2008年01月25日

反転 逮捕されたらまっさきに差し入れるべき本

反転―闇社会の守護神と呼ばれて (幻冬舎アウトロー文庫 O 90-1)


特捜エース検事と言われながら辞任し、バブル紳士、自民党清和会、山口組トップなどの顧問弁護士もつとめ、「闇社会の守護神」と呼ばれた田中森一(もりかず)弁護士の自伝。田中さん自身のホームページもある。

アマゾンでも売上211位のベストセラー本だ。

著者の田中森一さんの文才はたいしたものだ。検察や闇社会という両極端ではあるが、どちらも世間からはほど遠い世界を動かしている力学がよくわかり、読んでいて面白い。

起訴されて公判中ということでも、国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれてでベストセラー作家に転身した佐藤優氏を彷彿とさせる。

ヒット作を生み出すのが天才的な幻冬舎の見城徹社長が、佐藤優さんの成功パターンを念頭に、計算ずくで田中森一さんを売り出したのだろう。すでに半年で、共著ながらも田中さんの本が他に三冊出版されている。

「巨悪を眠らせない」と言っていた検察上層部が、実は検察OBや政治家の圧力で、平和相互銀行事件の捜査や、三菱重工CB事件、苅田町公金横領事件の追求をやめさせたとか、検察内部への告発も含んでいる。

ここまで実名を載せて書いて、元検事あるいは、弁護士としての守秘義務はどうなっているのかと思わせるほどだ。

この本に書いてある内容が本当に正しいかどうかは、わからないが、田中さんが最後に書いていることが、この本の内容をよく言い表している。

「この国は、エスタブリッシュメントとアウトローの双方が見えない部分で絡み合い、動いている」

「いちど足を踏み入れると抜け出せないような、暗いブラックホール。その深淵に立ち、覗き込むことはあっても、足を踏み入れることはできない。検事時代に感じた上層部や政治家の圧力も、これに似ている。」

「闇社会の守護神、特捜のエースと呼ばれてきても、しょせんその程度だったのではないか、と正直に思う。日本という国に存在する、深く真っ暗い闇がそこにある」



著者の田中森一さんは元特捜検事

著者の田中森一さんは、長崎県平戸出身で、貧しい家庭の8人兄弟の長男として1943年に生まれた。

実家は、半農半漁の小作人で、魚や農産物は自家用で、唯一の現金収入は年に一度牛を売って得る3−5万円だけだったという。

中学を卒業して、定時制高校に通い、浪人して予備校夜間部で苦学し、やっとのことで岡山大学に入学した。岡山大学では一念発起し、在学中に司法試験に合格した。

司法研修所では元々裁判官をこころざしたが、ある出来事で共産党系と見られてしまったので、やむなく検事になったという。1971年のことだ。それから1987年に辞めるまで、16年間、検事、そして最後の6年余りは特捜検事として活躍した。

検事になりたての頃は、月230時間残業していたという。もちろん残業代ゼロだ。仕事の鬼だ。

イトマン事件にも関わった許永中氏とともに、石原産業手形詐欺事件で二審で懲役三年の有罪判決を受け、現在上告中である。

ノンフィクション小説のような面白い内容だ。

特に、灰皿を投げつけたり怒鳴りつけるとか、何回も調書を書いては破り捨て、しまいには被疑者の根負けをねらうとか、検察の落としのテクニックを暴露しているところは、斬新で興味深い。

別ブログで紹介した通り、普通に生活していても、あなたもわたしも「それでもボクはやっていない」の様に冤罪の痴漢容疑で逮捕されることだってありうる。

筆者が、この本を「逮捕されたらまっさきに差し入れるべき本」と呼ぶゆえんだ。

詳しく紹介すると本を読む時に興ざめなので、いくつか特に印象に残ったストーリーだけ紹介しておく。


検察の内情

検察にはいわば徒弟制度があり、三つの派閥があるという。一つは赤レンガ派と呼ばれる東大法学部卒の法務省勤務が長いエリート官僚や、閨閥を後ろ盾にしている検事などだ。赤レンガ派は優遇されており、参考人程度の取り調べしかしないし、できないが、検察トップは赤レンガ派で占められている。

次は現場捜査派で、現場のたたき上げ検事だ。特捜検事になるのも難しいが、特捜検事になっても、うまくいっても最高検の検事、高検検事長、多くの人は地検の検事正どまりだ。辞めて刑事事件に強い、いわゆるヤメ検弁護士となる人が多い。

それらの中間が、準キャリアと呼ぶこともある中間層で、学閥や閨閥がなくても、法務省の重要ポストに抜擢されれば、最後は高検の検事長くらいにはなる。

田中さんは現場捜査派で、東京地検、佐賀地検、大阪地検、松山地検、高知地検と転々とし、大阪地検で特捜検事となり、次に東京地検の特捜部に転勤となったが、上層部の圧力で、政治家が絡む汚職事件の捜査がつぶされるのに憤慨して、もうどうでもよくなり、検事をやめた。

