2013年03月28日

朴槿恵の挑戦 韓国と「結魂」した新大統領に期待する

朴槿恵〈パク・クネ〉の挑戦 - ムクゲの花が咲くとき朴槿恵〈パク・クネ〉の挑戦 - ムクゲの花が咲くとき
著者:李 相哲
中央公論新社(2012-11-08)
販売元:Amazon.co.jp

先日韓国初の女性大統領として就任した朴槿恵(パク・クネ)の生い立ちや政治信条などを紹介した本。


槿(ムクゲ)は韓国の国花

朴槿恵の槿(ムクゲ)は無窮花(ムグンファ)と呼ばれ、国歌(愛国歌)にも歌われている。韓国人にとってはムクゲは特別の花だ。

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出典: Wikipedia



朴槿恵の父・故・朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が3日かかって考えた名前だという。

朴槿恵は60歳。若く見えるが、その経歴はすさまじいものがある。

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出典: Wikipedia

22歳の時(1974年)に、朴正煕大統領夫人の母・陸英修が在日朝鮮人の文世光に銃撃されて死亡

その5年後の1979年に、朴正煕大統領も腹心の部下のKCIA部長の金戴圭に暗殺される。この時、朴正煕大統領はまだ61歳だった。


良くも悪くも朴正煕の娘

朴正煕大統領の手法は「開発的独裁」と呼ばれ、軍事クーデターを起こした1961年には一人当たり80ドルだった国民所得を、暗殺された1979年には1,620ドルにまで急成長させた「漢江の奇跡」の立役者として評価されている。

その一方で、クーデターを起こして政権を強奪した手法や、民主化を抑圧し、ベトナム戦争に韓国軍を派兵するなど、独裁者として権力をほしいままにした。米国のカーター政権の圧力をはねのけて、秘密裏に核開発を進めていたこともわかっている。

個人的には清廉潔白な人だったといわれ、韓国にM−16小銃を供給することになったマクドネル・ダグラス社からの賄賂の百万ドルの小切手を受け取らず、代わりに小銃を出してくれと言って突っ返したという逸話がある。

M−16小銃

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出典:Wikipedia

この本の半分以上は故・朴正煕大統領の人物伝となっている。朴槿恵〈パク・クネ〉が紹介されるときは、朴正煕の長女と紹介されることが多いので、やむを得ないところかもしれない。


朴正煕の経歴

朴正煕の経歴を簡単に紹介しておく。朴正熙は1917年に貧しい農村に5男2女の末っ子として生まれ、師範学校を卒業して聞慶国民学校で教師をした後、1940年に満州に渡って、満州国軍軍官学校に入学した。

2年で主席で卒業して、日本の陸軍士官学校に編入。1944年に卒業した後は、満州国軍に配属され、終戦時には満州国軍中尉だった。一時日本名に改名したことがあり、高木正雄と名乗った。蒋介石のように日本陸軍に在籍したことはないが、酔うと日本の軍歌などを歌っていたという。

終戦後、韓国軍の中心的存在としてランクを高めていき、1961年5月16日の軍事クーデターの時は、第2軍副指揮官だった。(写真の右側のサングラス・ジャンバー姿が朴正煕)

朴正煕クーデター





出典:Wikipedia

クーデター後、朴正煕は国家再建最高会議議長に就任し、1963年に韓国大統領に就任した。1964年には中断していた日韓交渉を再開させた。

反対勢力を押し切るために1964年6月に戒厳令を発布、1965年6月に日韓基本条約を締結し、日本から無償3億ドル、有償2億ドル、融資3億ドルの援助を取り付ける。韓国の輸出額が年間1億ドルしかない時代だった。これが「漢口の奇跡」の原資となった。

竹島をめぐる日本と韓国の間の領有権問題について「両国友好のためにあんな島など沈めてしまえ」と発言したと言われているが、真偽のほどは確認できていないようだ。

1972年に10月に国会を解散、政党・政治活動を禁止して、大学を閉鎖して全土に非常戒厳令を発布する政治改革を断行する国家非常事態宣言を発表した。10月維新と呼ばれる事態である。

1973年8月に、日本を訪問していた金大中がホテルから拉致されるという金大中事件が起こる。

10月維新時代に辛酸をなめた活動家や一般市民に、朴槿恵は謝罪している。2004年に金大中を訪ね謝罪した時は、金大中は「本当にうれしかった。世の中にこんなこともあるんだなと思った。朴正煕が生き返って私に握手をもとめているような気がした」と自伝で書いている。

金大中自伝(II)歴史を信じて――平和統一への道金大中自伝(II)歴史を信じて――平和統一への道
著者:金 大中
岩波書店(2011-02-26)
販売元:Amazon.co.jp

1972年の10月維新の後、1974年に母親の陸英修が在日韓国人の文世光に銃撃されて死亡、1979年には父親の朴正煕が暗殺されたことは前述のとおりだ。


朴槿恵の政治活動

父親が暗殺された後、朴槿恵は政治からは遠ざかっていた。しかし、1997年に韓国経済が破綻し、IMFの管理下に置かれると、朴槿恵は国の危機を救うために政治家となることを決断し、1998年に国会議員となった。

ハンナラ党の主要メンバーとして積極的に活動し、一時ハンナラ党を離れたことはあるが、ほどなく復党した。2004年にはハンナラ党総裁となって、選挙を勝ち抜き、「ハンナラ党のジャンヌ・ダルク」と呼ばれた。

2006年の遊説中に男にカッターナイフで切りつけられ、右耳から顎に60針縫う傷を負わされた。傷口があと1センチ深かったら、頸動脈に達し、命を落としかねなかったという。

この時の心境を朴槿恵は次のように書いている。「手術台に横になった時、両親を思い出した。手術が行われている間、私の頭には、ずっと、銃創で苦痛に耐えている父と母の顔が浮かんでいた。…」


大統領候補に

2007年に大統領候補を李明博と争ったが1.5ポイント差で敗れ、李明博が大統領として就任する。李明博の「すべては夜明け前から始まる」などの著書を、このブログでも紹介しているので、参照してほしい。

すべては夜明け前から始まる―大韓民国CEO実用主義の大統領李明博の心の軌跡すべては夜明け前から始まる―大韓民国CEO実用主義の大統領李明博の心の軌跡
著者:李 和馥
理論社 (発売) 現文メディア (発行)(2008-02-15)
販売元:Amazon.co.jp

その後、李明博大統領と朴槿恵は、2009年に世宗市問題で対立することになる。世宗市はソウルの集中化を緩和するために、ソウルに代わる首都として韓国中部に新たに建設する都市で、首都移転計画を見直す李明博に、当初計画通りに建設すべしとして朴槿恵が迫ったのだ。


尊敬する政治家は父とサッチャー

「尊敬する政治家」を聞かれて、朴槿恵は、「父とサッチャー」と答えた。サッチャー自身も「人間として必要なことはすべて父から学んだ」と父アルフレッドを尊敬していたという。

朴槿恵は、両親が亡くなった後、大事なことを決めるときに、「父だったら、母だったらどうしただろう」と考える習慣ができたという。


朴槿恵への質問状インタビュー

この本の最後に、朴槿恵への質問状に対する彼女の回答が紹介されている。時間の関係で、インタビューができなかったために、質問状形式での受け答えとなったものだ。

現在の韓国の問題点と解決の方向性が示されているので、興味深い。参考になるものを紹介しておく。

★私は結婚はしておりませんが、「結魂」はしました。何度も公の場で言ったことがありますが、私はずっと前に、大韓民国と結婚(結魂)したのです。ですから、私は大韓民国にすべてをささげてきましたし、これからもそうするつもりです。私は一人でも、独身でもありません。亡くなった父も、きっとこの結婚は喜んでくれているでしょう。

