2011年04月26日

えこひいきされる技術 絶滅危惧種?の伝説の編集者・島地勝彦さんの本

えこひいきされる技術 (講談社プラスアルファ新書)えこひいきされる技術 (講談社プラスアルファ新書)
著者:島地 勝彦
講談社(2009-11-20)
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伝説の編集者で、集英社の「週刊プレイボーイ」、{PLAYBOY」「Bart」などの編集長を歴任した島地勝彦さんの本。

以前紹介した中島孝志さんの「本は絶対、一人で読むな!」に紹介されていたので、読んでみた。


柴田錬三郎・今東光

島地さんは編集者になりたての時に「眠狂四郎」を生み出した柴田錬三郎さんの担当になった。

眠狂四郎無頼控 (1) (新潮文庫)眠狂四郎無頼控 (1) (新潮文庫)
著者:柴田 錬三郎
新潮社(1960-08)
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われら九人の戦鬼(上) (集英社文庫)われら九人の戦鬼(上) (集英社文庫)
著者:柴田 錬三郎
集英社(2005-07-20)
販売元:Amazon.co.jp
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柴田蓮三郎さんに”えこひいき”され、集英社でも小説を書いて貰った。それから今東光さんに”えこひいき”されて「週刊プレイボーイ」で「極道辻説法」というコラムを書いてもらった。

極道辻説法 (集英社文庫)
著者:今 東光
集英社(1983-06)
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毒舌 身の上相談 (集英社文庫)毒舌 身の上相談 (集英社文庫)
著者:今 東光
集英社(1994-05-20)
販売元:Amazon.co.jp
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開高健

後でまるで双子といわれた開高健さんに「週刊プレイボーイ」の人生相談コーナーを頼んだ時は、「こんなに好きなんです」と叫び、開高健さんを押し倒し、馬乗りになって接吻した。

口に舌を入れてのど仏をなめ、「おおーちょっと、シ、シマジ君、強姦はいかん。強姦はー」ということで「人生相談」のコーナーを書いて貰ったという。

プレイボーイの人生相談 1966-2006プレイボーイの人生相談 1966-2006
集英社(2006-10-16)
販売元:Amazon.co.jp
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開高健さんとは「水の上を歩く」という共著まで出した。

水の上を歩く? 酒場でジョーク十番勝負 (集英社文庫)
著者:開高 健
集英社(1993-01-20)
販売元:Amazon.co.jp
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柴田錬三郎さんは、開高健さんの「ロマネ・コンティ・一九三五年」を読んで、「あいつは文章がうまいねえ」と評していたという。

ロマネ・コンティ・一九三五年―六つの短篇小説 (文春文庫)ロマネ・コンティ・一九三五年―六つの短篇小説 (文春文庫)
著者:開高 健
文藝春秋(2009-12-04)
販売元:Amazon.co.jp
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開高健さんには、島地さんが「週刊プレイボーイ」の編集長に昇格したときに、「編集者マグナカルタ」という文を貰ったという。その内容は次の通りだ。


編集者マグナカルタ9章

読め。
耳をたてろ。
眼をひらいたままで眠れ。
右足で一歩一歩歩きつつ
左足で飛べ。
トラブルを歓迎しろ。
遊べ。
飲め。
抱け、抱かれろ。
森羅万象に多情多恨たれ。

補遺一つ。異性に泣かされろ。

右の諸原則を毎食前食後、
欠かさず暗誦なさるべし。

御名御璽
開高健


島地さんはこの三人の人生相談をまとめた本も出している。

乗り移り人生相談 −柴田錬三郎・今東光・開高健、降臨!!乗り移り人生相談 −柴田錬三郎・今東光・開高健、降臨!!
著者:島地 勝彦
講談社(2010-04-02)
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塩野七生

ローマ在住の塩野七生さんには、心のこもったみやげもの攻勢で、塩野さんに”えこひいき”され、新潮社の牙城だった塩野文学の入門書ともいえる「痛快!ローマ学」を書いて貰った。

痛快!ローマ学 (痛快!シリーズ)痛快!ローマ学 (痛快!シリーズ)
著者:塩野 七生
集英社インターナショナル(2002-12-05)
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資生堂名誉会長の福原義春さん

読書家で知られる資生堂名誉会長福原義春さんにも”えこひいき”され、いろいろな本を教えて貰ったという。福原さんは「だから人は本を読む」という本を書いている。

だから人は本を読むだから人は本を読む
著者:福原 義春
東洋経済新報社(2009-09-11)
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福原さんの推薦する本に「世界の測量」という傑作があったという。

世界の測量 ガウスとフンボルトの物語世界の測量 ガウスとフンボルトの物語
著者:ダニエル・ケールマン
三修社(2008-05-23)
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科学書のようなタイトルだが、植木屋のせがれの大数学者・ガウスと貴族出身の博物学者・フンボルトの交流を描いた物語だ。図書館で借りたので、今度あらすじを紹介する。


交渉は第一声のぶちかましが必要だ

「交渉は第一声のぶちかましが必要だ」という章では、ジャック・ダニエルのタイアップ広告のときに一緒になったコマーシャルカメラマンの大御所・操上和美さんのことを書いている。

島地さんが、テネシー州ナッシュビルに近いリンチバーグの蒸留所に操上さんと一緒に行ったとき、先方の広報担当に何が見たいか聞かれて、操上さんは「ジャック・ダニエルの墓が見たい」と言ったという。

ジャック・ダニエルは女にモテモテで一生独身で過ごした。死んだ後女達が墓場でかち合ってもケンカしないようにイスを二つ置くように遺言したそうだ。

その場所でコマーシャル写真を撮影したら、ちょうど雪が降ってきて最高の場面を撮れたという。ジャック・ダニエルのコマーシャルは覚えている。



リンチバーグのジャック・ダニエル醸造所には、筆者も行ったことがある。

リンチバーグはドライカウンティのため酒は売れないので、醸造所ではレモネードしか出なかったのが印象に残る。

女にモテモテという話はマユツバだと思う。というのはジャック・ダニエルは風采のあがらない小男だったからだ。

筆者もジャック・ダニエルが好きだが、島地さんはジャック・ダニエルを毎晩愛飲していたという。

「ジャック・ダニエルはよく飲んでいるか?」と広報の人に聞かれ、「朝、シャワーを浴びたあと、脇の下にジャック・ダニエルを付けるんだ。ヒゲを剃ったあとにもジャック・ダニエルを付ける。誕生日にはバスの中にジャック・ダニエルを数滴垂らすんだ」と言ったという。

広報の人はびっくりして、帰りに社長室にあったジャック・ダニエルの古い大きなボトルと、千坪の樫の木林まで貰ったという。


田中角栄元秘書の早坂茂三

田中角栄元秘書の早坂茂三さんの話も面白い。

田中角栄が亡くなった時に、田中真紀子は早坂茂三さんを葬儀場に入れなかったという。その早坂茂三さんに頼んで書いたもらった追悼文が紹介されているので、引用して紹介しておく。

「田中角栄が昭和9年3月15日、たった一人で東京にやってきた。15歳。吃音で対人赤面恐怖症の少年が越後から13時間かけて上野駅に着いた。

少年が上京するとき、母親ははなむけの十円札を少年の胴巻のなかにしのばせて送り出した。

そのころ角栄の姉さんの一人は、戦前の日本の女としてはもっとも辛い商売をやっていた。この姉さんが毎月おふくろにハトロン紙の封筒でお金を送ってきた。よれよれの一円札に糊を付けててこで真っ直ぐに伸ばして、丁寧に二つ折りにして半紙に包んで封筒のなかにいれた。

田中は54歳の若さで総理大臣になった人だけど、ある日総理官邸の天井の低い執務室で、その話をぼくにしてくれた。『あのときに姉がおふくろに送ってきた一円札を封筒から抜いて舐めてみたら、姉の涙で札が塩辛かっただろう』ーそういって、しばらくじっと窓の外を見つめていた。

田中角栄も無名の若者だった。角栄が若い人に色紙を書くとき、好んで書いた言葉がある。”末ついに海になるべき山水も、しばし木の葉の下をくぐるなり”」



絶滅危惧種の編集者

ノウハウ本のようなタイトルだが、内容はノウハウ本ではない。伝説の編集者・島地さんと作家とのディープなつきあい方がわかって面白い。

しかし、作家とこのようなつきあい方をする編集者は、もういないと思う。その意味では絶滅危惧種の編集者の本と言うべきなのかもしれない。


幻冬舎見城さんとの違い

蛇足ながら、筆者の感想を一言だけ付け加えると、編集者と作家の編集上のやりとりが紹介されていれば、もっと良かったと思う。

以前紹介した幻冬舎の見城社長の本にあった編集者のやりとりのあらすじを紹介しておく。

編集者という病い (集英社文庫)編集者という病い (集英社文庫)
著者:見城 徹
集英社(2009-03-19)
販売元:Amazon.co.jp
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「編集者は作者とギリギリの勝負を挑むが、創作しているのは作者である。

見城さんは日本一の偽物になろうと決めたという。

何百人という本物の表現者を相手に、偽物としての栄光を手にしようと誓ったのだと。編集者は自分が感動できて、それを世にしらしめたいと思うからやっていける。

見城さんが編集した作品は朱がやたらと入っていたという。

「こういうせりふを言う人は、こういうセックスはしません」とか、「赤く染めたカーリーヘアーの女が一服するときに吸うたばこはセブンスターじゃなくて、ハイライトじゃないでしょうか」とかいった具合だ。」


あるいは見城さんは、別の絶滅危惧種編集者なのかもしれない。

今回のあらすじは本の紹介ばかりで、まるでアフィリエイトサイトの様になって申し訳ない。いずれにせよ楽しく読める本である。


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2011年04月24日

オデッサファイル フォーサイスの傑作を映画化 図書館で借りたDVD

オデッサ・ファイル [DVD]オデッサ・ファイル [DVD]
出演:ジョン・ボイト
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント(2006-10-25)
販売元:Amazon.co.jp
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図書館でフレデリック・フォーサイスの傑作を映画化した「オデッサ・ファイル」を借りた。

YouTubeにも予告編が載っている。



フォーサイスの小説は、「アフガンの男」「戦争の犬たち」「神の拳」「イコン」「悪魔の選択」などを読んだが、「オデッサ・ファイル」は読んでいなかった。

オデッサ・ファイルが第2次世界大戦中のナチスの有力者のファイルだということは知っていたが、ストーリーを知らずに映画を見たので、クライマックスに何が起こるのか予想できず大変楽しめた。

