2008年05月02日

連戦連敗 渋谷地下駅「地宙号」設計者安藤忠雄氏の東大講義録

連戦連敗

先日東大の入学式に出席した時に特別教授として挨拶されていた建築家安藤忠雄氏の東大大学院での建築学講義録。

安藤忠雄氏講演





東大入学式での安藤さんのスピーチは大変ユニークで印象深かったので、簡単に紹介しておく。

まずはたまたま耳に入ったという新入生の親の「これからはゆっくりできるね」という発言を引き合いに出し、「ゆっくりしてもらっては困る。現在の日本は迷走状態なので、これからは病気になるほど死にものぐるいで勉強して貰わなければ困る」と檄を飛ばす。

安藤さんは1941年大阪生まれ。幼少の時から祖母と一緒に暮らしていた。経済状態から中学を出て働こうと思うが、祖母がせめて高校は出て欲しいということで工業高校の機械科を卒業した。高校2年で上京したときにフランク・ロイド・ライト設計の帝国ホテル旧館(現在は明治村に保存)に魅せられ、どうしても建築家になりたいと心に決める。

帝国ホテルライト館




この本に触発されてフランク・ロイド・ライトの作品集を読んでみた。ライトの作品は米国の富豪の邸宅が多く、案外公共の建物や海外の建築が少ないことに驚いた。

米国ではニューヨークのグッゲンハイム博物館や、筆者が駐在していたピッツバーグ近郊のFalling Waterが有名だ。

建築ガイドブック フランク・ロイド・ライト

Falling Waterは上の本の表紙の写真に使われており、ピッツバーグのダウンタウンから車で1時間程度のところにある。家の中を小川が流れ、滝があるという構造の富豪の別荘だ。

家具に至るまでフランク・ロイド・ライトがデザインしており、芸の細かさに驚かされた記憶がある。

安藤さんは高校を卒業して1年間今で言うニート生活を送るが、その間に阪大と京大の建築の教科書を取り寄せ、朝9時から深夜3時まで毎日読みふけり、独学で建築を学ぶ。

お金を稼ぐ方法としてボクサーならファイトマネーで4,000円(今で言うと10万円くらい)が貰えるということで、ボクサーになってお金を稼ぐが、ファイティング原田を見て、自分には才能がないということでボクサーを引退する。

22歳の時に1ヶ月掛けて日本全国をまわり、広島で原爆に対して強い怒りを覚え、日本全国の棚田や美しい民家などを見て、日本の美しい風景にふれる。

1965年、24歳の時に海外旅行が解禁されると、すぐに横浜から船でソ連に行き、シベリア鉄道に乗ってヨーロッパに出てヨーロッパからアフリカ、そしてアジアを経由して各地で名所旧跡・名建築を訪ね歩き、建築家としての教養と知識を磨く。

日本のバックパッカーのはしりだ。

この本でも、安藤さんは17−18世紀のイギリスで、貴族の子弟がフランスやイタリアなどのヨーロッパ大陸を1−2年、長ければ5−6年放浪して幅広い教養を身につけて返ってくるグランドツアーという習慣を紹介しているが、安藤さんはそれを地で行っている。

1969年に安藤忠雄建築事務所を設立し、日本国内を中心に個人住宅から美術館など様々な仕事をして、その実績をひっさげて海外でのコンペにも数多く参加するが、コンペの勝率は10戦9敗くらいで、それゆえこの本のタイトルが「連戦連敗」である。

ちなみにユニクロの柳井さんも同様のタイトルの「一勝九敗」という本を出しているので、あらすじを参照して欲しい。

連戦連敗でコンペには敗れても競争相手が考え抜いた斬新な発想やデザインを学ぶことができるので、失敗は次の仕事に必ず役に立てることができるのだと。

今まで失敗を経験していないエリート東大生は間違いを極端に恐れるが、失敗を恐れることなく、世界の知の頂点を目指す東大で、死にものぐるいで勉強して、世界・地球をより良くするために新しいことにチャレンジして欲しいという講演だった。

原稿も用意せず、簡単なメモを持っているだけで15分あまりのスピーチを行い、内容も東大の入学式という場面に適した大変感銘を受けるもので、さすが世界的建築家安藤忠雄だと思わせる内容だった。

