2012年03月27日

仕事をしたつもり マンガ「エンゼルバンク」のモデル・海老原嗣生さんの新刊

仕事をしたつもり (星海社新書)仕事をしたつもり (星海社新書)
著者:海老原 嗣生
講談社(2011-09-22)
販売元:Amazon.co.jp
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このブログで「学歴の耐えられない軽さ」「課長になったらクビにはならない」を紹介したリクルート出身で、マンガ「エンゼルバンク」のモデルにもなった海老原嗣生(つぐお)さんの新刊。海老原さんは、リクルートエージェントの転職誌「HRmics」編集長で、HRコンサル会社ニッチモ社長だ。

エンゼルバンク ドラゴン桜外伝(1) (モーニングKC)エンゼルバンク ドラゴン桜外伝(1) (モーニングKC)
著者:三田 紀房
講談社(2008-01-23)
販売元:Amazon.co.jp
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いつも一生懸命遅くまで働いて、周りもハードワーカーとして評価しているのに、全く結果が出ない人がいる。その人たちを海老原さんは「仕事をしたつもリーマン」と呼ぶ。この本ではそんな「仕事をしたつもり」の気づき方、それとうまく付き合う方法を解説している。


仕事をしたつもりの典型的パターン

仕事をしたつもりの典型的パターンは次の5つだ。

1.「量の神話」
 ・何十枚ものパワーポイントを徹夜で作る
 ・資料を読み上げるだけの会議
 ・一冊のビジネス書を10分で読む速読術
  
すべてが海老原さんが「量の神話」と呼ぶ誤解だ。これらは仕事の成果とほとんど結びつかない。

2.「ハコモノ志向」
 ・「がんばろう!日本。」は何をどうがんばるのか?
 ・やたら凝っている企業のホームページ
 ・一日200件電話するというノルマ
 ・児童相談員が訪問しているのに、見抜けない幼児虐待

このような意味を考えず、とりあえず形だけはやっておこうというタイプの仕事をしたつもりのことを、海老原さんは「ハコモノ」と呼ぶ。

これの対局としてトヨタユニバーシティでのトヨタの情報開示を紹介している。海老原さんが、ここまですべてを見せて大丈夫かと質問したのに対して、トヨタの人は「トヨタでは「教え合い」、「競い合い」、「助け合う」風土があるから、トヨタではこの仕組みが生きるのであり、トヨタユニバーシティを真似た教育プログラムをつくっても意味はない」と語ったという。

ビジネスモデルという「ハコモノ」ではなく、人・モノ・サービスという「中身」を交えてはじめて勝負ができる。以前、ホリモンや三木谷さんの「インターネットとテレビの融合による新しいビジネスモデル」がまさにその例だという。コンテンツ抜きのビジネスモデル論は片手落ちである。

3.「本末転倒」
 ・タクシーでワンメーター5分で行くところを、経費節減で地下鉄で40分かけて行く
 ・裏紙コピーやマイ箸は意味がない、割りばしを使うのをやめても間伐材の廃棄が増えるだけ
 ・すぐに「みんなで考えよう」と言いだすバカ上司 
 ・この延長が、失敗すると「みんなで決めたことだから、しょうがないじゃないか」と言う上司だ
 ・「オレの仕事はお偉いさんと飲むことだ」と、毎晩交際費を使う上司
 ・「とにかくなんでもいいから客に会いに行け」という先輩
 ・「近くに来たので寄らせてもらいました」という営業

すべてが目的と手段のはき違え。本末転倒だ。何も考えていない営業の典型だ。

海老原さんは、考えることの例題として日本の労働市場についての定説を疑うことを紹介している。たとえば「日本の年収200万円以下のワーキングプアがついに1,100万人を超えた」というニュースがある、これによると、日本の労働力6,500万人の6人に一人がワーキングプアとなる計算となる。

しかし、実は学生、主婦などの扶養家族と家族専従者を足しただけで600万人いる。そして年金をもらいながら稼いでいる高齢者のうち、おそらく200万人が年収200万円以下だという。

つまり1,100万人のうち、800万人は扶養家族、高齢者のセミリタイア組なので、いわゆるワーキングプアなるものは300万人以下なのだ。

4.「横並び意識」
 ・形だけの年賀状を送る
 ・ニュース番組にウェブサイトはいらない
 ・「社員一丸となって」、「全社一律」、「一糸乱れぬ方針」などは何も考えない危険ワード
 ・業界トップ企業の施策をまねる
 ・「上の人が決めたことだから」と考えずに実施する

5.「過剰サービス」
 ・客を怒鳴るラーメン屋はアリか?
 ・「お客様は神様です」の誤解
 ・「カスタマーハラスメント」には断固たる態度を

カスタマーハラスメントとは、たとえばファーストクラスの客が、CAが毛布を掛けてくれなかったといって「客の顔を覚えてサービスしろ!」などと怒る例。

このような5パターンで「仕事をしたつもり」になる原因を分析している。


最近の学生の就職面接での受け答え

最後に最近の就職面接で海老原さんが感じたことを書いている。最近の学生は、「自分の長所を話してください」と聞くと、たいていの学生は次のように答えるという。

「結論から申しますと、ポイントは3つあります。一つは…、続いてその理由は…。」

最近の学生は面接指導で、「最初に要点の数などを具体的な数字で示す」、「ワンセンテンスは短く」、「サンドイッチ方式で、まず結論、次に理由を述べ、最後に再び結論を」などと教え込まれているためだろうと。

筆者は最近は新卒者の就職面接を行っていないので、このような受け答えを聞いたことはないが、いかにもありうる話だ。

最近読んだ「松下政経塾憂論」という本によると、松下幸之助は「ひと言で言ったらどういうことや?」というのが口癖だったという。まさにこの例の学生の応対と対極にある応対だ。

