2020年06月30日

2020年6月30日にまたここで会おう 瀧本哲史さんの東大講義録



これのブログで、「戦略がすべて」「僕は君たちに武器を配りたい」「武器としての決断思考」のあらすじを紹介してきた瀧本哲史さんの、2012年6月30日に東大の伊藤謝恩ホールで行われた講義録。

タイトルとなっている「2020年6月30日にまたここで会おう」は、2012年の講義の最後で瀧本さんが約束した言葉だ。残念なことに瀧本さん自身は2019年8月に病没している。まさか、自分がそれまで生きられないとは、瀧本さんは予想もしていなかっただろう。

瀧本さんのお父さん(心理学者で獨協大学名誉教授)が、この本の発刊に寄せて「瀧本哲史の業績と生涯」という一文を瀧本さんが共同で立ち上げた企業法務革新基盤株式会社のウェブサイトに載せている。

若手評論家の古市憲寿さんも、クイズ東大王で有名な鈴木光さんとの対談で、鈴木光さんのゼミの教官で、古市さんの友人だった瀧本さんについて語っている。

出版社の星海社新書の初代編集長が、瀧本さんの言葉通りに、同じ場所(伊藤謝恩ホール)で2012年の講義に参加した300人と、10代、20代の若者も集めてイベントを開催したいと「あとがきにかえて」に書いている。しかし、星海社のウェブサイトを見ても、伊藤謝恩ホールのカレンダーでも、何もアナウンスがないので、たぶんコロナウイルスの関係でイベントは開催できなかったのだろう。

その代わりに、というわけではないが、2020年6月30日にこの本のあらすじをアップする。

瀧本さんは、東大助手ーマッキンゼーーエンジェル投資家/京都大学客員准教授というキャリアを歩んだ。エンジェル投資家はあまり表に出ないほうがいいと思っていたが、考えを変えて、本をだしたり、メディアにも出るようになった。

一番の理由は、日本への危機感だという。

この国は構造的に衰退に向かっているのではないか、中央政府とかエスタブリッシュメントと言われている人たちが、機能していないんじゃないか。だから、裏方に逃げず、より積極的にひとを支援していかないとマズいと思ったのだ。

一度、日本を捨てて海外脱出するオプションも検討したが、「残存者利益がある」と思ってやめた。中国に抜かれたとはいえ、今もGDP3位だし、中国の統計も細かく見ると疑わしい、過去の伝統もあるし、基盤もあるから、むしろチャンスがあるのではないか。

それで、日本に残って、「武器モデル」を広めていくことで、日本を良くしていくことにした。

ワイマール前夜の様に、カリスマリーダーの出現に期待せず、みんなが自分で考え、自分で決めていく世界をつくっていくのが、国家の本来の姿だとして、仏教の「自燈明」を紹介している。仏陀が死ぬとき、弟子たちに「これからは自分で考えて自分で決めろ」、自ら明かりを燈せと言った。それが大事なのだと。

ハンガリー出身で、イングランド銀行をつぶした男といわれる天才投資家のジョージ・ソロスは、東欧の民主化を支援するためにいろいろなことをやったが、一番有効だったのは、コピー機をばらまくことだったという。共産圏ではコピー機や印刷機は全部国家管理だったが、ソロスのまいたコピー機を使って、活動家が自分のビラをばらまくようになって、民主化運動が盛り上がっていった。

瀧本さんは、ソロスの話から、若い人に「武器」を配って、支援するような活動をしたほうが、世の中を変えられる可能性は高いのではないかと考えた。それが「武器としての決断思考」や、「武器としての交渉思考」だ。

武器としての決断思考 (星海社新書)
瀧本 哲史
講談社
2011-09-22



武器としての交渉思考 (星海社新書)
瀧本 哲史
講談社
2012-06-26



残酷な高度資本主義社会の中でサバイブするために必要な思考と知識を詰め込んだ本が、「僕は君たちに武器を配りたい」だ。




今回の講義も、10代、20代(29歳までに制限)の人を300人全国から集めて、大アジテーション大会を開きたいのだと。

瀧本さんはアラン・ブルームという哲学者の言葉を引用して、「教養の役割とは、他の見方、考え方があり得ることを示すことである」と教養の大切さを説明している。学問や学びは、答えを知ることではなく、先人たちの思考や研究を通して、「新しい視点」を手に入れることだ。

「どこかに絶対的に正しい答えがあるんじゃないか」と考えること自体をやめること。バイブルとカリスマの否定が瀧本さんの基本的な世界観だ。

京大での「起業論」の講義は、東大での指導教官だった内田貴名誉教授の「ケースメソッド」を取り入れ、事例の選択から、資料収集、分析、調査、発表までを学生が主体となって行い、教官と学生が討議しながら進めていくやり方だ。

教養としてまず学ぶのは「レトリック」(言葉をいかに魅力的に伝えるか)と「ロジック」(誰もが納得できる理路を言葉にすること)だ。

自分の主張の正しさを的確に伝える行動がディベートで、それにはロジックが不可欠だ。

そして、「言葉の力」で動かすのがレトリックだ。明治維新は、人々が言葉の力で国を動かしたわかりやすい例だと。言葉によって相手の行動を変えていくのだ。

日本のデモグラフィックと、高齢者の選挙参加率の高さから言って、選挙では高齢者対若者が2:1で若者の意見が通らない。しかし、瀧本さんは、一人の若者が旧世代の人を一人説得すれば、1:2になると説く。

2020年の人口動態


















出典:GD Freak.com

だから、自分や家族の収入を上げて、将来に備えようと考えるよりも、今の不公平な社会保障制度を変えていく方が、労力的にもコスト的にもはるかに現実的なんだと語る。具体的に政策を実現するには、既存政党には頼れないので、霞が関の官僚に対抗できる「霞が関の競合」チームを若者でつくり、民間のシンクタンクをたくさんつくるのだと。

日本を変えていけるのは、若者しかいない。明治維新を推進した薩摩の大久保利通は35歳、長州の木戸孝允は32歳。幕府側の榎本武揚は29歳だった。日本も、若い人が政治や政策立案に積極的に関わって、30代のうちに国政の中心を担うようにならないといけない。元英国首相のキャメロンが党首になったのは、39歳だった。フランスのマクロン大統領も就任したのは39歳だった。

この本で紹介した李明博元大統領の逸話も紹介している。

天動説から地動説に変わったのも、旧世代が死んで、世代交代が起こったからなのだ。パラダイムシフトは、実のところ世代交代なのだ。

東大法学部でも同じことが起こったという。

刑法では、「行為無価値説」と「結果無価値説」が対立していた。行為無価値説は、犯罪を犯したとき、悪い動機があれば刑罰を重くすべきだという考え方で、結果無価値説は、動機とかは全く関係なく、悪いことをした結果のみで判断すべきだという考え方だ。

行為無価値説の代表が、後に最高裁判事になった団藤重光先生で、これに対し平野龍一先生は、結果無価値説で対立していた。しかし、団藤先生の後を継いだ藤木英雄先生が45歳で早死してしまったので、学説的には結果無価値説が勝利したのだと。団藤先生は筆者が大学入学した年に定年退官したので、筆者は3人の先生の講義を聞いた唯一の世代だが、こんな結末になっていたとは知らなかった。

交渉に関する講義では、それまで365日24時間出入りOKだった学生会館を、関西の某大学が平日の8時までしか使えなくしたという事例を題材にして、交渉の際の情報分析の重要性を説明している。

交渉の際の気を付けなければいけないテクニックとして、アンカリングを紹介している。この事例では大学側が8時でなく、10時までと譲歩してきたとき、2時間ゲットしたからOKと喜んではいけない。

もともと365日24時間使えていたのだから、8時から10時に妥協したと見せかけても、妥協でもなんでもなく、論点をずらしたアンカリングに騙されるなということだ。

実例では、大学側が土日も開けると譲歩を見せて決着したという。大学側のアンカリングの勝利だ。

大学側の戦略に乗らず、交渉していくには、まず大学側がなぜ8時閉館としたいのかを調査し、その理由を論理的につぶしていくことだと。講義の中で冗談交じりで「武器としての決断思考」の紹介や、隣の席の人と向き合って、何でもいいから自分の持ち物を売り込むという実験もしている。

福武ホールを寄付した某大手教育関連会社は、生徒募集のDMを打つタイミングを、テストの1週間前と、テストの結果がわかった時に決めているという。相手のニーズから逆算して考えているのだと。

グループウェアの「サイボウズ」が広く使われているは、ボタンがでかくて、ボタンに「印刷」など全部機能が書いてあって、使い慣れていない人でも一発で使い方がわかるから、システム部門の人間が問合せに煩わされなくて済むからだと。

交渉とは、「自分の都合」ではなく、「相手の都合」を分析する。そのためには、「話す」のではなく、「聞く」。そして、非合理な相手は「サル」だと思って、研究する(笑)だと。

瀧本さんは、「なぜ日本にはリーダーが育たないのか?」はカリスマリーダーを前提としている議論で、質問自体が間違っているという。「どうすれば日本に『小さなリーダー』たちが育っていくか?」を考えていくべきだと。

だから、ショボい場所から(クリントンは全米最貧州の知事、オバマはシカゴの市民運動家だった)、失敗を恐れず(「ベンチャーは3勝97敗」くらいだと)、仲間は必ずいるので、伊藤博文(44歳で総理大臣に就任)の記録を抜こう!と。

途中で質問の時間を取っている。質問を促す話術も感心する。

質問を促すクイズとして、「横軸に偏差値のような『賢さ具合』をとって、縦軸に『質問の数』をとるグラフがあるとしたら、それはどういう線を描くでしょう?」というものだ。

この会場も手を挙げにくいけど、質問してもリスクはない理由は、二つあると説明する。

一つは、「さっき言ったじゃん」という顔をしていても、他の人も本心では「じつは俺もよくわかっていなかった。グッジョブ!」と思っているものだと。

もう一つは、瀧本さんは討論系の授業をたくさんやっているので、テクニックがある。それは、どんなにヘボい質問がでても、何事もなかったように、その質問を善意に解釈して、「グッド・クエスチョンですね」みたいな感じに答えるというものだ。だから安心して質問してくれと。

