2008年08月30日

もう、国には頼らない ワタミの渡邉美樹さんの「民活」実践記

もう、国には頼らない。経営力が社会を変える! (NB Online book)


ワタミ社長の渡邉美樹さんの、学校、病院、介護、そして農業での民活実践記。

それぞれ規制や既得権が根強い分野で、渡邉さんの合理精神に基づいた闘いがあちこちで摩擦を引き起こすが、それを一つ一つ乗り越えている体験談を語っている。

これらの分野でいわゆる「民活」として実際に事業を興し、そして本に書いている人はあまりないので、貴重な体験談である。


渡邉さんの経歴

渡邉さんは1959年生まれ。運送会社で働いて稼いだ資金300万円を元手に、「つぼ八」のフランチャイズオーナーとなって起業し、従業員教育が行き届いた顧客満足度の高いサービスの店という評判を武器に「和民」チェーンを開業した。

1996年の店頭公開後、2000年に東証一部上場を果たし、今や様々な外食チェーンを展開する他、この本でも取り上げられている様々な業態に参入している。

このブログでも紹介したOKウェーブの兼元さんは、経営者として注目しているのはワタミの渡邉美樹社長であると語っている。

ワタミは『地球人類の人間性向上のためのよりよい環境をつくり、よりよいきっかけを提供する』ことを会社のミッションとして掲げているので『やられた』と思ったと。


渡邉さんの印象

以前「サービスが感動に変わる時」という渡邉さんが外食産業で起業し、「和民」を始める時の苦労話や、従業員教育について書いた本を読んだことがある。

サービスが感動に変わる時―青年社長渡辺美樹の社員への熱いメッセージ


外食産業というとアルバイトばかりで、マニュアル社員ばかりという先入観を持っていたが、お客の心に残るサービスを訴え、従業員についても厳しく教育をしていて大変熱心な経営者だと思った。

一方、従業員の退社率が高いこともあり、なにかきれい事だけしか語っていないような印象を受けていた。

渡邉さん以外の登場人物はほぼゼロで、「社員」はよくやってくれたとか書いてはあるものの、名前が出てこないので個人の顔が全く見えない。これも違和感を憶えた理由の一つだ。

たぶん渡邉さんを取り巻く社員は、ワンマン社長には到底ついていけないとして、そのうち退社してしまうので、社員の名前が載せられないのではないかと感じていた。

しかしこの本を読んで、渡邉さんが有言実行で、困難や官業にも正面から立ち向かう骨のある経営者であることがわかった。

ワタミグループの創業社長としてワンマン社長の様なので、たぶんいろいろな問題はあるのだろうが、社会起業家として尊敬すべき経営者であることは間違いない。


ケーススタディ1 教育 郁文館夢学園

ワタミを創業するときも、将来は教育を手がけたいという希望があり、政府の「教育再生会議」委員を勤めた。

神奈川県の教育委員会委員にもなって、バウチャー制や教師の評価が給与評価となる制度などを提唱するが、全く相手にされず、教師の評価をするはずの独立組織の教育委員会が全く機能していない現状を知る。

誤解されることが多いが、渡邉さんの「生徒は学校にとってお客さまである」という発言は、生徒を甘やかすことではなく、「生徒が将来幸せになるために最高の教育を施し、生徒に感謝されるような教育を目指そう」というのが真意であると語る。

具体的実践として、バブル期に50億円で豪華な研修施設をつくって経営が立ちゆかなくなった文京区の郁文館学園の再建に2003年から乗り出す。郁文館夢学園と改名して、渡邉さん流の教育改革を実践する。

郁文館は夏目漱石の「吾輩は猫である」にも出てくる明治22年創立の伝統ある中高一貫男子校だ。

そういえば、「吾輩は猫である」で、次のような苦沙弥(くしゃみ)先生の家の隣の私立中学校というのが出てくるが、これがそうだろう。

「落雲館(らくうんかん)と称する私立の中学校―八百の君子をいやが上に君子に養成するために毎月二円の月謝を徴集する学校である。

名前が落雲館だから風流な君子ばかりかと思うと、それがそもそもの間違になる。その信用すべからざる事は群鶴館(ぐんかくかん)に鶴の下りざるごとく、臥竜窟に猫がいるようなものである。

学士とか教師とか号するものに主人苦沙弥君のごとき気違のある事を知った以上は落雲館の君子が風流漢ばかりでないと云う事がわかる訳(わけ)だ。」

渡邉さんが初めて訪問した郁文館は生徒1,500人のうち500人が遅刻してきて、挨拶もろくにしない生徒が多いという状態だった。なにか「ドラゴン桜」の龍山高校を思い起こさせる。

渡邉さんの改革により見違える様に生徒の意識が向上したという。大学進学実績も向上し、2010年に新しい校舎に建て変わる時には、男女共学校として生まれ変わるという。

生徒の評価も含めた先生の360度評価を開始したり、2010年までに東大合格者20名、2011年までに甲子園出場を目標にしてプロジェクトをスタートさせている。

渡邉さんの改革についてこれずに教師の1/3が入れ替わっている。学級崩壊は先生の方が悪いと渡邉さんは言い切る。


ケーススタディ2 病院 岸和田盈進会病院

渡邉さんは病院経営も頼まれて引き受けた。

その病院は大阪の岸和田市で当初ペインクリニックとしてスタートしていたが、行くところがないから病院にいるという保険報酬のない老人の「社会的入院患者」が多く留まり、採算は赤字となっていた。

渡邉さんは、「社会的入院患者」を退院させ、肺循環器とリハビリの関節治療を売り物にする岸和田盈進会病院という新しい病院に生まれ変わらせた。医師に対するお礼などの不公正慣行も廃絶した。

