2006年05月05日

野村ノート 野球技術も扱った人間論・組織論

野村ノート


(野球技術論の部分は続きを読むに第三部として記載しました)

2005年10月に発刊された楽天球団監督の野村克也氏の野球技術も扱った人間論・組織論。

元々は野村氏が阪神時代に書き、選手に配った『ノムラの考へ』という100ページあまりのメモがベースだが、単なる野球本ではない。

その証拠に本書の各章のタイトルは次の通りだ。ビジネス書、稲盛和夫さんの本といってもいいくらいの章題が並ぶ。

1.意識改革で組織は変わる
2.管理、指導は経験がベースとなる
3.指揮官の最初の仕事は戦力分析にある
4.才能は学から生まれる
5.中心なき組織は機能しない
6.組織はリーダーの力量以上には伸びない
7.指揮官の重要な仕事は人づくりである
8.人間学のない者に指導者の資格なし

上記の各章の並び方とは一致しないが、内容を整理すると、この本は次の三つの部分から成り立っているので、前回紹介した『無形の力』からの補足も加えて、あらすじをまとめてみる。

第一部 人間論・組織論
第二部 個別選手評
第三部 野球技術論(続きを読むに記載)


第一部 人間論・組織論

野村氏が監督として成功したのは、プレイングマネージャーの南海時代ではなく、1980年に引退し、長い評論家生活で十分知識を拡充し、1990年にヤクルトの監督となってからといえるだろう。

しかしヤクルト時代の野村監督の戦績を見ても圧倒的に強かった時期はない。

1990年 ヤクルト 5位
1991年 ヤクルト 3位
1992年 ヤクルト 優勝 
1993年 ヤクルト 優勝(日本一)
1994年 ヤクルト 4位
1995年 ヤクルト 優勝(日本一)
1996年 ヤクルト 4位
1997年 ヤクルト 優勝(日本一)
1998年 ヤクルト 4位(この年の優勝、日本一は筆者のひいきの横浜だ)

1999年 阪神   6位
2000年 阪神   6位
2001年 阪神   6位

ひところの巨人の様な九連覇とかはありえず、連覇した1992年、1993年を除いてはヤクルトは日本一となった翌年は4位というパターンを繰り返している。

大きな補強もせず、FA引き留めにも弱いヤクルトが年々そこそこの成績を残せているのは、中心選手が持つヤクルトの野球は他より進んでいるという優位感に他ならないのだと野村さんは説く。

弱者の戦略は『無形の力』なのであると。それは野球知識であり、優位感も含め様々な心の持ち方である。

野球選手は野球博士であるべきだと。たしかにプロ野球を見ていてもルールを完璧に理解したクレバーな頭脳プレイはさすがプロと思わせるものがある。

選手に優位感を持たせることも重要だ。

「うちは他のチームより進んだ野球をやっている」と選手に思わせ、データをもとに具体的な攻略法を選手に授けると、監督に対する信頼が芽生え、他チームに対しては優位感を持ち、チームにとって大きな効果を生むのだと。


感謝の心から始まる人づくりが最も重要

ヤクルトの2軍グラウンドに「おかげさまで」と書いた紙が貼ってあったという出だしからこの本は始まる。

「親のおかげ、先生のおかげ、世間様のおかげの塊が自分ではないのか」

『無形の力』を読み、野村さんの生い立ちを知ると、この言葉がいっそう重みを持ってくる。

今の選手に最も欠けているのが感謝の心であり、感謝こそが、人間が成長していくうえで、最も大切なものであると野村さんは説く。そして個人の成長の集大成がチームとしての発展に繋がっていくのだと。

選手には「人生」と「仕事」とは常に連動しており、人生論が確立されていないかぎり、いい仕事はできないことを覚え込ませる。

そして『無形の力』をつけるのだ。技量だけでは勝てない。情報収集と活用、観察力、分析力、判断力、決断力、先見力、ひらめき、鋭い勘などが『無形の力』だ。

よい監督は、まずは選手たちの人づくりに励む。楽天の一年目を引き受けた田尾監督以下のチーム首脳は全く人づくりを行っていなかった。息子のカツノリ氏から楽天一年目のキャンプの話を聞き、これではダメだと予想していたと。

もともと監督と選手の立場は正反対で、監督はチーム優先で考えているのに対して、選手は個人主義である。

ところが、選手は自分の存在意義を知ってくれる人がいれば、「この人のために死んでもかまわない」と思えてしまうから不思議だと。

「士(さむらい)は己を知る者の為に死す」という言葉があるが、リーダーのためという思いから、チーム優先に変われるのである。それが強いチームをつくる為の人づくりなのだ。


