2021年05月03日

原油暴落の謎を解く 元三井物産オイルトレーダーの分析

原油暴落の謎を解く (文春新書)
岩瀬昇
文藝春秋
2016-07-01


石油関係の本を何冊も書いている元三井物産オイルトレーダーの岩瀬さんの本。岩瀬さんは、エネルギー問題の専門家として新潮社の雑誌「Foresight」で、岩瀬昇のエネルギー通信というコラムを連載している。

岩瀬さんは最初の著書の「石油の『埋蔵量』は誰が決めるのか?」を2014年に出版した後、2015年からの原油価格暴落に際して、編集者よりの依頼で、この本を書いたと、あとがきに書いている。

まずは基礎知識として、1990年からのWTI(米国の基準原油のWest Texas Intermediate)の原油先物の長期チャートを見てみよう。出典にリンクを載せているストックブレーンという会社が運営している商品市況サイトでは、自由にチャートを組み立てることができるので、試していただきたい。

原油価格先物市況














出典:原油価格(WTI原油先物) リアルタイムチャート

過去30年以上の長期トレンドを見ると、原油先物価格はリーマンショック前に1バレル150ドル近くまで上昇した後、リーマンショックで下落した後は100ドルを目指して徐々に上昇していたが、2014年後半からまた急激な下落が始まり、2016年2月に30ドル弱の直近の底値を記録した。

そのあとは、若干の上下動を繰り返しながら、現在は60ドル前後で推移している。

最近の動きを知るために、2017年から2021年までのWTI先物価格のチャートを見てみよう。

原油価格2017-2021年


















出典:原油価格(WTI原油先物) リアルタイムチャート

このチャートで特筆すべきことは、2020年4月20日にWTI原油先物価格が、マイナス価格になっていることだ。

4月20日の時間ごとの市況変動チャートは次の通りだ。

2020年4月のCMEWTI5月渡先物市況

























出典:ベストカーWebの「原油のマイナス価格によってガソリン価格は安くなる?」記事

原油先物価格の終値がマイナス価格(マイナス37.63ドル)になったのは前代未聞のできごとで、これは4月20日から21日にかけて出現し、翌日にはプラス価格に戻している。

この日に世界中の原油相場がマイナス価格になったわけではなく、これにはWTIという米国内向け原油の取引の特性によるものだ。WTI先物は現物とひもついているので、5月渡しの先物原油を買ったら、米国オクラホマ州のクッシングで受け取らなければならない。

いわゆる「ホットポテト」で、転売できるうちはいいが、最後にババをつかんだ者は、原油を引き取らなければならない。そのためには、原油タンクを手配する必要があるが、原油タンクがキャパ一杯で手当てできないと、たとえマイナス価格でも買った原油先物を手放さなければならない。

こんなからくりが原油先物がマイナス価格となった理由だ。

この本の出版は2016年6月20日なので、「原油価格がなぜマイナス価格になったのか?」という前代未聞のマイナス価格の謎には答えていないが、2014年に始まった原油価格下落が続く相場下で、岩瀬さんは1〜3年くらいで、原油のリバランスがすすんでくれば価格は上昇に転ずると予測している。

岩瀬さんは「結論を言おう」として、次の様に予測している。

「OPECが減産をきめなければ、また、産油国・地帯における地政学上のリスクが暴発しなければ、原油価格は2017年までは大幅には上がらないだろう。だが、2015年以降の国際石油会社による資本投資削減の影響が、何年後かには増加した需要をまかなうだけの供給量が足りなくなるという形で出てくるため、リバランスが視野に入ってくると、価格は上昇する。」

「そうなった場合、アメリカのシェールオイルの新規増産の生産コストが当面の「シーリング」になる可能性が高いだろう」と予測している。

2020年4月の暴落を除けば、2017年以降のWTI原油先物相場は大体60ドルで推移している。シェールオイルの生産コストを60ドル前後とすると、岩瀬さんの予測通りに原油相場は推移していることになる。

さすがに石油の専門家だけあって、この本では、参考になる情報が満載だ。

たとえば、米国ペンシルベニア州西部のタイタスビルで1859年に石油の商業生産を始めたエドウィン・ドレークは、「大佐」ではなかったが、彼を送り込んだ投資家が、地元の人たちの信用を得られるようにわざと「大佐」という宛名で手紙を送ったのだという。

筆者は米国ピッツバーグに駐在していたので、タイタスビルにも何度か行ったことがある。ピッツバーグから車で北に2時間くらい行ったところだ。カーネギーが創業したサイクロプスという小さな特殊鋼メーカーがあったが、今はたぶん閉鎖されているのだろう。

たしか、タイタスビルの付近には、地図に「ゴーストタウン」と注書きされた場所もあって、不気味に感じたものだ。

OPEC諸国の代表に、原油生産量のコントロールの必要性を力説した、先日亡くなったサウジアラビアのヤマニ元石油相の慧眼や、シェールガス・オイルの掘削法などの話も面白い。

特に参考になったのは、世界中で米国とカナダだけが、鉱業権を国有化せず、地下資源は土地の所有者に所属し、どこで生成されたのかは問わないという「捕獲の原則」を採用しているという点だ。

思わず子供の時に見ていた「じゃじゃ馬億万長者」という番組の冒頭のシーンを思い出した。次のビデオの最初の30秒の部分だ。



米国の石油産業には百数十年の歴史があり、この百数十年の間の地質調査で、くまなく、いたるところまで相当程度のデータが集積されているのだと。基本的なデータなら、比較的容易に、安価に地質データのサービス会社などから入手することができる。

その意味で、米国でのシェール層の石油開発は、地下に石油や天然ガスがあるかどうかを調べる「探鉱」段階は終了していると考えられ、作業は次の「開発」段階から始まることを前提としているのだと。

だから技術開発が進み、シェールガス・オイルの掘削が可能となったら、米国では、すぐに大規模なガス、石油生産が始まったのだ。

逆に言うと、シェールガス・オイルは、ロシア、中国、アルゼンチン、アルジェリアの埋蔵量が多いと米国EIAが発表しているが、これらの国ではまず「探鉱」から始めなければならないので、米国の様にすぐには開発は始まらないだろう。

「住友商事の誤算」という岩瀬さんの分析も参考になる。ちなみに住友商事は、シェールガス・オイル開発から撤退することを、最近発表している。

これからはEV普及が進み、世界の石油依存度は、どんどん低下していくと見込まれる。重要な化石燃料であることは間違いないが、日本の商社による新規石油資源開発は、もう無くなるのかもしれない。昨今のSDGsの動きを見ても、石油の時代は終わりつつある様に感じる。

そんなことを考えさせられる本である。岩瀬さんの書いた他の本も読んでみようと思う。


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Posted by yaori at 00:39Comments(0)