2011年01月07日

日本を決定した百年 吉田茂の寄稿と回想

日本を決定した百年―附・思出す侭 (中公文庫)日本を決定した百年―附・思出す侭 (中公文庫)
著者:吉田 茂
中央公論新社(1999-12)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

エンサイクロペディア・ブリタニカの百科事典の付録として出している補追年鑑の1967年版の巻頭論文を加筆修正した吉田茂の寄稿と回想。読書家の会社の友人に勧められて読んでみた。

昨年末出版された米国の知日派代表格のリチャード・アーミテージ元国務副長官とジョセフ・ナイハーバード大学教授の「日米同盟VS中国・北朝鮮」という本でも、アーミテージ氏は日本の戦後の「吉田ドクトリン」を高く評価している。

米国の軍事力の傘の下に入ることで、防衛に金を使わず、経済復興を最優先して日本を世界第2位の経済大国に押し上げたからだ。

日米同盟vs.中国・北朝鮮 (文春新書)日米同盟vs.中国・北朝鮮 (文春新書)
著者:リチャード・L・アーミテージ
文藝春秋(2010-12-15)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る


この「日本を決定した百年」は次の構成となっている。

第一章 明治の創業

第二章 近代化のジレンマ(大正から太平洋戦争に至るまで)

第三章 戦後の二,三年(困難と努力)

第四章 奇跡の経済発展(池田首相の所得倍増計画まで)

第五章 奇跡のあとで(Good Loserーよき敗者)

この本の「解説」で粕谷一希元「中央公論」編集長は、この本は吉田茂が外務省を通して当時の京大教授で国際政治学者の高坂正堯(こうさかまさたか)に代筆を依頼したものだという裏話を紹介している。

粕谷氏はこの本を読んで、100%高坂正堯の文章であることを確信したと記している。

中間に「外国人が見た近代日本」ということで、江戸時代に日本に来たロシアのゴロヴニン、アーネスト・サトウからハドソン研究所の未来学者ハーマン・カーンまで合計7名の日本についての短い文を紹介している。

後半は「思出す侭(まま)」ということで、「時事新報」に連載された吉田茂の回想がまとめられている。

今度紹介する北康利さんの「吉田茂 ポピュリズムに背を向けて」にもある次のストーリーがこの本でも紹介されている。

吉田茂 ポピュリズムに背を向けて吉田茂 ポピュリズムに背を向けて
著者:北 康利
講談社(2009-04-21)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る


★「ディプロマティック・センスのない国は必ず凋落する」
これは吉田茂が駐英大使を辞め、外務省の在外公館査察使として世界を回った時に、米国でウィルソン大統領の親友だったハウス大佐に言われた言葉だという。

ハウス大佐は第1次世界大戦の直前にウィルソン大統領の命を受け、ドイツのカイゼルと面談し、戦争回避を訴えたという経歴がある。

吉田茂は、戦争直前の日本をこの言葉で形容している。しかし、この言葉は残念ながら現代の日本に一番当てはまる言葉ではないかと思う。

★「ハル・ノート」は最後通牒ではない
1941年11月26日付けのハル・ノートの原文がネットで公開されている。吉田茂はこれを読んだとき、"Tentative"(試案)と書いてあるし、決定的なものではないと書いてあるので、最後通牒ではないと了解したが、時既に遅しだったという。

当時の中日米国大使のグルーが「ハル・ノートは最後通牒ではないことを、当時の東郷外相に会って説明したいと吉田に仲介を頼んだが、既に12月1日の御前会議で、日米開戦の方針が決定されていたこともあり、東郷外相はグルー大使に会わなかった。

