2009年12月29日

不確実性分析実践講座 「経営のデジタル化」の教科書

+++今回のあらすじは長いです+++

不確実性分析 実践講座不確実性分析 実践講座
著者:福澤 英弘
販売元:ファーストプレス
発売日:2009-12-08
おすすめ度:4.5
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予想されるシナリオを数値化して「見える化」し、意志決定をより科学的・合理的に下せるようにする実践講座。帯のないアマゾンの表紙写真はまるで教科書のようだが、本屋に並んでいる本の帯は目立つ色で、要点がわかりやすい。

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共著者の小川康さんは、この本で取り上げられている仮説指向計画法(Discovery-Driven Planning)を用いた新規事業計画支援ソフトを製品化しているインテグラート株式会社社長だ。

小川さんは東大工学部の都市工学科出身で、東京海上に就職した後、インテグラート株式会社に転職、一旦会社を辞めてペンシルベニア大学のビジネススクール、ウォートン・スクールに留学。マクミラン教授に師事してDiscovery-Driven Planning(仮説指向計画法」を学ぶ。

筆者は同じペンシルベニア州の西の端、ピッツバーグに合計9年間駐在していたが、ペンシルベニア大学は同じ州の東の端、フィラデルフィアにあるアイビーリーグの名門校だ。

ウォートン・スクールは、全米でもトップクラスにランクされるビジネススクールで、2009年のビジネスウィークのランキングでは4位となっている。また、フィナンシャルタイムズのグローバルMBAランキングでは、3年以上ナンバーワンを続けている。 


堅そうな本だが、内容はわかりやすい

アマゾンの表紙の写真でも分かるとおり、いかにも堅そうな本だが、読んでみるとわかりやすい。

「デシジョン○○」という様な専門用語は使っているが、カーネギーの「人を動かす」のように、各事例の最後に「このケースで学んだこと」がまとめてある。各章の最後には、いわゆる"Nutshell"、「その章のまとめ」で、内容が整理されていて大変わかりやすい。

まずは「不確実性」の定義と、「あいまい」の定義から始まる。


不確実性の定義

「不確実性」とは、想定した通りにならない可能性だ。ひところホリエモンの発言で有名になった「想定内」、「想定外」という言葉を思い出す。

不確実性は、たとえば、1.市場調査、2.衆知を集める、3.ひとまず様子を見るなどの行動を取ることで知識を蓄積して下げられるものと、為替相場や株価など知識がいくらあっても下げられないものの2種類がある。


「あいまい」の定義

「あいまい」とは、成功・失敗の定義が不明確で、たとえ成功した姿が示されていても、そこへ至る道が具体的に示されていない状態だという。

この定義を読んで、以前このブログで紹介したサイバーエージェントの西條さんの話を思い出した。GMOの熊谷社長から「成功(幸せ)の定義は何ですか?」と聞かれた話だ。

世の中の人は、成功や幸せの定義が「あいまい」のまま一生を終わってしまう人が大半だろう。筆者もその一人だが、この本を読んで、少なくとも「成功の定義」を課題と考えるマインドは持った。

「あいまい」と「不確実性」の区分けは、この本のエッセンスなので、この関係を次の図で示している。

「あいまいの闇」と「不確実性の霧」

不確実性分析






出典:本書5ページ

ビジネスではたとえ良いアイデアであっても、アイデアがうまく伝わらず「不確実性の霧」に行く前に、「あいまいの闇」の中に葬り去られるケースが多い。

この本ではあいまいなアイデアを形にして定量的に表現する手法を、ローカルコンビニチェーンの祭り向け商品(お酒様祭りにちなんだロング串団子)企画という例を使ってわかりやすく紹介している。


デシジョンヒエラルキー

最初に立場の違いで誤解が生じないように「デシジョンヒエラルキー」という手法が紹介されている。

これは意志決定すべき対象を3段階に分けて、上から1.ポリシーレベル、2.戦略レベル、3.戦術レベルと区分けする手法だ。「フレーミング」と呼ばれる作業である。

あるアイデアでみんな盛り上がったが、上司たとえば部門長や本部長の意向でボツになったという例はいくらでもある。(この本では、「巨人の星」のように、「卓袱台(=ちゃぶ台)返し」と呼んでいる)

そういったボタンの掛け違いが生じないように、絶対必要なポリシーレベル(要はやるかやらないか)の承認はアイデア段階で取っておく必要がある。戦術レベルや戦略レベルならどうにでもなるが、やるやらないかがNOとなると、すべてが水の泡になってしまう。


