2009年10月29日

マイクロソフトでは出会えなかった天職 成功するNPOのつくり方

+++今回のあらすじは長いです+++

マイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になったマイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になった
著者:ジョン ウッド
販売元:ランダムハウス講談社
発売日:2007-09-21
おすすめ度:5.0
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マイクロソフトで9年間勤務し、オーストラリアと中国に駐在して国際関係の要職を勤めていたが、1999年に辞めて社会起業家となったジョン・ウッドさんの本。

ウッドさんはマイクロソフトでの激務の合間に休暇で行ったネパールで、旅行者の置いていった数冊の本しかない学校の図書館の実情を知る。

校長に「あなたはきっと、本を持って帰ってきてくださると信じています」と呼びかけられ、親や友人に声をかけて本をネパールに寄付することからNPO活動を始め、人生を変える行動を起こす。

英語の原書では荷物を一杯積んでいるヤクのそばに立っているウッドさんの写真が表紙だ。

Leaving Microsoft to Change the World: An Entrepreneur's Odyssey to Educate the World's ChildrenLeaving Microsoft to Change the World: An Entrepreneur's Odyssey to Educate the World's Children
著者:John Wood
販売元:HarperBusiness
発売日:2006-09-01
おすすめ度:5.0
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NPOもビジネスだ

彼の活動は"Room to read"というNPOだ。

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世界の40カ国以上に地域チャプターがあり、日本にもチャプターがある

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各地でチャプター(支部)をつくってその国での活動をチャプターに一任するというのもすぐれてビジネス的な発想だし、このRoom to Read運動が世界的に広まった理由の一つだ。

以前Table for Two活動事務局長小暮真久さんの「20円で世界をつなぐ仕事」のあらすじを紹介したが、その中で語られていた「NPOもビジネスだ」ということがよく分かる。

マイクロソフトではたぶん億に近い給料と経費枠(アメリカの会社のエクゼクティブは、年俸と同じくらいの経費枠を持っており、社有車、住居、出張、ゴルフ場、接待その他の費用に充てられる)を得ていたウッドさんは自らの意思で無給で何年も働いた。

スタッフの多くも月給1,000ドルとかの低い給料なので、利益を上げることが目的の会社とはかなり違うが、NPOの慈善福祉団体でも、しっかりしたビジネスプランと営業力がないと成功しない。

ちなみに岩瀬大輔さんと伊藤真さんの「超凡思考」を読んだところだが、岩瀬さんが卒業したハーバードビジネススクールでは、今や卒業生の10%が社会起業分野に就職しており、最も人気が高い分野とのことだ。

超凡思考超凡思考
著者:岩瀬 大輔
販売元:幻冬舎
発売日:2009-02-10
おすすめ度:3.0
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いくら理念が立派なNPOでも、資金がなければ何もできないわけで、そのことを象徴するのが、Room to Readを立ち上げたばかりの時の2つの面談だ。


American Himalayan Foundationの冷たい対応

ネパールに本を寄贈する運動を立ち上げたいと最初にAmerican Himalayan Foundationに申し入れたら、女性専務理事は何度も待たせたあげく、話を始めて2分で「これ以上、お話をする必要があるかしら。あなたと同じ事をしている小さなグループは何百もありますね。」と切り上げようとした。

「マイクロソフトで学んだことは"Think Big"、大きく考えることです」と必死に食い下がると、「自分ならできると思う理由は?」と聞かれる。

「良い質問です。まず、私には意欲があり、エネルギーが山ほどあります。必死に働くこともいといません。テクノロジー業界時代の人脈は広く…。」と説明しはじめると、たった10分足らずでランチのアポイントがあるといって11時15分に打ち切られた。

「良い質問です。"Good question"」というのは、普通答えに困った時にとっさに言って、その間必死に考える為の時間つなぎの言葉で、答えを用意していなかったのがバレる結果となる。

理念だけではいくらでも同じような団体はあるのだ。面談後フォローのメールを出しても返事も来なかった。ウッドさんは「5つ星の事務所に星ゼロの人格」と皮肉っている。


ベンチャーキャピタリストの高い評価

もう一つの面談は、サンフランシスコでの成功したベンチャーキャピタリストとの面談だ。

ビル・ドレイパーはドレイパー・リチャーズというベンチャーキャピタルで成功し、ドレイパー・リチャーズ財団という財団をつくり、年間10万ドルの使途無制限の資金を3年間提供して社会起業家を支援している。ドレイパー・リチャーズは1959年から活動を始めたベンチャーキャピタリストの老舗で、マイクロソフトが買収したホットメールなどを育て上げた。

