2020年05月25日

ロスチャイルド家と最高のワイン YouTube大学で取り上げられたので再掲

2020年5月25日再掲:

オリエンタルラジオの中田敦彦さんの「YouTube大学」で、最近ロスチャイルド家が取り上げられた。

中田さんの紹介したのは「富の王国ロスチャイルド」という本だ。

富の王国 ロスチャイルド
池内 紀
東洋経済新報社
2008-11-01



このブログでは、ロスチャイルドの3大ビジネスの一つのワインに絡めて紹介しているので、「ロスチャイルド家と最高のワイン」のあらすじを再掲する。

2009年時点での楽天市場のワインのリンクなどは設定しなおしてある。そういえば、今は10万円以上するラフィット・ロートシルトも、10年前は数万円で飲めた時代だったんだと、今になってなつかしく思い出す。


2009年11月9日初掲:

ロスチャイルド家と最高のワイン―名門金融一族の権力、富、歴史ロスチャイルド家と最高のワイン―名門金融一族の権力、富、歴史
著者:ヨアヒム クルツ
販売元:日本経済新聞出版社
発売日:2007-12
おすすめ度:4.5
クチコミを見る

フランスの5大シャトーのうち、2つを持つロスチャイルド家の歴史とワイナリー経営をつづった本。

これがロスチャイルド家の紋章だ。

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出典:別記ない限りWikipedia

前半はロスチャイルド家の歴史、後半はロンドンとパリのロスチャイルド分家が持つシャトー・ラフィット・ロートシルトと、シャトー・ムートン・ロートシルトの歴史を描いている。(ロートシルトはロスチャイルドのドイツ語読み)英語版Wikipediaが情報量が豊富なので、ところどころ英語リンクをいれた。

筆者はワイン好きなので、ほとんど毎日ワインをグラス半分くらい夕食の時に飲んでいるが、今まで漠然としか知らなかったロスチャイルド家の2大シャトー経営がわかって大変参考になった。

またロスチャイルド家をとりまく伝説の真偽のほどがわかった。

まずはロートシルトという名前だ。日本ではロートシルトを「赤い楯」と訳しているものが多いが、これは名詞の性を間違ったもので、男性名詞ならば「楯」だが、これは中性名詞なので「赤い表札」とでも訳すべきだと訳者は語る。

学生時代に第2外国語でドイツ語を習ったが、たしかに名詞には男性・女性・中性の三種類あったことを思い出した。

ロスチャイルド家の開祖は、18世紀半ばフランクフルトのユダヤ人街ゲットーに住んでいて、12歳で孤児となったマイヤー・アムシェルだ。マイヤー・アムシェルは商人となって頭角を現し、王侯貴族の御用商人として成功し、5人の息子を使ってビジネスをヨーロッパ規模に拡大する。

ロスチャイルド家の家系図(英文)

Rothschild_family_tree




















長男のアムシェル・マイヤーはフランクフルト本家、次男のサロモン・マイヤーはウィーンの分家、そして最も羽振りの良かった3男のネイサンはロンドン分家、4男のカールはナポリ、5男のジェームズはパリ分家の開祖だ。この5分家でロスチャイルド金融財閥をつくっていた。

「ロスチャイルド家の5人兄弟は、ワーテルローの戦いの結果をいち早く入手し、巨額の富を築いた」という伝説があるが、これは真偽のほどは疑わしいという。

戦いの結果はたしかにロスチャイルド家にいち早く届けられたが、ネイサンはその数日前に戦争の継続を見込んでイギリス政府に金を貸しており、予測が裏目に出たという。

ともあれ19世紀にはロスチャイルド家は「王たちに君臨するユダヤ人」と人々に呼ばれ、人々からねたまれる存在となっていた。

ロスチャイルド家の財力を各国の王家は頼りにし、ロスチャイルド家は産業資本家として製鉄所、汽船会社などを支援し、鉄道建設を推し進めたので「鉄道男爵」と人々は呼んだ。

ロスチャイルド家の分家は男子のみの相続と、分家間のいとこ同士での結婚を繰り返し、キリスト教徒との結婚は厳しく禁じられていたという。芸術のコレクションと育成に熱心で、各分家では当時の最高級の芸術品のコレクションを保有していた。

アメリカや新大陸、アジア、アフリカにも進出し、アメリカの鉄道建設の起債の引き受けでロスチャイルド家は事業を拡大し、1875年にはイギリス首相ディズレーリと組んでスエズ運河を買収した。

