97敗、黒字。―楽天イーグルスの一年
楽天イーグルスの2005年の球団経営レポート。
著者の神田憲行氏はノンフィクションライターで、野球関係の著作はない様だが、高校野球の取材を10年以上続けているとのこと。
この本は楽天イーグルスの2005年の戦績を載せているが、野球の本ではない。
登場する楽天イーグルスの選手
この本で紹介されている選手は次の通りである:
平石洋介外野手
藤崎紘範投手
金田政彦投手
根市寛貴投手
坂克彦内野手
岩隈久志投手
一場靖弘投手
このうち、どのくらい名前をご存じだろうか?Who?と言いたいところだろう。
実は根市投手と坂野手は1軍登録はなかった選手だ。
これを見てもわかるとおり、楽天イーグルスのプレイヤーの中から、スターを選んで紹介しているわけではなく、球団ビジネスのレポートとのサイドストーリーとして選手を紹介している。
それにしてもこの本の巻末の全選手の成績を見てうなってしまう。
なんと投手では岩隈のみが規定投球回数(136回)を越えており、野手では磯部、山崎、吉岡の3人だけが規定打席(421打席)を越えているのだ。
いくら寄せ集めのベテランと、近鉄の2軍で結成したチームとはいえ、こんなとっかえひっかえで使われていては、やっているプレイヤーもやる気にならないだろう。どんな戦略を持って球団誕生1年めを戦おうとしていたのか、さっぱりわからない。
ちなみに日本プロ野球機構のホームページに、2005年のプロ野球選手の記録が載っているので興味のある人はチェックして頂きたい。
他球団はもっと打線のオーダーが固定されて、当然レギュラークラスは規定数を超えている。
楽天球団のキーパーソン
楽天球団のキーパーソンで紹介されているのは次の通りだ。彼らがこの本の主役である。
島田亨(とおる)球団社長(40歳)
人材派遣業のインテリジェンスをUSENの宇野さんとともに創業した後、投資家としてセミリタイアの生活をしていたところ、起業家仲間としてのつきあいだった三木谷社長より請われて楽天球団の社長となった。
就任のいきさつや、楽天球団経営については日経BPのレポートに紹介されているので、詳しくはそちらを参照して頂きたいが、「消去法で、短期間に組織と事業を立ち上げた経験があって、フリーで引っ張りやすい三木谷氏の友人を考えたら自分しかいなかった」ということだと就任の理由を語る。
楽天の経営が初年度黒字を達成したことは、島田社長の経営手腕によるところが大きい。
楽天球団では島田社長の方針で、社長以下職員全員が球場に行くときは、軍手持参を義務づけられている。球場のゴミをいつでも拾うためであると。まずは心がけが違うのである。
米田純球団代表(41歳)
西武百貨店出身で、営業企画や販売促進などのマーケティングを担当。40歳前に楽天に転職して、顧客管理を担当する部長だった。
楽天球団では社長の下で、GMのマーティ・キーナート(開幕1ヶ月で解任)と球団代表の米田氏が並列である。
米田氏は、他のチームではルーズに管理されているタクシー券の全廃とか、食べない選手もいるのに全員にバイキング形式で食事を用意する試合後の夕食の食事券化など、当たり前のビジネス感覚で球団のコスト削減にも成果を上げた。
小澤隆生楽天球団取締役事業本部長(33歳)
自分でネットオークションの会社を起業したが、楽天と合併したので、楽天のオークションを担当する執行役員となる。
楽天球団設立後は球団の金儲け全般を担当する事業本部長に就任し、グッズ販売、チケット販売、放映権販売を担当する。
いわば楽天ブランドの総責任者だ。
南壮一郎ファン・エンターテイメント部長(29歳)
カナダとアメリカで学び、アメリカの大学を卒業後、帰国して外資系証券会社でM&Aなどを担当。その後独立してスポーツマネージメント会社を起業。
楽天球団設立のニュースを聞いて、三木谷社長に直接談判して楽天球団社員第1号となった熱血漢。
海外経験が長いので、プロスポーツにおけるエンターテイメント性を重要視し、様々なイベントを催す。
「サッカーの試合を見ればわかるとおり、応援は観客がスタジアムに足を運んでくれる一番のキラーコンテンツである」と。
堀江隆治球場長(37歳)
ファーストフード出身者で、ここだけのオリジナルな弁当などを考案した。
石井哲也楽天球団営業本部法人営業部員(33歳)
フルキャスト宮城スタジアムの看板を中心に、ドブ板営業で広告営業を担当。初年度で計画の18億円を上回る22億円以上を売上、楽天球団の黒字化に貢献した。
平野岳史フルキャスト社長
ネーミングライトを年2億円X3年間で購入した東証1部上場の人材派遣業フルキャストの社長。
三木谷社長のゴルフ仲間だが、楽天がプロ野球参入を表明したときから、ネーミングライトの購入を申し入れていたと。
