2010年10月07日

リクルート事件・江副浩正の真実 黙って死ぬわけにはいかない

リクルート事件・江副浩正の真実 (中公新書ラクレ)
リクルート事件・江副浩正の真実 (中公新書ラクレ)
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昭和63年に起きたリクルート事件を起こしたリクルート創業者江副浩正さんが、事件の捜査と検察の取り調べや裁判でのやりとりを、勾留中の房内ノートや公判記録などをもとに書いたリクルート事件と捜査の総括。読書家の上司のすすめで読んでみた。

この本のタイトルに「江副浩正の真実」とあるのは、「検察の真実」もあるだろうとして、江副さん側からのまとめだということを示している。

この本の原稿は20年ほど前に書いていたが、周りから止められていたので、いままで公開していなかった。しかし「黙って死ぬわけにはいかない」ということで、今回公開に踏み切ったものだ。

ちょうど厚生労働省の身障者優遇郵便不正事件で、村木元局長の取り調べをした大阪地検特捜部の前田検事が、フロッピーディスクの日付データを検察側に有利なように書き換え、それを上司の副部長や特捜部長が知っていたことが、大問題に発展しているときだけに、リクルート事件での特捜部の取り調べをありのまま書いているこの本は興味深く読めた。


リクルート事件とは

リクルート事件といってもピンとこない人が多いかもしれないが、リクルート事件は昭和63年(1988年)、ちょうどバブルのまっただ中で明るみに出たリクルート創業者江副さんが、上場直前の不動産子会社リクルートコスモスの未上場株を政界、官界、経済界の多くのキーパーソンに、数千万円単位の融資まで付けて安値で買わせ、「濡れ手に粟」の利益を上げさせた贈収賄事件だ。

秘書がリクルート株を買った当時の竹下首相までリクルート事件の責任を取って辞任したほどで、この事件のために、ポストを辞任したり、裁判で有罪になった人は次の通りだ。まさに戦後最大規模の贈賄事件である。(役職は在職当時)

政界
中曽根前首相 自民党を離党
竹下登首相  辞任 リクルート株を受け取った青木伊平元秘書は自殺
藤波孝生官房長官 一審で無罪となったが、二審で逆転有罪(懲役三年 執行猶予四年)。最高裁で棄却され有罪が確定
宮沢喜一蔵相  辞任
池田克也 公明党代議士 有罪(懲役三年 執行猶予四年)

その他、秘書、家族なども含め、リクルートから株を受け取った政治家は、渡辺美智雄(現在の渡辺喜美みんなの党党首のお父さん)、加藤六月、加藤紘一、塚本三郎(民社党)、安倍晋太郎、森喜朗他だ。当時の大物政治家ばかりである。

NTTルート
真藤恒NTT会長 有罪(懲役二年 執行猶予五年)
長谷川NTT取締役 有罪(懲役二年 執行猶予三年)
式場NTT取締役 有罪(懲役一年六ヶ月 執行猶予三年)

官界ルート
鹿野茂労働省職業安定局業務指導課長 有罪(懲役一年 執行猶予三年)
加藤孝労働事務次官 有罪(懲役二年 執行猶予三年)
高石邦男文部事務次官 有罪(懲役二年六ヶ月 執行猶予四年)
小松秀煕川崎市助役 解任(リクルート事件が明るみに出る発端となった人物)
原田憲経済企画庁長官

経済界他
森田康日本経済新聞社社長 辞任
公文俊平東大教授 辞任
牛尾治朗経済同友会副代表幹事 辞任
諸井虔経済同友会副代表幹事 辞任

リクルート関係者
江副浩正 有罪(懲役三年 執行猶予五年)
辰巳雅朗リクルート社長室長 一審で無罪となったが、二審で逆転有罪(懲役一年 執行猶予三年)、最高裁で棄却され有罪が確定
小林宏ファーストファイナンス社長 有罪(懲役一年 執行猶予二年)
小野敏廣リクルート社長室長 有罪(懲役二年 執行猶予三年)
松原弘リクルートコスモス社長室長 有罪(懲役一年六ヶ月 執行猶予四年)


朝日新聞横浜支局の大スクープ

事件が明るみに出たのは川崎市の小松助役へのリクルートコスモス株譲渡を朝日新聞の横浜支局が報道した昭和63年6月だ。朝日新聞横浜支局はその後「追跡リクルート疑惑」という本も出しており、米国調査報道記者・編集者協会賞を日本ではじめて受賞している。

