暴走する資本主義
著者:ロバート ライシュ
販売元:東洋経済新報社
発売日:2008-06-13
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ロバート・ライシュ元労働長官、現カリフォルニア大学バークレー校教授の最新作。
英国留学時代からの友人のクリントン夫妻と親しく、クリントン政権ではハーバード大学教授をやめて労働長官をつとめ、今回の大統領選挙でもヒラリーを応援すると見られていたが、2008年1月にクリントン陣営のネガティブキャンペーンを批判し、4月にはオバマ支持を表明した。オバマ氏の政策ブレーンとして最も影響力がある人物である。
この本の目次は次の通りだ。
序 パラドックス
第1章 「黄金時代」のようなもの
第2章 超資本主義への道
第3章 我々の中にある二面性
第4章 飲み込まれる民主主義
第5章 民主主義とCSR
第6章 超資本主義への処方箋
勝間和代さんの推薦文が付いている。「一人でも多くの日本人に読んでもらいたい」本だという。
資本主義の暴走
ライシュ氏は、資本主義と民主主義は共存共栄していると考えられているが、米国では1970年代後半から自由市場主義は成功を収めている一方、民主主義は衰退してしまったと語る。
格差が拡大し、雇用を不安定にし、地球温暖化などの環境問題も引き起こした。
これがライシュ氏の呼ぶ資本主義の暴走、超資本主義だ。
企業は競争に勝ち、収益を拡大するために賃金を含めコストを削減し、販売価格を下げて売上を拡大しようとする。当然の経済活動だが、これが負の結果を引き起こす。
ウォルマートの例
たとえば世界最大の流通業のウォルマートだ。ウォルマートは"Everyday Low Price"を旗印に、ITを駆使してコストを削減してサプライヤーから最安値で仕入れ、競争相手よりも低価格で売り、消費者のふところの助けとなっている。
しかしウォルマートの従業員は時給10ドル程度の低賃金で、平均年収は17,500ドル。多くの従業員には医療保険がない。それでもさらにパートタイム従業員を増やしている。ウォルマートには組合はなく、カナダで組合結成の動きがあった店舗は閉鎖された。
オバマ氏の副大統領候補として選ばれた労働者階級出身のジョセフ・バイデン上院議員は、「ウォルマートは時給10ドル払うと言います。しかしそれでどうやって中流の生活ができますか?」と訴えていたという。
ウォルマートが食品や医薬品の販売を拡大してきたので、競合のチェーン店は自社の労働者の賃金を切りつめ始めた。低賃金は伝染していくのだ。
ウォルマートのCEOリー・スコット・ジュニアの2005年の年収は1,750万ドル。平均的従業員の900倍だったという。
創業者サムウォルトンの子孫4人の資産は2005年で合計720億ドルであり、ビルゲイツの460億ドル、ウォレン・バフェットの440億ドルを上回る。
これに対して、2005年の米国の資産額下位40%の1億2千万人の資産合計は950億ドルだったという。
ウォルマートの様にCEOの待遇は良いのに、労働者の賃金は減らされる例がいくつも挙げられている。GMから分離独立した自動車部品メーカーのデルファイの新しいCEOは、時給27ドル(諸手当を加えると65ドル)を10ドル以下にしようとして会社を倒産させようとした。
キャタピラー、ノースウェスト、インテルなども従業員と賃金をカットしている。
多くの世帯の勤労所得でもシュンペーターが言うところの「創造的破壊」が起きているのだとライシュ氏は語る。
富は中流家庭から最上位に行ったのだ。1980年には米国の所得上位1%は、総収入の8%を得ていたが、2004年には16%を占めている。上位0.1%の所得はこの期間に3倍になったという。
ウォルマートグループと競合しているウェアハウスクラブのコストコは、従業員のスキルレベルを上げ、給料を高く払うかわりにサービスの質を上げる作戦で成功している。ウォルマートより高い平均17ドルの時給を払いながらも、念入りな社員教育によりサービスで差別化しているが、こういった考え方の企業はまれだ。
有能なCEOは希少資源
1980年のCEOの所得は平均的労働者の40倍だったが、2001年には350倍にふくれあがった。
有能な経営者は世の中には少ない。大企業の取締役会は失敗を恐れるので、成功者をCEOとして雇い入れるためには、高額の報酬を出しても良いと考える。だからCEOの報酬がスカイロケット化したのだ。
エクソン・モービルの元会長のリー・レイモンドは、同社が2005年360億ドルの利益を計上した年に引退し、1億4千万ドルの報酬と、2億6千万ドルのストックオプションを得たという。しかしそれはエクソン・モービルの利益に比べれば小さいものだという。
