2010年02月04日

明日の警察責務 カタイ本だが参考になった

明日の警察責務 時代の要請に応える警察であるために明日の警察責務 時代の要請に応える警察であるために
著者:安村隆司
販売元:立花書房
発売日:2009-07-01
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今回はちょっと趣向の変わった本を紹介する。大学のクラブの後輩で、警察大学校の警務教養部長の書いた本だ。

安村さんは昭和56年に警察庁に入庁。福岡県警宗像警察署長、警視庁捜査1課理事官、千葉県警警備部長、内閣官房参事官、警察庁長官官房参事官、富山県警本部長などを経て、平成20年に警察大学校警務教養部長に就任した。

この本は警察大学校での警察責務の講義ノートを加筆したものだ。


警察制度の沿革

最初に警察制度の沿革の説明がある。明治6年に警察制度に関する建議書によりまず内務省が設置され、翌7年に司法省の警保寮が内務省に移管され、東京に警視庁を設置。明治8年に行政警察規則が制定され、欧米型の近代的警察制度が発足した。

東京都だけ警視庁として別格で、そのトップは警視総監と他の道府県とは別扱いになっているが、これはフランスのパリ警視庁の制度をまねたものだ。

この行政警察規則は昭和22年の占領軍下の内務省解体と旧警察法制定まで維持された。旧警察法は昭和29年に大幅改訂され、現在の警察法となった。

警察には行政警察と司法警察の両方の面があり、行政警察は交通取り締まり、司法警察は犯人逮捕を目指す刑事などが代表例だ。


警察権の限界

この本の大きなテーマの一つは「警察権の限界」。

行政法理論からの限界説、「民事不介入」の誤解(民事でも「公共の安全と秩序の維持」に関することなら警察が取り上げるべき)、逮捕権乱用批判の呪縛(「警察は犯罪がないと動けない」という誤解)などから、現在の警察は警察権を必要以上に狭めているという。

これについては歴史的経緯から説明している。


戦前の国家警察

戦前は夜間は別にして、日中は警察官の立ち入りには何の制限もなかった。そのため学説では、法律には規定されていないが、当然「公共の安全・秩序の維持に関係する場合に限る」等の条理上の制限があるとされた。私権の保護のためだ。

戦後の旧警察法はGHQの日本民主化政策の一環として、国民の自由を制限していた多くの法律が廃止され、警察官の権限も大幅に縮小された。


戦後の自治体警察

戦前と戦後の一番の差は、戦前の国家警察制度をあたらめ、1,600ものアメリカ式の市町村の自治体警察を設置し、警察の政治的中立を確保するため、公安委員会が設置された。


自治体警察といえば、思い出すことがある。

筆者はアメリカピッツバーグに合計9年間駐在していたが、ピッツバーグは昔はアメリカの鉄鋼生産の中心地だったことは、よく知られていると思う。

ところが筆者が駐在した1986年には、もはやピッツバーグ市内には稼働している製鉄所が1ヶ所しか残っていないという状態で、ミシシッピ川の最上流のモノンガヘラ川沿いに、閉鎖された製鉄所が20キロ以上にわたって遺跡のように雨ざらしになっているという状態だった。

こんな状態の製鉄所でロケした映画がある。「ロボコップ」の最初の作品だ。



ロボコップの舞台は未来のデトロイトということになっているが、実際にはピッツバーグの閉鎖された製鉄所で撮影されたものだ。

そんな閉鎖された製鉄所があったピッツバーグ郊外の町クレアトンとホームステッドは、いよいよ警官も入れて職員5人という状態にまで、町長が最後の最後まで頑張った。しかし結局町は破綻して職員は全員解雇された。本当に刀折れ、矢尽きという状態だ。

ホームステッドにはUSスチールの前身、カーネギースチールのホームステッド製鉄所があった。1892年に大規模なストライキが起こって、軍隊が出動し労働者が殺されるという事件が起こった製鉄所だ。しかし、いかんせん老朽化した設備をいつまでも使い続けていたので、競争力を失い、とうとう1980年代前半にホームステッドの製鉄所やクレアトンのコークス炉が閉鎖され、製鉄所に依存していた町も破綻した。

警官が解雇されたら、どうやって町の治安を守ったのかよくわからないが、自治体警察が中心のアメリカでは、市町村が破綻すると警官まで失職することもある。

町を走っているパトカーはすべて所属する市町村の名前が入っており、例えば筆者が住んでいたピッツバーグの町では、パトカーには"Upper St. Clar Police"と町の名前が書いてあり、よく住宅地を巡回してくれていたので、犯罪率も非常に低かった。

ちなみにUpper St. Clairで検索してみたら、2009年のUS News紙のBest Places to Liveの全米ランキングでなんと10位に選ばれている。

USC








出典: U.S. News Best Places to Live 2009

閑話休題。

GHQが原案を作った旧警察法では、警察の責務は「国民の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の捜査、被疑者の逮捕及び公安の維持にあたること」に限られ、建築・営業等の規制権限を警察から取り上げ、今まで検察官の補助的な業務だった捜査権限を警察本来の権限とした。