実はDVDの表紙写真がクライマックスの場面なのだが、詳しく説明すると興ざめなので、説明はやめておく。

もしまだ見ていなければ、是非小説を読まずに映画を見ることをおすすめする。

主演のジョン・ボイトがまだ若い。

この作品の前後の港区図書館のDVDコレクションは次の通りだ。

港区図書館DVD






一つの作品を残してすべて貸し出し中だ。結構いろいろなDVDを所蔵していることがわかると思う。

旧作なので、もしもよりの図書館がDVDを予約貸出していない場合には、レンタルビデオショップでも安く借りられると思う。

一度見ることをおすすめする。

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2011年04月22日

趙紫陽極秘回想録 天安門事件で失脚した趙紫陽主席の肉声

趙紫陽 極秘回想録   天安門事件「大弾圧」の舞台裏!趙紫陽 極秘回想録 天安門事件「大弾圧」の舞台裏!
著者:趙紫陽
光文社(2010-01-19)
販売元:Amazon.co.jp
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1989年の天安門事件で武力鎮圧に反対して失脚した趙紫陽(ちょうしよう)中国共産党総書記の回想録。2010年1月発刊だ。

アメリカで発売された"Prisoner of the State"という本が原本で、中国では発禁処分になっているという。

Prisoner of the State: The Secret Journal of Premier Zhao ZiyangPrisoner of the State: The Secret Journal of Premier Zhao Ziyang
著者:Zhao Ziyang
Simon & Schuster(2010-05-18)
販売元:Amazon.co.jp
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1989年6月4日(中国では6.4事件と呼ぶ)天安門事件の武力鎮圧後、趙紫陽は当時の最高権力者・小平の怒りを買って失脚し、事件の2ヵ月後から自宅に幽閉された。

幽閉生活は16年にも及び、最初は外出も禁止されていたので、好きなゴルフもできず、自宅で孫と遊んだり、ネットに向かってゴルフ練習をする毎日だったという。

この回想録は趙紫陽が監視の目を逃れて、60分テープに約30本録音したものを時系列的に整理したもので、翻訳で420ページものボリュームがある。


前任の胡耀邦も失脚

趙紫陽の前の総書記の胡耀邦(こようほう)も1987年1月に開明的すぎるとして小平の怒りを買い、辞任に追い込まれている。

胡耀邦の場合には、日本を訪問した時に、日本の若者3,000人を中国に招くと約束したり、中曽根首相と個人的にも親しくなって手紙のやりとりや、自宅に招いて宴会を開いた。それで「中国は個人外交をしてはならない。中曽根にきちんと対応できないものもいるようだ」として小平の批判を受けた。

加えて、香港のジャーナリストに小平の引退を望むような発言をしたことが、小平の怒りを買ったのだ。


趙紫陽の履歴

趙紫陽は河南省生まれ。13歳で中国共産主義青年団に入団した後に、1938年に共産党に入党、毛沢東周恩来と一緒に抗日戦争を戦った。

戦後は主に広東省で行政官としてキャリアを積み、特に農業生産拡大に成果を上げ、1965年に46歳という若さで広東省の党委員会第一書記に就任した。ところが、1966年からの文化大革命で失脚し、湖南省の機械工場で組立工として働かされた。一家4人で小さなアパートに住み、スーツケースを食卓代わりにしていたという。

1971年に毛沢東の指示で北京に呼び出され、内モンゴル自治区の党書記として復活し、広東省、四川省と党第一書記を務めた。

当時の中国は農業はソ連のコルホーズ(集団農場)にならって、人民公社が農業生産に当たっていた。いくらまじめに働いても個人の所得が増えないシステムなので、中国の農業生産は人口の伸びに見あっては増えず、凶作があった年は数千万人?の餓死者が出たといわれている。

この悪平等の人民公社システムを、一生懸命働いて生産量が増えれば、それだけ収入が増える戸別請負制に変え、あわせて国家の取り分も抑えて農民の生産意欲を格段に向上させた。

この農業改革が功を奏す一方、一人っ子政策で人口の伸びが頭打ちになったこともあり、中国の農業生産は人口を十分賄えるほどに拡大した。

このようにして趙紫陽は四川省などの勤務地で農業改革に成果を挙げ、それが中央の権力者の目にとまって、1979年には中央政治局委員、1980年には政治局常務委員会委員、国務院総理とトントン拍子で出世し、1987年に胡耀邦の失脚により党総書記に就任した。


1989年の天安門事件

ところが1989年4月15日に胡耀邦が亡くなると、自由化・民主化を求める学生や市民が天安門に集まり、デモを繰り返し、軍隊も出動して天安門事件が起きる。

ちょうどこのタイミングで北朝鮮を訪問することになっていた趙紫陽は、流血の事態を避けることを提案し常務委員会の全会一致で承認を得てから北朝鮮を訪問した。

一旦は収まった学生達の抗議行動が、再度燃え上がるのは4月26日の人民日報に、デモを非難する小平の厳しい言葉が掲載されてからだ。

小平は自分の言葉が公表されたことにショックを受けるが、最高指導者の言葉を撤回するわけにもいかず、デモ隊との衝突は避けられなくなる。

趙紫陽は2つのミスを犯したといわれている。

一つはアジア開発銀行の総会で「民主主義と法の原則に基づいた冷静かつ合理的かつ節度ある秩序正しい方法で問題の解決を図る必要がある」と演説し、学生デモは収まると発言したこと。

そして天安門事件のさなかに、ソ連共産党書記長のゴルバチョフと中ソ首脳会談をしたときに、小平が中国の最高指導者であるとゴルバチョフに語ったことだ。

小平は党中央軍事委員会主席ではあったが、国家主席でも党総書記でもなく、外から見れば国家主席の趙紫陽の方が権力者に見える。しかし、実は小平との会談が今回のゴルバチョフ訪中のクライマックスであると述べたという。

この2つのミスが、小平と長老達を激怒させ、趙紫陽と対立する李鵬首相を勢いづかせ、趙紫陽失脚に繋がった。


武力弾圧前の最後の学生達説得の試み

趙紫陽は5月19日に学生たちに広場から退去するよう天安門に直接出向いて演説したが、学生たちは聞き入れなかった。そして6月4日に軍隊により武力弾圧され、数千人の犠牲者が出たといわれる。

趙紫陽はすぐに党の全職務を解任され、それから16年間自宅に幽閉される。

その後1997年に小平が死去し、趙紫陽は2005年に死去している。

この本に1989年に天安門に出かけていって学生達にメガホンで呼びかける趙紫陽の写真が掲載されている。そしてその後ろには見たことのある顔がある。

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出典:本書5ページ

そう、恩家宝首相だ。当時はメガネをかけていないが、党中央弁公庁主任、中国共産党のいわば秘書長官のような立場だった。

恩家宝は胡耀邦、趙紫陽、江沢民の3人の総書記に仕え、出世して現在は首相の地位にある。天安門事件で趙紫陽は失脚したが、恩家宝はしぶとく生き残ったのだ。


いわば同年代史

筆者が中国との貿易に最初に携わったのは1976年で、1983年以来何度も中国を訪問している。

四人組が文化大革命で、政権を掌握して中国社会がめちゃくちゃになり、餓死者が数百万人出たと言われたのが1970年代初めだ。筆者が中国との貿易にかかわった1970年代後半は、毛沢東が死んで四人組が裁判にかけられ、小平が実権を握った時期だった。

中国とビジネスをやっていて困ったのは、1980年代初めに中央統制貿易から地方に貿易権を移譲する決定が出て、それまで交渉していた北京の冶金総公司から、契約窓口は地方の冶金分公司になるということで、急に窓口を移管されたことだ。

契約交渉には北京の冶金総公司の担当者も参加して、うまく契約できたから良かったが、中国政府の政策がガラリとかわったことには驚かされたものだ。

当時フィリピンの原料を中国浙江省に持って行って、委託加工して製品を日本に持ち帰るという取引をやっていた。

今は中国に原料を持ち込んで委託加工して製品を日本に持ち帰るという取引は普通に行われていると思うが、当時は画期的な取引だった。

この本を読むと1980年代は外資を活用して中国の経済を拡大する「合作」を奨励していたことがわかり、あの委託加工取引は中国の政策転換にぴったりタイミングがあっていたのだと思う。

筆者が1983年に委託加工工場の浙江省の横山鋼鉄廠を訪問した時には、夏にもかかわらずすっぽんを捕まえておいて、宴会をやって歓迎してくれた。たぶん浙江省の冶金分公司も中国中央政府の政策に沿って、外国との「合作」を実現したとして、評価されていたのだと思う。


中国の権力構造

1980年代は中国で誰が実権を持っていたのかわからなかったが、この本を読むと、中国共産党総書記は必ずしも実権を掌握しているわけではなく、四人組を追放した後は、小平が実権を持っていたことがわかる。

毛沢東の後継の総書記の華国鋒は1976年に党主席に就任して四人組を抑え込んだが、1978年に小平が最高権力者となると、権力闘争に敗れ、1981年に党主席を退いた。

華国鋒の後の総書記は小平によって推挙された胡耀邦で、1981年から1987年に失脚するまで党総書記を務めた。そのあとがやはり小平より推挙された趙紫陽で、1987年から1989年のわずか2年間だけの総書記だった。

趙紫陽の後を継ぐのが江沢民で、江沢民も中国のトップになったのが、主席就任後3年の1992年からだった。

小平は1978年から1992年まで一貫して党中央軍事委員会主席の座に座り続け、外国からはわかりにくい形で、中国のトップとして君臨した。

胡耀邦、趙紫陽、江沢民が総書記でありながら、中国の最高権力者ではなかったというのは、今回初めて知った。

中国の対外政策に関する権限がバラバラ(fractured)だと指摘するストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の「中国の新しい対外政策」という本を紹介したばかりだったので、趙紫陽の回想録はまさに当事者の発言で大変興味深かった。

中国の新しい対外政策――誰がどのように決定しているのか (岩波現代文庫)中国の新しい対外政策――誰がどのように決定しているのか (岩波現代文庫)
著者:リンダ・ヤーコブソン
岩波書店(2011-03-17)
販売元:Amazon.co.jp
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小平は1997年に亡くなっており、現在の中国には小平のような絶対権力者はいないと思うが、趙紫陽そしてその前任の胡耀邦と華国鋒の3人の国家主席が相次いで権力闘争に破れ失脚したことは、現在の胡錦涛、恩家宝らの首脳陣にもトラウマのようになっていると思う。