これで20人くらいが手を挙げて、活発な質疑が繰り広げられた。

瀧本さんは、来世がある宗教を信じていないのだと。科学的に来世があることは証明されていないので、「来世がない」ことを前提に自分の時間を使った方が良いと思っている。

自分の時間とリソースを最大限活用するには、すごく困っているところが大逆転して一番よくなるようにすることが効果最大だ。だから、「日本はダメだ」みたいな本が出回っている現状、日本を良くしたいと思って活動しているのだと。

最後のスライドは「Do your homework」だ。

自分たちで考えて、行動に移せ。それが「homework」だ。

そして、2020年までには日本の将来はある程度見えていると思うので、8年後の2020年6月30日の火曜日にまたここに再び集まって、みんなで「homework」の答え合わせをしたいと、この本のタイトルになっている約束をする。

無茶なことでもやってみろと。

映画「七人の侍」制作での黒澤明監督のことを紹介している。



七人の侍 [DVD]
山形勲
東宝
2002-10-25


「七人の侍」は日本の時代劇のさきがけとなる映画で、それ以前は歌舞伎的なチャンバラ劇を映画にするものしかなかった。だから、映画会社の人に、今度こういうエキストラを何千人も使って、リアルな戦いシーンがある映画を作りますといっても、ピンとこなかったので、当初は予算も少ししかつかなかった。

そこで、黒澤明監督は、もらった予算を使って、クライマックスの前までつくって、そのフィルムを映画会社の重役たちに見せた。とてつもない迫力で重役たちは盛り上がったところで、「はい、終わり」。

「実は、予算がたりないので、ここまでしかつくりませんでした」、「追加のお金を出さないと全部ぽしゃりますけど、どうしますか?」と脅したのだと。

こんな映画が当たるなんて映画会社の人は理解できなかったので、であれば、とりあえずやってしまえということで行動に移して、歴史に残る名画が誕生したのだ。ちなみに、「七人の侍」が公開されたとき、黒澤明監督は44歳だった。

この講義の最後は「Bon voyage」(ボン・ヴォワージュ)でしめている。これは船長同士の挨拶で、自分でリスクを取っている人間同士、自立した人間同士の挨拶なのだと。

このあらすじは2020年6月30日0時0分にアップするように設定してある。瀧本さん亡き後、コロナ対策もあり、集会は行われないと思うが、集会が重要なのではない。行動を起こすことが重要なのだ。

世の中をよくするために、自分で何ができるのか。考えてみるきっかけとなる瀧本さんの「遺言・檄文」である。


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2020年06月28日

AI経営で会社は甦る 経営共創基盤CEO冨山さんの本

AI経営で会社は甦る
和彦, 冨山
文藝春秋
2017-03-29


このブログで、「会社は頭から腐る」を紹介した経営共創基盤CEOの冨山和彦さんの本。

中田敦彦さんのYouTube大学では、「コロナ後の経済」と題して、冨山さんの「コロナショック・サバイバル」という最近著が取り上げられている。







冨山さんは、企業の復活を支援してきた立場なので、「コロナショック・サバイバル」と同様に、この本でも、AI活用は日本企業、それも中小企業、地方企業にとって大きなチャンスだとエールを送っている。

AIを産業に応用しようとすると、欧米では必ず失業問題や移民問題にリンクする。AI革命は「大自動化革命」とも言い換えられるように、サービス産業や工場労働者などのローカル産業で働く人達を直撃する。

欧米ではこういったローカル産業は元々人手不足ではなかったうえに、移民がなだれこんでいるので、職を奪い合い、失業率が高止まりしている状態だ。そういった国民の不満に目を付け、政治問題としたのが、ジョンソン首相のブレグジットであり、トランプ政権だ。

これ以上ローカルの仕事を奪うAI革命は、欧米ではできない。一方、日本経済はグローバル化の負け組になっており、移民も制限しているため、少子高齢化もあり、サービス産業を中心とする労働集約的な地域密着型産業群は人手不足に陥っている。結果として、AI導入により生産性向上が生かせる環境なのだ。

AIが効果があるのは、対面型、リアル型のサービス産業で、たとえば医療、介護、交通・運輸・物流サービス、外食産業の厨房の仕事などだ。会計士、経理職などはAIによってなくなる業種とされているが、税理士、弁護士は残るだろう。法律や税法は人間の裁量の余地が広いからだ。

冨山さんは、AI革命を「カンブリア爆発」と同じインパクトを持つと語る。

今から5億年以上前、古生代カンブリア紀に生物の種類が爆発的に増え、現存する多くの生物の原型がこの時期に出そろった。これを「カンブリア爆発」と呼ぶ。その有力な原因説は、この時期に生物は「目」を獲得し、これが捕食方法の進歩と戦略性を高め、同時に捕食者からの回避能力を高めた。それが生物の高度化と多様化を一機に進めたと考えられている。

東大の松尾研究室の松尾教授は、ディープラーニング技術が急速に進歩したことは、いわばAIが「目」をもったのと同等の大きな意味を持ち、したがって「カンブリア爆発」並みのインパクトをいろいろな分野に及ぼし得ると指摘している。

実際、ディープラーニング技術を導入してからのグーグル翻訳の進化はすさまじいことは、筆者も体験している。

この千載一遇のチャンスをつかむには、働き方、生き方を大きく変革しなくてはならない。破壊的イノベーションが求められている。多少の痛みを伴っても、率先して子会社に出向して、マネジメントを実地で覚えるなど、やるべき自己改革を断行し、なんとしてもこのチャンスをものにしようと冨山さんは呼び掛ける。

この本では、東大の松尾研出身で、その後カーネギーメロン大学で修士を取り、オックスフォード大学の博士課程にいるディープラーニング研究者川上和也さんの日常的な研究活動を描いたレポートを紹介している。

概略は次の通りだ:

川上さんは、2014年にピッツバーグのカーネギーメロン大学に留学し、修士としてディープラーニング研究を始めた。研究を始めた時には、ディープラーニングは画像認識や、音声認識に使われる程度だったが、ほんの2年の間で、囲碁ではプロ棋士を破り、難しいと言われていた日英翻訳も進化し、ピッツバーグでウーバーを呼ぶと自動運転タクシーが迎えに来るまでになった。

カーネギーメロン大学では、指導教官がベンチャーを設立し、1年もしないうちに売却。大学から離れて、人口知能研究の最先端で、有名な「アルファ碁」をつくった英国のグーグル・ディープ・マインドに移籍。川上さんも一緒に英国に移って、オックスフォード大学の博士課程に入学した。

隣の研究室は、まるごとアマゾンに買収され、人材を補填するために引き抜いたはずの新しい教授は、着任後1ヶ月もたたないうちにアップルの人工知能研究所の所長に就任、ピッツバーグとシリコンバレーの両方に拠点を持っているという具合だ。

グーグルやフェイスブックでは、人工知能を使った検索や広告配信の性能が収益に直結するというビジネスモデルなので、人工知能技術とビジネスは近い。検索や広告のアルゴリズムは、いつでも切り替えられるので、新しいアルゴリズムをどんどん試して、うまくいくものはすぐに製品に投入される。

そんな素早いリターンの構造があるからこそ、ベンチャーの買収やアカデミアからの人材獲得もスピード感をもってできる。優秀なエンジニアを囲い込むための広告として、ディープ・マインドのような研究組織を持っていて、ひとり数千万円という年俸を払いながらも、ビジネスに直結しない研究でも許している。

多くの人工知能スタートアップは、どんどん大手企業に買収されていくが、それは人材目的で買収されている。

日本では、アカデミア中心に「アメリカに負けてはいけない」、「日本独自の人工知能を」ということで、ビジネスリターンを設計しない形で税金が投入され、人工知能研究センターを中心にアカデミアが業界を引っ張る体制となった。

しかし、日本企業の得意とする「ものづくり」や「すり合わせ」、熟練職人の技術を人工知能に学習させれば勝機があるというのでは、ビジネスは成功しない。コストと予想されるリターン、インパクトが計算できてはじめて勝機が生まれる。

たとえばAppleの「Siri」にはディープラーニングが使われているが、「Siri」全体ではなく、人間の声を文字にする音声認識のところにだけディープラーニングが使われている。

文字になったあとの質疑は、定型文で応答すればいいので、ルールベースの古い人工知能を使う。膨大な過去データがある音声認識は、ディープラーニングと相性がいいから、そこは使うといった、ビジネス適用の際の見極めが重要なのだ。

「人工知能のポテンシャルはまだまだこんなものではない。今後も大手テック企業がその可能性をひろげていくだろう。自分がその中心に飛び込むには、新しい技術の開発とそれにあったビジネスモデルをつくるしかない。まだまだ始まったばかりだ。」という言葉で、川上さんのレポートは終わっている。

筆者は、「Siri」を使っているが、このブログで紹介したGACKTの英語学習塾での、英語の発音チェックと、時々音声入力に使うのみだ。スマートスピーカーは持っていない。あまり必要性を感じないからだが、川上さんのレポートを読んで、技術は日進月歩で進化しているので、一度試してみようと思う。

その他、参考になったネタを紹介しておく。

日本の液晶産業のトップの発言

冨山さんが10年ほど前に某液晶メーカー(あとでシャープと明かしている)の経営者から言われた言葉を紹介している。

「冨山さんたちは技術の素人だからわからんだろうが、我々の技術は圧倒的に先行していて、韓国勢や台湾勢が追いつくのに最低10年、おそらく20年はかかる。だから今、慌てて再編する必要は感じない」と豪語していたという。

液晶のプレーヤーはめまぐるしく変わり、一時は勝ち組だった台湾のメーカーやサムスンまでがTV用液晶生産から撤退する時代だ。

液晶パネル生産推移


















出典:日経新聞

日本の自動車メーカーは生き残れるか

この本で、「スマイルカーブ」が紹介されている。川上(企画、設計、部品)と川下(販売、メンテナンス)側の利益が厚くなる一方、真ん中の製造工程(組み立て)はほとんど利幅が取れなく現象だ。パソコンが良い例で、自動車もEV普及、モジュラー化が進めばそうなる。

しかし、スイスの高級時計がいい例で、メカトロニクスがからむと話は異なる。

スイスの高級時計は、分解するとスイスの職人が組まないとあの精度は出せない。個々の部品にも材料レベルまで遡った職人的ノウハウが詰まっている。しかもこうした匠の技は個人技ではなく、その工房のなかで集合知的に蓄えられて伝承されている。