20世紀に入ると2度の世界大戦、特にナチスの迫害で財産は奪われ、芸術品はナチスが没収し、ノイシュヴァンシュタイン城に保管していた。

シャトー・ムートンのオーナーのフィリップはナチスの逮捕から逃れて、徒歩でスペイン国境を越えて脱出したが、妻のリリーはフランス貴族の出身でユダヤ人でないので安心していたところ、ナチスに捉えられて収容所で殺害された。

ロスチャイルド家は現在も活躍しており、2003年にはロンドンのロスチャイルド銀行と、パリのロスチャイルド銀行が合併し、LCFロスチャイルドが成立している。

1994年にはフランクフルトのユダヤ人墓地に80人もの一族があつまり、初代アムシェル・マイヤーの生誕250周年を祝ったという。


最初にワインに投資したのはロンドンロスチャイルド家

最初にフランスワインに投資したのは、ロンドンロスチャイルド家のネイサンの3男のナサニエルで、1853年にシャトー・ムートンを買収した。ちなみにボルドーでのワイン生産はローマ時代に始まったと言われる。

今も生きているボルドーワインの格付けが決まったのは1855年なので、その直前にムートンを買収したナサニエルは、ムートンを一級に格付けさせようと画策する。格付けは紆余曲折を経た後で、当時の仲買人の価格をよりどころにして決定され、ムートンは一級の取引価格であったにもかかわらず、二級となる。

ナサニエルは、「われ一級たり得ず、されど二級たることを潔しとせず。われムートンなり」とぶどう園に掲げたという。

ナサニエルはパリ分家のジェームズの娘婿で、甥にあたる関係だが、ロンドン分家のナサニエルに先を越されて、パリ分家の総領ジェームズは憤激したという。そして13世紀からワインを製造する一級のシャトー・ラフィットを1868年入札で獲得する。この時の入札の競争相手はナサニエルで、ロートシルト両分家はワイナリーを巡ってまさに骨肉の争いを繰り広げたのだ。

パリ分家がラフィットを手に入れてからも、両者の近くにあるカリュアド買収で火花をちらすこととなる。次がこの本に冒頭に掲載されているボルドー地区そしてムートンとラフィットがある場所の拡大図だ。隣接していることがよくわかる。

ボルドー







出典:本書冒頭の地図

19世紀後半にはフランスワインの伝統種をアメリカ在来のフィロキセラ虫が根絶やしにしてしまう大事件が起こり、フランスのぶどうはフィロキセラに強いアメリカの台木に接ぎ木することで生き延びる。


ムートンの中興の祖フィリップ

シャトー・ムートンを押しも押されもしない第一位ワインに押し上げたのはフィリップの努力だ。フィリップは20歳でムートンに着任し、不正追放、シャトー元詰め化、ラベルに一流画家の絵を利用、普及ワインのムートン・カデ販売、そして一級格付け獲得に専念する。

ワイン 赤ワイン 2017年ムートン・カデ・ルージュ / バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド フランス ボルドー / 750ml
ワイン 赤ワイン 2017年ムートン・カデ・ルージュ / バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド フランス ボルドー / 750ml

ムートンのラベル一覧

Mouton labels






出典:http://www.theartistlabels.com/

一流画家にラベルを書いて貰う条件は、そのラベルのヴィンテージ五箱と、好きな年のヴィンテージ五箱だという。たぶん多くの画家が20世紀最高のヴィンテージと言われる1945年のヴィンテージを選んだのだろう。

ナチス占領時代に難を逃れてカサブランカ経由脱出するが、奥さんのリリーはフランス貴族の出身にもかかわらずナチスに捕まり収容所で殺害されてしまう。戦争中のフランスワインのことは、「ワインと戦争のあらすじ」に詳しいので参照して欲しい。

他の四大シャトーとは五人クラブを結成し、協調関係を保ってきたが、1950年代に突如ムートンは仲間はずれにされる。一級でないからという理由だが、どうやらラフィットを持つパリロスチャイルド家の差し金のようだった。

フィリップは怒り心頭で、各方面に働きかけ、ムートンの格付け変更に力を注ぐが、格付け変更を勝ち取るためにはそれから20年の歳月を要し、1969年のポンピドー大統領就任で動きが出る。ポンピドーは以前ロスチャイルド家の会社の社長を務めていた。そして1973年当時農業相だったジャック・シラクよりついにムートンを一級に昇格させるという省令を受ける。

