2012年10月31日

日米大物そろい踏みの日経・CSIS共催シンポジウムに参加した

日経新聞と米戦略国際問題研究所(CSIS)の共催シンポジウムに3年ぶりに参加した。

日経CSIS





出席メンバーは毎回パワーアップする感じで、米国側の出席者はあまり変わりはないが、日本側は与党から前原国家戦略大臣・玄葉外相の両大臣が出席し、玄葉外相は30分ほどの講演を行った。

自民党からは9月の自民党総裁選を争った5人のうちの2人の、石破幹事長と林芳正元防衛大臣の二人が参加し、石破幹事長は30分ほどの講演を行った。

学者としては元東大教授の北岡伸一・国際大学学長、外務省OBとして薮中三十二・元外務事務次官が参加した。

米国からはほぼいつものメンバーで、ハムレCSIS所長兼CEO,国務省で極東・太平洋担当する現役のカート・キャンベル国務次官補、ジョセフ・ナイハーバード大学教授、リチャード・アーミテージ元国務副長官、マイケル・グリーンCSIS上級副所長といった面々だ。

いずれも民主党寄り、共和党寄りという色がついている。現在は民主党オバマ政権なので、カート・キャンベル氏が政府の要職についているが、来週の米国大統領選挙で、共和党のロムニー氏が勝つと、今度はマイケル・グリーン氏など別のメンバーが政府の要職につく、と言う感じで、まさに「回転ドア」そのものだ。

今回は国務省の現役のカート・キャンベル氏が冒頭の基調講演を行った。

日経新聞の春原剛編集委員がアーミテージ・ナイ鼎談に参加して、事前のアンケート結果や会場でプログラムの裏表紙の赤(YES)、表表紙の青(NO)を使っての即興アンケートも行って、面白かった。

会場で配られたプログラムは次の様なものだ。

scanner401












scanner402












講演の内容は、日経新聞などで報道されているので、詳しく紹介しないが、大変興味深い内容だった。

特にアーミテージ・ナイ両氏は、オバマ大統領の命を受けて、日本・中国のシャトル外交を行ったばかりだった。

もちろん詳しい秘密は明かさないが、中国には「尖閣付近で紛争が起こると米国は中立ではない」と伝えるなど、効果は十分期待できるシャトル外交だったと思う。

中国とは尖閣問題、韓国とは竹島問題が起こっているだけに、日米安保条約の第5条の米国の日本防衛義務に関し、日中間で紛争が起こったら、本当に米国は日本を軍事力で守ってくれるのかという日本人なら誰しも抱く疑問に対しては、明確にイエスだというメッセージをカート・キャンベル国務次官補他メンバーが伝えていた。

ただしこの場合には日本の紛争解決努力が前提となり、当然のことながら、米国は平和的な解決を望むということだった。

基調講演では、玄葉外相が官僚のつくった原稿をベースとした講演で、ほとんど得るところのないあたりさわりのない演説だったのに対し、石破幹事長は原稿なしで30分持論を語り、ニュースでも報道されているとおり、、「今回の自民党総裁選候補者5名全員が日本国憲法改正論者」だと語り、「いつまでもあると思うな、親と日米安保条約」や日本版海兵隊の創設などを訴えて迫力ある演説だった。

石破氏の三白眼が、まるで宗教家のような気味の悪い印象を与えていた点はマイナスだが、主張がはっきりしていて良いと思った。

大変参考になるシンポジウムだった。来年も抽選に当たったら参加しようと思う。


参考になれば投票ボタンをクリック願いたい。






  
Posted by yaori at 13:00Comments(0)TrackBack(0)

2012年10月15日

となり町戦争 2004年小説すばる新人賞受賞作品 ある種のSF

となり町戦争 (集英社文庫)となり町戦争 (集英社文庫)
著者:三崎 亜記
集英社(2006-12-15)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

以前紹介した「桐島、部活やめるってよ」と同じく、小説すばる新人賞の2004年の受賞作品。

今度紹介する大澤在昌さんの「売れる作家の全技術」の”偏差値の高い新人賞”として小説すばる新人賞が挙げられ、過去の受賞作としてこの本が紹介されていたので、読んでみた。

小説講座 売れる作家の全技術  デビューだけで満足してはいけない小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない
著者:大沢 在昌
角川書店(角川グループパブリッシング)(2012-08-01)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

小説のあらすじはいつも通り詳しく紹介しない。

たまたま住んでいる町がとなり町と戦争を始め、銃声とか一切聞こえないのに、町の広報には毎週数十名の戦死者が出たことが発表されるという、ある種のSFのようなストーリーだ。

主人公はとなり町を通って、車で勤務先に通うサラリーマンという設定で、町役場の「となり町戦争係」から、偵察要員として任命され、町役場の女性職員と二人で、結婚してとなり町に越してきた新婚カップルに偽装してとなり町に住み始め、偵察活動を開始する。

勤務に忠実な女性職員の香西(こうさい)さんというのが、物語の重要な登場人物で、香西さんの弟は、志願兵として戦争に参加する。香西さんと二人で住み始めると…。

「ある種のSF」と評したが、知り合いが銃殺されたりして戦死者は出るが、最後まで銃声も破壊の後もなく、どこが戦争だったのかわからないままに終わるようなストーリーだ。

