2020年07月30日

最高指導者の条件 李登輝さんの「政治家の品格」

2020年7月30日再掲:

台湾の元総統・李登輝さんが97歳で亡くなった。日本と台湾の関係が良好なのも、李登輝さんの力によるところが大きい。李登輝さんのご冥福をお祈りして、李登輝さんの著書のあらすじを再掲する。

たまたまではあるが、この本に現都知事の小池百合子さんの話も出てくる。

コロナ対策が後手後手に回っている印象のある小池さんだが、ぜひ都の「最高指導者」として、東大の児玉名誉教授が提唱するエピセンターを集中して検査し、感染者を隔離することで、実効再生産数(一人が何人に感染させるか)を下げて、コロナを抑え込んでもらいたい。

2008年6月11日初掲:

最高指導者の条件


台湾の元総統、日本でもファンの多い李登輝さんの近著。2008年3月の発売である。

李登輝さんの著作は、奥の細道を辿った「日本国へのメッセージ」を以前紹介したが、日本文化に対する深い教養と愛着がわかり、まさに戦前型日本人としか言えないという印象を強く持った。

この本は李登輝さんの政治リーダーとしての信念の源が何かを明らかにしており、いわば「政治家の品格」とも呼ぶべき本だ。


中華民族初の民選総統

李登輝さんは蒋介石の息子蒋経国総統が死去した後を継いで1988年に国民党総裁/台湾総統に就任した。

そして自ら公選制度をつくって史上初の台湾総統選挙で勝利し、1996年に初代民選台湾総統となる。

中華民族の歴史で初めて国民の選挙により選ばれた指導者の誕生だった。

李さんの総統就任前後、中国は台湾独立派の動きに神経をとがらせ、台湾海峡で軍事演習を行い、ミサイルを発射して台湾に圧力をかけようとしたので、米国が2隻の航空母艦を台湾海峡に派遣し、中国を威圧した経緯がある。

しかし李さんは中国の脅しに全く動揺せず、毅然とした態度を貫いた。

李さんは中国の演習は心理的な作戦であり、実際の武力侵攻はないという情報をつかんでいたから、軍をあわてて動かさないという選択肢を取れたのだという。

リーダーの決断力を裏打ちする情報力の発揮だ。

その後2000年の総統選挙には出馬せず、結果的に国民党は敗れ、民主進歩党の陳水扁氏が総統に就任した。

これも中華民族初の平和的政権交代だ。

陳水扁氏は2008年5月まで総統を務め、今年国民党のハーバードロースクール出身のハンサムガイ馬英九氏に代わり、国民党が政権の座に返り咲いたことは記憶に新しい。


李登輝さんと信仰

李登輝さんの政治的信念はキリスト教の信仰に裏打ちされている。李さんは日本時代は唯心論、戦後は唯物論でマルクス主義にのめり込んだ時期もあった。アメリカに留学して帰国してから台湾の教会をまわり、神が存在するのかを考え続けた。

「なぜマリアは処女にしてイエスを産んだのか?」
「なぜイエスは磔にされ、そして生き返ったのか?」
この2つの奇跡を信じろとキリスト教は言う。

李登輝さんは理屈っぽい人間なので、なかなか納得できず、聖書を隅から隅まで読んだという。

ヨハネによる福音書第20章に、使徒トマスは復活したイエスを信ぜず、イエスの手と脇に手を入れて初めて信じたという一節がある。

イエスの言葉として「なんじ我を見しによりて信じたり、見ずして信ずる者は幸いなり」という言葉が紹介されている。

つまり「見えないから信じない。見えるから信じる」では信仰を持つことができない。まず「信じること」から始まる、それが信仰の第一歩なのだと理解したという。


戦前日本のエリート教育

李登輝さんは日本の旧制中学、高校、帝国大学という戦前日本のエリート教育を受け、大量の東西の名作文学や哲学書に接した。

19世紀のイギリスの思想家カーライルの「衣裳哲学」や「英雄および英雄崇拝論」は李さんの大好きな作品だという。

古典を読むことで哲学が生まれると。ゲーテニーチェショーペンハウエルカントヘーゲルマルクスサルトル鈴木大拙の「禅と日本文化}、西田幾多郎などの作品を読んだという。

李登輝さんはいまでもカントの「純粋理性批判」と「実践理性批判」が判断の指針になっていると語る。まさに哲人政治家である。

筆者もカントの「純粋理性批判」や「実践理性批判」は学生の時に読んだが、単に字づらを追っただけで、全く頭に入っていない。いずれはこのあらすじブログでも挑戦しなければならない本である。

純粋理性批判 上 岩波文庫 青 625-3


実践理性批判 (岩波文庫)


筆者の学生の時は、マックス・ウェーバーをみんなが読んでいた。これもまた再読しなければならない名著だ。

ちなみにこの本はアマゾンでもベストセラー1,645位で、経済学分野でNo.1だ。やはり名著は時代を超えて読まれるものだ。

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)



緊急時のリーダーシップ

中国で四川大地震が起こったばかりだが、李登輝さんは1999年の台湾大地震時の非常事態に於ける総統の役割を語る。地震が起きたのが深夜2時頃、電話は通じなかったが軍に出動命令を1時間後に出し、朝6時にヘリコプターで現地入りした。

9時には指揮所が設置され、救援活動が始まっていたという。小池百合子議員から電話があり、「仮設住宅を1,500戸送りたいが、日本の仮設住宅は8坪しかないがいいか?」と聞いてきたので、即座に受け取ると返事したという。

李登輝さんは地震発生から1ヶ月のうち21日は現地にいて、対策を直接指揮したという。また軍の参謀総長と総督府の秘書長(官房長官)の2人をつれ、軍と政府がすぐに動ける様な体制をとった。