ストラテジーテーブル

ある企画を「やる!」と決めた場合、具体案を立案する必要がある。漠然とした議論では先に進まないので、検討項目別に区切って立案する手法が「ストラテジーテーブル」だ。

5W1H(When, Who, Where, What, How, (Why)=いつ、誰が、どこで、何を、どうやって、(なぜ))や、4P(マーケティング用語で、Product, Price, Place, Promotion)、製造から販売までのフローチャートの工程などで区切って、検討項目に分解して考えると、漠然としていたアイデアを「見える化」できる。

インフルエンスダイアグラム

アイデアがいろいろ出てきたら、それを目的に添って整理することが必要だ。この本で紹介されている「祭り企画の団子」というテーマで、まず目的をきめ(利益を上げる=成功の定義)、それを達成するための構成要素を書き出したのが、「インフルエンスダイアグラム」という手法だ。

口で説明するのは難しいので、本書の図を引用する。

インフルエンスダイアグラム











出典:本書49ページ

まるでマインドマップの様な図だが、上の図は利益を最大化するために、利益に影響ある構成要素を洗い出しており、下の図は最重要要素だけで単純化している。

こういった構成要素を洗い出すことによって、何が成功の鍵を握るのか洗い出すことができる。

筆者も考えているプロジェクトがあるが、"procrastination"(=ぐずぐず引き延ばす)状態にある。この本を参考にしてアイデアの整理をしてみる。

そしてアイデアの整理ができたら、コストの構成要素を洗い出す。一般的なコストの構成要素は次の図の通りだ。

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出典:本書56ページ

そして、「祭り企画の団子」というケースに当てはめると、次の図のようになる。

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出典:本書57ページ インテグラート社ホームページ資料

あいまいなアイデアがロジックと数字に置き換えられ、「見える化」が実現した瞬間だと小川さんは語る。これが「モデル」である。たしかに、単なる「祭りの企画で団子を作って売ろう」というアイデアが、見事に5W1Hを含んだ採算計画に仕上がっている。

いままで仕事で外資系著名コンサル会社を起用したことは何回かあったが、この本を読んで彼らのビジネスプランの構築方法が理解できた。インテグラート株式会社のホームページエクセル資料が公開されているので、具体例に使えて便利だ。


アイデアの定量化と妥当性のシミュレーション

モデルが出来たら、これに最大値・最小値を入れて定量化する。これが「想定内」の範囲である。この段階で関係メンバーを招集し「変数確認会議」を開催して議事録をつくる。

すべては想定で、確実な数字は少ないが、「データの不確実性を議論するプロセスを、いかに効率的に行うか」が非常に重要なのだ。これで「想定値」が、メンバーみんなのコンセンサスで決めた「計画値」となる。

次にシミュレーションして数字をいじってみる。これが"What-If"分析だ。これで利益を上げるためには何が重要なのかが浮かび上がってくる。

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出典:本書104ページ インテグラート社ホームページ資料

この例では、企画の勝負どころは、「お祭り前日までにいかに売るか」であり、お祭り当日の売り上げではないことがわかる。


影響度の見える化

ここからがこの本の「クリーム」の部分だ。"What-If"分析のシミュレーションで出した結果から、何が最も重要なのか影響度を割り出してビジュアルに表現する美しい分析だ。

感度分析




出典:インテグラート社ホームページ資料

左のチャートがトルネードチャートで、まるで竜巻のような格好をしているから、そう呼ばれる。優先順位を判定するものだ。今回の例では、「お祭り前日までの購入率」が想定範囲のどこになるかで、最も大きく利益が変動することがわかった。

右のチャートがスパイダーチャートだ。同じく感度分析ではあるが、今度は利益を縦軸にして、どの要素が採算に影響するかを調べる。このチャートでは、どのあたりの数字が採算に最も大きな影響を及ぼすのかまで判定できる。

さらにビューティは続く。


モンテカルロシミュレーション

今度は最近の天気予報の様に、確率で表現するモンテカルロシミュレーションだ。昔の天気予報は「東京都では雨が降るでしょう」といった○×予想だったが、最近の天気予報は「雨の降る確率は70%です」といった確率予想になって信憑性が上がり、はずれても納得性がある。

モンテカルロシミュレーション





出典:インテグラート社ホームページ資料

モンテカルロシミュレーションとは、カジノのルーレットで、同じルーレットをたとえば1万回まわして、ルーレットのクセを知って勝とうという考え方である。

筆者のアルゼンチン駐在時代は、ブエノスアイレスから遠く離れたカジノ(当時首都ブエノスアイレスから400KM以内にはカジノ建設が禁止されていた)に時々通って、儲けたり、持ち金全て失ったりしていたので、この考え方はよくわかる。