なにか不思議な思いながらも引き込まれる。

作者の三崎亜記さんの文才はたいしたものだ。ちょっと一節を紹介すると。

「これが戦争なんだね」

僕は香西さんを抱いたまま波打ち際に横たわり、そうつぶやいた。仰ぎ見た空には月が光っていた。冷徹に、慈悲なき姿で。

「これが戦争なんです…」

香西さんは、僕の腕の中で、自身も波に洗われながらそう応えた。僕は香西さんを引き寄せ、唇を重ねた。冷たい唇。まるで「月の光が暖めたかのように」冷たかった。

「これが戦争なんですよ」

香西さんは、穏やかな微笑のまま僕をあやすように、やさしく静かにそう告げた。波の雫と涙の雫が、へだてなく僕に降り注いだ。」

中略

僕は海に面して大きく配された窓辺に立ち、世界を見下ろした。月に照らされた海と砂浜。遠くには島影が、明滅する灯台のあかりでそれと知れた。

月はあまねく地上を照らし、世界を箱庭のように矮小化していた。僕は、なんだか違う世界にふみこんだような感覚の中に漂っていた。

時間も音も想いも、なにもかもがその軸足を、「ここではないどこか」へと一歩踏み出したかのようだ。そこには「世界を隔てた」かのような静謐さがつきまとった。…」

こんな感じで、場面の描写も「超絶技巧」という感じだし、セリフも考え抜いている。

不思議な作品だが、三崎さんのほかの本も読んでみようかと思わせる魅力のある小説である。

海に沈んだ町海に沈んだ町
著者:三崎 亜記
朝日新聞出版(2011-01)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

失われた町 (集英社文庫)失われた町 (集英社文庫)
著者:三崎 亜記
集英社(2009-11-20)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

廃墟建築士 (集英社文庫)廃墟建築士 (集英社文庫)
著者:三崎 亜記
集英社(2012-09-20)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

参考になれば投票ボタンをクリック願いたい。




  
Posted by yaori at 21:46Comments(0)TrackBack(0)

2012年10月13日

もし小泉進次郎がフリードマンの「資本主義と自由」を読んだら マンガもしドラ

もし小泉進次郎がフリードマンの『資本主義と自由』を読んだらもし小泉進次郎がフリードマンの『資本主義と自由』を読んだら
日経BP社(2011-11-25)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

このブログでも紹介した「もしドラ(もし高校野球のマネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら)」の路線でミルトン・フリードマンの「資本主義と自由」を題材にしたマンガ。

資本主義と自由 (日経BPクラシックス)資本主義と自由 (日経BPクラシックス)
著者:ミルトン・フリードマン
日経BP社(2008-04-10)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

もしドラはマンガのような表紙だが、ビジネス書だ。一方、この本は表紙も内容もマンガで、もしドラのような驚きはない。

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだらもし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
著者:岩崎 夏海
ダイヤモンド社(2009-12-04)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

ちなみにもしドラは元AKB48の前田敦子主演で映画にもなっている。



小泉進次郎が首相になる前の近未来日本図

時は2015年。「主民党」は2011年の東日本大震災の対応のまずさで国民の信頼を失い、2013年の総選挙で「民自党」に敗れ、政権を奪還された。

民自党は、「山柿定和」首相のもとで、「教明党」との連立で政権にあたったが、2014年に消費税を10%に上げたものの、不況による税収減少で、ほとんどプラスマイナスゼロとなり、財政赤字は増え続けた。

2015年初の国債の入札で、国債が大量に売れ残る「札割れ」が起こり、長期金利は急上昇した。山柿総理は日銀引き受けを実施させたが、これが「日本の財政はついに破たんした」というシグナルを市場に送る結果となり、日本の銀行は一斉に国債を売り始めた。

長期金利が1%上がると、1兆円の損失が出るといわれるメガバンクが大量に国債を売り始めると、ほかの金融機関も追従し、外資系ファンドも大量の空売りを浴びせかけたので、国債は暴落して長期金利は10%を超えた。

まさに現在スペインやギリシャなどEUの国々で起こっている事態だ。

たちまちのうちに邦銀は軒並み数十兆円の含み損をかかえ、日経平均は6,000円を割った。


狂乱物価で200%を超すインフレに

長い間デフレが続いていた日本経済だが、いったんインフレが起こると、増幅するのはや訳、邦銀が売った国債を日銀が買い取ると、市場に50兆円以上の通貨が供給され、物価は1か月で10%以上上昇し、インフレ率は200%になり、狂乱物価が始まり、金が暴騰した。

円建て資産を売って、外貨に換えようという動きが広がり、円は1ドル=150円まで下がり、輸入物価のインフレを引き起こし、それによって金利が上がるというインフレ・スパイラルが起こった。

ちなみに、日本人で年率200%のインフレを体験したことがある人はほとんどいないと思うが、筆者は1978−1980年の間にアルゼンチンに駐在していたので、200%のインフレを経験した。

給料は現地通貨のペソ建てだったので、給料をもらったら、すぐにドルや金貨に変えていた。インフレ率は月15−20%で、為替の下落率は10−15%だったので、ドルに換えても目減りはするが、それでもペソのまま置いておくよりは良かった。

1週間からある銀行の定期預金金利も月15%くらいだったので、大幅な為替の切り下げが予想されない時は、銀行預金に預けてドルベースで5%前後の金利を稼いでいた。

ドルベースで半年で30%くらいの利率となり、元手はすくないものの、結構エンジョイしたが、大幅な切り下げがあるかもしれないという雰囲気となり、定期預金を引き出して金貨にして運用していた。

金も当時は1オンス300ドル台だったのが、ピークでは800ドルを超え、結局売った時は600ドル台だったので、1年でほぼ倍以上になった。

最も得をしたのが、狂乱インフレが始まる前にペソ建てで車のローンや、家のローンを組んだる人たちで、買った時は2万ドルくらいした車が、ペソが下落したために、結局3,000ドルの負担にしかならなかったという人が続出した。

筆者も含めて今は家のローンは変動金利にしている人が多いと思うが、現在1%前後の金利が、これから5−10年くらいのうちに5%から10%くらいに上がる可能性がある。

だから、この本で想定しているような国債の「札割れ」がもし将来起こったら、すぐにローンを固定金利に切り替えることをおすすめする。

閑話休題。


小泉進次郎首相登場

経済の大混乱を招いた山柿首相は交代し、民自党総裁選挙の結果、小泉進次郎が総理大臣に選ばれる。

「主民党」の「後原誠司」代表とか、官房長官に「酒中平蔵」、幹事長は「野河太郎」、財務大臣「大山さつき」、防衛大臣「岩破茂」とか、完全にパロディだ。元東京都副知事の「小ノ瀬直樹」、元大阪府知事の「本橋徹」も閣僚になっている。