追跡 リクルート疑惑―スクープ取材に燃えた121日
著者:朝日新聞横浜支局
販売元:朝日新聞社
発売日:1988-10
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文才のある江副さんだけに、460ページもの厚い新書だが、飽きさせないで読める。


世界最長(?)の裁判

江副さんの裁判は第一審の判決を江副さんも検察も受け入れた一発決着だったが、それでも13年3ヶ月かかり、開廷数は322回、分離して行われた裁判を入れると450回以上、江副さんの証言数も128回で、日本の刑事裁判史上最多、世界でも例のない開廷数だったという。


日本の政治混乱を招いたリクルート事件

江副さんが書いているので、なるほどと思ったが、リクルート事件で竹下首相が退陣した後の参議院選挙で自民党は惨敗し、それ以来、野党が参議院の過半数を占める現在と同じ「ねじれ国会」が生じた。

その後海部俊樹、宮沢喜一、細川護煕、羽田孜、村山富市、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗と平均在任期間一年程度で内閣が替わり、平成13年の小泉純一郎内閣で自民党が衆参両院で過半数を占めるまで12年間政治は安定しなかった。

江副さんは「政権が安定していないと経済は発展しないとの思いから政治献金をしたが、逆の結果になった。私は大罪を犯してしまった。悔やんでも悔やみきれない思いだった」と書いている。

リクルート事件が、自民党政権の基盤を危うくし、政治の混迷を招いた結果となったことは間違いないと思う。

いろいろ参考になったが、筆者なりに整理すると、次の通りだ。


江副さんは寂しがりや?

★江副さんがリクルートコスモス株をいろいろな人にばらまいたのは、親しい人に未上場株を渡すという当時の慣行によるところもある。しかしあきらかにやりすぎで、特に政治家や高級官僚にも送ったことが世間の非難を浴びた。

★検察官に語った「50歳にもなれば、仕事の関係と友人とを区別するのは難しくなります。経営者の集まりで知り合って、友人関係になることもあります」という江副さんの発言は、たぶん本音なのだろうが、それにしても未上場株をばらまいたことは、あまりにも軽率と言わざるをえない。

江副さんの親しい友人は「江副さんは寂しがりやだからだ」と言っているという。経営者が孤独ということはわかるし、頼れる友人が欲しいという心境もわかるが、そんなことが理由になるのか?江副さんのセンスを疑う個所である。


不動産バブルで国民の怒り爆発

★当時はバブルのまっただ中で不動産価格が急騰し、一般民衆は通勤圏に持ち家を持つことが難しくなって不満が高まっていた。そんな中でバブルで最も儲けた不動産業のリクルートコスモスの株を政治家や高級官僚に贈り、「濡れ手に粟」で儲けさせるという事件だったので、国民の怒りが爆発した。

★そのため国民の怒りを代弁して朝日新聞始めマスコミが徹底的にリクルートを叩いた。朝日新聞では、社員は株取引は禁止されていたという。だから「濡れ手に粟」は記者の怒りにも火を付けたことは間違いない。


最大のポイントはワイロ性の認識

★贈収賄罪の最大のポイントは、本人にワイロ性の認識があるかどうかで、検察官は有罪にするために本人のワイロ性を認める自白調書が絶対必要だった。だから検察は江副さんなどの被疑者を精神的に追い込む一方、保釈と執行猶予をちらつかせ、アメとムチで、検察が作った調書に署名させて自白証拠を作った。

★江副さんは、全くワイロ性の意識はなかったので、当初は黙秘を続け、徹底的に否定するつもりだったが、精神的に追いつめられたことと、リクルート大阪の顧問弁護士から頑張っても結果は同じなので、検察官がつくる調書にサインして早く保釈を得た方が良いというアドバイスがあって検察官調書がデタラメでもサインすることにした。

★しかし虚偽の調書にサインしたことでNTT会長真藤さんはじめ、多くの人に迷惑を掛ける結果になったという。


検察官調書を重視する裁判所

★最高検察庁が取り調べをすべて管理しており、一旦サインした検察官調書も、「”ヘッドクオーター”から不十分としかられた」という理由で、どんどん検察に有利な調書に書き換えられ、そのたび毎に署名を強いられた。

★検察官のやりかたは、本書でも「現代の拷問」と紹介されている通り、被疑者を何時間も壁の直前に立たせ、目をつぶると大声でどなったり、座っているイスを蹴り飛ばしたり、毎日長時間尋問したりして精神的に追いつめるというやり方だ。しかし裁判では、検察官はそのような不当な圧迫尋問をしたことはないとウソをつく。

★江副さんは日本では起訴されると有罪率が99.8%と高い理由は、たとえむりやりサインさせられた検察官調書でも日本の裁判所は検察官調書で判決を決めるからだと感じたと語っている。「検事によって罪はつくられる」。所詮裁判所も国家権力なのだ。


国民意識を反映した判決では?

