2010年12月15日

技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか 東大妹尾教授の本

技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか―画期的な新製品が惨敗する理由技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか―画期的な新製品が惨敗する理由
著者:妹尾 堅一郎
販売元:ダイヤモンド社
(2009-07-31)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

東京大学 知的資産経営総括寄附講座(イノベーションマネージメントスクール)特任教授で、NPO産学連携推進機構理事長の妹尾堅一郎教授の本。東大イノベーションマネージメントスクールの学生は20人くらいと言っていた。

10月に経産省主催の情報化月間記念講演会で講演を聞く機会があったので、本を読んでみた。

元は富士写真フィルムのビジネスマンとはいえ、最近の大学の先生はここまで話が面白いのかと大変感心した。

この本の冒頭で自身の爆弾発言を紹介して、問題提起をしている。「日本の自動車産業は、15年で壊滅状態になります」。自動車生産のメッカ名古屋での2009年正月の発言だという。

そして2番目の問題提起はインテルだ。インテルは保有特許数だと320しかないと言われている。

一方、日本のメーカーの保有特許は1万を超えているのにもかかわらず、日本の半導体メーカーすべてを束にしてもインテル一社の収益に及ばない。もとはNEC,日立製作所、三菱電機のメモリー部門だったエルピーダメモリは産業再生法の対象となっている。


「負ける日本」という問題意識

妹尾さんは、「負ける日本」に次の2つの問題意識を持っているという。

1.日本には技術力はあるのに、事業で勝てない。なぜか?
  技術で勝っても、知財権を取っても、国際標準を取っても、事業で負ける。

2.日本の産業競争力は崩壊間近いのではないか?

国際競争力比較で有名なスイスのビジネススクールIMDの「世界競争力年鑑2008年版」によると、日本の国際競争力は55カ国中22位、最新の2010年版では27位となっている。

1989年にIMD調査が開始し、5年間は日本がトップを続けてきたが、1998年には20位に下がった。長らく米国がトップを続けてきたが、2010年にはシンガポールが1位となり、2位香港、3位米国となった

中国は18位、韓国23位、日本の一位上の26位はタイで、日本の一位下はチリとなっている。

上のリンクでレポート全文を読めるので、興味のある人は見て欲しいが、日本は"sinner"、つまり”罪深い国”のNO.1で、現在の債務を安全レベルといわれているGDPの60%にまで押さえ込むには2084年までかかると予想している(もっとも債権者はほとんど国内なので問題は少ないという注記がある)。

「日本は科学技術大国だが科学技術立国になっていない」と妹尾さんは語る。

2番目の「産業競争力は崩壊間近いのではないか」という点については、妹尾さんの同僚の小川紘一特任教授の表を見れば、一目瞭然で分かると思う。

日本製品シェア推移







出典:本書 xviページ

それぞれの製品の世界市場の規模は、年を経るごとに飛躍的に拡大しており、その中で、日本のシェアが落ちているということは、他国は販売量を格段に増やしているのに、日本は他国ほどには増えていないということだ。

この裏には欧米企業とNIEs/BRICs地域企業との巧みな協調関係のからくりがあるという。

妹尾さんの表現だと、「日本チーム14安打、22残塁、またも無得点」というところだろうと。

そしてこの2つの問題意識の答えとしては、「三位一体」経営であり、技術が強ければ勝てるというのは過去の話になっていると。


「三位一体」経営

「三位一体」とは、

1.製品の特徴に応じた急所技術の見極めと研究開発。

2.どこまで独自技術としてブラックボックス化したり、特許を取ったり、どこから標準化してオープンに使わせるのかのさじ加減をする知財マネジメント。

3.これが一番重要だが、垂直統合でなく、中間財などを介した「国際斜形分業」などによる、市場拡大と収益確保を両立させるビジネスモデルの構築。

この3つの戦略が一体化してはじめてインテルの成功が可能となる。電気自動車で同じことをやられかねないので、日本の得意分野の自動車業界やロボットは危ないのだと。


成長か、発展か?

最初に妹尾さんは「成長したいのか、発展したいのか?」と問う。

成長はあくまで既存モデルの量的拡大で、発展は新規モデルの不連続的移行である。おたまじゃくしがカエルになるのが発展で、木が大きくなるのは成長なのだと。

筆者もこの辺の区別はついていなかった。

日本のお得意はインプルーブメントで改善を重ねて、コストを下げる。それに対して欧米はイノベーションでモデル自体を変えてしまう。


プロパテントからプロイノベーションへ

2004年末に米国の官民学のリーダー400人が集まって作った競争力向上の通称「パルミサーノレポート」("Innovate America")に、「最後にはゲームのルールを変えたものだけが勝つ」と書いてある。これはまさに至言なのだ。

これに先立つ1985年の「ヤング・レポート」は、日本の製造業に対抗するために、新技術の開発とパテント重視の経営を提言した。

しかしパルミサーノレポートでは日本は外され、中国やインドなどBRICs諸国との対抗を意識して書かれたものだ。「人財」育成を提言し、中国やインドの留学生の取り込みに成功した。