松下政経塾憂論松下政経塾憂論
著者:江口 克彦(参議院議員)
宝島社(2011-12-14)
販売元:Amazon.co.jp
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頭がすっきり整理されていないと、「ひと言」で言えない。

このブログは、自分の考えを整理するために書いている。「頭にスッと入る」というのは、松下幸之助の言う「ひと言」と同じ意味だ。

海老原さんが指摘するように、ビジネス書を1冊・10分で読んでも、また年間何百冊読んでも意味がない。

読書「量」の問題ではないのだ。

筆者は年間300冊程度本を読むが、読書量は自慢でもなんでもない。問題は読んだ本をどれだけ自分のものにできるかどうかだ。そのための不可欠のツールがこのあらすじブログなのだ。

世の中にはロクでもない本が多い。筆者が読む300冊はそれなりに厳選したつもりだが、それでもあらすじを書くにも値しない本が2−3割はある。

たとえば上記の「松下政経塾憂論」だ。

元PHP社長の江口克彦さんと東海由紀子さんという松下政経塾中退の人の共著のような体裁になっているので読んでみた。江口さんはあとがきを書いているが、東海さんとは面識はあるものの、この本の内容については3回インタビューを受けただけだという。

たとえば現塾頭の古山さんの批判を「ある人が、古山さんの選挙浪人時代に、彼の話を聞く機会があったそうです」という伝聞でやっている。

現塾頭の古山さんはその「伝聞証拠」だと「いやぁ、松下幸之助さんの本は、あんまり読んだこともないんですよ」、「塾生たちも、松下幸之助さんの本なんて、読んでないですよ」と言ったことになっている。

海老原さんがこの「仕事をしたつもり」で紹介している著者につねに難癖をつけながら読む「ケンカ読(書)法」の出番だ。

このブログでも松下幸之助の本を何冊か紹介している。、松下幸之助の主要著書を10冊読むのにどれだけの時間がかかるというのか?

その気になればせいぜい1週間あれば読めるだろう。就任前はともかく、塾頭に就任した人が、松下幸之助の本を読んでいないとは、あり得ない話だ。

「松下政経塾憂論」では、民主党の政経塾出身の代議士をのきなみ批判し、たとえば前原さんを「人の話を聞かない『ええかっこしい』だから起きたメール事件」と批判しているが、人のことが言えるのか?という感じだ。


横道にそれたが、海老原さんの本は、具体例や根拠となる統計データが多く紹介されていて参考になる。ところどころイラスト入りで、筆者は帰りの電車の中で1時間半程度で読み終えた。

簡単に読めて参考になる本である。



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2012年03月26日

皇軍兵士とインドネシア独立戦争 残留日本人の生涯

皇軍兵士とインドネシア独立戦争: ある残留日本人の生涯皇軍兵士とインドネシア独立戦争: ある残留日本人の生涯
著者:林 英一
吉川弘文館(2011-12-15)
販売元:Amazon.co.jp
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図書館の新刊書コーナーに置いてあったので読んでみた。

以前このブログでも紹介した通り、筆者の亡父は昭和18年に徴兵され、当時としては珍しく運転免許を持っていたので、輸送部隊のトラック兵としてインドネシアに赴任し終戦を迎えた。

「ビルマ地獄、ジャワ天国」という言葉があるそうだが、亡父はほとんど戦闘を経験しなかったと言っていた。たしかオーストラリア軍?の戦闘機と日本軍の戦闘機の空中戦を目撃し、飛行機が河に落ちるのを見たと言っていた。

当時インドネシアはオランダの植民地だったが、オランダ本国はドイツに占領され、オランダ王室と政府はイギリスに逃れていた。

そんな状況なので、インドネシアにおけるオランダ軍も弱体化しており、太平洋戦争緒戦の落下傘部隊によるパレンバン占領以外は、日本軍とほとんど戦闘はしていない。



当時のオランダ軍と、イギリス、アメリカ、オーストラリアの援軍は現地人兵士も入れて10万人の兵力で、インドネシアに侵攻した今村均中将の第16軍の5万5千人に比べて、数的優位にはあったが、航空兵力に勝る日本軍がわずか10日間でジャワ島を占領した。

連合軍がインドネシアを戦略目標としなかった結果、インドネシアの日本軍は、日本からの輸送船がことごとく沈められて、増援物資は得られなかったものの、戦闘がなかったおかげで兵力を保ったまま終戦を迎えた。

亡父は戦争が終わってからも武装解除せず、むしろインドネシア人を怖がっているオランダ軍の警備をしていたと言っていた。

この本で取り上げられた残留日本兵の藤山秀雄さんも同じように戦争が終わって、オランダ軍の補助憲兵として1945年9月19日のジャカルタのムルデカ広場で行われたスカルノ大統領の独立集会を警備していたという。

藤山さんはYouTubeで公開されているニュース特集で登場するので、それをまずは紹介しておく。



この独立集会で、スカルノの独立宣言をインドネシアの民衆が熱狂的に支持し、独立を武力弾圧しようとするオランダとの間で4年間にわたって独立戦争が繰り広げられ、藤山さん他の約800名(数千人という説もある)の元日本兵が独立戦争に加わり、その半数が戦死したという。

藤山さんの場合は、インドネシアに来る前にビルマで英軍と戦ったことから、戦犯として訴追されるのではないかという危惧があった。日本は全滅したという流言から、日本に帰ってもしょうがないという気にもなり、部隊にあったチェコ製の軽機関銃と弾薬を持って、もう一人の同僚と脱走を決意した。

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出典:以下、別記ない限りWikipedia

「日本兵は強い。日本兵がいれば戦闘に勝てる」という神話があったので、脱走日本兵は歓迎されたが、インドネシア独立軍はろくな武器もないので、アメリカ軍のシャーマン戦車などの兵器の補給を受けているオランダ軍とはまともな戦いにならなかった。