経済産業大臣兼農業水産大臣には民間から「樫井正」ファーストファッション会長を入れ、農業水産分野は今はGDPの1%もないとして、特別扱いせず、経済産業省の農林水産局として統合するという。


サッチャーの政策の支えとなったハイエク

サッチャー元英国首相は、1975年に就任した時に、ハイエクの「自由の条件」を取り出して、「これが私たちの信じているものだ」と宣言したという。

自由の条件I ハイエク全集 1-5 【新版】自由の条件I ハイエク全集 1-5 【新版】
著者:F.A. ハイエク
春秋社(2007-08)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

それをにならって、小泉進次郎は、ミルトン・フリードマンの「資本主義と自由」を「私のやりたいことはここに書いてあります」と取り出す。それがこの本の表紙に載っている絵だ。

小泉進次郎








マンガなので詳しいあらすじは紹介しないが、「ミルトン・フリードマン」の主張はあまり紹介されていないので、ちょっと看板に偽りありという感じだ。


銀行の取り付け騒ぎが発生し、モラトリアムに

国債が暴落して、金融機関に100兆円以上の含み損が発生したので、銀行の返済能力を怪しんだ民衆が銀行に預金引き出しに殺到し、取り付け騒ぎが起こる。

銀行は一時閉鎖され、日本政府がモラトリアムを宣言し、ペイオフが実施される。

小泉進次郎は、お父さんの小泉純一郎さんがやった「郵政民営化選挙」にならって、「第二の郵政解散」をして、総選挙の結果、史上最大の圧勝を収め、IMFを事実上の進駐軍として、フリードマンの「いらないものリスト」にならって、年金を廃止し「負の所得税」に切り替えて、歳出の大幅カットと、増税で国を建てなおし、2020年までにプライマリーバランスを黒字にするというシナリオとなる。

ミルトン・フリードマンの16の「いらない」ものリストは、池上彰さんの「池上彰のやさしい経済学1」のあらすじを参照願いたい。

池上彰のやさしい経済学―1 しくみがわかる池上彰のやさしい経済学―1 しくみがわかる
著者:池上 彰
日本経済新聞出版社(2012-03-24)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

ストーリー展開はさることながら、国債暴落、円急落、メガバンク倒産、ペイオフ、年金廃止、消費税20%など、5−10年くらいのタイムスパンだと、すべて起こりうるシナリオだと思う。

政府には頼れない。結局自分の資産と生活は自分で守るしかない。そんなことをあらためて考えさせられる本である。


参考になれば投票ボタンをクリック願いたい。




  
Posted by yaori at 00:00Comments(0)TrackBack(0)

2012年10月08日

祝ノーベル賞受賞! 山中・益川教授の知性のジャムセッション「大発見」の思考法 再掲 

2012年10月8日追記:

山中教授が2012年のノーベル医学生理学賞を受賞した。前回の追記にあるように、昨年iPS細胞の特許が成立した時に、筆者はノーベル賞受賞を確信していたが、筆者の予想より早くノーベル賞受賞が決まった。

これも山中教授のiPS細胞発見の先進性と、難病治療につながる波及効果の大きさが評価されたからだと思う。

山中教授は、受賞後の記者会見で、「私は無名の研究者だった。国に支えていただかなければ、受賞はできなかった。日本という国が受賞した。」と語っているが、こういう謙遜した言葉は、なかなか言えるものではない。

あらためて山中教授の偉大さに感服する。

ノーベル賞受賞を祝して、2008年にノーベル賞を受賞した益川教授と山中教授の対談「大発見の思考法」のあらすじを再掲する。

現在アマゾンでも1−4週間待ちということで、品切れ状態にあるようだが、是非一度読んでほしい本である。


2011年8月11日追記:

山中教授のiPS細胞の生製技術に対する特許が米国で成立した。本日の新聞やネットのニュースの多くで報道されているが、次のアサヒコムの記事がポイントを衝いている。

iPS1






出典:アサヒコム2011年8月11日記事

米国で特許が成立したということは、iPS細胞を生製する方法を発見したのは山中教授だということが公に認められたということだ。

これでiPS細胞を使っての治療研究と山中教授のノーベル賞受賞にも弾みがつくと思う。

お祝いの気持ちを込めて山中教授とノーベル賞受賞者益川教授の対談本のあらすじを再掲する。


2011年3月1日初掲:

「大発見」の思考法 (文春新書)「大発見」の思考法 (文春新書)
著者:山中 伸弥
文藝春秋(2011-01-19)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

2008年ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英京都大学名誉教授と2009年にアメリカのノーベル賞といわれるラスカー賞を受賞し、ノーベル賞受賞が確実視されている山中伸弥京都大学iPS細胞研究所長の2010年初夏に収録された対談。

次がこの本の裏表紙の写真だ。柔道とラグビーで鍛えただけあって山中さんは体もデカい。

益川山中








世界的研究者の当たり障りない対談と思って読むと、これが全然違う内容なので驚く。


「読んでない本の書評?」

きれいごとばかり並べている書評がある。いつも読んでいる雑誌なので、例に挙げて悪いが、たとえば週刊東洋経済の「新刊新書サミング・アップ」は次のように評している。

「『CP対称性の破れ』の起源の発見でノーベル賞を受賞した物理学者と、再生医療の新たな道筋を切り拓くiSP細胞(筆者注:iPS細胞の誤り)の樹立に成功した医学者が語り合う。

