2009年04月11日

消えた潜水艦イ52 1997年のNHKスペシャル 恐るべきアメリカ軍の諜報力

2009年4月11日追記:

畑村さんの「失敗学のすすめ」を読み直してみたら、イ52を沈めた護衛空母ボーグが戦時中アメリカが大量生産したリバティ船を航空母艦に改造した船だということがわかった。

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出展:Wikipedia

リバティ船とはそれまでのリベット接合に代えて鉄板を溶接して接合した急造の1万トン級の船で、全米18個所の造船所で戦争中に同じ形の船がなんと2,700隻も作られた。そのほかビクトリー船やT2タンカーなども合計1,000隻以上大量生産された。

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出展:Wikipedia

これらが大戦中の軍事物資の輸送に活躍し、アメリカを勝利に導いたのだ。リバティ船などの急造船のうち、なんと122隻がボーグの様な護衛空母に改造され、アメリカが戦時中につくった空母は151隻にも達した。

日本の全空母数の31隻に対して圧倒的な差である。

護衛空母のうち多くはイギリスにレンド・リース法により無償貸与され、イギリスの輸送船団護衛に威力を発揮した。

その後このリバティ船はなんと1,200隻の船体に何らかのダメージが生じ、230隻は沈没または使用不能となった。

冬の北大西洋で船体にダメージを受けるリバティ船が続出したので、理由を調査した結果、溶接鉄板の低温脆性のせいで沈没したことがわかった。これが畑村さんの「失敗学のすすめ」に書いてあったことだ。

それにしてもアメリカの圧倒的な生産能力に今更ながら感心する思いだ。

「消えた潜水艦イ52」で紹介されている武器の質の差とともに、これだけ圧倒的な物量の差があれば、とうてい日本には勝ち目はなかったことがわかる。


2009年4月8日初掲:

消えた潜水艦イ52 (NHKスペシャル・セレクション)消えた潜水艦イ52 (NHKスペシャル・セレクション)
著者:新延 明
販売元:日本放送出版協会
発売日:1997-08
おすすめ度:5.0
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1997年3月2日に放送されたNHKスペシャル、消えた潜水艦イ52を本にまとめたもの。YouTubeにも収録されている。





日本が最高機密にしていた潜水艦のドイツ派遣が、アメリカの暗号解読によってアメリカに筒抜けになっていたという驚くべき事実が語られている。

アメリカ側は派遣時期から同乗している民間企業の技術者の名前や専門まですべて調べ上げていた。

そして潜水艦の動静を刻々と追って、ついに対潜水艦攻撃部隊の最新鋭兵器によってイ52は大西洋の底に葬られたのだ

まるで孫悟空がお釈迦様の手のひらで踊らされて、最後はひねりつぶされたような感じだ。米海軍の教育用テープにまとめられた沈没したときの音までインターネットで公開されている。遺族は複雑な心境だろう。

イ52は第2次世界大戦中の日独の軍事交易のために派遣された対独派遣潜水艦の5隻めで、最後の派遣鑑だ。

大戦中の日独の潜水艦による軍事交易については、吉村昭さんの「深海の使者」を紹介したが、吉村さんの小説は生存者や関係者など約200人への取材に基づくもので、1973年(昭和48年)の発刊だ。

日本からの潜水艦には2トンもの金を積んでドイツに向かったものもあった。そのうちの一隻がイ52だ。

「深海の使者」ではイ52は昭和19年7月にフランスに入港する直前に消息を絶ったと書かれているが、実はイ52はドイツ潜水艦とのランデブーを終わった直後、昭和19年6月下旬にアメリカの電撃機の最新式の音響探知(ホーミング)魚雷により撃沈されていた。

なぜイ52から到着間近という連絡があったと誤解したのか理由は不明だという。

吉村昭さんが取材していた当時は、アメリカ軍の秘密文書は公開されていなかったので、日本側の関係者はアメリカ側がイ52の動静をシンガポール出航から追っていたことは一切知らなかった。

