2013年09月13日

【再々掲】 「トルコ 世界一の親日国」 次はイスタンブールを応援しよう!

2013年9月13日再々掲:

2020年のオリンピックが東京に決まった。筆者の最初の駐在地・アルゼンチンのブエノスアイレスで、東京開催が決定した時に、真っ先に祝福してくれたのは、最後まで東京と争ったトルコだった。

決選投票を会場で見守っていたエルドアン首相は安倍首相に近寄ってハグで祝福してくれた。

本当にトルコは親日国だと思う。



次は是非イスタンブールがオリンピック招致に成功して欲しいと思う。トルコに対する応援の気持ちも込めて「トルコ 世界一の親日国」のあらすじを再々掲する。


2013年5月3日再掲:


猪瀬直樹東京都知事の海外出張中のトルコやイスラム中傷発言で、オリンピック招致レースでの東京の立場がゆらぐ恐れがある。

本日トルコを訪問中の安倍首相は、トルコ政府と国民に、「どちらが勝ってもお互いに万歳しよう」と呼びかけ、修復を図っている。

時宜にかなったアクションだと思う。

トルコは世界一の親日国と言われている。

まさに安倍首相が提案するように、東京も招致レースではベストをつくすが、結果としてイスタンブールが勝ったら、日本も心からお祝いを言おう!

この意味を込めて「トルコ 世界一の親日国」のあらすじを再掲する。


2010年3月29日初掲:

トルコ世界一の親日国―危機一髪!イラン在留日本人を救出したトルコ航空トルコ世界一の親日国―危機一髪!イラン在留日本人を救出したトルコ航空
著者:森永 堯
販売元:明成社
発売日:2010-01
クチコミを見る

今年は「トルコに於ける日本年」とされており、日本とトルコ各地でイベントが開催されることになっている。

トルコに於ける日本年







大前研一さんの「衝撃!EUパワー」を前回紹介したが、その中でもトルコが将来EU加盟が認められると、EUの競争力の秘密兵器となることが説明されている。

またトルコが世界一の親日国であることも、大前さんの本で紹介されている。


トルコが世界一の親日国だともっと早く知っていれば…

筆者はこの本を読んで、「もっと早くトルコが世界一の親日国だった事を知っていれば…、。」と悔やむことがある。

実はピッツバーグ駐在時代に筆者の家の三軒隣に、フットボールのピッツバーグスティーラーズの昔の花形ディフェンスプレーヤーで、今はテレビのスポーツレポーターなどをやっているトーンチ・イルキン(Tunch Ilkin)の一家が住んでいたのだ。

Tunch Ilkin近影
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Tunch Ilkinの現役時代
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出典:いずれもWikipedia

Tunchのフットボールコーチング映像



最初その家に移った時に、トーンチと奥さんのシャロンが挨拶に来てくれて、「自分はトルコ人だ。なんでも困ったことがあったら言ってくれ。是非遊びに来てくれ。」と言ってくれたのだ。

当時はトルコ人が世界一の親日家だとは知らなかったので、なぜ「自分はトルコ人だ」などと言うのか不思議に思っていた。

トーンチの家の庭には子どもの遊び場もあったので、筆者の子どもたちはトーンチの家によく遊びに行っていたし、おやつもごちそうになったりしていた。

しかし家に招いたりというつきあいはしていなかったのだが、今になってこの本を読んで、なぜトーンチが「自分はトルコ人だ」と言っていたのかわかった。

トルコは世界一の親日国なのだ。そしてトーンチのような2歳でアメリカに移住して、言われなければトルコ人とわからない人でも、日本に対する親愛の情があったのだ。

実に悔やまれる。

もっと彼と彼の家族と親しくしていれば良かったと今更ながら思う。

そんなことを思い起こさせるのが、この本だ。


筆者の森永堯さんは元伊藤忠商事でトルコ駐在16年

この本の著者の森永堯(たかし)さんは、元伊藤忠商事で、トルコ駐在歴16年というトルコ通だ。

トルコにはアンカラとイスタンブールに駐在し、二度目のアンカラ支店長発令の時は、伊藤忠の当時の社長から「トルコは君に任せる」と言われたそうだ。

人脈も広く、とりわけトルコの故オザル首相(後に大統領)と彼の無名時代から親しく、オザル首相のいわば「私設日本関係補佐官」となって、いろいろ日本とトルコのビジネスと友好関係を促進したという経歴の持ち主だ。

