2010年08月04日

「独裁者」との交渉術 元国連事務次長明石康さんの対談録

「独裁者」との交渉術 (集英社新書 525A)「独裁者」との交渉術 (集英社新書 525A)
著者:明石 康
販売元:集英社
発売日:2010-01-15
おすすめ度:4.5
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日本人初の国連職員で、カンボジアや旧ユーゴの国連事務総長特別代表を務めた明石康さんとノンフィクション作家木村元彦(ゆきひこ)さんの対談集。

読書家の上司から借りて読んだ。

青春と読書という雑誌の2009年1月から10月号まで連載されていた対談を単行本にしたものだ。「青春と読書」というのは、あるいは図書館向けの雑誌なのかもしれないが、どういった雑誌なのか興味があるところだ。

内容としては明石さんの生い立ち、フルブライト留学生から国連職員になった経緯、カンボジアPKO,ボスニア問題、スリランカ問題、そして最後に職業としての交渉者という構成になっている。

明石さんは1931年秋田生まれ、戦争末期に秋田でも米軍艦載機の攻撃があり、明石さんは米軍戦闘機パイロットの顔を見たという。

東大法学部卒業後、フルブライト留学生としてバージニア大学で学び、その後ボストンのフレッチャースクールの博士課程に進んだところで、国連よりリクルートされ、コロンビア大学で研究を続けることを条件に日本人初の国連職員となる。

この本は明石さんがカンボジアPKO、旧ユーゴスラビアPKO、スリランカ紛争(これは国連ではなく、日本政府の代表)で経験したトピックや交渉相手の話が中心だ。

筆者は1980年に当時のユーゴスラビアに出張したことがあり、首都ベオグラードに入り、スプリート、ダルマチア、スコピエなどを歴訪した。それから1990年代は毎年アルバニアに出張していた。

だから少なくとも旧ユーゴスラビアの部分は話についていけると思っていたが、この本を読んで、自分の知識の浅さを思い知らされた。

対談のため紛争の全体の流れがつかみずらいので、明石さん自身の自伝も読んでみる。

生きることにも心せき―国際社会に生きてきたひとりの軌跡生きることにも心せき―国際社会に生きてきたひとりの軌跡
著者:明石 康
販売元:中央公論新社
発売日:2001-06
おすすめ度:4.0
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戦争と平和の谷間で―国境を超えた群像 (双書 時代のカルテ)戦争と平和の谷間で―国境を超えた群像 (双書 時代のカルテ)
著者:明石 康
販売元:岩波書店
発売日:2007-11
おすすめ度:5.0
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「独裁者との交渉術」というタイトルがついているが、明石さん自身がこのタイトルは重すぎると言っている通り、交渉術というような一般化できるような経験談ではない。

しかし、相手の性格・出自をよく理解し、誠実に交渉することで信頼を得て、相手が受け入れやすいような話に持って行くというオーソドックスな明石さんのやり方は、「誠意は通じる」という筆者自身の信念に通じるところがある。

またスリランカで日本政府代表として交渉に当たる際には、ユニセフ、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)、WFP(国連世界食糧計画)、赤十字国際委員会(ICRC)、世界銀行、アジア開発銀行代表などと話しあい、チームワークを作って臨んだと明石さんは語る。さすが長年、国連職員として広いコネクションを持っている明石さんだ。

今まで知らなかったことが分かって、参考になった。

いくつか紹介しておく。

朝鮮戦争時の国連軍は、ソ連が中華人民共和国の国連加盟問題で安保理をボイコットしていた時に、アメリカが南下してきた北朝鮮を食い止めるために出した決議案が採択されたものだ。

このあたりの事情は漠然と理解していたが、今読んでいるハルバースタムの「ザ・コールデスト・ウィンター朝鮮戦争」でも、この点ははっきりわからないので、まさに当事者としての明石さんの話は参考になった。

ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争 上ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争 上
著者:ディヴィッド・ハルバースタム
販売元:文藝春秋
発売日:2009-10-14
おすすめ度:4.0
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★明石さんはカンボジアPKOの時は、シアヌークと親しくなり、カンボジアPKOの成果で、後にシアヌークより勲章を贈られたという。

ポル・ポト裁判をやっている裁判所は、国際法廷ではなく、カンボジアが裁判官と検察側に国際的に活躍している人を何人か入れている特殊な例だという。ちょうどこの法廷で、7月26日に政治犯収容所の所長に禁固35年という判決が出たところだ

スリランカ紛争ではノルウェーが調停役として紛争を収めるべく努力していた。筆者も経験があるが、ノルウェーとスリランカやバングラデシュなどは余り関係ない様に思えるが、ノルウェーは南アジア地域には政府援助など大きな関心を持っている。

実は筆者は25年ほど前に、ノルウェー産のシリコンをノルウェー政府の無償援助を使ってバングラデシュに輸出するという仕事をやったことがある。当時からノルウェーは南アジア地域には援助なども積極的に出していたことを思い出す。

★スリランカのタミル人反政府運動(タミルのトラ)の指導者で、後に暗殺されたプラバーカランは、下層カーストに属する漁村の出身だという。スリランカには約20%のタミル人がいるが、スリランカでもカースト制度の残滓があるようだ。

★スリランカのタミル人が独立すれば、インド南部のタミル・ナデゥ州も独立することになりかねず、そうなるとカシミール独立などと飛び火する可能性があるので、インド政府はタミル問題は無関心ではすまされないのだ。

★全世界ではタミル人は6千万人、スリランカのシンハラ人は2千万人。タミル人はヨーロッパでも成功している人が多いという。

★1389年のコソボの戦い(バルカン諸国がオスマントルコに敗れる)以来600年の歴史をセルビア人指導者は忘れていないという。

★日本政府がお膳立てして2003年に東京で開催されたスリランカ復興開発会議では、51カ国、国連他22の国際機関が参加し、日本政府10億ドル、アジア開発銀行10億ドル、世界銀行が12億ドル拠出し、他の援助もあわせて合計45億ドルの援助が決まり、スリランカのウィクラマナヤカ首相は感激して涙にむせていたという。

★国連の平和維持活動は、国連憲章にも書いていないことを、発明しながら続けているもので、現在12万人がPKOで活動している。

★旧ユーゴ紛争では、米国の国連大使で、後の国務長官のマデレーン・オルブライトが明石さんの姿勢を強く非難した。米国はコソボ、ボスニア寄りで、NATO軍を通じてセルビアの空爆をやりたがっていたという。

米国にはアルバニア系住民もたくさんいる。たとえば映画「ブルースブラザース」で有名になり、亡くなったジョン・ベルーシジム・ベルーシ兄弟もアルバニア系だ。



米国がなぜアルバニア系住民を支援したのか、本当に人道的見地からだけなのか、興味があるところだ。

この本だけでは情報は限られるので、明石さんの他の本も読んで調べてみる。



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Posted by yaori at 13:10│Comments(0)TrackBack(0) ノンフィクション | 自叙伝・人物伝

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