2012年09月30日

エマニュエル・スウェデンボルグの霊界 マンガ版

エマニュエル・スウェデンボルグの霊界 マンガ版―私は霊界を見てきた!!エマニュエル・スウェデンボルグの霊界 マンガ版―私は霊界を見てきた!!
著者:エマニュエル スウェデンボルグ
中央アート出版社(2000-03)
販売元:Amazon.co.jp
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1688年生まれのスウェーデンの科学者で、50代まで科学者・政治家として活動し、50代半ばから霊能力者として活動したスウェーデンボルグの霊界著述のマンガ版。

スウェーデンボルグについては、次の絵が参考になる。

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出典:本書8−9ページ

スウェーデンボルグは霊界で見聞、実体験したと語り、自分で体験したこと書いた「霊界日記」や「天界と地獄」など、多くの著作を残しており、これらはいまだに臨死体験では最も有名な作品である。
スウェーデンボルグの霊界日記―死後の世界の詳細報告書スウェーデンボルグの霊界日記―死後の世界の詳細報告書
著者:エマヌエル スウェーデンボルグ
たま出版(1992-10)
販売元:Amazon.co.jp
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天界と地獄天界と地獄
著者:エマニュエル スウェーデンボルグ
ミヤオビパブリッシング(2012-01)
販売元:Amazon.co.jp
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このマンガ版はスウェーデンボルグの霊界体験をわかりやすく説明しており、スウェーデンボルグの入門書としては最適と思う。

スウェーデンボルグが見てきたという霊界は次のような構造となっている。

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出典:本書218ページ

つまり人間は死ぬと霊魂はまず精霊界に行き、ここである期間すごしたのち、あるものは霊界に行き、あるものは地獄界に行くことになる。

地獄界に行く人は、自ら欲するままに地獄界を選んで行くのだという。

霊魂はまず精霊界で暮らすが、霊界の太陽の光や霊流を自分の内部に吸収することができない人は、ひなたで暮らすことができず、次第に地獄界の火に惹かれ、凶霊たちに親しみを感じ、結果として地獄界に入っていくのだと。

地獄界の霊の源は欲望であり、自分自身の欲望を満足させるためだけに生きるのだという。

一方、霊界の最高領域がいわゆる天国・極楽であり、そこは美しさと輝きに満ち溢れ、一人の霊の幸福がすべての霊の幸福であり、すべての霊の幸福が一人の霊の幸福なのだと。

まるでラグビーの"One for all, all for one"のような世界だ。

不思議な話で、にわかには信じがたいが、霊界を見てきた男、史上最高の霊能力者の体験した世界をわかりやすく書いているので、霊の世界の入門編には良い本だと思う。

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2012年09月27日

再掲 生き方 稲盛和夫さんの70万部を超えるベストセラー

2012年9月27日再掲:

このブログの管理者機能では、人気記事ランキングを表示する機能がある。現在のトップはヴィクトール・フランクルの「夜と霧」で、2位は稲盛和夫さんの「生き方」だ。

夜と霧 新版夜と霧 新版
著者:ヴィクトール・E・フランクル
みすず書房(2002-11-06)
販売元:Amazon.co.jp
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このブログのPV(ページ・ヴュー)が9月で21,000PV、「夜と霧」が227PV、「生き方」が150PVだから、毎日10人弱の人が「生き方」のあらすじを読んでいることになる。

2012年9月19日の日本航空再上場につながる日本航空再建の立役者として注目を集めているからだと思う。

このブログでは稲盛さんの本は5冊紹介している。その中でもやはりベストセラーとなっている「生き方」が最も参考になると思うので、そのあらすじを再掲する。


2010年6月1日初掲:

生き方―人間として一番大切なこと生き方―人間として一番大切なこと
著者:稲盛 和夫
販売元:サンマーク出版
発売日:2004-07
おすすめ度:4.0
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京セラ最高顧問、稲盛和夫さんの本。

日航の会長に就任されたので、一躍注目を浴びている。この本の売れ行きも70万部を突破したとのことだ。

読み始めて、既に読んだ本であることがわかったが、このブログにはあらすじを収録していない。おかしいと思ったら、ブログを始めた2005年1月以前に読んだ本だった。

この本の発行はもともと2004年8月で、出たばかりの頃に読んだ。強い印象を受け、稲盛さんの本はその後何冊かブログに紹介している

稲盛さんの本をどれか一冊ということになると、やはりこの本だろう。


この本の構成

この本では稲盛さんの考え方を次の5章にわけ、それぞれ15前後のサブタイトルで紹介している。アマゾンのなか見、検索に対応しているので、是非目次をチェックして欲しい。