筆者も商社マンではあるが、昔アルゼンチンでの研修生時代には、「その国の大統領になるような人材と親しくなっておけ」と言われたものだ。森永さんはまさにそれを実現しており、商社マンの鑑ともいうべき人である。

さらにビジネスの実績もスゴイ。日本の製造業のトルコ進出第一号のいすゞ自動車のトルコ工場建設を決めたり、日伊トルコのコンソーシアムで第2ボスフォラス大橋を受注したり、自分のコネをフルに活用してビジネスにつなげている。

社長から「トルコは君に任せる」と言われるだけの実績がある。


1890年のエルトゥールル号遭難事故

トルコ人が日本人に対して特別の感情を持っているのは、古くは1890年のオスマントルコの軍艦エルトゥールル号が台風のために和歌山沖で遭難し、串本町大島の住民の必死の救援で69名が助かった(600名弱が死亡)ことに端をを発するという。

明治天皇は串本町の住民の命がけの救援活動を高く評価し、助かったトルコ水兵を日本の軍艦でトルコまで丁重に送り届けた。

その後日露戦争で日本がトルコの長年の宿敵ロシアに勝ったので、アジアの同胞が憎いロシアを倒したということで、トルコ人の日本人への尊敬の気持ちがいよいよ強くなったのだ。

近代トルコ建国の父、ケマル・アタチュルク大統領の執務室には明治天皇の写真が飾られていたという。

このような明治時代の話を、日本人は忘れてしまっているが、先方の国民は覚えているという例は他でもある。

たとえば筆者の駐在していたアルゼンチンは、日露戦争の直前に「日進」、「春日」という自らがイタリアの造船所にオーダーしていた戦艦を日英同盟による英国の働きかけもあって日本にゆずり、その2隻が日本海海戦で活躍したという歴史がある。

昔の筆者も含めて日本人はこのことを知らない人が多いと思うが、アルゼンチンでは日本との文化交流などの機会には、この話が紹介されることが多い。

おまけに日本にはシニアを中心にアルゼンチンタンゴの愛好家が多いということで、文化面でもアルゼンチン国民は親しみを感じており、日本人のタンゴ歌手の藤沢嵐子(らんこ)さんやバンドネオン奏者(最近では小松亮太さんという人が有名のようだ)は有名だ。

今回のトルコが世界一の親日国であるということも含めて、世界の国民には親日派もいるという事実を日本人はもっと知っておくべきだろう。


1985年のトルコ航空機によるイラン在住日本人救出

そしてそんなトルコ国民の日本人への敬意が、1985年のイラン・イラク戦争の時のトルコ航空機によるイラン在住日本人の救出につながった。



1985年、イラン・イラク戦争末期の頃、イラクのサダムフセインは、イラン上空を飛ぶ飛行機は民間機でも攻撃の対象となると発表した。各国の駐在員は自国の飛行機で先を争って帰国したが、日本航空は「安全の保証がない」ということで、組合の反対もあり飛行機を飛ばさなかった。

当時は内閣専用機もなく、日本の駐在員とその家族は途方にくれていたときに、日本人向けに特別機を派遣してくれたのがトルコ航空だ。

その裏には、テヘランでトルコ大使に救援を要請した野村大使と、伊藤忠本社の指令を得て、懇意のオザル首相に頼み込んだ伊藤忠イスタンブール支店長の森永さんがいたという。

プロジェクトXでもこの話は第135回 「撃墜予告 テヘラン発最終フライトに急げ」(イラン・イラク戦争での邦人脱出劇・トルコ航空)ということで、2004年1月27日に放送された。

実は筆者の先輩の柔道部の三本松進さんが、当時通産省からイラン大使館に赴任しており、プロジェクトXで三本松さんが出てきた時にはびっくりした記憶がある。

ウィキペディアでは「七帝戦」>「超弩級」の項目で、三本松さんも紹介されている。

モントリオールオリンピック金メダルの上村春樹・現・全柔連会長に一本勝ちした(!)ことが紹介されている。さらにびっくりした。

筆者も含めてトルコに助けて貰ったことを日本人の多くは忘れているだろうが、小泉元首相は2006年1月のトルコ公式訪問にあたり、日本人救出の話を聞いて「感動し」、当時のトルコ航空関係者などトルコ側11人に叙勲を決めた。