これでムートンのモットーは変わった。1973年のラベルに刻まれた新しいモットーは「われ一級なり、かつて二級なりき、されどムートンは変わらず」だ。

このブログでも紹介した1976年の「パリスの審判」のフランス人ワイン専門家9人によるブラインドテイスティングで、ムートンを含むフランスワインが、カリフォルニアワインに負けると、フィリップは審査員に電話して「私のワインになんて事をしたんだ。一級昇格に40年もかかったんだぞ」とどなったという。


ラフィットは管理人任せ

ロンドンロスチャイルド家出身のフィリップは、シャトームートンに住み、シャトーの経営を現地で手がけたが、ラフィットを持つパリロスチャイルド家はシャトーの経営は管理人に任せ、自ら経営に乗り出すことはなかった。

「ラフィット・ロートシルトは人頼み、ムートン・ロートシルトは俺頼み」と言われたという。

ラフィットは初めから一級、ムートンは実質一級と見なされていながらも二級というハンディがあったことが経営姿勢の差にも現れたのだろう。

ラフィットは1970年代になるとぶどう園に投資を強化する一方、貯蔵設備や醸造設備を近代化し、醸造マスターを代えた。1987年に建設したスペインの建築家リカルド・ボフィールの設計による回廊式貯蔵庫は、ワインセラー建築の傑作の一つとされている。


ムートンの系列ワイナリーと海外展開

ムートンとラフィットという同じロートシルトという名前がつく一級ワイナリーが二つあるので、系列がわかりにくいが、ムートンの系列のワイナリーは隣のダルマイヤック、シャトー・クレール・ミロン、エル・ダルジャン(白ワイン)とドメーヌ・バロン・ナーク、そしてフランスで最も売れている圧倒的な生産量のムートン・カデだ。

シャトー・ダルマイヤック [2016]年(750ml)【赤ワイン】【フルボディ】【ボルドー】【フランス】
シャトー・ダルマイヤック [2016]年(750ml)【赤ワイン】【フルボディ】【ボルドー】【フランス】

シャトー・クレ−ル・ミロン[2015]750mI 【結婚記念日】【赤ワイン 】【コク辛口】【お歳暮】【ワインギフト】
シャトー・クレ−ル・ミロン[2015]750mI 【結婚記念日】【赤ワイン 】【コク辛口】【お歳暮】【ワインギフト】

経営者はフィリップの娘のフィリピーヌで、会社名はバロン・フィリップ・ド・ロートシルト社、2004年には世界で約3億本のワインを売り、1億7千万ユーロの収益を上げた。

ムートンの海外展開はカリフォルニアワインのモンダヴィとのオーパス・ワン。1981年の最初の人箱はオークションで2万4千ドルで売れたという。モンダヴィは創業者ロバート・モンダヴィの死後、ティムとマイケルの兄弟の不和により2004年に世界最大のワインメーカー、コンステレーション・ブランズに13億6千万ドルという巨額で売却されている。

オーパス・ワン [2010] モンダヴィ&バロン・フィリップ <赤> <ワイン/アメリカ>
オーパス・ワン [2010] モンダヴィ&バロン・フィリップ <赤> <ワイン/アメリカ>

チリではコンチャ・イ・トロ社との合弁で1998年から生産しているアルマビーバが南米最高のワインの一つと評価されている。


ラフィットの系列のワイナリーと海外展開

ラフィットの会社はドメーヌ・バロン・ド・ロートシルト・ラフィット社(DBR社)で、系列はムートンと争って手に入れたカリュアドと1962年に手に入れた隣のデュアール・ミロン、そして1973年にエリー男爵の甥のエドモンが買収したシャトー・クレルクとその隣のシャトー・マルメゾンだ。

【送料無料】シャトー・デュアール・ミロン’14(ACポイヤック:第4級グラン・クリュ 赤・フルボディ)赤ワイン【7786886】
【送料無料】シャトー・デュアール・ミロン’14(ACポイヤック:第4級グラン・クリュ 赤・フルボディ)赤ワイン【7786886】

1990年にはポムロール地区のシャトー・レバンジルを買収し、隆盛著しい南フランスでもドメーヌ・ドーシェールと提携している。1995年からは「コレクション」と呼ばれる割安なボルドー産ブレンドワインを販売している。

エドモンはボルドー大学のエミール・ペイノーの指導で、シャトー・クレルクのブドウを植え替え、正確な温度調整のできる醸造設備に入れ替えたので、メドックでも一級シャトーのないリストラック地区のグラン・クリュではないブルジョワ級のワインながら、シャトー・クレルクはグラン・クリュなみの評価を受けることとなる。

