2009年04月21日

プリンス近衛殺人事件 おどろくべきロシア小説

プリンス近衛殺人事件プリンス近衛殺人事件
著者:V.A. アルハンゲリスキー
販売元:新潮社
発売日:2000-12
おすすめ度:4.0
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近衛文麿の長男で、プリンストン大学出身の英才ながら2等兵として入隊し、砲兵中尉になったところで終戦。ソ連に抑留され、ついに帰国することなく1956年に死亡した近衛文隆を中心にソ連のシベリア抑留を描いたノンフィクション小説。

ベビーフェイスの陸軍士官姿の写真が表紙に載っている。

近衛文隆といえば、白洲次郎が「カンパク」と呼ぶ近衛文麿に頼まれて家庭教師のように面倒を見ていたことが「白洲次郎 占領を背負った男」にも紹介されている。

近衛文隆がシベリア抑留され、1956年に亡くなった時に、次郎は「ソ連の野郎、絶対にゆるさねえ!」と叫んだという。


著者はロシア人ジャーナリスト

この本の著者はプラウダと並ぶロシアの2大新聞のイズペスチャの元副編集長で、ウズベキスタン国会議員やタシケント市長も兼任したアルハンゲリスキー氏だ。

著者自身の父親、兄弟が対独戦争で行方不明となったが、どこで戦死したのかも一切分からないため、ジャーナリストという地位を利用して各地の公文書館で調査を重ねたが、結局消息はわからなかった。

その際、近衛文隆をはじめとする日本人抑留者のKGBでの証言記録や強制収容所抑留記録が見つかったので、数万点もの資料を集め、本にまとめたものだ。

邦訳で300ページ余りの本だが、原著はこの数倍におよぶところを訳者が編集したという。


「おどろくべき本」

訳者もあとがきで評しているが、まさに「おどろくべき本」だ。

門外不出のKGB機密文書が紹介され、近衛文隆、そしてスターリンに粛正された元大臣や高官などの牢獄での様子なども紹介されている。

スターリンの側近や息子も収容所送りの例外ではない。

たとえばナンバー2のモロトフ外相の妻もスパイ容疑で収容所に送られた。一時近衛文隆が収容されていたKBG本部ルビヤンカの隣の部屋には元国家保安相でKGBの創始者アバクーモフが収容されていた。

KGB_House_Main




ルビヤンカ(旧KGB本部)出典:Wikipedia

スターリン死後に権力を握ったベリヤはほどなく処刑され、中将にまでなったスターリンの次男も収容所に送られ、シベリアのウラジミール監獄で近衛文隆と会ったという。

007の「リビング・デイライツ」で、しょっぱなのジブラルタルでの英国諜報部員のトレーニング中にエージェントがロープを切られて殺されるが、そこに出てきた紙切れに書いた”スパイに死を(スメルチ・シピオーナム)”という言葉が「赤軍諜報本部=KGB」の事を指すことが初めてわかった。



抑留者を強制労働

この本の著者はロシア人だが、戦争捕虜の権利を保障したハーグ条約があるにもかかわらず、ソ連だけが日本、ドイツなどの捕虜をシベリア抑留し、鉄道建設などの強制労働に使ったことが告発されている。

日本のシベリア抑留者の数は、一般的に言われている65万人という数字はデタラメで、実際には100万人以上が(300万人という説まである)抑留されていたこと、抑留者の死亡者は約37万人で、最初の1945年だけで夏服で掘っ立て小屋のラーゲリ(収容所)に収容された日本人が27万人も死亡したことなどがKGBや旧ソ連の政府資料などを中心に立証されている。

さらに抑留者のみでなくソ連の政府高官までも粛正され、一説には1,200万人のロシア人が”スターリン粛正”で処刑されたという。

スターリン他のソ連首脳の会話などは、一部は小説の形式を取っているが、大半の部分が著者が調べたKGBや当時の政府の秘密資料に基づいているノンフィクションである。

近衛文隆が亡くなったのは終戦後11年も経った1956年だ。

日本では近衛文隆返還運動まで起こり、鳩山一郎首相がソ連と交渉して、近日中の帰国が予想されていただけに、脳出血によるあっけない死にはたしかに疑問が残る。

著者のアルハンゲリスキー氏は、関東軍の高級将官の多くが、脳出血が理由で死亡している事実を指摘し、KGBは自分たちの意のままに操れない人物、反ソ連的思想がある人物を脳出血で葬ったのではないかと語る。

KGBは近衛文隆に共産主義への洗脳を試みたが、近衛がそれに応じないのを見て、このまま日本に返すと、やがては父の後を継いで政治家となり、反ソ連勢力となることを恐れた。