1.思いを実現させる

2.原理原則から考える

3.心を磨き、高める

4.利他の心で生きる

5.宇宙の流れと調和する


ひとつひとつに稲盛さんの考えが現れており、どこから読んでも良い本だ。

初めて読んだときに強烈な印象を受けた。筆者がいまだに覚えているものを箇条書きで紹介する。

★心に描いたものが実現するという宇宙の法則

★松下幸之助さんの「ダム式経営」発言に衝撃を受ける
聴衆から「どうやったらダム式経営ができるかやり方を教えてくれ」というQuick-fix質問に対し、松下さんはポツリと「そんな方法は私も知りませんのや。知りませんけども、ダムをつくろうと思わんとあきまへんなあ」と語ったという。

聴衆は失笑を漏らしたが、この言葉に稲盛さんは大きな衝撃を受けたという。松下さんのつぶやきに、稲盛さんは「まず思うこと」の大切さを学んだという。寝ても覚めても強烈に思い続けることが大切だ。

そして有名な言葉が続く。

★現実になる姿が(夢が)カラーで見えているか?
思い続けると、成功への道筋が見えてくる。それもカラーで夢が見えるという。

「手の切れるようなものをつくれ」が稲盛さんの教えだ。

★本田宗一郎さんのエピソード
あるとき稲盛さんは本田宗一郎さんの話が聴きたくて、高価なセミナーに参加した。本田さんは遅れてきた上に、到着一番「みなさんは、いったいここへ何しにきたのか。経営の勉強をしにきたらしいが、そんなことをするひまがあるなら、一刻も早く会社へ帰って仕事をしなさい。」と一喝されたという。

稲盛さんは本田さんの人柄に、よりいっそう魅せられたという。

★好きであればこそ「燃える」人間になれる
人には3つのタイプがあるという。1.可燃性、2.不燃性、3.自然性の人だ。仕事を好きになれば自然性の人間になれる。

★アンドリュー・カーネギー博愛賞を受賞
2003年に稲盛さんは、カーネギー協会から日本人ではじめてアンドリュー・カーネギー博愛賞を受賞したという。過去テッド・ターナー(CNN創始者)、ビル・ゲイツ、ジョージ・ソロスなどが受賞している賞だ。

「個人の富は社会のためにつかわれるべきだ」というカーネギーの言葉に強い共感を覚えると語る。

★人間の細胞1個には30億もの遺伝子情報が詰まっている
遺伝子学の権威の村上和雄筑波大学名誉教授が、「サムシング・グレート」と呼ぶ偉大な力、森羅万象を絶え間なく成長させる宇宙の流れ、そんなものを感じて、65歳で仏門に入ったのだと。

一度は仏門に入った稲盛さんだけに、以前紹介した「1メートルのはしで釜ゆでうどんを食べる話」や、旅人の話などの仏教講話も面白い。

「旅人の話」は、旅人が虎に追いかけられ松の木に登ると、上からは龍が、下からは虎が迫ってくる。そんな絶体絶命の立場にありながら、ふと松の木の上から流れてくるハチミツに旅人は心を奪われるという話。人間の弱さ・欲深さを象徴しているという。


200ページ余りの本だが、活字が大きく、簡単に読める。稲盛さんの本をどれか一冊読むなら、間違いなくこの本だ。

松下さんの講話と比べて、稲盛さんの講話はややクセがあるが、松下さんの450万部を超えるベストセラー「道をひらく」と同じように、座右の書にしても良い本である。

道をひらく道をひらく
著者:松下 幸之助
販売元:PHP研究所
発売日:1968-05
おすすめ度:5.0
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2012年09月22日

孤高のメス 神の手にあらず 完結編 今度はマンガチックではない

孤高のメス―神の手にはあらず〈第1巻〉 (幻冬舎文庫)孤高のメス―神の手にはあらず〈第1巻〉 (幻冬舎文庫)
著者:大鐘 稔彦
幻冬舎(2009-10)
販売元:Amazon.co.jp
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外科医で病院長の大鐘稔彦さんの「孤高のメス 外科医当麻鉄彦」に次ぐ完結編。

孤高のメス―外科医当麻鉄彦〈第1巻〉 (幻冬舎文庫)孤高のメス―外科医当麻鉄彦〈第1巻〉 (幻冬舎文庫)
著者:大鐘 稔彦
幻冬舎(2007-02)
販売元:Amazon.co.jp
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「外科医当麻鉄彦」で日本で初めて脳死肝臓移植を成功させた外科医当麻鉄彦のその後を描く。

「孤高のメス」は映画化もされており、堤真一が当麻鉄彦を演じている。



孤高のメス [DVD]孤高のメス [DVD]
出演:堤真一
TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)(2010-12-03)
販売元:Amazon.co.jp
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当麻鉄彦は日本で初めて脳死肝臓移植を成功させたが、脳死が人の死と認められる臓器移植法が成立する1997年より以前のことだったので、マスコミのバッシングに加え、病院内でも身勝手なスタンドプレイだと非難する医者が出る。

甦生病院長は医者を送ってくれる大学医局とのつながりを考えて、反・当麻派の意向を無視できず、当麻はいたたまれなくなって、亡き母の教え子の経営する台湾の大病院に当麻を慕う矢野と一緒に移る。

