2009年05月06日

B-29 日本爆撃30回の実録 東京空襲を行ったパイロットの証言

B‐29日本爆撃30回の実録―第2次世界大戦で東京大空襲に携わった米軍パイロットの実戦日記B‐29日本爆撃30回の実録―第2次世界大戦で東京大空襲に携わった米軍パイロットの実戦日記
著者:チェスター マーシャル
販売元:ネコパブリッシング
発売日:2001-05
おすすめ度:5.0
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中央区図書館で見つけて読んでみた。

東京裁判についての渡部昇一さんの「パル判決書の真実」を読み、いまさらながら、東京裁判は勝者が敗者を裁く復讐裁判で、勝者の「人道に反する罪」といえる原爆や東京空襲が不問に付されていることが気になったので読んでみた。

この本はB−29で日本爆撃を30回出撃し、無事生還した米軍のパイロットが当時の日記を元に爆撃の記録をつづったものだ。

以下写真の出典はすべてWikipedia。

Boeing_B-29_Superfortress_USAF






B−29は第二次世界大戦末期に投入されたボーイング製の4発の爆撃機で、レシプロエンジン(ジェットエンジンの対義語)では最高の爆撃機と言われている。

B−29は1万メートルを超える高々度で飛行していたので、日本軍の戦闘機も1万メートルまで上昇して攻撃することは容易ではなかった。

また日本軍の高射砲も一部を除いては1万メートルの敵機を打ち落とす能力はなく、ほんの一部のB−29を撃ち落としてたのみだった。

日本軍の高射砲弾は時限信管で、VT信管ではなかったことも、戦果が挙がらなかった原因の一つだ。

この本の著者がB−29で日本を爆撃したのは1944年11月から1945年6月までで、合計30回の爆撃ノルマをこなして、全クルーが無事米国に帰還している。

B−29はサイパンから日本を爆撃したが、1944年末当時はまだ硫黄島が米軍の手に落ちていなかったので、硫黄島からしばしば日本軍の戦闘機や爆撃機がサイパンの米軍基地を攻撃してB−29の損失も多かった。米軍は1945年2月に硫黄島総攻撃を開始し、3月に栗林中将を指揮官とする日本軍守備隊は玉砕した。

それ以降はサイパンに対する日本軍の組織的な攻撃はなくなり、硫黄島を基地とするP−51戦闘機が毎回数百機出撃し、B−29爆撃機を援護するようになり、日本本土上空でも日本軍戦闘機をB−29に寄せ付けなかった。

P−51

784px-P-51H






この本を読むと最初のうちは中島飛行機武蔵製作所や群馬県太田市の中島飛行機、名古屋の三菱などの飛行機工場を爆撃している。

ところが、3月9日になって急に東京への焼夷弾攻撃のブリーフィングが行われ、ほとんどの者が民間人攻撃の命令を受けて、信じがたい思いで座ったまま唖然としていたという。

合計334機のB−29で東京を火の海にしろという命令だ。

戦闘機の反撃はあっても圧倒的多数の護衛戦闘機に守られて軽微と予想されるので、弾丸は尾部銃塔のみに搭載し、焼夷弾を積めるだけ積んで出撃するのだと。

1個3キロ程度のM69焼夷弾を金属の帯で束ねて500ポンドの焼夷弾をつくる。

時限装置をつけ、地上に近づくと時限装置が作動して集束が解かれ、焼夷弾が広域にわたって散布されるしくみで、一機に24発の500ポンド焼夷弾を積み、横0.5マイル x 縦1.5マイルの範囲に散らばって落ちるという。

東京を焼き尽くし、民間人を攻撃するという出撃命令を受けてからはみんなふさぎ込んでしまったという。パイロットはこれが人道に反する攻撃だと知っていたのだ、

3月10日の東京大空襲では、高度2,000メートルで爆撃したので、がらくたや人肉の焼ける異臭がしたという。

日本軍の戦闘機は、屠龍、飛燕、鍾馗、月光などが迎撃し、このころから体当たり攻撃をするようになったこともあり、B−29のパイロットを恐れさせるが、実際には圧倒的多数の強力なP−51に守られたB−29まで到達する日本軍戦闘機はまれだったという。

屠龍

Kawasaki_Ki-45-1



飛燕

Kawasaki_Ki-61-14



鍾馗

Ki-44





月光

月光



この本の著者の属するB−29の25番クルーは30回、合計452時間の出撃を終えて米国に帰還する。

日本機撃墜10機、不確実7機、撃破2機というのが25番クルーの戦績である。

上記で紹介したように、東京空襲を行った米国人パイロット達も、民間人をターゲットとすることで落ち込んでいたのだ。

マッカーサーをフィリピンから追い落とした本間雅晴中将は、「バターン死の行進」の責任者として、戦後マニラ軍事裁判で死刑となり銃殺された。本間中将は銃殺される際に、自分はバターン死の行進の責任を取って殺されるが、広島や長崎に原爆を落とした張本人は罰せられないのかと発言したといわれる。

同じことが民間人をターゲットにした無差別爆撃の東京空襲にも言えると思う。(その意味ではドイツ軍のゲルニカ爆撃や連合軍のドレスデン爆撃、日本軍の重慶爆撃も同じことが言えると思う)

勝者が敗者を裁くのは戦争裁判の特質からやむをえないかもしれないが、民間人への攻撃を目的としたハーグ条約違反の行為は、たとえ軍事裁判にかけられなくても、「人道に対する罪」となると思う。

オバマ大統領は、チェコのプラハで核兵器廃絶をぶち挙げ、米国は唯一の原爆使用国として"moral responsibility"があると演説したが、東京やドレスデンなどへの民間人を対象とした無差別攻撃を命令した者についても、責任が明らかにされるべきだと思う。

そんなことを考えさせられる本だった。



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Posted by yaori at 03:21│Comments(0)TrackBack(0) ノンフィクション | 戦史

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