★今、我が国の抱えているさまざまな問題のうち、至急解決しなければならない切実な課題の一つは、さまざまな勢力、社会各層、地域の間に生じている「対立」、「不信」、「不公正」を解決することです。それらの問題を解決して「大統合」を実現するのが何より大事です。

★そのために「国民幸福推進委員会」を作り、誰も疎外されたり、立ち遅れたりすることのないように、どの地域に住んでいようが、どの分野の仕事に従事していようが、みんなが自分の未来を夢見ることのできるような社会を目指します。

★今まで、我が国では、国家の経済成長が必ずしも一人ひとりの幸せに繋がっていませんでした。(中略)私は「国民みなが自分の能力を発揮できる国」にしようと思います。

★それを実現するために、我が国の強みでもある情報通信技術、科学技術を産業全般に応用して創業者を増やし、若い人たちに働きの場を提供するための政策を推進します。今後、製造業中心の伝統的な産業を高付加価値産業へと変貌させ、文化産業、ソフトウェア産業のような未来型産業を積極的に育成し、働き口を増やします。

★中小企業と大企業が共に成長し、正規雇用と非正規雇用との間に差別のない制度を整備する努力が必要です。そのために「経済民主化」を主張しています。(中略)「韓国型福祉制度」を作りたいのです。

★私は、不正腐敗の問題を非常に深刻に受け止めています。政治が存在するもっとも大きな理由、政治の使命は、国民の生活をよりよくすることにあります。つまり「民生」を第一に考えなければならないのです。ところが、我が国の政治は、国民の生活とは関係のない不正腐敗をはたらいて、逆に国民から批判される場合が多い。

★これについては本当に痛恨の思いを持っています。恥ずかしいことです。私はこれから、この国の誰であろうが、不正腐敗に関与した場合は、絶対容認しないでしょう。真の改革は私から、私の周辺から始めなければならないと思います。権力に関連のある不正腐敗問題については、「特別監察官制度」を作り、事前予防に努めます。

★北韓は、核兵器が典型的ですが、武力で相手を脅迫し、屈服させようとする計略が通用しないことを認識し、そうした考えを捨てなければなりません。そこで初めて、相互尊重、相互信頼の雰囲気が作られるでしょう。そのような雰囲気を作り出すため、私は韓半島信頼プロセスを推進しようと思っています。

★私と我が国民は2400万人の北韓同胞を決して忘れることはありませんし、実際、忘れてもいません。我々は同胞愛と人道的な立場に立っていつでも助ける準備ができています。

特に最後の質問の回答が大変参考になった。

この人は「自責」(他人の責任をあげつらう「他責」に対して、自分の責任をまず考える態度の人)の人だと思う。

やっかいな金正恩という隣人の取り扱いは大変だと思うが、日韓関係改善を含め、朴槿恵大統領の今後の活躍を大いに期待したい。


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2013年03月26日

新聞記者 疋田桂一郎とその仕事 戦後を代表する名記者の記事

新聞記者 疋田桂一郎とその仕事 (朝日選書 833)新聞記者 疋田桂一郎とその仕事 (朝日選書 833)
朝日新聞社(2007-11-09)
販売元:Amazon.co.jp

以前紹介した「作文の技術」で何度も登場した朝日新聞の名記者・疋田桂一郎さんの記事を集めた本。

「伝わる文章」が書ける作文の技術 名文記者が教える65のコツ「伝わる文章」が書ける作文の技術 名文記者が教える65のコツ
著者:外岡秀俊
朝日新聞出版(2012-10-19)
販売元:Amazon.co.jp

「作文の技術」の著者の外岡秀俊さんと、朝日新聞出身で、科学報道や南極報道などの本を出している柴田鉄治さんがまとめたものだ。

新聞記者という仕事 (集英社新書)新聞記者という仕事 (集英社新書)
著者:柴田 鉄治
集英社(2003-08-21)
販売元:Amazon.co.jp

疋田さんは、戦後を代表する名記者だったが、新聞記事だけに専念して後に何も残さないという強い信念から、「生涯一職人」を貫いた。著作も残していない。この本は、その伝説の名記者・疋田桂一郎の代表的な記事を集めたものだ。

疋田さんは、1924年、大正13年生まれ。戦争末期に徴兵され、初年兵として終戦を迎える。「シラミだらけの兵隊服を焼く」という表現が、記事の中に出てくるが、これは疋田さん自身の経験だろう。

1948年から時事新報社で記者として働き、1951年から1987年まで朝日新聞社に在籍した。1970年から3年間は、「天声人語」を担当して、1,000回書いたところで、自ら交代を申し出た。


疋田さんの「天声人語」は筆者もリアルタイムで読んだ

「天声人語」は朝日新聞の看板コラムで、これを書くのは新聞記者として最高の栄誉だとされている。「もっと続けてほしい」という社内の声もあったが、疋田さんは辞意を翻さなかったという。

今から40年ほど前、筆者が受験勉強をしていた当時、朝日新聞の「天声人語」は受験によく出題されるということで、現代文の問題集に載っていた。

1972年に大学受験した筆者は、毎日必ず朝日新聞の「天声人語」には目を通していた。疋田さんの「天声人語」をリアルタイムで読んでいたのだ。この本に収録された「天声人語」(1970〜1973)には、読んだ記憶があるものがある。

この本はアマゾンの「なか見!検索」に対応していないので、なんちゃってなか見!検索で、目次を紹介しておく。

序にかえて 外岡秀俊

第1章 1950年代〜1960年代
・空から見た遭難現場 − 洞爺丸台風
・つのる”越冬断念”の不安 − 南極観測
・”黒い津波”の跡を歩いて − 伊勢湾台風
・何を語るか?東大生らの遭難
・不幸な流血 − 三井三池争議
・三池を追いつめたもの −三井三池争議
・大レース400決勝を前に − ローマ・オリンピック

・新・人国記 静岡県
・新・人国記 青森県
・長寿の国 アブハージア
・革命までの七百三十歩 − 世界名作の旅・ロシア(「罪と罰」の舞台)
・韓国 − こころと土と(1)
・南ベトナム − こころと土と(1)
・パリー東京ー世界の首都・第1信
・ニューヨークー東京ー世界の首都・第2信
・ニューヨークー東京ーOLの一日ー世界の首都・第3信

・自衛隊(1)
・続・自衛隊 ー 兵器と産業・F104Jの記録(1)
・自衛隊員(1) ある中尉
・NHK(1) 番組制作工場
・NASA 米航空宇宙局(1)

北アルプス遭難記事の衝撃 本多勝一

第2章 1970年代 「天声人語」筆者として
・1970年
・1971年
・1972年
・1973年

都心の地下道をよく歩いた人だった 辰濃和男

第3章 1970年代後半〜80年代 新聞のあり方を問う
・ある事件記事の間違い
 はじめに 
 事件
 公判記録
 供述調書
 調書のウソ
 法廷供述
 問題点
 手がかり
 窓

・1980年度日本記者クラブ賞 「わたしの言い分」受賞の言葉
・取材ということ
・新聞文章の(まるかっこ)、”ちょんちょんかっこ”考
・取材の原点にかえれ − 10年記者研修講義から
・「ほめる」ということ − 新聞労連大賞選考委員のコメント

疋田さんの歩幅 鎌田慧

結びにかえて 柴田鉄治


今も新鮮さを失わないビビッドな記事

1954年生まれの筆者ですら知らない洞爺丸台風や伊勢湾台風、ローマ・オリンピックなど、時代を感じさせる記事もある。

古い記事ではあるが、読んでみると、疋田さんの視点のするどさ、現場で見聞きした状況をできるだけビビッドに読者に伝えようという熱意が伝わってくる文章ばかりだ。

伊勢湾台風の被災地を歩くと、海抜ゼロメートル地帯にある工場労働者の住居は浸水して多くの死者を出し、巨大な流木が依然として残っていた。しかし、工場敷地や管理職などの高級住宅地はほとんど被害がなかった。格差社会の現実に鋭く切り込んいる。
 