エドモンはメドックの”アンファン・テリブル”(恐るべき子ども)と呼ばれ、エドモンが1997年に亡くなると、その息子のペンジャマンもシャトー・クレルクに力を入れ、2005年のヨーロッパ審査委員会の評価ではラフィットより上、ムートンより4位下の43位にランクされている。

ロスチャイルド家の新しい世代も父祖を同様に、ワイン作りに精力的に取り組んでいることがよくわかる事例だ。フィリピーヌは「家柄に頼らない一族が、成功する一族なのです」と語っている。

ラフィットの海外展開はチリのロス・バスコスの買収、カリフォルニアとワシントン州に10のぶどう園を持つシャロン・ワイン・グループとの経営参加、アルゼンチンのボデガス・カロと提携した「カロ」と「アマンカヤ」、ポルトガル、イタリアのワイン生産者との提携などだ。


フランスワイン業界の苦境

フランスの一人当たりのワイン消費は、かつての年間135リットルから68リットルに半減し、フランスのワイン業界はユーロ高による輸出不振もあって苦境にある。そんな中でフランスの保険会社AXAミレジムやルイ・ヴィトン、モエ・エ・シャンドンといった企業がワインに目を付けラトゥール始め数々の由緒あるシャトーを買収している。

1855年にグラン・クリュとして格付けされたワイナリーで、経営が変わらなかったのはわずか2社で、三級のシャトー・ランゴア・バルトンとムートンのみだ。ラフィットもロスチャイルド家が買収したのが1868年なので、同じように長年経営が変わらなかったと言えるだろう。

これからもロスチャイルド家はワインビジネスをファミリービジネスとして続けていくことだろう。

今まで断片的にしか知らなかったロスチャイルド家とワインのことがよくわかった。ロマネ・コンティは高すぎて無理する気にもならないが、ムートンやラフィットなら、ちょっと無理をすれば手が届く超高級ワインである。

エール・ダルジャン 2009 シャトー・ムートン・ロートシルト元詰 AILE D’ARGENT Chateau Mouton Rothschild
エール・ダルジャン 2009 シャトー・ムートン・ロートシルト元詰 AILE D’ARGENT Chateau Mouton Rothschild

シャトー・ラフィット・ロートシルト 2014 750ml フランス ボルドー ポイヤック 赤ワイン 第1級シャトー キャッシュレス 決済 5%還元
シャトー・ラフィット・ロートシルト 2014 750ml フランス ボルドー ポイヤック 赤ワイン 第1級シャトー キャッシュレス 決済 5%還元

ムートンやラフィットは今まで1−2度しか飲んだことがないが、次に飲める時のために予備知識として読んでおきたい本である。


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2020年05月16日

老いと記憶 打つ手がないわけではない



神戸大学発達科学部の増本康平准教授の本。

筆者も記憶力の低下を年々感じている。そのため、その場で覚えようと努力しないで、メモに書くなり、ネット検索を使うなどの手段で、後から調べられるようにして、忘れても対応できるようにしているが、記憶力の低下に打つ手はないかと思い、読んでみた。

記憶力の低下は加齢によるもので、リバースはできない。しかし、記憶力低下のメカニズムを知ることで、生活上問題ないレベルに維持することはできる。

そもそも記憶は、脳の神経細胞が別の神経細胞と結合することで記録され、その神経結合はシナプスと呼ばれる。

電気信号が神経細胞の先端まで行くと、神経伝達物質のドーパミン、セロトニン、アセチルコリンなどの化学物質が放出され、別の神経細胞の受容体と接合して、細胞間での電気信号が伝達される。それが記憶のメカニズムだ。

新しい情報を記憶することは、新しい神経細胞間の結合のパターンが形成されたということだ。

neuron_synapse001-1



















出典:Wikipedia

脳は生まれた時は400グラムくらいで、成人になって1,200〜1,400グラムになり、20歳がピークで、それから90歳までに約10%重量が減少する。1秒に一つの脳細胞が失われていく。

シナプスの密度も低下し、神経伝達物質のドーパミンは成人期を過ぎると、10年ごとに4〜10%ずつ減少する。脳の生理学的変化が、記憶力にも影響しているのだ。

加齢による機能低下は、長期記憶(エピソード記憶、過去の出来事の記憶)、ワーキングメモリ(まさにPCのメモリ容量の様に、頭の中の作業スペース、それと考えるという作業そのもの)、情報処理スピードが顕著だ。

しかし知識の記憶(意味記憶)はむしろ年齢とともに向上するという。意味記憶というのは、たとえば九九や、歴史上の人物などの知識の記憶だ。

楽器の演奏、スポーツ全般、将棋や囲碁、あるいは車の運転、ブラインドタッチ、包丁さばきなど、技能学習の基盤となるハウツーの記憶は「手続き記憶」と呼ばれ、加齢の影響が小さい。

