2015年06月28日

筋トレをする人は、なぜ、仕事で結果を出せるのか? アバウト過ぎないか?



学生の時は東北大学ボディビル部の主将だったという千田拓哉さんの「99冊目」の本。

そんなたくさんの本を書いているとは知らなかったが、筆者はこの本が初めて読んだ千田さんの本だ。

タイトルからして、たぶんアバウトな本だと予想していたが、予想通りアバウトな本だ。

千田さんは、学生時代東北大学のボディビル部の主将だったそうで、全日本パワーリフティング大会で100キロ超級で2位に入賞したことがあると。

東北大学のボディビル部には知り合いがいるので、今度評判を聞いてみようと思う。

この本はアマゾンのなか見!検索に対応しているので、次をクリックして目次を見て欲しい筋トレをする人は、なぜ、仕事で結果を出せるのか? [単行本(ソフトカバー)]アバウトな目次が並んでいる。

筆者が気になるのは、目次の29の「大学デビュー同士の競技なら、東大生が強い」だ。

東大はかつて関東学生ボディビル大会では、11連勝したことがあり、最近は関東学生パワーリフティング大会で2連勝している。

ラクロスとかも結構強いが(2014年のシーズンで関東学生1部リーグA組2位で、決勝トーナメントに進んだ)、たとえばアメフットとか、フィールドホッケーとかは抜群に強いわけではない。

また東大が強いなら、京都大学や東北大学だって、それぞれの地区では強いはずだが、そういった話はない。

パワーリフティングやボディビルは東大生に向くスポーツだと思うが、東大のパワーリフティングやボディビルが強いといっても、一般化はできないと思う。

この他の千田さんの本のタイトルを見ると、このブログでも本を紹介している中谷彰宏さんと同じ様な路線で行こうとしているように思える。

しかし中谷さんはゴーストライターを使っていても、巻頭の3行の本の総括はたぶん自分で書いており、読者のご意見は、必死に読むと巻末で語っている。たぶんそうしているのだと思う。

だからあれだけ多作にもかかわらず、それぞれが良く売れている。

中谷彰宏さんの境地に達することができるのか?

千田さんにやや仲間意識を感じるので、はやくその域に達して欲しいものである。


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2015年06月14日

黒子の流儀 DeNAを支えた春田前会長の自伝

黒子の流儀 DeNA 不格好経営の舞台裏
春田 真
KADOKAWA/中経出版
2015-04-12


南場智子さんが創業したDeNAの経営を「黒子」として支えた春田真(まこと)さんの自伝。

この本はアマゾンの「なか見!検索」に対応していないので、目次を紹介しておく。春田さんの経歴が1/3、DeNAのビジネスが1/3、横浜DeNAベイスターズのことが1/3という感じだ。

第1章 球界参入
第2章 銀行員時代
第3章 ベンチャー
第4章 DeNA事件簿
第5章 野球への想い

DeNA創業者の南場智子さんの「不格好経営」のあらすじはこのブログで紹介しているので、参照してほしい。春田さんは、もちろん「不格好経営」の中にも登場する南場さんを支えた腹心の部下だ。

不格好経営―チームDeNAの挑戦
南場 智子
日本経済新聞出版社
2013-06-11



「不格好経営」のあらすじにも書いた通り、筆者はDeNAには大変感謝している。横浜大洋ホエールズ以来、長年続けてきた横浜ファンから卒業できたからだ。

横浜ファンだったころは、シーズン初めは期待できたが、5〜6月で調子を落とし、毎年最下位あたりを低迷するという繰り返しだった。

1998年に優勝した当時のマシンガン打線大魔神・佐々木主浩を擁した投手陣は、ほんの一時のピークに終わり、あとは毎年同じことの繰り返しで、毎年欲求不満を抱えていた。

今はプロ野球のひいきチームはない。「明鏡止水」という心境だ。

そんなわけで、ベイスターズファンだったら、この本はもっと興味深く読めたかもしれないが、春田さんの横浜ベイスターズ買収の裏話を聞いても、フーンという感じだ。

以前から友人から横浜スタジアムには既得権がからんでいるという話を聞いていたが、この本ではそのあたりは簡単に触れている。どうやらDeNAがベイスターズを保有することとなって、条件見直し交渉をしたようだ。

