2007年12月04日

星野流 祝!北京オリンピック出場決定 カミナリ親父星野仙一監督の本

星野流


本日(12月3日)来年の北京オリンピック出場を決めた日本代表、星野仙一監督の考えがよくわかるショートストーリーを77集めた本。

今日台湾に勝った試合での采配も、星野監督の指導者、監督としての非凡さが表れていた。7回表、台湾に1:2とリードされたノーアウト満塁の場面でのスクイズ。

同点とした日本チームの各バッターは、心理的な重圧からも解放されたこともあり、連続ヒットでこの回6点をあげた。あそこでまず同点になっていなければ、プレッシャーで連続ヒットも生まれなかったのではないかと思う。

これこそ星野采配の真骨頂だと思う。星野さんは試合後のインタビューで、うれし涙を浮かべていたが、北京への重圧から解放されホッとしたのと、会心の試合ができたせいではないかと思う。

星野さんは、1947年生まれの今年60歳。田淵幸一コーチや、山本浩二コーチも同年代だ。

星野さん自身の記録は通算146勝、121敗。長嶋監督、王監督と病魔に襲われ、上も下も人材がいないとして、自分に代表監督のおはちが回ってきたのだと謙遜する。有事に燃えるのが男だろうと。

名選手、名監督ならずのことわざ通り、星野さんより記録は上でも、監督として使い物にならなかった名選手は多い。

特に毎年最下位で野村監督の手腕を持ってしても低迷していた阪神を、就任わずか2年で優勝させ、その後も優勝を争えるチームにつくり上げた手腕を持つ星野さんは、やはり監督としては日本を代表する名監督だと思う。


健康に不安

この本では健康状態も自分自身で明らかにしており、最近のオシム監督の例もあり、気に掛かるところだ。

星野さんは高血圧と不整脈という持病があり、オシムさんと同じく脳梗塞が一番怖いという。不整脈は監督時代からのもので、血圧は普段からも上が170前後、下が130前後と高い。試合になると30〜40も上がり、上が210を超えてしまうこともあると。

もともと感情が激しく、喜怒哀楽が激しい上に、タイガースの1勝は他のチームの3勝分くらいで大変なプレッシャーだったという。星野さんが監督を退任して、阪神のSD(シニアディレクター)になった時は、今ひとつ理由がはっきりわからなかったが、健康の話を聞いて理解できた。

代表監督はメンタル面でのプレッシャーもあり大変な仕事だと思うが、体に不安はあっても、有事に燃える星野さんは日本代表監督を引き受けたのだ。


明治大学野球学部島岡学科出身

星野さんが生まれる前に、エンジニアだった星野さんのお父さんは脳腫瘍でなくなり、お父さんの勤務先だった三菱重工の水島工場の寮母としてお母さんが働き、星野さんと2人の姉を支えた。

母子家庭で育った星野さんは、水島の中学から、倉敷商業高校に進むが、甲子園には出場できなかった。倉敷商業の監督が明治大学出身だったので、その後明治大学に進む。

明治大学は毎年100人程度野球部に新入生が入るが、野球部はとんでもないところで、大体1年で8割はやめる。夏なら4時半、冬なら5時半から練習開始(!)で、当時の監督の島岡吉郎さんは、練習開始前の1時間前に起床し、合宿所の玄関で目を光らす。

まずは裸足でグラウンドを20周。そのあとグラウンドの草取り、小石取りに1時間。それから練習だ。

星野さんが、1年生の時、毎日球拾いをしていると、突然バッティングピッチャーをやれと指名されたという。当時の明治大学のコーチがサブグラウンドで球拾いをしている星野さんに目をつけて、星野はいつも一生懸命やっているからと推薦してくれたのだと。

野球人生を振り返ると、これが星野さんのその後の幸運の始まりだったような気がすると。

田舎出の無名選手だったので、ともかく目立とうと思って必死に投げ、バッティングピッチャーで、上級生、レギュラーを押さえ込んでいるのが島岡さんの目にとまり、面白い奴と、1年生でレギュラーとなった。