中国の温家宝首相も地震が起こったらすぐに現地入りして救援活動を陣頭指揮をした。胡錦濤主席もほどなく現地入りして救援活動を支援したのは、台湾大地震の時の李登輝さんの奮戦ぶりを参考にしたのかもしれない。


後藤新平の台湾近代化

強いリーダーシップ論では、台湾の発展に大きな足跡を残した後藤新平を高く評価している。後藤新平は、今年NHKで2年間のドラマとしてスタートする「坂の上の雲」で有名な児玉源太郎台湾提督に請われて、1898年に台湾民政長官となった。

坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)


着任早々高等官吏1000人あまりのクビをすげ替え、人心を一新し、優秀な人材を登用した。「武士道」の著者、新渡戸稲造もこのときの一人だ。

武士道 (岩波文庫)


匪賊を撲滅し、保甲制度(隣組、自治組織)、疫病対策、教育振興、台湾事業公債による資金調達、鉄道建設、アヘンや塩、酒、タバコの専売制、台湾銀行設立、台湾銀行券発行など、8年7ヶ月の在任期間中に大きな業績を残した。


リーダーの行動原理

李さんは上に立つ者の行動原理として次を挙げている。主なサブタイトルも参考までに紹介しておく。

1.誠実に説く  指導者に不可欠な「お願い」の姿勢

2.忍耐力  民主主義は「回り道」(ターンパイク)を認める制度

3.惻隠(そくいん)の情  「仁政」に不可欠な「惻隠」の情

4.大局観を持つ  「知識」や「能力」を超えて求められるもの

5.構想力  コンセンサスを得たビジョンがもたらす力

6.発想の転換  最も貧しい県が見違えるほど発展 農村が観光地となるアイデア

7.行動力と強い意志  行政改革に必要な行動力 

8.未来への提言力  台湾の民主化と教育改革 台湾がめざすべき4つの分野(金融、衛星メディア、空港、港湾)


指導者の養成

世界中のどこの国でも困っているのは指導者の問題であり、アメリカ、イギリスはもとより多くの国で将来の指導者となるエリート層を養成している。

ところが戦後の日本はこれを怠っており、米国式教育に表面的に倣い、テクニカルなレベルで一生懸命になるばかりで、本当に必要な「指導者をつくりあげる教育」を全く実施していないと李登輝さんは語る。

それを象徴するのが、東京大学を筆頭に、旧帝国大学系の国立大学から総理大臣が出てこないことだと。

たしかに先日紹介した「歴代首相知れば知るほど」の最近の首相を見ると、私立大学出身が圧倒的だ。平成になってからだと、わずかに宮澤喜一さん一人が東大出身で、それ以外はすべて私立大学出身だ。

李登輝さんは手厳しく語る。

戦前は帝国大学が国を治める人材を輩出したのに、なぜ戦後は駄目なのか。法律に縛られて、法律上問題があるかないかという発想しかできず、政治の世界で使えない人が多いからだろう。

法律屋の秀才たちは役所に就職し、行政の担い手となるが、彼らはえてして精神の面で貧困である。相当数の官僚が第一に求めるのは自分の出世であり、頭の中に国家という存在が希薄なのだ。

目先のことしか見えない人は、政治家になっても自分の利益を漁りまくる。「何のための民主主義なのか」、「指導者は何をすべきなのか」がわかっていない。

さらにいえば、金銭や権力は一時的なものにすぎず、「品格」、「教養」、「愛国」、「愛民」などの精神的価値こそが生涯を通じて追求すべきものだということもわかっていない。このような政治家が指導する国家はきわめて危うい。


まさに現在の日本にとっての警鐘である。

筆者は思うのだが、最近の問題は日本の政治家は事実上世襲制となっていることだ。福田康夫、安倍晋三、小沢一郎、鳩山由紀夫、麻生太郎、すべてが二世三世議員だ。

筆者の友人の松島みどり議員の様に、新聞記者出身で、徒手空拳で政治家となった人は珍しい。

地盤と利権を引き継ぎ、地元の利益追求型の政治家ばかり増えて、日本という国のビジョンがなくなっているのではないだろうか。愛国心を持って日本をより良い国にしようという気概を持った政治家が出てきて欲しいものだ。


この本では戦前の日本の優れたエリート教育を受けた哲人政治家の考えが、わかりやすく説明されている。

李登輝さんは古き良き日の輝かしい日本の伝統に触れたことを感謝していると語っており、「台湾の今日あるのは日本のおかげ」と感謝している台湾人は多いと公言している。

ここ数年「××の品格」という本がいくつかベストセラーになっているが、そういう本を読んで満足せずに、自らが名著を読んで、品格を磨かなければならない。

昔の一高第二〇回記念祭寮歌(明治43年)「藝文の花」の「万巻の書は庫(くら)にあり」という一節を思い出す。

藝文の花





ちなみにこの寮歌が掲載されている第一高等学校ホームページというのは初めて知ったが、写真集や寮歌集も収録されていて興味深い。もちろん今は第一高等学校などないが、東大駒場の中に一高同窓会という団体があり、そこがこのホームページを運営している。

世の中には万巻どころか、世界全体なら数千万あるいは億の書物があり、グーグルが世界中の本をすべてスキャンして、人類の叡智のデータベースをつくろうとしている(グーグルブックサーチ)のは、「ウェブ進化論」などで紹介されている。

筆者ももっと名著を読んで教養を積み、品格を磨かなければならないという気になった。

たぶん本のタイトルも「政治家の品格」とかにしたら、もっと売れることだろう。最近の流行キーワードでもある「品格」に興味がある人には、是非一度手に取ってみて頂きたい本だ。

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Posted by yaori at 22:33│Comments(0) 李登輝 | 政治・外交