そういえば、DeNAの前にベイスターズ買収交渉をしていた住生活グループ(LIXIL)は、本拠地を新潟か静岡に移転するという考えを明かしたので、これが破談の原因になったという話があった。LIXILも既得権対策として本拠地移転案を出してきたのだと思う。

春田さんも書いているが、DeNAがプロ野球に参入を表明し時に、最も反対したのは、楽天の三木谷さんだ。

春田さんは、次の理由を挙げている。

1.経営者として球団を持つことのメリットの大きさを自身の体験からよく理解しており、競合の可能性のある企業が大きなメリットを得られる球界参入を阻止しようとした。

2.単純に競合する事業もあるDeNAが嫌い?

南場さんと三木谷さんについては、不仲が取りざたされている

この記事では南場さんが春田さんに代わってベイスターズのオーナーに就任する6月以降、オーナーとして三木谷さんとやたらと衝突すると予測しているが、そんなことはまずないと思う。

春田さんは、ベイスターズをDeNAが保有する宣伝効果は試算では1,000億円になるという。NHKでもDeNAの名前を毎日何回もニュース等で紹介してくれるのだ。なるほどと思う。

この本では、春田さんのおいたちも紹介している。

春田さんのお父さんは住友銀行に勤めていたが、春田さんが小学校5年生の時に、病気で亡くなり、以降はお父さんの実家の春田家で、母子家庭としてお母さんに育てられたという。

お母さんの話では、お父さんが亡くなった後も、住友銀行にはなにかと世話になったという。だから春田さんが京都大学を卒業して、住友銀行に就職した時は、お母さんは大喜びだったという。

逆に、1999年の住友銀行とさくら銀行の合併を機に、30歳で春田さんが住友銀行を辞めてDeNAに転職した時は、お母さんは泣いたという。

そんな春田さんご自身の経歴も、この本を読むうえで別の見方を与えてくれる。

この本の「黒子」というタイトルほど、春田さんは脇役ではないと思う。

飾らない語り口が好印象を与える本である。


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2015年06月07日

ハリウッドスターはなぜこの宗教にはまるのか サイエントロジーとは



有名なハリウッドスターなどが信奉する新興宗教サイエントロジーを取材した元BBCのレポーター、 ジョン・スウィニーの本。

日本ではサイエントロジーという名前はあまり聞かないが、日本語のプロモーションビデオがYouTubeにアップ
されている。まるで自己啓発プログラムのようだ。



2015年のスーパーボウルにサイエントロジーは広告を出したという。米国で最も高価な広告だ。日本語吹き替え版がYouTubeにアップされている。



日本語サイトも開設されている。

サインエントロジーの最も有名な信者がトム・クルーズで、サイエントロジー会長のデビッド・ミスキャヴィッジに最も近い信者だ。

その他にもジョン・トラボルタジュリエット・ルイスナンシー・カートライトなどの女優も有力な信者だ。

しかし、サインエントロジーから離れていく元信者も多い。トム・クルーズと結婚していたニコール・キッドマンもサイエントロジーになじめず、結局離婚につながったという。

一時トム・クルーズの恋人だったナザニン・ボニアディという女優も、サイエントロジー会長のデビッド・ミスキャヴィッジの言葉がよく聞き取れないという理由で、トムと疎遠になったといわれている。

2007年にはそれまで46年間もサイエントロジーに居て、番頭兼スポークスマンとなっていたマイク・リンダーが脱退した。マイク・リンダーは次のABCのニュース番組には教団側の代表として最後の方に登場する。

YouTubeにはサイエントロジーのうさん臭さを紹介したテレビ番組のビデオが多くアップされている。たとえば次はABCがサイエントロジーを紹介したニュース番組だ。



サイエントロジーでは、オーディターと呼ばれる人が信者のカウンセリングを担当する。その時に使われるのが、Eメーターと呼ばれるウソ発見器のようなものだ。

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出典:Wikipedia

この本では、サイエントロジーの実態を暴こうとするBBCのレポーターがサイエントロジー教団幹部とやりあう場面や、サイエントロジーを離脱した元信者の多くから聞いた話を載せている。

