2020年04月30日

GACKTの勝ち方 あの連勝は努力とアンビションの賜物だ

GACKTの勝ち方
GACKT
サンクチュアリ出版
2019-08-09



正月番組の「芸能人格付けチェック」で62まで連勝記録を伸ばし続けているGACKTの初のビジネス書。



GACKTの曲は聞いたことがないが、あの番組に連続して正解しているので、前から気になっていた。

GACKTは自分のことを「お肉博士」とか呼んだりしていたので、当初はエラそうなヤツだと思っていた。しかし、たとえば本物の盆栽と和菓子で作った盆栽の見分けなどの難問でも、GACKTが全問正解していくにつれ、ひょっとして、実はすごい人ではないかと思えてきた。

ある年、盆栽の問題で苦労したGACKTは、盆栽をつくった先生から写真集をもらったり、種々勉強して次に備えていたのだ。

このことは、マレーシアの自宅に取材に行ってGACKTにインタビューしている2020年正月の「格付けチェック」を見てわかった。ちなみに、上記Youtubeで紹介した2020年正月番組には故・志村けんさんもでている。

エラそうだが、妙に気になる。GACKTのことを、もっと知りたいと思って読んでみた。

この本を読むと、GACKTは物事に取り組むからには、力を惜しまず、全力で、本当に真剣に取り組み、できるまで、しつこく、あきらめないでやり遂げる人であることがよくわかる。

全問正解は、手間暇を惜しまない努力があってこその結果なのだ。

ページのレイアウトも本文にあわせてフォントの大きさを変えたり、ところどころにGACKTの写真が載っていて、読みやすい。印象に残った部分を紹介しておこう。

成功したい。

【夢】なんて聞こえはいいが、所詮は自分の欲求。
否定しているのではない。
どんなことが夢であってもいいということ。

‥‥という具合に始まる。

「代表作もないのにGACKTはなんでそんなにカネがあるのか?」

⇒「音楽だけやってたらとっくに死んでるよ。」

実業家としてのボクは、まだまだ大したことない。
ボクがすべての仕事で稼ぐ規模でいえば、数十億円程度。
沢山の人がかかわっているので、ボク個人への実入りは、過去MAXで10億程度。
ボクが今の生活を維持するのに必要な額は1年で2億弱。

ボクの武器は人生全てをマネタイズすること。

【GACKTとして存在し、息をするだけでカネを生む】究極の形。
もちろんそれは簡単なことではない。
些細なことの積み重ねと、日々怠らない努力で、積み立て貯金のように少しずつ重なっていく。
もちろん辛い時も苦しい時もある。だが自分に対して嘘はつけない。

出逢いをマネタイズ。

50人のサポーターをつくろう。
⇒「無理の無い範囲の中でボクをサポートして欲しい。」
ボクはファンと自分自身は決して裏切らない。
ファンは自分の夢を叶える世界の大切な妖精みたいな存在だ。

音楽をマネタイズ。

ビジュアルロックという選択。
コピーじゃ勝てない。マーケットはアジア圏。
日本発のファッションと音楽が融合したもの。ビジュアルロックの他にはない。
⇒自作の物語をステージで表現する

たしかにGACKTのステージは、ミュージカルの様だ。GACKTオフィシャルチャンネルで、5月25日までの期間限定で、次のような過去のコンサートをアップしているので、興味がある人はチェックして欲しい。



実業家GACKT
不動産

中古携帯電話輸出

和牛肉輸出(自分で「お肉博士」と言っているのは伊達じゃない)

アクセサリーブランド

「こいつ面白いな」と思ってもらえることが大切。
⇒「じゃあ、なにかできることないかな?」と言ってもらえる関係性を築けるか。

テレビの人にはならない。テレビは年間5本しか出ないと決めている。
テレビ業界は何よりも利権が渦巻いている。広告会社や大手事務所のパワーゲーム。

GACKTという覚悟。

GACKTは20年以上、コメもパンを口にしていない。食事は日に一食。朝は必ずトレーニングし、ハードワークかつストイックな気の抜けない生活。
⇒それが【GACKTである】ということ。ボクが一番GACKTをナメて無い。