日本の製造業でも、メカトロニクスが絡む分野では競争力が生かせる可能性がある。

トヨタは、シリコンバレーに人工知能研究所トヨタ・リサーチ・インスティテュートを設立し、DARPA(米国国防高等研究計画局)のAIとロボティックス研究のスーパースターギル・プラットを迎えたり、サンフランシスコのカーシェアリングサービスゲットアラウンドに出資したりして、様々な可能性に必死になって対応しようとしている。

ソニーの幻の時価総額世界一

iPodが出る前に、アップルのスティーブ・ジョッブスからソニーに大規模な出資要請があったが、ソニーはそれを断ったという。買収して、スティーブ・ジョッブスに好きな様にやらせていたら、ソニーは今頃時価総額No.1になっていたかもしれない。

ソニーにはウォークマンがあり、アップルを買収しても技術的に得るものがないという技術部門からの反対で実現しなかったと冨山さんは聞いていると。

日本の著作権法がディープラーニングの足かせになる恐れがある

著作権法が日本のディープラーニング推進の足かせとなる可能性がある。英米法系の国、大陸法系の国でも、イスラエル、台湾、韓国などが、一定の条件で公正な目的のための複製行為は一般的に著作権法違反としない「フェアユース一般条項」というルールを導入している。

日本は権利団体や法律家の反対で、ポジティブリスト以外は違法としている。これでは、ある日突然、研究者が著作権法違反で逮捕されるということが起こりかねない。

産学連携

AIで米国が先行しているのは、圧倒的にアカデミズムの差である。米国ではカーネギーメロン大学、MIT、スタンフォード大学、カナダのトロント大学と東大、京大の力の差が、そのまま現在の差につながっている。

米国の基礎研究は、1980年代から90年代にかけて、AT&Tのベル研究所、ゼロックスのパロアルト研究所、IBMのワトソン研究所が縮小あるいは消えて行って、大学や公的研究機関に移った。

東大が日本の産学連携をけん引している。東大TLO(Technology Licensing Organizationー技術移転機関)が設立されたのは、20年近く前で、冨山さんも創業に関わった。

東大は日立NECKDDIなどとコラボレーションを進めており、東大初のベンチャーも、このブログで出雲充社長の著書を紹介しているミドリムシのユーグレナ、バイオ創薬のペプチドリーム、グーグル、その後ソフトバンクに買収されたロボットベンチャーのシャフトなど、200社を超える。

2015年には東大発のベンチャーの時価総額が1兆円を超えたと東大の産学連携本部が発表している。アルファベット(時価総額60兆円)を輩出したスタンフォード大学が世界一だろうが、東大の実績は、世界の大学でもトップ10に入っているのではないかと。

このブログでも簡単に紹介した、筆者が合計9年間住んでいたピッツバーグのカーネギーメロン大学は、昔からAIの前身の「人工知能」の活用で有名で、日本から留学生がたくさん来ていた。

いつかまた、留学生愛用のカーネギーメロン大学の近くのオリエンタル・キッチンに行きたいものだ。

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2020年06月27日

実録 アルコール白書 吾妻ひでおと西原理恵子のアル中談義

2020年6月27日再掲:

漫画家の吾妻ひでおが、2019年10月に亡くなっていた。次に掲載する瀧本哲史さんの著書のあらすじを書くために、出版社の星海社のホームページを見ていたら、吾妻さんの逝去の報告を見つけた。

以下のあらすじでも書いたように、吾妻ひでおは筆者の好きな漫画家なので残念だ。

このブログでも吾妻ひでおの本を何冊か紹介している。都心に向かう電車と逆方向の電車に、衝動的に乗って、人気漫画家という仕事から逃避した自分のことを書いた「失踪日記」や「逃亡日記」とかで、メルヘンチックな画風と違って、現実の生活はきびしいものがあったのだろう。

失踪日記【電子限定特典付き】
吾妻ひでお
イースト・プレス
2019-09-05


筆者が好きだったのは「ふたりと5人」というマンガだ。高校の体育祭では、自分で吾妻ひでおの漫画のキャラクターを背中に書いたTシャツを着ていた。もう50年近く前になるが…。




ご冥福をお祈りして、あらすじを再掲する。


2013年6月29日初掲:

実録! あるこーる白書実録! あるこーる白書 [単行本(ソフトカバー)]
著者:西原理恵子
出版:徳間書店
(2013-03-15)

人気絶頂の時にアルコール依存症のため仕事場へ向かう電車と反対方向の電車に乗って、失踪したロリコンマンガ家とアルコール依存症の戦場カメラマンの夫を持った女性マンガ家の対談。

もう一人アルコール依存症を克服した月乃光司さんという編集者が対談に参加している。

吾妻ひでおは筆者の好きなマンガ家なので、このブログでは失踪から復活第一弾の「失踪日記」「逃亡日記」のあらすじを紹介している。

失踪日記失踪日記 [コミック]
著者:吾妻 ひでお
出版:イースト・プレス
(2005-03-01)

逃亡日記逃亡日記 [単行本]
著者:吾妻 ひでお
出版:日本文芸社
(2007-01)

ちょっと長いが、YouTubeに「実録! あるこーる白書」の出版記念イベントで、西原(さいばら)理恵子さんと吾妻ひでお、月乃光司さんのトークショウが収録されている。



筆者は高校生の時に吾妻ひでおのマンガを初めて読んだが、吾妻ひでおの姿を見たのは、このYouTubeがはじめてだ。赤塚不二夫などと違って、あまりコミカルな感じがしない風貌で、ちょっとイメージが違う。

この本はアマゾンの「なか見!検索」に対応していないので、「なんちゃってなか見!検索」で、目次を紹介しておく。

第1章 依存前日譚 あなたにとってお酒とは

第2章 依存症体験録 やめられない とまらない

第3章 依存症風運記 なんと体は正直な!

第4章 依存体験見聞 優しいだけでは破滅する

第5章 病棟事情拾遺 認める決意がありますか

第6章 集団的治療圏 酔えない日々の過ごしかた

第7章 恒久依存対処法 すべらない話をしよう

第8章 依存談話結論 明日のために啓蒙を!

マンガ家二人の本なので、マンガもまじえた本だと思って読んでみたが、目次を見てもわかる通り、内容はアルコール依存症の体験談とアルコール依存症の夫(鴨志田穣=戦場カメラマン)に苦しめられた妻のシリアスな話だ。

筆者は今年2月から本格的ウェイトトレーニングを再開したが、それからウチで酒を飲む機会はめっきり減った。

もっぱらプロティンドリンク(筆者の場合には、紀文の調整豆乳にゴールズジムのホエィプロテイン・プレーンをシェイクして混ぜる)を一日2−3杯飲んでいる。

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商標:紀文







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プロテインを飲んでいると、酒を飲もうという気にならない。

会社や仲間との飲み会では普通に飲んでいるが、ウチでは酒を飲もうという気にならない。

以前だと、夕食の際には、昔は赤ワイン、東日本大震災後は、東北支援の意味もあって日本酒を飲んでいたが、今は酒の代わりにプロテインドリンクを飲んでいる。

今までは、休肝日が週に1日か2日という生活だったが、今は酒を飲む日が週に1日か2日となっている。

嗜好というものは、生活習慣で変わるものだ。

アルコール依存症の人に、「酒を辞めるには、ウェイトトレーニングとプロテインドリンクがいいですよ」といっても、効果があるかどうかわからないが、シリアスなウェイトトレーニングをすれば、たぶん体質が変わって、効果は出ると思う。

閑話休題。

この本の話題はアルコール依存症からいかに脱却するかというものなので、アルコール依存症の専門病院の長谷川病院や、久里浜医療センターなどが紹介されている。

アルコール依存症の場合、禁断症状が出て苦しがっている本人を、家族が助けて飲ませてしまうと、家族が「イネーブラー」となって、問題が解決しない。だから「キーパーソン」となって、絶対に飲ませないようにして問題解決に当たって欲しいという。

西原理恵子は、夫の戦場カメラマンの鴨志田穣に、さんざんひどいことをされた思いでを書いている。鴨志田穣と離婚した後、鴨志田がガンとなって事実婚として復縁。

鴨志田が42歳で死ぬと、葬式では喪主となったが、鴨志田の墓を柄杓(ひしゃく)で殴りつけたり、子供たちも墓にパンチを食らわせたりしたという。聞くに堪えないような話を明かしている。


女性の感情はポイントカード

西原さんは、女性の感情はポイントカードなのだという。

日常の細かいことをポイントカードにハンコで押して、ポイントを貯めているので、ある一言で50ポイントに達して、ポイント還元キャンペーンが始まって、急に怒り出すのだと。

アルコール依存症の夫を持った奥さんたちは、ポイントカードがとっくに2,000ポイントくらい貯まっているので、些細なことでキャッシュバックキャンペーンが始まるのだと。

ちょっとやそっとじゃ消化しきれない。もうパンパンなのだと。

なるほどと思う。


自助グループのAA

アメリカには1930年代に誕生したAA(アルコホリック・アノニマス)という団体があり、日本でも「無名のアルコール依存者たち」という会がある。

あくまで「無名のアルコール飲酒者」の団体で、代表もいない。会員制もないので、誰にも本名を知らせずに匿名のまま参加できる。

現在日本のメンバーは数千人規模だという。

AAで特筆すべきは、スポンサーという制度で、メンバーひとりひとりが先輩メンバーをスポンサーに選び、その人から個人的な問題についてアドバイスをもらえるシステムを取っている。

吾妻ひでおは断酒して10年以上経っているという。今はほそぼそと時々作品を発表するくらいだが、もともと独特のユーモアのある作風のマンガ家なので、是非また活躍してほしいものだ。


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2020年06月25日

生涯投資家 村上ファンドの村上世彰さんの「最初で最後の告白」?

