2007年05月14日

Mrs Ferguson's Tea-Set 関榮次さんの最新作 ストーリー構成が秀逸

2007年5月14日追記:

関さんにご招待頂き、外国人記者クラブでの夕食会Book Breakに参加した。ちょっと長くなるが、その雰囲気を追記として、紹介しておこう。

最初に20分ほど関さんが、流ちょうでわかりやすい英語で、8年間にわたる取材の裏話を披露された。"Automedon"から政府の秘密文書がドイツ側に漏洩したことは、英国政府としてもふせておきたい事実だったので、当時の資料はほとんどなかったこと。

種々資料を探していて、英国の国立公文書館(National Archives)でやっと2つのファイルを探し当て、そのうちの一つはMrs. Fergusonが捕虜送還で英国に戻ったときの諸費用のファイルだったこと。捕虜釈放で帰国できた英国人はその送還費用を国に支払うのだ。

やっとMrs. Fergusonの旧住所がわかり、ロンドンから100キロほど離れたSt. Albansを訪問したが、その家には赤の他人が住んでおり、困り果てたこと。St. Albans Advertiser(記憶不確か)という地方紙に手紙を書いたら、その手紙を新聞に載せてくれて、Mrs. Fergusonの末妹のMrs. Madge Christmasから連絡を貰えたこと。

3人の"Automedon"の生存者から話を聞け、攻撃や沈没のありさまがよくわかったこと。ドイツでも資料収集したが、あまり協力は得られず、攻撃側の"Atlantis"Rogge船長の情報は、ほとんど入手できなかったこと。

英国では政府の要職についていた人などが亡くなると、公文書館が資料を貰い受けるというシステムがあるそうで、これが歴史的に重要な資料の散逸を防ぐ優れたもので、日本でも考えるべきだと語っていた。その通りだと思う。

また英国の船員、漁民、灯台守の戦死者は、すべて巨大な記念碑に刻銘され、その貢献がいつまでも覚えられているのに対し、日本の船員などの戦死者には横浜に小さな慰霊の石があるのみで、船員戦死者に対する畏敬の念の表し方は日英で大きな差があると。

次に会場からの質問のセッションになり、いくつかの質問が寄せられた。

そのうちの一つはトリビア的な質問だが、Mrs. Ferguson's Tea-setはどこのメーカーのものかというものだった。これは本にも載っていたが、Taylor & Kentが正解。

筆者も質問を考えていたが、質問のタイミングを失してしまって、場を盛り上げることができず、お役に立てず申し訳なかった。

筆者が用意していた質問は、この本のタイトルは非常にintriguing(興味をそそる)なもので、読者がその意味を知ると、本の大筋がわかるというeleborated(緻密に考えられた)なものだが、どうやってこのタイトルを決めたのかというものだ。

またの機会にこれは取っておこう。ちなみに今のところ日本語訳は、出版予定がないと。

この本のあらすじは、このブログで紹介した通りだが、大変良くできた作品なので、是非日本語訳を出版してほしいものである。


2007年2月25日追記:

いままで気になっていたのだが、この本の中で強く記憶に残る統計を追記する。

それは戦時中の商船の被害と、商船員の死亡率についてである。

第2次世界大戦中の連合国と中立国の商船の損失は4,800隻(総トン数21百万トン)で、死亡や行方不明となった船員は37,000人である。

船員の損失率は25%で、これは英国陸軍、海軍、空軍の戦死率より遙かに高い。

日本の場合は、もっと悲惨で、2,500隻(総トン数8百万トン)の商船が沈没し、30,000人の船員が命を失った。

致死率は実に43%であり、日本帝国陸軍の20%、海軍の16%をはるかに超えている。

戦時中の船員は、大変危険な仕事だったのだ。


2007年2月10日追記:

著者の関栄次さんから、英国の元船員から紹介されたという商船中心の船の情報サイトShipsNostalgiaを紹介頂いた。

11,000人程度のメンバーがフォーラムとか掲示板を利用して、船の写真とかコメントを書いている。会員登録もしてみた。

昔乗った船の話や、船愛好家、船員仲間との交流を楽しむサイトだ。

Ships nostalgia






ここに関さんの本の書評が載っている。

ships nostalgia book






このサイトは商船に興味のある人しか使わない、非常に限られたメンバーの集まりだが、世界中の船の愛好家が集まっており、ここに情報が掲載されれば、芋づる式に密度の濃い情報が集まる可能性がある。

英語で本を出版することの影響力がよくわかる事例だ。

日本語の本だと影響力はほぼ日本のみだが、英語はインターネットを通して今や世界語と言えるので、英語の情報は世界中に広がり、いろいろな人に読まる。

本当に世界が広がる感じだ。

Mrs Ferguson's Tea-Set, Japan, and The Second World War: The Global Consequences Following Germany's Sinking of The SS Automedon in 1940
Mrs Ferguson's Tea-Set, Japan, and The Second World War: The Global Consequences Following Germany's Sinking of The SS Automedon in 1940