金融業界の賃金も高騰した。
大きな買収の相次いだ2006年には投資銀行の上級役員は3,000万ドル前後、トレーダーは5,000万ドル前後のボーナスを受け取っていた。ヘッジファンドはさらに上で、某社のヘッジファンドマネージャー26名の平均は年収3億6千万ドルで、前年比45%アップだったという。
2006年9月に苦境にあるフォードのCEOとして就任したムラーリー氏は基本給200万ドルとサイニングボーナス750万ドル、前の職場のボーイングを離れる際に失ったオプション補填の1100万ドルを含めて、3600万ドルが支払われた。
ムラーリーはボーイング時代に労働力を6割削減したという。痛みを伴う選択ができる人物だという。
ロビイストにあやつられる政治
ワシントンのロビイストは急増し、新興のマイクロソフト、グーグルなども大量の政治資金を投入している。
2006年10月に米国議会はインターネット賭博にクレジットカードの使用を禁じる法律を可決し、事実上インターネット上の賭博は禁止されることになった。これはカジノがロビー活動をしたためだ。
ビジネスでは勝ち続けているウォルマートが銀行への進出で敗北したのもロビー活動のせいだ。工業ローン会社の買収が、銀行業界のロビー活動によりFDICにブロックされたのだ。
アメリカ人の二面性
アメリカ人は市民としては地球温暖化に切実な関心を寄せているが、消費者や投資家としては、SUVを乗りまわし、2−3台の車を持ち、全部屋セントラルエアコンの快適な家に住み、大画面の薄型テレビを持ち、二酸化炭素をまき散らして、地球の温度を上げている。
消費者や投資家としての私たちは、市民としての声をかき消している。
クリントンが健康保険制度を導入しようとしたときも、企業が反対したのに対して、労働組合などからも支持が得られず結局成立させられなかった。
デジタルデバイドも拡大している。2006年全米の42%の世帯はパソコンを持っておらず、インターネットに接続していない。
ライシュ氏の処方箋
企業は人ではない。正確なイギリス英語では企業を呼ぶ場合は、たとえば"Rolls-Royce are"と複数形にしているという。
間違った人格化の結果、人間の権利が企業にも与えられているような錯覚が生じ、それが資本主義と民主主義の境界をあいまいにし、悪い公共政策に繋がっているという。
企業は愛国心を持っているわけではない。愛国心のために米国労働者を雇ったり、米国工場を維持するわけにはいかないのだ。例えばワールプールは米国の工場を閉鎖し、ドイツから食器洗い機を米国に輸出している。今やドイツ最大の対米食器洗い機輸出メーカーだという。
ライシュ氏の結論は「我々は消費者であり、投資家であるが、民主主義を守るために、民主主義という権力で、社会コストを引き下げ、購入する商品やサービスのコストを下げることができる」というものだ。
まるで小説の終わりのようにいわば余韻を残したような結論で、しかも日本語訳だと上記の太線部分はわかったようでわからない。
しかし本には具体的な処方箋は書いてなくとも、読者に考えさせる余韻を与える終わり方であることはたしかだ。
筆者は米国に合計9年間駐在したので、いろいろ考えさせられた。
たしかに米国には無駄が多い。全然エコではない。社会的にもライシュ氏が指摘しているロビー活動を制限するだけでも、膨大なコストが削減できるだろう。
社会的コストとしては、自分で自分の仕事(訴訟)をつくる日本の50倍もいる弁護士と天文学的な賠償金。高い訴訟リスク保険のため産婦人科医などが維持できなくなり、医療費も高騰していることなどがある。
いくらエネルギーコストが安いからといって、巨大なSUVを載りまわし、車を何台も持ったり、人が居てもいなくてもセントラルエアコンで家の隅々まで冷暖房したりということは、地球資源の浪費であり、もはや許されることではないだろう。
グリースパンを舌鋒鋭く批判するラビ・バトラは、「経済民主主義」を提唱しているが、まさにアメリカ人の国民としての品格が問われている。
グリーンスパンの嘘
著者:ラビ バトラ
販売元:あうん
発売日:2005-07
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経済合理性を極限まで追求したアメリカだからこそ、本書で述べられているような問題が起きている。
アメリカの轍を踏まない―それが日本人いや人類としての務めであり、警鐘を鳴らすという意味で、考えさせられる本だ。
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