2009年12月06日

堺屋太一 東大講義録 文明を解く 知価革命に至る歴史

東大講義録 ―文明を解く―東大講義録 ―文明を解く―
著者:堺屋 太一
販売元:講談社
発売日:2003-04-11
おすすめ度:5.0
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堺屋太一さんが2002年4月から7月まで12回にわたって東大先端科学技術研究センターで行った講義録。


堺屋さんの略歴

堺屋太一さんは昭和10年(1935年)生まれ。今年で74歳だ。大阪の住吉高校から二浪して東大の今の文IIIに入る。建築家を志して学生会館の設計で一等賞を取るが、目が悪いので作図には向かないとして断念して経済学部に進む。

堺屋さんが東大卒の元通産官僚とは知っていたが、秀才型のキャリアでは全くないことをはじめて知った。

退職者が最も多くの分野で活躍しているという理由で官僚をこころざし、昭和35年に通産省に入省。このときの公務員試験は生涯で一番の出来だったという。

昭和37年の通商白書で世界に先駆けて「水平分業」論を打ち出す。その後「日本で万国博覧会を開催しよう」と提唱すると、政策として決まっていないことを外で言って歩くのはけしからんとして、辞表を書けと言われる。

なら懲戒免職にしてくれとがんばっていると、そのうち万博の支持者が増え、役所でも賛成論が出て誘致活動ができるようになった。

昭和45年の大阪万博の次に、沖縄に赴任、昭和50年に沖縄海洋博覧会を開催する。その後太陽光発電とか石炭液化のサンシャイン計画を担当した後に、昭和50年にはベストセラーとなった「油断!」、51年には「団塊の世代」を出版。

油断! (日経ビジネス人文庫)油断! (日経ビジネス人文庫)
著者:堺屋 太一
販売元:日本経済新聞社
発売日:2005-12
おすすめ度:5.0
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団塊の世代 (文春文庫)団塊の世代 (文春文庫)
著者:堺屋 太一
販売元:文藝春秋
発売日:2005-04
おすすめ度:3.5
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「油断!」は筆者も学生時代に読んだが、石油供給が止まり、日本各地に死者が発生したことを示す赤いランプが続々点って、主人公が愕然とするシーンは今でも思い出す。たしか通産省の現職課長が書いた覆面小説というふれこみだった。

ベストセラー作家としてデビューできたこともあり、いずれ官僚主導の時代ではなくなると見越して昭和53年に通産省を退職。未来予測小説と歴史小説の2分野で、多くの作品を生み出し、「峠の群像」と「秀吉」はNHKの大河ドラマになる。

小渕内閣の時には経済企画庁長官にも起用された経済の専門家であり、ベストセラー作家でもある。堺屋さんは筆者の好きな作家なので、このブログでも最近の作品を2冊紹介している


堺屋さんの講義

そんな経歴を持つ堺屋太一さんが、この講義で、世界と日本の近代にいたる道、日本の近代工業社会の盛衰を分析し、「知価革命」が起こっている現在の社会の構造を解明する。

「知価革命」とは、「人間の幸せは物財の豊かさではなく、満足の大きさである」という考え方で、近代工業社会の否定であり、人類が産業革命以来200年ぶりに迎えた時代を変える革命のことである。

この本が出た当時は小泉政権だったが、小泉首相は「小泉内閣くらい改革を実行しているところはない」と言うが、実態は何も変わっていないと切り捨てている。

現在の経済学には3つの流派があるという。

第1は新古典派、近代工業社会の理論が今でも通用するという学派。
第2はニューエコノミー派。近代工業社会が、情報産業の発展により高度情報社会となり、景気変動が少なくなるという理論。
第3が堺屋さん自身も属するというニューパラダイム派で、近代工業社会は終わり、今始まろうとしているのは知価社会の初期であるという主張。


1990年以降の日本の衰退

堺屋さんはまず1990年以降の日本の衰退の現実を数字を挙げて説明する。なぜ日本経済が1990年を境に変わったのかが、この講義のテーマだ。

1990-2001JPNS economy





出典:本書31ページ

劇的に下がったのは、市街地の地価だ。1990年の100に対し、2001年は17でしかない。1990年以降の自民党政権下の財政不均衡もひどい。次が国の財政収支の推移だ。