★江副さんはこう語るが、もともと株を贈ってもリクルートが得たメリットはほとんどないので、ワイロ性も薄かった。ところがマスコミ報道により国民の怒りがリクルート事件の当事者に向けられていたので、裁判所としても無罪と認定することは難しかったのではないか。

★だから江副さんの主張する無理矢理作られた虚偽の検察官調書が裁判所の判断に繋がったというよりは、むしろ裁判所は国民感情に配慮した点が大きいのではないかと筆者は考えている。

その意味では、この事件も佐藤優さんが「国家の罠」で書いている「国策捜査」と言えるかもしれない。


株売却益で追徴課税26億円!

★江副さんはリクルート事件で株取得を斡旋しただけなのに、国税庁からは江副さん自身の株取引として認定され、株の売却所得の申告漏れで巨額の追徴金を徴収された。最高裁まで争ったが、結局敗訴し、なんと合計26億円の国税・地方税を納付した。リクルート株をダイエーの中西さんに売っていなければ、この判決で破産しただろうと。


検察は政治家をターゲット

★江副さんはリクルート事件前から様々な政治家を囲む会に参加したり、「21世紀の総理候補」と言われていた藤波孝生代議士などには、毎年1,000万円の政治献金をしていた。政治家に経済的支援をすることで、少しでも国政を良くする上で役立っていると思っていた。しかし国民の常識は「見返りを期待しない政治献金はない」というものだったことは、事件後に分かったと江副さんは語る。

★江副さんは中曽根元総理と総理公邸で昼食を一緒にしたことがあるという。このとき出されたのはレトルトカレーで、総理公邸にはシェフも執事もいないことに驚いたという。リクルート事件では検察は中曽根元総理まで逮捕すべく視野に入れていたが、果たせなかった。江副さんは2008年に森ビルが建てた上海のSWFCビルの完工式で、中曽根さんに再会し、迷惑を掛けたことをわびたという。

話はそれるが、これが筆者の会社のオフィスも入っている上海のSWFC(Shanghai World Financial Center)ビルだ。(写真の後ろ側のビル)これらは9月に上海に出張したときに撮った写真だ。

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横から見ると栓抜きのような格好だが、下から見ると尖塔のように空に向かってとがっている様に見える独特のデザインだ。

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上海の浦東地区にはこんな感じでビルが林立している。写真の真ん中のビルも、やはり森ビルが10年以上前に建てたもので、以前は上海で一番高いビルだった。筆者の会社の前の上海オフィスはこのビルにあった。

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上海の浦東地区はちょうど日本の幕張を大規模にしたような人工の町で、その規模の大きさには驚かされた。

閑話休題。


★取調中、竹下内閣が退陣し、次期内閣の閣僚名簿の様なリストを、江副さんは検察から見せられた。検察と自民党が水面下で繋がっていることを知った出来事だったと。

江副さんが参考になったと言っている本は。「刑事裁判の光と陰」という本で、芸大バイオリン事件で有罪になった世界的バイオリニスト海野義雄氏が、検察官から江副さんと同じような圧迫取り調べにあったことなどを書いている。

刑事裁判の光と陰―有罪率99%の意味するもの (有斐閣人権ライブラリイ)
販売元:有斐閣
発売日:1989-01
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リクルート事件後の日本の政治の混迷を見ると、リクルート事件のインパクトは本当に大きい。ちょうど郵便不正事件で検察の不正行為が明るみに出ているので、この本で明かされている検察の”現代の拷問”の部分は興味深く読めた。

映画「それでもボクはやっていない」でもあったように、今や痴漢の冤罪で捕まらないとも限らないリスクがある時代だ。

まずはこの本で紹介されている「刑事裁判の光と陰」を読んで、いずれあらすじを紹介する。


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Posted by yaori at 00:45│Comments(0)TrackBack(0) 自叙伝・人物伝 | 江副浩正

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