この記事には当時の朝日新聞社名古屋支社の記者も、その鋭い着目点に驚かされたという。

東大生らの遭難という記事も、チュザック(TUSAC)と呼ばれる90年の伝統ある東大スキー山岳部の人たちが起こした「山を甘く見た」大遭難事故なので、複雑な気持ちで記事を読んだ。

事件報道から、文化報道担当となり、自衛隊、NHK,NASAなどの巨大組織のシリーズものの社会部報道担当となって、それぞれ今読んでも興味深い記事が多い。


文化報道の特色ある記事

アブハジアは黒海に面したグルジアの一部だったが、2008年に独立を宣言した。ロシアなどが承認して、現在は事実上の独立国となっている。このあたりは世界でも長寿の人が多い地域として知られている。

聞いたままを自らのコメント抜きで、レポートしている。たとえば、中学校長は、「私の父親は、147歳で死にました。私は今37歳です。ですから、私が生まれたのは父が120歳のときなのです」と語っている。

そして、最後に付け加えている。

「これらの学術調査にあたって、長寿者の年齢確認は、1.古い教会の出生証明ないしは結婚の記録、2.こども、孫、ひまごなどがあるときは年齢の逆算による推定などの方法が使われたという」

誰だって120歳で子供ができるとは思わないだろう。


罪と罰の舞台で歩数を数える

ドストエフスキーの「罪と罰」の舞台となったサンクトペテルブルグの町を、ラスコールニコフが犯罪を犯した場所までたどった、再現の旅も興味深い。

罪と罰〈1〉 (光文社古典新訳文庫)罪と罰〈1〉 (光文社古典新訳文庫)
著者:フョードル・ミハイロヴィチ ドストエフスキー
光文社(2008-10-09)
販売元:Amazon.co.jp

小説ではラスコールニコフの自宅から犯罪現場まで730歩となっているが、どうやって歩いても800歩を超えてしまうという。


「自衛隊方式」記事の生みの親

自衛隊の記事では、様々なデータを示して、データでわからせるという手法をとった。これは「自衛隊方式」として、その後朝日新聞でもたびたぶ使われたという。

たとえば、陸上自衛隊の中隊に密着して次のような数字を挙げたルポを描いている。人員172名(定員213名に対して41名不足)、幹部7名、陸曹58名、陸士107名、平均年齢25.4歳。

当時の主要装備は64式小銃 142、自動銃 24、62式機関銃 15、64式81ミリ迫撃砲 4、対戦車ロケット発射筒 12、60式106ミリ対戦車無反動砲 12、車両 12両など。

64式小銃(現在は89式小銃に置き換わっている)

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出典:Wikipedia

このように数字を挙げると、自衛隊の実像が浮かび上がってくる。

自衛隊のルポでは、航空自衛隊と米軍の緊密な日米一体感を描いている。1960年代当時は自衛隊の航空総隊司令官は、府中の米軍施設で在日米空軍司令官と肩を並べて日米共同の防空作戦の指揮を執っていた。

戦闘機などの兵器を国産する場合でも、ネジの規格までも航空自衛隊はメートル法でなく、米軍のインチで統一することを望んだ。インターオペラビリティからの配慮だ。


ある事件記事の間違い「このような事件報道が、人を何人殺してきたか」

この本のなかで、最も疋田さんらしい記事は「ある事件記事の間違い」だと思う。

これは朝日新聞の社内報告書「調研室報」に掲載されたものが、「えんぴつ」という編集局報に再集録されたもので、関係資料を改めて考察した事件報道の再分析だ。

この事件は、最初に昭和50年5月の朝日新聞で報道された。

三井銀行支店長が妻が出産で入院中に、知恵おくれの2歳の幼女をベビーベッドに10日間も閉じ込め、餓死させたということで、殺人の疑いで逮捕されたものだ。

東大法学部卒のエリート支店長に対する警察関係者の反感、警察関係者の思い込み、新聞記者の調査不足など、複合的な原因で、一審の裁判で執行猶予付きの有罪との判決が出され、元支店長は判決の日に小田急線に飛び込み、自殺した。

その後、疋田さんが公判記録、供述調書、報道されなかった自殺後の奥さんの談話、法廷供述などを克明に調べて、幼女が拒食症であったことなどの事実を見過ごした過誤があることを発見した。

供述調書では、「空腹の訴えを聞いたが早く死なせるために心を鬼にして食べものをやらなかった」など被告人は思ってもいないことが、本人の言葉になっており、疋田さんは松川事件のような冤罪事件のことを想起したという。

「警察に捕まるのは悪人に決まっている。悪人については何を書いても構わない、とでもいうのだろうか。」

「このような事件報道が、人を何人殺してきたか、と思う」

事件記者たる者は、警察の発表は疑ってかかれというのが疋田さんの教えである。

疋田さんによるこの事件の徹底的な調査を題材にして「支店長はなせ死んだか」という上前淳一郎さんの本が出版されている。

支店長はなぜ死んだか (文春文庫 248-2)支店長はなぜ死んだか (文春文庫 248-2)
著者:上前 淳一郎
文藝春秋(1982-01)
販売元:Amazon.co.jp

「生涯一記者」

取材について書いた文の結語がいかにも疋田さんらしい。

「30年あまり取材を続けてきた経験が教えるところでは、どれほど努力してもそれだけで結果が良いとは限らない。しかし、努力しないで結果が良かったためしはない。記事は楽にはかけないものだ、というのが私の実感である」。

準備が重要なことは、すべての仕事に共通する。


最も印象に残った言葉

300ページ余りの本で、最も印象に残った部分は次のところだ。

「いわずもがなのことかもしれませんけれども、いまいっている異常、異常という言葉もよくはないのかな、名前のついている精神病の人たちのほうが普通の健常者よりもあの種の犯罪を犯すことはずっと少ないそうですね、統計的に。」

「精神病者の犯罪について書くときに、あなたのいまいわれたような興味本位でさがせば、そういうふうな異常さは、いくらでも出てくる。そういう記事によって世間の大勢の精神病患者、あるいはその家族が大変強いショックを受けるわけです。」

「実は私の身近にも病人がいる。私は、どっちかというと、あなたがいわれたように世間の偏見を誘うような興味本位の記事は読みたくないですね。あれば非常につらい記事です」。

まさに頭をガーンとやられた。筆者も含めて、精神病患者に対して、偏見があるのではないか?

統計的には平常者の犯罪の方が、精神病患者の犯罪よりよっぽど高い確率で起こっているという。

たとえば秋葉原のトラックで通行人を引き殺し、サバイバルナイフでさらに数人を殺した事件も平常者の犯行だ。神戸市の連続児童惨殺事件の「酒鬼薔薇聖斗」も平常者である。

予断を排し、偏見も排す。それが新聞報道のあるべき姿である。

疋田さんのファンだった記者は多い。新聞記事がどうあるべきか考えさせられる本である。


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2013年03月23日

心に入り込む技術 元ドイツ情報局員が明かす協力者づくりのテクニック

元ドイツ情報局員が明かす心に入り込む技術元ドイツ情報局員が明かす心に入り込む技術
著者:レオ・マルティン
阪急コミュニケーションズ(2012-07-26)
販売元:Amazon.co.jp

ドイツ情報局(警察とは異なり、警察とは別のいわばFBIのような役割)元局員が明かす、犯罪組織のインサイダーから情報提供者、つまりスパイをつくる手法。著者のレオ・マルティンは仮名だ。

アマゾンの写真だと、何の変哲もないが、書店に置いてある本では、著者の写真を載せた次のような帯がついている。写真の人がレオ・マルティン氏だと思う。

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犯罪組織のインサイダーは当然犯罪者で、彼らに組織を裏切らせるためには、情報局員と深い信頼関係がなければならない。