つまり外国に対してあまり友好的な態度を示すと、中央政府ではやっていけないということだ。


その他参考になった点

その他参考になった点を箇条書きで紹介しておく。

★中国政府は巨大なデベロッパーとして、中国経済の急成長を推進している。土地の賃借権を売って、開発を進めるという考えは、1985年に趙紫陽が香港の実業家ヘンリー・フォック(霍英東)に会ったときに、市街地の開発資金がないと言うと、「土地があるのに、どうして資金がないのですか」と言われて気が付いたものだという。

★1980年代前半には「三来一補」=来料加工(委託加工)、来様加工(サンプル委託加工)、来件装配(部品組み立て)と補償貿易(技術や機械の提供を受け、製品で支払う貿易)を進めたという。上記で紹介した通り、まさに筆者が中国で委託加工貿易を進めたタイミングと一致している。

★胡耀邦が北朝鮮に甘すぎたことも小平の怒りを買った理由の一つ。北朝鮮を訪問したときに、金日成から中国のジェット機を供給して、北朝鮮のパイロットを中国でトレーニングして欲しいとの要請を胡耀邦が受け入れたが、帰国後小平に潰された。

★趙紫陽自身はまだ読んでいないが、ゴルバチョフの回想記には、1989年に中国を訪問したときに趙紫陽から複数政党制と議会制への移行を示唆されたと書いてあるという。趙紫陽の考えは、共産党独裁という統治の方法は変えなければならないことと、「人治」から「法治」にすべきだという2点だという。


なにせ中国の元主席が書いた本なので、中国を動かすいわゆるFAW(Forces at Work=そこに働く力)の実態がよくわかる。

同時代史としても価値があり、大変参考になる本である。


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2011年04月18日

日銀エリートの「挫折と転落」 木村剛「天、我に味方せず」

日銀エリートの「挫折と転落」−−木村剛「天、我に味方せず」日銀エリートの「挫折と転落」−−木村剛「天、我に味方せず」
著者:有森 隆
講談社(2010-11-30)
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竹中平蔵慶応大学教授の右腕といわれた元日銀マンの木村剛(たけし)さんが創設の旗振りとなった日本振興銀行の破たんを中心に一連の不祥事を描いた本。

著者の有森隆さんは、インターネットバブルで一躍注目されたベンチャー企業創業者についての本や、オリックスの宮内さんの「政商」ぶりを書いた作品をいくつも出している。

強欲起業家 (静山社文庫)強欲起業家 (静山社文庫)
著者:有森 隆
静山社(2010-09-07)
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「規制改革」を利権にした男 宮内義彦-「かんぽの宿」で露見した「政商の手口」 (講談社プラスアルファ文庫)「規制改革」を利権にした男 宮内義彦-「かんぽの宿」で露見した「政商の手口」 (講談社プラスアルファ文庫)
著者:有森 隆
講談社(2009-04-20)
販売元:Amazon.co.jp
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この本では木村剛さんが中小企業への無担保融資を拡大するという高い理想を持って創設した日本振興銀行が、結局は違法高金利ローンのロンダリング銀行となり、銀行法・出資法違法行為を繰り返して破たんし、日本初のペイオフが実施された顛末を描いている。

木村さんは小泉元首相の参謀役として小泉改革を先頭になって推し進めた竹中平蔵慶応大学教授の右腕と言われた存在だった。

この本は木村さんの最大の支援者だった竹中平蔵さんについても、真偽のほどが不明な情報をいくつも載せている。


竹中平蔵批判オンパレード

★政界を引退した竹中さんが立ち上げたのが経済政策専門家集団「チーム・ポリシーウォッチ」で、木村さんも主力メンバーンの一人だった。しかし木村さんが逮捕されるとすぐに木村さんの名前を削除したという。

竹中さんは「木村容疑者と個人的なつきあいはない」とコメントしたと新聞で報道されている。すぐに木村さんと距離を置いたのだ。木村さんの雑誌「フィナンシャル ジャパン」にも登場し、木村さんを子分同様に支援してきた竹中さんなので、手のひらを返したような変わり身には驚かされる。

★竹中さんは小泉内閣の大臣職を歴任したが、民間出身の大臣は国民の信任を得ていないとして政治家に軽く見られたことに反発して、2004年に参議院議員に当選している。

しかし小泉首相が退任したら、竹中さんも任期を4年残してさっさと参議院議員を辞任して、ほどなく慶應大学教授に復帰した。

★竹中さんに目の敵にされたのがUFJグループだ。金融庁の特別検査チームがUFJに乗り込み、不良債権比率の高いことが明るみにでて、東京三菱銀行に吸収合併され、三菱UFJ銀行となった。

★竹中さんが「大銀行でも破たんはありうる」と言っていながら、りそなを逆転救済したので、外資系ファンドは莫大な利益を上げたという説がネット上で流布している。

「竹中金融相ら政策決定者が機密情報を流した」と指摘した植草一秀さんは、痴漢容疑で逮捕され、「ミラーマン」と揶揄され、事実上社会から葬られた。ちなみに植草さんは、「日本の独立」という「米・官・業・政・電」利権複合体の陰謀説についての本を昨年出版している。大体内容が推測できるが、今度読んでみる。

日本の独立日本の独立
著者:植草一秀
飛鳥新社(2010-11-20)
販売元:Amazon.co.jp
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★竹中さんは、ゴールドマン・サックスが三井住友銀行の5,000億円の増資に応じる前に、来日したゴールドマンの会長で、後のブッシュJR政権財務長官のヘンリー・ポールソンと会談している。

竹中さんがゴールドマンに三井住友銀行は国有化しないと明言したことから、三井住友銀行の西川頭取を救い、それから西川さんと竹中さんの仲が急速に緊密化したのではないかと有森さんは、推測している。

これはまさに植草一秀さんが「植草一秀の『知られざる真実』」というブログに「日本振興銀行をめぐる黒い霧」というタイトルで書いている通りだ。

竹中平蔵さんが「外資の走狗」という非難を浴びるのは、小泉内閣の閣僚でありながら、メガバンクの外資への売却を吹聴してまわったことから来ていると有森さんは語る。

先日読んだ「エコノミストを格付けする」という本でも、竹中さんは「これほどあけすけに、アメリカの金融界との間に立つ「フィクサー」として振る舞っていながら、多くの読者の支持を得ていることが不思議で仕方がない」として、2009年版では25名の著名エコノミストランキングの最下位グループ(格付け”B3”=投資不適格)と酷評されている。

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出典:「エコノミストを格付けする」213ページ

このブログでも「竹中式マトリクス勉強法」「経済古典は役に立つ」などの竹中さんの本を紹介している。書いていることはまともだと思うが、「外資に日本を売り渡した」という評価をしている人が多いようだ。


日本振興銀行の設立

日本振興銀行は、木村剛さんがアイデアを出して、消費者金融に資金を提供していたノンバンク「オレガ」の創業者の落合伸治さんが、2003年4月にJC(青年会議所)メンバー他から20億円の出資を確保して銀行免許を申請し、わずか4ヶ月で金融庁に銀行設立予備免許を取得した。

木村剛ー竹中平蔵ー伊藤達也(竹中平蔵の後の金融相)ー五味廣文金融庁長官という人脈の効果だという。

日本振興銀行の「担保に貸すな!人物に貸せ!」というのは、安田銀行創設者安田善次郎の「一にも人物、二にも人物、その首脳となる人物如何」という言葉を借りたものだという。

安田財閥の始祖、安田善次郎については、北康利さんが「陰徳を積む」という本を書いているので、今度あらすじを紹介する。安田銀行の直系の銀行である富士銀行出身の北康利さんが書いているので、富士銀行内でのエピソードも紹介しており、大変参考になる本である。

陰徳を積む―銀行王・安田善次郎伝陰徳を積む―銀行王・安田善次郎伝
著者:北 康利
新潮社(2010-07)
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閑話休題。

しかし創業社長の落合伸治さんは、とかく悪い噂のある人なので、結局日本振興銀行が正式に事業を開始してから、すぐに木村さんは落合さんを追い出す。

木村さんが第三者割り当てを次々と引き受けて持ち株比率をアップして、経営権をにぎったのだが、それができたのは日本振興銀行から木村さんのファミリー企業に迂回融資させた金を使っているのではないかという噂が流れたという。

木村さんは落合さんとの権力闘争に勝ったら、資金を回収するためにファミリー企業の持つ株を売ると思われたが、どこにも売れず、やむなく自ら社長として乗り込むこととなった。


日本振興銀行の乱脈経営

★元々中小企業に無担保融資をするために設立された日本振興銀行だが、中小企業向けのファイナンス取引が伸びないので、途中で高利で貸し付けている町金、ノンバンクの債権の買い取りを主なビジネスとした。

★関西のホリエモンといわれたBBネット社長の田中英司さんがつくったBBネットファイナンスという金融子会社との提携を強化し、木村さんは「新規の融資は全件BBネットを通しなさい」と行内で指示していたという。しかしBBネットファイナンスは銀行代理業務免許を受けておらず、銀行法違反の疑いがあった。

2007年夏に「コンプライアンス経営」を掲げて、執行役七人がクーデターを起こしたが、木村さんの巻き返しにあって腰砕けにおわった。

★日本振興銀行の経営が火を噴いたのは、商工ローン大手SFCGが2009年に民事再生法の適用を申請してからだ。SFCGはローン債権を二重譲渡して日本振興銀行は600億円だまし取られたという。

SFCGは高利で不当に得た過払い利息が2100億円に上る見込みだったので、グレーゾン金利撤廃で、過払い利息を払い戻すくらいなら、会社を潰した方がよいと思ったのではないか?潰す前にカネになるものは、何でも売れということで日本振興銀行にローン債権を二重売りしたのだ。

SFCGの社長大島健伸さんは「ナニワ金融道」を地でいく強欲金貸しだったという。

ナニワ金融道(1) (講談社漫画文庫)ナニワ金融道(1) (講談社漫画文庫)
著者:青木 雄二
講談社(1999-03-12)
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他の役員報酬は30万円/月にしていたにもかかわらず、SFCG破綻前に自分の報酬を月額1億円に上げたという。これが本当だとしたら、まさに会社を私物化する行為であり、モラルもなんにもない人物だったということがわかる。