以前ご紹介した「日英同盟」の著者、関榮次さんから最近作を頂いたので、早速読んでみた。

新著は英文で出版された。格調高い英文で、文脈に非常に適切な単語が使われているというのがよくわかる。いずれ日本語版も出版されるだろう。

筆者は最近は主にオーディオブックで英語の本を読んでいる(聞いている)ので、ひさしぶりに英語の本を読んだが、あらためてWikipediaの威力を思い知った。

たとえば本文の中で出てくる"salvo"という言葉だ。普通の英語辞書では、一斉射撃と書いてあるが、wikipedia英語版では軍艦の片側一斉射撃、艦砲射撃を表現する際に、一般的に使われると説明してある

さすがにネット版百科事典だ。コピーペーストで簡単に意味を調べられるし、使われている単語の意味を正確に理解するためには、いまや普通の辞書や電子辞書より、Wikipediaの方が役立つかもしれない。


本書の時代的背景


関さんの前作:「日英同盟」
では第一次世界大戦中に、日英同盟に基づいて日本が地中海に派遣した艦隊の活躍という、知られざる戦時秘話が中心ストーリーとなっていた。

「日英同盟」で取り上げられた日本と英国の絆が、本書の伏線となっている。

第1次世界大戦の時に海軍相/軍需相だったチャーチルは、日本の艦隊の貢献を深く感謝し、日本に親密感を抱いていたので、第2次世界大戦直前の1941年4月に日本との戦争を回避すべく、当時の重光葵駐英大使に託して訪欧中の松岡外相宛に親書を送った。

しかし松岡は帰国後欧州での歓待の報告に終始し、天皇の不興を買った他は、チャーチルの親書を、近衛首相や天皇に報告したという事実はなく、チャーチルの親書は松岡によって握りつぶされてしまった。

ちなみに立花隆の「滅びゆく国家」の「平成18年は明治139年」という部分で紹介したが、戦前の大日本帝国の領土はWikipediaの次の地図の通りだ。


大日本帝国領土







この広大な支配地域を持つ世界の一等国の日本が、当時の無能な政府とそれを容認した国民のために、勝てる見込みのない戦争に向かってしまった訳だ。

1940年8月から11月のバトルオブブリテンで、ヒットラーが英国侵攻をあきらめ、ドイツの破竹の勢いは失われていた。

翌1941年6月にドイツは、独ソ不可侵条約を破ってソ連に侵攻するが、米英ソを敵に回してのドイツの両面戦争は明らかにドイツに不利との情報が在外公館から寄せられていたのに、それでも第2次世界大戦に参戦していった日本の政府の動きが、冷静に分析されている。

「Mrs Ferguson's Tea-Set」は、日本が第二次世界大戦に参戦する前に、イギリスの商船を襲ったドイツの偽装軍艦が、英国内閣の秘密情報を入手し、それがドイツから日本にもたらされ、日本の参戦を後押ししたという史実をセンターピースにしている。

全体として一つの大きなストーリーが流れているが、登場人物の話題や時代背景、日本や英国の当時の政府の動きなどが、順を追って、史実に基づいて展開されている。

関さんは英国にも住居を持っておられ、取材のために年に数ヶ月欧州に滞在されていると、お聞きしている。

15ページにわたって紹介されている"Automedon"、"Atlantis"の平時の写真と沈没の断末魔の写真、様々な登場人物の当時の写真と近影、外交文書、捕虜収容所での写真等、読みながら参照でき、非常に興味深い写真ばかりである。

ちなみに、表紙の写真は"Automedon"の沈没時の連続写真である。

また脚注(Notes)、参考文献(Bibliography)、付録(Appendices)だけでも30ページもあり、膨大な資料と調査により生み出された作品であることが良くわかる。

関さんのストーリー構成力には、いつもながら感心しているが、それに加えて元外交官の多彩なコネクションと地道な努力の積み重ねによる膨大な情報に裏打ちされた、秀逸なノンフィクションである。


偽装軍艦"Atlantis"

第二次世界大戦は1939年9月にドイツのポーランド侵略から始まり、翌1940年5月にドイツが英仏と戦争に入って本格化した。

ドイツは英国の補給路を断ち、連合国向けの物資を接収して自分で使うために1940年に大西洋やインド洋に偽装軍艦を派遣していた。

ドイツのU−ボートが連合国の商船や軍艦に大きな脅威となっていたことはよく知られているが、U−ボートは沈めるだけで、偽装軍艦は商船やタンカーを襲って、乗っ取るというのが大きな違いだ。