ビル・ドレイパーは秘書と一緒にメルセデスの赤のコンバーチブルでウッドさんの事務所に時間ぴったりに来た。ビル・ドレイパーは熊のような大男で、70歳になったばかりだが、10歳は若く見える。ラクダのブレザーに白いシャツ、赤のネクタイとブルックス・ブラザースのカタログから飛び出してきたようだったと。

ビルは「私は人材に投資する。まず、きみたちのスタッフについて説明して欲しい」と切り出す。

ウッドさんは次のように説明する。

「この資金集めのモデルは、世界を変えたいと思っている人のすべてが、今の仕事を辞めてまで行動を起こすわけにはいかない、という現実に基づいたものです。」

「誰でも資金集めに協力できるようにすることが目標です。仕事中に1時間だけ時間をやりくりしたり、夜や週末を使ったりして、イベントを企画する事なら出来るでしょう。」

「このモデルの利点は、ボランティアの彼らにお金を払う必要がないことで、資金集めのコストを抑えることができます。」

「すばらしい。いい発想だ。経費はすくないほどいい。」とビルは力強くこたえる。

次にRoom to Readのミッションステートメントだ。

「われわれのチームは途上国の地域社会と協力し、共同出資モデルをつくって、学校や図書館、パソコン教室、女子への長期的な奨学金など新しい教育インフラの創造を媒介する。」

ビルはまたも賞賛する「これはいい。共同出資はまさに理にかなっている。私がUNDPの総裁を務めていたことは知っているだろう?私はかねがね、援助計画を成功させる唯一の方法は、地元の住民にも労働力と少額の資金を提供させることだと思っていた。」

「そうでなければ援助は無償の贈り物にすぎず、当人たちに失うものがないから、プロジェクトの価値をだれも認めようとしない。」

ウッドさんは我が意を得たりということで、ハーバードビジネスクールのマイケル・ポーター教授の言葉を紹介する。

「旅行業界の歴史を通じて、レンタカーを洗車した人は誰もいない。所有している意識がなければ、長期的なメインテナンスはしない。私たちのプロジェクトも同じだと思っています。」

ビル・ドレイパーは国際発展に関する様々なエピソードを語り、Room to Readを賞賛した。「感心した」と語り、秘書が止めるのもかまわず、奨励金の使い道を考え始めると良いと言ってくれたという。

最後のだめ押しは事務所に置いてあったノースフェイスの黄色い寝袋だ。

「重要なレポートなどがあるときは、これが僕の家になるのです。」

「そう言って欲しかったんだ。一所懸命に働くことをいとわない人がいい。NPOは『仕事は9時から5時まで』の精神の持ち主が多すぎる。」


成功したのはマイクロソフトのおかげ

Room to Readが成功したのも、初期のマイクロソフトで培ったあきらめない営業力のおかげだと。

マイクロソフトでは、「大きく行け、それができなければ家に帰れ」と言われていたという。Room to Readの目標も「1,000万人の子どもに生涯の教育機会を届けること」だと。

「21世紀のアンドリュー・カーネギーは裕福な白人男性ではない。21世紀のカーネギーとは、関心の高い世界中の市民のネットワークのことで、それをこれからつくるのだ」とウッドさんは語る。


マイクロソフトの面接問題

「ビル・ゲイツの面接試験」のあらすじで紹介したマイクロソフトの面接試験のことが書かれていて面白い。

ビル・ゲイツの面接試験―富士山をどう動かしますか?ビル・ゲイツの面接試験―富士山をどう動かしますか?
著者:ウィリアム パウンドストーン
販売元:青土社
発売日:2003-06-15
おすすめ度:3.5
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1991年にマイクロソフトに応募したときウッドさんの面接官はメリンダ・フレンチ(当時はビルの恋人。今は奥さん)だった。彼女の質問は;