それぞれの研究分野に関して一般人向けにわかりやすく解説するとともに、二人のパーソナリティ、思考のブレークスルー、日々の勉強法、世界と渡り合うプレゼン力と発信力、さらには神の存在についてまで、縦横無尽に語り尽くされている。

何よりも純粋な好奇心と探究心を持って物事と向き合い、粘り強くあきらめない姿勢が大事だとのメッセージが伝わる。

『なぜ一番にならなくてはいけないのか』の問いにも、研究者ならではの気概ある見解を披露している。」

出典:「週刊東洋経済」新刊新書サミング・アップ 2011年2月12日号

これに対して、アマゾンのカスタマーレビューに投稿している読者の声は、評価が5つ星ばかりで、読んだ人の感動がビビッドに伝わってくる内容ばかりだ。これが本当にこの本を読んだ人の率直な反応だろう。

プロのジャーナリストが「新刊新書サミング・アップ」を書いているのだろうが、「iSP細胞」と間違っている上に、感動が全く伝わってこない。

このブログで紹介したパリ第8大学教授で精神分析家のバイヤール教授の「読んでいない本について堂々と語る方法」ではないが、本当にこの本を読んで書評を書いているのかと疑問にさえ思えてくる。

読んでいない本について堂々と語る方法読んでいない本について堂々と語る方法
著者:ピエール・バイヤール
筑摩書房(2008-11-27)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

このブログ記事のタイトルに「ノーベル賞受賞者・当確者の知性のジャムセッション」と書いたが、これが筆者の一言「サミング・アップ」だ。


以前の対談本とは全く異なる

実は山中教授がヒトiPS細胞開発成功を発表した2007年11月の直後、2008年初めに、京都大学名誉教授でシオノギ製薬副社長の経験もある畑中正一さんとの対談本が発売されている。

iPS細胞ができた! ひろがる人類の夢iPS細胞ができた! ひろがる人類の夢
著者:畑中 正一
集英社(2008-05-26)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

こちらも参考までに読んでみたが、この本と全く異なり、お二人がよそよそしく対談している雰囲気が伝わってくるような本だ。

山中さんは元々京都大学出身ではないので、iPS細胞で有名になる前は、京都大学の教授陣の中ではほとんど知られておらず、知人もなかった様子がうかがえる。

他方、畑中さんは京都大学医学部出身の生え抜きで、NIH(アメリカ国立衛生研究所に勤務していたこともあるエリート研究者だ。

京大ウィルス研究所長を退官後、シオノギ医科学研究所長になり、その後シオノギ製薬の副社長になった。ウィルスの専門家であると同時に、シオノギ製薬の経営者だったこともある人だ。

山中教授もどこまで情報を出して良いのか分からない感じで、盛り上がりに欠ける対談だった。

2冊比較して読んでみると、いかに「『大発見』の思考法」が「知性のジャムセッション」だったかがよくわかる。


お二人の赤裸々な告白が感動を呼ぶ

筆者の湘南高校の先輩の2010年ノーベル化学賞受賞者の根岸英一パデュー大学特別教授の「夢を持ち続けよう!」も、この本と相次いで発刊された。

根岸さんは高校・大学とも優等生で、フルブライト奨学生としてアメリカに留学して博士号を取り、アメリカで研究を続けるという典型的な秀才タイプのキャリアだ。

夢を持ち続けよう! ノーベル賞 根岸英一のメッセージ夢を持ち続けよう! ノーベル賞 根岸英一のメッセージ
著者:根岸英一
共同通信社(2010-12-11)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

エリートで秀才の根岸さんの本に対して、この本では益川さん、山中さんとも「うつ」に悩まされた過去を語ったり、キャリアは決して順風満帆でなかったことを告白している。

益川さんは20歳の時から「うつ」と付き合っており、5−6年前には薬を飲むまで悪化したという。「うつ」は脳内物質のせいだと、あっけらかんと語るのが、いかにも益川さんらしい。

山中さんは1993年にノックアウトマウスの技術を学ぶためにUCサンフランシスコのグラッドストーン研究所に留学した。しかし3年後の帰国のときには日本で帰る職場のめどが立たなかった。

キメラマウス









出典:「iPS細胞」

ようやく日本学術振興会の特別研究員として支援を得て、古巣の大阪市立大学で2年間ほど一人でノックアウトマウスの世話をしながら研究を続けていたが、米国との研究環境のあまりの違いに「うつ」のようになり、朝起きられなくなったと語る。

チャーチルもうつ病で、「うつ」になると、「黒い犬が来た」と言っていたことは有名だ。「うつ」になったことも包み隠さず語っている二人の率直な語らいに深い感動と尊敬を覚える。


「いちゃもんの益川」

益川さんは砂糖問屋、山中さんは小さなミシン部品工場の町工場という自営業の家に生まれ、放任で育ったという。

益川さんは、ノーベル賞を受賞して「たいして嬉しくない」、「我々は科学をやっているのであって、ノーベル賞を目的にやってきたわけではない」という発言で、へそまがりとして有名になってしまった理由をこの本で説明している。

益川さんは名古屋大学の学生時代に「いちゃもんの益川」と呼ばれていたこともあったという。


あだなは「邪魔中」

山中さんは自分が柔道やラグビーで10回以上骨折したので、スポーツ選手を助けようと神戸大学で整形外科医になった。しかしインターン時代に手術の手際が悪いので、「邪魔中(じゃまなか)」と呼ばれて、やむなく臨床から病理に移った。