決断と判断とは異なる

この話は筆者にとっては目からウロコという思いだ。

野村さんは監督になったばかりの頃は、『決断』と『判断』というふたつの言葉を混同していたが、二つは異なるものだと。

『決断』は賭けで、何に賭けるか根拠が求められ、責任は自分で取る度量がなければならない。

一方『判断』は基準に従って判断するものだ。知識量や修羅場経験がものをいう。

例えば投手の継投タイミングを決めるのが『判断』であり、完全に監督の判断能力が問われる。

いざという場面でどうしても情が出てしまうのが野村さんの欠点であると。「なんとか勝たせてやりたい」という気持ちが出てしまい失敗することが多いと。

ビジネスでも『決断』なのか、『判断』なのかを区別して考えれば、おのずと頭がきれいに整理できることが多いと思う。


理想のチームはV9時代の川上巨人

チームづくりの終着はまとまりであると。その意味でV9時代の川上巨人はまさに適材適所であると。

野村さんの頭のなかには常にV9巨人のオーダーがあり、それに自分のチームを近づけるにはどうしたらよいかと考えたと。ホームラン打者ばかりそろえてもダメなのだ。


野村監督は詰めが甘い?

野村さんが阪神の監督を三年で辞めるとき、次期監督は星野さんしかいないとフロントに進言して、阪神星野監督が実現した。

星野監督になって2年目に阪神がリーグ優勝したとき、阪神の久万オーナーからは、「野村君と星野君には決定的な違いがある」と言われたと、「野村君は詰めが甘いよ」と。

たしかに星野さんは金本をみずから口説き、フロントに伊良部を獲らせ、自分のパイプでムーアなど、外国人を獲得し、コーチ、選手もチームの3分の1近くを入れ替え、金もつかって別物と言ってもいい阪神を作り上げた。

野村さんは金を使わないという球団方針に真っ向から反対せず、藤本や赤星などドラフトの下位で獲れる選手獲得に口をだした程度であるが、星野さんは多額の費用を掛け、かつ自ら動いて投打の大物を集めた。

野村さんの本には書いていないが、星野さんがみずから口説いた金本が、阪神のチームリーダーとなったことが、阪神の意識改革の上で大きいとNHKなどのマスコミは解説している。

ストイックに練習に励み、38歳となった今もウェイトトレーニングで自分の体をいじめぬく姿を、他の選手は見ているのだ。

野村阪神時代にはいなかった金本というチームリーダーの存在に加えて、筆者は副官となるコーチやスタッフ陣の違いも大きいと思う。

野村さんには野村マフィア的な右腕、左腕となる副官がいないが、星野さんはそれがいて、『チーム星野』として阪神の建て直しにあたったことで、大きな差がついたのではないかと見ている。

現在の楽天監督の野村さんには阪神時代と同様、頼りとなるチームリーダーと副官が不足している。このままだと、また阪神の三年連続最下位の再現となるのでないか。

チーム建て直しも、会社建て直しも組織運営という意味では同じだ。いかに強力なリーダーであっても、ワンマンがどうこうできる時代ではない。それこそV9巨人の様な様々な持ち味を持った再建チームと、選手をまとめることができるチームリーダーができるかどうかが、楽天球団の浮上のカギとなると思う。


第二部 個別選手評

イチロー

イチローは最初に見たときから良い選手だと感じたので、なかなか土井正三監督が使わないのが解せなかったと。

イチローが天才であることは間違いないが、同時にすごい努力家である。イチローはマシン相手に一日中打っている。

野村さんの好きな言葉に「小事が大事を生む」というのがあるが、イチローも「頂点に立つということは小さなことの積み重ねだ」と言っていたと。イチローの発言はまさに野村さんの野球観に通じており、感銘を受けたと。

また「打席のなかで注意しているのはワンポイントだけ、常に左肩を意識している」という言葉にも感銘を受けたと。体が開かない様に、『打撃の壁』を意識しているわけだ。

イチローは、「ぼくは違います。変化球をマークして、真っ直ぐについていく、これがぼくの理想です」と語っていたと。すごいことだと。

たしかにイチローの天才的バットさばきを見ると、変化球をマークし、直球についていくということを実践しているのだと思う。

1995年ヤクルトがオリックスと対戦した日本シリーズでは、事前のスコアラーの情報では、イチローには全く弱点が見あたらないとのことだから、イチローの内角攻めの意識を高めるべく、野村さんはテレビや新聞のインタビューで「イチローは内角に弱点がある」と言い続けたのだと。

