以前紹介した"Physics for Future Presidents"のリチャード・ムラー教授の、核の脅威についての講義がDVD化されたので、図書館で借りて見た。

日経ナショナル ジオグラフィック社(2011-03-11)
販売元:Amazon.co.jp
カリフォルニア大学バークレー校のムラー教授の物理学の授業は、YouTubeで全編が公開されている。
YouTubeの講義は75分と長いが、こちらのDVDは50分にまとめ、映像を入れてわかりやすく説明している。
このDVDの裏表紙の写真は、ウラン濃縮をモデル化したものだ。

円筒形のものが遠心分離機で、ウランをガス化して遠心分離機にかけ、音速以上のスピードで回転させる。安定化しているウラン238は外側に引き寄せられ、軽いウラン235は中心部に集まる、それを上からチューブで吸い出すのだ。
ムラー教授の写真と重なっている同心円の図は、この濃縮の過程を示している。
そしてこのプロセスを何度も何度も繰り返すことによって、天然ウランには1%弱しか含まれていないウラン235を濃縮する。発電用には3−5%のウラン235が必要で、原爆用は90%以上の濃度のウラン235が必要だ。
原子核を構成する陽子と中性子はお互いに「核力」と呼ばれる引力で引っ張りあって結合しているが、外から中性子が入ってくると、その結合が切れて核分裂が起こる。
このように核分裂はウラン235に中性子を当てることによって、引き起こされる。ウラン235が核分裂すると2個の中性子を放出し、これが他のウラン235の核分裂を引き起こし、核分裂反応が連鎖するのだ。
このリアクションを次のようにネズミ取りとボールを使って説明しているのは分かりやすい。
次のような整然としたネズミ取りに外からボールを一個当てる。

そうすると原子爆弾は次のように連鎖反応が起こり、すべての原子核が分裂する。

ところが、原子力発電では核分裂しても1個の中性子しか飛び出さないので、連鎖的に反応は起こるものの、核分裂するのは1個づつで、コントロールされた状態である。

また原子炉の反応容器は、鉄とコンクリートで何重にも保護されているので、たとえ9.11のように飛行機が突っ込んできても安全なのだと説明されている。

このイラストの中心部の緑色のものが、原子炉の反応容器だ。それに比べて二重三重になっている格納容器と原子炉建屋の大きさがわかると思う。
コンクリートの厚さが誇張されていると思うが、それにしても東京電力福島発電所の原子炉と比べると、福島発電所の格納容器と原子炉建屋の構造が脆弱だったのか明らかだと思う。

出典 大前研一 H2Oプロジェクト報告書 資料 11ページ
非常にわかりやすいビデオで参考になった。
2010年9月9日追記:
以前紹介したカリフォルニア大学バークレー校のムラー教授の本の翻訳本が出版された。

著者:リチャード・A. ムラー
販売元:楽工社
発売日:2010-09
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原題は"Physics for future presidents"、つまり「未来の大統領のための物理学」だったが、邦題は「今この世界を生きているあなたのためのサイエンス」というものになっている。
全然インパクトない題だが、果たして米国のようにベストセラーになるのだろうか?ちょっと疑問なところではある。どうせ邦訳するなら、原著には入っていないが、サイトでは公開されているアンタイマター(反物質)とかタキオンとかの講義も入れて欲しかった。
いずれにせよ邦訳も原著も内容は変わらないので、原著のあらすじを再掲する。
2010年5月19日初掲:

著者:Richard A. Muller
販売元:W W Norton & Co Inc
発売日:2009-09-21
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著者:Richard A. Muller
販売元:Princeton Univ Pr
発売日:2010-04-13
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University of California Berkeley校リチャード・ムラー教授の「未来の大統領のための物理学」と題された初歩的な物理学講義。iTunes Storeのアカデミー編iTunes Uで全編無料公開されている。ムラー教授の名前の呼び方について、講義のなかで学生の質問に答えている。ムラーだと。
上のペーパーバックがまとめで、ムラー教授によると”学生が帰省して両親や友人に講座紹介用にプレセントするための本”。下が講義テキストで、講義の必読書だ。ペーパーバックは講座のほぼ半分の内容をカバーしている。
YouTubeでも講座は公開されている。
YouTubeで公開されている講座の中では、上が一番人気の授業だ。授業の最初で紹介されている隕石が出てくるトヨタのCMには度肝を抜かれることだろう。
ベストセラーとなった「フリー」の「なぜ大学が講座を無料公開しているのか」というコラムで紹介されていたので読んでみた。

著者:クリス・アンダーソン
販売元:日本放送出版協会
発売日:2009-11-21
おすすめ度:

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大学の物理学の講義というよりは、池上彰さんの「ニュースがよくわかる」シリーズのようだ。テロ、原子力、環境問題、地球温暖化などの話題にかかわる物理の基礎知識をわかりやすく解説している。

著者:池上 彰
販売元:海竜社
発売日:2009-09-11
おすすめ度:

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全講義をネット公開
米国の大学講義を聞くことは、以前は留学しないとできなかったが、今は多くの大学が看板教授の有名講座をインターネットで公開している。
YouTubeでもスタンフォードなどの特設チャンネルがあるが、iTunes StoreでもiTunes Uというアカデミー編特設ページをつくっている。ムラー教授の"Physics for future presidents"も2006年からすべての講義の映像と音声が公開されており、無料でダウンロードできる。
英会話教室のNOVAが「お茶の間留学」という宣伝文句で一躍有名になったが、いまやインターネットで、世界の有名大学の著名講座が聴講できる時代になった。
物理の教科書を英語で読む?
「物理の教科書を英語で読む」と言っただけで、「物理」と「英語」の2大障壁があって、拒否反応があるかもしれないが、難しい単語はほとんど使っていないので、英語でもわかりやすい。
日本の物理の本のように、頻繁に数式が出てくることはない。300ページ強の中に、簡単な数式が数回出てくるだけなので、数式アレルギーの人も問題ない。
いずれ日本語訳も出るとは思うが、英語でも十分わかりやすいと思う。値段も1,500円くらいと手ごろだし、英語の本に一度チャレンジしたいという気持ちがある人には、英語の勉強と最新の広範な科学情報がわかって一挙両得なので、是非お勧めする。
テロの物理学
この本の最初に来るのがテロリズムという章だ。9.11、テロリスト原爆、次のテロリスト攻撃、バイオテロといった項目が並ぶ。
ジェット燃料を満載したジェット機は、実は1.8キロトンのTNT火薬と同じ爆発力を持つ。北朝鮮の原爆実験より威力が大きい。加えて、ジェット燃料の高温燃焼により建物の骨組みの鉄が溶ける。一つの階が崩れ落ちると、ハンマーのような効果で続々と下の階を直撃し、一挙にビルが崩壊した。
9.11当時は、乗員はハイジャッカーを逆上させないために、要求を拒否しないように指示されていたから、犯人はコクピットに侵入できた。しかし9.11以降はコクピットは施錠して、絶対に外部者は入れないルールになった。
ハイジャッカーが持ち込んだ靴爆弾が検知できるX線写真なども紹介されていて興味深い。
エネルギー問題の基本
エネルギー問題について、考え方を整理するために物理的な知識を使っている。
現代の文明は石油に多く依存している。だから、まずはエネルギーとしてのガソリンと他のものとの比較だ。
同じ重量で比較した場合:
石炭 0.5
メタノール 0.5
エタノール 0・66
ブタノール 0.9(将来有望なバイオ燃料)
ガソリン 1
天然ガス 1.3
液化水素ガス 2.6
核分裂 200万倍
核融合 600万倍
反物質 20億倍(反物質=Antimatter)
Antimatterとは
反物質は名前も”Antimatter(英語の発音はアンタイマター)”とミステリアスな名前だし、核融合(水爆)の300倍という高エネルギー効率から、SFではスタートレックの宇宙船エンタープライズの燃料などに使われている。
ダン・ブラウンの「ロストシンボル」の前の作品の「天使と悪魔」では、スイスのCERNで開発されたAntimatterを使った爆弾がバチカンに持ち込まれるという設定だった。
![天使と悪魔 コレクターズ・エディション [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51nK2HZQacL._SL160_.jpg)
出演:ユアン・マクレガー
販売元:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
発売日:2010-04-28
おすすめ度:

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この本ではAntimatterのことは詳しく触れていないので、iTunes Uで、ムラー教授の2008年Springの"E=MC~2、Antimatter, Tachyon"の講義を聴いてみた。英語でも結構わかりやすかった。
途中でクイズを配って、答案を回収するのに15分くらい無音の部分があるが、これは本物の講義ならではの、ご愛敬というところだ。
Antimatterは現在PET(ポジトロン断層法)というガンの早期発見設備として多くの病院で広く使われている。半減期が20分と短い炭素の同位体であるC11をつくることにより割合簡単にAntimatter(陽電子)を発生させて、小さなガン組織も検出することができる。
Antimatterは決してミステリアスな物質ではないと、ムラー教授は語る。
温暖化防止のカギを握る石炭
世界の温暖化に関しては、まずは石炭の燃料としての価格の安さと潤沢さを理解させている。
石炭は最も潤沢な鉱物資源で、埋蔵量も現在の消費の数千年分ある。これに対して石油はせいぜい100年、天然ガスでも数百年だ。エネルギーとしての価格も安い。次の表は発電に使われた場合の1KHWあたりの発電コスト比較だ。
C=USセント
石炭 0.4〜0.8C(価格 $40〜80/Ton)
天然ガス 3.4C(価格 $10/Million cubic feet)
ガソリン 11C(価格 $3.70/ガロン)
カーバッテリー 21C(価格 $50/個)
単三電池 $1,000(価格 $1.50/個)
次の図は中国、インド、そして比較のために日本のエネルギー需給を表したものだ。
中国やインドなどの開発途上国にも低品位炭なら、ふんだんにあるので、いずれの国でも石炭が主力エネルギー源だ。
石炭はC(炭素)のみで、CH(炭化水素)が中心の石油に比べてCO2排出量は多い。しかも石炭の不純物の中から環境に有害なNOXや酸性雨の原因となるSOXが発生するので、環境にやさしい燃料ではない。
しかし経済発展を目指す中国、インドの2大国のエネルギー確保のためには、自国にふんだんにある石炭資源の活用は当然で、問題はエネルギー確保問題と地球環境をどう両立させるかだ。
地球温暖化についてのIPCCの結論
地球の温暖化については、ムラー教授は科学者らしく、慎重に言葉を選びながらコメントしている。国連と国際気象機構が創設したIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)の2007年の温暖化についての結論は次の通りだ。
The observed widespread warming of the atmosphre and ocean, together with ice mass loss, support the conclusion that it is extremely unlikely* that global climate change of the past fifty years can be explained without external forcing, and very likely** that it is not due to known natural causes alone."
*extremely unlikely = 5%の可能性
**very likely = 90%の可能性
これをムラー教授が普通の英語に翻訳すると、次の通りとなる:
The observed warming from 1957 to now is extremely unlikely (5% chance) to result from ordinary climate variations. Something must have forced it to change (such as natural solar variability or human CO2). It is very likely (90% chance) that humans are responsible for at least some of the warming.
ひとことで言うと、CO2排出などによる人為的温暖化が地球温暖化の犯人である可能性はグレーということだ。
大気中のCO2濃度は、産業革命以来ここ100年で間違いなく上昇している。