この年の六大学の新入生で1年からレギュラーになったのは、星野さんと法政の田淵だけだったと。

「命がけでいけ!」、「魂を込めろ!」、「誠を持て!」が島岡さんの口ぐせで、これを常に復誦させる。

「なんとかせい!」と。

星野さんは一晩に1,000球の投げ込みを命じられた時もあったと。

星野さんが主将の時、早稲田に負けたときは、グラウンドの神様に謝れといわれ、星野さんは島岡さんと一緒に、真夜中の雨のグラウンドで2時間にもわたり土下座して謝った。

島岡さんは、「グラウンドで毎日、こうして技術、体力、根性ー人間を磨くことができるのは、グラウンドの神様のお陰なんだ」と本気で言っていたという。島岡さんは、何十年も自宅に帰らず、野球部の合宿所に住んでいたという。

星野さんはお父さんはいないが、オヤジはいたという。それが島岡さんだ。星野さんは、よく明治大学野球学部島岡学科卒だと公言していたという。


厳しい練習は人間教育

島岡さんは合宿所のトイレ掃除は、キャプテンの仕事としていた。

「人の嫌がること、つらいことこそ、先頭に立って上の者がやれ。人間社会は常にそうでなければならん。最上級生のキャプテンが毎日掃除をしているトイレを使う下級生は、常にそういう先輩の態度や気持ちを忘れたらいかんのだ」ということで、星野さんも毎日トイレ掃除をした。

掃除に手抜きをすると、合宿から出されるのが掟で、便器の掃除にしても、いい加減にやっていると、星野さんも便器をなめさせられたという。

キャプテンの他の仕事は、運転手役と、毎日の意見具申役だ。運転手役は社会にでるための準備、意見具申は人間教育で、いずれも島岡流の指導者育成方法だった。

星野さんはプロに入っても島岡流で貫いたと、同級生からは言われるのだと。

星野さんの原点はこの島岡さんの教育で、厳しさと激しさのなかでこそ人は伸びるものだと。島岡さんの指導を受けられたことは、天にも感謝したいと語る。

1975年秋の神宮の六大学野球で、東大が明治大学に2連勝して勝ち点を取ったことがあった。明治は東大に破れたが、たしか優勝した。

それ以来東大は明治から勝ち点は取っていないと思うが、あのとき島岡さんは選手に対して激怒したと聞く。選手もそれこそ死んだ気になってがんばり、優勝したのだと思う。


星野さんのポリシー

星野さんは理想の上司投票でNo.1を続けている。主張がはっきりしており、コミュニケーションを重視するからだろう。

星野さんは減点主義を排すという。これも人気の出る理由の一つだろう。

減点主義では失敗を恐れて、人は小さくなる。野球は得点主義なので、たとえ失敗しても明日は頑張って負けた分を取り返す。

「チャンスはやるぞ。失敗は自分の力で取り返せ」というのが星野さんの主義だ。

野球は所詮首位打者でも7割は失敗で、成功はわずか3割。首位チームでも勝率は6割程度だ。日本は減点主義が多すぎるので、野球から得点主義を学んで欲しいという。


星野さんの選手育成

星野さんは毎年選手にはレポートを提出させていたという。意識付けはまずは自問自答で始めるのだと。

ピッチャーには自己採点をさせ、チーム内でのランキングを付けさせ、自問自答を繰り返させて目標意識をはっきり確認させるのだ。

今の選手は「右向け右」では動かない。納得しないと動かないので、タイガースの監督2年目から始めたのだという。

選手自身の目標と目標達成の具体的方法をレポートで提出させ、自分自身で実践させるのだ。

タイガースの今岡は、星野さんがタイガースの監督時代に最も伸びた優等生だ。

星野さんがタイガースに行く前までは、やる気がないなど、さんざん不評を聞いていたが、実際は全く異なり真剣そのもので、ガッツプレーも見せるし、ピンチにはピッチャーの激励に行く。

