2008年08月28日

松下電器の経営改革 詳細な「中村改革」レポート

松下電器の経営改革 (一橋大学日本企業研究センター研究叢書 2)


「松下ウェイ」が今ひとつ合点がいかなかったので、さらに松下改革について調べるため、一橋大学の伊丹教授他による研究レポートを読んでみた。

やはり「松下ウェイ」に出てきた「サッカーボール理論」はおろか、コンサルとしてのマキナニーさんの名前もどこにも出てこない。

コンサルは縁の下の力持ちなので、表に出てこないことが多いが、それにしても「松下ウェイ」で書いてあることが、はたして中村邦夫現会長の松下電器の改革に、どれほど影響を与えたのかわからないところだ。

間違いないのは中村さんがマキナニーさんの本を読み、それの影響を受けたということで、中村さんが2000年7月の社長就任後に打ち出した、5S(Speed, Simplicity, Strategy, Sincerity, Smile)はそれの現れだと思う。しかし、それ以外はよくわからない。


「中村改革」の実行チーム

この本を読むと、松下電器の改革が、中村社長一人の力ではなく、中村さんを中心としたトップマネージメントグループにより行われたことがよくわかる。

トップマネージメントとは、中村邦夫さんが社長就任時のタイトルで列挙すると、人事・企画担当の村山敦副社長、営業の田中宰専務、AVC社の戸田一雄専務、技術の三木弼一常務、経理の川上徹也取締役、そして中村さんを社長に選んだ森下会長と後任社長の大坪文雄現社長だ。

フラットテレビでのつまずき

中村さんは、1989年からほぼ10年間、アメリカ松下電器の社長・会長(途中一年間はイギリス松下電器社長)としてアメリカ勤務を経験し、衰退する企業は「傲慢、自己満足、内部議論、摩擦を恐れる」という四つの特徴を持っていると話を聞いたそうだ。

中村さんは「松下電器はつぶれる」という危機感を持って改革に取り組んだが、その一つのきっかけとなったのが、ソニーの平面ブラウン管ベガに対するテレビ事業部長のコメントだ。

ソニーのベガがすごい勢いで売れていたときに、松下のテレビ事業部長は、「当社の画面はナチュラルフラットです。ベガは平面なので、真ん中がくぼんで見えるが、当社はほぼ平面で絵が自然にみえるでしょう」と言って、全く危機感を感じていなかったという。結局松下が平面ブラウン管を販売するのは2年後だった。

テレビでのシェアは1980年には松下25.5%、二位の東芝13.5%、三位ソニー9.8%と二位の倍のシェアーを持っていた。1990年でさえ松下23.5%、東芝15.0%、シャープ14.5%、ソニー9.5%だったのが、ベガショックのため、2000年には松下18.3%、ソニー17.8%、東芝13.6%とソニーに並ばれた。

ブラウン管テレビの地盤沈下をプラズマテレビ、液晶テレビで回復するプロセスはこの本に詳しい。


中村改革の分析

中村さんが社長に就任する一年前から改革はスタートしており、社長に就任してすぐに、改革が加速した。2001年1月には「創生21」という網羅的な中期経営計画を打ち出し、2001年度は13,000人の早期退職などの巨額のリストラ費用のため約4000億円の赤字を計上したが、それからは見事なV字回復を記録した。

この本では次の目次のような切り口で中村改革が分析されており、大変参考になる。(括弧内は主な論点。)

第1章 中村改革の意義
第2章 雇用構造改革(大量早期退職、大量配置転換)
第3章 事業構造改革(100を超える事業部・関係会社を5ドメインに集約、松下電工をTOB)
第4章 家電営業改革(二つのマーケティング本部設立、スーパーショップ制度=系列小売店の再生)
第5章 管理会計改革とバランスシート改革(個別最適から全体最適へ、CCM(Capital Cost Management) 導入、MCA売却,松下興産整理)
第6章 IT革新(SCM(Supply Chain Management)、顧客要望に応えるウィークリー納期管理)
第7章 テレビ事業に見る中村改革(プラズマへ集約、LCDで東芝と合弁、90のV商品、ビエラ)
第8章 利益率に見る中村改革(利益率もV字回復)
第9章 不変の経営理念
第10章 中村邦夫会長インタビュー
第11章 歴史は跳ばない、しかし加速できる


松下電器創業以来はじめての人員整理

松下電器は国内で14万人、全世界では30万人を雇用している巨大企業である。

創業以来人員整理を行ったことはなかったが、2001年初めて早期退職制度で13,000人の人員整理を行った。松下幸之助は、「松下電器は製品をつくっていない、人をつくっている」と言ったと記憶しているが、人員整理を行っても、人に対する配慮はさすが松下電器と思わせる。

当時の早期退職金の相場は24ヶ月と言われていたが、松下電器は組合員で最大40ヶ月、課長級は最大45ヶ月、部長級で50ヶ月という加算を行った。さすがに人を大切にする松下である。

中には感謝して手紙をくれた50代の工員もいたという。


「同行二人」 経営理念以外に聖域なし

中村さんは「経営理念以外に聖域なし」として改革に取り組んだことが、経営幹部、従業員の指示を得て、求心力を失わずに改革が進められた理由だという。

中村さんは、松下幸之助の経営理念ほど世界に普遍的なものはないという確信を持っていたという。これは捨て去るわけにいかないが、しかしあとは変えなくてはいけない。

松下電器は創業者の残像がまだ濃い会社であると。これを中村さんは「同行二人」(どうぎょうににん)という言葉で表現する。別途紹介する北康利さんの本、「同行二人」は中村さんがよく使う言葉だ。

経営理念のなかで中村さんが中心に置いたのは次の三点だ。

1.お客様第一
2.企業は社会の公器
3.日に新た


経営理念は万国共通

中村さんがアメリカ駐在の時に「メルク」というニュージャージーにある世界的製薬会社を訪問した時に、メルクもしっかりした経営理念を持っていて、どの人もその理念を言っていたという。

「アメリカでも理念なき企業は30年持たない、理念があるから100年持つんだ」と中村さんのパートナーだった米人COOは言っていたという。中村さんはメルクを訪問して、これが確信に変わったという。

日本電産から買収提案があったモーター工場を売却せず閉鎖し、EBO(従業員が買収)で再生した時は、中村さんの「経営理念が相容れない会社に従業員は渡せない」という意思が働いたという関係者の証言を日経産業新聞は報じている。


最後に伊丹教授がまとめているが、キーワードは「変わる経営、変わらぬ経営」と「歴史は跳ばない」である。

多くの関係者のインタビューを元に松下改革を分析しており、しかも非常にわかりやすい。一橋大学大学院の教科書なのだと思うが、大変参考になる本である。

書店でも置いておらず、3,600円もする本なので、まずは図書館でリクエストして読むことをおすすめする。


参考になれば次クリック投票お願いします。








Posted by yaori at 01:30│Comments(0) ビジネス | 企業経営