2006年12月27日

滅びゆく国家 タイトルほどは憂鬱ではない立花隆の同時代時評 

滅びゆく国家 日本はどこへ向かうのか


評論家・ジャーナリストの立花隆氏が連載している日経BPホームページの人気コラム立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」の記事をタイトル別に並び替えたもの。

全部で7つの章にまとめている。

第1章 ライブドアショック
第2章 天皇論
第3章 靖国論・憲法論
第4章 小泉改革の真実
第5章 ポスト小泉の未来
第6章 イラク問題
第7章 メディア論

筆者は東京の地下鉄でばったり立花隆氏と出会ったことがある。言葉もかけなかったが、地下鉄線で座っていたが、もじゃもじゃ頭ですぐわかった。

ライブドアがニッポン放送の買収に乗り出した直後の2005年3月から、ライブドア事件が起こった2006年2月までほぼ1年間のコラムが500ページ弱の本となっている。

このコラムは今でも連載されているので、このブログのお気に入りにも登録しておいたので、時々見てみようと思う。

立花隆氏はこのインターネット上のコラムについて、このような時評を展開する場として最適のメディアは、いまやインターネットをおいてないと語っている。

締め切りもなく、インターネットなら紙幅の制限もなく、印刷するリードタイムもなく、読者への配送の手間も時間もいらない。さらに読者の反応も即時だ。このコラムのPVは1年間で1千万PVを超えたという。

このコラムは日本の行く先を案じながら書いたものが多いので、『滅びゆく国家』となったという。

日本は百年に一度の危険な曲がり角を迎えており、小泉政権下で今まで大切とされてきた大原則が破られるようになってきた。

たとえば平等原則は悪平等として非難の対象となり、格差社会が出現している。海外派兵禁止もイラク派兵で破られた。小泉改革の延長線上に日本国のハッピーな未来があるとはとても思えないと。

立花隆氏は好きな著者の一人なので、今までいくつかの作品を読んできたが、まだこのブログでは紹介していなかった。最近の立花作品は『天皇と東大』など、超大作が多くて、あまり読もうという気にならなかったせいかもしれない。


天皇と東大 大日本帝国の生と死 上



天皇と東大 大日本帝国の生と死 下


この本も500ページ弱の大作だが、もともとインターネットのコラムだったこともあり、気軽に読める。

いくつか印象に残った点をご紹介しよう。


女帝誕生は是か否か

戦前では皇室典範は天皇家の家内法だから、憲法よりも上位とされる法だった。明治憲法自体も『皇男子孫』と明記しており、はっきり男子に限っていた。

しかし今は皇室典範は単なる法律なので、簡単に改正できる。

立花氏は天皇の地位は、憲法第1条に基づくものだと語る。つまり「天皇の地位は国民の総意にもとづく」。

女性天皇容認論は常に8割を超えているのだから、国民の総意は明らかであると。

さらに21世紀の天皇は体外受精でとまで語っている。一般的にも体外受精が広まっているわけなので、もし皇太子夫妻が第2子、第3子を望まれているのであれば、不妊治療の体外受精で次の皇孫をもうけるべきではないかと。


多産系の側室によって守られてきた万世一系

現存する日本最初の基本法典である養老律令では、天皇は妃を2人、夫人を3人、嬪を4人、計9名の配偶者を持てることになっていた。


平安時代はこれが3夫人、9嬪、27世婦、81女御まで許されるようになっていた。

歴代の天皇は万世一系を絶やさないために、多くの子供をもうけた。

明治天皇もその父の孝明天皇も庶出子だったし、大正天皇も側室の子(庶出子)だった。

大正天皇から一夫一婦制となり、大正天皇、昭和天皇、今上天皇までは男子が産まれたが、天皇家は男子が産まれても、その子供の代までいくと女子ばかりという女系家族の典型で、男系男子にこだわっていては皇統断絶の可能性が高い。

Y染色体論(男系でないとY染色体が受け継がれない)という説も、Y染色体でさえ完全な遺伝子情報が受け継がれるのではない。代替わりするたびに少しずつ変異が積み重ねられるので、神武天皇と全く同一の染色体を伝えている訳ではない。

さらに天皇家は神武天皇から今上天皇まで125代となっているが、その間に臣籍降下(皇族から一般人になる)は頻繁で、立花隆でも系図によると推古天皇の兄、敏達天皇からでたことになり、神武天皇のY染色体が流れているということになる。

