2009年03月17日

深海の使者 吉村昭氏の最後の戦史小説

深海の使者 (文春文庫)深海の使者 (文春文庫)
著者:吉村 昭
販売元:文芸春秋
発売日:1976-01
おすすめ度:5.0
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「日本は原子爆弾をつくれるのか」に戦争末期にウラン鉱石を積んで日本向けに出航したドイツU−234潜水艦のことが紹介されていたので読んでみた。

この本は第2次世界大戦中の日本とドイツの軍事交易を描いており、潜水艦による交易と超長距離飛行機の試みを描いている。

潜水艦と飛行機以外にも関榮次さんの"Mrs. Ferguson's Tea-set"で紹介されていたように貨物船に偽装したドイツ軍艦でも日独交易は行われている。

潜水艦による交易は、昭和17年6月の伊ー30号に始まる。伊ー30号は数々の苦難を乗り越え、アフリカ喜望峰沖のローリングフォーティーズ(”吠える40度”= 南緯40度から50度の風浪の激しい海域)に到着した。

世界屈指の難所では常に40メートルを超える突風が吹き、波浪はすさまじく途中で故障が起こったが、なんとか2週間掛けて切り抜けた。

ドイツには雲母や生ゴム、航空母艦の設計図、航空魚雷の設計図などを送り、帰路にはドイツのレーダーと4連装機銃、エニグマ暗号通信機、工業用ダイヤモンドなどを持ち帰った。

伊ー30号は50日掛けて昭和17年の10月にマレーシアのペナンに帰還するが、ペナン港でイギリス軍の機雷にふれて沈没する。レーダーは壊れていたが、海軍は潜水夫を使ってなんとかレーダーの設計図と工業用ダイヤを回収した。

潜水艦以外でも昭和17年7月にイタリアの長距離飛行機SM−75クリミア半島、内蒙古の包頭経由で東京に到着した。SM−75は帰路も同じルートでイタリアに無事到着した。

昭和18年にはアフリカ沖の潜水艦同士のランデブーも行われ、ドイツで英国からのインド独立運動を指導していたチャンドラ・ボースを日本に招聘した。

日本の潜水艦伊ー29号には欧州大使館の活動資金として大量の金塊が積まれ、無酸素魚雷などがドイツに供与された。ドイツのU−180には、チャンドラ・ボースが乗り込むとともに、小型潜水艦の設計図、対戦車砲の特殊砲弾などが積み込まれた。

昭和18年4月にマダガスカル沖400海里で2隻の潜水艦がランデブーし、互いの積み荷を交換し要人を輸送した。

伊ー29号はチャンドラ・ボースをスマトラのサバン島に送り届けた。ボースは空路で日本に向かい、昭和18年6月には東京で東条英機首相と面談し、世界に向けてインド独立運動を呼びかけ、自由インド仮政府樹立を宣言した。

ドイツ行き第2弾は昭和18年6月の伊ー8号で、ヒットラーからの贈り物のUボートを回航するための乗務員50名と、キニーネ、錫、生ゴムを積み、途中でUボートと落ち合って、ドイツの最新式レーダーを装備し、66日でフランスのブレスト軍港に到着した。

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伊ー8号の帰路は、魚雷艇用のダイムラーベンツ社製エンジン、レーダー、電波探知機、4連機銃などを持ち帰った。航海途中の昭和18年9月にイタリアが無条件降伏し、とらえられていたムッソリーニがドイツの手で救出されるという事件もあった。

伊ー8号は苦難を乗り越え、約60日でシンガポールに帰還した。

ヒットラーの贈り物は2隻のUボートで、一隻のU−511は昭和18年7月に69日間の航海を終えてペナンに到着しており、呂ー500と改名された。ドイツの潜水艦無償譲渡の目的は、日本で同型艦を生産してほしいというものだったが、すでに資材が不足して日本には潜水艦の生産能力はなくなっていた。

日本側乗組員の乗るのはU−1224で呂ー501号と改名して、昭和19年3月に日本に向け出航した。ドイツの潜水艦技術やジェットエンジン技術を勉強した技術者も同船していたが、昭和19年5月に連合軍の最新式のソナーと対潜水艦兵器ヘッジホッグによる攻撃を受け大西洋で沈没した。

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ヘッジホッグ

出展:Wikipedia

第3弾の伊ー34号は、錫、タングステン、生ゴムなどを積み、日本の潜水艦技術者も乗船してドイツに向かったが、ペナン沖で英国潜水艦に撃沈された。生存者はわずかに13名だった。

第4弾は伊ー29号で昭和18年12月にキニーネ、生ゴム、錫、タングステンなどを積んでドイツに向かった。伊ー29号も途中でドイツ潜水艦とランデブーして、最新式のレーダーを装置し、86日の航海を経てキール軍港に入港する。

その間昭和18年7月には朝日新聞社超長距離飛行機キー77がドイツに向け無着陸飛行に飛び立つが、インド洋上で消息を絶つ。キー77は名古屋空港・航空宇宙館に模型がある。