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藤山さんと一緒にインドネシア軍に参加した14名の元日本兵のうち、12名が戦死した。弾薬がないので、オランダ兵から盗んで戦う毎日だったという。藤山さんはビルマ戦線で負傷して、もともと足が不自由だったが、インドネシア独立戦争でも負傷し、びっこをひいて歩くようになった。

この本ではインドネシア独立戦争でのオランダ軍との戦闘の様子が藤山さんの回顧談として紹介されている。

4年間の独立戦争の後は、インドネシア人と結婚し、爆薬を使っての漁や、解体船事業など、様々な職業や事業を生きるために経験し、日本商社の現地雇員として働いたこともあった。

晩年はジャカルタの北のタンジュン・プリオクで自動車修理工場を経営し、孫に囲まれ、元日本兵の実業家として日本でも紹介されるようになった。

藤山さんたち元日本兵の多くは独立戦争の英雄として、亡くなった後はカリバタ英雄墓地に埋葬されている。

インドネシアを訪れた日本の首相は、2002年の小泉純一郎首相以来カリバタ英雄墓地に参拝し、日本とインドネシア友好の礎となった残留元日本兵の功績をたたえている。

藤山さんは残留日本兵としてインドネシア軍に参加して、何度も死にそうな思いをし、また独立戦争が終わっても、特に特技や技量がないので、奥さんと一緒に食うや食わずの生活を強いられていた時期もあったことが紹介されている。

前述のように残留日本兵の半分以上は戦死している。

亡父と藤山さんは、年は2歳しか違わない。

亡父がインドネシアに残るという決断をしていたら、どうなったのだろうと、ふと思う(もちろんそうなると筆者は生まれていないわけだが)。

YouTubeに短編映画のような元日本兵のインドネシア独立戦争への貢献を描いた作品が載っているので、最後にこれを紹介しておく。



この短編映画はいわば表の部分しか紹介していない。独立戦争後、いわば無国籍人としてその日を生きるのも大変だった元日本兵の裏の生活を、藤山さんという一人の残留日本兵を通して描いたのが、この本である。

興味深い本である。


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2012年03月22日

百年たっても後悔しない仕事のやり方  ライフネット生命社長の出口さんの本

百年たっても後悔しない仕事のやり方百年たっても後悔しない仕事のやり方
著者:出口 治明
ダイヤモンド社(2011-03-11)
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日本初のインターネット専門の生命保険会社・ライフネット生命の出口治明社長の本。

出口さんは日本生命出身で、生命保険に関する本を数冊書いておられる他、ライフネット生命設立までの話をまとめた本も出している。

直球勝負の会社―戦後初の独立系の生命保険会社はこうして生まれた直球勝負の会社―戦後初の独立系の生命保険会社はこうして生まれた
著者:出口 治明
ダイヤモンド社(2009-04-10)
販売元:Amazon.co.jp
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副社長の岩瀬大輔さんとコンビを組んでライフネット生命を経営しており、3月15日に株式公開したばかりだ。

岩瀬さんはライフネット生命起業の際の話を「132億円集めたビジネスプラン」という本にして出版している。
132億円集めたビジネスプラン132億円集めたビジネスプラン
著者:岩瀬 大輔
PHP研究所(2010-11-16)
販売元:Amazon.co.jp
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岩瀬さんの他の本はこのブログでも「入社一年目の教科書」と司法試験受験で有名な伊藤塾の伊藤真塾長との共著「超凡思考」を紹介している

ライフネット生命はこれからの生命保険がどうなるかを予測して、「インターネットオンリーで営業職のない超低コストの生命保険会社」というビジネスモデルをピンポイントで狙っており、”スイートスポット”を打っていることは間違いないと思う。

しかしたとえば自動車保険では、ソニー損保やアクサダイレクトが伸びてくると、東京海上系のイーデザイン損保や、SBI損保など、既存の生命保険会社や新規参入者が増えてきて、競争は激化している。

筆者は毎年自動車保険の一括見積もりサービスを利用して、毎年最安値の保険会社と契約している。

最安値保険会社は、以前は三井物産系の三井ダイレクトやイタリア系のゼネラリ保険会社だったが、ここ数年はイーデザイン損保、SBI損保と契約し、現在はアクサダイレクトと契約している。保険求償したこともあるが、どこの保険会社も事故対応サービスの質に差はなく、全く問題ない。

生命保険は自動車保険のように毎年更新することはないので、一旦契約が取れれば保険料収入は将来にわたって確保できる。しかしそのためにはライフネット生命の知名度を上げ、契約者に安心感を与える必要がある。

既存の生命保険会社はライフネット生命をつぶしにかかるだろうから、自動車保険の様にネットで生命保険料の比較が一般的になってくると、競争力ある水準を出して早期に顧客を囲い込めるかどうかがライフネット生命が成功するかどうかの鍵となるだろう。

この本はプロのライターが(出口さんにインタビューして)書いているせいか、あるいはプロのライターが書いているにも拘わらずと言うべきか、どうも心に響いてこない。

筆者の読み方が悪かったのかもしれないが、印象に残った点だけ紹介しておく。


ユスティニアヌス帝が、なぜベリサリウスを首にしたのか、ずっと疑問に思っていました

出口さんが日本生命の英国現地法人社長としてオックスフォード大学に支援をしていたときに、オックスフォード大学で初めての女性学長のキーブルカレッジ学長と一緒にランチを取って雑談していた時の話だ。

学長の専門が「後期ローマ帝国」ということなので、出口さんもこの分野は好きで、かなり読書をしていたので、上記の質問をしたという。

日本のビジネスマンとはいままで何回もお会いしたが、ベリサリウスの名前が出たのは初めてだということで、話がはずみ、その後も会社でのお別れ会にも顔を出してくれたという。

この話、筆者は全くチンプンカンプンだった。教養には終わりはない。まだまだ勉強が必要である。


イギリスはインドを失ったときから没落が運命づけられています

これも同じ学長が語った言葉だ。だから英国のエリートは没落のスピードをゆるめることが自分の仕事だと思っているのだと。

それゆえオックスフォードを出た最優秀の学生は、外務省を目指す。外交を強化することで、没落のスピードを遅くし、イギリスの存在を維持することができるからだ。外交を徹底的に大事にすることはイギリスの責務であると。

