先日内田朝陽君のお父さんを通じて知り合った西川りゅうじんさんから著書を頂いたので読んでみた。
三匹の子ぶたも目からウロコの二〇〇年住宅
著者:田鎖 郁男
ダイヤモンド社(2008-06-27)
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「三匹の子ぶた」というタイトルは、著者の田鎖郁男さんが書いた本のシリーズ名だ。前作は、「家、三匹の子ぶたが間違っていたこと」というものだ。
家、三匹の子ぶたが間違っていたこと
著者:田鎖郁男
ダイヤモンド社(2007-11-09)
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「能ある鷹は爪を隠す」の典型!
この本では25の住宅を写真付きで紹介しており、それぞれに西川さんの訪問記的な「龍眼住想」というコラムがついている。読んでみて西川さんの古文、漢文、西洋文学、美術、音楽、科学などにわたる広くて深い教養に驚かされた。
西川さんは天才マーケターと呼ばれながらも、講演などの「つかみ」では、「西川きよしさんはお元気ですか?」などとよく言われ、吉本の芸人だと思われているというジョークを飛ばす。まさに「能ある鷹は爪を隠す」の典型だ。
内田さんが「西川さんは大学生の時に1億円以上の売り上げがあったんだよ」と言っていたが、さもありなんと思う。
このコラムを見るに、たぶん新聞社の論説委員以上の実力があると思う。
オールラウンドな知識人
このブログでも紹介し、今話題になっている「これからの『正義』の話をしよう」は、ハーバード大学のマイケル・サンデル教授による学部学生を対象とした哲学の一般教養講座の一つだ。
これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学
著者:マイケル・サンデル
早川書房(2010-05-22)
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米国の大学の学部学生の教育は、オールラウンドな知識人を育成することに重点を置いたアカデミックな教育が中心で、専門教育は大学院に進んでみっちりやれば良いという考え方だ。
ハーバードなどの世界の一流大学、そして日本では東大の総力を結集した授業料600万円の超プレミアム講座EMPが育成しようとしているのは、西川さんのようなオールラウンドな知識人の育成ではないかと思う。
東大EMPは金曜日と土曜日のみ、どちらもフルタイムの開講で、一例を挙げると次のような講義内容だ。
金曜日:
1.コース名:科学・技術と教養:地球:物質循環と環境〜地球環境問題〜 講師:山田 興一
2.コース名:経営知識:兵站の最適化〜ビジネストランスフォーメーション戦略と実践〜 講師:程 近智
3.コース名:脳科学:脳科学〜脳科学と心〜 講師:小泉 英明
4.コース名:特別講義:特別講義:日本の国際的な役割、開発協力 講師:緒方 貞子
土曜日:
1.コース名:実践知識:国際ビジネスの必須背景知識〜Germany〜 講師:フォルカー・シュタンツェル ドイツ大使
2.コース名:医療・健康科学:医療・健康科学〜日本の医療システムが今後達成すべき望ましい姿‐総括討論〜 講師:永井 良三、秋山 弘子、横山 禎徳
3.コース名:科学・技術と教養:システム工学〜ポスト京都とシステム工学〜 講師:松橋 隆冶
4.コース名:科学・技術と教養:地球:物質循環と環境〜地球環境問題〜 講師:阿部 彩子
受講生わずか25名のためだけの講義で、豪華な講師陣の顔ぶれといい、最先端の研究の発表といい、まさに「知」の世界トップを目指すという内容だ。
このような内容の濃い講義と演習や研修旅行が毎週繰り返される。
もう一つのアカデミックな情報源
しかし授業料600万円は高すぎるので、もっと安く、しかしそれなりの知識を得られる情報源もある。それは「学士会会報」だ。学士会は旧七帝大卒業生の同窓会で、毎年四回「学士会会報」を出している。
最新の「学士会会報」の内容は次のようなものだ。
最新の學士會会報の目次
No.884 目次 (平成22年9月発行)
特集 −生物多様性−
生物多様性は難しくない
林 良博(山階鳥類研究所所長・東京農業大学教授・東大・農博・農・昭44)
生物多様性を考える−倫理・科学・経済の調和−
大久保 尚武(積水化学工業会長・経団連自然保護協議会会長・東大・法・昭37)
生物多様性について
小野寺 浩(国立大学法人鹿児島大学学長補佐・京大・農修・北大・農・昭46)
国際生物多様性年を迎えて−日本学術会議の活動から−
鷲谷 いづみ(東京大学大学院農学生命科学研究科教授・東大・理博・理・昭47)
グローバル化時代の国家回帰
遠藤 乾(北海道大学大学院法学研究科教授・北大・法・平1)
民主主義と社会保障を結びつけること−「もう一つの民主主義」のために−