筆者もこのような偽装軍艦が活躍していたとは全く知らなかった。元外交官の関さんらしい、知る人ぞ知る歴史秘話だと思う。

襲われた商船が救難信号を発すると、近くの連合国側の艦船が救助にくるので、潜水して姿をくらませられる潜水艦に比べて、偽装軍艦は敵の攻撃にさらされる危険性は高い。

それでもこの本で取り上げられている偽装軍艦の一隻の"Atlantis"は、1940年はじめから1941年11月に英国巡洋艦に沈められるまで、22隻の商船やタンカーを拿捕または沈めるという大きな戦果を上げていた。

Wikipedia英語版でも"Atlantis"は詳しく取り上げられており、その意味では偽装軍艦の中でも、優れた戦果を挙げているのだと思う。

関さんの著書もWikipedia英語版に参考文献として挙げられている。


運命の商船"Automedon"

時は1940年11月。ヒットラーが電撃戦でフランスを占領し、英国侵攻をめざして8月からバトルオブブリテンと呼ばれる航空戦が戦われていたが、英国空軍の迎撃で、結局ヒットラーが英国侵攻をあきらめた頃だ。

英国の商船"Automedon"は1940年9月末に英国リバプールから上海向けに出航した。積み荷は、航空機、自動車、機械部品、鉄や銅製品、ウィスキー、食料など一般荷物と郵便で、旅客も乗せていた。

"Automedon"はマレーシアのペナンに到着する1日半前に、偽装軍艦"Atlantis"に襲われた。

事前に"Atlantis"から警告信号が出ていたが、これを無視して"Automedon"が救難信号を発信したので、"Atlantis"は一斉射撃を行い、"Automedon"の船橋にいた館長以下の主要オフィサーは全員戦死した。

旅客の中にシンガポールに駐在する英国船会社の社員Ferguson夫妻が乗っていたが、旅客は無事だった。

ドイツの偽装軍艦"Atlantis"は"Automedon"を沈める前にボートを出し、食料や使える積み荷を移送し、負傷者・乗員・旅客を捕虜として自船に移送したが、最初の探索では"Automedon"の外交文書が保存してある金庫室は見逃していた。

ところがFerguson夫人が、自分のトランクがまだ船に残っているので、取ってきてくれと"Atlantis"のBernhard Rogge船長に頼んだことから、トランクが置かれている金庫室から125袋の秘密文書が見つかり、ドイツ側を喜ばせる結果となった。


奪取された秘密文書

この中に日本の行動を多角的に分析し、日本が軍事行動に出る可能性があるが、攻撃に準備ができていない英連邦の現状に関する8月8日付けの英国首相の報告もあった。

当時日本は1940年9月の三国同盟でドイツと同盟国となっていたものの、中立国として、ドイツにも英国にも等距離を保っていた。ドイツはそんな日本を、ドイツ側に引き寄せるために、この秘密情報をフルに利用した。

"Automedon"が攻撃されたのが1940年11月22日、そして秘密文書は12月12日に駐日ドイツ大使館の駐在海軍武官Wenneker少将より近藤海軍軍令部次長に手渡された。

秘密文書に驚いた近藤信竹次長は、その晩駐在武官を夕食に招待し、情報に感謝するとともに、大英帝国がここまで弱体化していることは、外からはわからないものだと語ったという。

ドイツ側が秘密文書の入手経路を明らかにしなかったことから、帝国海軍は当初秘密文書の真偽を疑っていたが、文書の内容がアジア各地で収集している軍事情報と驚くほど一致することから、情報の真実性を確信するに至った。

これによりそれまで三国同盟はあっても、中立にこだわりドイツ船舶の補給にも、中立国としての対応を守っていた日本が、急速にドイツ寄りに傾き、翌年にはドイツから兵器や技術を購入するためのミッションも派遣している。

結局翌年1941年12月に日本はアメリカに宣戦布告し、これがアメリカの第2次世界大戦への参戦のトリガーとなった。

この本では"Automedon"の乗組員のフランスでの捕虜生活と、脱走してスペイン経由英国に帰還した秘話や、Ferguson夫妻がドイツで過ごした捕虜生活も紹介しており、非常に興味深い。

本のタイトルとなったMrs Ferguson's Tea-setの写真も掲載されている。Mrs Fergusonは亡くなったが、妹の家を訪問した関さんが2003年にそのティーセットを見せられて、数奇な歴史のきっかけとなった遺品を見て複雑な気持ちを抱いたストーリーも紹介されており、感慨深いものがある。

格調高い英文で、綿密な資料と対面調査に基づく様々な逸話も含めてストーリー構成にはさすがと思わせるものがある。

日本語版が待たれる一冊である。




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Posted by yaori at 23:09│Comments(0)TrackBack(0)ノンフィクション | 関榮次

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