学生が民間に入る場合は、一番優秀な学生は教師になるのだと。次の世代に英国の実態をきちんと教えることが重要だからだと。

学長の話は大変示唆に富み、日本も成長したいのなら徹底的に人口を増やすか、あるいは冷静にピークアウトしたことを認め、その代わりに落ちるスピードを遅くして、徐々に降りていくという方向にまぜ方向転換できないかと疑問に思うと、出口さんは書いている。


在日英国大使館員は実は日本語が話せる

英国は英国大使館が経営する日本語学校を持っているという。以前は鎌倉にあったが、現在はアメリカと共同で横浜で経営しているという。だから麹町にある英国大使館の人は全員日本語が話せて、聞きとれるのだと。

横浜にあるYCAC=横浜カントリー&アスレティッククラブのことはラグビーでも対戦したことがあるので知っていたが、英国が横浜に日本語学校を持っているとは知らなかった。

英国大使館の人は公式の場では絶対に英語でしか話さないが、日本人同士で日本語で打合せしている内容はすべて理解しているのだと。まさにインテリジェンスである。

エリートたちは、英国は外交でしか国家の力をキープできないという意識があるのだという。


これからのビジネス英語で通用するのはTOEFL100点以上を取れる英語力

筆者はTOEFLは受けたことがないが、出口さんの教わった英語の先生によると、評価にブレがなく、グレードが信頼できるのは1.TOEFL,2.英検、3.TOEICの順だという。

TOEICは英語を母国語としない者を対象としたコミュニケーション能力テストであるのに対して、TOEFLは英語圏の教育機関による入学希望者の外国語としての英語力判定テストなので、シンプルなコミュニケーション能力以上のものを求められるという。

だからビジネスパーソンはTOEFL100点以上を常識とするのだと。


本論に具体例がほとんどなく、印象に残る部分が少なかったので、雑記録のようなあらすじになった。アマゾンのレビューで高評価を付けている人もいるので、中にはフィットする人もいるのだろう。


あまり参考にならなかったかもしれないが、よろしければ投票ボタンをクリック願いたい。





  
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2012年03月19日

日本酒は奥深い 銘柄その3 幻の銘酒 越乃寒梅

2012年3月19日追記

ひところは手に入れるのが難しく、プレミアム付きで売られていた新潟県の幻の銘酒・「越乃寒梅」を飲んだ。(いまでも単品で取り寄せるのは難しく、セット販売で売られている例が多いようだ)

「ぬる燗に適したもの」ということで酒屋に頼んだら、この純米酒「無垢」を推薦してきた。

越乃寒梅














ぬる燗でも飲んだが、結構辛口なので、ヒヤ酒で飲んだ方が良い感じだ。筆者はずっとワイン党だったが、亡くなった親父は日本酒ばかりヒヤで飲んでいた。親父が生きていれば一緒に飲みたい美酒である。

【贈り物に♪】越乃寒梅無垢1800ml
【贈り物に♪】越乃寒梅無垢1800ml



2011年12月1日初掲:

蔵元を知って味わう日本酒事典蔵元を知って味わう日本酒事典
ナツメ社(2011-01-21)
販売元:Amazon.co.jp
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日本酒の教科書日本酒の教科書
著者:木村 克己
新星出版社(2010-02)
販売元:Amazon.co.jp
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筆者は1978ー80年のアルゼンチン駐在以来、ずっとワイン派だった。自宅で飲むのはほとんどワイン。昨年くらいから食事によってはロゼも飲むようになったが、ほとんどずっと赤ワインだった。

日本酒は買ったこともないし、法事などでもらったものを飲むほかは家で飲んだこともなかった。

とはいえ、やはり刺身や煮魚などの日本料理には、ワインより日本酒の方が合うのではないかと思っていたことも事実だ。それのあらわれが、昨年からロゼワインを飲むようになったことだ。

そんなワイン党の筆者が宗旨変えして、上記に紹介した「日本酒事典」と「日本酒の教科書」を読んで、日本酒を飲み始めた。(どちらも参考になるが、「日本酒事典」の方が瓶の写真も紹介しており、銘柄ラベル写真だけの「日本酒の教科書」よりもなぜか親しみを感じた)

きっかけは東日本大震災だ。日本酒を飲むことで、すこしでも東北地方の復興の役に立てるのであればと思って飲み始めた。



醸造業の裾野は広い。もちろん原料の農業の振興にもなるし、バイオ技術や醸造設備産業にも貢献するとともに、地元の観光振興にも役立つ。

山梨の勝沼が良い例だ。ワイン産業としては世界的には小規模ではあるが、日本でも最大級のワイン産地として一大観光名所となっている。ワイナリー巡りなど観光客が一年を通して訪問するし、山梨大学工学部にはワイン科学特別教育プログラムもあり教育産業にも波及効果がある。

もちろん筆者が日本酒に切り替えたからといって、効果はたかがしれており、えらそうに言うべきことではない。しかし気は心、同じように賛同してくれる人もあると思うので紹介する。

筆者が飲み始めたのは宮城県塩竃の浦霞。もろに被災地にある酒蔵だ。浦霞自身もかなりの地震の被害を受けたはずだが、一本につき5円という復興資金を寄付することを実施している。

次が浦霞の種類だ。左から本醸造、ササニシキを使った純米酒、特別純米酒の「禅」と外箱というラインアップだ。

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本醸造は仕込みの段階で10%まで醸造アルコールを添加している。本来日本酒は純米酒が正統であり、アルコール添加酒は邪道、儲け主義だという非難の声がある。たとえば「美味しんぼ」では、純米酒こそが日本酒だといい、青リンゴなどの香りのする吟醸酒はハナから受け付けない。