田村 哲樹(名古屋大学大学院法学研究科教授・名大・法博・法・平6)
土井虎賀寿訳「DAS KEGON SUTRA, 4Bde.」と土井杉野さん
鎧 淳(金沢大学名誉教授・Litt.D.[Utrecht]・東大・文修・文・昭33)
宇宙ステーションへの帰還
土井 隆雄(国際連合宇宙部宇宙応用課長・東大・工博・工・昭53)
東アジア現代文化圏の形成と日本(午餐会講演)
青木 保(青山学院大学大学院特任教授・前文化庁長官・東大・教養修・教養・昭39)
昭和史再考−新しい研究成果から−(夕食会講演)
筒井 清忠(帝京大学文学部教授・京大・文修・文・昭47)
日本の急務、「真のエリート」教育を
藤田 宏(東京大学名誉教授(理学部数学)・東大・理博・理・昭27)
日本近代建築研究の足取り(退職記念講演会)
藤森 照信(工学院大学教授・東京大学名誉教授・東大・工博・東北大・工・昭46)
食生活・運動とがん予防
坪野 吉孝(東北大学法学部兼医学部教授・東北大・医・平1)
青雲はるかに−帯津三敬病院の窓から第一回 目には青葉 朝の気功に
帯津 良一(帯津三敬病院名誉院長・東大・医・昭36)
博物館だより(兵庫県立 人と自然の博物館)
岩槻 邦男(兵庫県立 人と自然の博物館 館長)
筆者はサボッてきちんと読んでいないので、自分の反省を込めて書くのだが、「学士会会報」を毎号きちんと読めば、相当高い教養を身につけることができると思う。
閑話休題。
この本は重量木骨の家の紹介本
この本の内容に戻るが、この本では日本各地25ヶ所の重量木骨の家(SE構法)を写真入りで紹介しており、鉄骨や鉄筋コンクリートに変わる、木を構造材として使った建築法を紹介している。
在来工法だと木の接合部はくりぬいていたものを、SE構法はくりぬき部分を最小限にとどめ、特殊な形状をしたSE金具を埋め込んで木造の強度を高めるものだ。
次の写真を見るとよくわかると思う。
在来工法だと1.3トンの強度が、SE構法だと13.9トンにアップするというのも驚きだ。これなら耐震性は全く問題ないはずだ。
西川さんはSE構法の家コンテストの審査員
西川さんは2007年に始まった「ちょっとプレミアムな私の家と暮らしコンテスト」という重量木骨の家のコンテストの審査員だ。
この本で紹介されている最初の数軒は床面積が300平方メートル程度の広い家で、とてもこんな家は縁がないと思ったが、100平方メートル前後の手ごろなサイズの家も紹介されており、これなら手が届くという気にさせる。
200年住宅というのは、日本の家も200年住めるようなものにして資源の有効利用と社会資本の充実に資すべきだという考え方であり、その構法の斬新さに感心した。
筆者の住んでいる家は、普通の木造の建売住宅で築15年だ。5年前に和室を洋室に変えるなど、リフォームしているので、今のところ全く問題ない。しかしこの家が200年も持つとは思えないので、いずれは建て替えが必要となってくると思う。
リフォーム程度で済めばよいが、ひょっとすると全面建て替えということになるかもしれない。そんなときにこの200年住宅という構法は選択肢の一つになると思う。
200年住宅の実現には、1.耐久性と耐震性、2.間取りが変えられる可変性、3.中古流通マーケットが必要だ。まだSE構法というのは、広く知られていないと思うが、いずれは200年住宅というコンセプトとともに広まってくると思う。
西川りゅうじんさんのコラム「龍眼住想」
この本の25軒の住宅一つ一つに西川りゅうじんさんの「龍眼住想」というコラムがついている。
参考になったコラムをいくつか紹介しておく。
★日本で最初につくられた吹き抜け空間は信長の安土城だという説がある。安土城は不等辺8角形の建物で、天主閣には4層の吹き抜け空間があったのだという。SE構法なら壮大な吹き抜けが作りやすいことに関連したコラムだ。
安土城については昨年「火天の城」という映画が封切られたが、奇しくもこの映画で西田敏行のライバルの建築家を演じているのが内田朝陽君だ。
★茶室の「にじり口」とマタイ伝の”狭き門から入れ”という教えを対比したコラムも面白い。「にじり口」は千利休が、淀川の漁師が、船小屋に身体をかがめて入る様子から着想したものだという。
この本の「日常と非日常がある家」という大阪の家は、この本で筆者の一番のお気に入りだ。
「にじり口」をヒントに、あえて入り口を狭く、低くしたホームバーは、非日常の空間に誘う「どこでもドア」の様だ。青い照明とホームシアターがよりいっそう非日常感をもたらす。
★ストーブが調理用にも使用されるという話から、シェフのランクである「ストーブ前」、そして「スーシェフ」、さら炉端という発想から「いざ鎌倉」の謡曲「鉢木(はちのき)」の話に広がる。
★「和魂洋才」は菅原道真の残した菅原家の家訓の「菅家遺誡(かんけゆいかい)」にちなむ「和魂漢才」をもじったもので、日本初の国語事典を編纂した江戸時代の国学者谷川士清(ことすが)が道真を思って創作し、それを平田篤胤(あつたね)が紹介して幕末の志士の間にひろまった。