今岡は絶対に叱ってはいけない選手だという。叱るよりもほめる方が生き生きとプレーする。

野村さんは、「あいつは一体なんだったんだ。おれとは相性があわなかったんか。わしゃあ、まったくわからんよ」と苦笑しているそうだ。野村さんは、何を考えているか分からない今岡に、2軍行きを命じたりしていたのだ。

星野さんは選手を代える時、「代われ!」というだけだが、その後に「また明日な」と必ず付け加えている。ダメだから代えるのではない、今日は体を休めろという意味なことを、その一言で分からせるのだと。

人生の1%をボランティアに割けと星野さんはいう。

自身でも岡山の障害児施設との交流を30年以上も続けているそうだが、今のタイガースの選手では赤星憲広が、盗塁をひとつ成功させる毎に、障害者施設に車いすを1台づつ送っている。

赤星は、新人王で39盗塁を記録し、才能があると慢心していたので、広島から金本が入り、濱中、桧山を使ってプレッシャーを掛けると、目の色を変え、努力の人に生まれ変わったのだという。


星野さんは伊良部の用心棒

星野さんは伊良部の用心棒と公言していたという。伊良部はどこへ行っても無愛想で、マスコミにもつっけんどんで誤解されやすかった。

本当の伊良部は繊細で、実に頭の良い男だったという。自分が苦しみながら勝った試合では、伊良部はロッカーの入り口で引き上げてくる選手一人一人とていねいに感謝の握手を交わしていた。

これは伊良部が6年間のメジャー生活で学んできた日常的なマナーだろうと。

なかでもヤンキースは、一騎当千の選手軍団でも「チームで戦う」ことで選手に厳しく、うるさくしつけることで有名だという。伊良部もだてに6年間メジャーでもまれてきた訳ではないと。

伊良部はコーチともよく話しあい、よく研究していた。くせを見破られていないかとか、あの審判はこういう傾向だということまで研究していた。それを若い選手にも是非見習ってもらいたいと思っていたと。

タイガース時代でいつも一番辛い点をつけるのが井川慶だと。ピッチングに関してはすべてがアバウトだから、球筋、コントロールが中途半端で、高めのボールは日本では見逃されても、メジャーではみんなもっていかれるのだと。

星野さんは毎年、このチームに居たくない人は手を挙げてというが、阪神の優勝が決定した場面でも不在で、身勝手な異端児だったのが井川だったという。


星野さんのマネジメント術

星野さんは監督賞などは、若いときの監督経験から一切出さないことにしている。しかし、その代わりに選手や家族、裏方の人たちや家族に感謝の意を表すため、必ずバースデーカードを送り、プレゼントを贈るようにしていると。

チームには裏方として、バッティングピッチャー、ブルペンキャッチャー、用具係、トレーナー、スコアラー、マネージャーなど現場のスタッフが30人近くいる。星野さんは、こういった裏方にも気をつかう。

また罰金はその年の納会で、選手や裏方の家族も含めた全員の家族用の景品やおみやげに使って、還元しているという。


星野さんの闘魂野球の背景

星野さんは、母子家庭の選手だと聞くと、どうしても目を掛けてしまうと。タイガースの江夏や、大洋の平松。中日の立浪などだ。

母子家庭の子には、「お父さんのいる子には絶対負けない」という強い気持ちがこもっているのだと。

星野さんがルーキーの年、2回でKOされると、コーチを通じて当時の水原監督に明日の試合にもう一度先発させて下さいと申し出たという。水原さんは、翌日も星野さんを先発させた。

星野さんは完投したが、1:2で負けた。試合後誰にも会わせる顔がなくて、ロッカーで沈み込んでいると、三原さんが「よう頑張ったな」と握手してれたという。

きかん坊で暴れん坊で、いつも逆らってばかりいた星野さんも、このときは三原監督の手を握って子供のように泣いたのだという。

人の情けが人を救い、人の情けが人を作るというが、叱るのも怒るのも、チャンスをあたえるのも、つらい練習を強いるのも、監督としての星野さんの心のバックボーンであると。