美味しんぼ (54) (ビッグコミックス)美味しんぼ (54) (ビッグコミックス)
著者:雁屋 哲
小学館(1995-12)
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しかし筆者は浦霞で本醸造、純米酒、特別純米酒を飲み比べた結果、本醸造が一番気に入ったので、本醸造の一升瓶を買った。いままで40年近く酒を飲んでいるが、自分用に一升瓶を買ったのは初めてだ。

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アルコール添加はあくまで仕込みプロセスの一環であり、アルコールを10%添加することによって、いわゆる吟醸香が増し、「キレ」が良い辛口の酒に仕上がる。「美味しんぼ」の作者はアルコール添加酒を全く受け付けないが、筆者はこと浦霞に関しては、本醸造が安くてうまいと思う。

【佐浦】浦霞 本醸造 1800ml
【佐浦】浦霞 本醸造 1800ml

要はその人が飲み比べて一番気に入ったものを選べば良いので、別に純米酒にこだわる必要はないと思う。

ちなみに筆者は次の氷ポケットのあるデキャンターに入れて冷やして飲んでいる。

2011100910310000














キンキンには冷えないが、冷えすぎないで良い。

日本酒はワインに比べて安いので、良い日本酒を何本か飲み比べても、720MLの瓶であれば、せいぜい一本1,000〜2,000円で買える。

冒頭に紹介した「日本酒事典」や「日本酒の教科書」を読んで、基礎知識をつけた上で、日本酒を飲んで頂きたい。大手の酒蔵は江戸時代から続く老舗ばかりであることに驚くだろう。まさに日本酒は日本の伝統文化である。

東北の酒を飲めば東北復興にも微力ながらつながる。そんな気持ちも込めて日本酒を飲んで欲しい。


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2012年03月15日

グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ ヒッピー代表のバンドは先進的だった

グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶグレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ
著者:デイヴィッド・ミーアマン・スコット
日経BP社(2011-12-08)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

1960年代にサンフランシスコで生まれたロックバンド・グレイトフル・デッドは、ヒッピーカルチャーの象徴のようなバンドだった。コンサートではマリファナを吸う観客だらけで、警察も取り締まれないほどだったという。

元々ロックでもない、カントリーでもないという独自性を狙った即興演奏に特徴があるバンドだったので、コンサートでは歌詞を間違えたり、途中で止まったりして演奏の失敗があっても、ファンは許すというアットホームなコミュニティを作り上げたバンドだった。

まるでフットボールの試合前のスタジアムの駐車場のように、コンサート会場の駐車場では、あちこちでキャンピングカーでバーベキューをやっていたという。

1995年にリーダ―のジェリー・ガルシアが亡くなると、グレイトフル・デッドとしては活動を休止。残りのメンバーが「アザーワンズ」を結成して、現在は「ザ・デッド」として2009年からツアー活動を再開している。

グレートフル・デッドの熱狂的なファンの2人の著者が書いて、著者の一人デイヴィッド・ミーアマン・スコットの奥さんで、米国ボストン在住の小説家・渡辺香保里さんが翻訳した本だ。

糸井重里さんが紹介文を書いていて、糸井さんのウェブ新聞「ほぼ日」でもこの本に関する「糸井重里からデイヴィッドへの7つの質問と回答」という企画や「変わっている」という特設コーナーを設けて宣伝している。


昔から知っているバンドではあるが…

筆者は昔からグレードフル・デッドの名前は聞いたことがあるが、覚えている曲はない。YouTubeには1969年の伝説のロックコンサート・ウッドストックでのグレイトフル・デッドの演奏が収録されている。



またYouTubeには、この本の紹介ビデオも日本語字幕付きで紹介されている。



グレートフル・デッドのコンサートは録音し放題、むしろファンが自分で録音できるように、コンサート会場には録音ブースを設けるという至れり尽くせりだった。

一方、評判の良い100回ほどのライブの高音質録音版とスタジオ録音アルバムは「リマスター版」としてバンドの公式サイトで有料で販売されている。高音質のものが欲しいファンは、リマスター版をバンドから直接購入するのだ。

フリーミアム(無料で入手できるが、高音質・高画質などのプレミアムものは有料で販売)などの先進的マーケティング手法を、当時から取り入れていて、グレートフル・デッドは年間5千万ドルも収益を上げていたという。

グレートフル・デッドはチケットの販売も自ら行っていた。熱狂的なファンはバンドから直接コンサートのチケットを買うことができるので、最も良い席はバンドの一番のファンが座ることができ、ファンはバンドと一緒にコンサートを楽しむことができた。

グレートフル・デッドは、最新の技術を取り入れることにも熱心で、コンサートに最高の機器を取り入れていた。「サウンド・オブ・ウォール」という1974年に登場した音響システムは、8年間の試行錯誤の結果、35万ドルかけて55台のマッキントッシュ・アンプ(アップルのマッキントッシュではない。昔ながらの真空管アンプが有名なマッキントッシュだ)が22万6千4百ワットの電力を使うものだったという。

スピカーは600台。幾何学的な模様に組み立てて作った壁はまるで、巨大な芸術作品のようだったという。

この本ではグレイトフル・デッドの先進性を軸に、たとえば「会社のソーシャルメディア用ガイドラインを作ろう」というようなコラムもまじえ、アイデアを紹介している。


アメリカ軍人がソーシャルメディアで情報発信!