カジノに通う人は、出たナンバーを記録する専用メモを持って、特定のテーブルに張り付いて数字を記録していたものだ。

筆者は16・17・18の真ん中の列が好きで、列に張ったり、あるいは16とか18の数字の一点張りで、儲かったときもあった。

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出典: Wikipedia

大体ひどくやられる前に止めるか、数百ドルくらい儲かったら止めたので、あまり手ひどくやられたことはなかった。

しかし一度だけ一人で列車でマルデルプラタという南米最大のカジノに行ったときには、帰りの駅から家までのタクシー代もないというところまで金を使い果たしてしまった。

そうしたら運の悪いことに、その列車が途中で脱線して、日曜日の夜に戻る予定が、月曜日の朝になってしまった。しかたなく有り金全部はたいてワインを一本買い、それを飲んで夕食代わりにして空腹をしのいだ。

急停車したと思ったら、逆走し、すぐに止まるという具合に脱線は起きたので、けが人はなかったが、新聞にも報道されていた。飲んで脱線することはよくあるが、これが筆者の唯一の本当の脱線経験である。

閑話休題。

インテグラート社はモンテカルロシミュレーションができるビジネスソフトを販売している。ホームページでも無料で30日間使用できるお試し版をダウンロードできる。

小川さんによると、決められたコマンドを忠実に実行するのがコンピューターであり、ランダムというコマンドは難しいのだと。

モンテカルロシミュレーションを使うと、「赤字になるのは○○%の確率」というような予測が可能で、それにあわせて対策を打ちやすくなるので、製薬会社や総合商社が利用しているという。

しかしインプットした数字の精度が肝なので、いわゆる"Garbage In, Garbage Out"であり、データの信頼性を担保するわけではないことは注意が必要である。

この本では、お祭り企画の事例の他、次のような演習を取り上げている。

★プリンター買い替えのプロ・コン
「デシジョンツリー」の演習。メインテナンスのための部品購入(コスト8万3千円)か、買い換えるか(コスト14万円)を「期待値計算」(=起きた場合のコスト x 起きる確率)で比較する。

機能も省エネ性能も同程度の場合、両者の期待値が同じになるのは、今後3年間でプリンターが壊れる可能性が○○%の場合という具合に、「デシジョンツリー」を使って整理する。

★新薬開発の「リアルオプション」
インテグラート社のホームページにエクセル表が公開されている。新薬開発は元になる化合物が発見されてから、新薬として発売されるまでの確率が1万2千分の1といわれるほどハイリスクだ。投資額が大きくなる臨床段階に進んでも成功確率は10分の1といわれている。

このようなハイリスク投資の場合は、全体を何段階かに分けて、ステップバイステップで投資の当否を決め、失敗した場合の損失をミニマイズする工夫がされている。これは「リアルオプション」と呼ばれる手法だ。

リアルオプション





出典:インテグラート社ホームページ資料

総合商社や総合電機メーカーなどは、「デシジョンツリー」を使った「撤退基準」を設定している。

★虫のいい相談
小川さんの実体験に基づく話が紹介されている。1999年頃のインターネットバブルの時に、会社をやめてベンチャーを創業しようかどうしようか迷って相談してきた人の話だ。

答えをそのまま紹介すると面白くないので、まずは考えてみてほしい。「リアルオプション」の考え方を使った答えは続きを読むに掲載した。

★「ゲームの理論」を使った競合相手参入の評価
競合相手の大手コンビニチェーンが当社のエリアに新規参入してくる場合、当社の打つ手は、1.値引きで徹底抗戦か、2.妥協の2つしかない。しかし値引きで徹底抗戦というシナリオは、相手にもダメージを与えるが、当社にとっても死活問題となり、取りうるシナリオではない。

そうすると当社にとっては妥協しか選択肢はなくなる。

「ゲームの理論」とは、相手も合理的な判断をするという前提で、このように不確実な情報から、確実な予測(「先読み」)を生み出すものだ。

★レストラン事業への新規参入計画を「逆損益計算法」で立てる
コンビニチェーンからレストラン業へ新規参入する場合、まずは年間いくら利益を上げるという目標を立て、業界の平均的な利益率を使って、その利益を上げるために必要な売上高を算定する。