その安藤さんの講演の中で紹介されていたのがこの本だ。

東大大学院での建築学の講義録なので、世界の様々な建築と、20世紀を代表するル・コルビュジエルイス・カーンなどの建築とともに、安藤さんが参加した数々の建築プロジェクトの入選作と安藤さんのプラン、他の競争相手のプランなどが安藤さんの解説付きで紹介されている。

安藤さんが尊敬するル・コルビュエの作品集は次を読んでみた。

ル・コルビュジエ 全作品ガイドブック


東京上野の国立西洋美術館がル・コルビュジエの作品だ。

国立西洋美術館







この本の中では、いくつか筆者も見覚えのある建物がコンペの対象として取り上げられている。たとえばシカゴ・トリビューン社屋、JR京都駅香港上海銀行などだ。

安藤さんは東京都庁から見た東京の無計画さに驚いたと記している。

放射線状にシンメトリーに道路が伸びるパリは、アンドレ・マルローが「群としての建築物の保存・再生」をうたったマルロー法をつくって歴史的街区を保存することを義務づけたので、町並みが保存されている。

戦禍による瓦礫からの復興でも、ワルシャワやフランクフルトでは破壊された旧市街をできるだけ歴史的な外観を再現するように建設しており、都市のアイデンティティを保つ努力をしている。例としてフランクフルトのレーマー広場の戦争で破壊された姿と現在の写真が紹介されている。

言われてみれば日本では古い物を壊すときに、町並みを保存しようという発想はない。ごく一部の建物、たとえばマッカーサーがGHQのオフィスとして使った第一生命本社ビルなどで下層階だけ昔の外観を保存するということは行われているが、町並み全体という考えはない。

第一生命本社ビル








ヨーロッパの長期的な都市建設/町並み保存の考えには、目を開かされる思いだ。

最新の建築設計としては1997年に完成したコメルツバンク本社ビルが紹介されている。

コメルツ銀行











一年中自然換気で快適な室内温度が保たれる設計だ。外の気象条件が悪い場合にはコンピューター制御で冷暖房設備も稼働する最新のインテリジェントビルだ。この設計はノーマン・フォスターが行っている。

フォスターは香港の香港上海銀行ビルも設計しており、8本のマストによる釣り構造で、地上階には柱がなく、10階までアトリウムという開放性の高い建築を実現している。地震のない香港ゆえに実現した建物だと思う。

この自然換気というエコアイデアが、今年6月14日にオープンする安藤さん設計の地下鉄副都心線渋谷地下駅の「地宙船」という自然換気システムにつながったのだ。

まさに連戦連敗のたまものである。

優れたデザインが一国の産業振興につながった例として、フィンランドのアルヴァ・アアルトの例を説明している。

アアルトはフィンランドの紙幣の顔にもなっているが、それは家具や建築のデザインコンセプトに集成材を取り入れ、フィンランドの木材産業勃興の機会をつくった。

フィンランドでは無垢材として市場に出せるような木材が少なかったが、アアルトのデザインで集成材を家具や建物の曲面に用いることで、雑木がかけがえのない国家資源となった。

安藤さんは瀬戸内海の直島にある直島コンテンポラリーアートミュージアムに関わっており、平成の鬼平、中坊公平さん他と一緒に設立した「瀬戸内オリーブ・ネットワーク」という植樹運動なども紹介されている。

廃棄物投棄の島香川県豊島(てしま)にオリーブ植樹で環境再生しようという試みだ。

本のタイトルが示す様に、コンペはほとんど敗退だが、安藤さんが海外コンペで勝利したプロジェクトとしてアメリカテキサスのフォートワース現代美術館のデザインが紹介されている。


建築の教科書という堅い分野ながら、安藤さんの見識が溢れるすばらしい講義である。東大理Iでは最も人気が高い学科の、高名な建築家による格調高い講義の内容がよくわかる。

専門的な計算とかは一切なく、もっぱらデザインについての講義なので、素人でも理解できる内容で、この本を読んで建築に興味がわいた。これからは建物の美観や使いやすさにも気を付けて見ていこうという気になる。

安藤さんの略歴も驚きに値するし、建築の機能美を再発見させてくれる講義で興味深い。

書店では置いていないかもしれないので、是非図書館で探して手にとって欲しい本である。


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Posted by yaori at 12:44│Comments(0)TrackBack(0) ビジネス | 自叙伝・人物伝

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