生涯投資家 (文春文庫)
村上 世彰
文藝春秋
2019-12-05


<今回のあらすじは長いです>

村上ファンドで、東京スタイル、ニッポン放送、フジテレビ・ライブドア事件、阪神鉄道などで、「もの言う投資家」として有名になったが、2006年インサイダー取引で逮捕、有罪となったことから、現在はシンガポールに住んで、自らの資金のみでアジアの不動産などの投資を行っているという村上世彰(よしあき)さんの本。

シンガポールには相続税がない。その対策もあって、シンガポールに居を移したのだろうと思う。

本の帯に「最初で最後の告白」となっている。

実は、最近全くの別件で、村上さんの村上財団などの援助で、東大、慶応大学、阪大、京大等でコロナウイルスの大規模かつ精密な抗体検査のネットワークが出てきているのを知り、中田敦彦さんのYouTube大学でも、以前取り上げられていたので読んでみた。



ちなみに、村上財団が支援しているコロナウイルスの精密抗体検査については、プロジェクトリーダーの東大の児玉龍彦名誉教授が出演している次のビデオが参考になる。



村上さんは台湾人の投資家のお父さんを持ち、お父さんと一緒に旅をすることで、小さいころから投資家として経験を積んできた。小学校3年生の時に、大学入学までのお小遣いとして、100万円もらい、すぐにお父さんの愛飲するサッポロビールの株を50万円買ったのが株式投資の始まりだ。

この本で、お父さんに連れられてアメリカザリガニの養殖をしている投資家と一緒に会食し、ザリガニは苦手だったと書いている。筆者はニューオーリンズのザリガニ料理(大きなロブスターではなく、こぶりのアメリカザリガニそのもの)は好きだが、当時の村上さんにはおいしくなかったという。

灘中ー灘高ー東大法学部と進学し、大学卒業後はお父さんの後を継いで投資家になろうと思ったら、お父さんから「国家というものを勉強するために、ぜひ官僚になれ」と言われ、当時の通産省に16年間務めた後、1999年に通産省をやめて、オリックスと共同でM&Aコンサルティングという投資コンサル会社を立上げ、それからファンドビジネスに展開した。

村上さんは数字に強く、通産省時代に経営者に会うときには、その会社の財務諸表を読み込んでから会っていた。しかし、その会社の財務状況をちゃんと把握している経営者は多くなかったことに驚いたという。

今では当たり前の「会社は株主のもの。経営者は株主から経営を委託されているにすぎない」という考えは、何を言っているんだと日本では全く通用しなかった。

米国では1980年代から、株主が経営者を監視するという「コーポレートガバナンス」の考えが広まり、会社を私物化していた経営者が株主によって追われるという事例も起こった。それが、1988年の投資会社KKRによるRJRナビスコのLBO(買収した会社の資産・キャシュフローを担保にして買収資金を調達する手法)だ。この案件は、「野蛮な来訪者」という本になっている。




筆者も当時米国に駐在していたので、MBO(経営陣による会社買収)、LBOが盛んにおこなわれていたことを思い出す。

RJRナビスコの社長は、社用ジェット機を10数機、会社の金を使って社外取締役まで手なずけていて、完全に会社を私物化していたという。

村上さんは、日本でも「コーポレートガバナンス」が徹底されるべきだという信念と、すごい資産や内部留保がありながら、株価が低迷しているお買い得の会社がゴロゴロあるという日本の現実を見て、大きく儲けるチャンスだと考えて、会社を立ち上げた。

この本では、村上さんが多くの財界人や著名人と知り合いなことが、散りばめられている。投資には情報が最重要なので、情報を入手するための人脈が不可欠なのだ。

いくつか紹介すると、お父さんの代から家族ぐるみのつきあいだというシンガポールで2番目に大きい豊隆財閥(ホンリョングループ)郭令明さん、(百度のネット辞典で中国語サイト)、KKRのパートナーのクラビス氏、アクティビストファンドのLENSファンドを率いるロバート・モンクス氏、人材派遣会社ザ・アールの奥谷禮子会長、オリックスの宮内義彦会長(村上さんが設立したM&Aコンサルティングに出資してくれた)、福井俊彦元日銀総裁(あとで村上さんのインサイダー事件の際に、村上ファンドに投資していたことが国会で問題となった)などだ。

これらの人から、さらに三井住友銀行の西川善文頭取、日本マクドナルドの藤田田社長、セゾングループの堤清二さん、リクルート創業者の江副さん、小泉純一郎元首相等々、どんどん芋づる式に人脈は広がる。もちろん、仲が悪くなった例もある。イトーヨーカ堂の伊藤雅俊会長には、東京スタイルにTOBを仕掛けた件で、激怒されたことがあるという。

小池百合子都知事(通産省時代に外務省に出向してエジプト関係のイベントをやったときに、カイロの和食レストラン「なにわ」のオーナーから、娘がアナウンサーをやっているということで紹介された)や、期待している経営者としてLIXILの瀬戸欣也社長が紹介されている。

このブログで紹介したITベンチャー企業の創業者たちとも村上さんは親しい。2000年にITバブルがはじけた後、ITベンチャーの株が割安になったので村上ファンドで買ったのだと。

いまは懐かしいクレイフィッシュ(NASDAQと東証マザーズ同時上場した)の松島さんサイバーエージェントの藤田さん(藤田さんとは同じマンションの隣人になったという)、USENの宇野さん楽天の三木谷さん、GMOの熊谷さん、そしてホリエモンだ。

村上さんが、彼らをどのように見ていたのかがわかる。

村上さんが、会社経営で最も重視する指標がROE(当期純利益/純資産)だ。日本の古い経営者は、会社を自分の家計と勘違いしており、借金を嫌い、現金に余裕があれば安心する。そんな余剰資金を、会社経営の血液として循環させるためにROEを重視するルールができたのだと。

アベノミクスでも、第3の矢の成長戦略として、一橋大学の伊藤邦雄教授を座長にした「伊藤レポート」で、「8%を上回るROEを達成することに各企業はコミットすべきである」としている。

米国の株式市場が成長し続け、日本よりはるかに高い価値を保っているのは、物言う株主がいて、株主の利益を守るコーポレートガバナンスが機能する環境を築いてきたからであり、だから日本企業のPBRは平均で1だが、米国企業のPBRは平均3なのだと。

次はこの本に載っている米国と日本の上場企業時価総額比較の表だ。バブルの頃の一時期には日本が上回ったが、それを除いて、1995年頃までは日本と米国の株式市場の規模はほぼ同じだったが、現在日本は500兆円しかないのに、米国は2000兆円以上ある。

日米時価総額推移 (2)





















出典:本書200P

ほぼ同じレベルの純資産を保有しながら、株価に3〜4倍もの差がでるのは、投資家の「期待値の差」であり、投資家への「リターンの差」を意味すると村上さんは語る。端的な例が、米国企業の総株主還元比率が90%を超えているのに対して、日本では50%前後にとどまっている。

過去35年のダウ平均株価の推移と、日経平均株価の推移を見ると、日本はバブルのピークをいまだに超えられないのに、米国株価はリーマンショックの時期を除いて順調に右肩上がりとなっている。

ダウ平均株価推移過去35年












日経平均株価推移過去35年












出典:三菱UFJモルガン・スタンレー証券

世界の投資家が指標として最も重視しているのがROEだが、日本ではROE中心の経営が行われてこず、成長性や投資家へのリターンよりも、財務の健全性が指標として重視されてきたことが影響している。

企業と投資家がWin-Winの関係ができている例として、Appleとマイクロソフトを紹介している。

Appleの2012年度と2016年度のバランスシート

AppleBS (2)






















出典:本書211ページ

Appleは2012年度まではほとんど借入金がなかった。しかし、利益剰余金として資金をため込んでいたAppleに対して、投資家たちから還元の強い圧力がかかった。

無借金だったAppleは社債発行や借入によって、レベレッジを効かせ、株主への超積極的な還元プログラムを導入し、4年で総資産は倍になっているが、純資産はほとんど増えていない。

超積極的な株主還元プログラムの結果、Appleの株価はPBR6倍、PER18倍程度の高い水準となっている。

マイクロソフトの2004年度と2016年度のバランスシート

MSBS (2)






















出典:本書213ページ

マイクロソフトは稼いだ金を事業拡大投資に使い、1975年に創業した後、初めて配当を払ったのは2003年だった。2004年から大規模な株主還元計画を発表し、負債・借入金を増やして総資産を12年間で倍以上にしているが、純資産は減少して、適度なレバレッジが効いた状態になっている。マイクロソフトの株価も右肩上がりだ。

投資家は、投資先から資金が戻ってきた場合、必ず次の投資先を探す。日本の上場企業の様に、何も生み出さないまま資金を寝かせてしまうと、そのまま塩漬けになり、成長のために積極的に資金を必要としている企業へ回っていかない。そして市場は停滞し、経済全体が沈滞してしまうのだと。

米国のS&P500企業の数値で見ると、傾向として毎年ほぼ利益の全部を株主還元に回し、新規の事業への投資は借入によって賄っている(米国には内部留保課税もある)。適度なレバレッジを掛け、自己資本を減らせば自社のROE向上のみならず、銀行に眠っている日本国民の巨額の資金も有効に利用されるというマクロの効果もある。

日米の株式に対する投資家の評価の差は、投資家と企業との間で「資金のキャッチボール」ができているかどうかの差だという。それはまさに、コーポレートガバナンスへの理解と対応の違いだと村上さんは語っている。

日本企業の良い例として村上さんが挙げているのはソフトバンクだ。日本一の借金企業だが、株主価値向上のため、自社株買いにも積極的だ。

Ulletという会社のサイトに、ソフトバンクの過去5年間のバランスシートが掲載されていて参考になる。これによると、過去5年間で、ソフトバンクは総資産をほぼ倍増させており、株価はほぼ5割アップしている。

この本では、村上さん自身がインサイダー取引で有罪となったニッポン放送株大量購入と、ホリエモンのライブドアによるニッポン放送(小さなニッポン放送が、大きなフジテレビの親会社だった)を踏み台としたフジテレビの経営権をめぐる争いについても、村上さん側のストーリーを書いている。

この事件は中田敦彦さんの YouTube大学で詳しく取り上げられているので、こちらを参照願いたい。





村上さんは、阪神鉄道を中心とした関西の私鉄大再編、阪神タイガース上場などのプランを持って、阪神鉄道などと交渉していた時に、インサイダーで逮捕された。長年の阪神ファンの村上さんは、当時阪神のシニアディレクターだった星野仙一さんと会ったあと、星野さんが「いずれ天罰が下る」とメディアに語ったことがショックだったという。

インサイダー裁判は最高裁までいって、罰金300万円、追徴金約11億5千万円、懲役2年、執行猶予3年で有罪が確定した。一審の裁判官には「ファンドなのだから、『安ければ買うし、高ければ売るのが当たり前』と言うが、このような徹底した利益至上主義には慄然とせざるを得ない」と言われたという。