勝負に必要なもの、それは覚悟。覚悟が無い者が多すぎる。
勝負を決める鍵となるのは、それまでの立ち振る舞いと、完璧なタイミングでの【強靭な覚悟を持ったハーフブラフ】。相手に自分から引かせる。それが一番美しく、確実な勝ち方。

行動

【知・覚・考・動】と【知・覚・動・考】(とも・かく・うご・こう)の差

英語も同じだ。考える前に、まず喋ってみろ。

GACKTは、最近「 ガク習塾」というタイトルで、Youtubeでアメリカ英語の実践講座を無料オープンしている。これは非常に参考になる取り組みなので、別ページで紹介する。



【出来ない、など無い】

GACKTは、兄貴分のYoshikiに紹介された実業家とのクラブでの出会いを書いている。実業家の連れの大男がまず、グラス一杯のワイン一気に飲み干した。GACKTはロックオンされた。

それではと、GACKTはテキーラをコップ10杯並べ、最初の5杯を一機に飲み干した。そして実業家の連れの大男にも同じことを促す。相手は4杯飲み干して、最後の5杯目で相手が「止めよう」と言い出した。

「コイツと半端な気持ちで勝負すると大変なことになる」ということを印象付けたのだ。

メンタルリセット

「芸能人格付けチェック」でジャニーズの若手と組んだチームの連勝が39で止まった時、GACKTが叫んだ言葉が「メンタルリセット」だ。
【ベストの選択と努力】が為されていれば、【起こってしまった不測の事態は気にしない】というものだ。

ネガティブをポジティブに

常にGACKTはポジティブ思考だ。

GACKTはアンビシャスで、そのアンビションを実現するためのセルフコントロール力がすごい。GACKTに対する見方が、全く変わる本である。

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Posted by yaori at 22:42Comments(0)

2020年04月26日

上級国民/下級国民 コロナ対策でもその差が出ている



池袋で旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(88歳)が、自動車を暴走させて、31歳の若い母親と3歳の女児を死亡させ、10名を重軽傷させた「池袋自動者暴走死傷事故」は2019年4月19日に起こった。



あの痛ましい、そして高齢者の運転に関する日本人の考え方に大きなインパクトを与えた死傷事故の直後に出版された橘玲(たちばなあきら)さんの本。

このブログでも、多くの橘さんの本のあらすじを紹介している。いつもながらキャッチーな話題をいち早く取り入れ、持論を展開しているのはさすがだ。

池袋事件の犯人の飯塚元院長は、2020年2月に在宅起訴され、いまは「飯塚被告」となったが、事件発生当初は、逮捕されず、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞などが、「飯塚さん」と呼んだことから、日本全体で批判の渦が巻き起こり、「上級国民」という言葉が生まれ、流行語大賞にもノミネートされた(ちなみに、「上級国民」は2015年にオリンピックエンブレムの盗作疑惑の時も流行語となっている)。

読売新聞が「容疑者」と呼ばない理由について、紙上で弁明している通り、飯塚被告が逮捕されなかったのは、高齢で事故で骨折して入院したからで、新聞が「さん」付けしたのは、「容疑者」という表現は、逮捕や指名手配されないと使えないからだったが、理屈は通らず、「上級国民」という表現が広まった。

この本では、日本のみならず、世界でも、「上級」、「下級」の分断が進んでいる現状を紹介し、そんな状況下で生き抜く方策を提言している。

次は一人当たりGDPの世界ランキング1位〜25位の表だ。赤字になってい部分が日本だが、最新の2018年は、26位(39,308ドル)なので、この表から脱落している。

gdp_percapita_ranking1-25














出典:ファイナンシャルスター

橘さんは、平成年間は「日本がどんどん貧乏くさくなった」時代だという。

日本の雇用に関しては、一橋大学の神林龍教授の本から、1982年から2007年の間の男女年代別、若年女性、若年男性の正社員、非正規社員、自営業、パート/アルバイト、無業者の比率を比較している。