サイエントロジー会長のデビッド・ミスキャヴィッジは、激高するとたとえ教団のトップクラスのメンバーでも、誰彼となく、殴りつけたり、暴力をふるうという。

今一つ正体が不明な教団である。

サイエントロジーという大規模な新興宗教があることがわかって、参考になった。


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2015年06月02日

【再掲】政治と秋刀魚 日本政治研究者 ジェラルド・カーティスさんの本

2015年6月2日追記:


会社でジェラルド・カーティスさんの講演を聞いた。日本語堪能で、見かけは外人だが、話す言葉は日本人と変わらない。

現在の安倍内閣の安保法制の改定、集団的自衛権の解釈変更は、1960年代の日米安保条約改正と同じくらい大きな意味を持つとカーティスさんは強調していた。

日本は経済大国でありながら、軍事大国でない世界でも珍しい例だったが、これからは米国はもちろん、東アジア諸国、オーストラリア、インドなどと連携して、台頭する中国に対抗する構図となるだろうと。

米国のオバマ政権については、カーティスさんは、オバマ氏は所詮政治家ではないこと(弁護士あがりの雄弁家という位置づけ)、戦略がないことが最大の問題点であると語っていた。

カーティスさんが学生時代に日本に来て学んだ「根回し」などは、オバマ氏には無縁で、あの手この手で戦略的に事を運んで、相手を説得する力が弱いと言っていた。

日中関係では、安倍首相の戦後70年の談話が鍵になると語っていた。

安倍首相が靖国神社に参拝したことで、中韓のみならず、米国も嫌悪感を示したのは、なにもわざわざ中韓を刺激して、東アジアに緊張を招かなくてもよいだろうという意思表示だったと。

特に、中国の戦勝記念日の9月3日に中国に行って、先の大戦は日本の侵略戦争であったと認めるような発言をすれば、現在の日中間の問題は解決するだろうと語っていた。

安倍首相がそんなことを認める発言をするとは到底思えないが、冷静に考えれば、いくら米国主導のABCDブロックのせいで、石油を求めて自衛のための戦争を強いられたといっても、金を払わずに、資源を武力で確保しようとしたことは「侵略」という定義にあたるのではないかと思う。

そんなことを考えさせられた。

なかなか参考になる講演だった。カーティスさんの代表作の「政治と秋刀魚」のあらすじを再掲する。


2013年1月30日初掲:

政治と秋刀魚 日本と暮らして四五年政治と秋刀魚 日本と暮らして四五年
著者:ジェラルド・カーティス
日経BP社(2008-04-10)
販売元:Amazon.co.jp

東京オリンピックの年(1964年)に初来日して以来、45年以上、日本の政治を研究してきた米国コロンビア大学のジェラルド・カーティス教授の本。

カーティスさんはニューヨーク生まれ。ニューメキシコ大学を卒業後、ニューヨークのコロンビア大学の大学院生だった時に、第2次世界大戦前の最後の駐日米国大使だったジョセフ・グルーについての論文を書くことになったのが日本研究のスタートだった。

グル―については、グル―の伝記のあらすじを参照してほしい。

グルー―真の日本の友 (ミネルヴァ日本評伝選)グルー―真の日本の友 (ミネルヴァ日本評伝選)
著者:廣部 泉
ミネルヴァ書房(2011-05-06)
販売元:Amazon.co.jp


米国の日本研究家は3世代

カーティスさんによると、米国の日本研究者は次の3世代に分類できるという。

第1世代:戦前の日本研究者で、ハーバード大学で歴史を教え、ケネディ大統領の時の駐日大使になったエドウィン・ライシャワー教授、コロンビア大学に長く在籍したヒュー・ボートン教授などがいる。

この2人とジョセフ・グルーは、戦争の真っ最中に、戦後日本の統治のために天皇制を絶対に残すべきだと強く主張していた。吉田茂のいう「真の日本の友」である。

第2世代:戦時中、陸軍や海軍の日本語学校で日本語を学び、日本軍の無線傍受や戦後統治に携わった後、日本研究家となった世代。日本と戦った経験があったため、日本に対する思い入れが強く、日米戦争が二度と起こらないようにすることを使命と感じている世代だ。