信頼を築くための7つの手法

信頼関係を築くための手法を、次の7つに整理している。

1.準備 − 最低限するべきことを決めて、心に刻み込む

2.接触 
(この部分は次のようなサブタイトルに分かれる)

 ・相手がこちらに視線を向けるのを待たない
 ・相手の横から話しかける
 ・話しているとき、笑顔を忘れない
 ・会話を切り出すテーマは、現在の状況に直接関連することを選ぶ
 ・いろいろコメントをするけれども、あまりたくさんの質問をしない
 ・一つのテーマに長く留まらず、いろいろなテーマを持ち出す

3.自分の価値の高さを示して相手に認識してもらおう − 特徴を明確にする段階

4.称賛によるねぎらい

5.プライベートな側面を見せる − 特徴づけ

6.時間を短縮する − 進展を早める

7.抵抗や不安をきちんと受け止める


具体的なケース 

上記のように抽象的に書いてもわかりにくいので、具体的なケースを取り上げる。

相手はウクライナ人でロシア・マフィアの一員のティホフ。ロシアやアフガニスタンなどからの大麻やヘロインをドイツに密輸している。自分で倉庫を借りて保管し、輸送を手配し、ボスからの報酬をコインロッカーで受け取っている。

離婚しており、複数の愛人とつきあっているが、元妻と同居している病気の息子には良い治療を受けさせたいと思っている。

情報員のレオは、ティホフと同じ飛行機の隣の座席に、偶然を装って3回続けて座り、世間話や家族の話ばかりして分かれる。

そして4回目は、ティホフがフランクフルトにいるときに、路上で突然話しかける。「○○○(ティホフが使っている変名)、話がある」、「おどろくことはない」。

「情報局は、君との交流を求めている」

ここで、決定的な情報を告げる。

「僕らの関心は、ほんの一部、つまり区画4E」(4Eとは麻薬の保管倉庫の番号だ)。

秘密を知られていることがわかって、相手が動揺しているタイミングで、翌日会う約束を取り付ける。

相手が犯罪組織に告げ口する恐れがあるので、この辺のオペレーションは、すべて数人から成るサポートチームに監視をしてもらう。

そして翌日約束の場所に来たティホフの携帯電話に連絡して、万が一の尾行をまくために、手配したタクシーに乗らせて別の場所に来させる。

タクシーに乗っている間も、サポートチームが仲間と連絡を取っていないかなどを監視する。

そしてティホフに、仲間の犯罪者の写真を見せたり、麻薬取引について質問をする。

ティホフは当然すべて否定する。そこで勧誘を切り出す。

「君を刑務所に送り込むつもりなら、とっくにそうしていたよ。ところが君はこうして自由に歩き回っている。君が僕に従うなら、それは今後も変わらない」

協力した場合のメリット、たとえば金銭的な面や、連邦検察局の捜査の射程外に出すように全力を尽くすことなどを説明する。

「君と僕がチームを組めば強力だ。はっきりした目標がある。それは長期的な目標で、君がそのための最適な人物だと確信している」

「君の倉庫に運び込まれる輸送品をずいぶん前から監視していた。ルートも、いつ、どこで、どんな車を使っているかも押させてあるし、主要人物もわかっている」

「へえ、そうかい。みんな知っているんだったら、なんで俺に訊くんだよ?」

「君が一番頭の切れる人物だからだよ。いちおう納得できるまずまずの身の上話をでっち上げて、うまく立ち回っているのは君だけだ。君以上に適する人物は考えられない」

こうして心をひきつけ、次は育成段階に入る。

協力者候補と何度も会いながら、そのたびに違う質問をする。その間も、協力者候補が尾行されていないとかをサポートチームが監視する。

写真を見せて、犯罪組織の周辺部を広くさらう。しかし、犯罪組織の中核に触れる質問はしない。そのうち、中核から離れたところから堰は切れてくる。

「これは、ダヴィドだ。こいつとアレクセイは車をやっている」など。

だんだんに信頼関係ができてきたら、報酬を与える。2日分でなく、2か月分だ。

次はこちらの捜査情報を漏らして、事前警告する。

「品物が届くとき、その場に居合わせてはだめだ。どうしても行かなければならないなら、僕がいいというまで待て」

「どういう意味だ?」

「これ以上は何も言えない」

警察の捜索は予定通り行われ、大量の麻薬が没収された。

警察のガサ入れがあることを事前に知っていても、ティホフは彼の組織には洩らさなかったのだ。

ティホフは不自然に現場には居合わせないように立ち回り、警察の捜索を逃れた。

ティホフと会うときは、依然としてサポートチームが尾行がいないかチェックする。時にはティホフを尾行して、ティホフの注意力を試す。

このようにして信頼関係が築かれる。

あるときティホフが聞いた。

「俺のことを誰から聞いた?」

「それは言えない。君は一生知らないままだ」

情報提供者を明かせば、その情報提供者を裏切ったことになる。同時にティホフの信頼も失われる。


ドイツ情報局版「質問のしかた」教室

信頼関係を築いていく上で必要な質問の仕方を、次のように解説している。

1.話のきっかけをつくるクエスチョン
「車買った?」、「今週は仕事どうだった」などの世間話が望ましい。

2.オープン・クエスチョン
「これはどうやるの?」など、YES−NOでは答えられない質問だ。うまく使えば相手への関心の高さを示して、相手の個人情報を引き出せる。

たとえば次のような質問の連鎖で、相手の好みや、私生活を知ることができる。

「車、何持っている?」、「どうしてそれに決めたの?」、「買ったときどんな点をチェックしたの?」など。

3.クローズド・クエスチョン
話を或る方向に向かせたいときに使う。YES−NOのような単純な答えしかない質問だ。「○○と会った?」、「○○に電話した?」など。

4.循環クエスチョン
「奥さんが知ったら、奥さんはなんていうかな?」、「君が僕の立場だったら、どうする?」こうした質問は、人を動かしたり考えさせたりするための秘密兵器となる。

この質問技術を使って、協力者候補に感情移入を起こさせるのだ。

たとえば麻薬の運び屋に向かって、

「自分の子供が麻薬でボロボロになって、駅のトイレで発見されたら、どんな気持ちかって思うよな?」

「親はどんな気持ちがすると思う?」

相手に感情移入を起こさせることによって、組織に背を向けさせる効果を狙っているのだ。


「元ドイツ情報局員が明かす」というタイトルなので、スパイが情報を入手するためのテクニックかと思った。しかし、実際には悪の組織に属する人間をスパイにさせるためのアプローチのテクニックの本だった。

悪の組織を裏切れば、そのスパイは殺される危険性がある。その意味では、スパイ作りは、簡単な作業ではない。

のるかそるか、葛藤に苦しむ相手に対して、粘り強く交渉して、組織を裏切らせる決断をさせる。

本来、本にして公開するようなテクニックではないが、こんなことをやっているのかと、驚くと同時になるほどと感心する本である。


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2013年03月21日

アメリカは日本経済の復活を知っている イェール大学浜田教授の最終講義

+++今回のあらすじは長いです+++

アメリカは日本経済の復活を知っているアメリカは日本経済の復活を知っている
著者:浜田 宏一
講談社(2012-12-19)
販売元:Amazon.co.jp

安倍首相のご意見番・イェール大学浜田宏一名誉教授の「最終講義」。

浜田さんは1954年に湘南高校を卒業して東大法学部に入学し、卒業後経済学部に学士入学した。その後大学院の修士課程に進み。館龍一郎教授のアドバイスで、フルブライト留学生としてイェール大学のジェームズ・トービン教授に学んだ。その後東大教授を経て、イェール大学で長く教鞭を取っている。

