2008年04月30日

変人力 ダイエー前社長のチェンジリーダー奮闘記

変人力―人と組織を動かす次世代型リーダーの条件


日本HP社長からダイエー社長にヘッドハンティングされ、1年半の苦闘の後、退任した樋口泰行 現マイクロソフトCOOのダイエー再建奮闘記。

樋口さんは1957年生まれ。大阪大学工学部を卒業して松下電器に入社、ハーバードMBAを取得した後、ボストンコンサルティング、アップルジャパン、コンパックを経て、2003年に日本HP社長となった。

2005年にヘッドハンターから「ダイエー社長に是非」との誘いが来る。周りからは火中の栗を拾うことはないと言われ、一旦は断ったものの、出身地がダイエー本社のある神戸だったことと、自分を必要としてくれるなら身を投じて再建に携わりたいとの思いから、たびかさなる就任要請を受けた。

このブログでも樋口さんと深く関わった人たちの本を紹介している。

一人は樋口さんの上司でダイエーの会長だった林文子さん、林さんは最近東京日産販売の社長にリクルートされた。そして樋口さんを雇った産業再生機構代表だった冨山和彦さんだ

ダイエーは中内功さんが1957年に創業、「価格破壊」を旗印に日本全国に展開、1972年には小売業日本一となり、一時はイトーヨーカ堂、ジャスコを蹴ってダイエーに入社する人も多かったという流通業で就職人気トップだった。

そんな優秀な人材を集めたダイエーだったが、用地を賃貸でなく買収して店舗を建設するという不動産の含み益を期待した「ダイエー不動産」と言われたやり方で急拡大したので、不動産バブルがはじけて一転して苦境に陥る。

ローソンを全国展開し、リクルートを買収、野球の南海ホークスを買収し、福岡にホテルと球場やショッピングセンターが一緒になったホークスタウンをつくり、一時中内ファミリーは栄華を極めたが、バブル崩壊で銀行管理会社となり、中内ファミリーは退任し、中内さんは自宅も売却し、全財産をダイエーの債務返済に提供した残念な晩年だった。

余談となるが、この不動産の含み益を使って成長するというやり方は、日本ではバブルに巻き込まれて失敗したが、筆者は時と場合によっては必ずしも不正解ではないと思う。

どこかで読んだ話だが、例えばマクドナルドの実質創業者のレイ・クロックは大学院生との飲み会で、「私のビジネスはなんだと思う?」と質問し、勇気ある学生が「あなたがハンバーガービジネスをしていることは、誰でも知っています」と答えると、「そう言うと思ったよ」と笑い、「みなさん、私のビジネスは不動産ビジネスです」と語ったという。

マクドナルドも世界の一等地に店を構えている。以前のダイエーと同じ考えだ。

結局2004年にダイエーは産業再生機構の支援を受けることが決定し、再生パートナーとして名乗りを上げたのがアドバンテッジパートナーズと丸紅だった。

樋口さんはこのアドバンテッジパートナーズと丸紅から社長として送り込まれた。

当時新聞ではダイエーの社長に誰がなるかの下馬評がいくつも出され、一時は林文子さんが社長候補としてあげられていたが、結局林さんは会長となり、社長は樋口さんに決まったことを筆者も記憶している。

ダメになった会社はすべてが悪い方向に悪い方向に行ってしまう。樋口さんがダイエーで働き始めると、いくつもおかしな点が見えてくる。

たとえば本部長会議なのに、20人の本部長一人一人が担当者を連れてきて全部で40ー50人の会議になる。社内コミュニケーションが不在で、他部門のことには口を出さないのが暗黙の了解となっており、本部長同士さえしゃべらないといった具合だ。

ダイエーにはバイヤー万能、サプライヤーを「業者」と見下す風潮があり、樋口さん自身もアップル時代にダイエーのバイヤーにいじめられた経験があり、絶対にダイエーでは買い物しないと誓ったことがあるほどだ。

ダイエーには長らくカリスマ経営者中内さんが君臨していたので、社員がトップの指示待ち人間になって、自発的に考えて行動する社員が育たなかった。バブル崩壊以降、負け癖が付いて、できない理由を探す文化となっていたのだ。

ダイエーの体質が変わらなかった理由を、樋口さんは面白い表現をしている。

いわく「ヤンキー先生」がいなかったからではないかと。つまり現場の社員と腹を割って真剣なコミュニケーションができるリーダーがいなかったからだ。

そのため樋口さんは社長直轄のプロジェクトとして野菜の鮮度向上プロジェクト、デリカプロジェクト、コスト削減プロジェクトなど10のプロジェクトを立ち上げた。

改革の特徴は、負の遺産を解消する構造改革と、正のスパイラルをつくる営業力強化がセットとなっている。樋口さんが実行した構造改革は次の通りだ:

1.店舗閉鎖 263店舗のうち、54店舗を閉鎖した
2.人員削減 1,200人の希望退職と800人の出向
3.不採算カテゴリーからの撤退 玩具、大型家具など
4.ノンコア事業からの撤退 フォルクス、神戸らんぷ亭、ドリームパークなど売却

コーポレートロゴも変え、スローガンも「ごはんがおいしくなるスーパー」として、野菜新鮮宣言を出し、2005年年末にはテレビCMを打って、薄利多売の小売業ではありえない5,000円以上の買い物に500円(最高10%の割引)のお買い物券を出し、思い切った策で集客を拡大した。

積極策に出る一方で、樋口さんは一人で閉鎖店舗にも足を運び、誠意を示して説明した。泥沼の苦闘のなかで、悟ったことが、この本に書かれているリーダーに必要な3つの力だ。

1.現場力

組織は現場こそがすべてだと樋口さんは語る。「現場100回」つまり、問題の答えは現場にあるというものだ。樋口さんは200人以上の店長に直接電話を掛け、店長と「ノミニケーション」を図り、2週間に1度電話で店長会議を行い、店長からのダイエー改革をめざした。

ダイエーには売上目標はあったが、利益目標はなかったのを、収益面でのコミットメントを店長に植え付けた。

基本動作ができていなかったのもダイエーの人気がなかった理由だ。店員はお客に挨拶をせず、品切れが出ていても補充しない。社員に基本動作を徹底させるために、口酸っぱく説明し、林会長が中心となってハンディな「新生ダイエーミッションBOOK」をつくって全員に配布したりした。

現場の社員が基本動作の意味をどれだけ腹落ちできるか、それが組織のDNAとなって刻み込まれているかが決め手だと樋口さんは語る。

樋口さんは本部と店舗から20人を選び、野菜改革に乗り出した。社長みずから会議にも積極参加し、メンバーの発言や提案を促した。まさに日産のゴーンさんの「クロスファンクショナルチーム」と同じだ。

野菜は店頭入り口に陳列されているので、いわばその店の顔で、お客は野菜を見て、その店を判断する。

だから野菜はロス・リーダーと呼ばれ、採算を度外視した値段ででもお客を引きつけ、他の物も買ってもらいトータルで収益を上げるという考え方だ。だから野菜が重要なのだ。

新鮮な野菜を安く、収穫から1日で店頭に並べるために、セントラルバイイングの比率を80%から50%に落とした。

店舗での仕入れを50%に上げ、仕入れ要員を増員し、仕入れネットワークをつくった。頻繁に野菜を補充するため売り場の人員も20%増やし、専門の巡回員も配置し、しくみをつくった上で、マスコミを呼んで林会長と一緒にオレンジのハッピ姿で、ダイエーの野菜新鮮宣言を行った。


2.戦略力

成果を上げるには、戦略を構築する力が必要となる。MECEとかロジック・ツリーのようなアカデミックな戦略論も状況分析や問題解決の手だてを探る上で役立つが、リーダー自身が現実のビジネスにどれだけ真剣に向き合って格闘してきたかが戦略にすごみを加えると樋口さんは語る。

樋口さん自身、ハーバードMBA留学時代は、毎日2−3時間(!)の睡眠時間以外はテキストを読みふけり、500以上のケースを学び、フレームワークや思考法を身につけ、頭にたくさんの引き出しを持っているが、それを生かすのが経験である。

経験を通してより広い視野で全体像が把握でき、変化を察知する力、問題の本質を見極める力が鍛えられていくのだ。


GMSの「目の前の危機」

小売業が厳しい環境に置かれている理由は、人口減少、過当競争、固定比率の高さの3点だ。これらの要因によりGMSの再編は想定内の流れであり、2007年3月ダイエーはイオンと資本・業務提携することで合意した。ダイエー・マルエツ両方ともイオングループに入ったのだ。

筆者がよく引用する人口動態調査のグラフを示しておく。日本の国としての急激な変化が読み取れるグラフである。

人口動態調査








樋口さんはマクロ戦略こそ企業の生命線だと語る。

技術の進歩、グローバル経済の動向、人口動態、景気動向、規制緩和、消費者トレンド、競合他社動向など、必要なマクロの情報はいろいろあるが、樋口さんが最も重視しているのは、現場の社員から生の情報を得ることだという。
 
全体像、ビッグピクチャーを描くために、マッキンゼーの創始者のマービン・バウアーの言う"Force at Work FAW"を見つけ(大前研一氏の「ビジネス力の磨き方」参照)、事象がなぜそれが発生したのかを突き止め、将来にわたる競争環境や経済環境を分析する。