キー77






出展:名古屋空港・航空宇宙館ホームページ

伊ー29号は昭和19年4月ドイツからレーダー、魚雷艇エンジン、Me262ジェット戦闘機、Me163ロケット戦闘機の設計図とドイツで学んだ日本人技術者を乗せて帰国の途につき、3ヶ月後シンガポールに到着した。しかし日本に戻る途中で、フィリピン沖で3隻のアメリカ潜水艦の待ち伏せ攻撃を受け、沈没する。

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Me262

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Me163

しかし機密兵器の図面はシンガポールから飛行機で輸送されたので、これを元にして秋水橘花と特攻機桜花が製造された。しかし秋水と橘花は試験飛行で大破し、わずかに桜花のみが実戦に使用された。

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秋水

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橘花

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桜花

出展:写真はすべてWikipedia

最後の第5弾は伊ー52号で、昭和19年4月に金塊2トンと、シンガポールで錫、タングステン、生ゴムを積んで出航した。ドイツの電波兵器技術の導入が目的だった。昭和19年6月6日には連合軍のノルマンディー上陸作戦が行われ、ドイツの配色が濃くなった中での出発だった。

伊ー52号はフランス入港まであと1日というところで撃沈された。昭和19年7月20日はヒットラー暗殺未遂事件が起こる。

最後の日独潜水艦便は昭和20年3月にキール軍港を出港したU−234だ。この潜水艦にウラン鉱石500Kgとジェットエンジンの設計図や、分解したMe262が積まれ、ヒットラー暗殺事件に加担したケスラー大将、ドイツで学んでいた潜水艦建造技術の専門家友永技術中佐と、ジェットエンジンの専門家庄司技術中佐が乗船した。

ちなみに吉村さんの本にはウラン鉱石の話はない。

U−234は最新のシュノーケルを装備していたので連続して15日間潜行を続けた。カナダのニューファウンドランド島東900キロに到着した時点で、昭和20年5月7日ドイツが無条件降伏したので投降せよとの緊急指令を受信する。

艦長は迷ったあげく、アメリカに投降を決意し、日本人技術者2人は睡眠薬を飲んで自殺した。

その後日本は無条件降伏した。終戦後アメリカ軍は日本が開発した高速潜水艦伊ー201号と超大型潜水艦伊ー400号をアメリカへ回航し、研究した後爆破処分した。

これによって日本海軍の潜水艦は佐世保で桟橋代わりに使われていた呂ー57号のみが残ったという。


この小説は吉村昭氏が書いた最後の戦史小説となった。

吉村氏は約200名の人に取材して昭和47年から「文藝春秋」に連載を始め、2年後に単行本として出版した。その時に挨拶状を送ったら24名の遺族から亡くなったと連絡があり、もう満足に資料を集めることはできないと感じて戦史小説を書くのをやめたという。

本作品は史実に基づいており、史実を知っても小説のおもしろさは変わらないと考え、史実部分のあらすじを紹介した。

小説なのでフィクションもあるのだろうが、広範囲で綿密な取材に基づくストーリーにはつい引き込まれる。

昭和48年(1973年)発刊の作品だが、大変おもしろい。是非一読をおすすめする。


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Posted by yaori at 23:13│Comments(1)TrackBack(1)小説 

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今日は、資格試験の模試を受けてきた。 結果は、まあまあか。 それにしても長いこと試験勉強しとるなあ、吾輩(汗) 深海の使者 (文春文庫)(2011/03/10)吉村 昭商品詳細を見る 久しぶりの吉村昭作品で...
吉村昭「深海の使者」を読破!!【タヌキおやじの日々の生活】at 2011年04月24日 20:27
この記事へのコメント
あたまにスッと入るあらすじ 著者様

著者様、こんにちは。突然のコメント、失礼致します。
オンラインブックガイド「新刊JP」を運営しております、新刊JP編集部と申します。

茂木さんの脳研究にご関心をお持ちとの記事を拝見して、コメントをさせていただきました!
今日はそんな熱心な著者様に是非ご紹介したい本があります。
茂木健一郎さんの新作、『化粧する脳』という本です。

内容を少しご紹介すると・・・
・女性は鏡に向かって化粧するとき、左右対称の顔、つまり「人から見た顔」に近づけようとしている。
・鏡に映った顔、メイク前は自分の顔、メイク後は他人の顔と認識している。
・「チラ見せ」が、エロスのキモ。

など、当然のようでちょっと不思議な現象を、脳科学の面から研究・分析しています。
単純な読み物としても気軽に楽しんでいただける大変興味深い内容になっていますので、是非お手にとってみてください!

なお、茂木さんの特別インタビュー記事のほか、音声インタビューも、今なら無料でお聞きいただけます!是非こちらもご覧にいらしてください。
http://www.sinkan.jp/special/kesyou/
それでは、突然のコメント、大変失礼いたしました。
新刊JPはまだブログを運営していないのですが、ご意見などありましたら、是非こちら→http://www.sinkan.jp/help/otoiawase.htmlからお寄せください!お待ちしております。
Posted by 新刊JP編集部 at 2009年03月18日 17:42