一般に熟練者とされるだけの技能の獲得には、1万時間の訓練が必要と言われているが、毎日3時間の練習を10年間行えば、熟練者になれる。定年退職後でも、たとえばピアノやギターなど、新しいことにチャレンジし、その分野の達人になることは可能なのだ。

この例で挙げたいのが、山下真司さんだ。筆者より年上の68歳でありながら、「東大王」というクイズ番組で難読漢字が読めず悔しい思いをすると、漢字の勉強を始め、いまでは「山下漢字」と言われるほど、博識の漢字博士になっている。



筆者は、クイズ番組ばかり見ているわけではないので、漢字を学びなおそうという気にはならないが、山下さんの場合は、このビデオの様に、漢字問題に正解できず、悔しい思いをしたことが、強いモチベーションになった。

この本では、「SOC理論」というライフマネジメント法を、ピアニストの故・ルービンシュタインの例を出して紹介している。ルービンシュタインは、89歳で目が悪くなって引退するまでコンサートを開いていた。



ルービンシュタインは、
(1)演奏のレパートリーを絞り(Select)
(2)それらを、これまでより集中的に練習し(Optimize)
(3)速い手の動きが求められる部分の前の演奏の速さを遅くすることで演奏にコントラストを生み出し、速い動きの部分の印象を高める(Compensate)
ことで、ピアノ演奏における年齢の影響をマネージしていたとインタビューで語っている。

これを「記憶力の衰え」という問題に当てはめてみると、
(S)覚えておく必要のある重要なことは記憶するのではなく、
(O)メモや手帳などの記憶補助ツールによって正確に記録し、
(C)記憶力の低下を補い、物忘れに対処する。
ということになる。

これがこの本の推薦する加齢による記憶力低下の対策だ。メモや手帳といったアナログなものだけでなく、スマホは有効な記憶補助ツールで、音声入力⇒リマインダ・アラーム機能がおススメだという。

筆者も最近、GACKTの「英語ガク習塾」で学んで、スマホの「メモ」に音声入力して、自分の英語の発音をiPhoneのSIRIが聞き取れるかチェックしている。

次のGACKTのレッスン2回目で(この回だけで1時間23分ある。GACKTのやる気が伝わってくる)、これの1時間20分過ぎからiPhoneの「メモ」機能を使って、SIRI(英語版)で自分の発音をSIRIに聞き取らせる手順を、自分のiPhoneを使って説明しているので、大変分かりやすい。



記憶力の低下程度なら、まだいいが、高齢になってくると、最も心配なのは認知症だ。この本では、高血圧、肥満、心疾患、糖尿病といった生活習慣病が、認知症の危険因子となるので、認知症予防の生活習慣として次を挙げている:
(1)豊富な社会的交流
(2)適度な運動
(3)魚の摂取
(4)ビタミンEやビタミンCの摂取

筆者は、4月7日の非常事態宣言以来、コロナ対策で、買い物を除いて外出を控え(この間、電車には一度も乗っていない)、自宅にいる生活を続けているので、上記(1)〜(4)の重要性を痛感している。

筆者は現役のビジネスマンなので、ウェブ会議で顧客と打ち合わせしたり、メール、電話等で、在宅でもそれなりの社会的交流を保っているが、週2〜3回行っていたゴールドジムは、当分行けないので、どうしても運動不足になりがちだ。

デスクで仕事しながら、簡単に前腕筋が鍛えられるパワーグリップを使ったり、スクワットしたりしているが、不足を感じている。




(3)、(4)については、サプリで補っている。筆者が使っているサプリは次のものだ。

ディアナチュラ DHA with イチョウ葉(240粒)【イチオシ】【Dear-Natura(ディアナチュラ)】
ディアナチュラ DHA with イチョウ葉(240粒)【イチオシ】【Dear-Natura(ディアナチュラ)】

小林製薬の栄養補助食品 マルチビタミン ミネラル コエンザイムQ10 約30日分(120粒入)【イチオシ】【小林製薬の栄養補助食品】
小林製薬の栄養補助食品 マルチビタミン ミネラル コエンザイムQ10 約30日分(120粒入)【イチオシ】【小林製薬の栄養補助食品】

自分が認知症にならずに、このまま行けるかどうかわからないが、認知症予防のためにも上記(1)〜(4)は絶対必須だ。そんなことを再認識できる本である。


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Posted by yaori at 12:38Comments(0)

