2005年10月16日

人を動かす人になれ! 日本電産永守さんの人の動かし方 100箇条


「人を動かす人」になれ!―すぐやる、必ずやる、出来るまでやる

小型モーターの世界的企業の日本電産社長の永守重信さんの人の動かし方。

日本電産という会社名を知らない人もいるかもしれないが、モーターで積極的に海外にも事業展開する他、80年代からM&Aでコパルなど約20社を買収、急速に規模を拡大し、最近の業績は次のグラフの通り急拡大している。

日本電産業績


筆者のアルゼンチン時代の友人が銀行から日本電産に転職しているので、そのこともあり読んでみた。

どういったきっかけで永守さんがこの本を書いたのかよくわからないが、永守さんの人の動かし方や日本電産の人の使い方が100項目にわたって2ページづつ見開きで簡略に書かれており、参考になる。

とても100項目全部を紹介するわけにはいかないので、章のタイトルを紹介する。

序章  「一番以外はビリと同じ」と考えろ!
1章  「人を動かすのがうまい人」のこのやり方
2章  指示の出し方 ー 何をどう話すか
3章  叱り方、褒め方  次/佑鯑阿すこのノウハウ
4章  可能性を秘めた人間を見抜く、育てる
5章  女性、中途採用 ー 相手によって手法を変えろ!
6章  叱り方、褒め方◆ 次”下を動かすこのルール
7章  理屈で人は動かない! だから
8章  リーダーの敵は、妥協である
9章  組織を動かす人が絶対知らなければならない「考え方」
10章 1回でダメなら、20回続けよ

いろいろな人の動かし方を書いているが、ポイントをまとめると次のようなところだろう:

1.トップは365日フル稼働。人を動かす人間に土日も盆も正月もない。
2.仕事ほど楽しいことはないと言えるか?
3.すべてはバランス。叱ることと誉めることをバランスよく使う。
4.仕事も人材もベストを求めず、ベターを追求せよ。

永守さんは365日フル稼働。年間30回の海外出張に加え、国内のユーザーまわり、事業所、関連会社訪問で、ウィークデーで本社に出られるのは週に1日か2日。その日も来客や取材などがびっしり詰まっているので、必然的にまとまった仕事ができるのは日曜になる。

日曜の午前中に国内、海外からの100通にものぼるファックスでの報告書を読み、午後から指示が必要なものについてはファックスで返送するのが日課であると。

たった1日の休みもなく働いている。すごい経営者である。誰もが永守さんを尊敬するだろう。だから多少エキセントリックなことがあっても人がついてくるのだろう。


経営者の心構え

永守さんがアメリカ出張時に体調を崩して現地のドクターに調子を聞かれて"Not fine"と言ったとき、ドクターから「経営者がそんな弱気では会社は危ない。いつも"fine"と答えなさい」とアドバイスを受けたというエピソードを紹介する。

経営者や管理者はどんな状況にあっても必ず"I am fine."と言わなければならない。

人を動かす立場にある人間が、たとえわずかでも後ろ向きの考え方をしたり、消極的な態度を見せたときに、下の者はそれを敏感に感じ取り、動かなくなってしまうのだと。


早飯試験

マスコミの人が書評を書いたらエキセントリックなところばかり取り上げるのではないかと思われる部分も多い。

たとえば日本電産は早飯試験、大声試験、便所掃除試験などの入社試験を実施し、このうち一番成功したのが20年前に実施した早飯試験だったと

採用の基準を3大精神、『情熱・熱意・執念』、『知的ハードワーキング』、『すぐやる、必ずやる、できるまでやる』の真の意味を理解し、実践できるかどうかに置いており、100点の学生より60点の学生を採用し、ベストを求めず、ベターを追求する。

これは会社は1人の天才よりも、100人の協調できるガンバリズムを持った凡才によって会社は支えられなければならないという考えに基づくものである。

早飯試験は飯を早く食べる人間は何をやらせても早いに違いない。しかも好き嫌いなく何でも食べられるのは健康な証拠であるという仮説に基づいた試験であり、20年前に実施したが、この時の採用者が現在会社の中軸になっていると。

また日本電産では新入社員は便所掃除を1年間やる。モップ、ブラシなどは一切使わずに素手で便器を掃除するのだ。これこそが品質管理の原点であると。


永守さんの経歴

永守さんは昭和19年に京都の片田舎の農家の6人兄弟の末っ子として生まれた。家が貧しかったので、小さい時から父親に中学を出たら電気屋に丁稚に行けと言われて育つ。

小学校4年の時につくったモーターがクラスで1番良く回ったので、担任の先生がえらくほめてくれた。それが長じてモーターで日本電産を創業する原体験となった。

中学卒業後、京都洛陽工業高校電気科、そして職業訓練大学校(現・職業能力開発大学校)に進む。高校時代は近所の小中学生を集めて塾を開き、かなりお金を貯め株式投資していた。学生時代からバランスシートが読め、会社経営にも役に立ったと。

職業訓練大学校を大学が始まって以来という優秀な成績で卒業し、数年のサラリーマン生活の後、28歳で小型モーターの日本電産を創業した。当初は自宅で設計し、工場は30坪ほどのスペースに旋盤、ボール盤、プレス機を1台ずついれて仲間3名と事業を始めた。

「重さは従来の半分、パワーは倍、消費電力は半分というモーターを作ってくれ」と言われ、死にものぐるいで取り組み、なんとかつくると「たいしたもんだ、まさか、ここまでやってもらえるとは」と感謝される。ここで蓄積した技術力がアメリカ売り込みに役だった。


求められる人材

最後に永守さんが経営人生25年間の集大成と言っている日本電産の「求められる人材」を紹介しておこう。

1.野心のある努力家
2.プライドのある情熱家
3.やり抜くネアカ
4.負けず嫌いの耐心家
5.経営感性を持つ細心家


参考になれば次クリックと右のアンケートお願いします


人気ブログバナー








Posted by yaori at 01:04│Comments(0) ビジネス