台湾でもエホバの証人の信者の無輸血手術を何例も成功させ、外科医として名声を博し、最後には義父の2度目の脳死肝臓移植手術を台湾で成功させるが、フィアンセの大川翔子にがんが見つかり、当麻は自分の手で手術しなければならなくなる。

台湾の病院オーナーが肝臓疾患で亡くなると、病院の経営をめぐって骨肉の争いが起こり、当麻はこれを潮時として、日本に戻り、鉄生会という徳洲会を想起させる病院チェーンの傘下となった甦生病院に帰任し、翔子と結婚するが…。

というようなあらすじだ。

甦生病院の経営のいざこざや医療過誤が取り上げられているが、あとがきで作者の大鐘さん自身がかつてホスピスを創設しながら、退任せざるをえなかった事情があり、それをモチーフにしたことを記している。

当麻の師である関東医大の羽島富雄のモデルは、天才外科医・故・羽生富士夫東京女子医大名誉教授だという。

小説のあらすじはいつもどおり詳しく紹介しない。前作同様、外科医だけあって、手術の様子は専門用語を交えて、やたら詳しい。しろうとは手術の部分は読み飛ばしてもよいかもしれない。

一般人の感情からして、たとえば肉親の心臓が動いているのに脳死で死と判定されるようなことになっても、死んだと受け入れられないと思う。

しかし、この作品を読むと、医療技術と医療機器の進歩で、脳が死んでも心臓はじめ他の臓器は一定期間生き続けるということが可能となったから、このような事態が起こっていることがわかる。

つまり、今のような医療機器がない昔は、脳死=個体の死だったのが、医療機器により、心臓やほかの臓器は脳死が死んでも動いている時間が増えたということだ。

前作のような、見学者にいきなり手術を手伝わせるというようなマンガチックな要素はなく、小説として仕上がっている。

作者の大鐘さんがどうしても書きたかったという病院内の抗争や医療過誤隠ぺい工作の部分が長く、作者の書きたいテーマと読者が読みたいテーマのギャップが感じられる面があるが、楽しめる作品である。


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2012年09月18日

「財務省」 ミスター円が描く大蔵省・財務省

財務省 (新潮新書)財務省 (新潮新書)
著者:榊原 英資
新潮社(2012-06-15)
販売元:Amazon.co.jp
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元大蔵省財務官(渉外関係を担当する次官級のポスト)で、在任中はミスター円と呼ばれた榊原英資さんの近著。

榊原さんの本は「日本は没落する」、「没落からの逆転」、「政権交代(小沢一郎との対談も収録)」、「フレンチ・パラドックス」の4冊をこのブログで取り上げているので、こちらも参照願いたい

榊原さん自身も言っている通り、表に出たがらず、黒衣(くろこ)に徹する大蔵省・財務省出身者の中ではマスコミにもよく登場する榊原さんは異色の存在だ。

榊原さんは1941年生まれ。東大経済学部を卒業した時は日銀に就職が決まっていたが、日銀に行くのが嫌になり、1年間ぶらぶらしていたところ、当時の大蔵省の高木文雄秘書課長(のちの国鉄総裁)に会い、大蔵省入りを勧められて1965年に入省した。

1965年入省組は20人のうち経済学部出身が7名で、そのうち3名が小宮隆太郎ゼミ出身者だった。ほとんどが東大法学部という例年の採用パターンとはかなり違っていた。高木さんが秘書課長2年めの年で、”多少遊んでみた”採用の結果だと。その次の1966年入省は最も充実してバランス良く採用できたし、”会心の作”だという話が、榊原さんが引用している「財務官僚の出世と人事」という本に書いてあるという。

財務官僚の出世と人事 (文春新書)財務官僚の出世と人事 (文春新書)
著者:岸 宣仁
文藝春秋(2010-08)
販売元:Amazon.co.jp
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ちなみに榊原さんの同期の1965年入省では、事務次官になった薄井信明さん(元国民生活金融公庫総裁)や、国税庁長官から公正取引委員会委員長になった竹島一彦さんのほうが財務省内での出世という意味では上を行っているという。


親財務省の本

この本では「ホテル大蔵」と呼ばれ、毎晩深夜残業して予算をつくったり、国会の質問に準備する大蔵省・財務省のキャリア官僚の仕事は肉体的にきついが、「省のなかの省」として他の官庁ににらみをきかせ、政治家と連携しながら法律をつくる「事実上の政治家」であり、その後の出世や政界進出にもつながるというやりがいがある仕事であることを誇りを持って語っている。

榊原さんは「親財務省」であり、その意味では、みんなの党の江田憲司の「財務省のマインドコントロール」や、小泉純一郎内閣の時の竹中平蔵のブレーンだった高橋洋一の「「借金1000兆円」に騙されるな」などとは、正反対の立場だと公言している。