村上さんは、いまもってインサイダーにあたるものだったかどうか違和感が残ると語っている。

この本の最後に、現在取り組んでいる各種の慈善活動、村上財団ピースウィンズジャパンや不動産投資、飲食業、介護事業などについて紹介している。

中田さんは、池上彰さんの「日本の戦後を知るための12人」に、村上さんが取り上げられていることも紹介しており、池上さんは、村上さんの自己弁護色が強いと語っているそうだ。




たしかに自己弁護の本かもしれないが、村上さんがコーポレートガバナンスについて言っていることは正しいと思う。ただ、あまりに金を儲けすぎたので、池上さんがいう「けしからん罪」の司法も含め、日本ではありがちな、金を儲ける人へのやっかみ半分の攻撃に、脇が甘かったところを付け込まれ、足をすくわれたというところかもしれない。

あらすじが長くなってしまったが、インサイダートレーディングで有罪となった「村上ファンド」の自己弁護本という色眼鏡で見ず、華僑にもネットワークを持つ稀代の日本人投資家の本として読むと大変参考になる本である。

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2020年06月23日

ツチハンミョウのギャンブル 福岡伸一教授の文春コラム

ツチハンミョウのギャンブル
福岡 伸一
文藝春秋
2018-06-29


このブログでも「生命と無生命のあいだ」などの著書を紹介している青山学院大学教授であり、ベストセラー作家でもある福岡伸一さんが「文春砲」で有名な週刊文春に連載している「福岡ハカセのパンタレイ パングロス」を加筆修正したコラム集。

「パンタレイ」とは、哲学者ヘラクレイトスの「万物は流転する」という意味のギリシャ語で、福岡教授の「動的平衡」という理論を現したものだ。

一方、「パングロス」は、フランスの作家ヴォルテールの小説「カンディード、あるいは楽天主義説」の登場人物で、「天の采配説」ともいうべき、すべては宇宙の偉大なる設計者によってあらかじめ計画・配材されているという予定調和説を現したものだ。

カンディード (光文社古典新訳文庫)
ヴォルテール
光文社
2016-03-25


それぞれ相反する主義主張だが、それをバランスを取る意味で並べているのだと。

元々週刊誌のコラムだったので、1テーマにつき、それぞれ3ページほどで簡単に読める。

福岡教授は、専門の生物学以外にも、昆虫オタク、フェルメール大好き人間などの顔を持ち、幅広い交流関係からの話題もあり楽しめる。

ちなみにタイトルとなっている「ツチハンミョウのギャンブル」も3ページほどのコラムだ。

ファーブルも「昆虫記」で取り上げているツチハンミョウは、昆虫としては珍しく4,000個もの卵を産むが、その中から運よくヒメハナバチに乗り移れた個体のみが生き延びる。



この本の表紙絵を描いた舘野鴻さんが、やはり昆虫オタクで、「つちはんみょう」という科学絵本を出版している。

つちはんみょう
舘野 鴻
偕成社
2016-04-13



参考になった話を、いくつか紹介しておく。

マリーゴールド作戦

福岡教授が三浦半島に行った時に、ダイコン畑の畝にマリーゴールドが植えられていた。しかし、そのマリーゴールドは、花が咲く前に抜いてしまうという。これはダイコンの害虫・線虫をマリーゴールドの根のにおいでおびき寄せ、侵入した線虫を根に閉じ込めて死滅させる。これによってダイコン畑の線虫を大幅に減らして、きれいなダイコンができるのだと。農薬を使わず、生物学的天敵を使うことで、有機的でクリーンな防御が可能となるのだ。

Tip of the tongue

日本語の「のどまで出てきているのに思い出せない」という表現のこと。知らなかったが、いかにもそれらしい。

ベルの実験

電話の発明者のグラハム・ベルではなく、世界的バイオリニストのジョシュア・ベルが、ワシントン・ポスト紙と一緒に、ラッシュアワーの地下鉄の構内で、ストリートミュージシャンを装って、最高の演奏家が最高の楽器(ストラディバリウス)を使って演奏すると、どうなるかという実験をした。

その有様がダイジェスト版でYouTubeにアップされている。



数千人が通り過ぎて、ジョシュア・ベルに気が付いた人は一人だけだった。投げ銭もたった32ドルだったという。この実験をレポートしたワシントン・ポストの記者は、ピューリッツアー賞を受賞している。

すい臓の中のマリメッコ

福岡教授は、すい臓の顕微鏡写真を紹介する時に、「マリメッコみたいでしょう」と説明するそうだ。

すい臓 (2)


































出典:中外製薬HP

上記の写真の出典の中外製薬のすい臓の説明が分かりやすいので、参照して欲しい。

すい臓は、身体の臓器の中で、最も大量のタンパク質、つまり消化酵素を生み出す。すい臓のもう一つの役割は、血糖値を抑えるインスリンを分泌することだ。しかし、インスリンをつくる細胞はほんの数パーセント以下だという。

炭水化物を分解してブドウ糖にするアミラーゼ、タンパク質を分解してアミノ酸にするプロテアーゼ、脂質を脂肪酸とグリセリンに分解するリパーゼ核酸を分解して、ヌクレオチドにするDNアーゼRNアーゼなどだ。

これがすい臓から消化器に向けて滝の様に流れ出てきて、食べた物に混じり合い、ズタズタに分解する。消化は食物という高分子化合物を、低分子化合物に変えるプロセスだ。

食物はもともと、植物なり動物なりの身体の一部だったので、外部情報がそのまま体内に入ってくると免疫反応が起きてしまう。だから、いったん情報を解体する。それが消化の役割だ。

しかし、膵炎すい臓ガンになると、すい臓の細胞が破れて、消化酵素が漏れ出てしまい、自分自身を消化し始めてしまう。だから、膵炎は激痛を伴う上に、大変厄介な疾患となる。

話は変わるが、筆者と一緒にラグビーをやった同期の友人が、すい臓ガンで亡くなった。

最近亡くなったラグビーの仲間は、どういうわけか、すい臓ガンか平尾誠二さんの様に胆管ガンで亡くなっている。スティーブ・ジョブスも、すい臓がんで亡くなった。すい臓ガンと胆管ガンは、最も致死率が高いガンだ。

福岡教授が研究修行をしていたニューヨークのロックフェラー大学は、伝統的にすい臓研究が盛んで、福岡教授の大ボス、ボスの兄弟弟子などがノーベル賞を受賞しているという。ぜひ、すい臓ガンの治療薬を開発して欲しいものだ。


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2020年06月21日

サイバーアンダーグラウンド 犯罪者・警察OBを日経が直接取材



日経ビジネスや日経の記者として、いろいろなつてをたどり、犯罪者や警察OBなどに直接取材した本。もちろん登場人物は全員仮名で、元犯罪者が中心だが、現在も犯罪スレスレの「やらせレビュー」をやっている人もいる。

この本の登場人物がわかるので、目次を紹介しておく。

1.未成年ハッカーと捜査官 攻防の全記録
2.アマゾンの5つ星は嘘まみれ 中国の黒幕が手口大公開
3.16歳が老人を食い物に 鮮明、詐欺のエコシステム
4.ネットで女性とお色気話 200億円産業に育てた男の野望
5.金正恩のサイバー強盗団 脱北者が決死の爆弾証言
6.恐喝、見殺し、爆殺 英国人スパイの非情な戦争
7.信じたいから騙される 世論操るクレムリンの謀略
8.超監視国家、IT乱用で出現 ウイグルから響く悲鳴
証言集
警官の証言 「本物のワルはあなたの隣にいる」
スパイの証言 「この世界は汚れている」

いくつか事例を紹介しておく。

ハッカーの実話

不登校となり、引きこもってハッキングをはじめ、インターネットで見つけたツールを使ってランサムウェアなどをばらまいて、成果をツイッターで披露していた10代のハッカーが最初に登場する。

ダークウェブにアクセスしなくても、インターネットで次のようなハッキングツールが買えるのだ(もっぱら英語のサイトで、Googleの自動翻訳が役に立つと)。

ウェブサイトに寄生して、閲覧者のデータを盗み出すウイルス:1万6千円〜10万5千円
他人のパソコンを遠隔から操作できるウイルス:2万1千円
サイバー攻撃に使うサーバを貸し出す「防弾ホスティング」:1万6千円〜2万1千円/月
スマートフォンのマイク・カメラを乗っ取り、盗聴・盗撮するソフト:無料

金目当てではなく、ツイッターで成果を披露して、賞賛がうれしかったのだと。ある日、正体不明のハッカーから、ツイッターで手口を公開しないでくれとのチャットが送られてきた。若いハッカーはその人の弟子になり、ハッキングの手ほどきを受け、ランサムウェアによる身代金要求に手を出すようになる。

16歳になった時に、大阪のデータセンター会社の顧客リストと、その会社が使っている連絡用のメールをインターネットで手に入れ、この会社からの業務連絡メールを偽造して、顧客にログインを促し、IDとパスワードを窃取した。

あとは、これで入手したIDとパスワードを使って、顧客のサーバに入り、ウェブサイトを閲覧したネット利用者のパソコンにウイルスをばらまく不正プログラムを仕込んだ。これで利用者のパソコンは、遠隔操作で操れる。ランサムウェアを仕込んで、仮想通貨で支払わなければ、データは永遠に戻らないと脅して、身代金を巻き上げた。

ハッカーは、バレない様に通信経路を暗号化し、自宅近くの会社のWiFiの利用権限を不正に取得して、無断で使って、データはパソコンに一切残さず、すべてUSBメモリに保存した。

しかし、現実は甘くなく、ネットで購入したランサムウェアは不具合があり、身代金の回収に失敗、警察に自宅に踏み込まれ逮捕された。17歳だった。先輩ハッカーに手口披露の自粛を約束したにもかかわらず、ツイッターで手口・成果を投稿し続けたことから、足が付いたようだ。

京都府警の捜査員として、多くのサイバー犯罪者を摘発してきた元警官の話が紹介されている。なかには、踏み込まれたら、「古畑任三郎」ドラマばりに、「ふっふっふっ、よく私が真犯人であることが分かりましたね。京都府警の皆さん、さすがです」などと言っていた未成年も、いざ逮捕されることがわかるとポロポロ泣き出したという。



古畑任三郎 COMPLETE Blu-ray BOX
石井正則
ポニーキャニオン
2014-05-30



アマゾン・食べログのレビュー

アマゾンのやらせレビュー業者を使っている中国のネットショップ関係者にインタビューした時の話だ。日本の口コミ代行業者ならやらせレビュー1件当たり35元(525円)、欧州は50元(750円)、米国は70元(1050円)が相場だと語る。