大島さんは1998年のフォーブス長者番付で174位の総額2520億円とランキングされたこともあ、渡部昇一さんとの共著で「億万長者の教科書」という本も出している。

異端の成功者が伝える億万長者(ビリオネア)の教科書異端の成功者が伝える億万長者(ビリオネア)の教科書
著者:渡部 昇一
ビジネス社(2004-11)
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金融のエリートといわれてきた木村剛さんが、海千山千の大島健伸さんにババを掴まされたのだが、その木村さんもSFCGの足元を見透かして年率40%の金利を取っていたという。

★日本振興銀行グループは、「中小企業○○機構」という、いかにも政府系金融機関のように見える名前をグループ企業につけている。

中小企業振興ネットワークの直系企業は次の5社だ。これらグループ企業間で、迂回融資、見せかけ融資、飛ばしが行われていたという。このうちNISグループはグレーゾーン金利の消費者金融から撤退し、自ら日本振興銀行グループ入りした。


・中小企業管理機構
・中小企業信用機構
・中小企業保証機構
・中小企業投資機構
・NISグループ

木村さん逮捕と日本振興銀行の実態は、NHKのニュースでも詳しく説明している。



結局日本振興銀行の預金は、2010年9月10日、日本初のペイオフが実施された。5,820億円の預金のうち、1,000万円を超えてペイオフの対象とならないのは1.9%の110億円だったという。

日本振興銀行は定期預金しか扱っておらず、ペイオフになれば約定の年1.9%という高金利が保証される。しかし途中解約してしまうと、利息は大幅に減る。ペイオフで元利は保証されているので、預金者も満期まで預けたままの方がメリットがあるので、預金の払い戻しの混乱も起きなかった。



日本初のペイオフに金融界からは驚きの声が上がったが、日本振興銀行は特殊ケースでもあり、普通の銀行が破綻すれば、金融庁は今まで通り、ペイオフを実施しないケースもありうると有森さんは語る。

最後に有森さんは、小泉純一郎元首相には構造改革という「時代精神」が宿っていたが、構造改革の切り込み隊長の竹中平蔵さんも小隊長の木村剛さんも「壊し屋」で終わり、「あだ花」だったと結論づけている。

結局木村さんは政策立案のプランナーであって、自分を過信して「けもの道」に入ったのがそもそもの間違いで、日本振興銀行の経営者としてやってきたことは、モラルなきルール違反の連続だったという。

この本で有森さんが書いていることが正しいのかどうか、いずれ木村さんの裁判の判決が出るので、その時に明らかにされると思うが、それにしてもいいかげんな銀行があったものである。

石原さんが4期目の都知事になったので、新銀行東京はまだ長らえ、そのうちどこかの銀行が吸収合併というようなことになるのではないかと、筆者は予想している。

石原慎太郎都知事は日本振興銀行破綻直後に、木村剛さんの中小企業支援の理念は評価しているとのコメントを発表している。



新銀行東京でも、中小企業向けローンを獲得するために、日本振興銀行と同じような乱脈経営になっていないことを願う。


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2011年04月17日

レインマン 図書館で借りたアカデミー賞4部門受賞の作品

レインマン [DVD]レインマン [DVD]
出演:ダスティン・ホフマン
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン(2010-06-25)
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1988年のアカデミー賞最優秀作品賞に輝いたレインマンを図書館で借りて見た。



主演のダスティン・ホフマンは主演男優賞も受賞している。ダスティン・ホフマンは、この映画のために自閉症の人を何週間もじっくり観察したという話を聞いたことがあるが、この映画を見ているとダスティン・ホフマンが自閉症患者に見えてくる。

まさに迫真の演技だ。

映画が公開されたときに映画館で見たが、いまでも記憶に残る場面をあらためてDVDでゆっくり見直した。

この映画を見た人は覚えていると思うが、ダスティン・ホフマンが演じるレイモンドが、空港に行ってカンタス航空はまだ航空機事故を起こしていないというシーンがある。



昨年カンタス航空のA−380の事故があったので、てっきりカンタス航空も死亡事故を起こしたと思っていたが、エンジンが壊れて不時着しただけで、死亡事故ではなかった。

いまだにカンタス航空は、ジェット機では死亡事故を起こしていないことは驚きだ。

床に散らばった楊枝を見て、一瞬のうちに数を数えることができるレイモンドの才能に気づいたシーンも印象的だ。



その才能を利用して、出ているカードをすべて記憶し、ラスベガスのカジノで大もうけして、レイモンドが借金を返すところはいかにもアメリカ映画のエンターテインメントで楽しめる。



自閉症とは英語でautismと呼ぶことは初めて知った。

知的障害のない自閉症といわれるアスペルガー症候群とは、別に扱われることもあるようだ。

自閉症の肉親という重いテーマを扱っているが、ストーリーがいかにもアメリカ映画的で楽しめる。

トム・クルーズの演技もすばらしいが、それを上回るのがダスティン・ホフマンの演技だ。

以前も紹介したとおり、港区図書館ではDVDも貸出予約できる。東京23区内に住んでいるか、通学または通勤していれば、港区図書館を利用できるので、興味ある人は是非最寄りの港区図書館をチェックして欲しい。

ちなみに港区図書館の洋画DVDのコレクションは1104件で、「レインマン」の前後のタイトルは次のような作品を置いている。

港区図書館レ






昔の名画は良い。心が洗われる思いだ。「レインマン」も是非おすすめする。


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2011年04月12日

モノ言う中国人 中国のネットメディアの現状がよくわかる

モノ言う中国人 (集英社新書)モノ言う中国人 (集英社新書)
著者:西本 紫乃
集英社(2011-02-17)
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駐中国日本大使館で外務省専門調査員としてネットメディアを研究した西本紫乃さんの本。西本さんは中国在住歴が10年で、現在は広島大学大学院博士課程に在籍中だ。

先日会社で前駐中国日本全権大使の宮本大使の講演を聞く機会があった。講演の冒頭で宮本大使が西本さんの研究を本にして出版するように勧めたという話をされていた。

宮本大使ご自身も「これから中国とどう付き合うか」という本を出されている。

これから、中国とどう付き合うかこれから、中国とどう付き合うか
著者:宮本 雄二
日本経済新聞出版社(2011-01-06)
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モノ申す中国大衆

西本さんは最初に、中国では「話語権」という言葉を新聞やインターネットで目にすることが増えたと語る。

話語権とは単なる発言権でなく、世論に影響を与えるほどの影響力があることを意味している。「モノ申したい人」が増えており、中国の大衆が「モノ申す場」がインターネットなのだ。

中国のメディアは次の図のように完璧に国家によってコントロールされている。

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出典:本書54−55ページ

これに対してインターネット情報の監視システムは次の通りだ。

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出典:本書 83ページ

「インターネット管理室」が監視し、好ましくない記事にはサイト管理者に電話連絡して、「15分以内に削除しないと罰金3万元=39万円」が課せられるという。

このほかに「五毛党」という世論を体制側に有利なように誘導するため1件当たり五毛=8円の報酬を貰って書き込みをするインターネット評議員がいる。


最近の事例紹介

この本ではインターネット関連で問題になり、役人などの関係者が処分されたり、「人肉捜索」(いわゆる”さらし(晒し)”、ネット上でプライバシーや言動などをよってたかって暴くこと)になった例が紹介されている。


★「あなたはどこの単位の人間?」
国家水泳スポーツ管理センターの副主任の周継紅が、インターネット上の飛び込み競技の八百長について質問した記者に対して言った言葉だ。

国体の飛び込み競技の12個の金メダルは事前に受賞者が決まっているという八百長疑惑に対して、記者を見下した周継紅の発言が2009年の流行語にもなったという。


★蘭州の悲劇
2010年1月に甘粛省蘭州の省共産党の宣伝部長が不用意に650名から成るインターネット評議員のチームを編成したことを発表した。エース級50名、ハイレベル要員100名、ライター500名で構成され、エース級の人員を中心に、チームは緊密に連携を取りながらインターネットの掲示板などに活発に「正しい」意見を書き込むのだと。

甘粛省で650人もの評議員がいるということは、全国では10万人を超える評議員がいるのだろうから、仮に評議員の年収が五万元(65万円)だとすると、年間50億元(650億円)もの費用が評議員に充てられている。

それほどの予算があれば、四川省地震の時にロシアから借りたヘリコプターが90機買えるので、何が大事なのか考えるべきだという非難が盛り上がったという。

ちなみに甘粛省は中国の西域の省で、水力発電による安価な電力が有名な省だ。


★南丹錫鉱事故
広西チワン族自治区の南丹市の錫鉱山で2001年に浸水事故が発生し、81名の労働者が死亡したが、南丹県の幹部と鉱山主が結託して、事故の隠蔽を行ったことが、クチコミで広がった。

取材に行った記者は暴力で追い返されたが、インターネットで匿名の情報が掲載されてから、大きな問題になった。

「人民網」や「強国論壇」でもスレッドがつくられ、数万件の非難が寄せられ、南丹県の書記は死刑、錫鉱山オーナーは懲役20年の判決を言い渡された。中国でインターネットが世論を動かした初めての事件と言われている。


★孫志剛事件
2003年に広州で、身分証明書をもっていなかったため警察に拘束され、むかったために暴行されて死んだ孫志剛の死因が「心臓発作」と処理された事件。

両親が広州の都市報の「南方都市報」に事件を告発し、インターネットでも非難の声が広まった。大学教授などの法律専門家が、政府に対して法律の見直しを求めた結果、「収容送還の規則」が廃止された。

収容した農民たちから金を巻き上げて私腹を肥やしていた収容所職員の汚職も明るみに出たという。


★山西省闇レンガ工場事件
河南省に住む両親が行方不明となった我が子を探すために全国を探し歩き、山西省の違法闇レンガ工場で奴隷のような労働をさせられている息子を捜し当てたという事件。

河南省のテレビ局の記者が、行方不明の子どもを捜している親がいるという情報をもとに、闇レンガ工場に潜入し、最後に親子の再会の場面を映像におさめて放送するとともに、インターネットでも公開した。

インターネットでの書き込みは一週間で一万件を超え、政府を非難する声も高まったので、胡錦涛、恩家宝他の指導者が徹底的に調査するよう指示した。

監督不行届で山西省の省長が謝罪し、95名の党員や公務員が処分を受けた。ネットユーザーのパワーとインターネット世論の恐ろしさを中国の指導者が痛感した事件だった。

中国では農村と都市との年収格差が問題になっているが、農村でもインターネット人口は2007年以降急速に拡大している。


★許霆(きょてい)ATM事件
2006年広州市でたまたまATMの誤作動で、大金を引き出した許霆が、無期懲役に処せられた。刑が厳しすぎるとネットの声がひろまり、再審で懲役五年に大幅に減刑された事件。


