2010年06月04日

不祥事は財産だ 9件の不祥事の顛末と学習

不祥事は財産だ-プラスに転じる組織行動の基本則 (祥伝社新書184) (祥伝社新書 184)不祥事は財産だ-プラスに転じる組織行動の基本則 (祥伝社新書184) (祥伝社新書 184)
著者:樋口 晴彦
販売元:祥伝社
発売日:2009-12-01
おすすめ度:4.5
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樋口晴彦警察大学警察政策研究センター教授の「組織行動」シリーズ第3弾。

樋口さんは東大経済学部卒。上級職として警察庁に入り、数々の警察のポジションを経験。外務省情報調査局勤務も経験し、官費でダートマス大学でMBAも取得している。

樋口さんは失敗学の権威、東大畑中洋太郎名誉教授が会長となっている失敗学会理事も務めている。

畑中さんの「失敗学にすすめ」は昔読んだが、大変参考になる本だった。

失敗学のすすめ (講談社文庫)失敗学のすすめ (講談社文庫)
著者:畑村 洋太郎
販売元:講談社
発売日:2005-04-15
おすすめ度:4.5
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9件の最近の事故・不祥事

この本では9件の最近の事故・不祥事の原因と顛末を紹介している。

1.雑司ヶ谷下水道事故 ー マニュアル通りの危険

2.三菱化学鹿島事業所火災事故 ー リスク管理の死角となった下請け会社

3.海上自衛隊イージス艦防衛機密流出事件 ー 被害を拡大させた抜本的対策の遅延

4.三井物産DPFデータ改ざん事件 ー 成果主義が誘発した企業不祥事

5.日興コーディアル不正会計事件 ー 金融エリートたちの暴走

6.ジーエス・ユアサ循環取引事件 ー 機能しなかった内部通報制度

7.シンドラーエレベーター事件 ー 業界内対立構造がもたらした情報の断絶

8.加ト吉循環取引事件 ー 売上至上主義の組織文化

9.赤福不適正表示事件 ー 強すぎた「もったいない」意識

これに加えて、歴史に学ぶ視点ということで、たぶん樋口さんの趣味なのだろう、信長最大の危機(志賀の陣)、日本の条約型重巡「妙高」の優劣、乃木将軍旅順攻略戦などのトピックについて解説している。

最近の失敗学研究では必ず取り上げられるJR福知山線の脱線事故がないのが気に掛かるが、解説されている不祥事はどれも記憶に新しい事件ばかりで、新聞などでは報道されていなかった経緯や顛末、そして最も重要な学習効果を説明していて興味深い。


三井物産DPF事件

特に筆者が興味深かったのは、三井物産のDPF(ディーゼルエンジン排ガス浄化装置)の経緯と顛末、後日談だ。

樋口さんはこの事件の遠因は三井物産の行きすぎた成果主義だと整理している。

当初S飛行機工業と共同で開発していたが、期待した性能が得られなかったのでS飛行機工業が開発の1年延期を申し出たのに対し、三井物産は子会社による単独開発を決定。

問題はワイヤーメッシュフィルターの目詰まりによる溶損で、高価なインコネル(クロム、ニッケルを大量に使った超耐熱材、ジェットエンジンなどに使われる)を使って、実験機試験を通したが、ステンレスワイヤーを使った量産品では基準を満たす見込みはなかった。

そこで三井物産の担当者は、データを改ざんする一方、都の立会人を接待攻勢で籠絡し、きちんと試験に立ち会わせないで都の認定を取得し、量産を開始した。

不祥事が発覚したのは、三井物産の社内監査だった。

この会社は実質一人の人間が牛耳っており内部統制上の問題があるとして、特命監査を実施。データ改ざんや、背任行為が発覚、三井物産は事態を公表した。

石原都知事は「都民の願いを裏切る卑劣な行為」と三井物産を非難したが、樋口さんによれば、石原都知事の反応には失笑を禁じ得ないと。こういった性能不良の製品が大量に出回ったのは、都の怠慢によるものだとまで言っている。

都が勝手に決めた厳しい基準を満たす小型DPFはなく、都は三井物産の装置が合格しないと、困る事態になっていた。だからうすうす事情が分かっていても、目をつぶったのではないかとも勘ぐれるという。