「商業銀行は、積極的な人やねばり強い人が集まる業界には思えません。コンチネンタル銀行での経歴を通して、あなたは例外なのだと説明してください」

ウッドさんはウェアトン・スチールとの大きな契約をまとめた経験を披露し、それが気に入られて1991年4月にマイクロソフトに入社した。1991年ということは、まだMS−DOSのコンピューターばかりで、ウィンドウズ3.0が出たばかりの時代だ。

思わぬ所でウェアトン・スチールという名前が出てきたが、ウェアトン・スチールは筆者のピッツバーグ駐在時代の取引先で、ピッツバーグから車で南に1時間弱のところにある製鉄所によく行ったものだ。かなり古い製鉄所だが、閉鎖せずに動かすために従業員が株主となっていた。

ウェストバージニア州の最大の雇用者なので、会社が破綻しそうになっても州政府が雇用確保のために、てこ入れしていたが、筆者が日本に帰国してから倒産し、資産はオークションにかけられ、世界最大の鉄鋼メーカー、ミッタルが買収したそうだ。


マイクロソフトのエクゼクティブ達

マイクロソフトのビル・ゲイツや、こわいボスだったスティーブ・バルマーのエピソードが紹介されているのも面白い。

ウッドさんはビルが中国に出張で来た時に、マスコミに言って欲しいことをブリーフィングするが、ビルは何の準備もしていなかったという。「カネをたっぷり稼いだ人は、たいてい悪い聞き手になる」という紀行作家のポール・セロー(Paul Theroux)の言葉を紹介している。

ワールズ・エンド(世界の果て) (村上春樹翻訳ライブラリー)ワールズ・エンド(世界の果て) (村上春樹翻訳ライブラリー)
著者:ポール セロー
販売元:中央公論新社
発売日:2007-11
おすすめ度:3.5
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スティーブ・バルマーとは仕事でも、一緒のジョッギング中にも怒鳴りまくられたが、ウッドさんがボストン・マラソンで3時間4分の記録だったということをしっかり覚えていて、「部下のことは何でも知っているんだ」と言っていたという。

スティーブ・バルマーの飛び跳ねるビデオがYouTubeに載っている。気が違ったのではないかと思えるようなビデオなので、"Steve Ballmer going crazy"というタイトルが付いている。




Room to Readの営業方針

ウッドさんは次の5つの方針で営業にあたったという。

1.お金のある人は、教育が自分の人生に役に立ったという経験をしている可能性が高い。その「お返し」に途上国の子どもに同じ贈り物をできるのだと強調する。

2.寄付がもたらす直接の効果がわかる。8,000ドルの寄付でネパールに学校を一つ建てられるのだ。

3.運営コストは低く抑える。寄付金の90%が実際のプロジェクトに使われる。

4.情熱を売り込む。ジョンがテクノロジー業界の出世街道を捨てて報酬なしで専念していることを話せば、共感してもらえるだろう。

5.人は人生により多くの意味を求めている。教育に投資すれば、世界を変えるために手助けをしているというすばらしい気持ちを味わえる。

まさにビジネスの営業方針そのものだ。NPOビジネスとして、しっかりとした方針があって事業にあたっていることがよくわかる。

この本の巻末にある、寄付金の募集要項も紹介しておく。

寄付金相場






これを読んだら誰でもできることは協力したいと思うだろう。


Room to Readのあゆみ

300ページ余りの本で、ウッドさんがRoom to Readを思いついてから、両親や友人他の助言で、マイクロソフトをやめてNPOに専念する決心をし、Room to ReadがCNNなどのマスコミにも報道されることによって、さらに大きく成長したかが物語りとして語られている。

この成長物語は詳しくは紹介しないが、大変面白い読み物になっている。

特に最初の頃、73歳のお父さんが、ネパール行きをしつこくウッドさんに主張し、父のことを心配して思いとどまらせようとするウッドさんに「そんな風に人を見下すような息子に育てた覚えはない。自分は大恐慌も第2次世界大戦も生き延びてきたのだ。」と言い、メールにまで「PS 私が一緒にネパールに行けない理由をもう一度、説明してくれないか?」と書いてきたというエピソードが印象に残る。