だから近衛文隆の帰国が時間の問題になってきたタイミングで、近衛を脳出血で殺したのではないかと。

死の直前に書いた日本への手紙数通が紹介されている。

日本から缶詰とか食料などの差し入れが可能となったので、最近は収容所生活で太ってきたとか、日本に帰ったらゴルフをやりたいとかと書かれている。

真実は今となっては永遠にわからないままだが、たしかに死の直前の奥さんや弟宛の手紙にコーヒーを送ってくれとかPSで書き添えているところを見ると、とてもすぐに病気で死亡するような状態とは思えない。

同じ収容所にいた元関東軍将軍も、近衛文隆が高熱が出て激しい頭痛を訴え、そのまま帰らぬ人になった様を報告している。

死亡診断書が残されているが、署名者からいってもそれは死亡直後のものでなく、近衛正子夫人がソ連を訪問して遺骨を引き取ることが決まってから急遽作成されたものに違いないという。

こんな話を読むと、今の北朝鮮が日本の拉致被害者に旧ソ連のKGBと同じことをしているように思われてならない。横田めぐみさんはじめ、他の拉致被害者も脳出血などの形で、北朝鮮に葬られたのでなければ良いのだが…。


著者アルハンゲリスキー氏の提言

最後に著者のアルハンゲリスキー氏は、シベリア抑留は旧ソ連の違法行為であり、日本政府は次の10ヶ条を要求すべきだと締めくくっている。

1.日本は自発的に武器をおいた。ロシア国会は関東軍を捕虜にした事実を公式謝罪する。

2.対日戦勝日(9月3日)を廃止する。あったのはソ連の対日侵略行為のみである。

3.「シベリア抑留白書」を刊行する。

4.暴力的にソ連国内に拉致された日本軍人、市民は強制抑留者であることを認める。

5.ソ連復興における日本人の勤労貢献に関する公式データを発表し、元抑留者や遺族に補償する。

6.すべての日本人墓地を整備し、死者の名前を入れた墓標を建立し、死亡者名簿を渡す。

7.おおむね日本人の手によって建設されたバイカル・アムール鉄道を日本幹線と改称する。

8.ハバロフスク裁判などの日本人に対する裁判は国際法上違法であり、全被告の名誉回復を行う。

9.近衛文隆関連の文書をすべて公開し、記念館を建て、KGB拷問室での近衛文隆の物語を刊行し、映画化する。近衛文隆を殺した犯人に対する国際裁判を開廷する。

10.しかるべき研究機関にシベリア抑留問題に関する文献を集めさせ、研究・発表させる。

日本の対ロシア平和条約は北方領土問題の根本的解決のみならず、シベリア抑留問題の解決がないとあり得ないことだと著者は語る。

今のロシア人の大半は、北方領土は太古よりロシア領であり、それが日露戦争で日本に武力で奪われたというウソの歴史を教え込まれ、信じ切っている。

日本側もこの誤解を解く努力をしていないので、100年くらいは北方領土問題は解決が難しいだろうと語る。

一方シベリア抑留問題は、国家秘密であったので多くのロシア人が問題の存在自体を知らなかった。

しかし事実が公表されれば、過去において自国政府が行った非人道的行為を理解するだろう。

収容所群島の犠牲者という意味では、今のロシア人も同じだと。


近衛文隆の話は決して忘れてはならないことだ。その意味で、劇団四季がミュージカル化したのは、すばらしいことだと思う。

このミュージカル「異国の丘」は、最近DVDも発売された。

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出演:劇団四季
販売元:NHKエンタープライズ
発売日:2009-01-23
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この中では近衛文隆が作曲した”苦難に堪えて”という歌も歌われている。

筆者も一度見てみようと思う。

ロシア人が悪いのではない、旧ソ連という人非人国家があったのだ。多くのロシア人も同じような被害を被っている。

ノーベル賞受賞作家のソルジェーニツィンもシベリア送りになり、出所後「収容所群島」を書いているので、今度読んでみようと思う。

収容所群島(1) 1918-1956 文学的考察収容所群島(1) 1918-1956 文学的考察
著者:ソルジェニーツィン
販売元:ブッキング
発売日:2006-08-03
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ロシア人も被害者であることがわかっただけでも読んだ意味があると思う。2000年出版の本で、絶版になっているようなので、是非一度図書館などで借りて読むことをおすすめする。


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Posted by yaori at 12:44│Comments(0)TrackBack(0) 小説 | ノンフィクション

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