しかしアメリカ軍は日本軍や外務省の暗号通信を解読していたので、ドイツ派遣潜水艦の派遣決定や、潜水艦の同行などをつぶさにつかんでいたのだ。

だから第3弾のイ34がシンガポールを出た直後英国潜水艦トーラスに待ち伏せされ撃沈された。

また第4弾のイ29はドイツからからレーダー、魚雷艇エンジン、Me262ジェット戦闘機、Me163ロケット戦闘機の設計図とドイツで学んだ日本人技術者を乗せてシンガポールまで帰着したが、日本に帰る途中のフィリピン沖で米国潜水艦3隻の待ち伏せ攻撃で撃沈されてしまう。

広い太平洋でタイミング良く3隻の潜水艦が一隻の潜水艦に出会って、一斉に攻撃するということなどありえない。待ち伏せされたのだ。

最後のイ52は昭和19年4月23日に金2トン、生ゴム、錫、タングステン、キニーネなどを積んでシンガポールを出航した直後、5月7日にはアメリカ側に出航を感知されている。

たぶんシンガポール近辺で日本軍艦の出入りを監視していたスパイの報告によるものと思われる。

イ52については、日本側にはほとんど資料は残っていない。しかし1990年頃に公開されたアメリカ軍のウルトラトップシークレットによると、アメリカ側はイ52の渡航目的、乗り込んだ日本側の技術者の専門と出身会社、積み荷、そして動静から沈没地点まですべてつかんでいたことがわかる。

NHKはアメリカ国立公文書館に残されたアメリカ軍の秘密文書を大量に入手し、その分析をすすめて、この番組を制作した。

もっともNHKがイ52に注目したのはアメリカのトレジャーハンター、ポール・ティドウェル氏の宝探しがきっけだ



ティドウェル氏は、公開されたアメリカ軍のウルトラトップシークレット情報約2000ページを読み込み、その資料をもとに、イ52が積んでいた金2トンを海底からサルベージしようとロシアの海洋調査船をやとって宝探しを続け、とうとう5,000メートルの深海に横たわるイ52の残骸を発見した

アメリカ軍はドイツ派遣命令が出た翌日の昭和19年1月25日の東京の海軍省からベルリン駐在の駐独海軍武官に宛てた電文を解読して、イ52がドイツに派遣される予定であることをすでにつかんでいた。

アメリカ軍は当時全世界に電波の傍受網をはりめぐらせて、複数の施設で傍受して発信元を特定し、傍受した暗号文はすべてハワイやワシントンの暗号解読施設に直ちに送られて解読された。

当初は暗号の解読に時間がかかっていたが、昭和19年にはほぼリアルタイムで暗号解読ができるようになり、通信が行われてから4−5日で英訳した報告書が作成されていたという。

日本の暗号は複数あったがほとんどが暗号書と乱数表を使ったもので、まず文章を暗号表をもとに数字に置き換え、それを今度は乱数表にかける。そして受け取った側に、どの乱数を使ったか、どの個所から乱数を使ったかを示す符号を巧妙に電文に隠すというやりかたを取っていた。

だから一旦解読できたら後は簡単に解読できたのだ。

潜水艦の訪独作戦に関する連絡は短波の無線通信によって交わされ、その情報は深夜に浮上するイ52にも伝えられた。

アメリカ側は無線を傍受してイ52を追跡し、6月23日にドイツ潜水艦U530と会合し、ドイツ側からレーダー逆探知機を受け取り装備することまで知っていた。

その直後イ52号を追跡していたアメリカ海軍の第22.2対潜部隊で、護衛空母ボーグを中心に、ジャンセンハバーフィールドなど5隻の駆逐艦で構成されたUボート攻撃のベテランチームがイ52を攻撃した。

このボーグを中心とするチームは、ドイツから寄贈され、日本に向かっていた2隻のUボートのうちの一隻のU−1224(ロー501と改名)を沈めたチームでもある。

アメリカ側は最新式レーダーと潜水艦の音を探知する音響探知機ソノブイを装備したアベンジャー雷撃機を発進させ、ランデブー直後のイ52をとらえ、スクリュー音を探知して自動追尾する最新式のマーク24魚雷で撃沈した。

ランデブー翌日24日の午前2時のことだ。



イ52号を撃沈したソノブイと音響追尾魚雷マーク24は実戦に投入されたばかりだったという。

NHKの放送ではイ52を撃沈したパイロットのゴードン中尉にインタビューし、イ52が魚雷攻撃で爆発して沈没する時の様子をソノブイがとらえた録音を番組で流している。

この録音テープはアメリカ海軍の対潜水艦飛行部隊の教材テープとして使われていたもので、潜水艦のスクリュー音、爆破音、飛行機のパイロットの会話、ブリキ缶を踏みつぶすような水圧で艦体がつぶれる音まで入っていて、最後に2度の爆発音で終わっている。