18〜54歳の男女合計での変化は次の通りだ。
      1982年     2007年    差
正社員     46%      46%     0
非正規      4%      12%    +8%
自営業     14%       7%    −7%
無業者     26%      23%    ー3%

つまり全体としては、正社員比率は46%で変わらずだが、自営業と無業者が減ったので、非正規比率は4%から12%に増加している。つまり、正社員の雇用は維持されているのだ。

一方、22〜29歳男性で見ると、次の様に変化している。
      1982年     2007年    差
正社員     75%      62%    −13%
非正規      4%      15%    +11%
無業者     10%      16%    + 6%

若年男性では、もろに正社員が減り、非正規と無業者が増加していることがわかる。

22〜29歳女性では、正社員は40%⇒43%とあまり変わらないが、無業者が43%から26%に減り、非正規雇用が5%から22%に増加している。専業主婦が減り、非正規雇用で働く主婦が増えたということだろう。

       1982年     2007年    差
正社員     40%       43%     +3%
非正規      5%       22%    +17%
無業者     43%       26%    ー17%

今は、コロナ禍による出社自粛要請により、正社員のみならず、非正規・自営業の人も減収で大変だという状態は変わらないだろうが、平成を通してみると、年功序列・終身雇用の日本型雇用慣行は維持されたが、それは若者(とりわけ男性)の雇用を破壊することで、中高年の雇用が維持されているのだ。

欧米諸外国と同様の「同一労働同一賃金」も、2020年4月から大企業に適用されることになっているが、団塊の世代は、75歳以上の後期高齢者がほとんどで、現役労働者ではないので、「同一労働同一賃金」を導入しても、彼らの既得権侵害にはならない。

日本社会では、団塊の世代が新聞を読み、本・雑誌を買う人たちで、活字メディアにとって、団塊の世代を批判することは最大のタブーになっていると橘さんは言う。

団塊の世代は政治家にとって最大の票田で、団塊の世代の利害は「年金」だ。だから社会保険改革は誰も言い出せない。また、誰も興味がない。令和の今後20年間はひたすら対症療法を繰り返して、年金が破綻しそうになったら、保険料を引き上げて、2040年以降の高齢化比率下落を待つというのが某若手官僚が語った「霞が関の論理」だと。ちなみに、2045年はAIが人間の知能を超えるといわれるシンギュラリティの予想年だ。

橘さんは、”「モテ」と「非モテ」の分断”という題で、学歴、年収、結婚などを取り上げている。

社会学者の吉川徹さんの「日本の分断 切り離される非大卒若者(レッグス)たち」という本を引用し、2000年代に流行語になった「下流社会」は、学歴にかかわらず、だれでもが下流に落ちる可能性があるという内容だったが、現代日本社会においては、「下流」の大半は高卒・高校中退の「軽学歴」(レッグス=Lightly Educated Guys)だと結論づけている。

学歴と年収はおおむね比例する。







次に、「モテ」の例として、結婚率を取り上げている。

男性(30〜39歳)の未婚率は、1970年代までは10%以下だったが、2015年には35%に上昇している。30代になれば、だれもが結婚するのが当たり前の時代から、3人に一人が40手前まで独身という時代になっている。一方女性の未婚率も上昇したが、23.9%、つまり4人に一人にとどまっている。

50歳時の未婚率も男性23.4%に対して、女性14.1%とかなりの差がある。

男性の未婚率と年収とは逆相関関係があり、年収300万円以下では、3割、200万円以下では4割が生涯独身だが、年収600万円以上で9割、1,000万円を超えると95%が一度は結婚している。

このことから、橘さんは、現代日本社会は「モテ」る男が、結婚と離婚を繰り返す事実上の「一夫多妻制」だと指摘する。つい最近の例の東出昌大さんのことを思い出してしまうが、(東出さんが身長189センチもあるとは知らなかった。)先進国では共通に見られる傾向であると。