この本を出版する直前に、安倍自民党総裁から衆議院選挙に臨むうえでの政見について国際電話で相談を受け、「安倍総裁の政見は正しいので、自信を持って進むように」とアドバイスしたことを明かしている。浜田教授と安倍首相との親密さがわかるエピソードだ。

この本は、以前紹介した「伝説の教授に学べ」の、続編のような位置づけで、前著の冒頭に載っていた白川日銀総裁への公開書簡の顛末を紹介している。

伝説の教授に学べ! 本当の経済学がわかる本伝説の教授に学べ! 本当の経済学がわかる本
著者:浜田 宏一
東洋経済新報社(2010-06-25)
販売元:Amazon.co.jp

白川総裁と日銀審議委員に「伝説の教授に学べ!」を献本したところ、白川総裁は「自分で買います」という返書をつけて送り返してきたという。

白川総裁の対応は、大人げないように思えるが、公開書簡が白川総裁の気に障ったのだろう。

浜田教授は、「人は『ノーベル経済学賞候補者の一人』と持ち上げてくれるが、教え子である白川総裁を正しく導くことができなかった。とてもそんな資格はない」と語る。

「日銀は、アダム・スミス以来200年の経済学の普遍の法則を無視して、世界孤高の『日銀流理論』を振りかざし、円高を招き、株安をつくり、失業や倒産を生み出している」。

金融政策をうまく使えば、日本経済が苦しむデフレ、円高、不況、空洞化といった問題が解決できるのに、金融政策を独占する日銀が金融政策を使うのを拒否している。

だから、ズバリ、「20年もの間デフレに苦しむ日本の不況は、ほぼすべてが日銀の金融政策に由来するものである」と結論づけている。


この本の目次

この本はアマゾンの「なか見!検索」に対応していないので、なんちゃってなか見!検索で、章題だけを紹介しておく。実際の目次は、サブタイトルまですべて掲載されているので、目次だけで8ページもある。

序章  教え子、日銀総裁への公開書簡

第1章 経済学200年の常識を無視する国

第2章 日銀と財務省のための経済政策

第3章 天才経済学者たちが語る日本経済

第4章 それでも経済学は日本を救う

第5章 2012年2月14日の衝撃

第6章 増税前に絶対必要な政策

第7章 「官報複合体」の罠

終章  日本はいますぐ復活する


全体の要約

目次では、内容が推測しづらいので、全体を要約しておく:

デフレ脱出のために、インフレターゲットを設定して、金融緩和をするのが経済学の通説・法則であり、世界中の経済学者や日本の心ある経済学者は、日銀がなぜそれをやらないのか不思議に思っている。

日銀は経済学の法則からかけ離れた「日銀理論」を持っており、自らをインフレの番人として、インフレ対策は熱心に行うが、デフレは軽く見て、リーマンショックの後でもほとんど何もしなかった。

他方米国や英国は、FRBやイングランド銀行のトップに著名な経済学者を据え、経済学の法則に従って、急激にバランスシートを拡大し、大幅な金融緩和を実施した。

その結果、何もしない日本は円高となり、産業の競争力が失われ、株式市場は低迷を続けた。サブプライムローンに端を発した世界同時不況により、本来サブプライムローン問題とは無縁の日本経済が、最も大きなダメージを食らった。

これはひとえに、日銀がデフレの唯一の対策である金融緩和を推し進めなかったからだ。浜田教授は元教え子の白川総裁に公開書簡まで発表して、「歌を忘れたカナリア」からの脱却を求めたが、日銀は無視して何も動かなかった。

しかし、2012年2月14日のバレンタインデーに日銀はインフレ1%を「目途」とすると発表した。とたんに市場の「期待」は変わり、円高と株高に転じた。ところが、日銀は1%と発表しただけで、実際には強力な金融緩和を実施しなかったので、日銀のバレンタインデー発表は「義理チョコ」に終わった。

自民党の安倍総裁は、経済法則をよく理解し、浜田教授他の「リフレ論者」のアドバイスに基づいて、2%のインフレ目標と、日銀法改正も辞さないことを、2012年末の衆議院選挙前に発表した。とたんに市場の「期待」が変わり、円は75円から95円、株式市場は8,000円台から、12,500円にまで回復した(2013年3月中旬現在)。

浜田教授らの主張するリフレ政策、通称「アベノミクス」は正しい経済学の法則に基づく政策であり、正しい金融政策を取れば、日本経済は必ず復活することを、世界は知っているのだ。


60人を超える世界の経済学者などにインタビュー

浜田教授は学究生活の集大成として、日米の政治家、中央銀行関係者、政策当事者、学者、エコノミスト、ジャーナリストなど60人を超える人にインタビューを行った。

その中にはグレゴリー・マンキューウィリアム・ノードハウスマーティン・フェロドシュタイングレン・ハバードベンジャミン・フリードマンデール・ジョルゲンソンロバート・シラーなどの泰斗が含まれる。

日本では安倍晋三堺屋太一竹中平蔵中原伸之黒田東彦岩田規久男岩田一政伊藤隆敏などだ。

外国人学者のほとんどすべて、そして尊敬すべき日本人学者は、日本経済が普遍の法則に則って運営されさえすれば、直ちに復活し、成長著しいアジア経済を取り込み、再び輝きを放つことができることを知っている。それゆえ、この本のタイトルを「アメリカは日本経済の復活を知っている」としたのだ。


民主党政府の閣僚たちは「ヤブ医者」の群れ

「ヤブ医者」としてここで挙げられているのは、円高論者の藤井裕久、与謝野馨、「増税すれば経済成長する」と語った管直人、「利上げすれば経済成長する」と語った枝野幸男、野田佳彦、「経歴から見て財政とは無縁な素人、安住淳」などだ。

このブログでも紹介した藻谷浩介の「デフレの正体」で、デフレの原因は人口減少だとする説は、「俗流経済学」と片づけられている。日銀はこれをデフレの原因としたいようだが、人口をデフレに結びつけるのは、理論的にも(金融論)実証的にも(国民所得会計)、根拠のないものだと切り捨てている。

デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)
著者:藻谷 浩介
角川書店(角川グループパブリッシング)(2010-06-10)
販売元:Amazon.co.jp

人口減少は、経済学の率直な議論からすれば、インフレの原因ではあっても、デフレの原因とはなりえないと。


この本のグラフが参考になる

一般的な経済書は、グラフや表が多数使われているが、この本では10のグラフが使われているのみだ。

ゲーム理論の国際金融論への応用で、ノーベル賞候補にも挙げられる浜田教授だが、グラフを使って説明するのが得意ではないようだ。しかし、少ない10のグラフだけ見ても、浜田教授の主張のポイントが理解できる。

「伝説の教授に学ぶ!」にも紹介されていた、リーマンショック後に金融緩和をしない日銀と、金融緩和して急激にバランスシートを拡大したイングランド銀行やFRBを対比したグラフのアップデート版を紹介している。中国や韓国も欧米ほどではないが、バランスシートを拡大している。一方、日銀は何もしていないということがわかる。

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出典:本書99ページ

このため、為替は円の独歩高となった。最近は人民元も強くなってきているが、バランスシート拡大と円高とは、逆相関関係にあることがわかる。

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出典:本書99ページ

この本には「ソロスチャート」と呼ばれる図を使って、「2国間の為替レートは、両国の通貨量の比率によって決まる」という法則を紹介している。これはまさに白川総裁がシカゴ大学で勉強して持ち帰った「国際収支の貨幣的接近」と同じものだと。