人使いの名手 星野監督

星野さんは、選手を生かしていくコミュニケーションは二つあると語る。

一つはほめる場面と、叱る場面の見極め。もう一つは選手に「おれはいつも監督に見られている」という意識を植え付ける接し方、言葉の掛け方であると。これは日常会話でも良い。

星野さんは、いつも選手に「おれはお前を見ているよ」「おれはお前に期待しているよ、信頼しているよ」というサインを送ることは大切だと語る。

どんな人でも、人から「見られている」という意識、その緊張感がプラスに働くことがある。

星野さんは選手を能力と特色だけでは使わない。常に「仕事への心の準備」ができているかで選手の起用を決めていると。

星野さんが大事にするのは、試合の流れにも気を配りながら準備をして、自分の出番に集中している選手の姿であり、ベンチを見回して目があって、気持ちが通じ合うのがこうした選手なのだと。

星野さんが評論家時代にマスターズの取材に行って、ジャック・ニクラウスにインタビューしたときに、ニクラウスが「わたしはいつも『今日しかない』わたしの人生には、今日しかないと思っていつもプレーしている」と語っていたという。

そういう心の準備ができている選手が、力を発揮するのだ。


星野さんの仕事術

リーダーは普段の顔と、監督でいる顔と少なくとも2つの顔を持てと星野さんは語る。

西武の管理部長だった根本さんに言われたことがあると。

「君は星野仙一か。しかし、今は星野仙一ではないだろう。今は中日ドラゴンズの監督なんだ。他のチームに伍して戦っていけるチームを作るのが仕事だろう。人間だからつらいことはいろいろ出てくるさ。でも、トレードだって、君の監督としての重要な仕事なんだ」

いつでもどこでも重要なのは、やるべきことの発見と手順だと星野さんは語る。チーム改革と一口にいっても、すべきことを発見し、どういう手順でやるのかが大切だ。

星野さんは、若いときは選手を殴るなど、熱血指導で知られるが、いい人は好かれても尊敬されないという。

摩擦をいやがる人は管理職になれないというが、プロ野球でも似たようなものであると。選手に好かれる兄貴になれても、嫌われるオニになれないコーチは辞めさせるしかなかったという。

星野さんの野球は「弱者を強者にする野球」だと、そして心技体ではなく、体心技の順番なのであると。

体力がないと、ピッチャーでもバッターでも良いプレーができない。見本は金本だと。

広島に入ったときは、きゃしゃな体でどこまで持つかと見られていたが、オフも体つくりのトレーニングを欠かさず、いまや鉄人とよばれるほどの選手となった。

39歳になって、連続1000試合以上の連続フルイニング出場の世界記録を更新中だ。


「若者」と「グローバル」がキーワード

星野さんは今までトップ選手のメジャー流出を食い止める施策を取らない球界首脳を批判してきたが、代表監督となった今は、「行きたい選手は行けば良い。日本にはまだこれだけの選手がいるんだ、というところも見せてやる」と思うようになったと。

プロ野球もどんどん若者を育てて、次々を育て上げれば良いという考えが強くなったという。

日本のプロ野球とメジャーの差を考えると、有力選手の流出は今後も続くだろう。そしてメジャー帰りの日本人選手も増えて、輸出入というか、人材の相互の交流は益々活発になるのではないか。

その意味で、星野さんの考え方は、この選手の輸出入を拡大し、球界の活性化に役立つのではないかと思う。

松井秀喜の求道者の様な「不動心」と、明大島岡御大仕込みの熱血指導の星野さん。タイプは違うが、厳しい練習をして、マウンドや打席に入る前に準備ができていることの重要性など、基本は同じだと感じた。

この本を読むと、星野さんが理想の上司トップにランクされている理由がよくわかる。

おすすめの本である。


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Posted by yaori at 00:45│Comments(0)TrackBack(2) スポーツ | 野球

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