一方、若い女性の「エロス資本」についても紹介している。若い女性は期間限定ではあるが、大きな「エロス資本」を持っており、それを資本市場でマネタイズしているのだと。

もっとも、コロナ禍の現状ではエロス産業も閉鎖しているので、そこで働く人(「黒服」も含めて)は大変だと思う。一時しのぎではあるが、一時金の支給が待たれるところだ。

エロティック・キャピタル すべてが手に入る自分磨き
キャサリン・ハキム
共同通信社
2012-03-03



この格差拡大社会を生き抜くために橘さんは、ロバート・ライシュ元米労働長官の「ザ・ワーク・オブ・ネーションズ」を紹介している。



クリントン政権時代に米国の労働長官も務めたUCバークレー教授・ロバート・ライシュ博士は「ザ・ワークス・オブ・ネーションズ」で、これからの仕事は”シンボリック・アナリスト”と”対人サービス業者”、”ルーティン労働者”に分かれ、米国の中産階級は崩壊すると予測した。

”対人サービス業者”は移民やウーバーなどのスキマビジネス、そして将来的には自動運転に脅かされる。”ルーティン労働者”の雇用は、工場がどんどん米国から海外に移転することで少なくなっている。

トランプ大統領は、これらの”対人サービス業者”、”ルーティン労働者”が支持層なので、工場の海外移転には断固として反対して、移民規制を強化している。トランプのやることはめちゃくちゃだと思うが、その着目点は優れていると言わざるを得ない。

一方”シンボリック・アナリスト”と呼ばれる、エンジニア、投資銀行家、法律家、経営コンサルタント、システムアナリスト、広告・マーケティング専門家、ジャーナリスト、映画製作者、大学教授などの「知的でクリエイティブな仕事」をする新上流階級は、米国の勝ち組として、全米の富を独占し、上位1%が米国の個人資産の42%を保有している。

ライシュの処方箋は、「みんなのための資本論」という映画でも紹介されている。大企業や高額所得者から税を徴収し、それを原資に公教育を立て直し、”シンボリック・アナリスト”を増やそうというものだ。


ライシュ教授の予想はその通りになったが、処方箋は機能していない。

低所得の家庭の子どもと高所得の家庭の子供の学力差は拡大するばかりで、家庭資産上位10%の家庭の子どもと、下位10%の家庭の子どもでは、SAT(大学進学適性試験)のスコアで、1985年当時で800満点中、90点差だったのが、2014年には125点に開いている。

教育では格差は埋められず、米国の教育格差はさらに拡大しているのだ。

米国には、「スーパーZIP」と呼ばれる高所得層・知識層の集まるコミュニティがあり、「スーパーZIP」の集積地が、ワシントンDC、ニューヨーク、サンフランシスコ(シリコンバレー)、ロサンゼルス、ボストンなどだという。

筆者も2000年まで米国に2期にわたって、合計9年間住んでいた。

当時は「スーパーZIP」という言葉はなかったが、昔から米国では富裕層が住む町と貧困層が住む町、混住の町がはっきり分かれていた。

その見分け方は、学校の教師の平均給与だ。

米国で不動産を持っていると、評価価格の5〜10%のスクールタックスがかかる。これは町の収入となり、町立の学校(幼稚園から高校まで)の運営費用に充てられる。いい教育をするために、高い給料を払って、いい教師をそろえる。教師の年収が高いということは、不動産の価格が高く、それゆえ高額所得者でないと住めないということになるのだ。

米国では様々なデータが公開されており、地域ごとの学校の先生の平均給与と人数も公開されている。リンク先はピッツバーグ市の例だ。

筆者が住んでいた米国ピッツバーグも、町ごとに教師の給与を決めており、教師の年収が最低の町では34,115ドル、最高の町は93,724ドルと3倍弱の差がある。筆者の住んでいた町の教師の平均年収は、81,518ドルだ。

これは米国の話で、日本では「スーパーZIP」の様な目に見える差別はないが、日本でも一億総中流は崩れかけ、貧富の差は拡大し、さらに再生産されている。コロナ禍でも、収入に全く影響が出ない人と、コロナ対策で閉鎖されて職を失った人の差は大きい。