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出典:本書102ページ

各国の2000年からの11年のGDPは次のようなグラフとなり、韓国、中国が台頭し、先進国では金融緩和に踏み切った英国と米国が良いパフォーマンスを示している。

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出典:本書49ページ

リーマンショック後の日米欧の鉱工業生産指数では、サブプライムローンでは本来無傷なはずの日本が、最もダメージを被っていることがわかる。

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出典:本書69ページ

上のグラフと、次の日米欧の実質実効為替レートの推移表を比較すると、円高の独歩高が日本経済に大変なダメージを与えていたかことがよくわかる。

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出典:本書69ページ

円がドルに対して30%強くなり、韓国ウォンは対ドルで30%安い。合計60%ものハンディがあれば、到底競争できない。電機メーカーの競争相手は韓国企業だ。たとえば、メモリメーカーのエルピーダメモリは、日銀につぶされたようなものだと浜田さんは語る。


日銀のバレンタインデー「義理チョコ」金融緩和

上記の日銀のバレンタインデーの「義理チョコ」金融緩和を示すグラフが紹介されている。

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出典:本書33ページ

これを見ると、日銀はインフレ「目途」を1%と発表していながら、発表後半年の間、買い入れ資金の5兆円増加を除いては、なんら金融緩和をしていないことがわかる。

一方、FRBは2012年9月からアメリカの弱点である住宅市場で、毎月400億ドルの規模の住宅ローン担保証券を買い上げることを決めた。これがQE3として知られるものだ。

さらに本書発刊後の2012年12月、FRBは追加で毎月450億ドルの米長期国債を購入する追加金融緩和策を発表した

合計850億ドルもの金融緩和策で、米国の株式市場は史上最高値を記録し、米国経済はシェールガスによるエネルギー自給の見込みが出てきたことから、活況を取り戻しつつある。

また日本は、浜田教授のアドバイスに従って2%のインフレターゲットをアベノミクスの根幹政策として打ち出しているので、円安、株高で景気回復感が出ている。

浜田教授は、小泉首相時代に小泉首相と会って、「デフレを脱却するには、予想と期待形成が重要」と伝えたそうだ。現在は、まさにそのもくろみ通り「インフレ予想と期待」が見事に形成されている。


次期日銀総裁の有力候補

この本で浜田教授は、次期日銀総裁候補として次の人たちを挙げている。やや連発しすぎのきらいはあるが、いまやキングメーカーとなった浜田教授ゆえ、挙げられた人が日銀総裁・副総裁に就任しているのは、さすがだ。

★岩田規久男 学習院大学教授(新任日銀副総裁)
金融論が専門で、日銀のデフレ政策をいわば四面楚歌の中で、長年批判しつづけた。

岩田規久男教授の「日本銀行は信用できるか」は読んだ。FRBと日銀の対比や、インフレターゲット政策を採用した国のパフォーマンスの伸びなどを紹介している。

日本銀行は信用できるか (講談社現代新書)日本銀行は信用できるか (講談社現代新書)
著者:岩田 規久男
講談社(2009-08-19)
販売元:Amazon.co.jp


FRB(FOMC)の顔ぶれ:2名のMBAを除き博士号を持っている人ばかり

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日銀政策委員会顔ぶれ:「女性枠」、「産業枠」があるという

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インフレターゲット政策を採用した国のパフォーマンスの変化

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以上3点の出典はすべて「日本銀行は信用できるか」

「日本銀行は信用できるか」は2009年の本なので、あらすじを紹介していない。現在、岩田規久男教授の近著・「日本銀行 デフレの番人」を読んでいるので、近々あらすじを紹介する。

日本銀行 デフレの番人 (日経プレミアシリーズ)日本銀行 デフレの番人 (日経プレミアシリーズ)
著者:岩田 規久男
日本経済新聞出版社(2012-06-09)
販売元:Amazon.co.jp

★岩田一政 日銀政策委員

★黒田東彦 アジア開発銀行総裁

★伊藤隆敏 東大教授 インフレ・ターゲット論者

★堺屋太一 元経済企画庁長官

★竹中平蔵慶応大学教授


そのほかの特記事項

この本は、そのほかにも大変参考になる情報が紹介されている。あまり詳しく紹介すると長くなりすぎるので、特記事項として要点だけ紹介しておく。

★小泉首相は、福井前日銀総裁の就任時に、デフレ脱却を約束させたが、就任から3年たって、福井総裁は、約束を反故にして引締めに転じた。

★クルーグマンの処方箋
クルーグマンは、「お金をものすごい勢いで印刷し続けると約束すること。そこには将来の期待が大いに影響する」、「自分であれば、まずインフレターゲットを発表する」と語っている。

★日銀はインフレに対するトラウマが大きい。インフレと闘うことが仕事と思い込んでいる。日銀法では、物価の安定が唯一の目標とされ、日銀の独立性で、手段を勝手に決めることができ、結果についても責任を問われない。

ほとんどの国では、雇用の維持や経済成長の維持などが金融政策の目的に定めている。中央銀行に自主性が与えられるのは、それらの目標を達成する手段として何を選ぶかだけだ。

だから、日銀法を改正して、インフレ目標の導入や、雇用の維持を目的とすることなどを追加しようとの論議が起こっている。

★日本は「金持ち母さんと貧乏父さんの国」
浜田教授はベストセラーのタイトルになぞらえて、国民が1,500兆円の資産を持つ一方、政府が1,000兆円の国債を発行している日本は、「金持ち母さんと貧乏父さんの国」だと言っている。

金持ち父さん貧乏父さん金持ち父さん貧乏父さん
著者:ロバート キヨサキ
筑摩書房(2000-11-09)
販売元:Amazon.co.jp

★消費税で癒着する財務省と新聞社(「官報複合体」)
新聞社は新聞に軽減税率を適用してもらおうという下心があるので、消費税増税に賛成なのだと。

★池上彰の「日銀を知れば経済がわかる」はもともと日銀の広報誌「にちぎん」の連載だった。

日銀を知れば経済がわかる (平凡社新書 464)日銀を知れば経済がわかる (平凡社新書 464)
著者:池上 彰
平凡社(2009-05-16)
販売元:Amazon.co.jp

池上さんの本によるとデフレ脱却法は、「みんなでがお金を使えば、その日から景気が良くなる」だ。しかし、どうやってみんながお金を使うようになるのかの視点が欠けているので、浜田教授はこれでは不十分だという。

「池上彰のやさしい経済学1.&2.」にも制度の仕組みはわかりやすく書いてある。しかし、なぜデフレや円高がおこるのか、不況から脱出する方法は何かなどは書いていないので、やはり不十分だと。

池上彰のやさしい経済学―1 しくみがわかる池上彰のやさしい経済学―1 しくみがわかる
著者:池上 彰
日本経済新聞出版社(2012-03-24)
販売元:Amazon.co.jp

このブログでも「池上彰のやさしい経済学」を紹介している。内容は、経済学史という感じで、歴代の著名な経済学者の学説を紹介しているもので、筆者は、大学の経済学の授業とはこんなものではないかと思う。

浜田教授の要求レベルは、正統派経済学者でなく、いわばストリート・エコノミストの池上さんには高すぎるような気がする。

筆者は池上さんの本は、あれはあれで教養過程の経済学の教科書として十分な内容ではないかと思う。

浜田教授が「最終講義」というだけあって、非常に充実した内容である。筆者自身は「経済学の普遍の法則」というものが本当にあるのかどうか正直疑問を感じる。

単に「多数派の意見」ということではないかと思うが、ともあれ「アベノミクス」による変化をみれば、浜田教授の議論は説得力があることは間違いない。

2013年になって、読んでから買った本の第2号だ。


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2013年03月18日

作文の技術 元・朝日新聞編集局長のバーチャル文章教室

+++今回のあらすじは長いです+++

「伝わる文章」が書ける作文の技術 名文記者が教える65のコツ「伝わる文章」が書ける作文の技術 名文記者が教える65のコツ
著者:外岡秀俊
朝日新聞出版(2012-10-19)
販売元:Amazon.co.jp

