2009年12月08日

写真で読む「坂の上の雲」の時代 あらためて日露戦争を研究する

写真で読む「坂の上の雲」の時代写真で読む「坂の上の雲」の時代
著者:近現代史料編纂会
販売元:世界文化社
発売日:2009-11-11
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「坂の上の雲」で取り上げられている日清戦争、日露戦争の歴史を写真や資料で振り返る本。今年11月に発売されたばかりだ。

NHKでこれから3年をかけて「坂の上の雲」が放送されるので読んでみた。



坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)
著者:司馬 遼太郎
販売元:文藝春秋
発売日:1999-01
おすすめ度:4.5
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「坂の上の雲」は、経営者が推薦する図書のランキングには必ず入っている本で、筆者は20年ほど前に読んだ。結婚の時に家内が持ってきた本の中にあったのだが、昔読んだ時はその壮大なドラマに夢中になって読んだものだ。

この本では、日本の李氏朝鮮への侵略野望、台湾出兵、日清戦争、三国干渉、そして日露戦争という一連の流れをビジュアルに紹介している。

日露戦争の有名な戦闘の鴨緑江渡河作戦、金州・南山の戦い、遼陽会戦、旅順港封鎖作戦、旅順攻略戦、奉天会戦、そして日本海海戦の両軍の配置図、戦闘の流れ、使われた兵器、戦死者・戦病死者数などを詳しく解説している。

その他、陸軍と海軍それぞれの「軍神」誕生の背景や、世界から賞賛された沈没したロシア軍軍艦からのロシア兵救出の人道的活動など様々な逸話を紹介している。


舞台は中国遼寧省

筆者は、米国駐在の時に中国から原料を輸入していたので、日露戦争の舞台になった大連や遼陽などのある遼寧省は何度も訪問した。

最初に訪問したのは1986年の冬だ。真冬に旧満州に行くので、相当寒いと予想して行ったら、雪がないので拍子抜けした。寒いことは寒いが、建物から一歩出たら、凍るような寒さという訳ではなかった。

遼陽附近は世界でも有数の天然マグネサイトの産地で、日露戦争の戦場となった大石橋や海城などは有名なマグネサイトの鉱山だ。

営口には中国と日本の合弁の工場もあり、そこも何度も訪問したが、この本を読むまでは、大石橋や海城、営口が日露戦争の時に戦場となっていたことは知らなかった。全く恥ずかしい限りだ。

今もあるのかどうかわからないが、旧満州鉄道の主要駅沿いには旧大和(ヤマト)ホテルがあり、遼陽の大和ホテルで一泊した。昔風の装飾の立派なホテルだが、部屋数がたしか数十部屋しかないので、今のスタンダードからするとブティックホテルのような感じだ。

二度目の米国駐在の時の1998年〜2000年に行った時は、大連から高速道路が出来ていたが、最初行った1986年には大連から旧満州鉄道沿いに高い並木の街道があり、片側一車線だった。

対向車が来ている中で、中国人の運転手がどんどん前の車を追い越すので、生きた心地はしなかった覚えがある。

この本によると旅順が観光客に公開されるようになったのは1996年だそうだが、筆者は旅順は行ったことがない。旅順が中国海軍の軍港だから、中国人も自由には旅順には行けないと聞いた記憶がある。

最初に行った1980年代後半は、商業港の大連港や大連空港でも写真撮影は禁止されていたものだ。

閑話休題。


旅順攻防戦と日本海海戦

この本の最初のグラビアでは日本海海戦の写真や絵、戦艦三笠の構造図や日露戦艦の紹介、日本海海戦の両軍の動き、兵器の紹介などがあり興味深い。

次が有名な日本海海戦の時の東郷平八郎大将他の連合艦隊幹部の絵だ。

中央の東郷平八郎大将の右が「坂の上の雲」の主人公の一人、秋山真之参謀、左が後に総理大臣となる加藤友三郎参謀長だ。

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出典:別記ない限りWikipedia

この本では、旅順の地形図が紹介されているのが興味深い。

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出典:本文178−179ページ

旅順が周りを要塞に囲まれた要塞都市であることがよくわかり、旅順港を見下ろす有名な203高地が、いかに戦略的に重要なのかがわかる。

日本は乃木希典の第3軍が何度も正面攻撃を繰り返しては、機関銃を装備したロシア軍守備隊の前に、死者を積み重ね跳ね返され、日本内地から移送した28センチ砲の砲撃によりやっと203高地を占領した。

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203高地を占領してからは、旅順港が一望で見渡せることとなり、砲撃で旅順港に停泊中のロシア旅順艦隊を全滅させ、後顧の憂いを無くして、日本海海戦に臨んで大勝利を挙げたのだ。

この本では、旅順司令官ステッセルと乃木大将の水師営の会見や、ロシア軍捕虜の松山などでのお客様待遇などの逸話を紹介している。水師営の会見の両軍一緒の記念写真など、今では考えられない両軍の騎士道・武士道精神のあらわれだ。

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ロシア軍司令官ステッセルは帰国後、軍法会議で死刑が宣告されたという。