財務省のマインドコントロール財務省のマインドコントロール
著者:江田 憲司
幻冬舎(2012-03-28)
販売元:Amazon.co.jp
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「借金1000兆円」に騙されるな! (小学館101新書)「借金1000兆円」に騙されるな! (小学館101新書)
著者:高橋 洋一
小学館(2012-04-02)
販売元:Amazon.co.jp
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さらば財務省! 政権交代を嗤う官僚たちとの訣別 (講談社プラスアルファ文庫)さらば財務省! 政権交代を嗤う官僚たちとの訣別 (講談社プラスアルファ文庫)
著者:高橋 洋一
講談社(2010-06-21)
販売元:Amazon.co.jp
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特に「霞が関埋蔵金を使えば増税は必要ない」と主張し、30年近く務めた財務省を悪しざまに言う高橋洋一は、榊原さんは無責任な議論で、信用していないと批判している。高橋さんの「さらば!財務省」はこのブログでも紹介しているので、参照願いたい。

筆者は長年商社に勤め、官庁とはほとんど接点がなかったので、この本に出てくる歴代大蔵事務次官やその他大蔵省・財務省高官の列伝は、知らない人ばかりで、今一つピンとこない。

筆者の同期の昭和51年入省組と次の昭和52年入省組は、昭和49年入省組から丹呉泰健さんと杉本和行さんの二人が事務次官がでたあおりをくって、事務次官を出せずに、すべて退任しているというのは残念だ。唯一金融庁の畑中龍太郎長官が昭和51年入省組の出世頭だという。

49年入省の異例の2人事務次官に続き、最近退官した大物次官の昭和50年入省の勝栄二郎さんが2年以上事務次官を務めたあおりを食ったのが、本当の理由だと思う。


勝(前)次官をべた褒めする榊原さんの真意は何か不明

このブログで紹介した4冊の本のように榊原さんは政権交代前は盛んに民主党のちょうちん本ばかり書いて、あわよくば堺屋太一さんのように民主党政権の大臣に収まりたかったのだと思うが、その目が消えた今、今度は財務省、特に勝栄二郎(前)次官をほめそやしており、何をやりたいのか不明だ。

勝栄二郎(前)次官は、10年に一度の大物次官ということで、野田内閣を陰で操って消費税増税を実現した張本人と言われている。

榊原さんが国際金融局長だったときに、勝さんが為替資金課長を2年間務めて、日独米の「サプライズ介入」を実施し、80円前後だった円を100円前後にまで戻したという上司・部下の関係がある。

勝さんは留学経験のない「マルドメ派」ではあるが、ドイツで育ったのでドイツ語はペラペラ、英語力もあり、多彩な能力と経験を持ち、特にその根回しの力は優れているとべた褒めだ。

日米独協調介入の時も、ドイツはドイツ語の堪能な勝さんが担当し、米国は当時の米国サマーズ財務長官とハーバード客員教授時代に太いコネがある榊原さんが担当するというタッグを組んでいたからこそ成功した経緯がある。

ちなみに勝さんは、独協高校から昭和44年の東大入試が無かった年に早稲田の政経に入学し、早稲田卒業後、昭和48年に東大に学士入学して、東大法学部を昭和50年に卒業するという経歴の持ち主だ。独協高校からは東大の入学者は毎年は出ていないので、あるいはダイレクトで東大を受けたら今の勝さんはなかったかもしれない。高校や大学の成績と、社会に出てから成功する能力とは別物だと考えさせられる一例である。


日本は財政規模でも公務員数でも小さな政府の優等生?

日本の公務員は、諸外国に比べて国民一人当たりの公務員数も少ないし、財政規模からみてもOECD諸国の中で小さな政府の優等生なのだと。日本はとても効率の良い国で、その効率を支えているのが官僚たちなのだと榊原さんは書いており、次の統計を紹介している。

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たしかに公務員の数や財政規模だけから言ったら、そうなるのかもしれないが、隠れ公務員のような多くの外郭団体があり、国民の実感とは異なると思う。

榊原さんが攻撃しているのは、政治家、特に地方議員で、公務員給与削減する前に、地方議員の歳費カットを行えと主張している。都道府県議会の議員の平均年収は2000万円を超え、これは米国の州議会議員の5倍以上、イギリスとフランスの地方議員の30倍以上、スイスでは無報酬だという。


財務省の組織図

財務省と金融庁の組織図は次の通りだ。

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出典:本書34ー35ページ

このうち財務省の心臓ともいうべき主計局には3人の次長、課長級ポストの主計官は11名で、担当は次のようになっている。

・総務課(2名、予算統括と企画)
・内閣、外務、経済協力
・防衛
・総務、地方財政
・司法・警察、財務、経産、環境
・文部科学
・厚生労働第1
・厚生労働第2
・農林水産
・国土交通、公共事業統括

主計官の下には、課長補佐である主査が2−3人いる。主計局だけ、役職呼称が別なのは、主計局が他局より上だという意識があるからだろうと。

「ぶった切りの保さん」と言われ、東京湾横断道路や関西新国際空港などの大型プロジェクトに軒並みゼロ査定をした元事務次官の保田博さんは、厳しく査定をしながら、応援団にもなるというデリケートな役割をこなしていたが、厳しい査定をすることで有名だったテレビにもよく登場する女性(元)主計官は、「厳しいというより冷たい」と、あまり好かれていなかったという。