ちょうど1980年に巨人軍の王貞治選手が、その年30本もホームランを打っていながら、「三振しても腹が立たなくなったから」という理由で引退した気持ちに似ているかもしれないという。

検察といっても法務省の国家公務員であり、政府や時の権力者に都合が悪い展開となると、追求にブレーキが掛かるのは、権力に弱い官僚機構として、やむを得ないのだろうと田中さんはいう。

田中さんは検事時代に撚糸工連事件、平和相互銀行不正融資事件、三菱重工CB事件、福岡県苅田町長公金横領事件など政治家や検察OBが関与している事件で、検察上層部などの圧力で捜査を断念したという。

筆者の大学の同級生が、東京高検のかなりのポジションに居る。彼のことを思いながら、これを読んだ。


ロッキード事件と「検察冬の時代」

ロッキード事件の時は、あまりに三木政権や、外務省など官庁が協力してくれたので、やりやすかったという話を、田中さんは主任検事の吉永さんから聞いたという。

事件はアメリカ側からの仕掛けという説も根強いが、うなずける面もあると。

田中角栄は、ソ連への経済援助やシベリア共同開発、中国との国交回復など、従来のアメリカ一辺倒からよりグローバルな国際外交戦略に転じようとしていたので、日本を属国とみるアメリカの怒りをかったのではないか。

現にアメリカの異常ともいえる捜査への協力は、田中政権つぶしの意志をあからさまに示していたのではないか。

ロッキード事件は、捜査史上に燦然と輝く事件などではなく、検察が国際的な政争の具に利用されただけで、むしろ汚点を残しただけではなかったのかと思えると田中さんは語る。

事件で失脚すると見られた田中角栄は、むしろ自らの派閥を強化し、闇将軍として君臨し、検察への怨念を抱いて封じ込めにかかり、次々と息の掛かった有力代議士を法務大臣に送り込んで、法務省を支配しようとした。

そして、その間の10年間、検察は下手には動けず、「検察冬の時代」と呼ばれていたのだという。


驚く話が満載の検察官の待遇

今はこんな事はないだろうと思われる話が満載されている。

たとえば、検事が地方検察庁に赴任するときには、ヒラ検事でも各地の警察署長、消防署長、県庁の役人が列を成して挨拶にきていたという。

赴任者が検事正とでもなると、県警本部長や、国税局長などそうそうたるメンバーが挨拶に来て、挨拶に来ないのは、知事と裁判長くらいだと。

田中さんが故郷に近い佐賀地方検察庁に赴任した時は、自衛隊の好意で、ヘリコプターで実家に里帰りしたという。

田中さんは、朝日、毎日、読売の記者と常につきあっていた。彼らを通じて幅広い情報ソースを持っていたこともあって、1987年末に辞めたときには、文藝春秋に「特捜検事はなぜやめたか」という特集記事が出た。

そのためか、田中さんが検察官を退任して大阪で弁護士になったときに、6,000万円もの祝儀が集まった。ハナテンの社長などが、ポンと1,000万円の祝儀をくれたという。

「あなたは正義感の固まりだ」という相談者や、「無罪にしてくれ」という依頼人が列をなし、以前担当した事件での被告人なども知り合いの企業を紹介してくれ、顧問先は1年で100社を超え、約1,000万円/月の顧問料収入があった。

田中さんの場合は幅広い人脈があったとはいえ、「ヤメ検弁護士」は収入には困らない生活ができるようだ。

ただし、学生結婚の奥さんは検察官をやめることに反対し、それ以来別居が続いているという。

バブルの頃は、多くのバブル企業や山口組などヤクザ関係者の顧問弁護士となり、節税対策で7億円でヘリコプターを買ったほどだ。ただ、不動産などに投資した資産は40億円くらいあったが、バブル崩壊で一挙に40億円すべてすってしまったという。


こんな内情暴露もある。

検察幹部の小遣いは、捜査予備費と呼ばれる検察庁全体で2−3億円の予算のなかから、一人起訴して公判請求すれば五万円、起訴猶予だと一万円という具合に報奨金が各地検に配られていたという。

だから地方検察は逮捕者の多い選挙違反事件を好んで取り上げるのだと。

なるほどというか、情けない話だ。


大阪という土地柄

大阪府警のゲーム賭博の一斉捜査での捜査員のネコババ、ゲーム業者からの賄賂など、前代未聞の警察官汚職事件は、当時の責任者だった警察大学長の自殺という思いがけない事態が起こり、「身内をこれ以上追求してどうなるのか」というムードが高まり、尻すぼみになった。

当時の大阪府警の本部長や中心地の警察署長が転勤するときは、餞別として2,000万円から3,000万円の餞別が地元の有力者から贈られたという。こういった腐りきった内実があっての大阪府警察官汚職事件だった。

大阪では、暴力団や同和団体、在日韓国人などが複雑に絡んでいる。

当時の大阪国税局長が、同和団体に団体交渉権を認めた事実から、同和団体は税金を優遇される権利があると都合よく解釈しており、同和関係者がからむ脱税事件は捜査もおぼつかなかったという。