乃木大将の評価を180度変えた「坂の上の雲」

この本では、戦前から軍神とされ、自宅跡が乃木神社になっている乃木希典大将の評価が、昭和43年(1968年)に180度変わったことを指摘している。

その年に産経新聞で「坂の上の雲」の連載が始まったからだ。

乃木大将自身は二人の息子を日露戦争で失っており、明治天皇が崩御したときに、夫人とともに殉死した。

司馬遼太郎が乃木希典と、その副官伊地知参謀を書く上で参考にしたのが、戦犯として戦後処刑された谷寿夫陸軍中将が戦前に執筆した「機密日露戦史」だという。

機密日露戦史機密日露戦史
著者:谷 寿夫
販売元:原書房
発売日:2004-05-25
おすすめ度:5.0
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戦前は機密扱いされて出版されず、陸軍大学校でしか見ることができなかったが、戦後原書房から出版され、司馬遼太郎が見ることになった。

著者の谷中将の陸大時代の校長が、日露戦争当時の満州軍参謀の井口中将で、井口中将は伊地知参謀と士官学校の同期だった。旅順攻撃時から要塞攻撃方法で対立、つかみ合いの喧嘩にならんばかりだったという。

結果論ではあるが、正面攻撃論の伊地知説に対し、要塞迂回論の井口説が正しかったという考えが陸大にあり、それで谷中将は乃木大将の第3軍の要塞正面攻撃作戦を批判する「機密日露戦史」を書いたのだ。


ポーツマス講和会議でのルーズベルトの好日的態度

この本では日露戦争当時の米国大統領セオドア・ルーズベルトの好日的態度と、ルーズベルトの樺太占領勧告に従い、終戦直前に日本が樺太を占領して、ポーツマス条約で南樺太と南千島列島をロシアから割譲した経緯が紹介されている。

日本はルーズベルトのハーバード時代の学友の金子堅太郎男爵を特使に派遣したり、それなりの努力はしているが、ルーズベルトの好日的態度の背景には、日露両国がつねに拮抗する軍事力を保持して、極東に緊張状態を保つことがアメリカの国益に合致するというアメリカの戦略があった。

ルーズベルトが「日本のために働く」と言ったのは、そういったアメリカの深慮遠謀もあったのだ。

この本では、ポーツマス条約での日本が出した講和条件の、甲:絶対的必要条件、乙:比較的必要条件、丙:付加条件が紹介されている。

ロシア国内ではニコライ二世の帝政ロシアに反対する民衆の反政府運動が活発化していたが、ロシアは戦力でも日本を凌駕しており、軍隊をロシア領内に引き戻しただけなので、いつでもまた南下できる体制にあった。

一方の日本は旅順占領や奉天会戦、日本海海戦で勝利を収めたものの、弾薬も底をつき、到底戦争を継続できる状態ではなかった。

ニコライ二世は、「一銭の賠償金も、一握の領土も譲ってはならない」とウィッテ全権代表に命令していたことから、ポーツマス講和会議でも決裂が危ぶまれた。

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だから日本はルーズベルト勧告に従い、樺太を後略した。樺太のロシア軍は歩兵1個連隊、民兵約2,000人で、日本軍の敵ではなく、1ヶ月で日本が樺太全土を占領した。これによりポーツマス講和会議を有利に展開できることになったのだ。

ルーズベルトはニコライ二世に親書を送るほか、ニコライ二世と親しいドイツのウィルヘルム二世、フランス、イギリスなども動かして、ロシア政府とニコライ二世を説得し、ロシアが日本の絶対必要条件と、南樺太と南千島割譲を認めることで妥協が成立し、1905年9月ポーツマス条約が成立した。

日本が継戦能力がないという実態を知らない日本国民は、戦勝にもかかわらずロシアから賠償金が取れないことで暴動を起こした。


日本海軍が忘れた東郷平八郎の連合艦隊解散の辞

この本の最後では、東郷平八郎大将の連合艦隊解散の辞を紹介している。

「神明はただ平素の鍛錬に力め戦わずしてすでに勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安ずる者よりただちにこれをうばう。

古人曰く、勝って兜の緒を締めよと」

まさにその後の太平洋戦争に至る日本海軍の驕りを戒める言葉だ。

太平洋戦争では、日本海軍は緒戦戦勝の驕りと、日本海海戦や旅順砲撃の過去の教訓にこだわり、臨機応変の戦いができなかった。ミッドウェー海戦で負けたのも、それが理由である。

この東郷平八郎の言葉が後世に活かされていたら、日本海軍もアメリカを相手に、初めの一年を除き、全敗という次の表のようなていたらくにはならなかったのではないかと思う。

日米主要艦推移






出典:太平洋に消えた勝機 (光文社ペーパーバックス)本文230ページ

ドラマを見る上で、豊富な写真とイラスト、逸話は参考になる。パラパラめくっても楽しい。タイムリーな出版だと思う。


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Posted by yaori at 13:02│Comments(0)TrackBack(0) 戦史 | 歴史

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