★深圳市の女児わいせつ未遂事件
2008年に深圳市の海鮮レストランで、女児がトイレに連れ込まれそうになった事件で、犯人が「北京の交通部から派遣された市長と同格の高級官僚だ。何が悪い」と居直った事件。

レストランの監視カメラが女児が連れ込まれそうになった現場の映像を捉えており、両親とのやりとりも録音されていて、それがネットに公開された。公務員の横暴に非難の声が高まり、人肉捜索が行われ、犯人は広州市の党書記ということがわかり免職となった。


★インターネットの社会風刺が流行語に
2008年貴州省で、中学生が強姦され川に投げ捨てられるという事件が発生した。容疑者三人のうち二人が地元警察署長と親戚だったことで、真相隠しが行われ、容疑者が深夜の橋の上で、「腕立て伏せ」をしている最中に、女子中学生が自殺したという警察の発表が行われた。

2009年には雲南省の刑務所で入所四日めの囚人が頭部損傷で死亡した。刑務所側は「鬼ごっこ」をしていた時に壁に頭を打ち付けたという発表をした。

「腕立て伏せ」、「鬼ごっこ」という体制側の荒唐無稽な言い訳が、都合の良い言い逃れに対する冷ややかな批判をこめて、インターネット上の流行語になったという。

さらに2004年から胡錦涛主席の掲げる「和諧=ホーシェ社会」=ハーモニーの取れた社会、を皮肉って「河蟹=ホーシェ」がインターネットによく登場し、「河蟹される」というのは、管理者から発言を削除されるという意味で使われているという。


★愛国教育の世代
中国のインターネット人口は4億人を超え、年齢構成は若く、「80後」という1980年以降生まれの20代、「90後」といわれる10代が7割弱を占める。

次が日中のインターネット人口の年代別構成だ。30歳以下の年代が中国では7割を占め、日中間では大きな差があることがわかる。

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出典:本書161ページ

インターネットの普及により、以前であればデモ行動は簡単に抑圧できたのが、インターネットで抗議が広まると中国政府もコントールしがたくなっている。

この本では1999年のベオグラード中国大使館誤爆デモ、2005年の小泉靖国神社参拝反対デモ、2008年のカルフールボイコット騒動を比較し、インターネットで抗議が一般の民間人にまで広がっていることが比較説明されている。


尖閣漁船衝突事件
2010年9月に発生した尖閣列島沖での漁船と巡視船の衝突事件は、中国のインターネット人口が愛国教育を受けている若いユーザーが多いことから、燃え上がる可能性があった。

しかし北京や上海などの大都市では目立った抗議行動は発生せず、西安や武漢といった地方都市でのみ反日デモが発生した。もちろん中国政府の必要以上に事を荒立てないという方針もあったのだろうが、西本さんはこの現象は大衆の価値観の「ポストモダン化」が影響しているからだと説明している。

つまり大都市ではイデオロギーや国益といった大きな問題よりも、就職とか物価、あるいは海外旅行や車の購入といった個人的なことに関心を持つ人が増えているからだという。

西本さんはさらに中国理解のキーワードトは「非主流」だと語る。

経済の自由化によって中国では大衆社会というパンドラの箱があいた。メディアが国によってコントロールされていた頃は、海外の人は知る由もなかった「非主流」の情報が流れ出したのだと語る。

テレビ番組などの「三俗」(庸俗=下品、低俗=暴力的、媚俗=他人に迎合)の問題が指摘され、匿名性があり敷居の低いインターネットの普及により、大衆がインターネット上で様々な意見を述べるようになった。

胡錦涛や恩家宝もオンラインでインターネットユーザーと直接対話を行い、広州市では広州市の都市報の「南方都市報」傘下の「奥一網」でインターネットの対話コーナーを設けている。

米国の有名なチャイナ・ウォッチャーのスーザン・シャークは「中国・危うい超大国」という本で、中国のシンクタンク研究員の「私たちは、自分たちが行ってきたプロパガンダの虜囚となってしまったのです」という発言を紹介している。

中国危うい超大国中国危うい超大国
著者:スーザン L.シャーク
日本放送出版協会(2008-03-30)
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いままで愛国教育として「共産党よくやった史観」をマスメディア、博物館、映画、演劇などあらゆる機会で国民に植え付けてきた。そのため若い世代の多くは中国は優れた国、強い国と信じ、「西側の悪意に満ちた報道で不当な批判にさらされている」と思いこみがちだという。


2011年2月22日に出版された本で、中国のインターネットを中心とする世論の成り立ちがよくわかる。尖閣漁船衝突事件など最新の話題も含まれており、興味深く読める本である。


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2011年04月11日

本は絶対、1人で読むな! 超多作ライター 中島孝志さんの本

本は絶対、1人で読むな!本は絶対、1人で読むな!
著者:中島 孝志
潮出版社(2010-11)
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図書館の新着コーナーで見つけた本。

中島孝志さんの本を読むのは初めてだが、すでに200冊も著書、訳書を出しているという。

中島さんは年間3,000冊本を読み、有料書評ブログを開設している。このブログの特長は中島さん自身が書評を吹き込んで、音声でも販売していることだ。

月1,050円ということで、月25冊、年間300冊の書評をこの有料ブログに乗せている。

中島さんのブログで公開されている部分を見ると、その本の内容ではなく、中島さんがその本を読んで啓発されたこと、思いついたことを書いてある。

まさにこれが書評とあらすじの差だ。別に本を読んでいないから悪いというわけではない。あらすじは本を読まないと書けないが、書評は本を読まないで書いても良いのだ。


読書会は「掛け算読書」

この本のタイトル通り、単に本を読むだけでなく、読書会に参加したり、ブログ・ツィッターなどで書評や読書会の内容を公開することによって、同じ本を読んだ人同士の「ジャムセッション」のような、互いに刺激し合う効果を力説している。

一人の読書は「足し算」だが、読書会は「掛け算」であり、それぞれの参加者が持つ余計な情報・価値ある情報を出し合うことで読書の効果を乗数的に高めるのだ。

たしかに他人の書評、本についてのコメントを聞くことは、自分が見落としていた点を補完する意味でも有益だと思う。

アメリカでも読書会は盛んで、「ジェイン・オースティンの読書会」という映画にもなったベストセラーがある。

ジェイン・オースティンの読書会 コレクターズ・エディション [DVD]ジェイン・オースティンの読書会 コレクターズ・エディション [DVD]
出演:エミリー・ブラント
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント(2009-11-04)
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ジェイン・オースティンは18−19世紀に活躍した英国の女流作家だ。

高慢と偏見〔新装版〕 (河出文庫)高慢と偏見〔新装版〕 (河出文庫)
著者:ジェイン・オースティン
河出書房新社(2006-02-04)
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6冊の長編小説を出版しており、いずれもが何度も映画化されている。

プライドと偏見 【プレミアム・ベスト・コレクション\1800】 [DVD]プライドと偏見 【プレミアム・ベスト・コレクション\1800】 [DVD]
出演:ドナルド・サザーランド
UPJ/ジェネオン エンタテインメント(2009-07-08)
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読書会のルール

たとえば次のような単純なもので良いので、中島さんは読書会で必ず守るべきルールを事前に決めておくことを勧める。

1.課題図書は必ず読んでくる
2.無断欠席はしない
3.お互いに価値ある情報交換をすること。聴くだけ参加はご遠慮ください。

講師が一人で話すのは論外で、参加者は本の内容を知りたいのではなく、本に書かれていない関連情報を知りたいのだと。

中島さんはいくつも読書会を主催しているだけあって、事前に読書レポートを準備するとか、iPadを読書会で活用するとかの読書会の効果を上げるノウハウをこの本で紹介している。


日経電子版の活用法

「日経電子版を賢く利用しよう」ということで、記事をクリップして、分類できる機能も紹介している。

1.ワンクリックで最大100本まで記事を保存できる。
2.仕事や趣味などで最大10件まで分類ラベルを付けられ、情報整理できる。
3.バックナンバーが一週間分読める
4.登録情報や閲覧履歴をベースに読者の関心ある記事を勝手にピックアップし、「ランキング形式」で見せてくれる。
5.関心のあるキーワードを登録すると48時間以内にそのキーワードを含む記事を自動収集して記事の見出しをメールで知らせてくれる。
6.パソコンだけでなく携帯電話でも読める。

100件の登録件数を3月は500件にアップしたり、検索件数を25件から100件にアップしたという日経メルマガは受け取っていたが、この本を読んで検索とか登録の活用法がわかった。

筆者は日経電子版を購読しているが、実はあまり活用していなかった。日経電子版の使い方を紹介した日経電子版広報部というサイトがあるので、日経電子版の活用を研究してみる。


人生を変えたければ朝型生活

中島さんは朝早く起きて仕事の効率を上げることを、いくつもの著書で書いているが、この本でも朝読書を勧めている。

「朝勉」は、自分を10倍賢くする!―まさに驚きの“効果”報告!要領がいい人の「1日×1回×1時間」勉強法 (East Press Business)「朝勉」は、自分を10倍賢くする!―まさに驚きの“効果”報告!要領がいい人の「1日×1回×1時間」勉強法 (East Press Business)
著者:中島 孝志
イーストプレス(2010-03)
販売元:Amazon.co.jp
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中島さんと同様に、朝5時半起きの効用を説いている本もある。

朝5時半起きの習慣で、人生はうまくいく!朝5時半起きの習慣で、人生はうまくいく!
著者:遠藤拓郎
フォレスト出版(2010-04-06)
販売元:Amazon.co.jp
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実は筆者の職場でも東北関東大震災後、フレックスタイムを活用して、多くが8時始業に変えている。筆者も7時半すぎには会社に行っているので、平日は毎朝5時半に起きている。

今まで1時から2時前後に就寝という夜型の生活をしていたので最初はキツかったが、身体が慣れてくると朝型生活に変えることは大変メリットある。

「朝の1時間は夜の2〜3時間に匹敵する」と言われているそうだが、たしかに朝8時前から昼休みの12時まで、4時間以上あれば相当仕事がはかどる。

5時半起きでも、最寄りの駅に着くのは6時半頃なので、朝の通勤電車はそんなに空いていないが、帰りは4時半過ぎには会社を出られるので、ラッシュアワーの始まる前に電車に乗れることもメリットの一つだ。

中島さんはこの本で、「一日3分割法」を勧めている。午前4時から12時までの8時間は「過去の仕事」をこなす時間、12時から午後8時は「未来への仕事=投資」、そして午後8時からは自由時間だ。

1980年に旧ユーゴスラビアに出張したときに聞いた話を思い出す。ユーゴスラビアでも故チトーの方針で、まさに1日3分割法で、多くの会社や工場は6時から操業していた。6−14時が仕事の時間、14-22時が遊び・趣味の時間、22−6時が休息の時間というわけだ。


感動の涙を流すための読書

最後に、なんのために読書するかの理由を列挙して、「感動の涙を流したいため」というのも挙げている。

黒柳さんの亡くなった弟のことを書いた黒柳徹子さんの「小さいころに置いてきたもの」を紹介している。

小さいころに置いてきたもの小さいころに置いてきたもの
著者:黒柳 徹子
新潮社(2009-09-19)
販売元:Amazon.co.jp
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実は中島さんも小さいときに敗血症で亡くなった弟がいたそうだが、ほとんど記憶がないという。「あまりにも悲しいことや辛いことがあると、忘れることができるのかもしれない」と。


さすが年間3,000冊を読むだけあって、この本のあちこちで紹介されている本も大変参考になった。

中島さんは同じような内容の本を異なる出版社から数多く出版しているので、この本はあまり期待しないで読んだが、単なるノウハウ本ではなく、得るところの多い本だった。中島さんの他の本も読んでみようという気になった。


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2011年04月10日

ハリアーハイブリッド 運転次第で燃費は大幅向上!