昭和の3大バカ査定

大蔵スキャンダルで大蔵省を退職した田谷廣明は、毎日のように料亭に部下を連れ出しては豪快に遊んでいたそうだが、昭和の3大バカ査定は、戦艦大和、伊勢湾干拓、青函トンネルだと言いきって、政府予算の無駄遣いを戒めた肝っ玉の太い人物でもあるという。

大蔵スキャンダルでは、中島義雄主計局次長と田谷廣明主計局総務課長が退職に追い込まれ、4名の逮捕者があり、112人が処分され、榊原さんも戒告処分を受けたという。一人の課長補佐がキャリアとしてただ一人逮捕され、有罪となった。

当時は接待は常識化していて、問題という意識はなかったので、大蔵省では「検察ファッショ」だと言われていたという。今から思えば毎日料亭で接待というのは明らかに過剰だが、当時の感覚では、役人接待は普通だったかもしれない。時代の流れということなのかもしれない。


デュプティーズ

榊原さんは自分が財務官だったこともあり、国際金融正治の舞台では、テクノクラートのデュプティーズ(次官)が実質取り仕切り、決めていると誇りを持って語っている。デュプティーズはお互い親しく、率直に話しあえるのだと。


ワルは大蔵省では褒め言葉

財務省は悪役と思われるほうがかっこいいという美学があるという。

ワルの条件はセンス、バランス感覚と度胸だという。

次官の器は「あいつがそこまで言っているんじゃしょうがない、と相手を納得させられる器量、相手を最後の最後まで追い込まない、ハンドルの遊びを持つ人柄、あいつなら危急存亡のときでも安心して組織のかじ取りを任せられるという安定感」だという。


総理秘書官は出世コース

大蔵大臣秘書官、総理秘書官は出世コースの一里塚なのだと。歴代次官は総理秘書官経験者が少なくない。そもそも政治家の事務所通いは日課なのだと。法案の根回し等で主計局や主税局の人間は毎日議員会館通いをしているという。

予算も法律も国会が決定権を持っているので、日ごろから政治家と接触し、良好な関係を保っておくことが、財務官僚にとっては最重要課題の一つだという。榊原さんも宮沢喜一事務所にはよく通ったものだと。


民主党野田政権にはブレーンがいない


松下政経塾出身者は演説はうまいが、行政や経済についてはしろうとで、経済界や行政界に人脈もない。政治主導をうたったところで、それを実現するメカニズムがない。民主党野田政権にはブレーンがいないのだと。

だから政治主導を実現するためには、かつての池田内閣時代の下村治や田村敏雄、田中内閣の下河辺淳のような人や、経済界から協力してくれる牛尾治朗のような人が必要だと。

しかし松下政経塾出身者にはそういった人脈はなく、頼れる財界人としては稲盛和夫くらいしかいないという。


総じて、元大蔵官僚のプライドが、今年71歳になった榊原さんを動かしているのだと感じた。榊原さんは官僚引退後、大学を点々としたが、元大蔵官僚というプライドがひょっとすると邪魔していたのかもしれない。

榊原さんは筆者が9年間駐在したピッツバーグの、ピッツバーグ大学にも留学経験のある親しみがある人だが、もはやトシかもしれないと感じる本だった。

特に違和感を感じたのが、平成23年度入省者17人の名前と出身大学・学部、出身地を一覧にした表をこの本で公開していることだ。彼らの今後のキャリアがどうなっていくか見たい(経年変化を見たい?)ということだが、名前を出された本人達はえらい迷惑だと思う。

ともあれ、ジャーナリストが書く財務省の本と違って、インサイダーが書く本はやはり内容が違う。まずは本屋で手に取ってパラパラめくってみることをお勧めする。


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2012年09月05日

博士と狂人 オックスフォード大辞典編纂秘話

博士と狂人―世界最高の辞書OEDの誕生秘話博士と狂人―世界最高の辞書OEDの誕生秘話
著者:サイモン ウィンチェスター
早川書房(1999-04)
販売元:Amazon.co.jp
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このブログで紹介した三浦しをんさんの「舟を編む」に参考文献として紹介されていたので読んでみた。280ページ余りの本だが、面白いストーリーなので一気に読んでしまった。

この本は文庫版も出ているが、表紙の写真からOEDの中心編纂者だったジェイムズ・マレー博士の本に囲まれた仕事場の様子がわかると思うので、上記には単行本を紹介した。

OEDの編纂方針は、用例を徹底的に集め、英語のあらゆる語彙の意味がどのように使用されているかを示すというものだった。

今のようにインターネットで調べれば一発で数百万件の用例が検索できるという便利なものはない時代なので、人手でいちいち原典にあたって、例文を手書きで書き留めるという気の遠くなるような作業だった。