★江戸時代の弓矢のマークは銭湯のマーク
★杉は日本古来の針葉樹であり、中国語の「杉」は別の木。本来は「椙」(すぎ)という国字を用いるのが正しい。杉は建材にも味噌や醤油の樽にも使われた。
★富士山は古来から「不死の山」と言われ、史記の「秦始皇本紀」に始皇帝が日本に不死の薬を求めて人を派遣したとある。「竹取物語」のクライマックスにも不死の意味を込めて「ふじの山」と名付けたことが記されている。
富士山を書いた富嶽三十六景などの浮世絵はヨーロッパの芸術家、たとえばゴッホの「タンギー爺さん」や、ドビッシーの交響詩「海」に影響を与えた。
出典:Wikipedia
出典:Free Wall Paper
★やまとことば「いえ」の語源から、中国の「易経」の「形而上」に飛び、アリストテレスにはじまる"Metaphysics"を「形而上」と訳した井上哲治朗、さらに老子の「道徳経」、そして「器」の話から聖書のコリント人への手紙の「土の器」の話になる。
上記のマイケル・サンデル教授の本と、西川さんの「形而上」についてのコラムに触発されたこともあり、現在カントの「純粋理性批判」を光文社古典新訳文庫で読んでいる。
純粋理性批判〈1〉 (光文社古典新訳文庫)
著者:イマヌエル カント
光文社(2010-01-13)
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この本は大学の時読んだので、冒頭のプロイセンの大臣に捧げる献辞とか、”アプリオリ”、”アポステリオリ”の認識とかが、「そういえば読んだことあるな」と思い出される。
しかし大学の時は「読んだ」というよりは「単に字面を追った」という感じだったので、今回新訳版で再度挑戦している。
ちなみに新訳版の第一巻のほぼ半分は、訳者の中山元さんの解説で、本体と解説書を一緒に読む感じなので、今回はよりよく理解できるのではないかと期待している。
ちょっと脱線したが、こんな感じで、「左官」の語源や、家と窓の系譜、玄関の語源、茶道と江戸城の大広間、ゲーテの「色彩論」など、西川さんのほとばしる知識はそのとどまるところを知らない。全く驚くべき博識である。
知識欲を刺激される優れたコラムだ。
余談になるがピッツバーグの石造りの家
余談になるが、筆者がピッツバーグで住んでいた家は、築40年を超えた石造りの家だった。
アメリカでは石油ショックの1970年代に建てた家は諸資材高騰のために最悪の材料を使った最悪のつくりの家で、その前か後の家でないといろいろ問題が出てくる。
筆者の家も買ったときは築40年だったが、むしろその頃の家の方が、新しい家よりも、つくりが良いと言われたことがある。
筆者の家は、マルチと呼ばれる3層構造の家で、右左が0.5階ずつたがいちがいに重なり、地階がガレージ、0.5階がファミリールーム、1階がリビング・ダイニング、1.5階がメインベッドルームという構造だった。3ベッドルームで、総床面積は160平方メートルだ。
部屋と部屋の移動のためには、数段しか階段を登らなくて良いという、年配者にはやさしいつくりだった。
筆者はこの家を買って、車が2台入るガレージドアを木製の重量ドアからアルミ製の軽量ドアに変え、バスルームを三角形のジャクージ付の日本風の浴槽と洗い場に変えて、日本風の風呂を楽しんでいた。
18万ドルで買った家を改良して、3年後に22万ドルで売った。改良投資は十分回収できた。家(上物)の値段が日本のように下がらず、改良すれば値段が上がることもあるのが、アメリカの良いところだ。
ちなみにJacuzziとはジェットバスを製品化したジャクジーファミリーという一家の名前だ。
ピッツバーグの家の土地は0.5エーカー強あったので、650坪くらいになる。一面芝生の傾斜地だったが、芝生にマットを敷いてゴルフのアプローチの練習を時々やっていたものだ。
これだけ広いと芝生に水をまくのが大変なので、自走式のスプリンクラーを使っていた。
庭のピクニックテーブルでバーベキューを時々やった。
季節の良い時はテラスで朝食。
ピッツバーグだと10月にはもう寒くなるので、普通の時は朝食は庭に面したキッチンの横の大きな窓のあるブレックファーストテーブルで食べていた。この場所が、筆者が一番好きな場所だ。
閑話休題。
世の中にはすごい人がいる。底知れぬ才能というのは西川さんのような人のことを言うのだろう。天才マーケターであると同時に、信じられないほど博識だ。これだけの知識は一朝一夕には蓄積できない。たぶん小さい時から教育を受けてこられたのではないかと思う。
今後西川さんにお会いした時には、和洋の古典から現代文学・芸術まで多岐にわたる勉強法を是非お聞きしたいものだ。
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