米国に留学したときも、「ネイチャー」とか「サイエンス」の求人広告に片っ端から応募したが、留学先がなかなか決まらなったという。

UCサンフランシスコのグラッドストーン研究所でノックアウトマウスを使って最先端の研究をしていたが、上記の通り帰国する際も日本での勤務先がなかなか決まらなかった。

ノーベル賞受賞が確実視されている山中さんが、ほんの10年ほど前までは、うだつのあがらない研究者だったとは驚きだ。


モットーは「眼高手低」と「人生万事塞翁が馬」

お二人がモットーを語るところがある。

益川さんは「眼高手低」だと語る。

一般的な意味では理想は高いが実行力が伴わないことだが、益川教授は「着眼大局・着手小局」、つまり目標は高く持ち、行動は着実なところからという意味で使っており、この言葉をモットーに後輩を指導しているという。

山中さんも、アメリカ留学時のボスに同じような意味の"VW"=「ビジョン&ハード・ワーク」をモットーとして教わったという。

山中さんは半分ジョークなのだろうが、モットーは「人生万事塞翁が馬」だと。山中さんの今までの紆余曲折の研究生活を物語ると同時に、謙虚な性格をよく表している。

1996年に帰国して大阪市立大学に戻ってから、いくつも公募に応募したが失敗ばかりで、やっと1999年に奈良先端科学技術大学院大学の遺伝子教育研究センターの助教授となった。

小さい研究室で予算もほとんどなかったので、みんなが研究するES細胞から他の細胞をつくるという分化はあきらめ、みんなが狙わない細胞の初期化を研究テーマとして、ヒトの皮膚から万能細胞をつくる研究を学生3名と始めた。

2003年に科学技術振興機構のプロジェクトに応募して、必死のプレゼンをした結果、年間5千万円の研究費が5年間支給されることになり、状況が大きく変わったという。

人生には直線型の人生と回旋型の人生があり、自分はまさに回旋型の人生であると山中さんは語る。挫折や回り道を経験したからこそ、現在の自分があるのだと。


iPS細胞は画期的な発明

人間の体は初めは1個の受精卵だったのが、次々と細胞分裂を繰り返して分化し、60兆個もの細胞が体の様々な部分を構成している。

体のどの部分の細胞でも「山中ファクター」と呼ばれる4個の遺伝子(現在は3個でも可)を注入すると、細胞が「初期化」され、細胞の寿命はリセットされ、体のどの部分にもなれるiPS細胞ができる。評論家の立花隆さんは「iPS細胞の開発は、タイムマシンを発明したのと同じだ」と語っている。

iPSとはinduced Pluripotent Stem cellの略だ。「人工多能性幹細胞」という意味だ。ちなみにiPSという頭文字を小文字にするネーミングはiPodにあやかろうとしたものだという。

2005年末の韓国の黄教授のES細胞研究成果ねつ造事件の直後だったので、山中さんがiPS細胞開発の成功を発表したところ、当初は胡散臭くみられることが多かったが、ウィスコンシン大学などのほかの研究機関でも発見が確認された。

それまでES細胞研究に反対していたローマ法王庁と米国のブッシュJR.前大統領が賛同を表明し、一気に世界的な注目を浴びることになった。

60兆あるヒトの細胞は、一個一個がすべて同じ3万個の遺伝子を持っている。細胞はそれぞれの器官毎に細分化されているので、3万個のうち読まない遺伝子は「エピジェネティックス」と呼ばれ、黒で塗りつぶされるような状態だ。

その黒塗りが一瞬にしてクリアーされてしまうのが、受精の瞬間である。卵子と精子の場合も同様に黒塗りだらけだったのが、受精卵となると奇跡のようにすべてがクリアーされ初期化されるのだ。


iPS細胞で孫悟空の「分身の術」が可能になるか?

iPS細胞の前は、ES細胞が万能細胞として注目されていた。

ESとは、Embryonic Stem cellの略で、embryoつまり「胚」。人間の場合には受精卵となって14日までのものから得られる細胞の胚をつかう。結果的にそのままなら胎児になる受精卵を研究対象にすることになり、倫理上の問題がある。

scanner001







出典:「iPS細胞ができた!」

scanner209






出典:「iPS細胞」

ところが受精卵を使うES細胞とは異なり、iPS細胞はヒトの数ミリ四方の皮膚からでもつくれる。歯科治療で抜いた親知らずや、毛根部の細胞から作った例もあるという。

毛髪の再生










出典:「iPS細胞」

山中さんは、皮膚から取ったヒトiPS細胞が心筋細胞に分化して、拍動をはじめたのを見たときに感動したという。

scanner002














出典:「iPS細胞ができた!」

iPS細胞を使ってクローンは出来ないとのことなので、髪の毛を使っての孫悟空の「分身の術」は不可能だが、将来は髪の毛から身体の組織を再生するという事になるかもしれない。


山中教授の強い使命感

この本を読んで驚くのは、山中教授のiPS細胞を一日でも早く患者のもとに届けたいという強い使命感だ。

「私は臨床医としてはぜんぜん人の役に立ちませんでした。だから死ぬまでに医者らしいことをしたいのです。」、「医者になることを熱心に勧めてくれた死んだ父に対しても申し訳がたちません」と語る。


iPS細胞研究には知財マネジメントも重要

山中教授は、スタッフ約200名の京大iPS細胞研究所のトップとして手腕を発揮している。

iPS細胞研究所は基礎研究、治療法が見つかっていない病気のメカニズム研究、iPS細胞を活用した創薬や再生医療などの臨床応用、倫理・安全基準研究、知的財産権管理、広報室も備えたiPS細胞を総合的に研究する世界初の施設だ。

京大iPS細胞研究所には製薬会社出身の国際特許専門のスタッフもいる。

アメリカではバイオ関係にベンチャー投資が集中しており、数人の投資家が日本の国家予算くらいの金をだす。日本の研究費の2桁違いくらいの研究費を使ってiPS細胞を研究しており、民間企業が特許を抑えて莫大な利益を上げる可能性がある。

iPS細胞関連の特許を民間企業に特許を押さえられ、患者の治療に高額の治療費を要求されるような事態にさせないために、公的機関である京大が特許を確保しようとしている。