ネット販売業界では、口コミ代行業者への依存度が増しているという。直接謝礼を出して、やらせを依頼することは消費者庁による行政処分の対象だし、炎上する恐れがある。簡単に店名を変えられるオンラインショップはともかく、実店舗の場合にはダメージが大きいので、第三者の口コミ業者を介すことでリスクを回避しているのだ。

日本の食べログなどの場合、口コミ業者には、実際に店に行かないでレビュー1件あたり2000〜3000円で請け負う筋の悪い業者と、レビューアーを派遣して真実味ある感想を書き込ませている1件あたり1万5千円〜2万円の良い業者がいるという。

この本にはこうした口コミ代行業者から出されたレビューアー募集メールのサンプルも掲載されている。飲食代無料、1回あたり1万円がこうしたレビューアー報酬の相場だ。

中国のネットショップでは、競合店を貶めるために、わざと★一つのレビューを書かせたり、アマゾンのベストレビューアーを1万5千円で買収したり、その他大勢のレビューアーには商品を無償提供してやらせレビューを書かせたりという手口が紹介されている。

やらせがバレない様に、初日は10件、二日目は15件、3日めは20件と増やし、4日目で10件に減らすという具合に調整しているという。

アマゾンは全世界で年間400億円を投じて不正対策を実施しているというが、それをくぐりぬける業者もいるのだ。

北朝鮮のサイバー部隊

北朝鮮のサイバー部隊がサイバー攻撃で、最大20億ドルを奪ったと国連の専門家パネルが推定している。主な事例は次の通りだ。

2016年2月 バングラデシュ中央銀行から81百万ドル(89億円)
2017年4月と12月 韓国の仮想通貨交換会社ヤピアンから23億円分の仮想通貨
2018年6月 韓国の仮想通貨交換会社ビッサムから34億円分の仮想通貨
2019年3月 クウェートの金融機関から49百万ドル(54億円)

北朝鮮では最も優秀な生徒をサイバー部隊に配置している。サイバー戦指導部の下に4つの部隊が存在し、もっとも規模の大きいのが人員4500人の121部隊で、インフラ破壊と情報窃取にあたる。上記の外貨獲得は人員500人の180部隊が担当だ。他に軍事・科学技術情報窃取の91号室部隊と、サイバー攻撃技術開発のラボ110部隊があるという。

北朝鮮のサイバー部隊は見えない形で、フロント企業のそのまた孫請けのような形で、ソフトウェア開発の受発注仲介サイトを通じて、日本からもソフトウェア開発を請け負っている。そういったソフトウェアは、情報を盗み出すプログラムが仕込まれている可能性があると脱北者の元大学教授は語っている。

英国諜報部のスマホウイルス

英国のGCHQはスマホ用のウイルスを開発し、通話していないときでも周囲の音を拾える盗聴器になるウイルスや、スマホの位置を1メートル単位で正確につかめるウイルスもある。

位置ウイルスを使って、シリア、アフガニスタン、リビアでは敵対勢力の要人がどこにいるかをスマホで特定して、上空の無人機からミサイルを撃ち込ん車もろとも吹き飛ばしたという。

007シリーズの”Q”の開発した秘密兵器の現代版だ。




ウイグルの超監視社会

ジョージ・オーウェルの「1984年」のあらすじで紹介した通りの超監視社会が、中国の新疆ウイグル自治区で現実に起こっている。

日本で働くウイグル人は故郷にいる両親と時々ビデオチャットしていたが、会話の際に母親が中国共産党を賞賛して様子がおかしいので、調べたところ、彼のせいで本国の両親が警察に呼び出され、息子はイスラム過激人物ではないかと疑いを掛けられているのだと。

ビデオチャットが盗聴されていることを心配して、彼の母親は中国共産党を賞賛したのだ。

新疆ウイグル自治区の1100万人のウイグル族は、監視カメラと顔認証システムで監視され、チャットの内容や写真などが当局に筒抜けとなる「スパイウェア」をスマホに入れることを強要され、街頭では警察官が禁止アプリをインストールしていないか通行人のスマホを調べている。

自動車にはすべて中国版のGPS「北斗」を装着させている。

さらに2017年からは、「無料健康診断」と称して、全住民からDNA,虹彩、指紋、血液を採取している。

極め付きは、2016年からスタートした危険分子の特定システム「IJOP」で、監視カメラの映像、検問所で収集した通行人や車両のデータ、銀行口座情報、宗教上の習慣など、あらゆる個人情報をビッグデータ解析にかけ、反体制的な人物を独自のアルゴリズムで自動的にリストアップして、警察が取り調べる。

警察も何を基準にIJOPが判断しているのかわからないまま、IJOPの判断に従う。不審人物と判定されれば、逮捕して収容所に送るのだ。

日本の小売業界での万引き犯やクレーマーなどの面倒な人検出の監視カメラと顔認証システムの導入や、ドライブレコーダー映像の犯罪捜査への利用、京都府警の犯罪予測システムが紹介されている。

NECが開発した犯罪予測システムは、「マイノリティレポート」の様に、犯罪を起こしそうな人を特定するのではない。過去の犯罪データを基に、犯罪の発生頻度が高い「ホットスポット分析」と、近接した場所と時間で犯罪が繰り返される傾向を理論化した「近接反復被害分析」を組み合わせている。



マイノリティレポートのストーリーの様に、犯人を予測するわけではなく、犯罪の起こりそうな時間と現場に警察官を配置して、犯罪の発生を未然に防ごうというのが目的だ。

犯罪インフラ企業は野放し

京都府警の元警官は、犯罪インフラ企業がサイバー犯罪組織を支援することによって金儲けしているが、直接サイバー犯罪にかかわっていないので、検挙できていない。その犯罪インフラ企業の一つがこのブログでも紹介している名簿屋だと語っている。

ネット詐欺や違法オンラインカジノのシステムを開発している犯罪インフラ企業もある。

国民を守らない自衛隊サイバー部隊

2005年に創設された自衛隊のサイバー部隊「システム防護隊」の初代隊長で、現在セキュリティ会社のファイア・アイの日本法人のCTOを務めている人によると、自衛隊は自衛隊法に規定されている任務しか遂行できず、「国民を守ること」はサイバー部隊の任務として法律に明記されていないという。

もし電力会社など民間のシステムを防衛するといった規定外の行動を取ろうとすると、現場は上層部にお伺いを立てなければならず、実際のサイバー戦になると、上層部からの返事を待っている間にやられてしまう。

150人だったサイバー部隊を500人に増やす計画だが、中国の13万人、北朝鮮の7千人に比べて圧倒的に少ない。元自衛官のサイバーセキュリティの専門家は「日本は耳目を持たないまま、筋肉だけをつけようとしている」と語っている。

日本にサイバー攻撃を掛けてくる国は、準備段階で時間をかけて日本の多数のパソコンやサーバを乗っ取り、踏み台として確保した上で攻撃を仕掛けてくる。こうした動きを察知できていれば、準備段階で相手国のサイバー部隊に攻撃を仕掛け、動きをけん制できる。

そのためには、日頃相手国のシステムに侵入して、弱点を把握しておくことが必要となるが、日本のサイバー部隊には耳目の機能がないのだと。


やはり直接ヒアリングした情報は説得力が違う。自衛するためには、べたではあるが、最低限こまめに別媒体にデータをバックアップすることは必須だと思う。そんなことを考えさせられた本である。


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2020年06月18日

サイバーセキュリティ― 防衛省出身の専門家による概説書



防衛省出身で、ジョンズ・ホプキンス大学の高等国際問題研究大学院で国際経済・国際関係のマスターを取り、米国や日本の研究所、企業を渡り歩き、現在はNTTのチーフ・サイバーセキュリティ・ストラテジストを務める松原実穂子さんの本。

この本で取り上げられているサイバー攻撃のリストが参考資料として添付されているので、まずは、これを紹介しておこう。

主要サイバー攻撃






















出典:本書参考資料

本文でそれぞれのサイバー攻撃について説明している。

2019年年末に出版された本なので、新たな情報が載せられていて参考になる。事例をいくつか紹介しておく。

ビジネスメール詐欺

英国のエネルギー会社のCEOが、ドイツの親会社のCEOの命令だと思って騙され、22万ユーロ詐取されたビジネスメール詐欺のケースでは、AIが本人の声をマネして、ドイツ語なまりの英語で本人そっくりだったという。

ビジネスメール詐欺を防ぐには、指示された電話番号にではなく、元から登録された電話番号に、こちらから電話するという手段が有効と言われているが、電話のかけなおしが重要なことがわかる事例である。

ダークウェブ

ダークウェブは、接続経路を匿名化する「Tor」などの特別なシステムでしかアクセスできないので、自社の情報が出ていないか調査するには、専門のサイバー脅威インテリジェンスサービスを使う必要がある。

2017年時点での、ダークウェブで取引されている個人情報の値段は次の通りだ:

米国のソーシャルセキュリティナンバー(社会保障番号):1ドル
クレジットカード情報(裏面のセキュリティコードや銀行情報の有無で上下):5〜110ドル
運転免許証:20ドル
卒業証書:100〜400ドル
医療情報: 1〜1,000ドル

カイロ大学の卒業証書も売られているのかもしれない。

医療情報が高値で取引される理由は、変えることができないため、恒久的に悪用できるからだ。

ダークウェブでは、数多くの違法なフォーラムがあり、情報や盗品などが売買され、武器、麻薬、サイバー攻撃のツール、ウイルス、サイバー攻撃を学べるチュートリアルビデオなども用意されている。

ランサムウェアも売買されており、「Ranion」というランサムウェアツールだと、120ドル/月の廉価版から、機能強化版は150ドル強/月で売られているという。

スタックスネット

米国とイスラエルがイランの核開発を送らせるために仕掛けた「スタックスネット」事件。2010年に明らかになった。

インターネットにつながっていないイランのウラン濃縮施設に、協力者を通じてUSBメモリを介して侵入、感染し、施設のモニターには正常値を表示させながら、遠心分離機の速度を上げて過度の負荷を掛け、遠心分離機を破壊させて、イランのウラン濃縮を遅らせたものだ。

エストニアへのサイバー攻撃

旧バルト三国のエストニアは世界で最もIT化が進んだ国と言われている。2007年にエストニア大統領府、議会、政府機関、政党、主要メディア、主要銀行、通信事業者に対してDDoS攻撃が仕掛けられた。ロシアとの関係が悪化していた時期でもあり、ロシアの関与が噂されたが、その後エストニア人の学生が逮捕された。