2020年05月14日

1984年 今日的意義があるジョージ・オーウェルの名作

2020年5月14日再掲:

4月7日の非常事態宣言以来、仕事では外出していないので、自宅でユーチューブを見る機会が増えた。多くのチャンネルをチェックしているわけではないが、最近のお気に入りは、オリエンタルラジオの中田敦彦さんの「YouTube大学」だ。

原稿も見ずに、ホワイトボードに書いた要点のみを頼りに、毎回1時間程度の講義を、2回から3回にわけて、素人にもわかりやすく解説してくれるのは、さすがに吉本で鍛えられた芸人だけある。しかも、その講義の内容が、現代社会の教養として役立つものばかりで、筆者も大変勉強になった。

その中田さんが、今回はジョージ・オーウェルの「1984年」を取り上げているので、筆者のあらすじを再掲して、紹介する。

筆者は、ノンフィクションもののあらすじは詳細に紹介するが、小説のあらすじは「ネタバレ」になってしまうので、詳しく紹介しない主義だ。しかし、中田さんの場合には、解説付きの完全な「ネタバレ」となっているので、筆者のやり方とは異なる。

これだと、紹介された本の内容は理解したので、本自体を「読まなくてもいいか」という気になってしまうと思うが、これはこれでためになるだろう。





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2013年10月9日初掲:

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)
ジョージ・オーウェル
早川書房
2009-07-18


ジョージ・オーウェルの「1984年」を読んだ。

今まで学生時代に読んだと思っていたが、今回読み直して、実は自分の読んだのは「動物農場」で、「1984年」は読んでいないことがわかった。勘違いしていた。

動物農場 (角川文庫)
ジョージ・オーウェル
角川書店
1995-05


「1984年」は村上春樹の「1Q84」にも影響を与えている。

1Q84 BOOK 1
村上 春樹
新潮社
2009-05-29


このブログで紹介したフランソワ・トリュフォー監督が映画化した「 華氏451度」や2018年のHBOのリメイクにも影響を与えている。





「ビッグ・ブラザー」とか、「テレスクリーン」とか、「1984年」に出てくる主要な題材は多くの人が知っていると思う。

アップルがマッキントシュ・コンピューターを販売した1984年のスーパーボウルでの伝説のコマーシャルは、「ビッグ・ブラザー」と「テレスクリーン」を登場させている。



今はアマゾンに抜かれたが、一時はアップルが時価総額で世界最大となったことは、1984年当時は全く想像すらできなかった。このCMは巨人マイクロソフトに立ち向かうアップルのマッキントッシュPCという設定だ。隔世の感がある。

自分でも今回読んだばかりなので、エラそうなことはいえないが、ばくぜんと知っていることと、解説も入れて文庫で約500ページのこの作品を読むこととは全く別物だ。

いつも通り小説のあらすじは簡単にだけ紹介しておく。

時は1984年。

世界は、第3次世界大戦の核戦争の後、南北アメリカと一部アフリカとオーストラリアの大部分と一緒になったイングランド(エアストリップ1=第一滑走路という地名に変わってる)が属するオセアニア、ヨーロッパとロシア、トルコなどが属するユーラシア、日本と中国を中心とするイースタシアの3国に分かれている。

北アフリカ、中東、インド、東南アジア、北オーストラリアの紛争地帯をめぐって、いつ終わるともない戦争が起こっていた。

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出典:Wikipedia

食料や物資は常に不足し、配給はどんどんカットされる。時折ロケット弾が爆発して、死人が出ている。人びとは人口の85%を占める無学な労働者階級のプロールと、15%の一般人に分かれ、イングソック(旧イギリス社会党)が国を支配していた。

プロールは、酒とギャンブルやポルノでその日暮らしをしていた。プロールは下層民=アンタッチャブルとして、一般人のルールには従わなくてよい。だからテレスクリーンもプロールの家にはない。イングソックはポルノ課でポルノを制作させてプロールに配布していた。

イングソックは「ビッグ・ブラザー」という黒い口ひげの男が指導しており、一般人の住んでいる家には双方向テレスクリーンがもれなく設置され、常時監視されていた。

主人公のウィンストン・スミスは、真理省で「ビッグ・ブラザー」の予言と異なる現実が生じるなど、不都合な事実が生じると、新聞や雑誌を含めて、過去の記録をすべて改ざんする作業に従事していた。

