リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間リッツ・カールトンのサクセスストーリー
筆者が最初に米国に駐在していた1980年代はアメリカのベストホテルといえば、ワシントンのフォーシーズンズが定番だった。きめ細かいサービスが評判で、一度泊まった宿泊客が次回行くとフロントが名前を覚えているという話だった。
米国のベストホテルについて最近フォローしていなかったが、だいぶランキングが違ってきている様だ。フォーシーズンズはいくつかベスト50に入っているが、ワシントンのフォーシーズンズは今はランクインしていない。
代わってのしてきたのがリッツ・カールトンだ。
元々はパリの有名なホテルリッツとロンドンのカールトンホテル(現在はリッツ・ロンドン)が一緒になったもの。
元祖リッツ・カールトンはアメリカでもいくつかホテルを運営していたが、うまく行かず、最後に残ったボストンのリッツ・カールトンホテルを1983年にアメリカの不動産王のW.B.ジョンソンに売却した。
ジョンソン氏は自分がつくったアトランタのモナーク・ホテルと合併させて、ザ・リッツ・カールトンホテル・カンパニーをスタートさせた。これが現在のリッツ・カールトンだ。
著者の高野登さんはリッツ・カールトン日本支社長
著者の高野登さんはニューヨークのプラザホテルなどアメリカの一流ホテル勤務後、リッツ・カールトンに入社し、現在はリッツ・カールトン・ホテル(大阪)の日本支社長だ。
表紙の裏に「お客様自身が気づかれていない望みとは何か」、「それに対して自分ができる最高のおもてなしは何か」、これらをつねに考え、思い、感じること…と書いてある。
リッツ・カールトンが目指しているのは、この本のタイトルの通り、サービスの善し悪しという段階を越えて、一生記憶に残る感動を与えることだ。そのために従業員みんながチームワークで励んでいる。
リッツ・カールトンの創立メンバーで初代社長のホルスト・シュルツィは高野さんに、良いホテルかどうかは「ホテルの温度を感じろ」と言っていたと。"Don't think. Feel!"であると。
"We are Ladies and Gentlemen Serving Ladies and Gentlemen."
上記の英文がリッツ・カールトンのクレドのモットーだ。
リッツ・カールトンの従業員はクレド(信条)と呼ばれる4つ折の小さなラミネートカードを常に携帯している。
表面には『クレド』、『エンプロイー・プロミス(従業員への約束)』、『モットー』、『サービスの3ステップ』、裏面には『ザ・リッツ・カールトン・ベーシック』と呼ばれるスタッフの為の20項目の行動指針が記されており、これらを総称してゴールド・スタンダードと呼んでいる。
クレドも、従業員への約束も、サービスの3ステップも、書いてあることは、どんな業態にでも通用するサービスの基本理念、ホスピタリティを示したものだと高野さんは語るが、一見普通に見える中でもキラリとひかる言葉がある。
それはクレドのなかの「お客様が言葉にされない願望やニーズをも先読みしておこたえするサービス」、従業員への約束のなかの「リッツ・カールトン・ミスティーク」、サービスの3ステップのなかの「お客様のニーズを先読みし、おこたえします」という部分だ。
つまり「お客様の願望、ニーズを先読みしてこたえる」というのがワオ・ストーリあるいはリッツ・カールトン・ミスティークと呼ばれる、リッツ・カールトンならではの感動を呼ぶサービスの基本なのだ。
高野さんはサービスは科学だと言うが、まさに仮説・検証の繰り返しが感動を与えるサービスの本質なのだ。
採用がカギ
リッツ・カールトンは人材の採用に十分時間をかけ、入社後の教育も毎日欠かさず行う。
高野さんが受けたリッツ・カールトンの採用面接は1対1の面接を5名とおこない、実績やスキルについてはほとんど尋ねられず、人間性や性格を探る様な質問ばかり受けた。まるで深層心理を探る精神科医のカウンセリングの様な不思議な面接だったと。
「最近どんな本を読みましたか?その本のどこに感動しましたか」とか「最近家族を喜ばす為に何をしましたか」とか「同僚があなたに協力的でなかったら、あなたはどうしますか?」といったものだったと。
またリッツ・カールトンの面接会場はホテルの宴会場で、入り口にはドアマンが立っており、中にはグランドピアノの生演奏、面接では管理職がウェイターとなり、コーヒーやジュースを運んでくれるという、応募者に対しても、お客と同じ様なもてなしをするという。
これは最初にリッツ・カールトンの理念や価値観を伝えるためであり、事実応募者の半分くらいは会場の雰囲気を見て、自分には合わないとして帰っていってしまったと。
リッツ・カールトンの従業員は『エンパワーメント』と呼ばれる、最高2、000ドルまでの上司の判断を仰がずに使える即時決裁権が与えられていることは有名だ。
また、他のセクションを手伝うときは、自分の通常業務を離れることが認められており、従業員がその場で判断して、行動できるようなしくみにしている。