筆者も別の本で読んだことがあるが、利己的遺伝子で有名なリチャード・ドーキンスによれば、400年もさかのぼれば、赤の他人とも血がつながると言われている。

立花隆もY染色体説はあまり根拠のない説であると。

動物学者竹内久美子さんの本では、Y染色体論が展開されていた。

筆者は愛子様が天皇になっても良いと思っているが、その辺はまさに国民の総意を問うべきかもしない。


遺伝子が解く!万世一系のひみつ



平成18年は明治139年

明治がそのまま続いていたら、今年は明治139年となる。また大日本帝国憲法は明治22年に成立したので、今年は大日本帝国118年ということになる。

実際には大日本帝国は56年間で終わったので、終わってからのほうが62年と長い。

大日本帝国はわずか56年しか持たなかったのだが、大日本帝国が滅亡したことで、日本が失ったものはどれだけ大きいか地図帳を見ればわかる。

台湾、韓国、北朝鮮、樺太、広域にわたる南洋諸島、そして満州が日本の植民地同様の国だったのだ。

もし日本があの愚かな戦争をせずにすませていたら、日本は今日全く違った国となっていたであろうと。

時の政治権力を握っていた愚かな政治指導者の選択によって、また同時にそんな政治権力者に権力を握らせていた国民の愚かな選択によって、歴史はあのような展開をたどってしまったのである。

日本は第1次世界大戦後に成立した国際連盟では文句なしの常任理事国であった。(もっともアメリカは国際連盟には参加していないが)

しかし明治が始まって60年後(1927年=昭和2年)ころから、日本の転落が始まり、1928年の張作霖爆死事件から、満州事変、満州国建国、国際連盟脱退、日独防共協定、廬溝橋事件という一連のハンドルの切り間違いが続いてやがて滅亡とつながるのだ。

現在もちょうど戦後60年、外交も手詰まり、財政再建も増税しか決めてがないという状況で、破綻に向かう可能性が大きく、類似性があると言う。


靖国訪問

天皇は自分の行為が日本国のシンボルの行為と解釈されるから、A級戦犯が合祀されている靖国神社には行かないという選択をした。

なぜ小泉首相がそれにならうことができないのかと立花隆は語る。

小泉首相は8月15日に政府専用機で、北京、ソウルを駆け回り、戦没者慰霊碑の前に花束をささげ、そのあと靖国神社に出向いてはどうかと提案している。

1970年に当時の西ドイツのブラント首相は、ポーランドを訪問し、ワルシャワのゲットーの記念碑の前で「こうすべきであったのに、こうしなかったすべての人に代わってひざまずく」とひざまずいて謝罪した。

ドイツでは歴代の首相がポーランド、イスラエル、バルト3国などを毎年のように訪問して、犠牲者の碑の前で頭を下げ続けてきた。


憲法改正

安倍首相が憲法改正を公約としてあげているので、一躍憲法改正論が出てきたが、立花隆は、憲法9条を死守して崇高な理念を貫けと主張する。

憲法9条が日本に繁栄をもたらす。『普通の国』議論には気をつけろと。

日本の法律は戦前は大陸法的だったが、戦後は英米法が取り入れられたので、独特の両体系混在となっている。

また憲法は最上位の法なので、具体的な内容は「法の定めるところに従って」という様に下位法と一体となってはじめて運用できる仕組みとなっている。これがドイツ憲法など大陸法との違いであると。

その意味で日本国憲法は成文の憲法と下位法令、さらに判例の集合体であり、改憲しなくても自衛隊法は合法であると。

オーストラリアは建前としては今でも100年以上前に制定された憲法で、エリザベス女王を国家元首にあおぐ立憲君主制の国なのだが、実際には女王が任命する提督などは形骸化している。

そのオーストラリアで1999年に憲法改正案が否決されたが、そのときの保守派の使ったスローガンが「壊れていない車は修理するな」だったと。

憲法改正については、いろいろな意見があり、今後も論議が活発となるだろうが、立花隆の議論も参考になると思う。

ちなみにあまり更新されていないが、安倍首相のホームページもある。


東京裁判を蒸し返す政治的愚行を繰り返すな!

小林よりのりの主張とは正反対だが、立花隆はサンフランシスコ講和条約第11条で、日本は東京裁判の結果を受け入れることを約束しており、それをくつがえすことはできないと主張する。

国立追悼施設以外に解決の道はないと。


その他、このブログでも取り上げているオーディオブックのすすめとか、話題は尽きない。

500ページの本であり、小泉首相退任前のやや古い話題も入っているが、簡単に読め、参考になる見方もあるので、おすすめする。


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Posted by yaori at 23:05│Comments(0)TrackBack(0)立花隆 

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