たとえば党は飛行機を発明したと党史には記されている。

人びとは相互に監視し、子供が親を告発すると親は蒸発する。蒸発した人は、死刑に処せられているのだ。親を告発した子供は英雄気取りだ。

ウィンストンの父は彼が2−3歳のころに 蒸発した。 ウィンストンが12歳の時に、母と妹も蒸発した。

ウィンストンは現在39歳。一度結婚したが、妻のキャサリンとは性格不一致で長いこと別居している。一般人には離婚が許されないのだ。

ウィンストンが真理省で働いていると、同僚の二人が気になり始める。

一人は上司のオブライエン。イングソックの中枢にいる党幹部で上流階級だが、どうやら党に叛旗を翻す方策についてウィンストンと秘密の話をしたいらしい。もう一人は同じ真理省の別の部署で働く26歳の女性ジュリア。あるとき彼女はつまづいたフリをして、彼に愛を告白する紙切れを手渡す。

ジュリアとウィンストンはプロールの家の一部屋まで借りて逢瀬を重ねた。プロールの家にはテレスクリーンがないからだ。

あるときウィンストンがジュリアと一緒にオブライエンの大邸宅を訪問すると、オブライエンは反政府活動に属していると告白し、反体制派で今は亡命しているゴールドスタインの本をウィンストンに手渡す。

ウィンストンはゴールドスタインの本を読んで、なぜ党のスローガンが「戦争は平和である (WAR IS PEACE)、自由は屈従である (FREEDOM IS SLAVERY)、無知は力である (IGNORANCE IS STRENGTH)」となっているのかを知る。

イングソックは、人びとの言語を英語(オールドスピーク)から、ニュースピークに変え、人びとが複雑な思考ができないように語彙を極端に減らしたのだ。たとえば形容詞は、良い、非・良い、より・良い、より・非・良い、超・良い、超・非・良いの6語しかない。

そして二重思考(ダブルシンク)と呼ばれる洗脳を行った。党のスローガンのように矛盾することでも、どちらも真実と受け止める思考方法だ。たとえば2+2は5だと言われたら、それは真実だと反射的に言わなければならない。それが二重思考の正しい反応だ。

ゴールドスタインの本でイングソックが人びとの思考をコントロールしようとしていることに気がついたウィンストンは…。


「1984年」は今でも十分通用する寓話だ。元々はソ連を念頭に書かれた小説だが、主人公のウィンストンが真実省で担当している歴史を政府の都合の良いように書き換えることなど、どの国でも大なり小なりやっていることだと思う。

たとえば日本には右と左の両方の教科書問題がある。左は家永教授の教科書検定問題。右は新しい歴史教科書をつくる会の運動だ。

それ以外でも「敗戦」なのに、「終戦」と言い換え、「占領軍」を「進駐軍」と言い換えている。これはGHQ=占領軍の統治がやりやすいようにという配慮が発端だろう。

筆者は、別に韓国と中国についてことさら悪く言うつもりはないが、最近読んだ本のなかでも、いくつか例がある。

たとえば韓国では民族主義の影響で、「日帝36年」の間は朝鮮民族は朝鮮総督府の圧政に苦しんだと歴史の教科書に書いている。

しかし、実際はかなり違うことは、このブログで紹介した呉善花さんの「韓国併合への道」や、今度紹介するソウル大学の李榮薫教授の「大韓民国の物語」に詳しい。




大韓民国の物語
李 榮薫
文藝春秋
2009-02



呉さんは、「私はいかにして『日本信徒』となったか」の中で、戦後韓国の漢字を排除してのハングル一本やりの教育の弊害は、日本人が想像する以上に大きいものがあると語る。

漢字の廃止は、韓国人から抽象度の高い思考をする手だてを奪ってしまったのだと。高度な概念を漢字の表意性をぬきに、ハングルの表音性だけで自由に用いることは無理が伴うのだ。

今は漢字+ハングルや、英語+ハングルとなっているので、問題はないと思うが、ハングル一本やり政策は、ニュースピークの実例のように思える。




呉さんも李教授も圧倒的少数派で、呉さんは韓国から入国を拒否されているし、李さんは韓国内でつるし上げられている。

親日派は少数派だが、日本統治時代の朝鮮の近代化を、支配階級の「両班」の見地からでなく、一般国民の見地から見直そうという一部の動きもあり、次のような論文集も米国で発刊されている。




中国も共産党の正統性には抗日が不可欠だとして、反日教育をしていることが知られている。これによく使われる題材は「南京大虐殺」だ。

たとえば小林よしのりの対談集・「新日本人に訊け」に登場する中国から日本に帰化した石平さんは、「南京大虐殺」が知られるようになったのは、朝日新聞の本多勝一記者の「中国の旅」が出た後だと語る。