元・朝日新聞東京本社編集局長の外岡秀俊さんが、懇切丁寧におしえてくれるバーチャル文章教室。

この本の帯は次のようになっており、添削してもらった読者の感謝の声が紹介されている。

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添削の実例はこんな感じだ。

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出典:本書224ページ


作文の技術を学びなおすのに最適

実は筆者は、2008年秋から会社の総合研究所の季刊誌の書評コーナーで、毎回違ったテーマの本を3冊ずつ紹介していた。

これが思いのほか長く続き、ネタ切れもあって苦しんでいたところ、別コーナーの担当者が転勤するためページ数を減らすので、書評コーナーも取りやめたいとの話が寄せられ、実はホッとしていた。

自分の書いた書評の品質に満足できなかったからだ。

筆者の性格の問題なのだが、締め切りが決まっていても、どうしても締め切り前に出すことができない。毎回、締切を過ぎてから原稿を提出していた。

自分ではうまく書いたつもりになっていたが、印刷された文章を後から見直すと、「こうすればよかった、ああすればよかった」と思うことが、最近多くなっていた。

筆者の原稿は、テレビにコメンテーターとして登場したこともある著名人の総合研究所長の先輩に、毎回添削していただいていた。その先輩の添削が、実に的確なのだ。

自分では十分推敲したつもりだが、先輩に添削してもらえるからと、安きに流れ、推敲不足の原稿を提出していたのではないかと、反省している。

その反省から、自分の文章力をもう一度ブラッシュアップすべく、年末年始にかけて10冊ほど文章読本的な本を読んでみた。

結論として、ハウツーものであれば「伝わる!文章力が身につく本」がよい。

伝わる!文章力が身につく本伝わる!文章力が身につく本
著者:小笠原 信之
高橋書店(2011-01-29)
販売元:Amazon.co.jp

「文章力をアップさせる80の技術」は、クイズ形式となっている点がよい。

文章力をアップさせる80の技術―「わかりやすい」に「うまい」をプラスする文章力をアップさせる80の技術―「わかりやすい」に「うまい」をプラスする
著者:江藤 茂博
すばる舎(2001-09)
販売元:Amazon.co.jp


今回読んだ中で最もすぐれていると思った文章読本がこれだ。


投稿文を題材に

多くの文章読本は、単純な例文や、新聞の記事、小説などを題材にしている。しかし、単純な例文は、いかにもつくり物という感じで、現実味が薄い。新聞の文章は、独特の表現だったり、極端に切り詰めていたりしていて、手本としてふさわしくない。また、小説は美文を目指すあまり、一般的な表現から離れた構文や語句の使い方をしており、決して題材としてはふさわしくない。

一方、この本はインターネットで「文章教室」として400字のエッセイを募集して、中学生から高齢者までの一般読者から寄せられた168編の応募作を題材として添削している。

単純な例文ではないので、現実味がある。プロの文章ではないので、自分にあてはめやすく、外岡さんの添削がなるほどと納得できる内容となっている。


すぐれた構成

この本はアマゾンのなか見!検索に対応しているので、ここをクリックして目次を見てほしい。

基本編(1文を簡潔に書く)47項目、応用編(伝わる文章を意識する)16項目、実践編(頼んの文章に学ぶコツ)2項目という構成で、基本に力を入れていることがわかると思う。


基本編の特記事項

基本編で参考になったポイントは次の通りだ。

1.1文を短くする
2.複文を単文にする
3.読点(、=カンマ)を句点(。=ピリオド)にする


すべて同じことで、要は長い複文を句点で区切って、短い単文にすることだ。単文にするだけで、驚くほど読みやすい文章になる。

6.主語を明確にする
7.主語の転換
8.「かかる言葉」は、近くに置く


すべて主語と述語の関係を言っている。ながながと文章を書いていると、主語が明確でない場合が多い。主語を明確にして、述語は主語の近くに置けば、よみやすい文章となる。

12.受け身表現を避ける

14.符号の使い方

”○○”は使わず、「○○」とする。【追記】とか(○○)はできるだけ使わない。

16.地の文の「思い」をカッコでくくる

これは書き手の「思い」が語られている場合には、その部分をカッコでくくると、読みやすくなる。たとえば「なんでこうなんだ」とか、「子供が大きくなるまでは」というような場合だ。

17.同じ言葉は省く
18.重言を避ける


「馬から落ちて落馬する」という有名な表現がある。言葉にニュアンスが含まれている場合も、重複を避ける。たとえば、「人が羨むような理想のライフスタイル」⇒「人が羨むようなライフスタイル」というような例だ。

21.形容詞をデータに置き換える

これも大変参考になる。ちょっと長くなるが例文を引用する。

「中学生3人は、鉄橋の半ばまで差しかかったとき、突然、後ろから列車が迫ってくるのに気づいた。時速100キロの特急の運転士は警笛を鳴らし、急ブレーキをかけた。しかし3人は鉄橋の上で次々と跳ね飛ばされ、即死した。」



「中学生3人は、長さ80メートルの鉄橋の真ん中にいた。前後ともに40メートルだ。列車は秒速28メートルで、運転士が気づいてから少年たちの場所まで4秒で進む。五輪選手並みの速度でなければ逃げられなかった。3人は次々跳ね飛ばされ、即死した。」

これは外岡さんの亡くなった元同僚の記者の記事だ。最初の通報から「なぜ中学生は逃げ切れなかったのか」という疑問がわいて、現場に行って詳しく調べて書いた記事が改善例の文章だ。

外岡さんは、この記事のコピーを保存して、ときおり読み直している。「形容詞をデータに置き換える」を心がけているのだと。

ちなみに、筆者の実家の江ノ電の鵠沼駅から江の島方面に向かうところに50メートルほどの鉄橋がある。鉄橋を歩くと近道なので、筆者が子供のころは、女性でも男性でも鉄橋を歩いて渡っていた人がいた。

ネットで鉄橋の当時の写真を公開している人がいるので、紹介しておく。

江ノ電1967年











出典:おでかけ通信:blog版 江ノ電1962年(ブログ記事)

江ノ電は単線で12分間隔なので、下りの電車が通ったら、上りの電車が来るまでに7−8分くらい時間がある。そのタイミングを見て歩くのだ。写真でもわかる通り、到底人が歩くような鉄橋ではない。江ノ電は鈍足なので、最悪電車が停まってくれたが、危ないことをしていたものだ。

22.常套句を疑う

「ニコニコした」、「バタバタだった」とか、容疑者は「カツ丼をぺろりと平らげた」、「口をあんぐりさせた」、「あっけらかんとした表情で」、「言葉少なに語った」等、いずれも臨場感のない、ありあわせの言葉だ。

23.読み手に「手がかり」を残す

「オリジナルなふたりらしいいい式でした」⇒「型にとらわれない二人らしいユニークな式でした」

25.体言止めは使わない

ぞんざいな印象や、なれなれしい感じを与えかねないので、使う場合は、ここぞとい思う場合だけに限る。

27.「上中下」は必要か

「教育上」、「会話の中」、「環境下」などの「上中下」は省ける。

30.基本動詞はひらがなで書く(「いう」、「ある」、「ない」等)
31.ひらがなの「連鎖」を断つ
32.「…。」派 VS 「…」。派(外岡さんは「…」。派)

35.「ナリチュウ」表現を避ける

報道番組などで、「成り行きが注目されます」という常套句がある。これが「ナリチュウ報道」だ。主語があいまいで、意味が不透明。責任の主体をはっきりされるべきだ。

BBCはフォークランド紛争の時に、「英軍」、「アルゼンチン軍」と呼んで、サッチャー首相を激怒させた。「わが軍」、「敵軍」と呼ぶべきだと。しかし、BBCは最後まで報道スタイルを貫いたという。

36.強い「のだ」は控えめに

筆者も反省しなければならない。外岡さんは、文章には「緩急」を考えるべきだという。「のだ」は「急」を代表する強い表現なので、連発すると読み手の息が詰まる。「ここぞ」という場所に、一つだけ使う方が効果的だ。