たとえば米国国防総省では、軍人がブログやツイッター、フェイスブックなどのソーシャルメディアに参加することを禁じていたが、ほうしんを180度転換して、利用を許可した。

機密情報を含む様々な情報漏えいを恐れてソーシャルメディアという技術を制限するよりも、軍務につく人たちがソーシャルメディアを利用して同僚や誘引、家族、そして一般市民とコミュニケーションを取ることの方が重要だと気が付いたのだという。

むしろ一般企業より軍の方が先進的で、「アメリカの軍隊はグレイトフル・デッドのマーケティングの教訓を生かしている」のだと。


Yコンビネーターというベンチャー起業ファンド

Yコンビネーターという会社は、創業したばかりの会社に簡単な審査で、少額の創設資金を提供するサービスを始めている。

いままでは、ベンチャー起業家はいわゆる「ドッグ・アンド・ポニー・ショー」と呼ばれる精緻な事業計画と目論見書をつくって、大手のベンチャーキャピタリストに大がかりが説明をしなければならなかった。

しかし、Yコンビネーターは簡単なオンライン・フォームに入力すると、応募の中から将来性のありそうなベンチャーを会議に招き、即座に投資の決定を下すという。

これにより起業家は、創業資金を獲得する時間が短縮でき、よりよい製品やマーケティングと営業に時間を費やすことができるのだ。

Yコンビネーターは、1社ずつ投資するのではなく、多くの企業をまとめたバッチに対して年に2回投資する。

また投資を監視するために取締役を送り込むのではなく、大学のベンチャー経営学のようなセミナーや研修を受けさせ、2ヶ月間みっちり鍛えるという。

Yコーディネーターは、グレイトフル・デッドの音楽ジャンルのように、既存の投資家の枠にはめることが難しいという。独自の投資家カテゴリーを作り上げたのだ。


オバマはラニングメイト(副大統領候補)指名をまずオンラインで伝えた

オバマ大統領も、大統領選挙中にラニングメイト(副大統領候補)のバイデン氏の指名を、主要メディアに発表する10分前に、ツイッターでフォロワーに伝えた。

最も熱狂的なファンに優先的にコンサートチケットを販売するグレイトフル・デッドのマーケティングのように、最も重要な支持者にまず知らせたのだ。

ワシントンDCで開かれたバラク・オバマの就任祝賀会では、「ザ・デッド」が演奏したという。

グレイトフル・デッドのファンには、バラク・オバマの他に、ビル・クリントン、アル・ゴア、トニー・ブレアなどがいるという。

著者の奥さんが日本人で、翻訳するというのは珍しい。元々小説家だけに、翻訳とは思えない、スムーズな日本語で読みやすい。

ケース17のアマゾン・アソシエイト(いわゆるアフィリエイトの元祖)とアマゾンマーケット・プレースの訳を混同している部分があるが、他は全く問題ない。

「アフィリエイト」の元祖のアマゾンが「アフィリエイト」と呼ばずに「アマゾン・アソシエイト」と呼んでいることは、一般の人にはわかりにくいところだから、やむを得ないところだろう。


糸井重里の紹介文や、「ほぼ日」でのキャンペーンサイトも面白い。グレイトフル・デッドの音楽を聞いてみなければ、という気にさせる面白い本だ。


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2012年03月12日

日本酒は奥深い 銘柄その2 吟醸酒のルーツ 熊本の香露

2012年3月12日追記

引き続き、被災地の塩釜の「浦霞」や各地の日本酒を試している。

今回はラミーズ六本木の内田さん(熊本県出身)のお店にあった熊本酒造研究所の「香露」をわけてもらって飲んでみた。

香露




「香露」は日本の吟醸酒生産で最も多く使われている「協会第9号酵母」を生みだした熊本酒造研究所の製品だ。

熊本酒造研究所 純米吟醸 香露 720ml
熊本酒造研究所 純米吟醸 香露 720ml

冷酒で飲んでみるとクリアーそのもの。雑味が全くない。むしろ後味がないので、若干物足りなくなく感じるほどクリアーだ。

日本酒は奥深い。さらにいろいろな銘柄を試してみる。


2011年12月1日初掲:

蔵元を知って味わう日本酒事典蔵元を知って味わう日本酒事典
ナツメ社(2011-01-21)
販売元:Amazon.co.jp
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日本酒の教科書日本酒の教科書
著者:木村 克己
新星出版社(2010-02)
販売元:Amazon.co.jp
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筆者は1978ー80年のアルゼンチン駐在以来、ずっとワイン派だった。自宅で飲むのはほとんどワイン。昨年くらいから食事によってはロゼも飲むようになったが、ほとんどずっと赤ワインだった。

日本酒は買ったこともないし、法事などでもらったものを飲むほかは家で飲んだこともなかった。

とはいえ、やはり刺身や煮魚などの日本料理には、ワインより日本酒の方が合うのではないかと思っていたことも事実だ。それのあらわれが、昨年からロゼワインを飲むようになったことだ。

そんなワイン党の筆者が宗旨変えして、上記に紹介した「日本酒事典」と「日本酒の教科書」を読んで、日本酒を飲み始めた。(どちらも参考になるが、「日本酒事典」の方が瓶の写真も紹介しており、銘柄ラベル写真だけの「日本酒の教科書」よりもなぜか親しみを感じた)

きっかけは東日本大震災だ。日本酒を飲むことで、すこしでも東北地方の復興の役に立てるのであればと思って飲み始めた。



醸造業の裾野は広い。もちろん原料の農業の振興にもなるし、バイオ技術や醸造設備産業にも貢献するとともに、地元の観光振興にも役立つ。

山梨の勝沼が良い例だ。ワイン産業としては世界的には小規模ではあるが、日本でも最大級のワイン産地として一大観光名所となっている。ワイナリー巡りなど観光客が一年を通して訪問するし、山梨大学工学部にはワイン科学特別教育プログラムもあり教育産業にも波及効果がある。

もちろん筆者が日本酒に切り替えたからといって、効果はたかがしれており、えらそうに言うべきことではない。しかし気は心、同じように賛同してくれる人もあると思うので紹介する。

筆者が飲み始めたのは宮城県塩竃の浦霞。もろに被災地にある酒蔵だ。浦霞自身もかなりの地震の被害を受けたはずだが、一本につき5円という復興資金を寄付することを実施している。