代表的な人物としては、日本研究家のドナルド・キーンエドワード・サイデンステッカー、GHQ職員として来日し、日本に世論調査を紹介した文化人類学者のハーバート・パッシン教授などだ。

第3世代:なんらかの理由で日本に興味を持ち、コロンビア大学などで日本研究をはじめたグループ。カーティスさんはこの第3世代に入る。

第3世代のあとは、JET(Japanese Exchange and Teaching)世代だ。JETプログラムで日本に来て学校で英語教員として仕事をしながら、日本について学ぶ。毎年数千人が来日しており、2007年には5,500人が参加。そのうち半分がアメリカ人だった。


カーティスさんの日本との付き合い

カーティスさんは1940年ニューヨークのブルックリン生まれ。15歳の時に両親が離婚するが、7年後また一緒になる。クイーンズに引っ越し、高校生の時にピアノ奏者としてバンドの一員となって活動し、ニューヨーク州立音楽大学に進学する。

バンドの一員だったというのは、アラン・グリーンスパン元FRB議長と同じような経歴だ。

音楽の仕事に限界を感じていたカーティスさんはニューヨークを離れ、ニューメキシコ州でクラブの仕事をしながら、ニューメキシコ大学に入り直して社会学の勉強をする。アメリカでは大学を変えても取得した単位は生かせるので、カーティスさんのように大学を変えることもある。

そのうちウッドロー・ウィルソン奨学金を得て、コロンビア大学政治学部大学院に入学した。コロンビア大学の指導教官のアドバイスで、ジョセフ・グルーの研究をしたことから日本との付き合いが始まったことは冒頭に記した通りだ。


カーティスさんの初来日

カーティスさんの初来日は、1964年7月。東京オリンピックの直前だ。

23歳だったカーティスさんは、日本に到着して宿泊先の日本国際文化会館に行くタクシーの中で、うろ覚えの日本語でタクシー運転手と話していたら、「日本語がお上手ですね」と言われて、励まされたという。

東京では西荻の四畳半の下宿に住みながら、国際基督教大学(ICU)の日本研究センターで日本語を勉強した。食事は外食で、近くの大衆食堂の主人が「今日はこれを食べなさい」と、サバやサンマなどを出してくれたので、カーティスさんの食生活は革命的に変わったという。

カーティスさんがトンカツを初めて食べたときには感動したという。今でもおいしいトンカツの店があると聞くと、いくら遠くても行かずにいられなくなるという。

しかし、あの当時のトンカツの味を保っている店は今では少なくなってきたとカーティスさんは嘆く。筆者も同意見だ。神保町の交差点近くの「トンちゃん」のおやじさんが揚げたトンカツが懐かしい。海外駐在に行くと聞くと、餞別にトンカツをおごってくれたものだ。

カーティスさんは下駄をはいて銭湯に通って商店街の人と親しくなった。ラーメン屋やスナックに行って、日本語を練習していた。カラオケでは、伊東ゆかりの「小指の想い出」や、園まりの「夢は夜ひらく」を歌っていたという。




日本政治の研究

1年間の日本語教育受講後、カーティスさんはコロンビア大学に戻り、博士論文のテーマに日本の政治を選んだ。

カーティスさんは1966年に再来日し、米国大使館の報道官と一緒に中曽根さんを訪ねた。カーティスさんが日本の政治を研究したいと相談すると、中曽根さんは大分2区から立候補予定の佐藤文生氏の選挙活動を研究するように助言したという。

佐藤さんは、大分の県議会議員を長年務め、国会議員となるべく出馬したが、最初は落選し、2度目の挑戦で捲土重来を狙うところだった。

佐藤さんは中曽根派ではなかったが、中曽根さんが目をつけていた人物の一人だった。大分県は、都会ではないがそれほど田舎でもないということで選んだという。

佐藤さんは、「隠しても仕方がない。なんでも見ていってくれ」と言ってくれたという。カーティスさんは佐藤さんの家に住み込み、世話人などとの打ち合わせにも参加させてもらったという。