いままで6年近くハリアーハイブリッドに乗って、このブログでもハイブリッド車の燃費に関する情報を何度も掲載してきたが、なんのことはない燃費が良くなるドライブ法に気づいていなかったことがわかった。

実は東北関東大震災の影響でガソリンが一時不足したので、ガソリンをできるだけ節約しようと、極力モーターを使って走るようにしたら燃費が1割以上向上したのだ。

従来、冬は暖房のためにエアコンを使うので8.8KM/L程度だったが、モーターをできるだけ使うドライブ法に変えたら、一挙に10キロ/L超となった。

ハリアーは4輪それぞれにモーターが付いているので、バッテリーレベルが一定を下回るまで平地ならずっとモーターで走行できる。

モーターで走れば燃費は無限大なので、モーターで走る距離が増えれば増えるほど、平均燃費は向上する。

今までは「アクセルをふかす→アイドリングで走る→アクセルをふかす」というパターンで運転していたのを、「アクセルをふかす→アイドリング→エンジンがかからない程度にアクセルを踏んでモーターで走行する→勢いが落ちたらアクセルをふかす」というパターンに変えた。(アクセルをふかす=エンジンを使用する)

その結果、自宅付近のアップダウンのある市街地走行で10キロ/Lという結果が出た。

harrier燃費201104





カタログ値の17.8KM/Lにはとてもいかないが、アップダウンがある筆者の家の付近で燃費が10キロを超えたので、平坦な市街地だとたぶん12キロ程度はいくのではないかと思う。

もっと早くこのドライビングテクニックを知っていれば、ガソリンを1割以上節約できたのに!

次回車の点検の時には、ディーラーのセールスマンに教えて、エコドライビング法の啓蒙をはかろうと思う。


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2011年04月08日

明治の外交力 陸奥宗光の「蹇蹇録」に学ぶ

明治の外交力―陸奥宗光の『蹇蹇録』に学ぶ明治の外交力―陸奥宗光の『蹇蹇録』に学ぶ
著者:岡崎 久彦
海竜社(2011-02)
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外交関係を中心に多くの著作を発表している元外交官・岡崎久彦さんの最新作。

岡崎さんは、お父さんの岡崎勝男さんも元外交官で吉田内閣の外務大臣という外務省のサラブレッドのような人で、陸奥宗光の親戚ということで系図も紹介されている。

この本では近代日本外交の創始者ともいえる陸奥宗光の回想記・「蹇蹇録」(けんけんろく)の原文と口語訳を対比し、岡崎さんの解説を加えていて、大変わかりやすい。

陸奥宗光











出典:近代日本人の肖像(国立国会図書館)

上の写真の出典で紹介した国立国会図書館の「近代日本人の肖像」という肖像写真コレクションは、坂本竜馬とか見慣れた肖像画が収録されていて参考になるので、チェックすることをおすすめする。

外務省の建物の前には陸奥宗光の銅像が建っており、外務大臣の謁見室にも陸奥宗光の銅像があるという。

陸奥宗光は1840年生まれ、紀州藩の藩士の家に生まれ、父の友人だった坂本龍馬に見込まれて、勝海舟の海軍操練所に入り、その後海援隊に参加する。明治維新後は政府の役人となるが、藩閥人事に反発し、政府を倒すべく画策したとして5年間東北の監獄に投獄される。

その後ワシントン、シカゴ、イギリス、ウィーンで政治学を学び、ウィーン大学教授ローレンツ・フォン・シュタインに師事する。帰国後、親友の伊藤博文に重用され、明治政府の外務大臣として活躍する。

この「蹇蹇録」は陸奥宗光の日清戦争についての回想録である。

そもそも「蹇蹇録」(けんけんろく)というネーミング自体がただ者ではない。漢学は四書五経を原典として学ぶが、五経のなかの最後の易経に「蹇」という言葉がある。「蹇」は足が萎えて進めない状態で、「蹇蹇」とは力の限り尽くして、結果の善し悪しは問うべきでないという意味だ。

この「蹇蹇録」を記した当時の陸奥宗光は結核に冒され、高熱を出し、血痰を吐き、命を削りながら難局に当たった。日清戦争には勝利したが、三国干渉で遼東半島をあきらめざるを得ないという結果となった。どうやっても同じ結果になっただろうという意味も含めて、「蹇蹇録」とネーミングしたものだ。


帝国主義は「過去」のものではない

先日の尖閣列島の中国漁船拿捕事件後、中国のデモのスローガンには「沖縄奪回」もあったという。日米安保条約があるので、米国が尖閣列島付近の軍事行動は日米安保が発動されると警告したことが、中国の抑えになった。

岡崎さんは「帝国主義は『過去』ではない」と語り、軍備増強を続ける中国を「力の強い方が傍若無人にふるまうのが帝国主義時代だ」として警戒を呼びかけている。

昔の中国である清と直接戦争した当時の外務大臣だった陸奥宗光の「蹇蹇録」は現代の日本人への教訓に満ちていると紹介している。

以前紹介した中国の現役大佐による「中国最大の敵・日本を攻撃せよ」などという本が中国で30万部のベストセラーになっているということを聞くにつけ、岡崎さんの「帝国主義は過去ではない」という主張もうなずけるところである。

中国最大の敵・日本を攻撃せよ中国最大の敵・日本を攻撃せよ
著者:戴旭
徳間書店(2010-12-17)
販売元:Amazon.co.jp
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「蹇蹇録」を読むための基礎知識

「蹇蹇録」を読む際の基礎知識として次の3点を指摘している。

1.欧米列強が激しく競い合っていた帝国主義時代のまっただ中だったこと。

2.日清戦争に至る経緯では、朝鮮半島の壬午事変甲申事変などの事件で清国は日本に煮え湯をのませてきたこと

3.当時の日本には明治維新で近代化を達成した誇りから、朝鮮半島から清国を排除して日本と同じような近代化をもたらせようという「義侠心」があったこと

最後の3.については、今では信じられないが、蹇蹇録には朝野を挙げて朝鮮を清の属国から近代化を遂げさせて救おうという義侠心があったことが記されている。

陸奥宗光自身は、「義侠を精神として十字軍を興すの必要を視(み)ざりし」と、冷静に考えていたが、この様な日本全国の強い世論をバックとして、清との軍事的解決という非常手段に臨めたと陸奥は記している。


陸奥宗光の功績

外務大臣としての陸奥宗光の功績は、条約改正と日清戦争を日本の勝利に終わらせ、清の巨額の賠償金を使って、南下するロシアに対抗する日露戦争の備えができたことと言われている。

日本が関税自主権を回復するのは、明治44年、小村寿太郎外務大臣の時であり、条約改正は実に明治の45年間を通じてやっと完了した。

条約改正の最初は英国との日英通商航海条約締結であり、1894年(明治27年)のことだった。陸奥は条約改定のことを感慨深げに蹇蹇録に「条約改正の大業は維新以来国家の宿望に係り、これを完成せざる間は維新の鴻業(こうぎょう=偉大な功績)もなお一半を余すに均し」と書いている。


日清戦争

そして日英条約締結の8日後に、豊島沖海戦があり、日清戦争がはじまる。

日清戦争の10年前の甲申事変では、清が日本に圧勝している。しかし日清戦争では日本軍の連戦連勝で、清は兵力は日本とほぼ互角だったにもかかわらず、重なる敗戦に怖じ気づいて敗走を重ねる。

最初の陸戦の成歓の戦いで、戦闘開始前日に豊島沖海戦で、清国兵千人と武器弾薬を満載した英国戦績の輸送船「高陞号(こうしょうごう)」を日本軍が撃沈していたことが伝えられ、清側に心理的ショックを与えていたという。

日本は清の外交暗号をすべて解読していて、清の増援艦隊の動静を把握して連合艦隊が撃破した。「高陞号」も東郷平八郎が指揮する「浪速」が見つけて、警告ー英人艦長以下退艦ー攻撃という手順を踏んだ上で撃沈したのだ。

岡崎さんも書いているが、敵の戦艦は逃しても輸送船団は逃さないという作戦を東郷平八郎は取った。その戦略的発想が当の日本海軍でなく、アメリカ海軍に引き継がれたことは歴史の皮肉というより、日本軍人のおごりに他ならない。

日清戦争の経過図は次の通りだ。

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出典:本文 141ページ

アメリカの調停で、清の李鴻章が来日し、下関で講和条約交渉がはじまるが、来日した李鴻章を自由党員にピストルで狙撃され、重傷を負うという事件が起こる。

講和条約交渉当初は、日本は休戦を認めていなかったが、李鴻章が狙撃されたので、日本としても誠意を示す必要があったので、休戦に応じた経緯が蹇蹇録に記されている。

《条》~1



出典: Wikipedia


三国干渉と日露戦争への道

下関条約で日本は巨額の賠償金を勝ち取り、遼東半島台湾澎湖諸島などの領土を獲得するが、条約締結直後のドイツ・フランス・ロシアの三国干渉で、遼東半島を手放すことになる。