「人材派遣業で知名度をあげることは絶対必要で、ネーミングライト購入のモトは既にとれた」と。
楽天黒字化の理由
この本の主題である楽天球団黒字化の理由については三木谷オーナーが語っている。一つはスタジアムの経営権を持っていることで、スタジアムを中心に、広告、飲食、グッズなどで収益をあげている。
しかしたとえスタジアムの経営権がなくとも、スタジアムオーナーとのタフネゴシエーションで、黒字化はできる自信があると。
「すべてのビジネスにおいて、経営者の手腕は非常に大事で、結局はリーダーなのだと思う」と三木谷さんは語っている。
たぶん三木谷さんの発言が結論だと思うが、数字を見てみよう。
2005年度楽天イーグルスの戦績 : 38勝97敗1引き分け
主催試合での観客動員数 : 97万人
総売上 : 64億4千万円
売上の内訳(内はシーズン前の計画)
入場料収入 : 22億円(21億円)
スポンサー広告収入 : 22億円(18億円)
テレビ放映権 : 8億円(12億円)
スタジアム収入(飲食、貸し料) : 6億円
グッズその他の収入 : 6億円(4億円)
収支 : 5千万円の黒字
注:1億円以下は四捨五入
上記収入を見ると10億円の赤字を見込んだ初年度計画とあまり違いがないので、選手補強にカネをケチってコストを削減して黒字を達成した様にも見えるかもしれないが、実際には放映権を除くすべての収入を計画以上に上げたことが大きい。
たとえば入場料収入は観客一人あたりに直すと2,338円/人となり、実はパリーグの他の人気球団の倍近いと。
スタジアムが狭く、収容人数が2万人と限られているだけに、無料チケットなどをチャリティなどに限り、計画を達成したのだ。
地方球場のスタジアムという限られたスペースの広告を、計画以上に販売できた営業力や、グッズ直販で収益を最大化していることも黒字化の要因だ。
球団全体の人件費の低さも初年度黒字化の理由の大きな要因である。
ちなみに楽天球団で最も年俸が高い岩隈が1億8千万円、磯部が1億3千万円で、この2人のみが1億円プレーヤーである。1億円プレーヤーがごろごろいる他球団とは大違いだ。
田尾監督解任と楽天球団の2006年
フレッシュな球団にフレッシュな監督というイメージを狙った人選だったが、コーチ経験のない田尾監督に、設備も揃わず、寄せ集めの選手ばかりの新球団の采配を任せる事自体がマネージメントの誤りだったと。
開幕戦こそ楽天はロッテに勝利したが、開幕2試合めでは渡辺俊介にやられ0−26で負けた。
この時に監督の采配にフロントが疑問を感じ、その後のホークスとの3連戦3連敗で疑問が確信に変わっていったと
8月末には田尾監督が現状の分析と来季の展望を田尾レポートとして提出するが、球団フロントの考えを変えるに至らず、結局シーズン終了前に解任となった。
2005年は田尾監督の他にベイスターズの牛島監督がコーチ経験のない監督として就任した。
2004年の中日の落合監督もコーチ経験がなかったが、落合監督の成功で指導者経験のない監督でもイメージ先行で起用する傾向があり、田尾監督や牛島監督が実現した。
しかし本ブログでも紹介した落合監督の書いた『超野球学』や『コーチング』を読めば、理論と指導力は抜群なことがよくわかる。
落合監督は2,000本安打以上打っているが(2,371本)名球会の会員ではない。プロ野球のなかよしサークル入りを拒否しているだけなのだ。
近々『野村ノート』のあらすじを紹介するが、今シーズンから楽天の指揮を執る野村監督は、全然目の付け所が違うことがよくわかる。
さすがプロは違うなと感心する。
野村監督になっても、「補強は青天井」(三木谷オーナー談)と言っている割には、大した補強をしない楽天が、勝率5割以上達成できるのかどうかわからないが、少なくとも規定打席に達した野手が3人しかいないという様な結果にはならないだろう。
収容人数2万人の宮城スタジアムでは、スタジアムを大幅拡張しないと入場料収入アップも見込めないので、オリックスみたいに清原、中村、ローズを獲得という様な芸当はできないのかもしれないが、昨年のような戦力ではいかに野村監督とはいっても、どうしようもないだろう。
楽天の知名度を飛躍的に上げ、球団経営も黒字化し、楽天球団の島田社長の経営手腕はわかった。
しかしこのまま行っても、負け続けても応援し続けるタイガースファンの様なファンが仙台に生まれるのか、そんなに物事は簡単ではないだろう。
縮小策でコストを削減して黒字は達成できたので、今年は補強で多少コストアップしても、それを上回る入場料収入アップを達成して黒字を達成する拡大方策を考えるべきだろう。
それが本当の球団経営のプロの手腕だろう。
2006年の野村楽天を期待して見守りたい。
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