こんなテープが残っていることを知ったら遺族はどう思うだろう。圧倒的な技術力と生産力の差が招いた悲惨なイ52の最期だ。

このイ52の対独派遣については、非常に詳しいサイトがあるので興味のある人は参照してほしい。

以前読んだ柳田邦男氏の「零戦燃ゆ」にも、アメリカ軍のVT信管(信管に小型のレーダーを組み込み、電波が敵機に当たって反射すると爆発する仕組み)により飛躍的に対空射撃の命中精度を上げ、勝利に貢献したことが書いてあったが、それ以外にもレーダー、ソノブイ、ホーミング魚雷、ヘッジホッグといい、日本軍とアメリカ・イギリス軍の軍事技術の差は大きい。

零戦燃ゆ〈2〉 (文春文庫)零戦燃ゆ〈2〉 (文春文庫)
著者:柳田 邦男
販売元:文藝春秋
発売日:1993-06
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魚雷艇用高速回転エンジン

この本ではイ8が持ち帰ったベンツ製の魚雷艇用高速回転エンジンの話が取り上げられている。超高精度で加工された部品を見た三菱重工の技術者が、日本でのコピー生産は無理と断念した。

日本は外国の製品を輸入してコピー品をつくる「宝船」方式で兵器を生産してきたが、魚雷艇用のエンジンは大型鍛造クランクシャフトが日本で製造できないことと、1万分の1ミリの精度の加工精度は出さないことの2つで日本での製造は不可能だった。

大型船用のエンジンは製造できるが、100トン程度の小型船で70キロ以上の高速を出せるエンジンは軽量化と高速化回転が要求され、とても日本の技術では生産できなかったという。

日本とドイツの産業技術には大きな差があった。そしてそのドイツとアメリカ・イギリスのレーダーや音響兵器技術にも大きな差があった。

日本はレーダーや音響兵器の分野では世界のかやの外だった。

潜水艦で苦労してドイツに持ち込んだ日本自慢の酸素魚雷に、ドイツが見向きもしなかったことがよくわかる。

ドイツはアメリカと同様に音響魚雷を既に開発しており、イ52の積み荷の中には音響魚雷も入っていた。

もとから勝てる戦争ではなかったといえばそれまでだが、湾岸戦争でもイラクと米軍の圧倒的差が出たように、単に戦車とか軍艦とか潜水艦などのハードだけ作っても、搭載する武器の質や暗号解読などから得た情報を活用して戦略に活かすシステムの有無が大きな差になる。

現在の日本は世界トップレベルの加工技術を持っており、クランクシャフトなどはむしろGMなどビッグスリーはじめ全世界に輸出しているほどだが、戦前の日本の生産技術は欧米先進国とは大きな差があった。

昔筆者の友人から聞いた話だが、友人のおじいさんが三菱商事につとめており、戦前にチェコから機関銃を輸入して、バラバラに分解し、再度組み立てたら、すべてが元通り組み立てられたので驚いたという。

当時の日本の技術では加工精度が低かったので、部品をぴったり会わせるために、削って寸法を合わせていたのだ。

だからバラバラに分解して部品を混ぜてしまうと、それぞれちょっとずつ寸法が違ったので、元通りぴったり合わせることは不可能だったという。

NHKの番組では、イ52と運命をともにした三菱重工の蒲生さんというエンジニアにスポットを当てて、圧倒的な差があるにもかかわらず、なんとか欧米との差を縮めようと努力した当時の事情を紹介している。





この話はドラマとしてはおもしろいが、それにしてもアメリカ軍の徹底的な暗号活用と日米の軍事技術の差に驚かされる。

YouTubeに収録されているので、是非番組も見てほしい。"i-52"(アイ52)で検索すると数件表示されるはずだ。

たまたま図書館で見つけた本だが、大変おもしろかった。

是非図書館やアマゾンマーケットプレースで見つけて、一読されることをおすすめする。


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Posted by yaori at 01:29│Comments(0) ノンフィクション | 戦史