財政不均衡






出典:本書33ページ

このように1990年を境として日本経済の流れは大きく変わった。これは人類の文明が大きく変化したのに、日本が立ち遅れているからだと堺屋さんは説く。


減税の効用

いろいろ面白い話が紹介されているが、一番印象に残ったのは、日本の最高税率と米国のレーガノミクスの話だ。

次がこの本で紹介されている日本の最高税率の推移だ。

日本の最高税率




出典:本書192ページ

NHK大河ドラマ「坂の上の雲」の作者、司馬遼太郎さんの話が面白い。

司馬さんが自分は原稿を1枚書くと3万円になり、自分のところの書生は4千円なので、俺は努力と幸運と才能の結果、あいつの8倍くらい稼げるようになったと思って喜んでいた。

しかし、よくよく考えると自分は88%を税金で持って行かれる、3万円あっても、3千6百円しか残らない。しかし書生は所得が低いから、無税で4千円全部残る。あいつの方が実質所得は上かと思った途端に創作意欲がなくなったという。

ちなみに最低課税所得額は夫婦二人で約400万円で世界でも高い水準である。

一方アメリカではレーガノミクスで、情報産業や観光産業が盛んになり、金融業が大発展した。都市は明るくきれいになり、雇用が2,000万人増えが、製造業は輸入品の洪水で大打撃を受け、雇用は製造業からサービス業に移った。

レーガン減税では、多くのタックスシェルターがあるかわりに最高70%まで逓増型だった従来の税率を、一挙に15%と28%の2本に簡素化し、タックスシェルターの多くを廃止した。

筆者は1986年から米国に駐在していたので、レーガン減税には驚いたものだ。タックスシェルターはたとえば以前は家を何軒持っていても、借入金の金利はすべて所得から控除できたが、レーガン減税以降は2軒までに限定された。

相当な金持ちしか3軒以上家を持っていないので、金持ちの最高税率を下げるかわりに家の借り入れ金の金利控除を制限するというのは実際的な措置だった。

レーガノミクスで雇用がふえたのは、製造業が縮小して、サービス業とりわけ知価産業が伸びたからだ。

堺屋さんが語るレーガノミクスのすごさは、まずは減税をして財政を黒字化するという20年単位で考えた点だという。実際クリントンの1996年からは黒字となって、湾岸戦争まで黒字を続けた。

実に壮大な絵を描いたものだ。

日米ともに実効税率は大幅に低下しているが、それが経済の活性化とつながったかどうか、経済の活性化につなげるにはどうしたらよいのかを考えさせられる講義である。


公務員で出世する法というのも面白い

国家公務員になって出世したいなら、事前に議題に関係のある数字を30ばかり覚え、関連の法律の条文も30くらい覚える。そして会議の場で「慎重に」と言うことだと。

会議の席では、「これこれの予算がかかりそうです。わが省の予算枠から見るとキツイので、慎重に考えた方が良い」、「何々法何条何項に抵触する心配があるので、よほど慎重に考え、これらの問題がクリアーできるなら賛成する」

というように、「慎重に、慎重に」と言えば、最後に責任を取らなくて良いのだ。失敗したら、「私は慎重にやれといったのに」と逃れ、成功したら、「わたしがあれだけいろんなことをやったから、やはり成功しましたね」と言えばいい。

決断しないということほど怠惰なことはないと。


知価革命の影響

戦後日本の国是は、1.日米同盟を基軸に西側自由主義陣営に属し、軍事小国、経済大国を目指す、2.規格大量生産型の近代工業社会を確立するというものだった。

堺屋さんがいう「昭和16年体制」が成立し、帝国主義、軍備の拡大と、国内的には中央集権、統制経済(情報統制、経済統制)、没個性教育が実施され、戦争で帝国主義と軍備は無くなったが、他は戦後も残った。