カーティスさんが書いた論文が「代議士の誕生」という本になった。

代議士の誕生(日経BPクラシックス) (NIKKEI BP CLASSICS)代議士の誕生(日経BPクラシックス) (NIKKEI BP CLASSICS)
著者:ジェラルド・カーティス
日経BP社(2009-09-25)
販売元:Amazon.co.jp

このときに覚えたのが「お流れ頂戴します」という言葉だ。宴会で世話人一人ひとりから酒を杯に注いでもらい、それを一人につき2-3杯飲んで、世話人の間を回っていく風習だ。

初めはカーティスさんは、全部飲んでいたので、すぐに目が回ったが、佐藤さんは平気でいた。実は、飲んだフリをして、「杯洗(はいせん)」に酒を捨てるのだと。


当時は中選挙区制

当時の選挙制度は日本独特の中選挙区制で、一つの選挙区から3−5人が当選する。自民党から2−3人が立候補するので、自民党の中でも党内抗争が激しく、いきおい派閥ができる。

派閥としては当時は田中派が最大の派閥だった。

カーティスさんが竹下さんから聞いたところによると、金丸さんは自民党から配分された政治資金を代議士に配るときに、封筒を開けさせて札束を数えさせた。

ところが田中角栄さんは、封筒を渡してその場では開けさせなかった。後で開けてみると、党の分配額より多い金額が入っていたという。自民党の資金に自分で積み増していたのだ。これが田中角栄流の人心掌握術である。


日米政治比較

カーティスさんは、1967年から1994年まで毎年下田で開催された日米の国際政治学者の会議:下田会議への参加を通して、評論家の江藤淳さんや、政治学者の佐藤誠三郎さん、京都大学の高坂正堯さんなどと親交があったという。いずれも早死にしたことは残念だと語る。

下田会議は1994年以降開催されていなかったが、2011年に新・下田会議として再開された

この本では様々な分野についての日米比較が紹介されている。

たとえば日本の大学教授の給料と昇進はほとんど年功序列だ。

良い本を書いた先生でも、たいした論文を発表しない先生でも同じ。学生に良い授業をしようとする先生でも、毎年同じ講義を行う先生でも、教えている年数が同じならほとんど給料は変わらない。まさに社会主義であると。

米国の場合には、いい先生は他の大学から引き抜きのオファーが来るので、引き留めるためには大学は給料を上げなければならない。だから同じ年数働いている教授でも、業績によって報酬は大きく異なる。

国会議員のスタッフの数も全然違う。日本は3人までしか公設秘書が認められないが、米国では国の費用で雇われているスタッフが、下院議員で18名、上院議員では約50名だという。


中曽根さんの外交4原則

中曽根さんは、「外交4原則」という考えを説明してくれたという。

1.力以上のことはしない。
2.ギャンブルをしない。
3.世界の潮流を客観的に分析する。
4.外交と内政を混同しない。

米国と戦争したのは、上記すべてに違反している。

自国の国力を過信したことが最大の過ちで、東条英機首相は「清水の舞台から飛び降りる気持ちだ」とギャンブルをした。

ドイツが敗退しつつあるという世界の潮流を正しく把握しなかった。関東軍の中国での行動を国内政治に利用して外交と内政を混同させたと中曽根さんは語っていたという。

ちなみに、カーティスさんは小泉首相が当時のブッシュ大統領の求めに応じ、「反テロ特別措置法」を成立させ、インド洋で船舶の給油活動をはじめたのは、評価しているという。


カーティスさんの奥さんは日本人だが、奥さんと知り合ったのはニューヨークで社会学のパッシン教授が主催するパーティに参加した時だったという。

カーティスさんは奥さんの助けもあって、日本語でこの本を書いたという。

大物政治家との人脈を持ち、日本の政治事情に日本人よりも精通している。いわば日本の政治を映す鏡のような人だ。

読みやすい本なので、是非一読をお勧めする。


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Posted by yaori at 23:38Comments(0)TrackBack(0)