この本の結論として、橘さんは、2つの生き方を挙げている。一つは、ライシュ教授の”シンボリック・アナリスト”的な専門職。もう一つは、ユーチューバーの様な「評判資本」をマネタイズする生き方だ。

いずれにしても、自分で生きる道を切り開かなければならないことには変わりはない。


いろいろな情報が得られて参考になった。いつもながら、うまく情報をまとめている本である。

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Posted by yaori at 13:42Comments(0)

2020年04月23日

PCR検査の発明者を紹介した福岡さんの「生物と無生物のあいだ」

2020年4月23日再掲:

コロナウイルスの検査法としてPCR検査があることは、今や誰でも知っていることだ。

PCRとは、ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction)の略だが、それでは、そのPCR法を発明した科学者は誰かご存知だろうか?

それが、福岡さんのベストセラーの「生物と無生物のあいだ」で「サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ」として紹介されていたキャリー・マリス博士だ。

マリス博士は、1993年にノーベル賞を受賞している。ノーベル賞受賞記念講演がウェブサイトに公開されており、PCRのアイデアを思い付いた時のことや、生い立ち、研究などのことを語っている。

英語版だが、Google翻訳を使うと、意味が通じる訳文が表示されるので、一度ノーベル賞受賞記念講演も見ていただきたい。筆者もGoogle翻訳の進化に驚かされた。

今回久しぶりにウィキペディアでマリス博士のことを調べてみた。マリス博士はまだ生きていると思っていたら、2019年8月に74歳で亡くなっている。

なんとタイミングの悪いことだろう。今生きていたら、PCR検査の父として、世界的に有名になっただろう。

4回結婚し、人格的にはいわゆる「変人」だったようだが、哀悼の意を込めて、マリス博士の著書を紹介するとともに、マリス博士のことを教えてくれた「生物と無生物のあいだ」のあらすじを再掲する。

マリス博士の奇想天外な人生 (ハヤカワ文庫 NF)
キャリー・マリス
早川書房
2004-04-09




2009年10月11日初掲:

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)
著者:福岡 伸一
販売元:講談社
発売日:2007-05-18
おすすめ度:4.0
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2007年発刊の本ながら、いまだにアマゾンのベストセラー231位に入っている分子生物学者の福岡伸一青山学院大学教授の本。勝間和代さんの「まねる力」というムック本の対談に登場していたので読んでみた。

AERA MOOK 勝間和代「まねる力」AERA MOOK 勝間和代「まねる力」
著者:勝間 和代
販売元:朝日新聞出版
発売日:2009-06-30
おすすめ度:3.5
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本の帯には各界のいろいろな人からの推薦文が紹介されている。

推薦文













筆者は昔はブルーバックスなどを時々読んでいたが、最近は科学系の本は「日本は原爆爆弾をつくれるのか」以来読んでいなかったので、久しぶりに読んだ科学の本だ。

これを機にブログにも「自然科学」というカテゴリーを新設した。

福岡さんは新書大賞とサントリー学術賞をダブル受賞していることでも分かる通り、この本は科学の本というよりは、本の帯にある「極上の科学ミステリー」といった感じの本で、エンターテインメント性を追求し、非常に読みやすく、わかりやすい。

筆者がひさびさに読んでから買った本だ。


ウィルスには生命の律動がない

現在新型インフルエンザがはやっているが、この本は昔読んだ岩波文書と同じ「生物と無生物の間(あいだ)」という題だったので、てっきりウィルスについての本かと思った。

生物と無生物の間―ウイルスの話 (岩波新書 青版 245)生物と無生物の間―ウイルスの話 (岩波新書 青版 245)
著者:川喜田 愛郎
販売元:岩波書店
発売日:1956-07
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ウィルスは代謝なし、呼吸なし、結晶化も可能で、限りなくミネラルに近い存在である。しかしウィルスは自己増殖する。この不可解なウィルスを生物とするか無生物とするかで長年、論争がある。

福岡さんはウィルスを生物であるとは定義しない。福岡さんは生物と無生物の間にどのような界面があるのかを、この本で定義したいと語る。それはいわば「生命の律動」であると。いかにも文学的な、わかりやすい表現だ。