ところが1980年代に知価革命が起こり、規格大量生産型の近代工業社会は変質したのだ。


日本のアルゼンチン化

日本に知価革命を起こさないと、日本は20世紀のアルゼンチンのようになると警鐘を鳴らす。

20世紀初頭のアルゼンチンは世界有数の豊かな国で、イタリアから出稼ぎに来た母を捜してマルコ少年はイタリアのジェノバから旅をした。

マルコ少年はブエノスアイレスの町に着いて、その豊かさに驚く。いまならアルゼンチンからイタリアに出稼ぎにいくようになるだろうと。

そして日本から中国・アジアに出稼ぎに行く時代も遠くないかもしれない。

筆者がアルゼンチンに住んでいた時代の話は、堺屋さんの「団塊の世代”黄金の十年”が始まる」のあらすじで詳しく紹介したので、参照して欲しい。 


首都移転賛成論

日本の歴史を見ると、首都が変わらない限り改革が成功したためしはないという。世界の工業国の中でも、戦後首都圏の経済・文化に占める割合が上昇したのは日本だけだ。

アメリカ東部、ロンドン近郊、ローマ、パリもすべて人口は減少したが、東京だけが集中している。


日本の問題は低い起業率

日本の問題は、低い起業率だ。

起業率は4%くらいだが、5%の会社が無くなっているので、この10年間事業所の数がどんどん減っている。アメリはは起業率15.5%、155件起業して、130件つぶれるので、20件ずつ増える。

ドイツもイギリスも同様だと。日本では大企業に入るのが安全だという風潮で、20代で起業する人が少ない。50代での起業が多く、創業者の年齢が高くなっている。


その他のトピック

その他にも面白い話が多い。印象に残ったトピックだけ箇条書きで紹介しておく。

★ピラミッドは墓ではあるが、公共事業を主目的として墓をつくったので、王が長生きすると第2、第3のピラミッドをつくった。ちょうど今の道路公団と似た形態だ。これはイギリスのメンデルスゾーンという学者の説である。

★カルタゴのハンニバルの象は、チュニジアから連れ来た。当時はチュニジアにも森林があったが、木の根っこを食べてしまう羊の放牧と、森林の伐採で砂漠化が進み、ローマ時代に人口は減少したという。

★十字軍の後、貿易が盛んになり、肉の保存用の胡椒の取引が盛んになる。東洋の胡椒を中東を通さないで、直接取引するためにポルトガルのエンリケ航海王子が資金を出してバスコダガマがインド航路を開発した。

★15世紀はヨーロッパでは人口が減少し、イタリアでは1340年の930万人が1500年には550万人に減った。

★16世紀頃には西欧も中国も日本も大差なく、日本の鉄砲生産は世界一だった。日本は外国から技術を学ぶとすぐ世界一になるという能力がぬきんでているのだ。

★江戸時代の日本は、効率よりも安定が求められたので、自給自足の閉鎖社会が維持されたが、その間18世紀から19世紀のヨーロッパでは効率至上主義の産業革命が起こって、経済は大きく成長した。

★応仁の乱から関ヶ原までの100年で、人口は2倍、GDPは3倍になり、関ヶ原から元禄までの100年間でやはり人口は2倍、GDPは3倍になった。元禄時代の日本の人口は2,600万人から3,000万人くらいだったという。

★「マッチは三角形」事件も面白い。銀行の役員と宴会をしていた大蔵省の担当課長が、「マッチは三角形がいいね」とつぶやいたら、「マッチは三角形が大蔵省の意向だ」ということになり、半年で全国の銀行のマッチが三角形になったのだという。

★第2次世界大戦後恐慌が起こらなかった理由は、資源供給が豊かだったことが最大の原因だと語る。資源のない国が有利になったのだ。今は需給均衡からやや供給過剰状態に戻っているが、1割足りないと石油と食料の価格は2倍になるという。

★真球のボールベアリングはその道10年くらいの熟練者がつくらないとできないので、世界ではスウェーデンのSDKと日本の東大阪の中小企業だけだったのが、1980年代になってコンピューター制御になって中国でもつくれるようになった。

★堺屋さんが東大経済学部で学んだ時は、マルクス経済学でなければ経済学でない、他の学説は非科学的であるというのが主流だったという。マルクスの理論は、結局官僚主導だという。

資本論 1 (岩波文庫 白 125-1)資本論 1 (岩波文庫 白 125-1)
著者:マルクス
販売元:岩波書店
発売日:1969-01
おすすめ度:4.0
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筆者もマル経の東大と言われたマル経の人たちはどこに行ったのかと不思議に思う。


学生向けの講義なので、ところどころで堺屋さんの原稿料や印税収入など本音トークも混じっていて、面白い講義だ。2002年の講義ではあるが、今も参考になる本である。



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Posted by yaori at 04:05│Comments(0)TrackBack(0) 経済 | 歴史

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