イノベーション促進モデル

妹尾さんは、問題対応の構成として次の3つの切り口から分析している。これを「ソシアルイシュー・マネジメントモデル」と呼んでいる。

タイプ1.問題状況の改善
タイプ2.問題状況の解決
タイプ3.問題状況の解消

タイプ1.の改善は、携帯電話に不可欠なレアアースの例をとると、使用量低減や資源外交、携帯電話の複数番号対応や、1台の携帯電話をできるだけ長く使うことなど。

タイプ2.の解決は、都市鉱山と呼ばれる携帯電話機からのリサイクル、新しい鉱床の発見、探鉱・採掘技術の開発など。

タイプ3.の解消は、レアアースの代替材の開発、金属を使わないシステム開発などだ。

妹尾さんの記念講演では、「VHSとベータ、どっちが勝ったか?」や、「ブルーレイとHD-DVD、どっちが勝ったか?」というような質問をまとめた次のクエスチョンペーパーを配っていた。さまざまな角度から分析することのドリルだと言っていた。

妹尾教授講演20101001













出典:2010年情報化月間記念講演会配布資料

ちなみにHD-DVDでは東芝はブルーレイ連合に負けたが、中国はHD-DVDを国内標準として採用した。

そうなると「13億人のガラパゴス」になるのか、中国に売り込みたい世界の国が競って、13億人の市場にあわせるので、逆世界標準となるのか、わからないところだ。

昔のVIDEO-CDを思い出す。日本では全くはやらなかったが、中国や東南アジアではビデオよりVIDEO-CDの方がはやっていた。


インテル・インサイド

次は勝ちパターンの研究だ。インテルはCPUという基幹部品周り(PCIバス)をブラックボックス化し、インターフェースはオープンとして他のメーカーには関連部品を開発させた。さらにCPUを組み込むマザーボードの技術を開発し、台湾メーカーにノウハウを提供した。

これによりマザーボードという中間製品が安価に製造でき、パソコンメーカーが雨後のタケノコのように出現してパソコンの価格も下がった。パソコンの生産が増えれば、インテルのCPUも売れるという好循環になったのだ。

さらにインテルジャパンが始めた「インテル入ってる」=「インテル・インサイド」を広告することによって、どのメーカーのパソコンでもインテルさえ入っていれば大丈夫だろうという安心感を与え、パソコン市場の拡大に貢献した。

基幹部品が完成品を従属させたのだ。

今は自作するよりショップブランドを買う方が安いので、PCを自作していないが、筆者も10年ほど前にパソコンを自作したことがある。

パソコン自作はプラモデル作り並みに簡単だ。ファンやハードディスクなどの基幹部品をシャーシかマザーボードに取り付け、ケーブルをつなぐだけだ。

若干トリッキーなのは、CPUに断熱ジェルを塗りつけ放熱板を取り付ける作業だが、それ以外はパーツをはめ込むだけだ。

インテルの基本設計で、パソコンは誰でも簡単に組み立てられるようなユニバーサル設計となっていることを実感したものだ。

閑話休題。


アップル・アウトサイド

「アップル・アウトサイド」は妹尾教授の造語だ。アップルのiPodやiTunesなどのサービスと完成品が一体となった「完成品主導型」、あるいは「コンセプト主導型」のモデルのことだ。

iPhoneではオープン戦略を取って、インターフェースを公開し、数万もの関連アプリケーションを他社に開発させ、それがまたiPhoneの魅力を高めている。


ハイブリッドカーは電気自動車への「つなぎ?」

ハイブリッドカーの技術を向上させるのはモーターの改善が主なので、どんどん電気自動車に近くなる。

一方、電気自動車ではモジュラー化が進むので、現在の自動車のような3万点の部品の組み合わせということにはならない。

それこそ部品数百点のインドのタタ自動車が2千ドルで売り出した「ナノ」のような車が、今度は電気自動車として登場するのだ。

ちなみにナノは欧米の部品メーカーが背後で協力しており、どこまで部品数を減らせるのかという実証実験にも見えると妹尾さんは語る。

電気自動車を実用化する場合、家庭での充電以外にも、充電スタンドでバッテリー自体を交換するという方法もある。

また電力消費のピーク時には、電気自動車のバッテリーを蓄電池代わりに使って、バッテリーから逆に家庭を通して電力会社の送電網に電力を供給するという逆方向もありうる。

妹尾さんが「日本の自動車産業は15年で壊滅する」と警鐘を鳴らす理由を、この本では詳しく書いていないので、ハイブリッド車オーナーの筆者が補足しておく。

ガソリンエンジンはレシプロ(上下運動)を回転運動に変えているのでその分ムダがあり、高温反応、燃費、エンジンの密閉性、排気ガス処理、振動対策、騒音対策とさまざまな技術的課題がある。