次が浦霞の種類だ。左から本醸造、ササニシキを使った純米酒、特別純米酒の「禅」と外箱というラインアップだ。

2011102317230000





本醸造は仕込みの段階で10%まで醸造アルコールを添加している。本来日本酒は純米酒が正統であり、アルコール添加酒は邪道、儲け主義だという非難の声がある。たとえば「美味しんぼ」では、純米酒こそが日本酒だといい、青リンゴなどの香りのする吟醸酒はハナから受け付けない。

美味しんぼ (54) (ビッグコミックス)美味しんぼ (54) (ビッグコミックス)
著者:雁屋 哲
小学館(1995-12)
販売元:Amazon.co.jp
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しかし筆者は浦霞で本醸造、純米酒、特別純米酒を飲み比べた結果、本醸造が一番気に入ったので、本醸造の一升瓶を買った。いままで40年近く酒を飲んでいるが、自分用に一升瓶を買ったのは初めてだ。

2011112719100000














アルコール添加はあくまで仕込みプロセスの一環であり、アルコールを10%添加することによって、いわゆる吟醸香が増し、「キレ」が良い辛口の酒に仕上がる。「美味しんぼ」の作者はアルコール添加酒を全く受け付けないが、筆者はこと浦霞に関しては、本醸造が安くてうまいと思う。

【佐浦】浦霞 本醸造 1800ml
【佐浦】浦霞 本醸造 1800ml

要はその人が飲み比べて一番気に入ったものを選べば良いので、別に純米酒にこだわる必要はないと思う。

ちなみに筆者は次の氷ポケットのあるデキャンターに入れて冷やして飲んでいる。

2011100910310000














キンキンには冷えないが、冷えすぎないで良い。

日本酒はワインに比べて安いので、良い日本酒を何本か飲み比べても、720MLの瓶であれば、せいぜい一本1,000〜2,000円で買える。

冒頭に紹介した「日本酒事典」や「日本酒の教科書」を読んで、基礎知識をつけた上で、日本酒を飲んで頂きたい。大手の酒蔵は江戸時代から続く老舗ばかりであることに驚くだろう。まさに日本酒は日本の伝統文化である。

東北の酒を飲めば東北復興にも微力ながらつながる。そんな気持ちも込めて日本酒を飲んで欲しい。


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2012年03月08日

祝!なでしこジャパン対米初勝利! サッカーという名の戦争

2012年3月8日追記:

結局なでしこジャパンは、アルガルベカップ決勝でドイツに破れ、2位に終わった。



筆者は今回は試合終了までテレビで観戦した。

すごい試合だった。前半早々に2点立て続けに点を取られた時は、今回はダメかと思ったが、よく追いついた。そして後半43分くらいにPKで3点目を取られた時も、あきらめずにすぐに点を取ってタイにして、ロスタイムに入った。

ロスタイムタイムアップ寸前に、ドイツのセンターフォワード、アフリカ出身のエムバビにハットトリックとなる4点目を押し込まれて、負けた訳だが、試合内容は決して悪くなかった。

たぶん佐々木監督は、今回をロンドン・オリンピックの強化試合と位置づけているのだと思う。後半で岩清水や鮫島など中心選手を交代させた。若手の力を伸ばそうとする戦略なのだと思う。

結局エムバビのみに3点やられた。身体能力バツグンのアフリカ系ストライカーであはあるが、守る手だてはあったと思う。

是非次のキリンカップでも国際試合の経験を積み、ロンドンオリンピックに100%の力で臨んで欲しいものだ。


2012年3月7日初掲:



現在行われている女子サッカーのアルガルベカップの予選リーグで、なでしこジャパンがとうとう米国に勝った。これで対米戦の連敗を止め、対戦成績は1勝、4分、21敗となった。次は3月7日にドイツと決勝戦だ。ぜひこの勢いで優勝してほしいものだ。

筆者は後半の最初まで試合を見ていたが、眠くなって途中で寝てしまった。起きたらなでしこが勝っていた。

前半ではゴールポストにあたる米国のモーガンの鮮やかなシュートとか、あぶない場面もあったので、よく守り切って勝ったものだと思う。

知名度が低い時代からなでしこジャパンを支援してきたのが、現・早稲田大学教授の平田竹男さんだ。平田さんは通産省官僚から日本サッカー協会・専務理事に転職し、現在は早稲田大学大学院スポーツ科学研究科教授を務めている。

その平田さんが日本サッカー協会専務理事時代に出した本が、「サッカーという名の戦争」だ。

サッカーという名の戦争―日本代表、外交交渉の裏舞台 (新潮文庫)サッカーという名の戦争―日本代表、外交交渉の裏舞台 (新潮文庫)
著者:平田 竹男
新潮社(2011-08-28)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る


平田さんは、元巨人軍の桑田と一緒にこのブログで紹介した「野球を学問する」という本を書いている。

野球を学問する野球を学問する
著者:桑田 真澄
新潮社(2010-03)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

この本ではサッカーのもう一つの舞台として、外交交渉の様なマッチメーキングの実態と面白さを紹介している。


なでしこジャパンを支援

平田さんはなでしこジャパンの知名度を上げるために、いろいろな努力をしてきたことを紹介している。

たとえばアテネ五輪の女子サッカーでは、はじめて地上波での生中継が実現した。本来人気番組「新婚さんいらっしゃい」の枠を、女子サッカーの生中継にテレビ局が編成替えしてくれたのだ。

平田さんは今でも桂三枝さんと時々会うそうだが、そのたびにこのことを思い出すという。

日本対北朝鮮の試合は平均視聴率16.3%(同日の巨人ー阪神戦の視聴率は11.3%)、最大瞬間視聴率が31.1%を記録したときは本当にうれしかったという。

平田さんは、男子サッカーのスポンサーのキリンに呼びかけ、女子のキリンカップをつくってもらったり、通産省時代から付き合いのあるアップフロント・エージェンシーの山崎会長に頼んで、所属するタレントの松浦亜弥、吉澤ひとみ、辻希美などに女子サッカーの応援に来てもらったという。