そしてその売上高を達成するために、平日・週末の昼・夜の来店数と客単価を設定し、それに見合ったコストを積み上げる。

レストランの事業モデル





出典:インテグラート社ホームページ資料

このレストランの新規事業計画もインテグラート社ホームページに公開されている。

★レストラン事業計画を「仮説指向計画法」で修正
これが著者の小川さんが、ウォートン・スクールのマクミラン教授に師事して、学んだ分析法、「仮説指向計画法」=DDP("Discovery-Driven Planning")だ。

事業を始めてみないと、実態はわからない。このレストラン事業では、売り上げと利益は連動していないということが、事業を始めてわかったという設定となっている。
たとえば野菜などは原価率が高く、チキンは原価率が低い。サラダの価格を安く設定すると、お得なメニューということでサラダの注文が増え、それが原価率のアップにつながり、売り上げが増えても利益が増えないということが起こる。

レストランの事業計画を、開店1ヶ月、開店3ヶ月、開店半年などのマイルストンを決めておき、その時点での計画達成度をチェックする。主要要素の感度分析を行い、事業計画自体を見直すのが「仮説指向計画法」=DDPだ。

レストランの感度分析





出典:インテグラート社ホームページ資料

この本の例では、関係者が集まって協議し、採算を左右する客単価を上げるために、まずは「損して得取れ」で原価率を上げて50%とし、お得なレストランとしての「刷り込み」効果で客を増やす対応を描いている。

重要なことは、計画通りいかなかった理由をマイルストンごとに見直し、関係者で議論して仮説を考えて、それに基づいて関係者のコンセンサスのもとに計画を見直すことだ。

★「シナリオプランニング」
不確実性に対応するために、現在の事業の延長線上で計画を考えるのではなく、自由に未来のシナリオを予想する。そして、そのシナリオに沿った異なる戦略を考えるのが「シナリオプランニング」だ。

いわば「未来の記憶」を人工的につくるプロセスだと表現している。

例として石油ショックのときのシェルの対応を挙げている。シェルは石油ショック以前から、いずれは産油国が石油メジャーの言うことを聞かなくなる時がくると予想して、「石油危機シナリオ」を研究していた。これが「未来の記憶」だ。

だから現実に1970年代に石油ショックが起こっても迅速に対応し、競合他社が数年かけて対応したのを尻目に、シェルのみが突出した利益を上げたという。


大変参考になる本だったので、あらすじが長くなってしまった。

筆者自身は自分のことを、ちょっと古い言葉だが「アナログ人間」だと思っているが、会社経営に携わった経験から、こと企業経営には「デジタル」な判断が必要だと考えている。

経営者にとっては、経営ポリシー上の"NO"は"NO"で、"YES"に変わることはない。デジタルの0か1かのどちらかなのだ。最初は"NO"だが、妥協して"YES"に変えたりしていると経営を間違う恐れがある。

この本で紹介されている不確実性分析もまさに「デジタル」経営手法だ。

未来が不確実なゆえに、「鉛筆なめた数字」で作成し、あいまいな「アナログ」で済まされてきた事業計画を、衆議の元で実現確率を見込んだ「デジタル」な事業計画とする「モデル化」、「対話」、「モンテカルロシミュレーション」などの手法が懇切丁寧に解説されている。

内容は大変わかりやすいので、新書で出しても良いくらいの一般読者を対象にこなれた内容となっている。この本が売れて、いずれ新書になれば、多くの「アナログ人間」が、「デジタル人間」に改宗することだろう。

インテグラート社ホームページでは、この本で紹介されている多くのエクセルデータが公開されており、高度な経営分析分析ソフトの「デシジョンシェア」が30日間無料ダウンロードできるという特典もある。

定価2,400円とやや高い本ではあるが、高い本には高い本なりの良さがあることを実感できる本である。

是非一読をおすすめする。



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★虫のいい相談の答え

結論としてはビジネススクールに入学するというものだ。

ウォートン・スクールなどのアメリカのビジネススクールは、一旦入学すれば5年間は休学を認めているので、入学してすぐに休学し、ベンチャーを立ち上げて、成功すればベンチャー経営、失敗すれば5年以内ならビジネススクールに戻るというオプションを確保できるのだ。

失敗してビジネススクールに戻った場合でも、ベンチャーを立ち上げたという実体験は、キャリアアップに大いに役立つだろう。

小川さんのウォートン・スクール1999年入学の同期でも数十人は入学してすぐに休学し、ITベンチャーに向かったという。


Posted by yaori at 19:59│Comments(0)TrackBack(0) ビジネス | 小川康

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