古田などは対策に困っていたので、もっと言ってくださいよと言ってきたと。

日本シリーズ中のイチローはシーズン中のイチローとは別人で、完全に壁を崩していたので、外角を中心に攻略し、2割6分に抑えることができた。ささやき戦術でヤクルトは優勝できたのだと。

もっとも筆者はこの野村さんの説明には異議がある。筆者の記憶では、この年の日本シリーズが始まる直前に、野村さんはたしか「イチローの振り子打法は打つ時に足がバッターボックスから出ているので、ルール違反だ」とマスコミでぶち挙げたはずだ。

これがイチローへのプレッシャーとなり、イチローを押さえ込むことができたのではないかと記憶している。ビーンボールの様なことをするなと当時感じたものだ。


古田敦也監督に対する複雑な感情

古田は野村さんに年賀状もよこさないと。つまり冒頭に出てきた『感謝の心』がないと、野村さんは言いたいのだろう。だから正直、古田が野村さんのことをどう思っているのかわからないと。

古田は過信家といってもいいほど自己中心的な性格をしているが、ことリードという点では探求心、向上心があった。なにより野球に対するセンスが良く、頭脳明晰であると。

筆者は古田がスポーツマンNo. 1決定戦などに出演したのを見たことがあるが、記憶力クイズなどでは抜群の強さだ。

野村さんは自分が古田を育てたという気持ちがある。

新人の古田に対し「8番キャッチャーのレギュラーをおまえにやる。バッティングは頑張って2割5分打て。だからその分配球術を勉強しろ」と、野村監督のすぐ前に座らせて勉強させ、ピンチの時はベンチから野村監督がサインをだすこともあったと。

人間教育以外にも全身全霊をこめてあらゆる指導をし、超一流まで育て上げたという気持ちがあるために、求めるものが大きいのかもしれないと。


現役選手への辛口批評

阿倍のリード、松阪の投球フォームと腕の振り、上原の自己中心的性格(古くは鈴木啓示、村山実がそうだったと)、石井一久のすぐキレる性格、城島のおおざっぱなリードなどを辛口批評している。


野村さんの呼ぶ三悪人

江本、江夏、門田。これが野村さんの呼ぶ三悪人だ。いずれも扱いにくい選手で、江本、門田とは腹を割ってうち解けることはなかったが、クセのある選手を悩みながら指導し、人間教育をしたのだと。

江夏は阪神で甘やかされ、南海に来たときはすねていたが、野村さんが言いにくいことも言い、厳しく接したり、叱ったりで愛情を持って接して、二人でストッパー革命を起こそうと奮起させた。

ひじを壊していた江夏に自分の経験から腕立て伏せが良いとすすめ、ひじの痛みをなくさせ、再起させたが、血行障害で50球しか投げられないとわかると、こんどはストッパーとして成功させた。

江本には身だしなみからはじまり、人間教育につとめた。

門田には「全部ホームランを狙う」という思い違いを、王選手に引き合わせることにより是正しようとした。

王さんは「門田君はいつもホームラン狙っているの? 自分の能力、自分のもっているものを出し切って、結果は神にゆだねる。その結果がホームランになったり、ヒットになったり、凡打だったり、バッティングとはそういうものだよ」と言っていたと。