出典:Wikipedia(以下別注ない限り出典同じ)
そしてその発生源は化石燃料が圧倒的に多い。

もっとも、ここ100年で約36%CO2濃度はあがったといっても、0.038%(380PPM)で、大気中では微量にすぎない。
アル・ゴアの「不都合な真実」は、アル・ゴアとIPCCのノーベル平和賞共同受賞につながったが、地球温暖化の原因は文明活動によるCO2排出量の増大だと結論づけるために、都合の良い事実をチェリーピッキングしているという。
CO2濃度が上がり、温度が上がると海水が水蒸気になって蒸発し、雲をつくる。雲はシールドとなって、逆に気温を下げる効果がある。雲の発生は科学モデルでは予測できないので、一概にCO2上昇が地球温暖化の原因とは結論づけられないのだ。
映画で出てくるハリケーンの被害増大は必ずしも地球温暖化の影響とは結論付けられない。映画で出てくる死んだホッキョクグマは正確には4頭だけだという人もいる。アラスカの地表隆起現象は間違いなく起きているが、その原因は中国の石炭火力発電所が大量に放出する煤(すす)の影響かもしれない。
アル・ゴアは社会活動家なので、許されるかもしれないが、科学者ならば事実を冷静に見て、都合の良い事実も不都合な事実も両方発表すべきだと語る。
その他の特記事項
あまり詳しく紹介すると本を読むときに興ざめなので、参考になった点を箇条書きで紹介しておく。
★放射線被曝などでガンで死ぬ人の比率が上がったと時々報道されるが、外部要因がなにもなくても統計的に人口の20%はガンで死ぬ。だからベース20%からどれだけ増加したかを見極める必要がある。
★水素爆弾は、いまだに軍事機密の部分がある。(次が水爆の構造図だ)

プルトニウム型原子爆弾を起爆装置として用い、この核分裂反応で発生する放射線と超高温、超高圧を利用して、水素の同位体の重水素や三重水素の核融合反応を誘発し莫大なエネルギーを放出させる。そして水爆は致死性の高い死の灰を撒き散らす。
★常温核融合を発明した人は(1)ノーベル賞を受け、(2)億万長者となり、(3)人類のエネルギー問題を解決した人として歴史に名を残すとムラー教授は語る。
★GRACE(Gravity Recovery and Climate Experiment)衛星は地球の重力の差を感知できるので、恐竜を絶滅させたといわれる隕石の衝突跡をメキシコのユカタン半島のChicxulub(チクシュルーブ)で発見した。また同衛星は、北緯38度線の地下に掘られた北朝鮮の秘密トンネルも発見したという。
ムラー教授のリコメンデーション
最後にムラー教授は地球温暖化についてのリコメンデーションを挙げている。それはエネルギー消費を抑えることだ。効率を上げて、消費を抑える。これによりエネルギー消費も削減できる。
もし自分が大統領ならこうする、ということで次のような方策を提案しているのも参考になる。
★法律で車の燃費効率を引き上げる
★クリーンコールを推進し、CO2埋没計画を推進する
★原子力発電を推進し、原子力廃棄物の永久貯蔵計画を推進する
★中国とインドには、最新式コンバインドサイクル石炭ガス化発電所(IGCC)を建設し、CO2排出権取引によるインセンティブが得られるようにする。
★ソーラーと風力発電の技術開発を支援する
★とうもろこしからのバイオ燃料生産の補助金をやめ、スィッチグラスなどからのバイオ燃料生産を推進する
★白熱電球から蛍光灯やLED灯への転換を促進する
★住宅の断熱性能を上げ、クールルーフを推進する
我々がエネルギーを浪費していることは、ある意味良い知らせだという。日本政府のエコポイントがまさに国全体の省エネをポイントを付けることで、推進しようという政策だ。
自分でも実行可能なことが多い。家電の買い換えも含めて、省エネ生活を検討しようと思う。セーブエナジー・セーブアースだ。
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