信頼できる従業員を採用しているからこそ、このような授権のしくみが生きてくるのだ。
技術は訓練できても、パーソナリティは訓練できないからであると。
リッツ・カールトンの訓練
リッツ・カールトンでは新人の時から、感性を発揮するチャンスを与えたり、グッドアイデアボードというアイデア投書箱がある。
ラインアップ(朝礼)はマネージャーが指示・注意を与えるという形式ではなく、ディスカッション方式で、司会役がゴールドスタンダードから選んだ質問を、みんなで考えて話し合うというものだ。
正解が用意されているわけではなく、ディスカッションを通して、それぞれが自分の頭で考えるプロセスが重要なのである。
ラインアップでは今日のベーシックということで、20項目のベーシックを一日一項目読むことを、毎日必ず行っている。こうしてベーシックを徹底的に頭にたたき込むのだ。
トップ5%の顧客の感性を大切にする
リッツ・カールトンのブランド戦略は『トップ5%の顧客』の感性を満足させるようなサービスを提供するということを目標にしている。
ディズニーからも多くを学んだが、ディズニーとリッツ・カールトンの共通点は一人一人のお客様に目を向け、つねに感性を磨くステージを提供しているという点であると。
ディズニーではディズニーマジックと呼び、リッツ・カールトンではリッツ・カールトン・ミスティークと呼ばれているものは、お客様が言葉にされない願望、ニーズを先読みして、お客様が想像すらしていなかったサービスを提供することでワオ・ストーリー、感動を引き起こすことだ。
感動を持続させることで、さらに一段上の感謝へと進化していく可能性のあるものである。
ブランドを評価する基準はリピート率とリファーラル率(口コミ)だ。大阪のリッツ・カールトンの場合、リピート率は50%であり、高いリピート率が生涯顧客の創造につながるのである。
ちなみにディズニーランドの場合、リピート率は90%だ。
一番印象に残ったストーリー
リッツ・カールトン・ミスティークあるいはワオ・ストーリーと言っている通り、いくつもの感動するストーリーが一杯の本だ。
感動のストーリーをいちいち挙げていては興ざめなので、詳しくは紹介しないが、筆者が一番印象に残ったストーリーを引用したい。
それは「あなたのパラシュートを詰めるのは誰?」という話だ。
これは顧客の体験ではなく、高野さんがリッツ・カールトンのアトランタ営業所のスタッフから教えて貰った話だそうだ。
ベトナム戦争に従軍したエリートパイロットのチャールズは大きな戦果をあげていたが、最後にミサイルで撃ち落とされた。パラシュートで脱出に成功したが、ベトナムで捕まり、長い投獄生活を送った後、解放され無事生還した。
ある日のこと、彼が妻とレストランで食事をしていると見知らぬ男がそばに寄ってきて、「あんた空母キティホークにいたチャールズじゃないか。撃墜されたんじゃなかったのか?」と言った。
驚いたチャールズがなぜそんなことを知っているのかと尋ねると、男は「あのとき、おれがあんたのパラシュートを詰めたんだよ。どうやらちゃんと開いたようだな。」
「もちろんだ、あの時あんたのパラシュートが開かなかったら、私は今ここにこうしていられるはずがない!」
チャールズはその夜一睡もできなかった。あの男のことが頭から離れなかったのだ。
同じ海軍とはいえ、あの男は一水兵で、自分はエリートパイロット。彼とも何度か顔を合わせていたに違いない。しかし「おはよう」とか「元気か」とか自分から声をかけたことが一度でもあっただろうか。
何十人という水兵が船底に近い作業所で、言葉をかわすことすらないパイロットのために、毎日何時間も黙々とパラシュートを折り畳み、丁寧に詰めている姿をチャールズは思った。
人は皆、気づかないうちに、誰かに様々なパラシュートを詰めて貰っている。思いやりのパラシュート、情緒的なパラシュート、祈りのパラシュート…。
チャールズは思い返していた。
落ちていくジェット機から必死の思いで、パラシュートを開いたこと。長い投獄生活の苦しい年月の間、家族や友人たちのことを思うことによってどれほど自分の心が勇気づけられたのかを。
それから彼は自分の経験から学んだことを講演して歩くこととなったと。
このストーリー自体は感謝の心を常に忘れずにというものだ。
ホテルもドアマン、ポーター、ウェイター、コック、皿洗い、ベッドメーカー、洗濯、アイロン掛け、フロント、コンシェルジェ等々様々なスタッフに支えられて成り立っていることを思うと、このストーリーが本当に意味を持ってくる。
ホテルのサービスを提供する精神はオーケストラではなく、ジャムセッションの精神であると高野さんは言っている。
即興性と各パートの連携が大事なのだ。なるほど言い得て妙である。
さすがにベストセラーになるだけのことはある。是非一読をおすすめしたい本だ。
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