しかし旧警察法はバラバラで統制の取れない自治体警察という不合理な面があったので、占領状態が解消した後、昭和29年に全面改正され、現在の警察法が成立した。


現在の警察法

警察法は旧警察法の公安委員会による民主的運営と政治的独立を維持したが、より効率的な運営ができるように1,600もの自治体警察を都道府県警察にまとめ、地方性と国家的性格を調和させた。


警察に対する国民意識の変化

この本のもう一つの大きなテーマは、時代の変化、国民意識の変化に、警察はいかに対応すべきかという点だ。

近年では国民の警察に対する意識が変化し、納税者の権利意識の高まりとともに、警察を公的サービスの一つとして捉える考え方が出てきている。

そんな中で国民の期待を裏切る警察の不祥事が何件か発生しており、この本でもそれぞれの経緯を説明している。


警察の不祥事

1.ナイフ事案 ナイフを持つ酔漢をスナックの経営者が派出所に連れて行ったが、警官がナイフを取り上げず、そのまま返したので、怒った酔漢がスナック経営者を刺した事件。

2.新島事案 旧日本軍の廃棄砲弾が嵐の度に海岸に打ち上げられる新島で、警察署は事態を知りながら砲弾の処理を自衛隊に依頼しなかったので、中学生が砲弾で遊んで重症を負った事件。

3.神奈川事案 神奈川県警で起きた一連の警察官の不祥事。同僚を脅す、被害者の女性に交際を強要、警官が覚醒剤を使用など

4.雪見酒事案 新潟県警で9年間にわたって監禁されていた女性が発見・保護されたが、保健所の職員が発見して警察に援助を求めてきたにもかかわらず、当初警察は動かず、後で事態発表の時にも保健所職員から第一報があった点は一切発表しなかった。

これにくわえて、被害者が確保されたのが特別監査実施中だったため、県警本部長やトップは、特別監査に来た管区局長の接待マージャンを優先させ、職場に戻って陣頭指揮をしなかった。

5.桶川事案 ストーカーに悩まされていた女子大生が、交際をやめると告げると、逆に500万円の損害賠償を請求された。それを録音したテープを警察署に持ち込んだが、年配署員は相手にせず、その後ストーカーは自宅、親の勤務先に中傷ビラを配ったあげく、仲間を使って女子大生を殺害した。

6.石橋事案 気の弱い会社員を喝上げ、監禁、暴行し、両親が何度も警察の捜査を求めたが、「警察は事件にならないと動けない」と取り合わないうちに、被害者はリンチを受け絞殺された。

7.草加事案 暴力団風の男が公衆の面前で仲間に暴行を受けていると通報があったが、警察官はひるんで「暴力団だとわかったので、怖いから関わりになりたくなかった」と放置し、被害者は3ヶ月の重症を負った。

8.台場事案 お台場で車で暴走を繰り返した男がバットを持って出てきたので、現場に直行した3人の警察官は逃げだし、男はミニパトを使って逃走を図ろうとした。この一部始終がテレビ放送された。


時代の要請に応える警察

この本の結論である「時代の要請に応える警察のあり方」では、国民の期待に応え、上記の不祥事を教訓とした、(1)積極的な警察、(2)正しい警察、(3)強い警察の3つのコンセプトを提案している。

特に警察官たる者、術科(柔道、剣道などの武道)で体力・精神力を強化することを訴えている。安村さんは柔道3段だそうだが、柔道の訓練写真がこの本の表紙となっている。

最後の資料編では、「雨なので家まで送って」とか、「犬にエサやって」とか、ゴキブリ退治を警察に求められたケースなどの新聞記事と、救急車をタクシー代わりに使う非常識な要請が広がっているという新聞記事が添付されている。モンスターペアレントならぬ、モンスター市民である。


この本は都立図書館の所蔵本を町田図書館経由で借りた。図書館同士は、本の融通のネットワークがあるので、たとえその図書館に置いていなくても、近隣の市町村の図書館が所蔵していれば借りられる。

一般読者が読むことをあまり想定していないのだろうが、かえって警察の中枢に居る人の問題意識がストレートにわかり、不祥事も反省材料として具体例を挙げているので、我々一般人の常識と警察の問題意識が乖離がないこともわかって参考になる。

話題になった事件で解決していないものが多い。時効となった世田谷スーパー店員殺人事件とか、このブログでも紹介している世田谷一家殺害事件とかだ。

警察は勤務時間が不規則で、時には凶悪な犯罪者と対峙しなければならず、大変だろうが、是非日本の公共の治安向上のために、この本で述べられているように警察官一人一人が知力・体力をつけて頑張って欲しいものである。


本来であればあまり公にしたくない過去の警察の不祥事も、今後のためにつまびらかにしている。真摯な態度に好感が持てる。

この本はあまり書店では置いていないと思うので、ネットで購入するか、もよりの図書館にリクエストして読むことをおすすめする。


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Posted by yaori at 02:18│Comments(0)TrackBack(0) 趣味・生活に役立つ情報 | 政治・外交

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