39.引用はカッコで示す
41.「敬語」よりも「敬意」を

45.2字の動詞を減らす

朝日新聞で「記事をやさしくする委員会」が設けられ、記事の改善の筆頭に挙げられたのが「2字の漢字を使う動詞を減らす」ことだったという。

「消失して」⇒「消えて」、「悪化し」⇒「悪くなり」、「該当する」⇒「当たる」等。

47.オノマトペに工夫を

赤ちゃんの表現で、見事な例文を紹介している。「にぱー」(笑い顔)、「とぅるとぅるの肌」。オノマトペとは、「ニャーニャー」などの擬音語と、「ツンデレ」などの擬態語の総称だ。

他の文章読本でよく紹介されている間違いやすい表現は、1ページにまとめられている。

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出典:本書156ページ

応用編の特記事項

1.タイトルをつける
2.「段落替え」では一字下げる


一字下げて、文章のリズムに緩急をつける。
3.まず「設計図」をつくる

あらかじめ段落ごとに要点をメモしておき、その原型から枝葉を茂らせて文章をつづる。

13.ピントを合わせる



実践編の特記事項

「伝わる文章」に最も欠かせないものは、さまざまな読み手を想定した、相手に対する「誠意」だと外岡さんは語る。

「誠意は伝わる」のだ。

読んでからしか買わない筆者が、2013年に買った本の第1号だ。文章読本は数多いが、中途半端なものを何冊も読むよりも、これ一冊を読んだ方が良い。大学に受かった次男にもプレゼントした。

簡単に読める内容なので、すぐに役に立つと思う。


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2013年03月07日

ジムに通う人が知っておきたいトレーニング科学

ジムに通う人が知っておきたい最新トレーニング科学 (洋泉社新書)ジムに通う人が知っておきたい最新トレーニング科学 (洋泉社新書)
洋泉社(2012-11-06)
販売元:Amazon.co.jp

トレーニング理論の石井教授、トップアスリートのトレーナーの中野ジェームズ修一さん、トップアスリートの栄養アドバイザーの石川三知さんの3人が監修したトレーニングの本。

先日、石井教授にクラブのOB総会で会ったときに、いままで70冊の本を出版したと言っていたので、これが70冊めの本なのかもしれない。

基礎理論、推奨トレーニング・ルーティン、栄養摂取方法やトレーニング前後の推奨食品メニューという実践的な構成となっている。トレーニング・ルーティン例なども紹介されているので、どちらかというと初心者向けの内容で、わかりやすい。

参考になった点をいくつか紹介しておく。

★挙げるトレーニングと下げるトレーニングでは、下げるトレーニングの方が効果が上がる(大体60%)。

★最も効果の上がるトレーニングは80%1RM(Repetition Maximum=1回挙げられる最高重量の80%)と言われているが、ゆっくり動作を行うスロトレでも同様の効果が得られる。

スロトレスロトレ
著者:石井 直方
高橋書店(2004-06)
販売元:Amazon.co.jp

★マシントレーニングだけしていると、「設定したマシンの重りを持ち上げる筋肉」だけ鍛えられて、そのほかの筋肉が鍛えられない。だからそのほかの筋肉やインナーマッスルを鍛えられるフリーウェイトのトレーニングが必要だ。

筆者も身を持って体験した。いままでスミスマシンでベンチプレス100キロ近く挙げていたが、フリーウェイトでは80キロも挙がらなかった。だから最近ゴールズ・ジムに入会して、専門的なウェイトトレーニングを再開した。

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★トレーニングでエネルギーを消費しやすいからだを作ることが「お腹やせ」の一番の近道。

★シットアップ(腹筋)は、肩甲骨が床から離れる程度あげればよい。次の簡単なシットアップマシンも同様に、体が床からちょっと浮く程度でよい。

いままで肘を膝につけるくらいまで上体を起こしていたが、あまり意味がなかったようだ。

ただし、下におろして休んでいては効果が出ない。スロトレのように休むことなく、常に筋肉を緊張させる必要がある。

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★回復力のゴールデンタイムは3回。運動を終えてから20分後、2時間後、そして睡眠中だ。この時に成長ホルモンの分泌が最大になるからだ。このタイミングにあわせて回復のための栄養を摂れば、最も効果が上がる。

運動直後は、糖質とタンパク質の摂取が最適だ。プロティン入りのジュース、豆乳、スポーツドリンクなどが最適だ。

ゴールズ・ジムにはプロティン・バーが設置されており、低脂肪牛乳などにプレティンを入れたものをミキサーで混ぜて出してくれる。理論に沿った栄養補給として最適だ。

簡単に読めて、理論・実践・栄養の三拍子そろったトレーニング教本である。


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2013年03月03日

フリーター、家を買う。 なぜ、こっちの方が感情移入できるんだ?

フリーター、家を買う。 (幻冬舎文庫)フリーター、家を買う。 (幻冬舎文庫)
著者:有川 浩
幻冬舎(2012-08-02)
販売元:Amazon.co.jp

以前紹介した「三匹のおっさん」の作者・有川浩(ありかわ・ひろ、女性)の他の作品を読んでみた。

三匹のおっさん (文春文庫)三匹のおっさん (文春文庫)
著者:有川 浩
文藝春秋(2012-03-09)
販売元:Amazon.co.jp

「三匹のおっさん」では、同じ年代のおっさんの話なのに、だいたい予想したとおりのストーリーだったので、感情移入できなかった。意外にも、こちらの作品の方がストーリーに引き込まれ、一気に読めた。

小説のあらすじはいつも通り詳しく紹介しない。そこそこの私立大学を卒業した主人公・武誠治は、新卒入社した会社の新人研修で違和感を感じ、会社になじめず3か月で辞める。

それからはコンビニのアルバイトなど、1年以上アルバイトを点々とした後、最終的に夜間工事のガテン系アルバイトに、いわば安住の地を見出し、就職活動をしながら工事のアルバイトを半年ほど続けた。

作業員仲間と打ち解け、きつい現場になれてきたら、作業長=工事会社の社長から採用の話を持ち出され、その土木工事会社に業務部主任として採用となる。

やっと就職できた会社で、誠治の評価はうなぎのぼりに上がる。

入社してすぐ手書き・ワープロの書類をすべてパソコン処理に変え、給与計算で外注していたコンサル費用もカットし、さらに費用を見直して、在庫費用の大幅削減策を打ち出す。

社長の指示で、元バンドマンのフリーターと、東工大土木科出身の現場監督志望の女性という、両極端の2人の第2新卒を採用し、彼らが会社の戦力となることで、さらに誠治の評価が上がる。

一方、隣近所から20年あまり、いじめられ続けてきたという過去を持つ母親が、誠治がフリーターをしていた間に、うつ病になってしまい、通院・薬漬け生活を余儀なくされる。

その家に住んでいると、母親のうつ病が治らないと考え、中堅商社マンで「経理の鬼」と呼ばれる頑固な父親を説得して、自分のためた貯金も頭金として提供し、新しい家を買う。というようなストーリーだ。

後半は、2人の後輩が加わることでストーリー展開にひねりを加えていて面白い。

この本のなかでわからない部分があった。

それは、事務所の前に置かれていた捨て猫の対処の場面で、誠治の思いやりに後輩女性が気づき、誠治が「ごめん、ノーカン」と言う。

しばらくやり取りが続き、後輩女性が「困らせたくないので今はノーカンにします。でも、諦めてない武さんは間に合ってます。絶対にお母さんのこと、間に合ってます。」と言う場面だ。

「ノーカン」は、「ノーカウント」のことで、たぶん「忘れてよ」という意味だと思うが、いま一つ使い方がよくわからない。まあ、どうでもよいことだが…。

ともあれ、感情移入できる大変面白い小説だった。


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