そこでマレーは1879年にOED編纂主幹に就任すると同時に、英語圏の読書人にヘルプを依頼する。

その求めに応じてOEDで最も多い用例を提供したのが、殺人罪を犯してイギリスの精神異常者収容所に収容されていたアメリカ人元軍医・ウィリアム(ビル)・マイナーだった。

マイナーはスリランカで生まれ、米国コネチカット州に育ったアメリカ人で、南北戦争で北軍の軍医として従軍し、数々の死者を見る。軍医としてアイルランド人の北軍脱走兵のほほに、焼きゴテで脱走兵を示す”D”の焼き印を押すことを強制されたことが、マイナーの精神に異常をきたすきっかけとなったという。

マイナーはアイルランド人が夜になると忍び込んでくるという被害妄想を抱くようになった。マイナーはその後イギリスにわたり、ますます精神病が悪化し、ついにロンドン市内で或る夜、歩いている人が自分を襲うアイルランド人だと言って、ピストルで撃ち殺してしまう。マイナーは裁判にかけられるが、精神異常者と認められ、精神病犯罪者収容所に修身収容の判決を受ける。

資産家だったマイナーは、精神病犯罪者収容所で特別待遇を許され、2部屋を占有し、他の患者を使用人として雇い、アメリカやロンドンから取り寄せた本に囲まれた生活をしていたという。

この本の次の挿絵が、マイナーが収容所の自室で、英単語の用例集をつくる作業をしているところを紹介している。

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出典:本書 156ページ

OEDの編纂は、1858年にロンドン図書館で行われたウェストミンスター聖堂参事会長をつとめる聖職者・リチャード・シェネヴィクス・トレンチの演説がきっかけだった。トレンチは英語が普及すればキリスト教(イギリス国教)が世界中に広まるという考えのもとに、正統な辞書編纂の必要性を説いた。

これに先立つ辞書としては18世紀の文学者サミュエル・ジョンソンが編纂した「英語辞典」全2巻が1755年に出版されている。ジョンソンの辞書はもともとロングマンを含む5人の出版者が金を出し合って、1746年にジョンソンに辞書編纂を依頼したもので、4万3千の見出し語、12万弱の用例をカバーしたものだった。

OED辞書編纂は、はかどらなかったが、スタートして20年後、1878年にジェームズ・マレーが編纂者となってから本格的に動きだした。マレーはスコットランドの貧しい家庭出身で、14歳で学校を卒業した後、学校や銀行で働きながら独学で数々の語学を身に着け、言語研究を続けた。

1867年に大英博物館に就職を希望する手紙に、マレーは次の語学に関する知識があると書いており、このリストがマレーの語学に対する驚くべき知識を示している。

完璧にマスターしている語学:
・イタリア語
・フランス語
・カタロニア語
・スペイン語
・ラテン語
・ポルトガル語
・ヴォー州放言
・プロヴァンス語
・オランダ語
・フラマン語
・ドイツ語
・デンマーク語
・古英語
・モエシアゴート語
・ケルト語
・ヘブライ語
・シリア語

比較語学の研究ができるもの
・ペルシャ語
・アケメネス楔形文字
・サンスクリット語

知識があるもの
・アラビア語
・コプト語
・フェニキア語

実用に足る知識があるもの
・ロシア語

勉強中のもの
・スラブ語

マレーは大英博物館には就職できなかったが、ケンブリッジ大学の数学者と音声学者・ヘンリー・スウィートと交友があったことから、英国言語協会の会員となり、アマチュア言語学者から本物の言語学者に変身した。ヘンリー・スウィートは「マイ・フェア・レディ」の原作であるバーナード・ショーの「ピグマリオン」のヘンリー・ヒギンズ教授のモデルとなった人だ。



博識を買われ、「ブリタニカ百科事典」に英語の歴史について小論を書くように勧められ、OED編纂事務局書記・フレデリック・ファーニヴァルと知り合った。それがOED編纂者として職を得た契機だ。

マレーが編纂主幹を務め、7,000ページ、全4巻の辞書を10年間で仕上げるとういう契約が1879年に1月に成立した。そしてマレーはすぐに「英語を話し、読む人々へ」という8ページの編纂協力依頼文を2,000部印刷して書店や雑誌社、新聞社に送った。

この「訴え」が、どういういきさつか英国バークシャー、クローソンにあるブロードムア刑事犯精神病院に収容されているアメリカ人元軍医・ウィリアム・マイナーの目に留まった。

その「訴え」は、印刷が発明されるまでの初期の英語については、外部の協力は不要だが、次に関して「原典か正確な復刻版で読む機会と時間のある人」に協力を依頼している。

・印刷された書籍の最も初期のもの、具体的にはキャクストンとその後継者のもの
・17世紀の未調査の作家のもの
・18世紀の書籍すべて、ただしバークの著作は除く(とりわけ緊急に協力が必要)
・19世紀の一部未調査のもの

マレーは200人ほどの必ず読まなければならない著作リストを添付している。これらの大半は稀覯本(きこうぼん)で、きわめて限定された収集家しか所蔵していないものだった。