それとともに、できるだけ多くの関係者の意見に耳を傾け、ビッグピクチャーを描くのだ。そして出てきた問題点を自分一人で因数分解し、マッピングして優先順位をつける。

戦略をいかに伝えるかも重要だ。人を動かすために熱意を持って説明するリーダーの人間力が問われる。つまり戦略を現場に効果的に落とし込む力である。

戦略力はその人がどれだけの経験を積んだかによって決まると樋口さんは語る。米国で「バンドウィッズ」=帯域幅と言われるそうだが、その人がどれくらい幅広い経験や知識を備えているかを示す言葉である。

米国人では意識的に変化をつけたキャリアを歩んでいる人が多い。たとえば大学で医学部を出て、MBAを取り、コンサルティング会社に勤めてから実業界に転身するというようなハイブリッドな人材で、ヘッドハンターもこういった人材を高く評価する傾向が強いという。

戦略力を磨くためには、こういった多面的な経験が一番の鍵になる。いくつもの視点から仮説を構築・検証できるようになるからだ。異質の人とつきあうのも役に立つ。

樋口さんは同業の経営者を訪ねまわったそうだが、或る経営者から次のように言われたという。

「一番効くのは、競合店との比較を価格とか商品などで毎日毎日徹底的にやることです。結局お客さまは比較競争力があれば買いに来て頂ける。お店に定着してくださる。これがすべてです。10年掛かってやっとわかったことなんですよ」

簡単ではあるが、まさに金言だと思う。


3.変人力

周囲がなんと言おうと自分の信念を貫き通す力、変革をやり遂げる力、それが変人力だという。この本のタイトルである。

多数から見れば変人と思える人が、実はまともとで、多数が変だったことも歴史上多々ある。樋口さんは江戸時代の麻田剛立という豊後杵築藩出身の天文学者のことを挙げている。世間が天動説だったのを地動説を唱えたからだ。

樋口さんがダイエーに着任したときにも、社員の考え方や行動に違和感を覚える事ばかりだったという。しかも自分たちがズレていることに問題意識を感じ、行動に移す社員はいなかった。

樋口さんのいう変人力の資質は「ぶれない軸を持つ」ことと、「異様なほどの実行力を持つ」の2点だ。GEのジャック・ウェルチ、日産のカルロス・ゴーン、IBMのルイス・ガースナー、松下電器の中村会長もそうだ。

行動力の例は郵政民営化を成し遂げた小泉純一郎元首相であると。そして樋口さんはチェンジ・リーダー(変革期のリーダー)は変人たれと檄を飛ばす。

変人力の原点は多様性で、多様な経験が客観性を生む。

樋口さんは"T"型人間を目指せと語る。特定領域に深堀しながらも、幅広い領域にも目を向けているという意味だ。

孤独な変人で終わらないために、真摯なコミュニケーションを繰り返し、サポーターをつくれという。小泉首相は小泉チルドレンをつくり、松下の中村会長は海外で経験を積んだ幹部を呼び寄せて周りを固めた。

樋口さんはダイエーにいるときは、社員の集まりにはできるだけ顔を出し、1日に5カ所忘年会のはしごをしたこともあるという。


エピローグ

丸紅が産業再生機構の持つダイエー株をすべて購入し44%の持ち株になったときに、樋口さんは社長退任を決意した。

社長1年目の2006年度の決算は40億円の黒字という予算を達成できず、62億円の営業損失となったが、退任した後ではあるが2年目は黒字化を達成できた。

樋口さんがダイエーの経営を引き受けたとき、経営の諸先輩からは「樋口さん、とにかく数字は気にするな。社員を大切にして、現場に軸足を置いて、判断・実行すれば、数字は必ず後からついてくるから」と言われ、その通りに実行してきたという。

ダイエー再生の経験そのものも貴重だが、プライドをズタズタにされながら、それでも会社のために自己変革をしてくれたダイエー社員たちと出会えたことが一番の財産になっていると樋口さんは語る。

構成もわかりやすく、現場で人を動かすぎりぎりの戦いをしてきた人のみが持つ言葉の重みがある。MBAそしてコンサル経験で「フレームワーク」という基本をきっちり押さえ、そして現場で社員を動かすべく「変人」と思われながらも悪戦苦闘した成果だろう。

大変参考になる本であり、コミュニケーション力が経営者の最も重要な資質であるということが、樋口さん自身の言葉で言うと「腹落ち」する形でよくわかる。

是非一読をおすすめする。


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Posted by yaori at 13:03│Comments(0)TrackBack(0) ビジネス | 自叙伝・人物伝

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