部品一つ一つがしっくり噛み合っていないと、効率が落ち、振動や音が発生して、燃費が低下し、運転の邪魔となる。だからガソリン自動車では日本の噛み合わせ技術が生きるのだ。

とくに噛み合わせ技術がもっとも必要なのは、エンジンのガスケットだ。エンジンは鋳造品なので、組み合わせるときのすきまをガスケットをかませて密閉性を保っている。

ガスケットが悪いとエンジンからガスが抜けて、出力が上がらないという問題が起こる。

陸軍のトラック輸送部隊にいた亡くなった父から聞いた話だが、戦前の日本のエンジンは密閉性が悪く、オイル漏れだらけだったが、進駐軍のトラックのエンジンを見てオイル漏れがないのでびっくりしたと言っていた。

ところが電気自動車のモーターなら初めから回転運動なので、密閉性も高温の問題もなく、燃費の問題もない。問題は航続距離だけなので、上記のすべての技術的対策が不要となる。逆に音がしないので、近々ハイブリッド車には、人に近づくとわざとエンジン音が出る装置が付けられることになっているほどだ。

だから電気自動車はモジュール化に適しており、モジュール化したら、ガソリンエンジンのような緻密な噛み合わせは不要となり、日本の噛み合わせ技術は無用の長物になるのだ。


その他参考になった点

大変参考になった本なので、あらすじが長くなりすぎるので、特に参考になった点だけ箇条書きする。

★日清食品が開発した即席ラーメン市場が拡大したのは、特許技術のオープン戦略によるもの。

★デンソーはQRコードの技術を公開して、誰でも使えるようにした。デンソー自身はリーダー機器に技術を集中し、リーダー機器販売でビジネスを成立させようとしている。

★コカコーラは1831年に薬剤師のジョン・ペンバートン博士が開発して以来、処方は企業秘密で、特許も取っていない。特許を申請すると、技術が公開されてしまうので、特許を申請しないという戦略も有効である。

★IBM,ノキア、ソニーなどの企業が結成した「エコ・パテント・コモンズ」では、環境保護に使える特許を無償で開放して、相互に使おうというもの。

★1991年に基本特許が取得されたカーボン・ナノチューブは、大規模な用途開発がようやく進展しはじめたが、すでに特許は切れる段階に来ている。

★従来はイノベーション=インベンションだったが、今はイノベーション=インベンションXディフュージョン(廉価化)だ。

★月島機械は日本有数のプラント会社だが、プラント建設だけでなく、下水道設備の運用サービスにも乗り出している。これはIBMの「ソリューションビジネス」というビジネスモデルのプラント版である。

★妹尾さんは「真珠湾・マレー沖海戦思考」と呼ぶそうだが、「勝った理由をしっかり認識せず、負けた原因をしっかり分析せず、それらの対応を真剣に考えず、それゆえ適切な対応をしないこと」を意味するという。

IBMもインテル、アップルも一度徹底的に負けた経験を持つ。野村監督が言うように「負けに不思議の負けなし」で、負けの理由をしっかり反省しなくては、次の試合にはつながらない。

★日本企業の役員の多くは、若い時は日本の黄金時代を過ごし、バブル経済とその崩壊を通して、失われた10年を過ごしているが、頭にしみ込んだモデルは変わらない。だから「これで勝てるという方程式」を一度捨ててみるべきだと。

環境は変わったのではなく、欧米諸国に変えられたのだと。日本が垂直展開していくうちに、欧米とNIEs/BRICsのコラボレーション共闘はさらに先に進む。


参考になれば投票ボタンをクリック願う。





Posted by yaori at 13:00│Comments(1)TrackBack(0) ビジネス | 企業経営

この記事へのトラックバックURL

この記事へのコメント
5
本文を拝見して、私が10数年抱いてきた下記のような疑問が、必ずしも専門外の杞憂でなかったとの思いでコメントさせて頂きます。私は今年80歳の一介の電気技術者です。リタイア後、最初は科学・技術分野の最先端が何処まで到達出来たのかを知りたくて、実に多くの研究者や技術者の方々等、例えば物理学会会長やナノ粒子の発見者などにも質疑をさせていただいて来ました。その結果、多くの取り組みが専門化(戦術化)し過ぎて、その戦略上の配慮が見えない、例えば{木を見て森を見て居な。}、「庇を貸して母屋を取られる。」或るいは“名のみ取り、実は他に獲られれている。」ではないだろうか?”等々です。
これでは、我が国の衰退を自ら早めていることにならなだろうかと危惧して来ました。
もう先の無い身なので、世の識者のご卓見を伺えればとの想いで、自分のブログで、提疑して来た諸問題を公開し始めました。文字通りの拙文で汗顔の想いですが、何かの節にご指導を賜れば幸甚に存じます。
 平成22年12月16日
  渡辺 多喜夫
Posted by 渡辺 多喜夫 at 2010年12月16日 17:52