日本では英米の力を借りて、はねつけようとするが、英米が静観する態度を取ったので、やむなく受諾して清に遼東半島を還付する代わりに追加の賠償金を得る。

日本の世論はこの屈辱にいきり立ったが、政府は臥薪嘗胆をスローガンに軍備を拡充し、次の日露戦争への備えを進めることになる。

ロシアは李鴻章にワイロを払って、1896年に李鴻章ーロバノフ秘密協定を結び、三国干渉で日本に諦めさせた遼東半島の旅順・大連の租借権を手に入れる。ロシアの旧満州での権益拡大が、1902年の日英同盟、1904年の日露戦争に繋がった。

蹇蹇録は三国干渉後で終わっており、陸奥宗光は持病の結核が悪化し、下関講和条約後の1897年に亡くなる。

「余は当時何人を以てこの局に当たらしむるもまた決して他策なかりしを信ぜんと欲す」が終わりの言葉だ。まさに蹇蹇録というネーミングの通りの他に策はなかったという回顧の言葉である。

300ページ余りの本だが、字も大きく読みやすい。

日露戦争は「坂の上の雲」でも取り上げられているので、ある程度親しみがあるが、日清戦争についてはほどんど覚えていなかった。陸奥宗光という偉大な明治の政治家と、日清戦争前後の時代背景がわかり、興味深い本である。


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2011年04月07日

中国の新しい対外政策 ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の最新論文

中国の新しい対外政策――誰がどのように決定しているのか (岩波現代文庫)中国の新しい対外政策――誰がどのように決定しているのか (岩波現代文庫)
著者:リンダ・ヤーコブソン
岩波書店(2011-03-17)
販売元:Amazon.co.jp
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軍備・戦略研究で世界トップクラスのストックホルム国際平和研究所の中国研究者2名が、誰がどのように中国の外交政策を決定しているのかについての研究結果を発表した論文。

ストックホルム国際平和研究所は略称SIPRIとして知られており、世界各国の軍事費を調査した「軍備,軍縮及び世界の安全保障年鑑」が有名だ。

SIPRI年鑑:軍備,軍縮及び世界の安全保障2006SIPRI年鑑:軍備,軍縮及び世界の安全保障2006
著者:ストックホルム国際平和研究所
広島大学出版会(2007-03-31)
販売元:Amazon.co.jp
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この本は原注が240以上、全体の1/4を占める本格論文で、次のような構成となっている。

要約

第1章 序説

第2章 対外政策における公的関与者
    中国共産党
      政治局及び政治局常務委員会
      党外事指導小組と他の中央委員会機関
    国務院
      外交部
      大使
      他の政府機関
    人民解放軍

第3章 対外政策関与者の思考に影響する諸要因
    「合意形成」による政策決定
    非公式チャンネルと忠誠心
    教育
      海外での教育と経験
第4章 周辺の関与者
    実業界
      金融機関
      エネルギー関係企業
      その他の企業
    地方政府
    研究機関と学術界
      政治局の集団学習会
      高次の政策提言
      情報の収集と共有
    メディアとネチズン
      多様性、速度、そして表現方法
      全方向的影響

第5章 結論
  
    
目次を見ただけでも、この論文がポイントをついていることがわかると思う。


著者は中国語ペラペラの中国研究専門家

著者のリンダ・ヤーコブソン(林達)はフィンランド人で、フィンランド国際問題研究所を経て、2009年にストックホルム国際平和研究所の「中国と世界の安全保障」の責任者に就任した。中国滞在15年以上という人で、流暢な中国語を話すという。

もう一人の著者はアメリカ人のディーン・ノックス(那鼎承)。核不拡散問題の専門家で、台湾に6年間滞在し、ストックホルム国際平和研究所の「中国と世界の安全保障」の研究補佐。やはり中国語はペラペラという。


この本の要約

この本の最初に要約がある。中国の対外政策の決定過程は外から見て非常に見えにくいが、次の3つの傾向があるという。

第1は対外政策に関する権限がバラバラなことだ。外国人はもはや政策決定者の一つとだけ交渉することはできず、複数のキープレーヤーの管轄権や対抗関係を考慮しながら交渉しなければならないこと。

上記では「権限がバラバラ」と書いたが、英語の原文が併記してあり、それが"fractured"となっていたので、筆者なりに訳したものだ。

この本では「細分化」と訳しているが、"fractured"は複雑骨折などの時に使われる言葉で、てんでんバラバラで組織化されていないというイメージがある。

もし「細分化」だったら原文は"fragmented"となるはずであり、あえて"fractured"という言葉を使った原文の意味が通るように上記のように訳した。


第2に中国のすべての関係者が国際化は中国にとって不可避だと感じているが、どの程度まで国際化するかどうかは様々な見解があること。


第3に中国が国際的にその権益をより強く追求するべきだという見解が外交政策関与者の間で広まっていること。


これらの見方は、東大の高原教授が指摘されている小平の「韜光養晦、有所作為」スローガンを、2009年の大使会議の席で胡錦涛「堅持韜光養晦、積極有所作為」に変えたという中国外交政策のFAW(Forces at Work)の変化と符合している。


中国の国家機関

中国の国家機関の組織図は次の通りだ。

中国国家機関組織図





出典:外務省ホームページ

一般的には日本の内閣にあたり、温家宝首相が率いる国務院が中国政府の最高機関であり、対外関係で中国を代表するが、日本の外務省にあたる外交部はここ10年来権力が低下しており、楊潔篪(ようけつち)外交部長の儀典上の順位は5番目か6番目である。

外交上重要でない国は別として、重要な対外政策については、外交部は政策決定部門ではなく政策執行部門となりつつあるという。


影響力のある権力者や機関

外交部が力を失い、次のような幾重にも重なり、相互の関係がわからない権力者や委員会が中国の対外政策に影響を与えていることがこの本で詳述されている。

1.共産党の組織

政治局常務委員会(メンバー9名、胡錦涛が委員長)−最高決定機関
          I    (7−10日に会議開催ー非公開)
          I
党中央政治局(メンバー25名)ー不定期で会議開催

政治局常務委員会でも意見が分かれることはあるが、すべての重要決定には胡錦涛の支持が必要であり、かつ全員の合意が必要である。それゆえ対外政策決定は「まとまりがなく、混乱した、非効果的なもの」(原注:政府に助言を与えている中国の研究機関責任者へのインタビュー)となりがちである。


2.国の機関にポストを持たない党中央委員 
王家瑞(党中央対外連絡部長)
・王滬寧(党中央政策研究室主任)


3.党中央指導小組(一部メンバーのみ明らか)
・党外事指導小組(国家安全保障指導小組とも呼ばれる)
重大な対外政策決定はほとんどこの小組で行われ、常務委員会はそれを単に承認するにすぎないと推定されている。政治局常務委員のほとんどが対外政策問題には不慣れのため、対外政策専門家の経験に依存している。

主要メンバーは、戴秉国(たいへいこく)国務委員(議長)、王家瑞国際部長、楊潔篪(ようけつち)外交部長、陳徳明商務部長、梁光烈国防部長、国家安全部長である.

・党中央対台湾工作指導小組(国務院にも属する)
・金融経済工作小組


4.その他の党中央委員会関連機関 
・政策研究室
・中央書記処弁公室
以上の2機関の長は胡錦涛の外訪にも同行し、対外政策に影響力を持つとみられている。

・党中央国際部
もともとは海外の共産党との窓口だったが、現在は非共産党を含む海外政党との関係を担当。その出自から北朝鮮労働党、ミャンマー、イランなどの対外政策に影響力を持つ。

他にも宣伝部、対外宣伝弁公室、組織部なども対外政策に限定的な影響力を持つという。


5.大使
駐EU,ブラジル、フランス、ドイツ、インド、日本、北朝鮮、英国そして米国の駐在大使は副部長(次官級)だが、外国の影響を受けすぎて妥協するとして立場は弱体化しているという。


6.他の政府機関
・商務部 
対外援助の大部分を配分。

・中国人民銀行
為替レートと外貨保有の管理

・国家発展改革委員会
エネルギー分野での対外政策の関与者

・財務部
予算管理権を持つ。

・国家安全部
安全保障


7.人民解放軍
現在は軍の代表は政治局常務委員会にはいないので、中央政治局と人民解放軍の間には距離がある。人民解放軍を統括する党中央軍事委員会には、胡錦涛と昨年から習近平が唯二の文民メンバーとなっている。

人民解放軍と共産党の微妙な関係が、2007年の中国の衛星破壊兵器実験や2010年の米国ゲーツ国防長官訪中時の「殲−20」ステルス戦闘機の公開など、外交関係者が軍事面での動きを知らなかったという連絡不足を招いている。




8.非合法チャンネルと忠誠心
いわゆるコネのことである。出身地、出身校、履歴などを詳しく調べることで関係が見えてくる。前職が国有企業の社長であったり、同じ時期に留学していたなどだ。

たとえば胡錦涛と李克強は同じ中国共産主義青年団出身で、胡錦涛は次期首席に李克強を推したのは有名な話だ。

忠誠心も見えない力学の一つだ。たとえば江沢民はいまも政治局のすべての文書が届けられるという。


その他の特記事項

次のような面からも対外政策への影響力について分析している。

★教育
党中央委員会の203名のうち、少なくとも172名(85%)が学士以上、73名が修士、16名が博士だ。ただしこの中には教育レベルの低い中央党学校などの党の教育機関から認定を受けたインフレ学位もある。

★政治局の集団学習会
2002年に胡錦涛が党総書記に就任したときに政治局の集団学習会を始め、2010年までに66回開催されたという。毎回2人の専門家が招かれ、テーマの1/3は対外問題だったという。政治局のほとんどの議事は秘密だが、集団学習会の開催は公開されているので、報告者には知名度アップと昇進の機会となる。

★メディアとネチズン
メディアとインターネットメディアの分析も非常に参考になる。

1980年代に中国政府がメディアへの補助を打ち切ったことから、メディアは市場から資金を獲得せざるをえず、結果的に2000種類もの新聞、雑誌、数百ものテレビ局、インターネットのニュースサイトが顧客と広告収入を求めて競いあっている。

インターネット人口は2009年に4億人弱となり、世界最大のネット社会を形成している。もっとも人気があるのが「強国論壇」で、利用者は2百万人。

ブログも盛んで、公安当局は「五毛党」と呼ばれるアルバイトを多数使って、危険な内容を当局に通報し、ネット上の好ましくない見解を圧倒しているという。「五毛党」というのは、当局に有利な書き込みをすると5毛(約6円)もらえるからだという。

