2009年09月02日

シュリーマン旅行記 清国・日本 江戸末期の日本旅行記

シュリーマン旅行記清国・日本 (講談社学術文庫 (1325))シュリーマン旅行記清国・日本 (講談社学術文庫 (1325))
著者:H.シュリーマン
販売元:講談社
発売日:1998-04
おすすめ度:5.0
クチコミを見る

トロイ遺跡発掘で有名なシュリーマンの清国・日本旅行記。

シュリーマンの「古代への情熱」は筆者が学生時代最も感銘を受けた本の一つで、長男が大学に入った時にプレゼントした本の一冊はこれだ。

今回あらためてパラパラっとめくってみたが、たしかに「清国・日本」は自身の最初の著作として「古代への情熱」にも記してあった。

筆者が商社に入ってスペイン語を覚えたのも、もとはといえば13カ国語(18カ国語?記憶不確か)がしゃべれるというシュリーマンの影響もある。6週間で1カ国語をマスターできるという話には驚いたものだ。

古代への情熱―シュリーマン自伝 (新潮文庫)古代への情熱―シュリーマン自伝 (新潮文庫)
著者:シュリーマン
販売元:新潮社
発売日:1977-08
おすすめ度:4.0
クチコミを見る

そのシュリーマンが幕末の日本に旅行できているとは全然知らなかった。この旅行記も1990年の初訳だ。

シュリーマンはドイツ生まれ。語学の才能を活かして貿易商となり、ロシアのサンクトペテルブルグで会社を設立し巨万の富を蓄えた。その富を利用してホメロスのオデッセイアに出てくるトロイが実在したことをたしかめるためにトロイ発掘に注力した。

ホメロス オデュッセイア〈上〉 (岩波文庫)ホメロス オデュッセイア〈上〉 (岩波文庫)
販売元:岩波書店
発売日:1994-09
おすすめ度:4.0
クチコミを見る

清国・日本に立ち寄ったのが1865年、そしてヨーロッパに帰ってトロイ遺跡を発掘したのが1871年だ。

中国については70ページで、北京、天津、万里の長城、上海の当時の様子を描いている。

日本については100ページにわたり当時の江戸、八王子の様子、人々の暮らし、日本文化について書き記している。

中国の悪印象とは好対照に日本については高い民度に感銘を受けている。


清国旅行記

たとえば中国については、

「私はこれまで世界のあちこちで不潔な町をずいぶん見てきたが、とりわけ清国の町はよごれている。しかも天津は確実にその筆頭にあげられるだろう。町並みはぞっとするほど不潔で、通行人は絶えず不快感に悩まされている。」

ゴミ、乞食、野犬、罪人など。それに纏足(てんそく)、アヘン、海賊、賭け事好きの中国人への不快感などが語られている。


日本旅行記

これに対して日本の出だしは次の通りだ。

「私は心躍る思いでこの島に挨拶した。これまで方々の国でいろいろな旅行者に出会ったが、彼らはみな感動しきった面持ちで日本について語ってくれた。私はかねてから、この国を訪れたいという思いに身を焦がしていたのである。」

シュリーマンは様々なものに驚いている。

決して勘定をふっかけない船頭からはじまって、チップを決して受け取らない好意的で親切な役人、日本人はみな園芸愛好家で、住宅は清潔さのお手本だと褒めている。

「日本人が世界でいちばん清潔な国民であることは異論の余地がない。どんなに貧しい人でも、少なくとも日に一度は、町のいたるところにある公衆浴場に通っている。」

シュリーマンは男女混浴の公衆浴場に驚いている。(公式には男女混浴は禁止されていたが、ついたて板で仕切られていた程度だったようだ)

将軍家茂の上洛の行列を見物して、その行列の配置を書き残している。


町田にもシュリーマンは立ち寄っている

筆者は現在町田に住んでいるが、筆者にとって特に興味深かったのはシュリーマンが町田を経由して八王子を訪問していることだ。八王子は絹生産地で手工芸の町ということで、他のイギリス人6人と連れだって訪問したという。

途中町田の茶屋で一泊している。


江戸訪問

当時江戸は外国人襲撃事件などもあり物騒で、外国人は住んでいなかったそうだが、横浜のグラバー商会の手配で、江戸訪問が実現した。当時の江戸は人口推定250万人で、世界最大の都市だ。

当時の江戸の簡単な地図が載っているので、紹介しておく。筆者の会社がある場所は当時は海の中だった。

edo map












出典:本文114ページ


5人のサムライが前後に護衛についての旅だ。馬は足に蹄鉄の代わりにわらじを履いていたという。

江戸では麻布の善福寺にあったアメリカ公使館を訪問し、江戸に残っている唯一の外国使節のポートマン代理公使と面談している。訪問の3年前にはアメリカ公使館の通訳のヒュースケンが暗殺され、イギリス公使館も襲撃をうけ10名が殺害されている。警護が厳しく、毎日合い言葉を変えていたという。

シュリーマンは麻布光琳寺のヒュースケンの墓にも行っている。

木彫り、絹織物、版画などの美術品も購入した。日本橋を経て浅草寺の観音を見た時には、「唐人」と叫ぶ群衆に取り巻かれ、珍しがってさわられたという。

浅草寺では仏像といっしょに花魁(おいらん)の肖像画が飾られているのに驚いたと語っている。

食事は米の飯に大体刺身がつき、煮魚や総菜がおかずだ。


感銘を受けた日本文化

シュリーマンは日本文化に感銘を受け、一つの章を日本文化論にあてて、次のように語っている。

★日本は工芸品において蒸気機関を使わずに達することのできる最高の完成度に達している。

★教育はヨーロッパの文明国以上に行き渡っている。シナやアジアの国々では女が完全な無知の中に放置されているのに対して、日本では男も女もみな仮名と漢字で読み書きができる。


日本の将来について考えさせられる

シュリーマンが感銘を受けている様に、元々日本人は民度の高い同質的な国民なのである。文化、道徳、倫理、高い教育程度が昔からの日本の伝統なのだ。

たとえ数字の上では、中国がGDPで日本を上回ることになっても、それは単に人口が中国の11分の1という人口差がもたらす必然であり、日中の実質的な差は大きい。

たとえGDPは世界3位になっても、エコが重視される現在日本が世界で範となる分野は多い。

エコ減税や様々な補助金などの税制をうまくつかって、日本国民の意識を高めれば、日本が世界一のエコエネルギー大国になることも十分可能だと思う。まさに前東大総長の小宮山さんが「課題先進国日本」で言っていたのと同じだ。

「課題先進国」日本―キャッチアップからフロントランナーへ「課題先進国」日本―キャッチアップからフロントランナーへ
著者:小宮山 宏
販売元:中央公論新社
発売日:2007-09
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


150年近く前のシュリーマンの日本旅行記であるが、昔の日本の姿を知ることは、今後の日本のことを考える時に役立つ。

もちろんシュリーマンの「古代への情熱」も是非読んで欲しいが、この本も簡単に読めるので、一読をおすすめする。


参考になれば投票ボタンをクリックして頂きたい。





Posted by yaori at 12:52│Comments(1)TrackBack(0) 自叙伝・人物伝 | 歴史

この記事へのトラックバックURL

この記事へのコメント
5
以前、政治評論家の三宅久之さんが、たかじんの番組でシュリーマンの本に言及していて読みたいと思っていました。

思い出させていただいて、ありがとうございます。
Posted by 間借人 at 2009年09月02日 15:16