普通は外国人の叙勲者は年間20名程度しかいないのだが、その20名に加えてトルコ航空関係者の11を叙勲の対象にしたのだ。

良い話だと思う。


今からでも遅くない世界一の親日国トルコ再認識

筆者が体験したトーンチ・イルキンの話のように、日本のことを心底好いてくれる国民は世界には少ない。

アルゼンチンも親日国だとは思うが、トルコのように実際に人命救助という行動で表してくれた国は他にはないのではないか。

大前さんの本にもあるように、トルコはEU加盟交渉を既に20年も継続して行っている。またEUの前身のEECには1963年に準加盟国として協定を結んでいる。

欧州の一員になることは建国の父ケマル・アタチュルクの国家戦略一つであり、いずれはEUに加盟する可能性が高いと思う。経済もBRICsに次ぐVISTAの一国として発展している。

伊藤忠商事がコンソーシアムの一員として参加した第二ボスフォラス大橋の工事は、予定より半年も前に完成したという。日本人とトルコ人の組み合わせは最強なのだと著者の森永さんは語る。

政治的にも経済的にも重要な国である。

冒頭に記した通り、2010年は「トルコに於ける日本年」だ。トルコ国内では様々な日本紹介イベントが予定されていると聞く。筆者はまだトルコには行ったことがないので、是非近い将来トルコに行きたいと思っている。特にカッパドキアは是非見たい。

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出典:Wikipedia

是非この機会に多くの日本人がトルコを訪問し、トルコの人たちとの交流を深めたいものだ。

まさに2010年、「トルコに於ける日本年」にふさわしい本である。簡単に読めるので、是非一読をおすすめする。


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Posted by yaori at 12:39│Comments(2)TrackBack(0) 趣味・生活に役立つ情報 | 歴史

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この記事へのコメント
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初めまして、1985年は私が結婚した年です。この事件の時は「日航が、組合の反対で邦人救助に行かなかった。」ことがショックでした。理由が「乗員の安全が確保できない」とは・・・。しかも、この5カ月後の日航機事故で、まだ20代で宝飾コンテストで受賞するほど前途有望だった知人を亡くしました(婚約者もいたのに)。
飛行機を含めて乗り物に乗るときに、100%の安全を信じる人がいるでしょうか?
調べると、ベトナム戦争の頃から、日航が紛争地に日本人救出に逝ったことはありません。常に他国のお情けで救助してもらい「日本にフラッグキャリアはないのか」と非難されていました。
私は日航に、日本のフラッグキャリアを名乗る資格も、公金投入して再建を助ける必要も認めません。
トルコの邦人救出についてですが、トルコ政府は2機のチャーター機を派遣し、500人以上の自国民に、自動車による自力脱出を求め、200人以上の邦人全員を救出してくれたのです。
サダム・フセインの宣言後に、日航機はテルアビブに居たそうです。
この後、「日本政府がカネでトルコに救助を依頼した」つまりカネでカタが付いているという報道があったことも、残念です。
Posted by 目黒佐和子 at 2010年03月29日 14:28
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私は、トルコを尊敬しています。
イランイラク戦争のときの「邦人救助」を、明治時代にトルコ軍艦を救助したことへの「恩返し」だけで片付けるべきではありません。
日本人は、この「恩」を忘れるべきではありません。

日航への恨みは深いです。
紛争地帯からの邦人救助を「(乗員の)安全が確保できない」と否定しておいて、会社再建に莫大な税金を投入させたくせに、年金減額に不服を言う日航社員を軽蔑します。
こういう事件が起こるたびに、世界各国からは「日本にフラッグキャリアはないのか」と非難されています。
紛争地帯から必死の思いで脱出するのに、お情けにすがって他国の機に乗る日本人の気持ちを日航組合員は考えたことがあるのでしょうか。
Posted by 目黒佐和子 at 2010年03月29日 14:44