この「訴え」に呼応して、ビル・マイナー博士がせっせと”バークシャー、クローソン、ブロードムア”という住所で、編纂事務局と手紙のやり取りを始めたのは1880年〜1881年のことだった。マイナーは独房一杯の蔵書から単語リストを作り始めたのだ。

最初の本でつくった単語リストの一つの単語のページに、次の本の用例を書き加えるというやり方で、まさにOEDが最も必要としている用例集を作っていった。最初の本はフランス人作家・ジャック・デュ・ボスクの「完全なる女」の英訳本だったという。

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このようにして単語リストをつくり、丁寧な細かい文字でメモに書き込んでいった。

リストがだんだんにできあがってきたので、マイナーはOED編集部にどんな言葉の用例が必要なのか聞いた。第2分冊用に"art"が必要との答えだったので、1885年に"art"の用例を書いた4インチX6インチのカードを送った。

他の協力者はせいぜい1〜2の用例だけだったのに、マイナーは27用例を送り、編集部員を喜ばせた。その後マイナーは20年以上にわたって多くのカードを小包で送った。OEDの全12巻、1万5千ページ、見出し41万語、用例183万のうち、マイナーが送った用例は数万にも達した。

編集主幹のマレーは1891年にマイナーを訪問し、以降定期的に会っていた。被害妄想で、アイルランド人の小人が毎夜床の隙間から攻め出てくるということで、床は亜鉛のシートで覆われ、悪魔が部屋の扉をすりぬけてこないように、扉には水を入れたボウルを置いていた。マイナーは毎夜、連れ出され、飛行機に乗せられて外国でハレンチな行為を強いられていると語ったという。

被害妄想という異常なところはあったが、それ以外はマイナーは普通で、辞書編纂についてマレーとじっくり語り合ったという。

その後マイナーは夜ごとのハレンチな行為を終わらせるために、1902年に自分の性器をペンナイフで切断するという自傷行為を行った。マイナーが68歳のときだ。その後、所長が変わって、マイナーは37年間使っていた二部屋続きの独房を追い出され、使用人を使うという特権をはく奪された。

マレーは1908年にナイトの称号を与えられていたので、マレーが主導して、年老いたマイナーをイギリスからアメリカに帰国させるべきだという運動が起こった。ちょうどその時、アメリカ好みのチャーチルが内務大臣となり、マイナーの釈放と本国送還を承認した。マイナーは出身地のコネチカットではなく、ワシントンDCの精神病院に収容され、1920年に85歳で亡くなった。

マレーはOED完成を見ることなく、1915年に”T”のところでなくなった。前立腺を病み、当時の治療法だったX線照射で衰弱したという。たぶん放射線被ばくしたのだろう。

OEDは最初の"a〜ant"までをカバーした第一分冊が1884年に発刊され、今後11年で完結すると発表されたが、実際には完結まで44年かかった。1927年大晦日にOEDの完成が宣言され、最後の言葉は古英語のケント方言の単語で単数直説法現在形で、見るという意味の"zyxt"だった。

編纂後、最初の補遺が1933年に出版された。”bondmaid"という言葉が、編纂の際に紛れて紛失していたのだという。その後も補遺が続けられ、言葉の変化や追加を記録して全20巻となり、1970年代からは拡大鏡付の縮刷版、最近ではCD-ROM版も発行され、現在はオンラインでも利用できる

OED





出典:OEDウェブサイト

全体の構成もよく、翻訳も良い。テンポよく読める本である。


参考になれば投票ボタンをクリックして頂きたい。



  
Posted by yaori at 13:03Comments(0)TrackBack(0)

2012年09月03日

孫正義 危機克服の極意 孫さん自身の講演もUstreamで公開中

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「孫さんの後継者を育成する」という目的で2年前に設立されたソフトバンク・アカデミア(経営者育成塾)での孫正義さんの講義とツイッターなどの発言を集めた名言集。

この講義に先立つ孫さんの2回の特別講義は「孫正義 リーダーのための意思決定の極意」という本になっている。こちらは「意思決定の極意」と「孫の二乗の兵法」を取り上げている。

孫正義 リーダーのための意思決定の極意孫正義 リーダーのための意思決定の極意
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ソフトバンクアカデミアのウェブサイトで、これらの特別講義の映像が公開されているので、興味のある人は視聴をおすすめする。この本の危機克服の極意の講義はこちらだ。

それぞれ2時間半前後なので、筆者はこのあらすじを書きながら聞いている。本には載っていない東電の社長・会長宅にはなぜマスコミは押しかけないかなど、オフレコの部分もあって面白い。また原発ミニマムについても力強く持論を語っている。

ソフトバンクアカデミアに入学した人の課題は、ソフトバンクの企業価値を10年で5倍にするための具体的なビジョンと戦略を考えることだという。

この本では最初に「孫の二乗の兵法」の略図があり、そのあとで「危機克服の極意」の講義がある。ソフトバンクアカデミアの開校式と「孫の二乗の兵法」の講義はこちらだ。これは孫子X孫正義の兵法ということで、孫の二乗の兵法と呼んでいる。孫さんが創業してすぐに、大病して入院していた27歳の時に考えたものだという。