門田はそれでも信じなかったそうだ。

ホームランは麻薬の様なもので、ホームランを打つとその後、体が無意識にホームランを欲しがるようになると。

韓国でホームラン王だった李スンヨプが、一年目、二年間は日本で全くダメだったのは、このホームランへの思いこみがあったからなのではないかと筆者は感じる。


野球は心理のスポーツ 間のスポーツ 

最後に野村さんは野球は『間のスポーツ』であると語る。しかし最近のテレビ中継や新聞報道では、こうした野球の妙が欠落していると。

解説者はただ選手を褒めちぎり、結果論だけで選手を評価する。評価の基準も根拠も見あたらないと。

野球が『心理のスポーツ』であるという本質を、この本を読むことで知って欲しいと野村さんは言う。

たしかにプロはこういう心理戦、配球の読みで戦っているのかとよくわかり、考えさせられる本であった。

付録についている81コマに区切ったストライクゾーンとそれからボール2個分はずれたボールゾーンを使っての配球説明といい、さすがプロは違うと思わせる。

野球の面白さをあらたに味わえ、ビジネス書としても参考になる良い本であった。


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第三部 野球技術論

内角の意識づけと打撃の壁

野村監督は断言する。内角球を打ちこなせないとプロではメシは食えないと。

打者は変化球を大きく空振りするのと同じくらい、バットの根っこで打つことに羞恥心を持っている。これを野村さんは『詰まりの恥辱』と呼んでいる。

内角苦手意識は打者が持つ共通の観念だが、内角を攻められる恐怖心や苦手意識があると、結果的に相手に弱点を知らせて攻めやすくしてしまう。

根っこで詰まらせると、打者は二度と詰まりたくないと体が開き、壁を崩してくれることが多いからだと。

捕手には捕球した瞬間、右打者なら左肩、左打者なら右肩を常に見て置けと指導したのだと。見逃した時に、左肩がどう反応しているかを常にチェックさせるのだと。

内角の真っ直ぐのストライクをなげたら、ホームラン打者であれば、絶好球になってしまう。内角を攻めるということはリスクを負うことになるので、常に用心しながら投じなければならない。

野村さんはその打席の最初に投げる内角球は、決してストライクゾーンには投げるなとうるさく言っていると。打者の反応を見るのだ。特にこの場合有効なのが、内角のシュートであると。川崎憲次郎が大成したのは、このシュートを覚えたからであると。

内角の苦手意識をなくすため、技術を磨くと同時に、内角を攻めてこないように日頃から駆け引きや演技力を使って努力することだと。

これは筆者の意見だが、先日のデッドボールで左手の指を骨折し、今度当てたら相手ピッチャーの腕をへし折ってやると威嚇している清原は内角に苦手意識があるのか、あるいは演技なのだろう。


打者の4タイプ

野村さんは打者のタイプを次の4つに分けている:

A型: 直球に重点を置きながら、変化球にも対応しようとする
B型: 内角か外角、打つコースを決める
C型: 右翼方向か左翼方向か、打つ方向を決める
D型: 球種にヤマを張る

このタイプは基本的なもので、投手や状況に応じて応用すれば良いのだと。

日本人の場合多くはA型であると。D型で臨んでも、追い込まれるとA型になる人が多いが、A型で常に高い結果を残せるのはイチローや松井秀喜の様な天才タイプだけであると。

外国人は逆に追い込まれるまではA型でいて、追い込まれるとD型に変わるタイプが多いと。

B型は強打者が一時的にとることが多い。前の打席でホームランを打っていると、「ここではおれに内角は投げてこないな」という、いい意味でうぬぼれることができるのだと。

C型は引退した巨人の元木とか阪神の桧山が代表例であると。どちらの方向をねらっているのかバッテリーは悩まされると。なるほど元木は意外性のあるバッターだったが、その秘密はこんなところにあったとは知らなかった。

野村さんが長年キャッチャーをやってきて、一番怖かったのがD型であると。強打者であれば、ヤマが当たるとホームランにされてしまうのだから、たまったものではないと。

絶好球のど真ん中のストレートを見逃したりすると、ヤマを張っているのか、あるいは様子を見ようとしていたのかと疑心暗鬼になると。

フォークに全く手がでないA型打者には、D型をすすめるのだと。

「一度でいいから思い切ってヤマを張ってフォークを狙ってみろ。一発たたき込んだら、もう相手は怖がっておまえにはフォークが投げづらくなるんだから」と指示を出すのだと。


配球の原点は打者への意識付け

配球は常にワンペアで成り立っている。速球に対して遅球(緩急)。内角に対して外角。スライダーとシュートといった様に。

配球でバッターに何かを意識付けさせて、それに囚われさせ、攪乱して裏をかくのだ。

一番簡単なのは球が速いという意識付けだが、みんなが松坂大輔のように球威やキレがあるわけではないので、武器となる球種を覚える必要があるのだ。

佐々木、上原のフォーク。上原はスライダーフォーク、シュートフォークを変化させて投げることができるのだと。それに対して井川は意識付けに欠ける投手であると。


野球は理詰め

野球は失敗のスポーツである。打ち損じ、コントロールミス、エラー、走塁ミス、まさにミスばかり。その中でも最も多いのがコントロールミスである。

だから捕手はネガティブ思考でないといけないのだと。悪い方へ、悪い方へ考え、多少のコントロールミスがあっても、大事には至らない配球が必要なのだ。

そのためには理詰めでいかなくてはならない。

野球は理で成り立っており。その理を生かすのが配球で、勝利への近道といえるのだと野村さんは語る。

普段から観察あるいは考えるという行為をなおざりにしていると、いざというときに何をもとにした配球をすべきか根拠となる理が探すことができないと。


プロはここまで考えて野球をやっているのかと、感心することしきりだ。参考になる良い本である。


Posted by yaori at 02:16│Comments(0) スポーツ | 野村克也