ネパールに本を送るプロジェクトは、それからは父と息子のプロジェクトになったのだと。


途上国教育を支援する意義

911の直後、シカゴの募金集めの会でベン・シャピロから次のように言われたという。(筆者注:ベン・シャピロは若手コラムニストだと思うので、Wikipediaのリンクもそのベン・シャピロのものを載せた)

「きみたちのウェブサイトを見て本当に感動した。…僕たちは安上がりにグローバル化を進めてきた。たとえば、この10年間にアフガニスタンに学校をつくるべきだった。あの国の教育制度を確立する努力をしていれば、テロリストはいまより少なくなっていたはずだ。」

日本の民主党がアフガニスタン支援の方向を転換してインド洋での給油をやめてアフガニスタンへの農業や教育面での復興支援で協力すると言い出していることを思い起こさせる言葉だ。

ウッドさんはベンの言葉を「カブールの本屋」を読んだときに、思い出したという。

カブールの本屋―アフガニスタンのある家族の物語カブールの本屋―アフガニスタンのある家族の物語
著者:アスネ セイエルスタッド
販売元:イーストプレス
発売日:2005-07
おすすめ度:4.0
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様々な寄付のアイデア

この本では様々な人から様々な形での寄付があったことを紹介しているが、ユーモアがあって最も印象に残ったのは、ロンドンにあるモンテッソーリ教育法のパークゲート小学校の子ども達の「沈黙売ります」というアイデアだ。

1時間10ポンドで、生徒は自宅で黙って夜を過ごすという商品は親に大人気だったという。

ちなみにモンテッソーリ教育法は、日本ではあまり見かけないが、(たしか鎌倉などにモンテッソーリ法の幼稚園があったと思う)欧米では有名な幼児からの教育法で、感覚教育と自発性を重んじることが特徴だ。筆者の次男もピッツバーグで年少・年中の時にモンテッソーリ幼稚園に通っていた(米国では年長からは小学校に組み込まれている)。


日本のRoom to Read活動

この本の日本語訳には特別に第22章(ルーム・トゥ・リードと日本)という章が付け加わっている。この中に東京チャプターの資金集めのイベントが南アフリカ大使公邸で開催された時のマレファネ大使の挨拶が紹介されている。

「私が9年生、14歳のとき、地元の学校に村で最初の図書館ができました。私は大切な本を手に取れることがうれしくて、夢中で読みましたが、図書館にはわずかな本しかなく、毎週1時間しか開いていませんでした。」

「だからいま、ルーム・トゥ・リードが私の国にもやって来たことを、心から歓迎しています。たくさんの子どもが生まれて初めて本というものを見て、喜びのあまり踊りだすでしょう。」

実に印象深い大使の挨拶だ。

日本チャプターの実績:

roomtoread4






これまでのRoom to Readの実績

ウッドさんはメールの署名のところにRoom to Readの実績を書いて、こまめに更新していたという。この本の翻訳時点での実績と現在ウェブサイトに載っている実績比較は次の通りだ。素晴らしい伸びである。

            2007年6月     2009年10月
寄贈した本の数     140万冊        570万冊
建設した学校       287校         765校
建設した図書館    3,540ヶ所      7,168ヶ所
コンピューター教室    117ヶ所        179ヶ所
奨学金を受ける女生徒 2,336人       7,132人

現在の実績:

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地元は労働奉仕で協力

ネパールで学校の建設のためにセメント袋を背負って運ぶ母親達の話も印象的だ。日の出前に1時間かけて50キロのセメント袋を取りに行き、1時間半かけて山道を登って村に戻るのだと。

ジョンは試しにセメント袋を担ごうとしたが、ぎっくり腰になりかけたという。たしかに50キロを背負うというのは並大抵のことではない。ネパールの母親達は自分の体重くらいのセメント袋を担いでジョンより早足で山登りしていたという。

労働の提供も地元負担分として認められるので、母親達はセメント運搬、父親達は建設作業で、現金は出せなくても新しい校舎建設に協力しているのだ。


すごく参考になった本なので、いろいろ紹介したいが、あらすじが長くなりすぎるので、この辺りにしておく。

本来ならカタい話だが、冒険小説のようにスッと読める。筆者が久しぶりに読んでから買った本だ。是非一読をおすすめする。


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Posted by yaori at 01:58│Comments(0)TrackBack(0) ビジネス | 自叙伝・人物伝

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