ネットで是非ハル・ノートの原文を読んで欲しい。


★真珠湾は奇襲だったかー先方は事前に知っていた?!
日本の電報は解読されていたので、米国側が知らないはずがない。

★日本復興に尽力した米国
吉田茂は、英国が占領軍の中心だったら、米国のように日本経済の再興のための援助に尽力することはなかっただろうと語る。

今度紹介する「虜人日記」でも、フィリピンは米軍が管理していたので、捕虜の食事にはさほど困らなかったことが描かれている。

しかし学生の時に読んだルネサンス史の大家、会田雄次元京大教授の「アーロン収容所」を再度読んだところ、英米の間で、捕虜の待遇は大きな差があったことがわかった。

英国軍が管理していたビルマでは捕虜の食料はほんの少量しか供給されなかった。

やむなく捕虜は栄養失調や、アメーバー赤痢の細菌に汚染されているカニを食べたりしてどんどん死んでいった。英国兵は捕虜がカニを取っていても、見て見ぬふりとしていたという。

アーロン収容所―西欧ヒューマニズムの限界 (中公新書 (3))アーロン収容所―西欧ヒューマニズムの限界 (中公新書 (3))
著者:会田 雄次
中央公論新社(1962-11)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

米国の食料援助は、日本国民にパン食と(スキム)ミルクの味を覚えさせ、その後の米国産品の輸出におおいに役立っている。

★対米一辺倒と罵る(ののしる)は無智
ここがこの本の肝心の場所なので、その部分を紹介しておく。

吉田茂本文214頁






出典: 本書214ページ

つまり米国一辺倒と非難する人たちは、近世に於ける国際関係につき全く無智なことを自ら表明しているのだと。

12月11日に放映されたNHKの「日米安保」特集では日本総研の寺島実郎さんが、「外国に基地を使いさせ続ける国は他にない」というような発言をしていた。

ヨーロッパの国はNATOに加盟しているので、当然のことながら自国の基地に米軍など外国の軍隊を駐留させている。寺島さんの論拠がわからないし、このような発言はまさに吉田茂の攻撃するところだ。

吉田茂は「わが国の国防を米軍がその一部を負担するということは、米国の好意である以上に、両国のためであり、世界平和維持のためである」と書いている。

この部分を冒頭に紹介したアーミテージ元国務副長官は「吉田ドクトリン」として高く評価している。


★「中立主義」「は空論
吉田茂は「中立主義」は空論と切って捨てている。

社民党はいまだに非武装中立を唱えていると思うが、核武装強化を進める北朝鮮や、空母やステルス戦闘機開発など軍事力増強が著しい中国が、東シナ海を自分のテリトリーにしようとする動きにはどうするのだろう。




現在の日本の外交を考える上でも、参考になる本である。


参考になれば投票ボタンをクリック願う。





Posted by yaori at 02:31│Comments(1) 歴史 | 政治・外交
この記事へのコメント
自由とは、自己の意思の自由である。
自己に意思がなくては、自由にも意味がない。
日本人には、意思がない。
意思は、未来時制の内容である。
日本語には時制はなく、未来時制もない。

ボランティアとは、自由意思の人である。
我が国の志願で出てくる人とは、どこが違うか。
「ボランティア活動を強制してはいけない」と言ってその普及を反対する人がいることからしても、我が国においては、意思そのものの把握が不十分でることがわかる。

自主・独立 (independent) とは、英米人が子供を褒めていうときの言葉である。
自分が必要とするものは、自分自身の才覚により手に入れるのが大人の態度である。
自分の欲するものを大きな口をあけながら他人にピーピーとねだるのは、雛鳥の態度である。自分がまだ雛鳥の段階であれば、これは仕方のないことである。
独立に必要な軍備を他国にピーピーとねだる国民も子供じみた態度であることに変わりない。自国がまだ未熟な段階であれば、これは仕方のないことである。

意思のない人たちが自由意思の大切さを語ることも難しく、意思決定を行うこともまた難しい。
ともすれば、意思の自由は恣意の自由 (自由のはき違え) と間違えられ、意思決定はどこまでも先送りにされている。

「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、」という内容であるが、その決意を裏付けるのに十分な自己の力を示すことがないのであれば、その高邁な文言もまた空理空論以外の何ものでもない。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

Posted by noga at 2011年01月07日 04:32