズ系なのに、オープンシステムを押しつけようとしている既存のコントラクターを切り、3社の評価の異なるベンダーから最適ベンダーを選定し直す。

バートンは次第に力量を発揮し、社外取締役のカッラーロから見込まれるようになる。そうするとCEOのウィリアムは彼らの結びつきを警戒するようになる。バートンが次期COO候補になっているので、ウィリアムは自らの対抗馬となりうることを警戒しているのだ。

そうこうしているうちに突如システムがダウンし、DoS攻撃による侵入が疑われる事態が発生する。事態を発表するものと全員が考えていると、CEOのウィリアムは独断で発表はしないことを決断する。これはCEOが決めることだとして、反対する法務担当役員とローン担当役員をその場でクビ切る。

結局侵入はあったのかなかったのか不明なままに終わった。ウィリアムの判断が結果的には正しかったのだ。

その他、社員の自分のブログによる内部情報リークなども、WEB2.0時代のリスクとして紹介されている。

最後はいかにもアメリカ風の終わり方だが、小説のあらすじは詳しく紹介しない主義なので、あえて触れないでおこう。


筆者は文系ながら、某インターネット企業のシステム責任者=CIOのポジションにいたので、自らの体験を追体験したような気がする。

この本で取り上げられている話は、現実にあることばかりだ。

文系出身者がシステム責任者になると、元からいるエンジニア達は、ジャーゴンや専門用語をことさら使って、話を難しくしてケムにまく傾向がある。

そこで「なにくそっ」と発奮して自分でもIT技術を学び、話が理解できるレベルにまで自分で努力しないと、文系CIOは単にハンコを押すだけの置物になる。

そして部下のシステム部長などのいいなりになって、結果的に過剰な設備投資をしてしまうのがオチだ。

この本のバートンの努力がよくわかる。筆者も発奮して勉強したので、理系大学生や高専卒レベルの初級シスアド資格が取れるまでになった。

一時は会社の会員DBを、自分でSQLをたたいてCRM分析していたものだ。

この本のようにシステムダウンもあったし、外部アタックのリスクは常にあり、ハード面、ソフト面でのセキュリティ対策は欠かせない。システム発注とエンジニアのマネージメントは本当に難しいと今でも感じている。


小説なので楽しく実際のCIOの仕事内容が理解できる。システム関係の仕事に興味がある人にはおすすめの本である。


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Posted by yaori at 04:03Comments(0)TrackBack(0)