新日本人に訊け!
小林よしのり
飛鳥新社
2011-05-11



中国の旅 (朝日文庫)
本多 勝一
朝日新聞出版
1981-12


本多記者は日本軍が30万人を虐殺したと書いたという。当時の南京の人口は20万人だったのにもかかわらずだ。現在でも「南京大虐殺紀念館」には30万人という数字が掲げられているという。

石平さんは、あの時代の中国の状況がどうだったかよく知っているという。本多記者の取材した中国人は全員中国共産党に事前にブリーフィングを受け、「この質問にはこう答えろ」という想定問答集を用意して、丸暗記したことを語ったのだと。

本多記者は、中国共産党のプロパガンダの道具として使われたに過ぎない。

石平さんもあの本が出るまで「南京大虐殺」など知らなかったと。これは世界のプロパガンダ史上、最大の奇跡だという。


脱線したが、このように「1984年」は今日的な意味があり、今読んでも新鮮味を失っていない。

「ビッグ・ブラザー」など、よく知られているストーリーだからといって読まずに済まさないで、一度手に取ってみることをおすすめする。


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2020年05月01日

GACKTのアメリカ英語講座 英語ガク習塾

GACKTはYoutubeでチャンネルをオープンしており、最近は「英語ガク習塾」というタイトルで、アメリカ英語の実践講座を無料オープンしている。



やり遂げる条件として、GACKTは次の6点を求めている。

1.必ず毎日続けること。
2.正しい発音ができるまで何度も発声の練習をすること。
3.手鏡を持って口の形をしっかり認識して発声すること。
4.自分の発音とGACKTの発音の違いを録音して確認。
5.Siriに向かって発音し、正しく認識してくれるかをチェック。
6.今日覚えたことを誰かに何も見ないで教えること。

学ぶのはアメリカ英語で、教材はトム・クルーズとキャメロン・ディアスが共演した「Knight and Day」だ。



映画の予告編だけ見ると、マシンピストルを撃ちまくったり、何か荒唐無稽な映画の様だ。

初回講義が4月29日にアップされたので、受講してみた。



最初に言う文章が聞き取れるか、いきなりブチかまされる。

半分ネタバレになるが、このブチかましの"I'm sorry"だけで1時間かけている。

さらにこの後編のレッスン2では、"How's that?”を1時間23分も掛けて説明している、



筆者は米国に合計9年間住んでいたので、英語のヒアリング力には自信がある。

しかし、それでも音楽の歌詞や、映画のセリフを完璧には理解できない。

TOEICは945点だし、自分では英語が相当できると思っていたが、今回GACKTの初回講座を受講してみて、アメリカ英語の発音を体系的に勉強していないのが、歌詞やセリフを聞き取れない原因なのではないかと思えてきた。

筆者は仕事で、米国の鉄鋼業の現場ワーカーを相手にする時もあったので、彼らが分かる英語を話さないと、そもそも話を聞いてもらえないという緊張感を抱いて英語を話していた。

アメリカ人の発音をマネして話して、それが完璧に通じたので、自分でも英語には相当自信があったが、アメリカ英語の発音の基礎を理解せず、まさに耳学問、見よう見まねで英語を話してきたので、完璧なアメリカ英語にはなっていなかったのだ。

思えば、米国に住んでいた時に、小学生だった息子たちから、お父さんの英語はおかしいと言われたことがある。

何言ってんだ、アメリカ人と完璧に会話ができるので、そんなはずはないと思っていたが、どうやら「アメリカ英語」でなく、「日本人英語」を話していたから、会話は通じても、ヘンな発音のままだったようだ。

今回GACKTがこの講座の中でアメリカ英語とイギリス英語を比較して発音しているのを聞いて、これはアメリカ英語の発音を学びなおすには、大変役に立つ講座だと思った。

ちなみに、GACKTの英語は完璧なアメリカ英語だと、芸能人の英語力を評価しているネイティブのYoutuberが認めている。



GACKTが推薦しているGACKTの声と自分の声の聴き比べアプリのGarage Bandの使い方を早速アップしている人がいる。


初回の講座は1時間強。上記の様に"I'm sorry”だけで1時間かけている。口の形、舌の位置、口の開き方、日本語の母音とアメリカ英語の母音の差など、至れり尽くせりの解説と実演で大変参考になった。

GACKTは、超多忙だと思うので、こんなペースで、いつまで続けられるのかよくわからないが、自分の英語の発音を見直す上で大変役に立つので、プログラムが続く限り継続して受講して、自分の英語の発音をブラッシュアップしてみる。


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