ある時は、同和団体の幹部を刑事告訴した弁護士の家に、毎日のように切ったばかりの豚や牛の生首が投げ込まれ、それで家族がパニックになり弁護士も告訴を取り下げるということがあった。

田中さんが意を決して、同和幹部から事情聴取したら、赤貧で育った田中さんでも思わず涙ぐむ様な話を聞かされ、追求する気が失せてしまったという。


東京地検特捜部と筋書きのつくられた事件

東京に転勤した田中さんは、特捜検事として平和相互銀行事件を担当する。本来平和相互銀行は恐喝され巨額融資をしてしまった被害者の立場のはずだった。

平和相互銀行には、検察OBの伊坂監査役もいたのに、思いもよらない容疑で経営陣が、特別背任罪で起訴されてしまった。

金屏風事件、馬毛島レーダー基地疑惑という自民党への巨額不正献金疑惑は訴追されず、結果として住友銀行が、内紛で弱体化した平和相互銀行をタダ同然で買い取る結果となった。

ちなみに、大阪では旧住友銀行と読売新聞が検察と古く強い関係を保っていて、定期的にトップと食事会を設けていた。検事正が退官して弁護士になるときは、住友銀行と読売新聞は何十社と顧問先をつけていたという。

この事件を体験して、田中さんは東京地検特捜部の恐ろしさを知ったという。

事件が検察の思い通りに、つくられるのだと。

特捜部では、捜査に着手する前に任意で関係者を調べ、部長、副部長、主任が事件の筋書きをつくって、法務省に送る。東京の特捜事件は、ほとんどが国会の質問事項になるので、法務省は事前に把握しておく必要があるためだ。

事件の真相は、実際に捜査してみないとわからず、捜査の段階で予想外の事実が出てくるものだが、特捜部ではそれを許さない。筋書きと実際の捜査の結果が違ってくると、部長、副部長、主任の評価が地に落ちるからだ。だから筋書き通りに事件を組み立てていくのだと。

上司の意図に沿わない調書は必ずボツにされるという。検事たちは筋書き通りの供述になるようにテクニックを弄して誘導していくのだと。

大阪の特捜部では尋問もしていない上役の検事が、事実関係について調書に手を入れるなどはありえないと。

こうなると、もはや捜査ではない。よく検事調書は作文だと言われるが、こんなことをやっていたら冤罪をでっち上げることにもなりかねないと田中さんは語る。


バブル企業や自民党清和会の顧問弁護士として活躍

バブル紳士として次の人たちが紹介されている。

東京に来るとホテルオークラの最高級スイートを借り切り、会う人には数十万円から数百万円の現金を渡していた5えんや(ECC)の中岡信栄会長。安倍晋三前総理の父、安倍晋太郎氏もそこにある牛乳風呂を気に入っていたという。

ちなみに田中さんは、安倍晋太郎氏が所属していた自民党清和会の顧問弁護士で、リクルート事件で安比高原リゾート開発の保安林指定解除をめぐっての政治工作疑惑で、加藤六月を弁護して訴追を免れさせ、自民党関係者からいたく感謝されたという。

大阪の街の多くのビルの屋上に、末野ビルと看板を立てたナニワの借金王と言われた末野恒産。朝日住建、富士住建など、住専問題で有名になった不動産会社の社長などとの、一晩に何百万円も札びらを切る生活、ヘリコプターで往復し、掛け金数千万円が乱れ飛ぶゴルフなどが述べられている。

ピーク時資産1兆円と言われたイ・アイ・イグループの高橋治則氏や、イトマン事件の伊藤寿永光氏、佐川運輸の創始者佐川清氏などとの、つきあいも語られている。

田中さんと一緒に起訴された許永中はバブルの頃、赤坂東急ホテルに葡萄亭ワインセラーという店を持っており、ロマネ・コンティを買い占めていたので、一本100万円もするワインをゴルフの帰りに何本も空けたという。

うらやましいというよりは、折角のワインの芸術品の無駄遣いという気がする。


拘置所での愛読書は中村天風

最後に田中さんの拘置所での愛読書が紹介されているところも、佐藤優氏の本を彷彿とさせる。

拘置所にいた頃、田中さんが最も心を打たれた本は、差し入れて貰った中村天風の「成功の実現」だったという。

成功の実現


東郷平八郎、原敬、松下幸之助などが心服したという人生哲学に、田中さんも心が洗われたという。

筆者も中村天風の名前は聞いたことがあるが、著書は読んだことがなかった。「成功の実現」は、一冊1万円もする本だが、図書館で借りたので、あらすじを紹介した


400ページ余りの本だが、中だるみがなく、最後まで面白く読める。検察や日本の政治力学の一端を知るためにも、是非一読をおすすめする。


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Posted by yaori at 08:07│Comments(0)TrackBack(0) ノンフィクション | 自叙伝・人物伝

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