この本の目次がふるっている

この本の目次がいかにもふるっている。とても科学書とは思えない目次だ。この本はアマゾンのなか見検索にも対応している
ので、是非目次を覗いてみて欲しい。

第1章  ヨークアベニュー、 66丁目、 ニューヨーク

第2章  アンサング・ヒーロー

第3章  フォー・レター・ワード

第4章  シャルガフのパズル

第5章  サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ

第6章  ダークサイド・オブ・DNA

第7章  チャンスは、準備された心に降り立つ

第8章  原子が秩序を生み出すとき

第9章  動的平衡(ダイナミック・イクイリブリアム)とは何か

第10章 タンパク質のかすかな口づけ

第11章 内部の内部は外部である

第12章 細胞膜のダイナミズム

第13章 膜にかたちを与えるもの

第14章 数・タイミング・ノックアウト

第15章 時間という名の解(ほど)けない折り紙

「細胞膜」と言う用語が出てくるので、生物学の本だということがわかるが、それを除くと、まるで小説のチャプターのような目次である。


研究者にスポットライト

文章のうまさとタイトルの奇抜さもさることながら、この本の特徴は研究者に注目して生化学反応の原理探求を描いていることだ。

普通、科学の本はどういった反応が起こったかを、しとうと読者にわかりやすく説明しようと反応の原因解説が中心だ。読者にわかりやすく解説しようとする著者の親切心の現れともいえる。

読者としては反応がなぜ起こったのかについての知識は得られるが、研究者の人現像や、実験の過程で研究者がどんな点に工夫したかについてはあまり説明されていないことが多い。

ところがこの本では研究結果もさることながら、研究者の方にスポットライトが当たっており、実験者の人物像や試行錯誤の過程が詳しく説明されているので、しろうとにも実験の難しさと、その実験が成功したときの達成感や意義がわかりやすい

最もよい例が第2章アンサング・ヒーローだ。

アンサング・ヒーローとは、人知れず偉大なことを成し遂げた人のことで、福岡さんは「縁の下の力持ち」と言っている。この場合はDNA=遺伝子だと世界で最初に気づいたオズワルド・エイブリーという科学者のことだ。

エイブリーは福岡さんも勤務したニューヨークマンハッタンの一番東寄りのヨークアベニューと66丁目の交差点付近にあるロックフェラー大学研究所に1913年から定年退官する1948年まで35年間勤務していた。


大きな地図で見る

ロックフェラー大学研究所にはかつて野口英世も在籍し、数々の研究成果を発表したが、その発表の大半は現在は誤りであったとされている。

ヨークアベニューと66丁目というのはマンハッタンのちょうどクイーンズボロブリッジあたりで、ユニバーサルスタジオのアトラクションでキングコングが攻撃するケーブルカーがあるあたりだ。

筆者はピッツバーグに合計9年間駐在したので、ニューヨーク出張の帰りにマンハッタンからレンタカーでラガーディア空港に向かう時は、ちょうどこのあたりからからFDRドライブに入ってトライボロブリッジを通って、空港まで行っていた。

そんな有名な研究所があったとは全く知らなかった。

エイブリーがDNA=遺伝子という発見をしたので、その成果を元に1953年にイギリスの若いジェームズ・ワトソンフランシス・クリックがDNAはらせん構造をしているという事実を発表し、後にノーベル賞を受賞した。

1953年に"Nature"に発表されたわずか1.5ページのワトソンとクリックの歴史的論文が、この本に紹介されている。

watsoncrickpaper









出典:本文107ページ 原文はNatureサイトで閲覧可


ワトソンもクリックも次の本を読んだことが、生命を研究するきっかけとなったと語っているので、一度読んでみようと思う。

生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波文庫)生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波文庫)
著者:シュレーディンガー
販売元:岩波書店
発売日:2008-05-16
おすすめ度:5.0
クチコミを見る