”ハロプロ”の協力もあって、マスコミの注目度も上がり、女子サッカーがテレビで報道される機会が増えた。

2011年に女子ワールドカップでなでしこジャパンが優勝して、女子サッカーの人気は今日の極みに至るわけだが、それまでは平田さんなどの地道な知名度アップの努力があったのだ。


「中東の笛」ならぬ中東のゴール取り消し

サッカーのワールドカップで一旦ゴールと認定された得点が、取り消されたことが一度だけ起こった。

1982年のワールドカップでのフランス対クウェート戦の時に、観客の笛をオフサイドの笛と勘違いしたクウェートの選手がプレーを止めた後にゴールが決まった。そうするとスタンドからクウェートの王子がグラウンドに下りて、猛烈に抗議を始めると、ゴールが取り消されたのだ。

ワールドカップ本大会で得点が取り消されたのはこれが唯一のケースだ。中東の国との交渉がどれほど難しいかを象徴する事件だ。


マッチメーキングで少しでも有利な環境をつくる

ドーハの悲劇と呼ばれる1993年10月のワールドカップアメリカ大会のアジア最終予選では、最終予選に残った6チームがカタールの首都ドーハに集まって総当たりのリーグ戦で戦った。



日本は2週間で5試合を戦い、最後の5試合めのロスタイムでイラクに同点にされて力尽きた。この試合で時間稼ぎをすべき時間帯に、攻めなくてもよいのにイラクゴールまで攻め上がって結局イラクにボールを渡して失点のきっかけをつくった選手がいたことは、前回の「武器としての決断思考」で瀧本哲史さんが指摘していた通りだ

上のビデオではわからないが、次のビデオだとそれがはっきりわかる。



得失点差で3位となり、日本は本大会には出られなかった。しかしあのようなコンディションで戦わなければならなかったのは、協会も含めて日本サッカー界全体に国際競争を勝ち抜けるだけの自力が付いていなかったのだと平田さんは語る。

その12年後の2005年のアジア最終予選は、4か国ずつ2グループに分かれ、6か月かけて各国ホームアンドアウェーで戦った。どちらが困難か明らかだろう。

2002年から2006年まで平田さんは、日本サッカー協会の専務理事としてあらゆる年代の代表戦のマッチメイクを担当した。

たとえばアテネオリンピックの日本代表のアジア最終予選は、日本とUAEの2か所集中開催。しかもUAEが先、日本ラウンドが後という最良の開催方式を勝ち取った。

基本はホーム・アンド・アウェーだが、対戦相手が決定してから24時間以内に交渉で合意すれば、開催方法を変えられる。しかし十分な準備がないと、24時間以内には交渉をまとめられない。事実、韓国が属する別のグループは交渉がまとまらず、ホームアンドアウェーとなった。

この時は通産省時代のカタールの石油大臣とのコネが生きて、ベストマッチメーキングができた裏側も紹介していて興味深い。


通産官僚時代に築いた人脈

平田さんは通産官僚時代にハーバード大学に留学し、ケネディスクールの自治会の役員としてアジア人でトップ当選したり、ケネディスクールのサッカー部を創設したりして、世界的な人脈を築いた。ケネディスクール時代の恩師が、その後労働長官となったロバート・ライシュ教授だ。

留学から帰って1989年4月に通産省産業政策局サービス産業室の課長補佐となり、J−リーグ設立やTOTO創設に尽力し、それが縁で日本サッカー協会の専務理事に就任した。

日本サッカー協会の専務理事になってからは、冒頭のなでしこジャパンの支援やマッチメーキング改善、それまで開催が止まっていた日韓戦の継続開催、日韓戦のテレビ放映権の平等化にとりくんだ。中東勢とは日韓が一緒になって交渉するというサッカーにおける日韓新時代を迎えることになった。

日韓共催ワールドカップでは、大分県の中津江村など各国のキャンプ地となった日本のホスピタリティ精神が世界に報道された。

また中村俊輔が2005年のコンフェデレーションカップで決めたロングシュートは世界中で語り草になり、日本のサッカーの国際認知度を上げる効果があった。



この本で平田さんは中村俊輔のゴールに代表される他国のファンまで魅了するサッカーと、中津江村に代表される日本のホスピタリティ能力という「ソフトパワー」で、日本が国際関係を改善することを提唱している。

2018年あるいは2022年のワールドカップで日本の単独開催を目指すことは、平田さんも従来主張してきたことだが、妥協するとすればロシアとのワールドカップ共催だろうと。

もちろん共同開催は原則として認められず、ロシアとは北方領土問題もある。ロシアはまさに近くて遠い国である。そんな日ロ関係を改善し、お互いがお互いを知る絶好のチャンスになるだろうと。

ロシアと協調することには反対の人も多いと思うが、筆者はロシアとの関係を深めることには賛成だ。ロシアと日本そして米国には中国という共通のライバルがある。このブログで紹介した大前研一さんが「ロシアショック」で提案しているように、ロシアカードはうまく使えれば21世紀の日本外交と日本経済に多大な貢献をすることになるだろう。

ロシア・ショックロシア・ショック
著者:大前 研一
講談社(2008-11-11)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

現在の政治家でロシアと関係を深めるという戦略思考ができる人がいるのかどうか定かではないが、柔道大好きプーチンが大統領に返り咲き、第2期プーチン時代が当分続くと見込まれる現状では、北方領土問題を解決して日ロ関係を改善する大チャンスと言えると思う。

平田さんの父親はシベリア抑留者だという。ロシアとの共同開催が実現したら、お父さんは何と言うだろうかという言葉で結んでいる。

サッカーの男女・日本代表の対外試合のマッチメーキングの裏側や苦労について、ここまで詳しく書いた本はほかにないと思う。

大変参考になる本である。


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