ちなみに遺伝子組み換技術はスタンフォード大学が保有し、企業からは特許料を徴収するが、大学などの研究には無料で特許宇を提供している。

厚生労働省も2010年10月1日に患者本人以外の細胞から作製したiPS細胞を治療に使って良いという指針を出して応援している。iPS細胞バンクという構想もあるという。

iPS細胞で出来ること

「iPS細胞ができた!」の対談で、iPS細胞が解決策となるいくつかの病気を紹介している。たとえば白血病、パーキンソン病、糖尿病、心筋梗塞、筋ジストロフィー、大やけど、網膜移植などだ。

iPS細胞の一番実用に近い分野は、製薬業界のテストへの応用だという。

心臓とか脳など普通だと取り出せない部分のヒトの器官の細胞をつくりだして、それで様々な薬効試験を行う。患者本人の細胞を使えば拒否反応もなく、人体実験と同じ効果を上げられる。製薬会社にとって画期的で正確なテスト方法になるという。


益川さんの6以上のクオーク予言を実証した「下手な鉄砲の原理」

この本の7割方は山中さんのiPS細胞の話で、3割が益川さんの話だ。

益川さんは小林さんと一緒に「CP対称性の破れ」でノーベル物理学賞を2008年に受賞した。

益川さんの理論は、前回紹介した村山斉さんの「宇宙は何でできているのか」でも紹介されている。

137億年前のビッグバン直後は粒子と反粒子が同数存在していた。粒子と反粒子は衝突して光になって消えていったが、わずかに光にならないで残ったものから星や生命に繋がる物質ができたというものだ。

「CP対称性の破れ」についての小林・益川理論が発表された当時は、クオークは3種類しか発見されていなかった。

益川・小林理論が1973年に発表されたあと、巨大加速器を使って1994年にチャーム、ボトム、トップのクオークが発見された。そして6種類のクオークが「CP対称性の破れ」を起こすことが証明されたのは2002年だったという。

加速器の性能が理論に追いつくまで30年掛かったのだ。

加速器は30キロもあるトンネルを地下に掘って、陽子と反陽子を光速に近いスピードで衝突させて色々な粒子を飛び散らせる。一秒間に10万回(!)くらい衝突させ、そのデータを1年分貯めて、やっと10個くらいのトップクオークが見つかったという。益川さんはこれを「下手な鉄砲の原理」と呼んでいる。

1994年にトップクオークが見つかった時の論文は全部で5ページ、そのうち1ページはオーサーの名前の列挙だったという。いまや物理学の検証には千人単位で取り組む必要がある。益川さんは日本は「稲作民族の国」なので、この分野は得意で、日本の高エネルギー実験グループは世界のトップにいるという。

事業仕分けによって科学研究予算は圧迫されているが、小林・益川理論はノーベル賞を受賞するまで35年かかっている。地道な研究を何十年も続けてはじめて何かを発見することが多い。ブレークスルーの研究は一朝一夕ではできないのだ。

それゆえ事業仕分けを担当した蓮舫大臣の「なぜ一番でなければいけないんですか?」という発言を益川さんは厳しく批判している。


「コロンブスの卵」を必死に探していくのが科学者の使命

益川さんは、「壮大で奥深い自然から教えて頂く」という謙虚な気持ちで、地道な研究を重ねて大胆な仮説を立て、「コロンブスの卵」を必死で探していくのが科学者の使命だと語る。

二人の研究の重大なブレークスルーは「コロンブスの卵」のような発想の転換によるものだ。

益川さんは当初クオークは4種類あるとして理論を組み立てようとしていたが、どうしてもうまくいかず断念しかけた時、風呂から立ち上がった瞬間に6種類以上にすればうまくいくことがひらめいた。

山中教授もiPS細胞をつくるために、24個にまで絞り込んだ遺伝子の中から、一つ一つの遺伝子を検証するのでなく、24種類すべて投入して、それから一つを減らして様子を見る作業に変えて、4種類の「山中ファクター」と呼ばれる遺伝子を発見した。まさに逆転の発想だ。

scanner003






出典:「iPS細胞ができた!」

山中教授は、このコロンブスの卵的な発想の転換に感動し、そのことを思いついた助手に「高橋君、きみはほんまに賢いなあ」と褒めたという。

今度紹介する立花隆と1987年ノーベル医学賞受賞者の利根川進博士との対談、「精神と物質」でも、利根川さんの発見はコロンブスの卵のようなものだったと語っている。

精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか (文春文庫)精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか (文春文庫)
著者:立花 隆
文藝春秋(1993-10)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る


プレゼンテーション能力と情報発信の重要性

山中さんは「有力科学雑誌のエディターとファーストネームで呼び合えるくらいの信頼関係を築いておかないと、情報戦には勝てない」と言っている。

科学者が成功するためには、良い実験をするだけでなく、いかにしてその実験データをきちんと伝えるかという「プレゼンテーション力」にかかっているというのが持論だという。

まさに世界レベルの競争でもまれた科学者の的を射た発言である。たとえばiPS細胞という山中さんが命名した言葉をアメリカの研究者も使ってくれたのは、そういったネットワークのおかげではないかと語っている。山中さんは今でもグラッドストーン研究所に部屋を持ち、月に数日はアメリカに行っているという。

山中さんはUCサンフランシスコで科学論文の書き方やプレゼンを学んだ。

たとえばプレゼンをビデオに撮り、本人がいないところでみんなが批判し、それをまたビデオに撮って、本人に見せるという授業を1回2時間、週2回、20週間受けたという。

プレゼンでポインターをスライド上でクルクル回さないというような配慮が、しっかりとした教育を受けているという評価となり、奈良先端大の助教授ポスト公募に受かった理由の一つだったという。