一部の医師・職員が去っていったが、渡邉さんはやり遂げ、現在は黒字経営となっているという。

厚生労働省に厚く守られている医療業界にも健全な自由競争と、不足が目立つ産婦人科医や小児科医には、自由競争の弱点を補強し、弱者救済のためのセーフティネットが重要であると渡邉さんは訴える。

先日伊藤元重東大教授の講演を聞いたが、日本は今や乳幼児死亡率は先進国で最も高いと語っていた。

Wikipediaでも調べ、念のためCIAのデータでも調べたが、日本は依然としてG7の中では最も低く、世界で3番目に低いので、たぶんこれは事実とは反すると思う。

横道にそれるが、この日本が先進国では乳幼児死亡率が最も高いというのは、朝日新聞が意図的に作り上げた記事ではないかという2005年の医師ブログのやりとりがあるので紹介しておく。

しかし統計はどうあれ、乳幼児死亡率が上がっていると言われたら、さもあらんと納得できる現実がそこにあることは間違いない。


ケーススタディ3 介護 ワタミの介護

病院再建の時に、退院してもらった「社会的入院患者」を収容する必要もあり、渡邉さんは老人介護ビジネスに進出した。

まずは病院の介護事業を引き継いで、岸和田に高齢者向けのマンションをつくった。

その次に後継者不在で悩む「アールの介護」を創業者から買い取り、「ワタミの介護」と名前を変えて全国に展開した。

介護でも行政のつくりあげたおかしな仕組みがある。特に渡邉さんが憤ったのは、「特殊浴」と称して、お年寄りをカーウォッシャーのような風呂にやたら入れたがることだと。

特殊浴





出典:取手市介護老人保健施設 緑寿荘ホームページ(筆者注:たまたまインターネットの「特殊浴」検索でトップに表示されたので、この施設の写真を掲載した。この施設を批判するものではない)

老人を裸で横にして上からお湯を掛け、洗剤を掛け、またお湯を掛け、最後に温風で乾かし、まるで食器洗い機で人を洗っている様だと。

これが一番作業効率が良く、入浴1回で介護保険料をもらえるからだ。

今の介護業界は、客の満足など考えていないと渡邉さんは語る。すぐにおむつ、すぐにミキサーで流動食、すぐに車いすと介護に手間が掛からないようにしているという。

補助金が交付され、努力しなくてもある程度の収入があり、他の施設とサービスの質で競争することもないのが介護の現状なので、本来老人をいたわる気持ちを持って介護の仕事を始めた人でも、ついルーティン化しておざなりになっているという。

アールの介護でも渡邉さんの改革の考えについてこれず1/3の人がやめて、入れ替わったという。

ワタミの介護では、1,おむつーゼロ、2.特殊浴ーゼロ、2.経管食ーゼロ、4.車いすーゼロを目標にしている。非常にわかりやすいサービスの質の向上だ。


デンマークがモデル

福祉国家デンマークのことを紹介している。デンマークなど北欧では所得税50%、消費税25%という高い税率だが、税金がきちんと目的通りに使われているので国民も納得しているという。

デンマークでは傾斜介護といって、その人の体力とか意識の状態によって歩行も、食事もきめ細かく対応している。また老人ホームの料金はその人の受け取る年金の金額から月三万円残る料金としているという。

日本では歩行が不自由になるとすぐに10数万円もする車いすを使わせるが、そうすると足腰が弱くなって二度と歩けない体になる。

デンマークでは2万円程度のロレーターという歩行補助器を使うので、車いすを使う老人がほとんどおらず、自立歩行ができる老人ばかりだ。渡邉さんはそれを日本に導入しているという。

歩行補助車【哲商事】ロレーター歩行補助車【哲商事】ロレーター


ケーススタディ4 農業 ワタミファーム

現在有機野菜は全体の0.17%しか流通していないので、渡邉さんは有機野菜を安定的に供給するために2002年から農業にも参入し、千葉県、北海道などで有機野菜や有機酪農を行っている。

現在はワタミグループでの自社有機野菜の利用率は35%に達しているという。

順調の様に見えるが、実際はものすごく時間が掛かっているという。株式会社が農業に参入できることになったものの、農地のリースを受けるのに二年弱かかり、手続きが非常に面倒だ。有機と認められるには、農地を少なくとも二年化学肥料を使わずに土づくりをしなければならない。

また農業法人には、農事組合法人と会社法人があり、後者が規制緩和で新しく参入できるようになったものだが、株式は譲渡制限があるものに限るという条件があるので、普通の株式会社では参入できないのだ。

だからワタミは当初設立した有限会社ワタミファームと株式会社ワタミファームの2つの組織を持たざるをえないのだと。

農業法人の有限会社ワタミファームなら、農地も簡単に借りられるからだ。

本来株式会社の農業参入を可能としたのは、農地保全と食糧自給率アップが目的なはずだが、全く見せかけの規制緩和であると。

主要国の食料自給率は日本が最も低く40%で、同じ島国のイギリスでも70%ある。ドイツは90%、フランス・アメリカは120−130%で輸出している。

とりわけ渡邉さんが憤っているのは、減反政策に基づく転作奨励金である。米を作るのをやめたら、米をつくる利益以上の補助金がもらえる不思議な制度であると。

渡邉さんは、去るべき農家には補助金を出さず、アメリカと戦える様な農業をつくるために補助金を活用すべきだと論じる。


既存のルールで真っ向から行政と戦っている。渡邉さんのファイティング・スピリットには感心する。

いかに日本がいまだに規制だらけかがよくわかり、読み物としても面白い。おすすめの本である。


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Posted by yaori at 00:27│Comments(0)TrackBack(0) ビジネス | 教育論

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