ちなみにノーベル賞のサイトでは二重らせん構造のDNAを福岡さんがフォー・レター・ワードと表現するACGTでつくるゲームがあるので、一度見て欲しい。

ポスドク賛歌

この本ではこういった華やかな成果発表を支え、来る日も来る日も地道な実験を繰り返すポスドク(博士課程を卒業した研究者)やラボテクニシャン(補助研究者)の様々な試行錯誤にスポットライトを当てている。

福岡さん自身が米国のポスドク研究者だったので、ポスドクの役割である数々の下準備や、実験の工夫などがわかりやすく紹介されていて面白いストーリーとなっている。何人かの評者が「科学ミステリー」と呼ぶゆえんだ。

たとえば「内部の内部は外部だ」という題で、膵臓の細胞が消化酵素を分泌する動きが次の図で説明されている。非常にわかりやすい。

cell
















出典:本文200ページ

「サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ」も面白い。特定のDNAを増殖するPCR(ポリメラーゼ・チェイン・リアクション)マシンの発明をひらめいたサーファー科学者キャリー・マリスのことだ。

ポスドクのことを自虐も含めてラボ・スレイブと呼ぶそうだが、理系の学生にとって、この本は希望とやる気を与えてくれるだろう。

ポスドクは就職戦線では非常に厳しい状況にある。小宮山前東大総長の「東大のこと教えます」という本で、東大が就職部をつくったのは東大でも留学生やポスドクは就職が難しいからだと書いていたことを思い出す。

東大のこと、教えます―総長自ら語る!教育、経営、日本の未来…「課題解決一問一答」東大のこと、教えます―総長自ら語る!教育、経営、日本の未来…「課題解決一問一答」
著者:小宮山 宏
販売元:プレジデント社
発売日:2007-03
おすすめ度:4.5
クチコミを見る



動的平衡

動的平衡とは、体の細胞を構成するタンパク質・アミノ酸が数日間ですべて新しいものに置き換わることであり、それゆえ生命は動的平衡にある流れであると定義できるという。

マーカーで染色されたアミノ酸入りのえさを食べた大人のネズミを解剖して器官を調べたら、アミノ酸は体内のあらゆる細胞に行き渡っていた。生物のあらゆる細胞は短期間にすべて新しいものに置き換わるのだ。


生命は機械ではない

この本の最も印象的な実験が、GP2という細胞膜をつくるタンパク質を持たないGP2ノックアウトマウスを使った実験だ。

まずはGP2遺伝子を欠損させたES細胞(なんの器官にもなるオールマイティ細胞)をつくり、マウスの胚に流し込むと、ES細胞は胚の一部となり、やがてGP2遺伝子ノックアウトマウスが誕生する。

福岡さんははやる思いでGP2ノックアウトマウスの組織を調べたら細胞膜に異常はなく全く正常だったという。


生命には時間がある

次は狂牛病を引き起こすプリオンタンパク質をノックアウトしたマウスだ。

プリオンタンパク質の異常は狂牛病を引き起こすので、プリオンタンパク質ノックアウトマウスは狂牛病になると予想されたが、実際には正常だった。

それではということで、今度は遺伝子の1/3を欠損したプリオンタンパク質をプリオンタンパク質ノックアウトマウスにもどしたら、マウスは狂牛病を発症した。

GP2を完全にノックアウトしたマウスはGP2がなくとも正常に生き、遺伝子を部分的に欠損したノックアウトマウスは異常を発症した。

福岡さんはこの現象について、「生命には時間がある。その内部には常に不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折りたたまれ、一度、折りたたんだら二度と解くことができないものとして生物はある。」と語る。

GP2ノックアウトマウスは動的平衡のなかで、GP2遺伝子の欠損を見事に埋め合わせたが、あとから遺伝子の欠陥をつくると、生命の動的平衡は失われるのだ。


生物と無生物の境界はまだ解明されていないが、この本を読んで生物と無生物の境界がミステリー仕立てで、なんとなく理解できたような気がする。

科学書を読むと、いつも感じた読後不満足感がない。大学生の息子にも勧めた。小説のように一気に読めるので、是非一読をおすすめする。


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