天才と秀才

益川さんは、日本の他の物理学者は秀才だが、2010年にノーベル物理学賞を受賞したシカゴ大学の南部さんは天才だと語る。

汲めども汲めども尽きないアイデアを生み出して、研究の最後まで詰め切って成果を刈り取ってしまわず、それを惜しげもなく後輩にばらまいてくれるという。

山中さんはプリオンを発見したプルシナーを天才として挙げる。


科学者にとって「神」の英語訳は「ネイチャー」

益川さんは「信じている人をやめさせる」積極的無宗教だという。山中さんも「科学者にとって、「神」の英語訳は「ゴッド」じゃなくて、「ネイチャー」なんですね」と語っている。含蓄のある言葉だ。

ダーウィンの進化論に対して京大の今西錦司博士は「種は進化に対して主体性を持っている」という説を展開した。実はダーウィンの進化論はまだ証明されていない。

アメリカでは進化論を信じない人が人口の半分いるというが、逆に日本人が進化論を信じるのもある意味では怖いことだという。


その他の話題

★益川さんは分刻みでスケジュールが決まっているという。8時3分には家を出て。一日2食で、風呂に入るのは9時36分だと。エマニュエル・カントのような人だ。

★山中さんの趣味は走ることだという。週3日は鴨川沿いを5キロほど走り、ジムに行っているという。フルマラソンも5回経験しており、自分の記録を少しでも短縮することに意義があると語る。

★山中さんは数学が得意だったそうで、中高6年間で唯一解けなかった問題は、「イスの足は4本では安定しないが、3本では安定する。なぜか?」という問題だったという。

★益川さんは微分積分がわからないと物理の面白さがわからないという。そうなると筆者は絶望的だ。

★益川さんは湯川教授の英語の中間子論文の第一論文初版を読んで間違いに気づいたという。その後名古屋大学の坂田教授も加わった第2論文では修正してあったが、誤りを認めるのではなく「あそこの式は、こう読まれるべきである。」という書き方をしていたという。

益川さんは、最後にデンジロウ先生などの科学遊び、マークシート式の入試を批判している。


大変刺激的な対談である。ただし、あくまで対談なので、iPS細胞について基礎知識を得たければ、次の本をおすすめする。

iPS細胞 世紀の発見が医療を変える (平凡社新書)iPS細胞 世紀の発見が医療を変える (平凡社新書)
著者:八代 嘉美
平凡社(2008-07-15)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

筆者もこの「iPS細胞」を読んで今回のあらすじを書いた。このあらすじ中で紹介した図は「iPS細胞」から引用したものだ。

iPS細胞を使っての医療としては、アルツハイマー症、すい臓病、目の網膜再生などと種々利用範囲が広い。特に取り出せない細胞の実験を可能にしたという意味では、まさに再生医療に革命を起こす発明である。

現在は全世界の研究者が競って安全上の諸問題を克服すべく努力しているという。もはや日本の優位性はなく、日本より2ケタ多いお金を投じている米国の進歩が目覚ましいそうだが、いずれにせよ早期に実用化して欲しいものである。


参考になれば投票ボタンをクリックして頂きたい。




  
Posted by yaori at 21:38Comments(0)

2012年10月06日

桐島、部活やめるってよ 小説すばる新人賞を受賞した朝井リョウのデビュー作

桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)
著者:朝井 リョウ
集英社(2012-04-20)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

小説すばる新人賞を2009年に受賞した朝井リョウのデビュー作。

朝井リョウさんは、1989年=平成元年生まれ。早稲田大学の文化構想学部を卒業したての新進作家だ。

今度紹介する大澤在昌さんの「売れる作家の全技術」の”偏差値の高い新人賞”として小説すばる新人賞が挙げられ、過去の受賞作としてこの本が紹介されていたので、読んでみた。

同じ小説すばる新人賞の過去の受賞作として、三崎亜記さんの「となり町戦争」も紹介されている。こちらも今度読んでみる。

となり町戦争 (集英社文庫)となり町戦争 (集英社文庫)
著者:三崎 亜記
集英社(2006-12-15)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

ところで、「桐島、部活やめるってよ」を紹介していた大澤在昌さんの「売れる作家の全技術」は大変面白く、参考になる本だった。今年、筆者が読んでから買った数少ない本の一つだ。

小説講座 売れる作家の全技術  デビューだけで満足してはいけない小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない
著者:大沢 在昌
角川書店(角川グループパブリッシング)(2012-08-01)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

近々あらすじを紹介する。大澤在昌さんは作家がある程度売れてくると「名前は知っているけど、読まないと決めた作家」という壁にぶち当たるという。

だから糸井重里のほぼ日で、無料で小説を連載したりして、「大澤在昌は知っているけど、読まないと決めた」人たちに、少しでも大澤作品を読ませようと努力しているという。

この「売れる作家の全技術」もまさにそんな「マーケットの底辺を拡大する」努力の一つだと思う。

現に筆者は、警察小説には興味はなく「大澤在昌という名前は知っているが、読まないと決めた」一人だったが、「売れる作家の全技術」を読んで興味をひかれたので、今度、大澤在昌さんの人気シリーズ「新宿鮫」を読んでみる。

新宿鮫 (光文社文庫)新宿鮫 (光文社文庫)
著者:大沢 在昌
光文社(1997-08)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

話が逸れたが、「桐島、部活やめるってよ」は今年映画化されたばかりだ



NHKの朝ドラの「どんと晴れ」に出ていた、神木隆之介君が主演をしている。

予告編を見る限り、映画と小説は別物のようだ。

小説の「桐島、部活やめるってよ」の目次はたったこれだけだ。

菊池宏樹(野球部の助っ人)         ………   7ページ
小泉風助(バレー部リベロ。桐島のサブだった)………  13ページ
沢島亜矢(ブラバン部長)          ………  47ページ
前田涼也(映画部)             ………  77ページ
宮部実果(ソフト部)            ……… 121ページ
菊池宏樹(前出)              ……… 167ページ