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孫さんは孫子の兵法の本は30種類以上読み込んだという。

いくつか参考になった点を紹介しておく。


経営に向いていない人

「いままでは悪かったから、今度はよくなる確率が高いはずだ」と考える人がいる。サイコロの奇数ばかり出ていても、今度は偶数がくるはずだというのは、数学的に完全に間違いだ。次に偶数が出るのは5割の確率でしかない。

そこに波を見てしまって、偶数に一生懸命頑張ろうとする人は経営者には向いていない。波とか”アナログチックな表現”で判断する人、占いに頼る人、誰かの予言に頼る人、これらは経営者としての才覚はゼロ、科学的に正しくない。

自分の判断でものを考えるのでなく、星占いとかゲン担ぎとかに頼る人は経営者として才覚ゼロだと。


ヤフー!BBの個人情報流出

派遣社員の一人が450万人もの顧客情報を持って暴力団に売り、暴力団がソフトバンクを脅しに来た。20億円払わないとマスコミにばらすぞ、顧客情報を外に出すと言ってきた。

警察に届けないで交渉して2億円に負けてもらうという選択肢もあるかもしれないが、孫さんは即刻警察に通報した。そうしたら、次のような答えが来たという。

「相手からの最初の連絡は『盗んだ』ということだけで、その段階では窃盗罪にはならない」

「会社のフロッピーを持ち出したならともかく、自分のフロッピーを持ち込んでコピーとしていれば窃盗罪にはならない」

警察は「事件になったら連絡してくれ」つまり、「具体的に何か脅されたら言ってきてくれ」と言っていたという。

日本の法律では情報を盗んだだけでは窃盗罪にはならない。いずれは「情報窃盗罪」が刑法に含まれると思うが、これはいまだに同じ状況なのだ。

金品の要求があったので、警察は動きだしたが、警察がマスコミに漏らして大問題となり、ソフトバンクの株価は大幅に下落した。いまだに情報漏えい事故が起こったら、ヤフー!BBの例が出される。ソフトバンクのブランドイメージは傷ついた。

NTTもKDDIもその後数か月で情報漏えい事故が起こったが、調査中ということで発表をずらし、1年後に発表した。その時は個人情報漏えいに対する世間の関心が薄れ、ほとんど問題にならなかった。


ヤフー!ジャパンがグーグル検索を導入

ヤフー!USがグーグルとの戦いに敗れて、マイクロソフトに検索部門を身売りして業務提携をして、マイクロソフトのBINGを検索エンジンに導入した。

日本においてもヤフー!ジャパンはマイクロソフトの検索エンジンを使うとほとんどの人が思ったが、孫さんはグーグルと直接交渉して、グーグルの検索エンジンを取り入れた。

日本ではヤフー!ジャパンが5割、グーグルが3割というマーケットシェアだが、もしヤフー!ジャパンがBINGを採用すれば、いずれシェアは落ちる。その時にグーグルと契約しても、有利な契約はできない。

だから孫さんはシェア下落は絶対防ぐということで、グーグルに乗り込んで自らトップ交渉し有利な条件で契約した。

筆者もポータルはヤフーを従来から使っている。ヤフー検索はグーグル検索と同じものなので、グーグルサイトに行く必要ないために、グーグルサイトはほとんど使ったことがない。

もしヤフー!ジャパンがBINGに変えていれば、孫さんが予想したように、筆者もグーグルに切り替えていたかもしれない。


99%の人が登るべき山を決めていない

みんな一生懸命生きているが、実は99%が登りたい山を決めていない。

自分自身のために、自分の人生って何だ?自分は何の事を成したいんだ。このことだけは決めてほしいと孫さんは語る。


孫さんの戸籍

孫さんの戸籍には「佐賀県鳥栖市五軒道路無番地」と書いてあるという。

「無番地」なら「無番地」と書かなければよいのに、国鉄の線路脇の空き地にトタン屋根で板を張って住んでいるわけだから、正式に戸籍を認めるわけにいかないということだったのだろうと。


ソフトバンクのこれからの最大の危機

孫さんが19歳の時に人生50年計画、5段階のステップを作ったときから、継承を最大の問題と考えてきたという。

孫さんは向こう10数年で後継者を決めると公言してきたが、これが一番問題である。だからこの講義をUstreamで公開して、広く後継者候補を募集しているのだと。

ソフトバンクアカデミアは定期的に下10%を入れ替えるが、何度でも再チャレンジできる。是非チャレンジしてくれと言って、Ustreamの講義を終了している。

講義は2時間半と長いが、やはり孫さん自身の講義だけに印象に強く残る。映像を常に見る必要はなく、何かをパソコンでやりながら聞くき流すことでもよいと思うので、ここをクリックしてどんなものか見てみることをおすすめする


参考になれば投票ボタンをクリックして頂きたい。



  
Posted by yaori at 12:40Comments(0)TrackBack(0)