ネチズンの対外政策形成への影響力は増大しており。日本と米国に関する過激な民族主義的な意見が当局の行動の自由を制約している。世論が分かれている場合は、政府は無視できるが、世論が一致していると政府も無視するわけにいかなくなるからだ。

2008年フランスのサルコジ大統領がダライラマと面談したので、中国は温家宝首相のフランス訪問をキャンセルせざるをえなかったという例が挙げられている。


監修者の岡部達味東京都立大学名誉教授が負け惜しみ気味に語っているが、西洋人に弱いという東洋人のメンタリティをうまく活用してオフレコ情報も含めて突っ込んだ情報収集をしている。

このような高度な研究レポートの英文原本が、SIPRIサイトで無料でダウンロードできる。便利な時代になったものである。

プレスリリース:
http://www.sipri.org/media/pressreleases/2010/100906chinaforeignpolicy
レポート・ダウンロード:
http://books.sipri.org/product_info?c_product_id=410

興味があれば上記のリンクから原文をダウンロードして見て欲しい。


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2011年04月06日

原発事故に関する本 作家広瀬隆さんの原発廃止論

2011年4月6日追記:

大前さんが「福島原発 政府、東電の対応と東北再生のシナリオ」ということでYouTubeに4月3日放送の「大前研一ライブ」の映像を公開し、食品安全の問題から、非難措置、菅首相も積極的に取り上げた東北漁村再生の提案などについて解説しているので追加で紹介しておく。



2011年4月4日追記:

以下に紹介する広瀬さんの本も講演も、「原発はもとから不要だ・原発を廃止せよ」という以外に何の解決策も提示していないが、原子力研究で世界トップのMITの博士課程を卒業し、日立製作所の原子炉設計者であった大前研一さんがYouTubeでビジネスブレークスルー大学院大学の講義を公開している。

全体は1時間10分程度なので、全部を見るのは疲れるが、最後の部分に大前さんの今後の政策提言があるので、この部分は参考になると思うので、紹介しておく。

3月19日の公開講義と3月27日の通常講義の2編である。



3月27日の通常講義。



YouTubeにはこれ以外に3月13日の通常講義も公開されているので、興味のある人はこちらも参照して欲しい。


2011年4月2日初掲:

原子炉時限爆弾原子炉時限爆弾
著者:広瀬 隆
ダイヤモンド社(2010-08-27)
販売元:Amazon.co.jp
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「原子炉時限爆弾」というぶっそうな本が昨年出版されている。原発の危険性を訴えた作家・広瀬隆さんの本だ。危機的状況が続く福島第1原発の事故の関係で、アマゾンでは売り切れ・在庫なし・入荷未定となっている。

広瀬さんが高く評価している京都大学原子炉実験所助教の小出裕章さんも同様の警告本を出しており、これらも売り切れ・在庫なし・入荷未定だ。ちなみに小出さんのグループは「原子力安全研究グループ」というサイトで放射線測定値を公開している。

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ
著者:小出 裕章
創史社(2011-01)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

日本を滅ぼす原発大災害―完全シミュレーション日本を滅ぼす原発大災害―完全シミュレーション
著者:坂 昇二
風媒社(2007-09)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

図書館でも貸し出し中で、数ヶ月は待つようだ。仕方がないので、広瀬さんが以前書いた本を読んでみた。

一つは「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」という本。

ジョン・ウェインはなぜ死んだか (文春文庫)
著者:広瀬 隆
文藝春秋(1986-06)
販売元:Amazon.co.jp
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ジョン・ウェイン、ハンフリー・ボガード、ス−ザン・ヘイワード他、何十人ものハリウッドスターや映画監督、原作者などガンで亡くなった人を列挙して、それぞれの映画作品と死亡原因をリストにしている。まるでツタンカーメンの呪いで、関係者が続々変死した「王家の谷」のようだと。

彼らがガンで死んだのは、1950年代に核実験が行われていた米国ネバダ州の隣のユタ州で西部劇などの映画撮影を頻繁に行っていたからだという。

その証拠に彼らがロケしていたモニュメント・バレーに近いセント・ジョージというユタ州の町では、全米平均に比べて大幅に高いガン死亡率を示しているという。

このブログで紹介した「ヒトはどうして死ぬのか」でガンになるメカニズムが説明されている。日本では3人に2人はガンに罹り、がん患者のうち3人に一人は亡くなっている。

ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎 (幻冬舎新書)ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎 (幻冬舎新書)
著者:田沼 靖一
幻冬舎(2010-07)
販売元:Amazon.co.jp
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たしかに放射線被曝はガンになる恐れがあるが、これだけガンで死亡したハリウッド・スターを並べても、ロケ地のユタでの被爆が原因とは断言できないと思う。

ガンになる最大の要因は生活習慣と喫煙だ。昔のハリウッドスターは役柄上の必要もあり、大半が喫煙者だと思う。喫煙でガンになった確率の方が、ロケで時々ユタに行ってガンになるよりはるかに高いと思う。

次が厚生労働省が発表している平成17年度の簡易生命表にある日本人男性の死因グラフだ。

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出典:厚生労働省ホームページ

これだけ原発・原子力の脅威を力説していて、広瀬さん自身はスモーカー!?という「オチ」はないとは思うが、広瀬さんの講演を聞く機会がある人は、広瀬さんに確認して欲しいものだ。

さらに疑問なのが、1957年に旧ソ連のチェリャビンスクで起こった核燃料再処理工場の事故により飛散した放射能による被曝事故の原因だ。

ウラルの核惨事 (1982年)
著者:ジョレス・A.メドベージェフ
技術と人間(1982-07)
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広瀬さん自身も荒唐無稽と言ってはいるものの、地中にしみ出したプルトニウムが、地中で集積し一つの固まりとなり4キロを超えて核爆発を起こしたのだと。あまりに荒唐無稽なので、その部分を紹介する。

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出典:「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」本文

あり得ないことだ。こんな荒唐無稽なコメントがあると、広瀬さんの著書の信憑性を著しく落とす。

広瀬さんは放射線計を持ってチェルノブイリには行ったことがあるそうだが、こんな荒唐無稽なことを本に書くならチェリャビンスクも現地調査すべきだろう。

筆者は1990年代前半にチェリャビンスクを訪問したことがある。製鉄所も戦車工場もある重工業都市で、町も暗くて犯罪率も高く、外を出歩くこともできなかった。

このときに放射能汚染の話を現地で聞かされた。旧ソ連では、住民にすら全く知らされなかったという。

ちなみにチェリャビンスクは治安が悪く、朝一の飛行機でモスクワに帰る時に空港まで送ってくれたドライバーは防犯用のピストルを持っていた。

そんな都市だから広瀬さんも現地確認せず、ソ連の作家の本に書いてある仮説をそのまま情報を載せているのだろう。Wikipediaでは放射性廃棄物を貯蔵していたタンクが爆発したと原因を説明している。

広瀬さんは読者を必要以上に怖がらせようとしているとしか思えない。

広瀬さんのもう一つの本「危険な話ーチェルノブイリと日本の運命」も読んでみた。

危険な話
著者:広瀬 隆
八月書館(2010-07)
販売元:Amazon.co.jp
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こちらの本は、チェルノブイリの原発の炉心溶融事故は、規則違反で実験をしていて起こったとか、黒鉛型なので格納容器がなくて危険な設計だったなどという報道は嘘っぱちで、マスコミは正確な情報は流さないと語る。

そして日本の原発はすべてすぐに止めるべきだと自説を展開している。

実は日本は原発なしでも十分電力は余っている。日本の電力業界はマスコミをコントロールしており、原発をつくると設備製造メーカーのみならず、建築や地元対策費で巨額の金が落ちるので、産業界が原発建設を推し進め、都合の悪い情報は絶対にマスコミに載らない。

だから御用学者やNHKはじめ御用マスコミが、原発の危険性を全く報道しないのだと。

広瀬さんは普通のマスコミには登場しないが、朝日ニュースターというCSの番組に出演したときの映像がYouTubeに掲載されている。筆者の先輩からビデオを送ってもらったので、筆者もこの番組は見た。



40分もつきあえないという人には、4分弱のバージョンもある。



時間がある人は、次の1時間50分の広瀬さんの講演も見てみると良い。様々な角度から原発の危険性を指摘している。



放射能汚染が起こると、一番ダメージを受けるのはこれから長く生きなければいけない子どもだ。だから広瀬さん(68歳)は孫娘を関西に行かせたという。

広瀬さんの話っぷりがいかにも説得力があるので、広瀬さんの言っていることの真偽のほど、原発廃止論が根拠がある話なのかどうか、何が本当なのか混乱してしまう。

しかし冷静に考えると広瀬さんの本にもテレビの談話にもほとんど根拠が示されていないことに気づく。「危険な話」には、多くの新聞記事コピーがそのまま掲載されているが、新聞記事が正しいとは限らない。

特にYouTubeに収録されている講演の最初に、今回の地震の規模は実は8.3−8.4だったが、国の援助を引き出すために過去最大のマグニチュード9.0に引き上げたのだという話がある。

何の根拠で専門家でもないノンフィクション作家がこんなことを言えるのか?

少なくともこの二冊を読んだ限りは、今回の原発事故を奇貨として、今までほとんど注目されていなかった持論の原発廃止のために、あることないこと言って、世間を怖がらせているような印象だ。

まさにテレビCMで言っている「デマにまどわされないようにしよう」という「デマ」なのかも知れないし、実は正義・正論を主張している人なのかもしれない。

YouTubeの映像を見ればわかるが、広瀬さんの話には説得力があり、正しい指摘もある。

たとえばマスコミは、検出された放射線量の××マイクロシーベルト/時と、人体に影響のある基準の××マイクロシーベルト/年をわざと混同するように仕向けているが、マイクロシーベルト/年は、マイクロシーベルト/時を365X24=8,760倍、つまり約1万倍して比較する必要があり、だまされてはいけないと語る。

NHKで登場するすべての大学教授、解説委員、科学文化部記者は「大丈夫」と根拠のない話ばかりして許せないと具体名を挙げて非難している。

日本人の半分弱はガンになる。そしてそれが放射能被曝なのか、あるいは自然なのか、原因はわからない。

筆者の率直な印象は、「話にはいかにも説得力あるが、根拠は示されていない。デマゴーグというのは、こういう人なんだな」というものだ。

しかし異論も聞いておくという意味で、YouTubeの映像のどれかは見ておく価値はあると思う。

上記のように信憑性に疑問が残ることも念頭にいれて、付和雷同せず、それぞれが冷静に判断して欲しい。


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