この事件のあと、三井物産は社内監査を強化。人事評価では伝統の成果主義を改め、定性評価を8割まで上げた。そしてCSR関連分野は社内承認を厳しくした。

三井物産の当時の槍田(うつだ)社長は「コンプライアンス無くして、仕事無し、会社無し」、「コンプライアンスの徹底で会社がつぶれるというのであれば、それでもかまわない」と大胆なメッセージを社内に発信し、社内の意識改革を行った。

槍田さんは「業績への影響を気にして、私が何も言わなかったら、この会社は変わらない」、「物産には目標を達成しようという企業風土が骨の髄までしみこんでいる。」、「そんななかで、私まで利益、利益と言い出したら、『形状記憶合金』のように元の状態に戻り『数字の病気』が出てしまう」と語っている。

いかにも東大工学部精密機械工学科出身の槍田さんらしいコメントだ。

三井物産は不祥事を風化させないために、「風化させないために」と題する新書230ページの社内資料を作成し、湯河原の社員研修所には問題のDPFが飾られている。

三井物産DPF











出典:本書91ページ

たしかに10年ほど前までは、すべての会社でコンプライアンスに対する意識が低かったと思う。別に不正を働いていたわけではないが、たとえば残業時間などは36協定を破るのが常態化していた。

そんななかで、会社がつぶれるという危機を持って、社内の意識改革に努めた槍田さん以下の物産のトップマネージメントは良い実例を残してくれたと思う。


三井物産の独立採算制と成果主義

次は筆者の意見である。

筆者は槍田さんとは直接面識はないが、槍田さんが常務で情報産業本部長時代に、物産と共同事業をやっていた経験もある。湯河原の研修所で、物産の仲間と一緒に研修したこともある(事件の前なので当然DPF展示はない)。

三井物産といえば昔は部別独立採算制で、海外駐在員も含め部長が全人事権を掌握し、他社の本部長並の権限を持っていた。

だから一つの商品を、たとえば鉄鋼と非鉄の複数の部が、社内で取り合うというようなことも起きていた。

DPFも本来なら機械本部が取り扱うところだろうが、機械ではなく化学品で見つけてきた商材なので、化学品部門(現在は機能化学品本部機能化学品業務部が窓口)が取り扱っていたのだろう。

この本で指摘されている三井物産の成果主義以外にも、商材を見つけた人がたとえ商品エクスパートでなくても、そのビジネスを手がけるという社内ルールにも、この”ありえない事件”の根本原因があるのかもしれない。

ちなみにこの物産のDPF顛末は、2004年の事件ながら、いまだに物産のホームページに掲載されている。まさに「風化させないために」だ。


その他、上記に挙げたような事件が、詳しく解説されていて参考になる。

今や不祥事を起こすと企業には致命的なダメージにもなる。この本のタイトルのように「不祥事は財産」とできる余裕のある企業は大企業に限られると思うが、少なくとも他の企業には他山の石となるので、その意味では知的財産と言えるかもしれない。


乃木将軍を無能呼ばわりの司馬史観は誤り

おまけの乃木大将の話は、司馬史観のベースとなった陸軍大学の兵学教官が執筆した「機密日露戦史」を批判している。乃木批判は後世の後知恵であると。

機密日露戦史機密日露戦史
著者:谷 寿夫
販売元:原書房
発売日:2004-05-25
おすすめ度:5.0
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「機密日露戦史」は参謀本部が自らの非を認めず、第三軍司令部や乃木将軍に責任転嫁する意図を持って書かれたと樋口さんは語る。

それに加え、藩閥批判(乃木将軍は長州、伊地知参謀長は薩摩出身)と奇策重視の陸軍大学の教育方針を正当化する意図もあったという。

乃木将軍の件は、世によく知られた事案でも、真の教訓が伝えられているとは限らない格好の例であると。

最後にまとめとして、「重大な失敗事案について、担当者個人のミスだけを問題視している文献を当てにしてはならない」というのが樋口さんの識別法だと語っている。


最近起こった事件を中心に解説しているので、興味深く、簡単に読めて参考になる本だった。


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Posted by yaori at 00:59│Comments(0)TrackBack(0) ビジネス | 企業経営

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