2008年05月29日

日本最初の珈琲店 喫茶店のルーツ

日本最初の珈琲店―『可否茶館』の歴史 (珈琲文化研究選書)

珈琲店






以前ご紹介した北軽井沢のエルテをテーマにしたペンションヴィラR&Tのホームページに紹介されていたので読んでみた。


ヴィラR&T2






エルテの作品は次のように幻想的なものだ。

ヴィラR&T4






ヴィラR&T6






ヴィラR&Tのオーナー塚田さんはラグビー部の仲間だ。筆者も塚田さんも会社に入ってラグビーを始めたのだが、塚田さんは陸上競技の短距離走が専門で、快足ウィングとして活躍した。

以前彼に会った時に「日本鄭氏子孫会代表」という名刺を貰ったことがある。実は日本最初の珈琲店のオーナーの鄭永慶は鄭ファミリーの一人だ。

コーヒーは元々エチオピアが原産で、アラビア人が好んで飲んだことから1400年頃にはイエメンでコーヒーの栽培が始まり、アラビアから世界に広まった。

1554年にコンスタンチノーブルで「カフェ・カーネス」というカフェができ、ヨーロッパでもベネチアで1645年、イギリスでは1650年にオックスフォードに「ヤコブの店」、ロンドンに「ロッセの店」ができた。1668年に新大陸にコーヒーが伝えられ、1694年にニューヨークに「キングスアーム」というカフェが開店した。

オランダは1614年ころに北イエメンのモカにオランダ東印度会社を設置し、コーヒーの貿易を始めようとしていた。

日本にコーヒーがもたらされたのは1700年頃で、長崎の出島にオランダ人が持ち込んだものと思われる。

開国後外国人と接する日本人の間にコーヒーは飲まれるようになり、明治5年頃には日本人の経営による西洋料理屋も開かれ、コーヒー販売も始まった。

コーヒーに関する物語については、岡山県でル・モンドというカフェレストランチェーンを展開している株式会社山田興産という会社の「倉敷珈琲物語」という大変詳しいサイトを見つけたので、参照して欲しい。

実は筆者の義兄がこのル・モンドの近くのJR山陽線西阿知駅のそばに住んでいる。今度訪問したときに、ル・モンドも行ってみようと思う。

倉敷珈琲物語のサイトでは、次の本を紹介しているが、サイトだけでほぼ十分な情報が得られると思う。

コーヒー博物誌


日本最初の珈琲店の「可否茶館」は明治21年(1888年)4月13日に鄭永慶によってオープンされた。

この本には当時の読売新聞に掲載された広告文などが載っており、興味深い。

鄭永慶は、1859年生まれ。鄭家は代々長崎に於ける中国語通訳の家柄で、祖先は「国性爺合戦」(こくせんやかっせん)で有名な鄭成功である。

鄭永慶の父、鄭永寧は英語と中国語ができたので、外務省に登用され、支那代理大使を勤めた。

鄭永慶は明治7年に渡米し、エール大学に留学した。このときの学友に金子堅太郎駒井重格田尻稲次郎目賀田種太郎などそうそうたる顔ぶれがいる。鄭永慶は腎臓病のため、学業半ばで帰国し、駒井が校長となっていた岡山師範学校に教頭として赴任した。

その後岡山師範学校を辞し、田尻稲次郎の推薦で、大蔵省に奉職するが、学位がないので重用されず、明治20年に辞職し、明治21年に上野で2階建ての「可否茶館」をオープンする。

金子堅太郎、井上馨などが、不平等条約を改訂しようとして鹿鳴館をオープンしたのは明治16年(1883年)のことだ。

鄭永慶は表面だけの欧米主義で、国民の役に立たない鹿鳴館外交に反発し、知識の広場となる喫茶店を開店して、若者の社交場にしようと「可否茶館」をオープンしたものだ。

「可否茶館」はコーヒーの他、ドイツやボルドーワイン、タバコはキューバ、マニラ、そしてパン・バターやデザート3品を置いていた。

料金はコーヒー一杯1銭5厘、ミルク入りは2銭だった。当時はそばが1杯1銭前後だったという。

コーヒーを出す他、トランプ、碁、将棋などのゲームができ、更衣室もあり、クリケットができた様だ。

東大の学生などもひいきにしていた様だが、経営は火の車だった。そのうち鄭永慶は「可否茶館」を抵当に入れて借金をして相場に走るが失敗し、土地を手放さなければならなくなり、「可否茶館」は明治25年に閉店となる。

鄭永慶は、父の財産を失ってしまって申し訳ない思いで、アメリカに渡りシアトルに住んだが、渡航後2年弱の明治28年に病気でシアトルで客死する。享年37歳だった。

この日本最初の「可否茶館」を記念して、2008年4月13日に日本最初の「可否茶館」の記念碑がつくられた。

鄭ファミリーの子孫、北海道で「可否茶館」チェーンを運営するユニマット・キャラバン、跡地にオフィスを構える三洋電機、UCC、キーコーヒーなどコーヒー業界の関係者が集まって、オープニングパーティを開いている。

余談になるが筆者もコーヒーを毎日のように飲んでいる。しかしエチオピアが原産だったこと、日本最初のカフェを筆者の友人の先祖がオープンしたことなど、全然知らなかった。

筆者は豆から直接コーヒーを入れるナショナルのキャリオカというコーヒーメーカーでコーヒーを飲んでいる。

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豆の種類にはこだわらない。もっぱらブラジルとコロンビアが多い。こだわるのは焙煎方法だ。炭を使っての深煎りで、イタリアンローストかフレンチローストの豆を使っている。

ミルクも砂糖も入れず、ブラックで飲んでいる。

当初はサイフォンとアルコールランプでコーヒーを入れていたが、洗うのが面倒くさくって、最近はほとんどドリップだ。キャリオカで入れたコーヒーはドリップとしては最高だと思う。


短い間だったが庶民の社交場としてオープンした「可否茶館」の高い志と、時代に先んじすぎて事業としては失敗だった結末を描いている。豆知識としても参考になる本だ。


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Posted by yaori at 21:41│Comments(0)TrackBack(0) 趣味・生活に役立つ情報 | 自叙伝・人物伝

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