エストニアは2004年からNATOの加盟国になっていたので、この事態を重く見たNATOは、NATOサイバー防衛協力センターをエストニアのタリンに設立した。2018年からは日本も加わり、30カ国から、軍関係者や専門家1,000人が加わって、サイバー演習が行われている。

各国のサイバー部隊の陣容

中国 13万人
ロシア GRU 不明
北朝鮮 7000人
米国  6000人
イラン 不明
韓国  1000人
日本  500人(2023年までに)

日本のサイバーセキュリティ人材は不足しており、そのために「産業横断サイバーセキュリティ人材育成検討会」が組織され、44社が会員になっているという。

ソ連時代のサイバー攻撃による情報窃取

1986年に米国の「スターウォーズ計画」の情報をITネットワーク経由で盗もうとしている者がいることを察知、FBI、CIA、NSA(国家安全保障局)が協力して、「戦略防衛構想」と題した数千ページの偽文書を作成して、ハッカーがひっかるのを待った。

そして1989年に当時の西ドイツのハッカー5人を逮捕した。このうち3人はソ連のKGBに雇われ、現金とドラッグを引き換えに盗んだ情報をKGBの工作員に渡していた。


中国人民解放軍のサイバー部隊

2013年に米国のサイバーセキュリティ企業のファイア・アイ傘下のマンディアントが中国の上海にいるサイバー攻撃部隊(61398部隊)の実態について詳細に調査した報告書「ATP(Advanced Persistent Threat)1」を公表した。

詳細な報告書で、筆者もまだ読んでいないが、この報告書で中国の61398部隊の中心となる将校5名は、米国で指名手配されており、ウィキペディアの「中国サイバー軍」という項目に顔写真入りの手配書が掲載されている。

YouTubeにも米国の中国語放送局の新唐人TVが2011年頃の動画をアップしている。



「APT1」レポートが被害企業として取り上げ、知的財産を窃取された企業は、その後、倒産や株価低迷などの憂き目にあっている。

サイバーセキュリティに関して、基礎的な知識を得るには適当な本だと思う。ちなみに、ウィキペディアで「サイバーセキュリティ」で検索すると、非常に詳細な説明が出てくるので、ウィキペディアも参考にするとよいと思う。

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Posted by yaori at 19:34Comments(0)

2020年06月16日

【再掲】ジム・ロジャースの中国の時代 20年先まで見据えた投資

2020年6月16日再掲:

中田敦彦さんのYouTube大学でジム・ロジャースの近著「危機の時代」を紹介していたので、2008年に出版された「ジム・ロジャーズ中国の時代」のあらすじを再掲する(リンクは見直して、ところどころに注をつけた)。








20年以上前に中国の時代が来ると予測し、シンガポールに移住したジム・ロジャース。2008年の本なので、予想が当たっていない部分もあるが、21世紀は中国の世紀だと、中国のポテンシャルを的確に見抜いた先見性に驚く。


2008年10月31日初掲:

ジム・ロジャーズ中国の時代ジム・ロジャーズ中国の時代
著者:ジム ロジャーズ
販売元:日本経済新聞出版社
発売日:2008-06-14
おすすめ度:4.0
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前回紹介した橘玲さんの「黄金の扉を開ける賢者の海外投資術」でもしばしば登場したクオンタム・ファンドでジョージ・ソロスのパートナーだったジム・ロジャースの中国投資ガイドブック。「私は20年先まで見据えている」と本の帯に書いてある。

ジム・ロジャースは1988年にクオンタム・ファンドをやめ、バイクで世界一周しながら、自分の目で投資機会を見つけ、早くからいろいろな国で投資しているので、アドベンチャーキャピタリストと呼ばれている。

筆者が最初に中国に出張したのは1983年だが、ジム・ロジャースが中国に最初に行ったのは1984年とのことで、当時の状況を思い出させる。

ジム・ロジャースが最初にバイクで中国を横断したのは1988年だが、一番時間が掛かったのは、上海からカラコルム高速道路?まで3,000キロを走破することではなく、必要な許可を中国政府から取ることだったという。

筆者も記憶があるが、当時は完全な中央集権体制で、地方政府の高官は中央の官庁から派遣された役人ばかりだった。

お金も中国人が使う人民元と、外国人用の外貨兌換券の2種類があり、ホテルやレストランの料金はすべてダブルスタンダード、レストランは外国人とつきそいの中国人の食事場所が分かれていた。

中国人料金は大体外国人料金の1/10から1/30程度だったと思う。ホテルの電話はすべて盗聴されており、日本に電話して交渉戦略を打ち合わせしたりすると、すべて中国側につつ抜けになるということで、事前に暗号のような合言葉を決めて中国との交渉に臨んだものだ。

中国国内は大都市中心の外国人解放区と地方の非解放区とに分かれており、非解放区は基本的に外国人が入ることが禁止されていた。筆者は浙江省杭州から車で6時間程度の横山という場所にある工場を訪問したが、途中のいくつもの町で役場に立ち寄り、通行許可を取ってからでないと進めないという有様だった。

ちなみに杭州の近くには、揚子江が逆流するので有名な銭塘江がある。アマゾンのポロロッカと同じ現象だ。

浙江省には杭州の西湖はじめ観光名所・旧跡が多いので、いまは浙江省杭州市の日本語ホームページもあるが、1983年には杭州には外国人用のホテルが2軒しかなかったし、朝食にパンを頼んだらカステラのようなボロボロくずれるパンが出てきた。

ちなみに1983年はビジネスでの出張だが、中国側が気を使ってくれて西湖観光や、仏教の天台宗の総本山の天台山国清寺、高級ウーロン茶で有名な龍井茶の龍泉を訪問し、宴会は西湖のほとりの楼外楼(赤坂の本店は無くなり、今は新橋と新宿に店があるようだ)で「乞食鳥」を食べた。

初めて「乞食鳥」を食べたので、その調理法にびっくりした。

観光客などほとんどいなかった時代なので、当時出来たばかりの花園飯店(記憶不確か)の食堂で、中国側の通訳やホテルの従業員らと食事のあと一緒に歌を歌って宴会をした。「北国の春」が、中国ではやっていたのに驚かされた記憶がある。



話が横道にそれたが、いずれにせよジム・ロジャースが1988年から中国に注目して、実際に投資していたことには脱帽する。(1988年に中国の株を買ったことは、「商品の時代」に書いてあった)

大投資家ジム・ロジャーズが語る商品の時代大投資家ジム・ロジャーズが語る商品の時代
著者:ジム・ロジャーズ
販売元:日本経済新聞社
発売日:2005-06-23
おすすめ度:4.5
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この本は23年間、24万キロを掛けて書いた本と言うこともできると、ジム・ロジャースは語る。まさに実践派投資家である。


21世紀は(またもや)中国の世紀

21世紀は中国が中心になって世界を牛耳るので、子どもや孫には中国語を習わせておきなさいとアドバイスしている。2003年に生まれた娘のハッピーには、中国人の乳母をつけたので、北京語がしゃべれるという。

1970年までは「メイドインジャパン」といえば、安っぽくて品質の悪いものだったが、日本が大きく変わったのは今日中国に見られるのと同じ勤労意欲と高い貯蓄率、大企業と政府の利害の一致、技術革新の組み合わせだ。中国は日本の国土の25倍で、日本がもう失ったかもしれないハングリー精神とやる気に満ちているという。

次代のGM,マイクロソフト、AT&Tが現れるかもしれないとジムは語る。

この本では注目される業界と代表銘柄が紹介されているが、ジム・ロジャース自身がどこに投資しているかは書いていない。

この本を書いている2007年の段階で、中国株が上昇していたので、ジムはソフトランディングを予想しているが、もしもバブルが膨れ上がったら、しばらくは注意したほうが良いと警鐘も鳴らしている。その場合には、市況が底入れした段階で動けるように準備しておこうと呼びかける。

現在の中国株の市況動向から言って、底値はまだ見えないと思うが、10年、20年後の世界を考えると中国は「買い」だろうと筆者も思う。ジムが言う様に、準備をして長期保有株を仕込むのには良いタイミングではないかと思う。

shanghai stockmarket







注:上記は2008年時点でのチャートだ。ここ10年の上海総合指数のチャートはこちら。もちろん株価が何百倍にもなった企業もあると思うが、上海総合指数としては低迷していると言った方が良いだろう。

原著はもちろん英語なので、この本でジムはアメリカなど世界の一般投資家に中国への投資を呼びかけており、中国株の歴史的背景や、中国のカントリーリスクなどにも触れている。




ちなみに上に挙げたペーパーバック版は2008年12月に発売予定なので、たぶん最近の状況を踏まえて改訂されるのだと思う。


中国のリスク

1.侵略者としての中国
中国はICBMを40発程度持っていると見られるが、それは米・ロの保有する核兵器の4%程度で、抑止力的なものだ。朝鮮戦争やベトナムとの中越紛争までは中国は拡張主義者と見られていたが、一人っ子政策で子どもが一人しかいない今、親が喜んで戦場に送るだろうかとジムは疑問視する。

台湾問題についても、ビッグマックを売っている国同士では戦争したことがないという「マクドナルド要因」を取り上げる。中国は軍事費に国家予算の7%(実際はその3倍と見られている)を使って、軍備の近代化を進めているが、台湾とは経済面で不可分の関係にあるので(大前研一氏は「霜降り状態」と表現している)、国民党政府となってむしろ両国は強固な結びつきになるのではないかと語っている。

2.環境問題
「僕たちは敵に出くわした。それは僕たちだった」という言葉をジムは紹介し、中国の深刻な環境汚染について説明している。

筆者は知らなかったが、石炭に多くを依存している中国の温暖化ガス排出量は今やアメリカを抜き、世界一にならんとしている。カリフォルニアの曇った空に舞う粒子の1/4は中国から飛んできたものだという。

中国と世界のエネルギーバランスを対比して紹介しておく。いかに中国が温暖化ガス排出量の多い石炭に依存しているかがよくわかる。

energy balance Chinaenergy balance world

注:上記は2008年当時のチャートだが、2018年のエネルギーバランスも依然として石炭(と石油)中心で変わっていない。この辺が弱点と言えば弱点だ。

ジム・ロジャースが懸念しているのは、中国が将来砂漠化してしまうのではないかということだ。インドも中国にも増して水不足はひどいという。ジムは両国をバイクで旅して、水不足のためかつては栄えた町がゴーストタウンと化しているのをいくつも見たという。