(カッコ内は役柄)

この小説の出だしは斬新で、タイトルの「桐島、部活やめるってよ」が最初の言葉となって(本文には出てこないが)、冒頭の菊池宏樹の「え、ガチで?」につながっている。

また表現も斬新だ。特に擬態語や擬声語(あわせてオノマトペと呼ぶ)に特徴がある。

たとえば小泉風助の章の出だしは。

「悲しそうな、残念そうな顔をしろ。耳元で俺が俺に囁(ささや)いた。
水色のTシャツと自分の肌の間を、薄く形を変えた風が、す、と通り過ぎていく。…」

それとか、
「風助!」、「肩に入っていた力がふ、と抜けて、すとんと地上に落とされた気がした。…」

「あ、
コートのど真ん中にゆっくりとボールが落ちる。」

というような感じだ。

小説のあらすじは、いつも通り詳しく紹介しない。上記の目次の男女数名の17歳の高校2年生が、バレー部のキャプテンの桐島が辞めたことで、すこしづつ歯車が狂うというストーリーを、登場人物の独白という形でオムニバス形式で綴っている。

小説では桐島本人は最後まで登場しないが、映画では桐島が出てくるような予感がする。

正直、おっさんの筆者には感情移入ができなかった。

筆者は高校2年まではサッカー部にいた。足首を捻挫したり、膝が痛くなり、それとボールセンスがなく周りを見回し、的確なパスを出すというようなことができず(要はヘタなので)、2年末で辞めて学業に専念したが、桐島のように「部活やめた」経験がある。

誰でも昔は高校生だったわけだし、体育祭や部活動の話なら、誰でも感情移入できるはずだが、この本の斬新なスタイルがそれを阻んでいるような気がする。

それと、あえて注文をつければ、作者の朝井リョウさんの写真は載せるべきではなかったと思う。

男言葉、女言葉がミックスしている小説なので、写真を出さず、あえて男とも女ともわからないようなミステリー作者にしておいた方が、良かったのではないか?

なにはともあれ、20歳で小説すばる新人賞を取るような抜群の文章力がある作家であることは間違いない。「桐島、部活やめるってよ」という作品では、感情移入は難しかったが、今後の活躍を期待したい。


参考になれば投票ボタンをクリック願いたい。




  
Posted by yaori at 01:47Comments(0)TrackBack(0)

2012年10月01日

人生の途上にて 孤高のメスやどくとるマンボウをインスパイアした本

人生の途上にて
著者:A.J.クローニン
三笠書房(1983-01)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る
_SL500_AA300_








このブログで紹介した「孤高のメス」で、主人公の当麻鉄彦が高校時代に読んで、医者を目指す動機となったとされている本。

孤高のメス―外科医当麻鉄彦〈第1巻〉 (幻冬舎文庫)孤高のメス―外科医当麻鉄彦〈第1巻〉 (幻冬舎文庫)
著者:大鐘 稔彦
幻冬舎(2007-02)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

クローニンはスコットランド出身で、もともとグラスゴー大学を主席で卒業した医者だ。スコットランドの僻地の代診としてスタートして、船医や炭鉱の勤務医を経て、英国医学会の会員となる。ロンドンで開業して、医者として成功した忙しい毎日を過ごしていた。

ところが、子供の時からの夢を実現させるために30代半ばで医者を辞め、家族とともにスコットランドの田舎に引き移って、半年かけて処女作の長編小説、「帽子屋の城」を書き上げる。

クローニン全集〈第2〉帽子屋の城 (1965年)
三笠書房(1965)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る



タイプアップされた原稿を見て失望し、一度は暖炉の灰に投げ込んだクローニンだったが、思い直して原稿を拾い集め、さらに数か月かけて完成し、出版社に郵便で投稿する。

その処女作が奇跡的に出版社の社長の目に留まり、出版されることになった。そして出版されると世界21か国語に翻訳され、全部で3百万部を超える大ヒットとなり、クローニンは医者から正式に足を洗い、小説家として成功する。「帽子屋の城」は映画化もされている。

クローニンの代表作の「城塞」、英文名"The Citadel"も1938年に映画化され、アカデミー賞にもノミネートされている。



この本は、クローニンの貧乏学生時代からの自伝的小説で、船医になったり、僻地で数々の患者を治した経験や、ロンドンでの成功、医者をやめて小説書きに専念した生活、思いがけない処女作の成功、第二次世界大戦後のヨーロッパへの旅などを描いている。

英語の原文は"Adventures in two worlds"という名前で、医者と作家という二つの世界の経験を書いている。

Adventures in Two WorldsAdventures in Two Worlds
著者:A. J. Cronin
Kessinger Publishing(2010-09-10)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

この本は「孤高のメス」の当麻鉄彦(ということは著者の大鐘稔彦さん)をインスパイアしたとともに、クローニンが船医として過ごした経験などは、たぶん北杜夫さんの「どくとるマンボウ航海記」などのシリーズもインスパイアしているのではないかと思う。

どくとるマンボウ航海記 (新潮文庫)どくとるマンボウ航海記 (新潮文庫)
著者:北 杜夫
新潮社(1965-02)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

翻訳は「風と共に去りぬ」などを手掛けた翻訳家で、三笠書房創立者の竹内道之助さんで、翻訳の出来も非常に良い。竹内道之助さんはクローニンにほれ込み、「クローン全集」を三笠書房で出版しているほどだ。

風と共に去りぬ (1) (新潮文庫)風と共に去りぬ (1) (新潮文庫)
著者:マーガレット・ミッチェル
新潮社(1977-06)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

当麻鉄彦ならずとも、引き込まれてしまうこと請け合いだ。

「どくとるマンボウ」シリーズのように楽しめるノンフィクション小説である。


参考になれば投票ボタンをクリック願いたい。


  
Posted by yaori at 23:00Comments(0)TrackBack(0)