世界で最も汚染のひどい都市20のうち16は中国にある。化学汚染によって土壌の良い土地は減少し、森林は砂漠化し、工業地帯に住む子どもの8割は鉛中毒に冒されている。工場排水の80%は下水処理がされておらず、2012年には揚子江は生き物の住めない川になる恐れがある。中国は人口当たりの水の量が世界で下から13番目だといわれている。

ジムは中国の水問題を解決するために、ロシアのバイカル湖の水が使われることを予想している。バイカル湖の周辺をバイクで走ったときに、バイカル湖が米国の5大湖をあわせたよりも多くの水量を持ち、世界の淡水の20%を占める世界最大の淡水湖で、一時は中華帝国の領土の一部だったこともあるという。

次がロシアの極東の地図だ。バイカル湖と中国の間には山脈があり、モンゴルがある。距離も相当あるので、はたしてジムの言っているようになるかどうかは筆者は疑問に思う。

Russland





中国政府や民間企業が上水道・下水道・下水処理のために多くの投資をすることが見込まれ、この関連の業界もビジネスチャンスが増えるだろうと予想している。

バロンズ誌は、中国の問題点として、さらに人口の高齢化と蔓延する汚職をあげているが、ジムは何億といる地方の人が今後何十年も高齢化する人口を補っていき、汚職はいわゆるアジアンタイガーには共通する問題だと整理している。


業界寸評と銘柄紹介

ジムは中国の現状を様々な角度から分析し、関連する業界の中国あるいは台湾又は世界の主要企業のここ3年の業績、上場市場と株価コードを紹介している。紹介している業界の切り口は次のようなものだ。

1.戦時によし、平時によし − 航空宇宙産業と台湾プラステックなど台湾企業

2.流体利益 − 公害対策企業とシンガポール企業、欧米企業など

3.この世では誰もが知っている − 保険・年金、石炭、タイヤ、アルミ、通信

4.現代中国の5大革新者 − 分衆伝媒(デジタルサイネージ)、百度(検索エンジン)、中国徳信(通信)、無錫尚徳太陽能電力(サンテック、太陽電池。2013年に経営破綻し、2014年に順風光電に吸収された)、アリババ(BtoB電子商取引)

5.うまい汁を啜る − 電力会社、石炭会社、石炭掘削機

6.イケ株、石油 − ペトロチャイナなどの石油会社

7.中国の風に吹かれて − アレヴァ(フランス企業、中国発の原発を建設),ユーセック(ウラン生産)、BHP(鉱山会社)、再生可能エネルギー会社など

注:ユーセックは米国企業で、2014年に経営破綻している。

8.アスファルトの上に立つ − 高速道路会社、港湾運営会社、建設業者

9.自動操縦 − 自動車会社、自動車部品メーカー

10.出発進行 − 鉄道会社、鉄道建設、船会社

11.船乗り計画 − 携程旅行網(旅行会社)、芸龍旅行網、空港会社、航空会社

12.全室煌々と − 上海錦江国際酒店(ホテル150軒のチェーン。1983年には上海で唯一の高級ホテルだった)、地方の旅行会社

13.空の飛び方 − 航空会社、空港会社

14.人民公社よ、さようなら、コンバインよ、こんにちは。− 食品会社

15.ジューシーな果実を − 飲料メーカー

16.タネ銭 − 食肉加工、種メーカー、農業機械

17.ファーストフード − 砂糖メーカー、牛乳メーカー

18.人民のスピリッツ − ワインメーカー、ビールメーカー

19.緑の大地 − 有機野菜、肥料

20.金を生む処方箋 − 超音波検査機、バイオ、医療サービス

21.中国の未来を保障する − 保険会社

22.宿題を少々 − 新東方教育科技集団(外国大学の入試英語教育)、通信教育、職業学校

23.建設的批判 − 不動産開発会社

24.エマージング中国 − ハイテク、宇宙・航空、インターネット(2006年末で、中国のインターネット人口は1億4千万人(そのうち76%は高速回線)、ブロガーは8千万人、中国語ウェブサイトは84万)、映画、スポーツ、クレジットカード、携帯電話(利用者5億人!)、ケーブル・テレビ(利用者1億4千万人)、出版、小売・ファッション。

1999年に中国にはスーパーマーケットは1軒しかなかったが、2003年には6万軒に増えたという。


最後にジム・ロジャースは、人民元に対する投資も比較的優れた安全な方法であると語っている。今後20年の間に、ドルに対して300−500%上昇すると予測している。次は人民元の対ドル相場推移だ。

CNY_USD





注:最近の人民元の対ドル相場はこちら。人民元に関しては、ジム・ロジャースの予言は当たっていない。

筆者が現在も使っている米国のインターネット専門銀行everbank(注:現在はTIAABankとなっている。ネット専用銀行の老舗で、いまだに健在だ)の多通貨投資サービスの人民元口座開設を紹介している。ちなみに筆者は知らなかったが、everbankは人民元以外でもいろいろな国の通貨で預金ができる。


やはり足で稼いだ情報は貴重だ。BRICS、特に将来のソニー、ホンダをさがすべく中国株投資を考えている人には是非一読をおすすめする。


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2020年06月15日

PCR発明者 マリス博士の自伝的エッセイ集

マリス博士の奇想天外な人生 (ハヤカワ文庫 NF)
キャリー・マリス
早川書房
2004-04-09


福岡伸一さんの「生物と無生物のあいだ」のあらすじで簡単に紹介したPCR検査の発明者、キャリー・マリス博士の本。

マリス博士は1993年にPCR=ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction)の発明で、ノーベル化学賞を受賞している。

コロナウイルスが世界的に蔓延している現在、全世界で唯一のウイルス検査方法となっているPCR検査の発明者として、存命であれば、世界のメディアの引っ張りだこになっていたはずだが、残念なことに2019年8月に74歳で亡くなっている。

この本では、PCRの発明のアイデアがドライブ中にひらめいたことや、マリス博士が大学院生の時に書いたヨタ論文が「ネイチャー」に採用され、逆に大人になって発表したPCRに関する論文は「ネイチャー」にも「サイエンス」にも拒否されたことなどの真面目な話題とともに、変人と言われるマリス博士ならではの「未知との遭遇=Close Encounter」やLSD、マリファナ体験などの告白も含まれていて、良い意味でも悪い意味でもあきれてしまう。

大体の内容がわかると思うので、目次を紹介しておく。

1.デートの途中でひらめいた!
2.ノーベル賞をとる
3.実験室は私の遊び場
4.O.J.シンプソン裁判に巻き込まれる
5.等身大の科学を
6.テレパシーの使い方
7.私のLSD体験
8.私の超常体験
9.アボガドロ数なんていらない
10.初の論文が「ネイチャー」に載る
11.科学をかたる人々
12.恐怖の毒グモとの戦い
13.未知との遭遇
14.1万日めの誕生日
15.私は山羊座
16.健康狂騒曲
17.クスリが開く明るい未来
18.エイズの真相
19.マリス博士の講演を阻止せよ
20.人間機械論
21.私はプロの科学者
22.不安症の時代に

PCRの発明につながったアイデアは、次の通りだ。科学用語が入るので、詳しくは埋め込んだウィキペディアの解説を参照して欲しい。

まず短いオリゴヌクレオチドを合成する。オリゴヌクレオチドは、同じDNA配列、あるいは少しだけ違っていても似ているDNA配列があると、そこにぴったりと結合する。ヒトゲノムは30億ヌクレオチドから構成されているので、長いDNA鎖の中には、この様な場所が1,000くらいあってもおかしくない。

しかし、このままでは、選び出された1,000カ所が全部同じDNA配列とは限らないので、候補を選び出した上で、二つ目のオリゴヌクレオチドを使って、最初のオリゴヌクレオチドが結合する場所の下流に二つ目のオリゴヌクレオチドが結合するように設計する。

後は、DNAが自分自身をコピーする能力を利用して、選ばれた部分のDNA配列のコピーを何度も何度も作るのだ、30回繰り返せば十億倍となり、少量のDNAからもDNA検査が可能となるだけの量に増やすことができるのだ。

反応の温度とか、DNA分子と反応するために必要な酵素分子の数なども重要だ。マリス博士は、酵素分子のことを気づかずに、当初は良い結果が得られなかったことも書いている。

PCRはDNA鑑定にも利用されるので、O.J.シンプソン裁判に呼ばれたのは、そのためだ。



O.J.シンプソンの名前は今や日本ではあまり知られていないが、1970年代のアメリカンフットボールの伝説のランニングバックで、元妻を殺害した容疑で裁判にかけられていた。

マリス博士は、大学などの教育機関とは無縁の人で、管理能力はゼロだが、上記の目次の21にある様に、自分はプロの科学者というプライドを持っており、自分が納得できない限り、通説は受け入れない。

ドナルド・トランプ大統領の様に、地球温暖化は根拠がないとして信用しないし、エイズHIVウイルス原因説は、いまだに証明されていないとして、グラクソ社の看板薬である「AZT」は治療薬として無意味であり、患者に害があると言っている(このHIVウイルス否定説は最近では支持者がいないようだ)。

そのマリス博士に、グラクソ社が何を間違ったのか講演を依頼してきて、あわててすぐにキャンセルして、6千ドルもの違約金を支払ったことがこの本で紹介されている。

ウィキペディアの写真でも感じられる通り、子どものころからいたずら好きで、爆発事故を何度も起こした悪ガキがそのまま成長したという感じだ。

日本語のタイトルは「奇想天外な」となっているが、原題は"Dancing naked in the mind field"となっており、福岡さんも指摘されている通り、"mind”と"mined"(地雷が埋められた)を両方ひっかけているのだと思う。あちこちで事件を起こしながらも、素のままで、あばれまくっている元悪ガキのノーベル賞受賞者のエッセイだ。

ちょっとした思い付きが、ノーベル賞につながり、巨万の富も生んだ。天才科学者というよりは、ラッキーな科学者というべきだと思うが、発明はそういったラッキーな面ももちろんある。

PCRの発明は人類の進歩に貢献したことは間違いない。コロナウイルス禍で自宅で過ごす時間が増えた現在、一度読んでみる価値のあるPCR発明者の本だ。

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Posted by yaori at 17:15Comments(0)